Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (422)
図書館と帰還
奉納舞が終わると、わたしは予定通りに気分が悪くなったことにして早目に退席する。お父様とお母様にはそのままコルネリウス兄様を見ていてもらい、アンゲリカとランプレヒト兄様を護衛に、リヒャルダを伴って寮へ戻った。
「特に何事もなく終わって安心した。ローゼマインは何だか危険なことに巻き込まれる確率が高いからな」
寮に到着すると同時に、ランプレヒト兄様がホッと息を吐いて苦笑気味にそう言うと、アンゲリカも「だからこそ、護衛し甲斐があります」と頷く。わたしが貴族院に行っている間は、おじい様とトレーニング三昧だったらしい。魔剣シュティンルークも強くなったそうだ。
「ランプレヒト兄様、アウレーリアの様子はいかがですか? 退屈していらっしゃいません?」
基本的に親族しかいないので、アウレーリアのことを口にしても大丈夫だろうと判断して、ランプレヒト兄様に妊娠中のアウレーリアの様子を尋ねてみた。
「母上から退屈しのぎに、と渡されたエーレンフェストの本を読みながら、ゆったりと過ごしているよ」
「なんて羨ましい生活……ではなく、家族と遠く離れた土地で初めての懐妊なのですから、ランプレヒト兄様もよく気を配ってあげてくださいませ。ランプレヒト兄様はお母様に丸投げしているところがあるので、アウレーリアに愛想を尽かされないか心配です」
わたしの心配をよそに、主であるヴィルフリートが貴族院に行って不在の期間はアウレーリアと仲良くしていたらしい。
「ただ、そうだな……。この間、故郷の味が少し恋しいとは言っていた」
「お魚ですね。貴族院から戻ったら、宮廷料理人からわたくしの専属に調理方法を教えてもらう予定なのです。養父様の許可は取っているのですよ」
「それは助かる」
笑顔になったランプレヒト兄様に向かって、わたしもニッコリと笑った。
「素材を提供してくださったアウレーリアに味見をしてもらう分には全く問題ありませんけれど、レシピや調理方法をランプレヒト兄様の料理人に教えるのは有料です。ランプレヒト兄様は可愛い新妻のためにしっかり稼ぐと良いですよ」
「ローゼマインは私からもお金を取るのかい?」
目を剥くランプレヒト兄様にわたしは「当然です」と頷いた。
「お父様からもフェルディナンド様からも養父様からもいただいていますし、貴族院の学生達にレシピを譲るのも成績向上のご褒美です。それに、今回、宮廷料理人からわたくしの専属に調理方法を教えてもらうのもレシピと交換ですもの。無償でのやりとりをしたことはございません」
アウレーリアが魚料理のレシピを持っているならば交換でよかったが、アウレーリアのようなお姫様が調理方法を知っているはずがない。ちなみに、アウレーリアが持ち込んだ食材はエーレンフェストの布に化けて、今、アウレーリアのヴェールになっている。わたしからの贈り物に恐縮したアウレーリアからの申し出で、交換という形を取ったせいだ。
「アーレンスバッハから材料であるお魚を仕入れてくださるならば、交換で良いのですけれど、今は繋がりを持てないでしょう?」
「仕方がない。頑張って稼ぐよ」
ランプレヒト兄様がガックリとした様子でそう言うので、わたしはランプレヒト兄様を激励しておく。
「家族のためにしっかり頑張れば頑張るだけ、ランプレヒト兄様は良いお父様になれますよ」
……ウチの父さんみたいにね。
奉納舞の後は、神殿長からのお言葉があるだけなので、それほど時間をおかず、昼食のために皆が戻ってきた。食堂の広さの関係で、領主一族と卒業生とその保護者が先に昼食を摂って、在校生は時間をずらして摂ることになる。
わたしと同じテーブルには、お父様、お母様、ランプレヒト兄様、アンゲリカ、コルネリウス兄様、そして、レオノーレがいる。卒業式のための特別メニューを食べながら、成人式の様子や剣舞の様子について話をした。
「コルネリウス兄様の剣舞はとても素敵でしたよ」
「ありがとう、ローゼマイン」
コルネリウス兄様が緊張の解れた柔らかい表情で言葉を崩しているのに比べて、コルネリウス兄様の隣に座らされているレオノーレはカチンコチンに緊張しているのがわかる。少しでも緊張が解れれば良いと思って、わたしは話題を振った。
「レオノーレは来年の剣舞に選ばれたのでしょう? わたくし、レオノーレの剣舞も楽しみです」
「コルネリウスよりもずいぶんと見劣りする、とローゼマイン様に思われないように頑張ってお稽古しなければなりませんね」
「そうだな。エーレンフェストから剣舞に選ばれる者が増えてきたことに、騎士団でも喜びの声が上がっている。しっかり励め」
騎士団長であるお父様の言葉に、レオノーレが「期待に沿えるように頑張ります」と答えた。レオノーレは真面目なので、きっときっちりとお稽古をして、安定感のある剣舞を見せてくれるだろう。
「そういえば、レオノーレは今日のためにこの衣装を誂えたのでしょう? 来年はまた成人式用に新調するのかしら?」
成人するとスカート丈が変わるので、来年は同じ衣装を使えない。せっかく良い布を使って綺麗な衣装を仕立てているのに、と言ったお母様の問いかけにレオノーレが小さく笑いながら首を振った。
「ブリュンヒルデに相談した結果、ローゼマイン様の衣装を参考にさせていただいて、来年はスカート丈や飾りを変えて使う予定です。新しい衣装の作り方がわかるのは、ローゼマイン様の側近の特権ですね」
わたしが少し布を付け足したり、飾りを変えたりしながら衣装を再利用しているのを一番近くで見ていたブリュンヒルデから色々な助言を得て、レオノーレは最初からお直ししやすい衣装を仕立てたらしい。
和やかな昼食を終えるとコルネリウス兄様は急いで自室へ上がっていった。剣舞の衣装から正装に着替えなければならないので、大忙しなのだ。
そして、在校生が昼食を終える頃にはコルネリウス兄様も着替えを終え、午後の卒業式のために皆が出かけて行く。
「わたくしはここでおとなしく読書をしていますね」
「今年は祝福も何もせずにおとなしくしているのだぞ」
「気を付けます」
養父様の言葉に大きく頷き、わたしは寮でおとなしく本を読んで過ごすことにした。できれば図書館に行きたいけれど、さすがに、出歩いて誰かに見つかったら仮病で卒業式を欠席したことがバレてしまう。これから先に「体調不良なので」「虚弱ですから」という理由が都合良く使えなくなるのは困るのだ。
そして、わたしの監視役は相変わらず神官長である。わたしは神官長にソランジュに借りた資料を見せながら、ライムントに改良して欲しい魔術具の話をした。
「フェルディナンド様、この資料に出てくる魔術具を図書館でご覧になったことがございますか?」
「……これは知っている。研究室に資料があったので、次のライムントの課題にするつもりだ。これも見たことがある。これは知らぬ。もしかしたら、すでに壊れているかもしれぬ。作成者がいなくなれば、修理するのも難しいことが多いからな」
教師として研究を続けるために発表しなければならない時や中央が買い取って国中に広げようとする時を除いて、魔術具の作り方を大々的に公開することはあまりないので、作成者が死亡するとどうしようもない状態になることが多いのだそうだ。
「貴族院の教師が作成した魔術具に関する資料ならば、弟子が資料を継承していることがほとんどであるし、持て余した時には図書館に寄贈される。だが、そうではない研究者の魔術具に関しては隠匿されることが多い」
「フェルディナンド様もたくさん秘匿している魔術具がありますよね?」
危険な物、世の中に出さない方が良いと判断した物、ヒルシュールの研究室に作成して放置していた物、神官長は隠している魔術具が多すぎると思う。
「それが妥当だと判断したからだ。それに加えて、私の魔術具は必要な魔力が多すぎて他の者には使いにくいことが多いらしい。大半の者に使えぬ魔術具を世に出しても仕方がないからな」
「では、ライムントが魔力節約をして、世に出せるようになると良いですね」
そうしたら、便利道具が増えるのに、と思っていると、神官長はものすごく不思議な顔でわたしを見た。
「何故だ?」
「え? 何故って……せっかく作った物ですから、世の中で役に立って、皆に喜ばれた方が良いでしょう? せっかくの才能なのですから、世の中の役に立てましょうよ」
「いや、別に。私が作りたいと思ったから作っただけで、世の中の役に立ちたいと思ったことはない。結果的に役に立つことがあったとしても、そのようなことを考えて魔術具を作ることはこれから先もまずないな」
実に神官長らしい答えにわたしが軽く息を吐くと、ユストクスが苦笑した。
わたしが欲しいと思っている図書館の魔術具について、神官長に話をしているうちに卒業式は終わった。卒業式の翌日からは、エーレンフェストへの帰還準備を始めなければならない。
シュバルツ達への魔力供給のために図書館に向かうお許しを得て、わたしはソランジュに返すための資料と新しく魔力が籠った魔石を抱えて立ち上がった。この魔石は本の感想を語り合うお茶会で興奮と共にネックレスに溜まっていった魔力を移した物だ。
図書館に向かうのは神官長も一緒である。長期間の魔力を溜めておくための大きな魔石の持ち主は神官長であることが表向きの理由で、真の理由は督促オルドナンツである。ヒルデブラントが督促のお仕事のために図書館に現れる可能性があることを考慮すると、わたし一人を図書館に向かわせることはできないらしい。
「君が王子を巻き込まなければ、このような心配をする必要などなかったのだが……」
「大変申し訳ございません」
……だって、こんな大事になると思わなかったんだもん。
むぅっと唇を尖らせながら、わたしは足を進める。中央棟を出て、渡り廊下を歩いていると、たくさんの騎獣が上空を駆けているのが見えた。
「黒のマントですから、中央の騎士団でしょうか?」
「あのような強襲があったのだ。どこと関係があったのか裏事情を探ったり、各地の領主に事情聴取をしたり、実際に調査をしたり、やることは山積みであろう」
神官長の言葉に納得しながら、わたしはせっせと足を動かす。最近運動不足だったのか、図書館までの道のりがひどく遠く感じた。
「ソランジュ先生、お久しぶりです。やっと図書館に来られました」
「まぁ、ローゼマイン様! フェルディナンド様も。ようこそいらっしゃいました」
図書館の閲覧室に入ると、ソランジュが目を丸くして出迎えてくれた。もちろん、シュバルツとヴァイスも一緒だ。
「最終試験を目前にした、人が多い図書館に立ち入ることをフェルディナンド様に禁止されていたのです」
ひどいでしょう、と告げ口すると、ソランジュには「フェルディナンド様も色々と心配されたのですよ」と苦笑され、神官長にはフンと鼻であしらわれてしまった。
そんな会話は全く興味のない様子で、シュバルツとヴァイスがぴょんこぴょんことわたしの周りを飛び跳ねる。
「ひめさま、ひさしぶり」
「ひめさま、ほんよむ?」
「今日はシュバルツとヴァイスの魔力供給に来たのですよ。またエーレンフェストに帰る時期になっていますから」
わたしはその可愛さに和みながら、それぞれの額を撫でて魔力供給をする。たっぷりの魔力を注ぐ間、ソランジュから図書委員の活動について話を聞いた。お茶会の後、しばらくはヒルデブラントがちょこちょこと顔を見せて魔力供給をしてくれていて、学生が増えてくるとハンネローレが魔力供給をしてくれたそうだ。
「ハンネローレ様が魔力供給をする様子を見て、シュバルツ達に触った学生が出たと聞いていますけれど……」
「腕章を付けた者は特別なのだと周知いたしました」
早速図書委員の腕章が役に立っているようである。腕章を付けているのが第三王子と大領地の領主候補生なので、特にやっかみもなく、シュバルツ達に魔力供給をする姿が他の学生達に受け入れられたらしい。
「特に問題にならなかったのですね。安心いたしました。督促オルドナンツに関してはどうなりましたか? ヒルデブラント王子は王より許可を得られたのでしょうか?」
「お願いしたそうですが、お部屋の外に出ることを禁じられたそうです。オルドナンツでお詫びの連絡がございました。けれど、去年フェルディナンド様にご協力いただいた督促オルドナンツのおかげで、今年の返本率はとても良いのです。改めて督促を送る必要もないほどですよ」
ソランジュに「本当に助かりました」と感謝され、神官長が笑みを返す。
「代わりと言っては何ですが、動きを止めた図書館の魔術具を見せていただいてよろしいですか?」
「動きを止めた図書館の魔術具ですか?」
首を傾げるソランジュにわたしは借りていた資料を見せた。
「この資料によると、上級貴族の司書が三人もいなければ動かせないくらいにたくさんの魔術具があるのですよね? もしよろしければ、研究用に貸していただけませんか? アーレンスバッハの文官見習いであるライムントが改良してくれるかもしれません。ライムントは改良するのがとても上手なのです」
わたしは自分の図書館を作った時の参考として、魔術具の実物も見ておきたい。神官長は自分が知らない魔術具を見て、研究して、作ってみたい。ライムントは新しい課題が欲しい。ソランジュは自分の魔力で動かせる魔術具が増えると仕事が楽になる。皆にとって良い結果になるはずだ。
わたしの主張にソランジュが苦笑気味に了承をくれた。
「少ない魔力で動かすことができるようになれば、大変助かります」
「では、ライムントを呼び出そう。実際に見てみた方がよくわかるからな」
神官長がすぐさまオルドナンツでライムントを呼び出した。ヒルシュールの研究室にいたらしいライムントが身なりを整える余裕もなく、閲覧室に飛び込んでくる。髪はぼさぼさで、服も薄汚れている。
「研究室を出る前に身なりを整えなさい。見苦しい」
神官長に嫌な顔をされ、ライムントが慌ててシュタープを出した。簡単に綺麗にするためにヴァッシェンを行うつもりであることを察して、わたしは制止の声を上げる。
「ライムント、ヴァッシェンは図書館の外で行ってくださいませ。本が濡れます!」
「……ここから本に届くようなヴァッシェンを出すのは君くらいだ」
神官長が呆れた顔でそう言ったけれど、念のためにライムントには閲覧室から出て、身なりを整えてもらう。そして、ソランジュの案内で閲覧室から執務室へと移動し、動きを止めた魔術具を見せてもらった。
「こちらは館内を掃除する魔術具で、こちらが閲覧室内の大きな声を抑えるための魔術具です」
図書館は広いので大変だけれど掃除は自分でできるし、図書館で騒ぐことが禁止されていることは周知されていて、大きな声を出せば、勉強中の周囲の利用者に睨まれるため、魔術具がなくても何とかなっているらしい。あると便利だけれど、なくても何とかなる。
「こちらでしたら、研究されても問題ございません」
「預かってもよろしいですか? たとえ改良できなかったとしても、しばらく動かせる程度の魔力を込めてお返しいたします」
神官長に重要度の低い魔術具を手渡した後、ソランジュは「普段の業務に必要な魔術具は研究の過程で壊れたら困ります。見るだけにしていただけると助かります」とやんわりと断った。
「見るだけでも十分です。図書館の重要な魔術具を見られる機会など早々ございませんから」
ソランジュとこうして話をする機会もないようで、ライムントは図書館にある魔術具について色々と質問をしている。ソランジュが答える物もあれば、神官長がやたら詳しく知っている物もあった。
「これを改良するのでしたら、この部分を独立させ、このように連結させればいかがでしょう?」
「いや、それより先にこちらを動かした方が良い。これならば、風と土の両属性を持つ素材があれば、この部分をごっそりと削れるはずだ」
図書館から動かしようがない建物に埋め込まれているような魔術具の魔法陣を見ながら、神官長とライムントが語り始めた。正直なところ、二人が何を話しているのかさっぱりわからない。
二人が楽しそうなので、わたしはそれを放置して、リヒャルダに持ってもらっていた資料をソランジュに返す。ソランジュもわたしが貸していた恋愛重視の騎士物語を返してくれた。
「とても役に立ちました。わたくしが将来図書館を建設する時には取り入れたいと思う魔術具がたくさんありましたし、司書の日常がわかってとても楽しかったです」
「エーレンフェストの本もとても楽しく読めました。わかりやすい言葉でかかれているので、学生にはとても人気が出そうですね。また何かございましたら、貸してくださいませ」
ソランジュとそれぞれの本の感想を言い合っていると、執務室の扉の前でチリンと小さなベルの音がした。
「どなたでしょう? 卒業式が終わった今、どなたともお約束はないのですけれど……」
ソランジュが机の上にあったベルを鳴らすと、居住区域にいたらしいソランジュの側仕えが出てきて、扉を開けに向かう。
扉の向こうにいたのは中央の騎士団長だった。魔石の入った装身具を見せながら、執務室に入って来る。
「強襲騒ぎにより、王族が出歩くことは禁じられているため、私がヒルデブラント王子の代わりに来ました」
督促オルドナンツのために騎士団長がわざわざやってきたらしい。予想外のことに目を見張り、ソランジュがおろおろとする。
「今年は返却率が良いので、督促オルドナンツは必要ないことをヒルデブラント王子にはお伝えしたのですけれど……」
「連絡が行き違ったようだな。だが、私の用件はそれだけではない。開かずの書庫について詳しく聞きたいと思っていたのだ。図書館でお茶会をした時の王子の話で出てきたのだが、そのような話を聞いたことがなくてな」
騎士団長の言葉に神官長がわたしとライムントの腕をつかんで、「出るぞ」と小さく呟く。騎士団長の邪魔をしてはいけないということだろう、と考えたわたしは軽く頷いた。
「開かずの書庫というのは、上級司書が三人揃わなければ入れない書庫です。その鍵も今は彼らの部屋で保管されていて、わたくしでは立ち入ることができません。新しい司書の選出をお願いしたいと思っています」
「王族しか立ち入れぬ書庫ではないのか?」
「それはローゼマイン様がおっしゃった、本当か嘘かもわからない噂話の一つです」
退室の挨拶をしようとしたところで突然名前が出てきて、わたしはビクッとする。騎士団長がわたしを見て、「エーレンフェストの聖女か。ちょうど良い」と笑みを深めた。
「誰から聞いたのですか、ローゼマイン様?」
わたしは騎士団長の鳶色の目に見据えられ、ひくっと喉を引きつらせながら、神官長の後ろに隠れた。開かずの書庫について最初に情報をくれたユストクスは神官長の側仕えだ。ユストクスが仕入れてきた情報ならば、神官長も知っているはずである。個人名を出しても良いのかどうかわからず、神官長に対応を丸投げした。
「出所さえ不明の噂話です、騎士団長」
神官長が一歩前に出てそう言った。
「ただ、先日、ローゼマインがソランジュ先生からお借りした資料には、王族が図書館の書庫に出入りする記述がございました。本当にあるかもしれませんし、ソランジュ先生がおっしゃった鍵があれば入れる書庫のことかもしれません」
騎士団長がソランジュへ視線を向ければ、ソランジュは先程私が返したばかりの資料を騎士団長に向けて差し出す。
「昔の司書の日誌です。フェルディナンド様がおっしゃったように領主会議の頃に成人した王族が図書館を訪れる記述がございました。調べるのでしたら、どうぞお持ちくださいませ」
騎士団長はその資料を手にして、一つ頷く。そして、神官長をじっと見つめた。
「アダルジーザの実であるフェルディナンド様はご存知ありませんか?」
「私のゲドゥルリーヒはエーレンフェストでございます故」
神官長はそう答えると、ソランジュに退室の挨拶をして、すぐさま図書館を出た。ライムントも一緒だ。
ライムントは文官の専門棟へと向かい、わたしと神官長は中央棟に向かって歩く。
「フェルディナンド様、もう少しゆっくり歩いてくださいませ」
「……」
いつもより厳しい顔で足早に寮へ向かう神官長はわたしの言葉が聞こえなかったのか、スピードを落とさずに歩いて行く。
「フェルディナンド様!」
「……遅いぞ」
「フェルディナンド様が早いのです。何かあったのですか?」
わたしが見上げると、神官長は深く息を吐いて、ゆっくりと髪を掻き上げる。上空を駆ける中央の騎士達を見上げた後、ゆっくりと首を振った。
「……何もない」
その後はわたしの速度に合わせて、いつも通りに歩いてくれる。けれど、何だかいつもよりずっと口数が少なく、魔術具の話をしても乗ってこなかった。
そして、次の日からエーレンフェストへの帰還が始まり、わたしの貴族院二年生は終わった。