Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (421)
卒業式
表彰式では、各学年で二人以上はエーレンフェストが呼ばれるという好成績だったらしい。中級貴族や下級貴族は、座学は文句なく優秀だけれど、実技がなかなか優秀者として表彰されるレベルには行かないそうだ。魔力量が元々違うので、スタートラインでかなり差があることになる。
……そう考えると、中級貴族なのに実技は剣舞に選ばれるくらいの表彰レベルで、座学が落第レベルだったアンゲリカって特殊だよね。
「お兄様が優秀者で、お姉様が最優秀ですもの。わたくしも優秀者に選ばれてホッといたしました。」
シャルロッテがそう言って胸を撫で下ろす。兄姉が成績優秀すぎると重圧がすごいのです、と小さく零していた。ヴィルフリートは優秀者に選ばれたけれど、ちょっと不満顔だ。
「優秀者に選ばれたのに、ヴィルフリート兄様は不服そうですね」
「呼ばれる順番から考えると、オルトヴィーンに少しだけ負けているのだ」
オルトヴィーンはドレヴァンヒェルの領主候補生らしく、ほどほどで切り上げる要領の良いところがある。多分、カッコいい鎧や武器にこだわるせいで、実技の成績が少し負けたに違いない。
「来年は絶対に勝つのだ」
皆の表彰についての話を聞いた後は、コルネリウス兄様とレオノーレが表彰式でどんなふうにお似合いだったのか、楽しそうに語るお母様の話を聞いていると、皆に比べるとずいぶんと遅く表彰式から戻ってきた養父様から領主の部屋に呼び出された。明日の打ち合わせをしなければならないらしい。
「ローゼマインを帰らせて大正解だったぞ、フェルディナンド」
養父様は開口一番にそう言った。帰ってくるのが遅かったのは、王族から呼び出しを受けていたせいで、なんと明日の成人式の祝詞をエーレンフェストの聖女に頼めないか、と打診があったそうだ。
本日、強襲してきた者達の主張が「グルトリスハイトを持たぬ王は退け」というものだったため、繋がりの有無はともかく、中央神殿に数多くいる聖典原理主義者が活気付くことになる。中央神殿への牽制が必要なのだそうだ。
王族を相手に「王族と中央神殿との関係など知ったことではない」とか「何の準備もなく神事を行えるわけがないだろう」などと答えられるはずもない。「今日の強襲が体力的にも魔力的にもローゼマインにとっては非常に負担であったために表彰式さえ辞退したのです」ということを遠回りに言ってお断りしてきたそうだ。
「体調が許せば、と食い下がられたので、ついでに、インメルディンクの件も出して、駄目押ししておいた」
競技場での強襲が起こる前に、わたしがインメルディンクの上級貴族からの攻撃も受けたことも理由付けにしたらしい。インメルディンクの狙いはハルトムートだと主張していたが、実際に攻撃を受けたのがわたしである以上、相手の主張のどこまでが真実であるかわからない。神殿長としての職務を行う時、つまり、壇上で神事を行う時は護衛騎士を付けることもできないのだから、あまり無防備な状態で人前に出したくない、と主張してきたそうだ。
「回避できたのならば、それで良い。ローゼマインが中央神殿の神殿長に代わって祝福を与える前例は作りたくないのだ。ローゼマインはエーレンフェストの神殿長であって、中央神殿の神殿長ではない。余計な仕事はいらぬ」
安堵したように息を吐いた神官長の袖を、わたしは軽く引いた。
「フェルディナンド様、わたくし、明日は奉納舞や卒業式を見に行っても良いのですか? またお留守番ですか?」
今年はコルネリウス兄様が剣舞を舞うし、卒業するのだ。寮でお留守番ではなく、見に行きたい。じっと見上げていると、神官長がトントンとこめかみを叩きながら溜息を吐いた。
「虚弱であるため、をこれから先も理由として使うならば、午前か午後のどちらかだけにしておいた方が良い。……そのような条件を付けずとも、コルネリウスの晴れ姿やレオノーレと並ぶ姿に興奮して半日も持たずに退場することになるであろうが」
神官長には嫌な予想をされたけれど、絶対に出席してはならないとは言われなかった。初めての卒業式である。
コルネリウス兄様とレオノーレが卒業式に出席するため、わたしの護衛騎士がユーディット一人だけになってしまう。さすがに心許ないので、コルネリウス兄様の親族枠でランプレヒト兄様とアンゲリカを呼び出して護衛に付けることが決められ、薬の準備やわたしの周囲に誰を配置するかなど、細々とした打ち合わせをする。
話し合いの後、神官長は寮に泊まらず、エーレンフェストに戻っていった。使ってしまったわたしのお守りをまた使えるようにしたり、マントに刺繍されている魔法陣の代わりになる自分用のお守りを準備したりしなければならないそうだ。工房に閉じ籠ることがわかりきっているので、夕食だけは寮で食べさせた。これで明日の朝まで工房に籠っていても大丈夫だ。
次の日、朝食を終えた学生達が少しずつ多目的ホールへと集まり始めると、卒業生の親が転移陣でやってくる時間になる。転移陣の前で待ち構えている側仕え見習い達によって、それぞれの子供の自室へと案内されていくのだ。
「ローゼマイン様、おはようございます」
「オティーリエ」
ハルトムートの両親がハルトムートの部屋に行く前に多目的ホールに挨拶のために寄ってくれた。ハルトムートの母親はオティーリエなのでよく知っているけれど、父親を見るのは初めてだ。どんな人だろう、と思っていたが、養母様の側近で文官だそうだ。顔立ちや雰囲気がハルトムートとよく似ていて、年を取ったハルトムートという感じである。長々しい貴族の挨拶を交わす間しか接触はなかったけれど、ハルトムートから聖女伝説まっしぐらなところを抜いたらこんな感じだろうと思える落ち着いた雰囲気の人だった。
……ん? ハルトムートからその部分を引いたら、人当たりが良くて、情報収集が上手くて、すごく優秀な人じゃない? いやいや、ハルトムートの父親だよ。きっとハルトムートみたいに一見しただけじゃわからない欠点があるかも。
そんなことを考えながら、二人がハルトムートの部屋へと向かうのを見送っていると、コルネリウス兄様の親族がやってくる。お父様とお母様、ランプレヒト兄様、アンゲリカなので大所帯だ。今日のお父様は養父様の護衛騎士ではない。護衛騎士はお休みで、副団長に全てお任せだそうだ。
「代わりに、親族枠でローゼマインの護衛をするように言われている」
「騎士団長であるお父様に護衛されるなんて、わたくし、とても偉くなった気がしますね。ランプレヒト兄様もアンゲリカも突然呼び出してしまってごめんなさい」
昨夜戻ったお父様とお母様に呼び出されて護衛を命じられたはずの二人は「このような機会がなければ、貴族院に足を踏み入れられないので」と笑って首を振った。
お父様とお母様はコルネリウス兄様の部屋へ向かったが、二人はこのまま多目的ホールでわたしの周囲にいることになった。エーレンフェストの様子を聞いたところ、今日のダームエルは留守番仲間ということでおじい様の個人指導を受けることになっているらしい。
「行きたかった、と嘆いていました。わたくしはボニファティウス様の指導を受けたかったです」
「我々が呼ばれたということは何か変わったことが起こったのでしょう? 何があったのですか?」
昨夜、貴族院から戻った両親は命じるだけ命じて、「明日も早いから」とほとんど説明なしだったらしい。ランプレヒト兄様の質問に答える形で、わたしは強襲について話をする。
「その状態でローゼマイン様の護衛騎士が一人という状態は危険ですね」
ランプレヒト兄様は納得したようだし、アンゲリカはよくわかっていなさそうな笑顔で一歩引いた状態で話を聞いていたので、アンゲリカが興味を示しそうな話題を出すことにした。神官長とハイスヒッツェのディッター勝負の話だ。案の定、アンゲリカがとても興奮して食いついて来た。深い青の瞳がキラキラと輝く様子が何となくクラリッサとよく似ているように見える。
「それだけディッターに反応するなんて……アンゲリカは生まれる領地を間違ったかもしれませんね」
ダンケルフェルガーはアンゲリカにピッタリの領地ではないだろうか。わたしの呟きにアンゲリカはふるふると首を振った。
「いいえ、ローゼマイン様。ダンケルフェルガーはディッターも強いですが、成績も良い者が多いのです。ダンケルフェルガーではわたくし、騎士見習いの選抜で落ちたと思いますし、ローゼマイン様がいらっしゃらなかったので貴族院を卒業できていなかったはずです」
エーレンフェストに生まれて良かったと思っています、とアンゲリカがほんのりと頬を染めて嬉しそうに微笑む。その笑顔と残念すぎる主張の差に、やっとアンゲリカの中身に気付いたランプレヒト兄様が愕然とした顔をしていた。
「ランプレヒト、もう来ていたのか。今日はローゼマインの護衛をするのであろう?」
ヴィルフリートが多目的ホールへやってきた。自分の護衛騎士であるランプレヒト兄様がわたしの側にいるのを見つけて近付いて来る。
「ヴィルフリート様もまとめて護衛いたしますよ。婚約者ですから、近くに座るでしょう?」
「さて、どうであろう? 私とシャルロッテは父上や母上と並んで座ることになっているが、ローゼマインはコルネリウスの親族枠に入れて護衛を増やすため、少し離れるのではないか? ローゼマインは父上から話を聞いていないのか?」
アウブ夫妻と貴族院在学中の領主候補生が座る席とそれ以外の者が座る席は少し離れているらしい。
「わたくし、席順に関してはよくわかりません。けれど、コルネリウス兄様の剣舞に興奮して倒れそうだとフェルディナンド様が予測していたので、フェルディナンド様の近くで、退場しやすい席に座ることになると思います」
「叔父上は其方の主治医のようなものだからな。今日の体調は良いのか?」
ヴィルフリートに体調を問われて、わたしは手を見つめ、首を傾げた。
「悪くはないと思うのですけれど、感情が昂って倒れる時は突然来るので、あまり体調の良し悪しは関係ないのです」
「うーむ、ローゼマインにとって卒業式は初めての行事だから、確かに感情は昂るかもしれぬ。ランプレヒト、ローゼマインによく気を付けてやってくれ」
「かしこまりました」
ヴィルフリートの命令をランプレヒト兄様がその場に跪いて受ける。
「快くご自分の護衛騎士を貸してくださってありがとう存じます、ヴィルフリート兄様」
「いや、其方が少しでも行事に参加できれば良いのだ。そのためにも、其方は3の鐘まで寮で待機して、保護者と一緒に入場するように。良いな?」
2と半の鐘が鳴ると、卒業生と卒業生のエスコート役以外の学生達が寮を出て、主役の卒業生が入場するまでに講堂の準備をすることになっている。そして、3の鐘が鳴ると、保護者が入り、卒業生が入場するのだ。
「お姉様が準備段階で倒れて、楽しみにしていた剣舞を今年も見られないということになれば、わたくしも悲しくなりますから」
出発準備を整えたシャルロッテにもそう言われ、わたしは姉思いの可愛い妹にお礼を言って、学生達の出発を見送った。
神官長は皆が出発してしまってから寮へやってきた。ターニスベファレンの爪で引き裂かれていたマントが新しくなっている。
「ローゼマイン、腕を出しなさい」
いつもより若干眉間に皺が寄っているのは寝不足のせいだと思うけれど、かなり機嫌の悪い顔になっている。ランプレヒト兄様がビクッとしたのがわかった。
とても不機嫌に見える神官長に腕を差し出すと、お守りのブレスレットを付けてくれる。そして、神官長はシュタープを出して、「スティロ」と唱え、ちょいちょいと魔法陣をいじり始めた。少しずつ魔力が吸われていくのがわかる。
「これでよかろう。それで、ローゼマインは午前と午後のどちらに出席するのか決めたのか?」
「午前です。わたくし、剣舞と奉納舞が見たいので」
「……奉納舞か」
難しい顔で神官長がそう呟いて、ゆっくりと息を吐いた。
3の鐘が鳴る頃になると、準備ができた卒業生達が多目的ホールに降りてくる。保護者達は講堂へ向かい、他領の者をエスコートする者はその寮に向かわなければならない。
コルネリウス兄様は剣舞のための衣装を着ているが、ハルトムートは音楽の係りなので、そのまま卒業式に出られる正装である。
「ハルトムートはクラリッサを迎えに行くのですよね?」
「そうです。他領の者が入れるお茶会室が待ち合わせ場所になっています」
女性は自寮のお茶会室で待ち、男性がそこまで迎えに行くのだそうだ。
「そうして、迎えに来てくださる殿方を待つのは、とても心ときめく時間でしょうね。わたくしも一度くらい経験してみたいと思ったものです」
お母様は貴族院の恋物語のラストを締めくくる行事である卒業式が楽しくて仕方がないようだ。朝から非常にテンションが高い。
「なんだ、エルヴィーラは私と同じ寮から出て行くのでは不満だったか?」
「あら、カルステッド様。不満などございませんよ。他領の迎えを待つ心の揺れは、不安の裏返しでもあるのですから」
本当に迎えに来てくれるのか、待っていてくれるのか。このまま結婚まで進むことができるのか、このエスコートだけで終わりとなって先が続かないのではないか。色々な不安があるから、一層嬉しくなるのだ、とお母様は言った。
「物語はその揺れがあるのが楽しいのですけれど、わたくし、自分の人生は揺らぎなく安定している方を好んでいるのです」
……印刷業に手を出したり、神官長から隠さなきゃいけない本を作ったりするのは、安定からほど遠くてスリル満点だと思うけどね。
安定という言葉の意味を一度神官長に尋ねて、わたしの常識がずれていないか確認した方が良いかもしれない。
わたしはお父様とお母様、ランプレヒト兄様、アンゲリカの親族に加えて、リヒャルダと神官長の御一行という大所帯で講堂へ向かう。わたしの歩く速度に合わせるのは、他の皆が大変なので、「体調が良くないけれど、何とか卒業式に出席したいと願う愛娘の我儘を聞き入れた」という体裁で、お父様が抱き上げて連れて行ってくれた。
講堂にはすでに大勢の人が集まっていた。今までの講義の時間に見えていた壁が取り払われ、講堂にはまるでコロッセウムのように階段状になっている観覧席ができている。講堂の中心には学年全員が集まって講義を受ける時のような机や椅子は一つもなく、奉納舞や剣舞を行うための白い円柱状の舞台が設置されていた。
コロッセウムと全く違うのは、講堂の奥の礼拝室と繋がっているところだ。祭壇のある礼拝室は神の意志を採るために一度だけ入ったことがある部屋で、多分、上から見たら前方後円墳のような形になっていると思う。講堂がこんなふうに変形すると思っていなかったわたしは呆然としながら辺りを見回した。
「……わたくしが知っている講堂と違います」
「面白いだろう? このように段になっているので、剣舞や奉納舞を見やすいのだ」
今日のわたしは領主候補生ではなく、コルネリウス兄様の妹というポジションで卒業式に出席することになっている。そのため、保護者席に座っているのだ。アウブ夫妻が座っている席からは少し離れているけれど、上級貴族なのでかなり前の方の良い席である。
わたしの席は右隣に神官長、左隣がアンゲリカで、前にお父様とお母様が並び、後ろにはランプレヒト兄様とリヒャルダが並ぶ席になっている。ガッチリ周りを固められていた。
「ローゼマイン、これを持っていなさい」
「盗聴防止の魔術具ですか?」
「……君が静かにしていられるとは思えないので、念のためだ」
奇声を上げられては困るのでずっと握っていなさいと言われ、わたしは言われた通りに手に握った。
3の鐘が鳴り響き、しばらくすると、卒業生が入場してきて、舞台の上にずらりと並んだ。学年の違うエスコート相手が決められた席に移動すると、その後、王族が入場してきて、中央神殿の神殿長が祭壇の前にやってくる。
規模は全く違うけれど、何度も経験している成人式とあまり変わらなかった。成人にまつわる神話が読まれ、祝福が行われる。全ての生まれ季節の者が集っているので、祝詞を唱えるのにとても時間がかかっていたけれど、祝詞も知っている通りだ。
「……前神殿長と同じで、特に祝福の光は出ませんね」
「君と違って、ここに集う全員を祝福できるだけの魔力があるはずなかろう」
盗聴防止の魔術具を握っているので、わたしが会話できるのは神官長だけである。成人の祝福を終えると、これまでの加護を感謝し、神々に音楽と剣舞と舞を奉納するのだ。
全員が一度舞台から降り、音楽を行う者が楽器を手に舞台へ上がった。楽器を持っていない者は歌を歌うのだ。わたしはフェシュピールしか練習したことがないけれど、笛であったり、太鼓であったり、色々な楽器が存在するのが見える。
皆が祭壇に向かって並び、楽器を構えた。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
そんな祈り文句と共に、音楽が奏でられ、歌が歌われる。春の喜びを歌う曲で、傷ついたゲドゥルリーヒを癒し、命の芽吹きを祈る曲だった。
一曲が終わると、音楽の人達は舞台から降りて、今度は舞台を取り巻く形に移動した。代わりに舞台に上がるのは、青の衣装をまとった剣舞を行う者達だ。二十名が舞台の上に上がる。
「コルネリウス兄様ですよ」
「見ればわかる。落ち着きなさい」
コルネリウス兄様がシュタープで出した剣を構える。音楽が流れ始め、それに合わせて剣が光を反射して閃いた。優美だったアンゲリカの剣舞とは違い、やはり男性だからだろうか、剣の一振り一振りがとても力強い。アンゲリカは流れるような動きだったが、コルネリウス兄様は一つ一つの動きにキレがある。
剣舞は成績優秀者が選ばれるとあって、誰も彼も技量がすごかった。段々速くなる音楽に合わせて、どんどんと剣を振る動きもスピードが上がっていく。映像で見るのとは迫力が段違いだった。
「あれは本当にコルネリウスか?」
「えぇ、そうですよ。ランプレヒト様がご存知の頃に比べると、ずいぶんと成長していらっしゃるでしょう?」
「あぁ、驚いた」
ランプレヒト兄様とリヒャルダの会話を聞いていたアンゲリカが何度か頷く。
「コルネリウスは本当に上達しましたね」
去年までは共に剣舞を練習していたアンゲリカの呟きに、お母様が笑顔で振り返る。
「愛するレオノーレに良いところを見せたいのですよ。アンゲリカもエックハルトに良いところを見せようと思えば、もっと強くなれますよ。そうですね、刺繍とか、社交に精を出してみましょうか」
「エックハルト様に良いところを見せて強く……。ローゼマイン様、わたくしの良いところはどこでしょう?」
お母様の提案をあっさり流したアンゲリカの問いかけにニコリと笑って答えたのは、わたしではなく、神官長の隣に座っているエックハルト兄様だった。
「結婚を急がず、真摯にローゼマインの護衛を務めるところがアンゲリカの美点だ」
「わかりました。わたくし、結婚を急がず、もっと強くなります」
……エックハルト兄様!
婚約者同士の会話とは思えない言葉のやりとりに、お母様が溜息を吐いて頭を振った。この二人の結婚への道はとても長そうである。
剣舞が終われば、次は奉納舞である。
ひらひらと長い袖を揺らしながら、領主候補生が舞台に上がった。風の女神の貴色である黄色の衣装をまとったアドルフィーネが見える。すっきりとまとめられたワインレッドの髪が輝いて見えるのは、トゥーリの作った髪飾りのせいだろう。リュディガーは白の衣装で、髪の色も淡いので、全体的に白っぽい印象に見えた。
音楽や剣舞と同じように祭壇に向かって領主候補生がそれぞれの位置に並び、跪いて舞台に触れる。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
領主候補生の声が上がった瞬間、それまで真っ白だった奉納舞の舞台に魔法陣が浮かび上がった。全ての属性を含んだ魔法陣で、それぞれの属性の位置にそれぞれの神に祈りを捧げる領主候補生達がいる。
「フェルディナンド様、あの魔法陣は聖典に浮き出ていたのと同じ……」
「ローゼマイン、君は何も知らないはずだ。違うか?」
盗聴防止の魔術具を持たせておいて正解だったな、と神官長が小さく呟いた。
「そうでした。何も見えません」
「よろしい」
去年の奉納舞もわたしはビデオのような魔術具で見た。けれど、その時はなかったはずだ。聖典の魔法陣が見えるようになったのと同じ原理で見えるようになったのだろうか。何の魔法陣なのだろうか。他の人には見えていないのだろうか。何故、神官長は見えているのだろうか。
いくつもの疑問が心の中に浮き上がって来る。
答えを持っていても絶対に答えてくれないとわかりきっている神官長の横顔を見上げ、わたしはそっと息を吐いた。