Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (418)
領地対抗戦 ディッター
「ローゼマイン、回復薬を寄越せ。君は部屋に予備があるだろう?」
寮に到着して、中に入る前に神官長からそう言われ、わたしは首を傾げた。癒しは傷や痛みを癒すだけで、魔力は回復しないので、回復薬が必要なのはわかるけれど、神官長は常に回復薬を常備しているはずだ。
「フェルディナンド様はお持ちでしょう?」
「これを使ったら、回復薬さえ失う。魔術具をほぼ使ってしまった今、回復薬くらいは手元に残しておきたいのだ」
……余裕そうに見えたけど、もしかして結構ギリギリの勝利だった?
わたしは自分が腰から下げている回復薬の入った試験管のような金属の筒を神官長に渡す。一緒に自分の腕を伸ばして「お守りも一つくらい持っておいた方が良いのではございませんか?」と尋ねてみた。
「いや、これ以上君の守りが薄くなるのは避けたい」
神官長は表情を全く変えずに激マズ薬を一気飲みして、空になった筒を「補充しておいてくれ」とリヒャルダに渡し、寮に入っていこうとする。わたしは思わず神官長の袖をつかんだ。
「あの、フェルディナンド様」
「心配しなくてよろしい。突然ディッター勝負をふっかけてくるような領地は他にない」
もうこの話は終わりだ、と切り上げられているのがわかって、わたしは袖をつかんでいた手を離して、雰囲気を軽くするために笑って見せる。
「ダンケルフェルガーのような領地がいくつもあったら困りますね」
「いや、いくつもあれば、そちらで思う存分に戦い合ってくれるはずだ。こちらは非常に楽になると思うぞ」
「それはどうでしょう? ハイスヒッツェさんはどう転んでもフェルディナンド様に戦いを申し込んでくる気がいたします」
「……嫌なことを言うな」
寮に戻ったけれど、他の者はすでに昼食を終え、後半戦のために戻ったようだ。食堂は閑散としていて人影がない。わたしと神官長も急いで昼食を摂ると、領地対抗戦をしている訓練場へ戻る。
「間に合いましたか?」
「あぁ、今はアーレンスバッハがディッターを行っているので、エーレンフェストは次の次だな」
後半戦の順番は講義中に行われた模擬戦の結果によって決まるらしい。今年のエーレンフェストはかなり好成績だったようで、順番は後の方のようだ。
エーレンフェストの場所に向かう途中途中の領地の社交の様子を見ながら歩く。父兄が出入りしているため、普段は黒い衣装が目立つ貴族院に色とりどりの衣装があり、見ているだけで楽しい。
中央の流行に合わせた衣装を着ているけれど、よくよく見てみれば、それぞれに少しずつ雰囲気が違うのがわかる。
「フィンストゥルムか。これは終わるのも早いな」
よく訓練中にも使われるメジャーな魔獣だから簡単に倒せるはずだ、と神官長がちらりと競技場の方を見ながら呟いた。
アーレンスバッハの皆が前方に集まって応援しているので、わたしの背の高さでは藤色のマントがたくさんと、競技場で時折高く上がる騎獣が藤色のマントを翻して飛ぶのが見えただけだ。どんな魔獣がいるのかさえ見えない。
アーレンスバッハの戦いぶりを見るのは諦めて、わたしは頑張って足を動かす。エーレンフェストの順番になるまでに、自分達の場所に戻らなければならない。最重要ミッションである。
「このディッターでエーレンフェストは何位になれるでしょうね?」
「この種目は運の要素も大きいだろう。よく知っている得意な魔物が出るかどうかによって、大きく時間が変わる」
「攻撃力で押し切れば何とかなる程度の物しか出ないから、騎士見習い達が頭を使わなくなったのであろうが、学生だけで対処しきれるか否かわからぬ魔物では危険だからな」
難しいところだ、と神官長が呟くうちにエーレンフェストの場所に到着した。
わたし達の姿を見つけた養父様が「勝てたのか?」と尋ねてきた。わたしは大きく頷いて答える。
「見事な魔王っぷりでしたよ。フェルディナンド様に騎士らしさはないと、わたくし、再認識いたしました」
「私は騎士ではないからな。騎士らしくなくとも問題はない。君こそ勝負中に相手を応援していたではないか。もう少し聖女らしい一面を見せてほしいものだ」
フンと鼻を鳴らしながら神官長がわたしを睨む。
「あら、わたくしはシュツェーリアの盾を張って、武勇の神 アングリーフの祝福を飛ばして、最後にはルングシュメールの癒しまで使ったのですよ。多分、他から見たら聖女らしく見えたはずです」
去年のダンケルフェルガーとのディッターとは違って、奇策も使っていなければ、指示を出していたわけでもない。わたしはとてもおとなしく騎獣に籠って、勝負を見届けていたのだ。
わたしの反論を遮るように、養父様が軽く手を挙げる。
「ローゼマイン、勝負の様子は後で良い。結局、どのように決まったのだ?」
「本の販売に関する詳しいお話はまた後ほど、とアウブ・ダンケルフェルガーがおっしゃいました」
わたしの言葉に養父様が「わかった」と答えながら養母様へと視線を向ける。養母様がニコリと笑みを深めた。ちょっと凄みを感じるのは気のせいだろうか。
「あちらもおそらく第一夫人を始め、周囲と話をせねばならぬ。時間が必要になるのはお互い様であろう」
男達の暴走で勝手に勝負をしていたのならば、今頃女性陣が青筋を立てているだろう、と養父様が呟いた。どうやら、勝手にディッター勝負へ持ち込んだことを養母様に注意されたようだ。
「領主会議におけるダンケルフェルガーとの重要案件となり、印刷に関してこちらの意見をある程度通す代わりに、取引をねだられるでしょう。アウブの手腕に期待しています」
神官長が肩を竦めた時、わぁっと大きな歓声が上がり、音を増幅する魔術具で大きくされたルーフェンの声が会場内に響き渡った。
「エーレンフェスト、前へ!」
競技場が見える前方を陣取っていた騎士見習い達が騎獣に乗って、次々と下に下りて行く。競技場に明るい黄土色のマントが増え、ぐるりと競技場を駆け回る。
「さて、どの程度成長しているかな?」
興味深そうにそう言ったのは、騎士団長であるお父様である。その一歩後ろにはコルネリウス兄様の雄姿を見届けるためにお母様もやってきた。
養父様や養母様を始めとして、ヴィルフリートやシャルロッテも騎士見習い達がいなくなった前方へと進み出る。領主候補生であるわたしも一番前で見られるように場所が空けられていて、競技場を見ようとしたけれど、壁が微妙に高かった。必死に背伸びをすれば見えなくはないが、優雅ではない。領主候補生失格である。
「姫様、こちらをどうぞ」
わたしが振り返るよりも先にリヒャルダがそっと台を設置してくれた。その上に乗ると、問題なく顔が壁の高さを越える。位置についた騎士見習い達の様子がよく見えた。
「ありがとう、リヒャルダ」
「さぁ、応援いたしましょう」
わたしの周囲にはわたしの側近達が集まって来る。期待に胸を弾ませて、競技場を見ていると、魔法陣で魔物を作り出すための先生がやってきた。わぁっと歓声が上がるのに、軽く手を振って応えているのはフラウレルムだ。
ちらりとエーレンフェストの方を見て、フフッと笑ったのがわかった。ものすごく嫌な予感がする。そう感じたのはわたしだけではないようで、周囲から「うわぁ」とか「よりによって……」という声が聞こえてくる。
「何故ルーフェン先生ではないのでしょう?」
フラウレルムの登場にわたしが頬を膨らませると、毎年ディッターを観戦しているお父様が教えてくれた。
「ルーフェン先生が一人で全ての魔法陣を起動させるのは大変なので、ディッター勝負は何人もの先生方が担当をしている。ランプレヒトやコルネリウスの話によると、妙な手心を加える可能性を考慮して、自領の担当にはつけないことが決められているらしい。自領以外でどの寮を担当するかは木札を引いて決められるそうだから、これも運だな」
……エーレンフェストの運が悪いってことだね。
「また妙な嫌がらせをされるのではないでしょうか?」
わたしの言葉にお父様は肩を竦め、神官長は「大したことはできぬ」と言った。
「これだけの目がある中で、教師としての評価を落とさぬ嫌がらせと考えれば、あまり有名ではない魔物や倒すのに手間取る魔物を出すくらいしかできぬ」
「フェルディナンド様は簡単におっしゃいますけれど、それは速さを競うのにものすごく不利ではございませんか?」
模擬戦で6位という好成績だったため、エーレンフェストはこの順番でディッターに臨むのだ。前後が順調な戦いぶりを見せていた中で、無様な戦いぶりを見せれば、それだけでも順位を急激に上げているエーレンフェストは嘲笑される要因になる。
「知名度の低い魔物を知っている者がいて、あの現場でも冷静に対応できたのだ。それほど心配はいらぬ」
声をひそめて神官長が呟く。どうやらターニスベファレンの対応を神官長は高く評価しているようだ。つまり、レオノーレが知っているか、知らないかで大きく順位が変わることになる。わたしはコクリと息を呑んで、競技場を見下ろした。
フラウレルムがシュタープを出し、何か言った。魔法陣が起動し、カッと眩しく光る。光が収まった時にはぐねぐねとした大きな塊が見えた。大きいけれど、これまでの魔物と違って咆哮を上げるわけでもなく、すぐさま攻撃してくるわけでもない。頭がどこにあるのかもわからなくて、フラウレルムが魔物を作り出すのに失敗したのかと思った。
「フンデルトタイレンか。厄介だな」
神官長が忌々しそうに呟いた。攻撃をすると、次々と分裂していく魔物だそうだ。最小の大きさになるまでは分裂を繰り返すだけで倒すことができないため、強くはないけれど、非常に時間がかかる魔物らしい。アーレンスバッハの海の近くに生息する魔物だそうだ。
「何だ、あれは? 見たことがないぞ」
「本当に魔物か?」
競技場を見下ろしていた観客がざわめく中、フラウレルムが一瞬だけこちらを向いて退場していき、審判役のルーフェンが「開始!」と叫んだ。
全く動かないフンデルトタイレンを見下ろした状態で、レオノーレが全員を集めて、何やら声をかけるのがわかった。
いきなり全力攻撃を繰り出すようにトラウゴットとコルネリウス兄様が同じように魔力を溜めて行くのが見えた。他の騎士見習い達は方々に散って、盾を構え、衝撃に備える準備ができている。レオノーレは盾を構えて、コルネリウス兄様のすぐ隣に寄り添うように立った。
「ほぅ、フンデルトタイレンの対処方法を知っているのか。彼女はよく勉強しているな」
感心しているのがわかる神官長の声がとても満足そうに聞こえた。いきなり全力攻撃? と目を瞬いていたわたしは、神官長の言葉にトラウゴットが暴走したわけではないとわかって、ホッと胸を撫で下ろす。
すっと上がったレオノーレの右手がさっと下ろされるとコルネリウス兄様が剣を振り抜き、魔力の塊がフンデルトタイレンに向かって飛んでいく。コルネリウス兄様とタイミングを合わせたようにトラウゴットも剣を振り抜いた。
直後、トラウゴットが盾を構えて衝撃に備えたのとは違って、コルネリウス兄様はすぐさま再度魔力を溜め始める。コルネリウス兄様を衝撃から守るように、盾を構えたレオノーレがコルネリウス兄様の前に立った。
……こんな戦いの場なのに、二人の世界に見えるんですけど。
そう思ったのはわたしだけではなかったようで、お母様が華やいだ声を上げている。新しい騎士物語の餌になればいい。
コルネリウス兄様を庇って衝撃に耐えるレオノーレの盾の陰で魔力を溜めたコルネリウス兄様が剣を構えた。
「やあぁぁぁ!」
最初の一撃に比べると小さく見える魔力の塊がフンデルトタイレンに向かって飛んでいった。ドンという大きな音と空気がビリビリと振動するような衝撃と共に、何やら小さな物が爆発して飛び散り始めた。
「頭を狙え! また合体しないように素早く倒すんだ!」
マティアスの声と同時に待機していた騎士見習い達が一斉に動き始める。
ぐにぐにとした塊に見えていたフンデルトタイレンは小さな蛇が集まって合体して巨大になる蛇っぽい魔物だった。トラウゴットとコルネリウス兄様の全力攻撃で、どうやら完全に分裂させることができたようだ。
「フンデルトタイレンは完全に分裂させた後、止めを刺していくしかない。中途半端な力で分裂させると、数が増えていくだけで全く倒せぬし、近くにいればまた合体する。いつまでたっても倒せず、疲労ばかりが溜まっていくのだ。一気に大魔力を叩きこんで、完全に分裂させられるかどうかが、勝負の分かれ目になる」
神官長の解説に、ほほぅと頷きながら、わたしは眼下の戦いを見下ろす。なるべく合体しないように飛び散った小さな蛇を倒していくのだから、騎士見習い達も大変だ。けれど、小さな蛇は頭にナイフを突き刺せば、わたしでも簡単に倒せるくらいに弱いらしい。
コルネリウス兄様が回復薬を飲むために少し下がり、他の騎士見習い達が競技場を駆け回る。
「わたくしの正面にいる者は少し下がってくださいませ!」
そう叫びながら、レオノーレが騎獣に乗った状態で何やら振り回して、バッと投げて大きく広げた。
「網?」
いつだったか、シュツェーリアの夜に広範囲の魔獣を一気に倒すために神官長が使った網と同じような物が広がり、「たぁっ!」とレオノーレが叫んだ瞬間、網が光って、その中にいたフンデルトタイレンが消滅する。
比較的固まっているフンデルトタイレンを投げ網で三回消滅させると、レオノーレはマティアスに指揮を任せて、回復のために下がった。
「あの網はかなり魔力を消費するぞ。普段の訓練ではそれほど感じなかったが、レオノーレはずいぶんと魔力を上げているようだな」
お父様が驚いたようにそう言うと、お母様が漆黒の瞳を輝かせて、ほぅと溜息を吐いた。
「コルネリウスに近付けるようにレオノーレが努力した結果でしょう。恋は女を強くするのです。少しでも釣り合うようになりたいと願う乙女の精神力の強さ、わたくし、感動いたしました。これはぜひとも書き留めなければ」
……うわぉ。コルネリウス兄様、ご愁傷様。
お母様と結託することを恐れて、わたしに隠し続けていたコルネリウス兄様のためにお母様を止めるようなことはしない。養母様と約束したのも、レオノーレが寮に居づらくならないようにするということだけだ。黙って成り行きを見ていよう。
……レオノーレの卒業後、本にされて頭を抱えると良いよ。ふーんだ。
「お! ユーディットが大活躍だな。彼女もローゼマインの護衛騎士だろう?」
お父様の声にわたしが競技場を見ると、ユーディットが小さなナイフをたくさん手にして「やぁっ!」と次々と投げていくのが見えた。投げられたナイフがカッと突き刺さるのは、どれもこれもフンデルトタイレンの頭で、ユーディットのナイフを受けたフンデルトタイレンがすっと姿を消していく。
「ユーディット、3-1-1で広範囲に散っているので、そちらを頼む。トラウゴット、2-5-1で合体が始まっている。ルードルフは6-4-3、ナターリエは1-4-2の壁際に張り付いているのを処理してくれ」
レオノーレに指示を交代するように言われたマティアスが少し高い位置から次々と指示を出しているのが見える。去年は独走が目立っていたトラウゴットだったが、中級騎士であるマティアスの指示に従えるようになっているところを見ると、少しは成長しているのかもしれない。
「マティアスが何か数字を言っていますけれど、何の数字でしょうね?」
「競技場の空間を把握するための数字だ。指示を出しやすく、ゲヴィンネンを使って反省会をする時にも使いやすいので、私もよく使っていた」
……あ~、もしかしたら神官長の資料から使うようになったのかな?
「線や目印もないのに、どのようにして把握するのですか? そのような数字を言われても咄嗟には動けませんよ?」
魔物が出現するための円と待機するための円とその間の線くらいはあるけれど、そんな細かい数字を出すための目印はない。今、わたしがその数字を言われてもどこに移動すれば良いのか全くわからないと思う。
「今、君が言ったように女性騎士の中にはなかなか把握ができなくて、指示通りに動けるようになるまでにかなり時間がかかる者もいた。訓練を重ねて慣れるしかないな」
コルネリウス兄様やレオノーレも復活し、小さなフンデルトタイレンを処分していく。
「ユーディット、あれが最後だ!」
マティアスの声にユーディットがさっとナイフを投げた。投げられたナイフは確実にフンデルトタイレンの頭を潰す。次の瞬間、ずっと淡い光を放っていた魔法陣から光が消えた。
「エーレンフェスト、終了!」
わたし達は騎士見習い達が戻って来られるように、その場を退いてスペースを作る。次々とエーレンフェストの騎士見習い達が競技場から戻ってきて、代わりに、ハウフレッツェの紫のマントが競技場に入っていく。
戻ってきた騎士見習い達は騎獣を片付けると、養父様と養母様の前に整列して跪いた。最上級生であるコルネリウス兄様が口を開く。
「アウブ・エーレンフェスト、申し訳ございません。我々は期待されていたほど、順位を伸ばすことができませんでした」
「いや、エーレンフェストではフェルディナンドくらいしか知らぬくらいに知名度が低く、初見の魔物にも的確な対処ができたのだ。よく学び、よく訓練しているのがよくわかった。其方等は去年よりも確実に魔力、技、連携が向上している。よくやった」
「勿体ないお言葉に存じます」
養父様の言葉に騎士見習い達が一斉に頭を下げた。養父様が一つ頷き、お父様へと視線を向ける。
「カルステッド、騎士団長の目で見てどのように感じた?」
養父様がそう言って、発言をお父様に譲る。養父様の護衛騎士として常に後ろに控えているお父様が一歩前に出た。肩幅に足を開き、騎士見習い達を見下ろす。
「確かに領地対抗戦においては速さを競うことになるので、成績は低くなったように感じられるかもしれぬ。だが、当たった魔物が悪かったのだ。それでも、初見の魔物と戦ったとは思えぬ健闘ぶりだった。まだ拙く感じるところはあるが、指示に従ってそれぞれが自分の仕事をすることができるようになり、周囲がどのように動くのか見ることができるようになっている。これからも励むように」
「はっ!」
そして、騎士見習い達は解散する。わたし達はまた社交に戻るため、テーブルの方へと動き出す。ヴィルフリートとシャルロッテは騎士見習い達の奮闘ぶりを話しながら、一番手前にある自分達の席に着いた。
わたしは養父様と養母様、神官長と一緒に更に先へ足を進める。
「……こうして報告書通り寮全体で一丸となり、よく頑張っているのを見れば、旧ヴェローニカ派の子供達が魔力圧縮を得られないのが可哀想に感じられるな」
養父様がそう呟いて溜息を吐いた。領主候補生が三人もいるのに、それぞれの派閥に分かれて競うこともなく協力し合っている状態は珍しいのだそうだ。在学中と卒業後では成長率に違いがあるため、将来のエーレンフェストを担っていく子供達に魔力を伸ばして欲しいようだ。
「現状では難しいことは重々承知しているが」
その呟きに、わたしもコクリと頷いた。わたしと神官長が席に着くと、養父様と養母様は更に奥にあるテーブルに向かっていく。周囲では側仕え達が動き回り、社交の再開準備が整えられ始めた。
そこにハルトムートがやってくる。
「ローゼマイン様、私が明日エスコートするお相手を紹介したいのですが、お時間はよろしいでしょうか?」
「オティーリエによると、ずいぶんたくさんの女性と仲良くしていたようですけれど、一人に絞れたのですか? 刃傷沙汰にはならなかったようですけれど」
わたしの言葉にハルトムートが一度目を丸くした後、ニコリと爽やかな笑みを浮かべ、右手を自分の胸に当てる。
「人聞きが悪いことをおっしゃらないでください、ローゼマイン様。我が名は常に貴女と共に。我が命は貴女のために、と思いながら日々を過ごしているのですから」
「感動的なローデリヒの言葉を盗らないでくださいませ」
わたしが怒ると、神官長が溜息を吐いて「静かにしなさい」と軽く手を振った。
「君に紹介したいと言うのだ。将来的に結婚を視野に入れた相手なのだろう」
上司であるわたしに正式に紹介するということは、卒業式のエスコートだけではなく、この領地対抗戦でお互いの両親に紹介し合い、結婚に向けて話が進んだということらしい。
「ローゼマインの側近くに仕えるハルトムートがどのような女性を選んだのか、私も知っておきたい。ここに連れて来なさい」
「かしこまりました」