Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (417)
ディッター勝負 後編
「はあああぁぁぁ!」
「ローゼマイン!」
キン! と硬質の音を立てて、シュツェーリアの盾が完成する。それと同時に、やや焦りを含んだ神官長の声を耳にした。
……え?
軽く目を伏せて神に祈っていたわたしが顔を上げた瞬間、ハイスヒッツェがわたしに向かって魔力を撃ち出した。時を同じくして、ハンネローレの「やぁっ!」という細くて高い声が聞こえた気がした。けれど、青白く光る魔力の塊がわたしに向かって飛んでくるせいで何が起こっているのか、全く見えない。
盾の中で、ひぃっ! と息を呑んで、わたしは固く目を閉じる。自分に向かって何かが飛んでくるのは、盾があるってわかってても怖いものだ。
真っ暗の視界の中、パン! と魔力がシュツェーリアの盾にぶつかって弾ける大きな音がした。ビクッと一度体を振るわせた後、わたしはそろそろと目を開ける。すでに魔力の塊はなく、見慣れた黄色に透き通ったシュツェーリアの盾があるだけだった。
「ハイスヒッツェの攻撃を防いだぞ。あれは何だ!? ゲッティルトではないぞ」
「半球状の盾、なのか?」
「危ない、ハンネローレ様!」
シュツェーリアの盾を見て、口々に何か言っていた騎士達の中から鋭い声が上がった。ハイスヒッツェと同時に神官長に攻撃していたらしいハンネローレに向かって、神官長のお守りから反撃が向かったのだ。細い光が真っ直ぐにハンネローレに向かって飛んでいく。
「ゲッティルト!」
ハンネローレは素早く盾を出すと、盾の陰に座り込むようにして反撃を何とか防いだ。そのままの体勢で動かずに固まっている。怖かったのだろう。泣きそうな顔になっていた。神官長が持って行ったお守りの反撃は、せいぜい二倍の威力なので、ハンネローレの攻撃力がそれほど高くなかった分、反撃も大きくなかったことがせめてもの救いである。
……よかった。ハンネローレ様が無事でホントに良かった!
シュツェーリアの盾の中、更にレッサーバスに乗った状態で、わたしはホッと胸を撫で下ろす。わたしは表情を緩めたけれど、神官長はものすごく嫌そうな顔になった。自分の予想通りに事が運ばなかった時の顔になっている。多分、ハンネローレではなく、ハイスヒッツェからの攻撃でお守りを使うつもりだったに違いない。
……開幕一番にハイスヒッツェが強い攻撃を仕掛けてくる予想だったんだろうな。
ハイスヒッツェの攻撃はわたしに向けられ、シュツェーリアの盾で防いでしまったけれど、神官長は長年の付き合いから、あの攻撃が自分に向けられると考えていたのではないだろうか。それに対してお守りで反撃する計画になっていたのだと思う。
ハンネローレとわたしの距離が遠すぎるから、ハイスヒッツェがわたしに、ハンネローレが神官長に攻撃したのかもしれない。それとも、ハイスヒッツェがわたしの防御力を確認するためだったのだろうか。どのような理由があったにせよ、神官長は裏をかかれた結果になったようだ。
「ハイスヒッツェ、気を付けろ!」
「相手は反撃する魔術具を持っているぞ!」
観戦していたダンケルフェルガーの騎士達は、わたしに攻撃していたハイスヒッツェと違って外から見ている分、お守りの魔術具が作動するのが見えたのだろう。助言の叫び声が飛び交い始めた。
「物理攻撃に対する反撃だ。攻撃方法はよく考えろ!」
「いや、フェルディナンド様は同じ効果の魔術具をいくつも持つ男ではない! むしろ、物理攻撃の方が確実だ」
……大正解! 正解したハイスヒッツェに拍手!
ハイスヒッツェの言った通り、神官長が持って行ったお守りは二つだけだ。一つは物理攻撃に反撃する物と、もう一つは魔力攻撃に反撃する物である。
つまり、開幕とほぼ同時に神官長はお守りを一つ使ってしまったことになる。それも、強力な攻撃を加えてくるだろうハイスヒッツェではなく、決して強くはないハンネローレの牽制攻撃で。
……あぁ、舌打ちする神官長が見える気がする。
厳しい表情でハンネローレに向けて攻撃しようとした神官長に、ハイスヒッツェが速攻で剣を構えて斬りかかっていった。そのスピードは神官長よりも速く、鋭い。神官長が大きく目を見開いて、攻撃を防いだのがわかった。
刃と刃がガチッと鈍い音を響かせる。手首の動きでくるりと剣が返され、即座に次の攻撃が繰り出された。ハイスヒッツェの攻撃を神官長が険しい顔で受け止める。
ハイスヒッツェがニッと唇を歪めた。
「十年前と同じだと思うな!」
そこから始まったハイスヒッツェの猛攻を神官長が必死に受け、かわしていく。
わたしは驚きに目を見張った。エーレンフェストでは敵う者がいないと言っても過言ではない神官長がスピードと剣技でハイスヒッツェに負けているのだ。防ぐだけで精一杯というのが見ていれば嫌でもわかった。
「いいぞ、行け! その調子だ!」
「距離に気を付けろ! 武器を変える余裕を与えるな!」
「速さと技だけならば、お前が上だ! やってしまえ!」
おそらくこれがハイスヒッツェの最も得意とする攻撃方法なのだろう。周囲の騎士達の野次からそれがわかる。
貴族院を卒業してからおよそ十年、ダンケルフェルガーで騎士として戦い続けてきたハイスヒッツェは強かった。騎士団の要請により、時折力を貸していたけれど、基本的には神殿に押し込められていた神官長よりも強い。もちろん、そんな戦いのためだけに生きてきたハイスヒッツェの攻撃を防げる神官長も十分すごいが、押されているのは間違いない。
神官長の表情に焦りが浮かぶ。それはわたしが初めて見る神官長の苦戦だった。
「魔術具を取ろうとしているのだろうが、そうはさせるか!」
ハイスヒッツェの声が響いた。神官長が魔術具を手にする余裕やシュタープを変形させる余裕を与えないように、近距離の激しい攻撃を繰り返している。
何となく白っぽい線が閃き、刃と刃が当たる音がするので、ものすごい攻撃をされているのはわかるのだけれど、身体強化しているにもかかわらず、わたしの目ではもう追えなくなってしまった。
「神殿生活が長くて、体が鈍っているようだな。訓練をしなかったのか?」
「私は騎士ではないからな」
いつもの口調だが、声に忌々しさが含まれているように聞こえた。普段と違って見える神官長の姿に、わたしは息を呑んだ。
……どうしよう!? 神官長が負けちゃう!?
神官長ならば絶対に楽勝してくれると思っていた。予想外の展開に心臓が嫌な音を立てる。不安に鼓動が早くなり、背筋に嫌な汗が浮かんできた。
……何か、わたしにできること。神官長の邪魔にならないこと。
押されている神官長を見上げながら、わたしはシュタープを出した。魔力を込めていく。
「ローゼマイン様に気を付けろ!」
「シュタープを出したぞ!」
わたしは静かに祈る。これだけの距離があれば、他の誰にも声が聞こえないに違いない。
「炎の神 ライデンシャフトが眷属 武勇の神アングリーフの御加護をフェルディナンド様に」
シュタープから飛び出した青い光が神官長に向かって真っ直ぐに伸びる。少しでも楽に戦えるようになれば良い。わたしは神官長が負けるところなんて見たくないのだ。
「何だ? 何をした?」
「祝福か?」
ざわめく騎士達の視線の中、アングリーフの祝福を受けた神官長がやや持ち直した。先程よりは必死さは減っている気がする。少なくとも、焦った顔ではなく、いつもの無表情に戻った。けれど、アングリーフの加護があったところでハイスヒッツェの優位は揺らがない。
……どうしよう? どうしよう? 他に何かできること……
わたしが必死に考えていると、神官長の怒声が降ってきた。
「勝手なことをするな、ローゼマイン! 必ず勝つので動かずに私の勝利を待て!」
「はいっ!」
水鉄砲に変形させようとして握っていたシュタープを慌てて消して、わたしはレッサーバスの中でピシッと背筋を伸ばした。その後で、ゆっくりと体の力を抜いていく。
……大丈夫。絶対に勝てる。神官長は勝てない勝負はしないから。
それでも、やはり神に祈る気分で指を組み合わせ、ギュッと力を入れる。上空では騎獣が忙しなく動き、剣戟の音が繰り返されていた。
重なる攻撃に疲労が出てきたのか、やや神官長の動きが鈍ってきた気がする。わたしの目にわかるくらいだ。ダンケルフェルガーの騎士達の目にはもっとはっきりとわかっているのだろう。応援に力が入り始めた。大盛り上がりの騎士達が観覧席から身を乗り出すようにして叫ぶ。
「そこだ! 惜しい!」
「あと一息!」
「一気にやってしまえ!」
そんな応援を受けたハイスヒッツェの動きが更に良くなったように見えた。次々と繰り出される攻撃に神官長の息が上がっているようだ。
「はっ!」
ハイスヒッツェの攻撃を神官長がギリギリでかわしたが、それは大きな隙を作ることにもなった。
「これで終わりだ!」
「くっ!」
ハイスヒッツェが剣を繰り出す。神官長はそれを防ぐように青のマントを引っつかんで自分の前に大きく広げた。
「なっ!?」
このまま切りつけたら青のマントを自分の手で切り裂くことになる。
ハイスヒッツェが見せた一瞬の躊躇い。
それを逃す神官長ではなかった。
魔術具がピンと弾かれ、二人の真ん中で小爆発を起こした。爆発地点を中心に二人ともバラバラに吹き飛ばされる。
「しまった!」
爆風から体勢を立て直したハイスヒッツェが顔色を変えた。神官長も同じように体勢を立て直し、その手にはすでにいくつかの魔石のような魔術具が握られ、シュタープは変形が解除されている。
「形勢逆転だな、ハイスヒッツェ」
フッと余裕に満ちた笑みで神官長がハイスヒッツェに向かって笑った。その貫禄たるや、まさに魔王の呼び名に相応しい。どこからどう見ても勇者ではない。
……よかった。いつもの神官長だ!
見慣れた神官長の姿に、わたしはホッと胸を撫で下ろす。
「戦利品のマントを盾にするなんて!」
「さすが悪辣な罠を張り続け、魔王と呼ばれた男!」
「やり方が汚い! だが、これが見たかった!」
応援席も大盛り上がりだけれど、神官長のやり方が悪辣なのは今に始まったことではない。先程まで荒い息をしていたように見えた神官長が今は涼しい顔をしているのだ。ハイスヒッツェを騙すのはお家芸のようである。
「くっ! そう簡単に形勢逆転などさせるか!」
ハイスヒッツェはもう一度自分の得意な展開に持ち込もうと剣を構えるが、魔術具を投げられて、先程と同じような小爆発と共に阻止される。
「この程度で私を止められると思うな!」
ハイスヒッツェは魔術具を剣で斬り飛ばし、多少の小爆発など物ともせずに突き進み、力技でねじ伏せながら騎獣を操り、神官長へと距離を詰めていった。
「このまましばらく耐えろ!」
「持っている魔術具の数などたかが知れている!」
今回のディッター勝負は領地対抗戦で突然決まったものだ。寮に戻る余裕も自分の工房へ戻って準備する余裕もなかった。事前準備をした上で罠を張るのを最も得意とする神官長が持っている魔術具の数はそう多くない。
「水鉄砲」
神官長の呟きと共にシュタープが姿を変えた。神官長が引き金を引くだけで、次々と複数の矢が飛び出す。
「うわっ! うわわっ! 何だ、これは!?」
ハイスヒッツェが初めて見る武器に、驚愕の顔をしつつ、それでも、攻撃を何とか避けた。神官長は無表情で水鉄砲を撃ち、その合間で魔術具を放つ。
逃げる方向まで計算しているのか、何度か撃てば、ハイスヒッツェは避けるだけで精一杯になった。新しい武器がどのような物か判断できなくて、どのように対抗すれば良いのかわからず、防戦になっているのだ。
「何だ、あの武器は!?」
「見たことがないぞ!」
ざわめく騎士達に向かって声を上げたのはハンネローレだった。
「あれは講義中にローゼマイン様が作られたミズデッポウによく似ています。けれど、ローゼマイン様は水を出す玩具だとおっしゃいましたし、わたくし、その威力を確認いたしました。あのような武器ではありませんでした」
ハンネローレの驚愕した表情を見下ろしながら、フンと神官長が鼻を鳴らす。
「武器として使えるように改良したのだ。なかなか便利だぞ。ほら、このように」
ハイスヒッツェに向かって撃った直後、神官長はハンネローレに向けて矢を撃ち出した。複数に分かれた矢がハンネローレに向かって降り注ぐ。
「危ない、ハンネローレ様!」
わたしは思わず声を上げて、レッサーバスの中で立ち上がる。盾を出して矢を防ぐハンネローレが見えて、よかった、と安堵の息を吐いた。
「ローゼマイン、君は誰の味方だ?」
「ご、ごごご、ごめんなさいっ! お友達が危険な目に遭いそうだったから、つい……」
わたしは即座に謝ったけれど、神官長は許してくれなかった。勝手な動きだけではなく、余計なことを言わないように、と口も閉じておくように命令されたのである。わたしはお口にチャックをして座り直す。
……でもね、神官長の方がどこからどう見ても悪者っぽいんだもん。劣勢っぽい正義の味方を応援したくなるんだよ。
わたしがおとなしく口を閉じて見ていると、神官長が水鉄砲と魔術具を使って、ハイスヒッツェを騎獣から撃ち落とし、即座にハンネローレへの攻撃に移ったのが見えた。
……うわああああぁぁぁ! ハンネローレ様っ! 誰か助けてあげてぇ!
口元をガッチリ押さえて、わたしは大きく目を見開く。その視界に青白い光が見えた。神官長を攻撃するようにその光は弧を描いてものすごいスピードで飛んでいく。落下しつつ、ハイスヒッツェが神官長に向かって魔力の塊を撃ち出したのだ。
……ダメ! 待って!
「よし!」
「よくやった!」
観覧席からはハイスヒッツェの攻撃に喝采の声が上がったけれど、わたしは逆に血の気が引いていくのを感じていた。
……お守りが!
神官長が持って行ったもう一つのお守りが魔力攻撃に反応して作動する。ハイスヒッツェの攻撃は防がれ、逆に大きな反撃が飛んできた。騎獣から撃ち落とされて落下中のハイスヒッツェには逃れる術がない。
「ハイスヒッツェ!」
「まだあんな魔術具を持っていたのか!?」
騎士達が悲鳴を上げる中、ハイスヒッツェは少しでも直撃から逃れようとしたようで、空中で体を捻ったのがわかった。けれど、体を捻っただけでは逃れることはできず、ハイスヒッツェは直撃を受けて、わたしの方に向かってすごい勢いで突っ込んできた。
「きゃあっ!」
ハイスヒッツェの大柄な体が飛んでくるのにビクッと体を竦ませたところで、ハイスヒッツェはシュツェーリアの盾に弾かれて、起こった風で更に飛ばされる。ドサッと重そうな音と共に地に投げ出されたのを見て、わたしは思わずレッサーバスの中で立ち上がった。
「だ、大丈夫ですか!?」
ぴくぴくとは動いているので、死んではいないようだが、かなり重症に見える。見るからにボロボロのハイスヒッツェに癒しをかけたい。けれど、いくら考えなしのわたしでも、勝負途中で敵に癒しをかけてはならないのはわかる。
わたしがレッサーバスの中でおろおろとしながらハイスヒッツェの様子を窺っていると、回復薬を口に放り込んだのが見えた。ハイスヒッツェはこのままの状態で回復を待つしかできないようだ。
……早く良くなりますように。
そう思いながらわたしがハイスヒッツェからハンネローレへ視線を向けると、神官長とハンネローレが向き合っているのが見えた。ハンネローレが涙目で盾を握って神官長を見上げている。
「ハイスヒッツェはしばらく動けぬ。敗北を認めたならば、自分から陣を出なさい」
シュタープを構えたままの神官長を見上げ、盾に隠れるようにしてプルプル震えながらも、ハンネローレは首を振った。
「わたくしはダンケルフェルガーの領主候補生です。自分から陣を出るようなことはできません!」
ハンネローレの言葉に神官長が驚いたように軽く目を見開き、応援席の騎士達が暑苦しいほどの雄叫びを上げた。
「うおおおぉぉぉ! ハンネローレ様!」
「素晴らしい! それでこそダンケルフェルガーの領主候補生!」
湧き上がる応援席をちらりと見た神官長が軽く息を吐く。
「ならば、力ずくで出すしかあるまい。さっさと決着を付けねば、後半戦が始まるからな」
神官長はシュタープから光の帯を出すと、ハンネローレをぐるぐる巻きにして、昔わたしがされたのと同じような一本釣りでダンケルフェルガーの陣地から放り出した。
「きゃああああぁぁっ!」
勢いよく空中へ投げ出されたハンネローレが、高い悲鳴を上げながら大きく放物線を描いて飛ばされる。
「ハンネローレ様っ!」
薬でやや回復しているようだが、ズタボロのハイスヒッツェが悲鳴と同時に弾かれたように飛び起きて、ハンネローレを助けるために、死力を振り絞って駆け出した。落下地点で腕を差し出し、ハンネローレを抱き留める。
……すごい! ハイスヒッツェは騎士の中の騎士だよ!
さすがに踏ん張ることができなかったようで、ハイスヒッツェはそのまま倒れたが、ハンネローレに大きな怪我はないようだった。
「それまで! 勝者、エーレンフェスト!」
ハンネローレが陣から出た瞬間にエーレンフェストの勝利は決定である。アウブ・ダンケルフェルガーの声が決着を告げた。わたしはシュツェーリアの盾を解除して、レッサーバスでハイスヒッツェとハンネローレのところへ駆け出した。
「フェルディナンド様、わたくし、お二人にルングシュメールの癒しをかけたいと思うのですけれど、よろしいでしょうか?」
「……癒しですか? よろしいのですか? その、こちらは助かりますが」
ハンネローレが目を瞬き、わたしではなく、神官長の反応を見た。神官長が肩を竦めて「好きにしなさい」と言った。
「君が周囲に慈悲を振りまくのは慣れている。ただ、慈悲を与えるならば、戦った相手だけではなく、こちらにも欲しいものだが」
「……え?」
無表情だったので気付かなかったが、近くで見ると、神官長もあちらこちらと怪我をしていた。よくこんな怪我をしながら、いつもの無表情でいられるものだ。
「フェルディナンド様はちょっとくらい痛そうな顔をしてください。気が付かないではありませんか」
「自分の不利を相手に悟らせてどうする、馬鹿者」
……味方にもわからないから言ってるんだよ!
むぅっと頬を膨らませながら、わたしはレッサーバスから下りた。三人を座らせて、シュタープを出して魔力を込めると、一人ずつ癒しをかけていく。
「ルングシュメールの癒しを」
シュタープから溢れる緑の光がそれぞれを癒していく。ハンネローレはホッとしたように息を吐いて立ち上がり、「恐れ入ります」と可愛らしい笑みを浮かべた。
一番重症だったハイスヒッツェも普通に動く分には支障ない程度に回復したらしい。ハイスヒッツェが立ち上がり、自分の体を見下ろし、手や足を軽く動かし、驚いたようにわたしを見た。
「ずいぶんと魔力を使ってくださったようですね。恐れ入ります、ローゼマイン様」
「ふむ、これならば何の支障もなさそうだ」
神官長はそう言って立ち上がり、アウブに魔石を返して騎獣に乗り直すように、と言った。
「勝負の決着はついた。詳しい話は後日にして、寮に戻って急いで昼食を摂らねば、後半戦に間に合わぬ。コルネリウスの奮闘振りを見るのだろう?」
「はい」
神官長に急き立てられて、わたしは訓練場に立ち入るための魔石をアウブに返すと、レッサーバスに飛び乗った。神官長も同じように魔石を返して騎獣に乗る。
「では、また後ほど」
「待ってくれ! あの新しい武器について話が聞きたい」
ハイスヒッツェが神官長を引き止めようとして、手を伸ばす。神官長は空中で一度騎獣を止めると、振り返ってニヤリと笑った。
「其方に教える義理はない。知りたければ、一度くらい勝ってみろ。体を鍛えて魔力を圧縮して上げるだけではなく、他の手段を有効に使うことも覚えねば、私には勝てぬぞ、ハイスヒッツェ」
……そういう挑発をするから何度も勝負を挑まれるんですよ! もうもうもう!
後には再戦を誓うダンケルフェルガーの騎士達の雄叫びが聞こえた。