Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (425)
メルヒオールの洗礼式
プランタン商会の本の販売が終わると、すぐに春を寿ぐ宴になる。メルヒオールの洗礼式があるので、リーゼレータとブリュンヒルデには神殿まで衣装や小物を取りに行ってもらった。
「フランとモニカが全て準備してくれていましたよ、ローゼマイン様」
リーゼレータが神殿長の儀式服や必要な小物を全て確認してニコリと笑う。神殿に到着した時にはフラン達と神官長の側仕え達が騎獣で運べるように荷物を小分けにし、玄関前まで運び出してくれていたらしい。
「こちらは孤児院の子供達からローゼマイン様に贈り物です。パルゥの果汁だそうですよ」
「冬の甘味なのです。エラのところへ運んでください」
「かしこまりました」
ブリュンヒルデがパルゥの果汁が入った小さな壺を厨房へと運んでいく。
「フランはローゼマイン様が体調を崩されていないか、お元気ならば体力を付けるための運動をしているのか、心配していたので、騎士の訓練場で軽い運動をしていることを伝えました」
ダームエルがそう言った。フランだけではなく、モニカや他の皆の様子も聞いてみた。どうやら神殿の皆も変わりないようで一安心である。
そこにオティーリエが戻ってきた。手には招待状を持っている。
「ローゼマイン様、シャルロッテ様とヴィルフリート様からお茶会のお誘いがございます。急な招待になりますが、メルヒオール様を紹介したいとのことです」
メルヒオールは洗礼式から過ごせるように、部屋をすでに整えていて、追加の物を運ぶために時々側近達と自室に出入りしているとのことである。階が違うので、わたしは知らなかった。
ヴィルフリートとシャルロッテは洗礼式で初めて話をするより、先にメルヒオールをわたしに紹介しておこうと考えたらしい。シャルロッテの招待状には「わたくしも洗礼式の前にお姉様とお話ができて嬉しかったので」と書き添えられている。
……ここは良いお姉様になるためにも頑張らなければ。
シャルロッテとの初めてのお茶会はヴィルフリートが乱入してきて尋問会へと姿を変えたので、わたしにとってはあまり良い思い出ではない。けれど、あのお茶会でシャルロッテがどれほど可愛い妹なのかがわかった。今までメルヒオールとはお話をしたことがないので、洗礼式の前にお話をしてみたい。
承諾の返事を出した後、わたしは文官達と写本に
勤
しみながら、その日を待った。
「ごきげんよう、お姉様」
「招待してくれて嬉しいわ、シャルロッテ」
主催者のシャルロッテと挨拶を交わした後は、ヴィルフリートの隣で紹介されるのを待っているメルヒオールへ視線を移す。父親譲りの青紫の髪に、瞳は母親譲りの青だ。顔立ちも母親譲りなので、おっとりと優しい感じに見える。そして、最も大事なこと。身長はちょっとだけど、わたしが勝っている。
……ちょっとだけど、わたしの方が大きいからね。見た感じは年子っぽくても、わたしがちゃんと姉に見えるよ。ひゃっふぅ! あ、別に背伸びなんてしてないから。
メルヒオールと会う時に一番心配だった身長の問題をクリアし、姉らしく見えることがわかった時点でわたしのテンションはガンガン上がってくる。
「我々の弟のメルヒオールだ。よろしく頼む。……メルヒオール、其方の姉で、洗礼式で祝福を与えてくれる神殿長でもあるローゼマインだ」
「ローゼマイン姉上、私はまだ洗礼式を終えていないので、本当に祝福を祈ることはできないのですけれど、ご挨拶させていただきます」
ヴィルフリートに紹介されたメルヒオールがやや緊張した面持ちで前に進み出て、その場に跪き、首を垂れる。
「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
「ローゼマインお姉様に命の神 エーヴィリーベの祝福を。……アウブ・エーレンフェストの息子、メルヒオールと申します。以後、よろしくお願いいたします」
教えられた通りにできた、と言いたげな満足そうな表情でメルヒオールが顔を上げ、自分の出来を伺うようにヴィルフリートとシャルロッテを交互に見る。二人も優しい笑みを浮かべて、メルヒオールを見た。
「よくできたと思うぞ、メルヒオール」
「えぇ、わたくしも初めての挨拶は緊張しましたもの。頑張りましたね」
兄姉に褒められて嬉しそうな末っ子らしい天真爛漫な姿が可愛い。養母様の下で伸び伸び育ったのがよくわかる。見ているだけで、わたしも表情が緩んできた。
「姉上が北の離れに移って、一緒に遊んでくださる人がいなくなった子供部屋はとても寂しくて、私も早く北の離れに移りたいと思っていたのです。こうして一緒にお茶会ができるようになって嬉しいです」
「わたくしも久し振りにメルヒオールと共に過ごせるのが嬉しいですよ」
シャルロッテがそう言ってメルヒオールの頭を撫でた。さらりとメルヒオールの髪が揺れる。
「うん? メルヒオールとローゼマインは髪の色が似ているから、本当に姉弟のように見えるな」
ヴィルフリートがメルヒオールの髪に少し触れながら、わたしの髪と見比べてそう言った。確かに、養父様譲りの青紫の髪は、ヴィルフリートやシャルロッテの淡い金髪に比べると、わたしの髪の方がよく似ている。
……カミルもこんな感じに育っているかな? もうそろそろ5歳だっけ? 父さんと母さんとトゥーリに可愛がられて育ってるはずだから、きっとこんな感じで大きくなってるんだろうな。
最後に、神殿からカミルの様子を見たのはいつだったか。記憶を探っていると、わたしと似ていたカミルの髪の色と、養父様譲りのメルヒオールの青紫の髪が何となくダブって見えた。
……カミルに姉ちゃんって呼ばれたかったな。
「お茶にいたしましょう。お姉様はまだメルヒオールが食べたことがないお菓子を持って来てくださっていますよ」
シャルロッテが促し、席に着くと、お茶会が始まった。それぞれに持ち寄ったお菓子を一口ずつ食べて見せて、お茶を飲む。今日、初めて持ち込んだお菓子はパルゥのババロアだ。オトマール商会が領地対抗戦のカトルカールを納品する際に、わたしへの贈り物として冬にできたばかりのゼラチンをくれたのだ。
エラに頼んで、ババロアを作ってもらったけれど、他人に出すのは初めてである。三人の評価をブリュンヒルデが静かに見ているのがわかった。
「つるりと喉を通って、甘くておいしいです。わたくしは好きです。これも色々な味が楽しめるのでしょう?」
「えぇ、色々な味が楽しめると思いますよ。これはパルゥという冬の甘味を使っているのです」
わたしもババロアを口に入れる。パルゥの味は、わたしにとって懐かしい下町の味だ。じんわりと口の中に広がる甘味に顔が綻んでいくのがわかる。
「……甘いですけれど、ローゼマイン姉上の新しいお菓子は不思議な触感ですね」
「私はクッキーの方が好きだ」
シャルロッテには好評だったが、男の子には少し微妙だったようだ。ここでの評判を元に改良しなければ、貴族院で出すことはできない。
……プリンも最初は評判が良くなかったし、ババロアもやっぱりダメか。
「メルヒオールの洗礼式は明日だろう? 緊張していないか?」
話題はやはり明日に迫ったメルヒオールの洗礼式の話になる。ヴィルフリートの質問にメルヒオールは「一人で入場するようにと言われたので」と小さく答えた。
「わたくしも洗礼式で入場する時には周囲にいるたくさんの貴族の目にとても緊張いたしました。お姉様が壇上で待ってくださっているのを見て、少し落ち着いたのですよ。メルヒオールもお姉様に向かって歩いていけば大丈夫です」
シャルロッテがそう言って、メルヒオールの緊張を解していく。
「シャルロッテは冬の洗礼式だったから、お披露目をする何人もの子供と一緒だったから良いではないか。私もメルヒオールもあそこを一人で歩くのだぞ」
貴族の冬の洗礼式はお披露目とまとめて行うけれど、春から秋の洗礼式は自宅に神官を招いて行う。春の洗礼式はあの大広間を一人で歩かなくてはならないらしい。わたしは自分の洗礼式の時、お父様やお母様が先導して一緒に歩いてくれたことを思い出す。あの時の招待客も多かったけれど、ほとんど全ての貴族が集まる城での洗礼式に比べればよほどマシだった。
わたしは緊張気味のメルヒオールと一緒に洗礼式の手順のおさらいをし、ヴィルフリートやシャルロッテが「ここはこうした方が良い」「いや、この方が」と言い合っているのを笑いながら見ていた。
「メルヒオールはどのような物が好きなのかしら?」
「ローゼマイン姉上が作ってくださった玩具です。ローゼマイン姉上が作ってくださったのでしょう? 兄上と姉上から聞きました。ローゼマイン姉上はとてもすごい、と」
わたしが作った本を持ち込んでは読み聞かせていたお母様やシャルロッテ、カルタやトランプの遊び方を教えていたヴィルフリートのおかげで、メルヒオールにとってわたしはとてもすごいお姉様と認識されていた。
……わたし、お姉様として快調な滑り出しを見せてるよ! ヴィルフリート兄様、シャルロッテ、ありがとうっ!
感動でテンションが上がり、これはメルヒオールにとって良き姉にならなければ、とテーブルの下で拳を握って決意した直後、メルヒオールはとても可愛らしく笑って、わたしを殺しに来た。
「ローゼマイン姉上が作ってくださった本はとても楽しいので、他にもあれば読んでほしいです。私は本が大好きなのです」
……のおおぉぉ! 褒め殺される! 笑顔で大好きって言われた! 本好きの弟、これはなんて素敵な存在! こんな可愛い弟をくださった神に今すぐ感謝したい!
ぶわっと溢れそうになる魔力を抑え込むためにわたしがぷるぷると震えていると、リヒャルダが心配そうにやってきた。今日は兄妹間のお茶会なので、神官長にもらった魔力をため込むためのネックレスがない。
「姫様、落ち着いてくださいませ」
「大丈夫です、リヒャルダ。わたくしはまだ……」
貴族院で本好きのお友達ができて、お茶会に何度か出席したわたしは、少しだけれど耐性がついているのだ。メルヒオールにもっと本を勧めて、もっと本好きで可愛い弟にするまでは死んでも死にきれない。
「メルヒオールはどのようなお話が好きかしら? やはり騎士物語でしょうか? 今は他領のお話もたくさんあるのですよ」
まだ本の形になっていないけれど、お話だけならば、たくさんある。メルヒオールが新しい本やお話が欲しいと言うならば、全力で答えるつもりだ。
よし、来い、とわたしがメルヒオールに答えを促すと、メルヒオールは少し首を傾げて笑った。
「私は神様のお話が好きです。カルタもできるので、側仕え達によく読んでもらいました。ローゼマイン姉上のようになるためには神様についてよく知らなければならない、と兄上もおっしゃったのです」
……聖典絵本が好き?
エーレンフェストで聖典絵本は参考書の位置付けにあり、カルタに勝つため、神様の名前や神具を覚えるため、という理由でよく読まれているけれど、純粋に神様のお話が好きだと言った者は少ない。
「わかりました。メルヒオールが神様のお話を好きだと言うならば、わたしも全力で応えましょう。リヒャルダ、今すぐ神殿から神殿長の聖典を……」
「姫様」
全てを口にする前にリヒャルダがわたしの肩を軽く叩いた。
「メルヒオール様が可愛くて仕方がないのはよくわかりましたから、本当に落ち着いてくださいませ。神殿長の聖典はそう簡単に他人に見せる物ではない、とフェルディナンド坊ちゃまがおっしゃったでしょう?」
妙な魔法陣や文言が浮かぶ聖典は不用意に他人に見せてはならないものだ。
「写本の方ならば良いかしら?」
「まだ難しくてメルヒオール様には理解できないかもしれません。絵本にはなっていないお話を姫様が語るだけで十分でございます」
……せっかくだから、本を見せてあげたかったんだけどな。
リヒャルダが言うことはもっともなので、わたしはメルヒオールに絵本にはなっていない神様のお話をしてあげる。メルヒオールは養母様によく似た青い瞳を輝かせながら、お話に聞き入っていた。
新しい弟との交流をガッツリと楽しんだお茶会の後、本館へと戻るメルヒオールとその側近を見送った。
「本当にメルヒオールは可愛いですね。わたくし、全力で可愛がりたいと思います」
今日のお茶会を開催してくれたシャルロッテに決意表明すると、シャルロッテは少し不満そうに唇を尖らせた。
「何だかメルヒオールにお姉様を盗られたような気がいたします」
「何を言うのだ、シャルロッテ? ローゼマインは弟妹に甘い。そして、女性には更に甘い。シャルロッテに対する態度と私に対する態度はもっと違ったぞ」
私にはあのような甘い態度は一度も見せたことがない、とヴィルフリートが拗ねた表情でわたしを見た。
「結論として、ローゼマインは私への対応をもっと甘くするべきだ。其方は私の婚約者であろう?」
「あら、わたくし、ヴィルフリート兄様には甘い対応をしすぎだ、とフェルディナンド様にはずっと言われていたのですよ」
「ぬ?」
ヴィルフリートが「其方が私に甘い対応などしたことがあったか?」と首を傾げて不思議そうな顔をする。
「お披露目の前、そして、白の塔の事件、どちらもわたくし、ヴィルフリート兄様への対応が甘すぎると言われていたのですけれど、もっと厳しい方がお好みでしたか?」
ヴィルフリートが驚いたように目を見開いた。
「フリュートレーネとルングシュメールの癒しが違うように、次期領主になるヴィルフリート兄様と弟妹への甘さは別物なのです。婚約者でもあるので、もっと成長していただかなければなりません。弟妹に向けるような甘さは必要ないと存じます」
次期領主になるために必要なのは甘さではない。わたしの言葉にヴィルフリートが、うぐっと言葉に詰まった。
洗礼式の当日は朝からお風呂に入って身を清め、髪を整え、神殿長の白い衣装に身を包む。金のたすきに銀の帯が締められていき、春の貴色である緑の小物で飾られていく。トゥーリが作ってくれた髪飾りも注文通りに若葉の緑が揺れていて、とても春らしい。
いつも通り護衛騎士に周りを固められた状態で、レッサーバスに乗ってわたしは待合室へ向かった。神殿関係者は貴族と入場時間が少し違うので、ヴィルフリートやシャルロッテとは一緒に行動できないのだ。貴族達の入場が終わった後、わたしは神官長と一緒に入場することになる。
「身体強化を使って良いので、しっかり歩きなさい」
青い儀式服に身を包んだ神官長にそう言われ、わたしは軽く頷き、全身に魔力を行き渡らせる。わたしの三歩が神官長の一歩だという足の長さの違いは考慮しなければ、これで普通に、そして、優雅に歩けるはずだ。
貴族がたくさん集っている大広間の真ん中を歩いていく。注目される視線には未だに緊張して背筋が伸びるけれど、こういうものだと思えるようになってきた。わたしもちょっと成長していると思う。
舞台の中央には祭壇が作られていて、舞台に向かって左側には領主夫妻とその護衛騎士や側仕えが並んでいる。わたし達が舞台に上がると、養父様が立ち上がり、中央へと歩いて来た。
「水の女神 フリュートレーネの清らかなる流れに、命の神 エーヴィリーベは押し流され、土の女神 ゲドゥルリーヒは救い出された。雪解けに祝福を!」
春を寿ぐ宴では優秀者の発表があり、養父様から記念品をもらうことになる。
「まず、今年の優秀者の発表を行う。十三名という多くの学生が優秀な成績を収めた」
信じられない、という驚きと称賛の声が上がり、拍手が起こる。
最優秀を取ったのはわたしだけだったようだが、わたしの側近からはレオノーレ、コルネリウス兄様、ハルトムートが、ヴィルフリートとその側近から三名、シャルロッテとその側近から二名、そして、旧ヴェローニカ派からマティアスともう一人が優秀者として舞台へと上がるように言われた。
「よくやった、ローゼマイン。これは記念品だ。これからの其方に役立ててほしい」
そう言って笑う養父様からわたしは記念品を受け取った。去年よりも記念品の魔石が小さい。予算が足りなかったのかもしれない。わたしは魔石を手に、小さく笑った。
優秀者が発表された後は、貴族院におけるエーレンフェストの成績発表が行われる。領地対抗戦のディッターでは10位だったそうだ。模擬戦で6位だったことを考えると、パッとしない戦果に思えるかもしれない。けれど、とても手間のかかるマイナーな魔獣であるフンデルトタイレンをうまく退治した点が説明され、その連携がずいぶんと良くなっていることが褒められた。
「今年貴族院で起こった様々なことから、引き続きボニファティウスが騎士見習い及び新人騎士の教育を引き受けてくれることになっている。皆、励むように」
文官見習い達の成果や側仕え見習い達の成長に関しても述べられる。中央やクラッセンブルクとの商業的な交流が始まったことで、エーレンフェストの影響力が確実に上がっていて、領地対抗戦ではとても注目されていたことが伝えられた。
「今年は他領との婚姻の申し込みも増えた。これらはよく吟味した上で結論を出す」
そして、今年の貴族院ではエーレンフェストの本を出し、その手応えを感じたことから、来年には本の売り出しを始められるように準備を怠らないように、と貴族達に向けた注意が飛んだ。
印刷や製紙に関係する各ギーベとその周辺の貴族達の雰囲気がすっと変わったのがわかる。販売が始まる前にどれだけの準備ができるかが重要なのだ。
最後に、貴族院を卒業した新成人のお披露目と、見習いではなく正式に働くことになる彼らの配属発表が行われる。コルネリウス兄様やハルトムート達卒業生が舞台に上がった。コルネリウス兄様はわたしの護衛騎士、ハルトムートがわたしの文官となったことが発表された。
「では、これより、我が子メルヒオールの洗礼式を行う。神殿長、こちらへ」
養父様と入れ替わるように、わたしは舞台の中央に準備されている踏み台の上に、裾を踏まないように気を付けて上がる。神官長がわたしの隣に立って口を開いた。
「新たなるエーレンフェストの子を迎えよ」
大広間に響く神官長の声に楽師が一斉に音楽を奏で始め、扉がゆっくりと開かれていく。メルヒオールは髪の色と喧嘩しないように少し青味がかった緑の衣装で、子供らしい笑みを浮かべて扉が開くのを待っていた。
あまり緊張しているようには見えないけれど、「お姉様を見ていると良いですよ」というシャルロッテのアドバイスを参考にしたのか、青い目でわたしをじっと見ながらまっすぐに歩いてきて舞台に上がってくる。
「メルヒオール」
わたしはメルヒオールを呼んで、魔力を通さない薄い革で包むように、魔力検査の魔術具を差し出す。
「握れば大丈夫ですよ」
「はい」
メルヒオールは魔術具の棒を手に取り、光らせた。拍手が沸き起こり、わたしはメダルを取り出して、魔術具を印鑑のように押させ、魔力を登録する。
「メルヒオールには闇、水、火、風、土の五神の御加護がございます。神々の御加護に相応しい行いを心掛けることで、より多くの祝福が受けられるでしょう」
メダルへの魔力の登録を終えると、すぐさま神官長が管理するための箱に入れる。
それと同時に、魔術具の指輪を持った養父様が舞台の中央へとやってきて、メルヒオールの手に魔力を放出するための緑の魔石のはまった指輪を贈った。
「我が息子として、神と皆に認められたメルヒオールに指輪を贈ろう。おめでとう、メルヒオール」
「ありがとうございます、父上」
メルヒオールが嬉しそうに笑うのを見ていた養父様が顔を上げて、わたしに視線を送ってきた。わたしは軽く頷いて、自分の指輪に魔力を込めていく。
「メルヒオールに水の女神 フリュートレーネの祝福を」
……あ、ちょっと多すぎた?
本好きの可愛い弟への祝福で予定よりも少し多めに緑の光が飛んでいく。でも、きっとこれくらいならば、許容範囲内だろう。ちらりと神官長の様子を伺うと、「この馬鹿者」と言いたげに冷たい視線で見られた。
……ちょっとだけ許容量をオーバーしちゃったみたい。
終わったものは仕方がない、とわたしが開き直っていると、祝福を受けたメルヒオールが自分の指輪に魔力を込めていく。
「恐れ入ります」
ぽわんとした緑の光が、ふよんと飛んでわたしのところへと飛んできた。その祝福返しで、貴族達からは拍手が起こり、メルヒオールの洗礼式は終わる。
こうして、北の離れの住人が一人増え、わたしの城での生活は一層にぎやかで楽しいものになるのだった。
……本好きの弟ができたことを祝って、神に祈りと感謝を捧げましょう!