Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (428)
お魚解体
プランタン商会との会合が終わると、冬の成人式だ。成人式が終わり、春の洗礼式が行われるまでの間で、待望のお魚解体をする予定である。わたしの中では。
「神官長、いつお魚を解体しますか? どこでしますか?」
神官長の部屋でお手伝いをした後、毎日のように質問していたら、三日目には神官長にものすごくうっとうしい物を見る目で冷やかに見下ろされた。でも、その程度の視線にひるむわたしではない。
「神官長、いつお魚を解体しますか? どこでしますか?」
「……明後日の午後だ。君の工房で行う」
「できれば午前中に解体を終わらせて夕食に間に合わせたいです。夕食はご招待いたしますよ。せっかくですから、解体した物を料理してもらって、皆で食べましょう」
孤児院に下げ渡す分も考えてたくさん作ってもらわなければ、とわたしがお魚料理に関する自分の予定や希望を述べると、疲れ切った顔になった神官長が「午前で良い」と譲歩してくれた。
「準備するものはありますか?」
「護衛騎士を全員揃え、騎獣服に着替え、髪は後ろで一つにまとめておくように。油断はするな」
とても料理の下準備とは思えない言葉をもらったわたしだが、あまり気を留めず、城にオルドナンツを飛ばした。側仕えに騎獣服を持って来てもらわなければならない。
レオノーレとユーディットを護衛にして、リーゼレータが持って来てくれた。
「リーゼレータ、髪のまとめ方を教えてもらっても良いかしら? モニカが貴族らしいまとめ方を覚えたいと言っていたのです」
「かしこまりました。……覚えるまで練習するには時間がかかりますから、ローゼマイン様は読書を楽しまれてはいかがですか?」
リーゼレータがクスクス笑いながら、素晴らしい提案をした。わたしが本に熱中している間に、モニカへ髪の結い方を教えてくれるらしい。フランに準備してもらった本を読み始めた。
「ローゼマイン様の髪はつるりとしていて、とても手触りが良いのですけれど、するりと逃げてしまって上手くまとめるのが難しいのです」
髪を梳かれ、リーゼレータが優しい手付きで髪を少し持ち上げる。最初の言葉は聞こえていたが、本に熱中すればすぐに気にならなくなった。
モニカが髪の結い方を覚え、お魚解体の当日になった。わたしは張り切って早起きして朝食を終えると、モニカに髪をまとめてもらい、ニコラに騎獣服に着替えさせてもらう。準備は万端だ。
わたしは部屋にいる護衛騎士、レオノーレとアンゲリカに視線を向けた。
「レオノーレ、アンゲリカ。護衛騎士達は全員揃っていますか?」
「はい、全員揃っています。お召替えの途中でユーディットがやってくるのが窓からちらりと見えました」
アンゲリカが「視力の強化もできるようになりました」と得意そうに答えると、レオノーレは心配そうに顔を曇らせた。
「ローゼマイン様、ずいぶんと興奮していらっしゃるようですが、肝心な時に倒れるのではございませんか?」
「大丈夫です。倒れません。おいしく魚を食べるまでは!」
「……ローゼマイン様がお元気そうで何よりです」
着替え終わったので、神官長に準備完了のお知らせをザームにしてもらい、アンゲリカには他の騎士達を呼んでもらう。
「ローゼマイン様、神官長より伝言がございます。工房に魔術具を運び込ませるように、とのことでございます。それから、こちらを工房に運ばせておくように、とおっしゃいました」
ザームの伝言を聞いて、わたしは工房の扉を大きく開けた。側仕え達に調合の時に使っていた机や木箱を隅に並べて、真ん中を広く開けてもらい、魔術具を運んでもらう。フーゴやエラには神官長に言われた通り、蓋ができる頑丈な鍋を運び込んでもらった。
「お魚の解体はそれほど警戒しなければならないものなのでしょうか?」
「料理人ではどうにもできない物が残っているのですよね? アーレンスバッハの食用に向いた魔物で、平民では解体が難しい物ならばいくつか予想はできます」
レオノーレがいくつか名前を挙げてくれたけれど、わたしにはどんな物なのか全くわからなかった。
「レオノーレ、その中に塩焼きに適した魚はいますか?」
わたしが皮に十字に切れ込みを入れて塩を振って焼くというとても簡単な料理方法を説明すると、レオノーレはとても困った顔になった。
「皮に十字の切れ込みを入れるのですか? 内臓も取らずにそのまま焼いて食べるのですよね?……とても難しいと存じます。他の調理法では駄目なのでしょうか?」
塩焼きをとても難しいと困った顔で言われ、わたしも困惑する。まさか塩焼きに駄目出しされるとは思わなかった。
「わたくし、塩焼きは最も簡単な調理法だと思っていました。煮込むとか揚げるとか……別の調理法の方が良いのでしょうか?」
「皮や内臓を処理したうえで焼く分には問題ございませんよ」
塩焼きではなく、丸焼きが駄目だったらしい。こうなったら、三枚おろしを頑張るしかない。
わたしが塩焼き以外の調理方法を考えているうちに、神官長がユストクスやエックハルト兄様を連れてやってきた。工房に入って、魔術具の前に護衛騎士と共に整列する。
「とりあえず、厄介な物から片付けていくとしよう。ローゼマインはなるべく邪魔をしないようにそちらで見学だ」
三枚おろしで役に立つつもりだったが、塩焼きを難しいと言われるくらいに常識が違えば今回はおとなしく引っ込んでおいた方が良いだろう。わたしは見習いであるユーディットを護衛に付けられ、隅に除けられている机のところで見学となった。
「其方等、風の盾で囲め。タウナーデルを閉じ込めるように」
「はっ!」
神官長の指示に護衛騎士達が「ゲッティルト」で盾を出し、ぐるりと囲んで円を作る。スポーツの試合前に円陣を組んでいるような状態に見えた。神官長は時を止める魔術具の蓋を開け、取り出したタウナーデルを無造作に円陣の中へ投げ込んでいく。目当ての物だけを取り出すと、すぐに蓋を閉めた。
……しっぽがついている黄色のウニ? それとも、ハリセンボンみたいなの?
わたしが目を凝らしながら首を傾げていると、タウナーデルの針がどんどんと細く、そして、長くなっていく。そして、針の部分の色が紫になった途端、全身の針を飛ばし始めた。
攻撃的すぎる魚に目を剥いたが、風の盾で作られた檻に閉じ込めているので、長くて細い針は全てタウナーデル自身に返る。騎士達がやっていることは盾を持って構えているだけなので、見た感じは間抜けだけれど、この攻撃を平民が防ぎながら戦うのは結構大変かもしれない。
「完全に針を放出するまでそのまま待機だ。この針には毒があるので、刺されると面倒だ。油断はするな」
「はっ!」
神官長の言葉に護衛騎士達が神妙な顔で返事をする。わたしはピクリと耳を動かした。今の言葉は聞き捨てならない。
「あの、神官長。毒針が思い切りタウナーデルに刺さっているように見えるのですけれど、この後でそのお肉、食べられますか?」
「知らぬ」
簡潔に答えられて、わたしはひぃっと息を呑んだ。
「わたくし、タウナーデルを倒すのではなく、食べられるように解体の仕方を教えてほしいのですけれど!」
「食べることを考えて素材解体などしたことがない私がそんなことを知っているわけがなかろう。素材回収には全く問題ない。……どうしても食べたいならば、肉に毒が回ったかどうかは薬で調べれば良かろう」
まずくても食べたいのではなく、おいしく食べたいのだ。そんな薬品が降りかかった魚を塩焼きにしても、気分的においしく食べられるはずがない。
……ガッカリだ! 今までで一番神官長にガッカリしたよ!
完全に毒針が放出されてから、騎士達は手袋をはめて毒針を抜いて回収していく。これも立派な素材になるらしい。
「君が欲しいのは肉だったな?」
「……毒まみれの肉なんていりません。食べられないではありませんか」
ふんぬぅ、とわたしが睨むと、神官長は「まったく我儘な」と言いながら毒針をいくつか調合用の素材箱の中に入れてくれた。でも、違う。わたしが望んだのはそれではない。食べられる魚肉なのだ。
……本当にお魚が食べられるのかな?
ハァと溜息を吐いたわたしのところへ神官長がやってきた。
「ほら、レーギッシュは君向けだ。解体がしたかったのであろう? これは特に毒などないので、解体すれば食べられるはずだ」
「本当ですか!?」
わたしが身を乗り出すと、神官長は30cmくらいの二匹の虹色の魚を机の上にドンと置いた。まだ時を止める魔術具の影響が残っているのか、魚はほとんど反応しない。
「エックハルト、コルネリウス。レーギッシュの尾を押さえておけ。逃がすな」
「はっ!」
「ローゼマインは魔力を一気に流し込め」
「はい!」
鱗がとても硬くて、刃物では切れないらしい。しかも、魔力を吸収して更に硬くなるのだそうだ。
「だが、魔力が完全に満ちれば鱗が膨らみ、広がっていく。大きめの魔力を叩きこんで、盛り上がってきた鱗を剥ぎ取るのだ」
これはまさに貴族でなければ解体できない魚だそうだ。一体何を考えてアウレーリアの荷物にこんな解体できない魚を入れたのだろうか。わけがわからない。
わたしは首を傾げながら魔力を流し込んでいると、時を止める魔術が切れたらしいレーギッシュがビチビチと勢いよく暴れ始めた。
「うわわっ!」
慌てた声を上げながら、コルネリウス兄様が必死に尾を押さえる。わたしは普段圧縮して片付けてある魔力まで引き出して、レーギッシュに叩きつけるように流し込んだ。
「おとなしくしなさい!」
次の瞬間、鱗がバッと膨れて、滴型の丸みを帯びた魔石のようになった。わたしの魔力を叩きつけられたレーギッシュはコルネリウス兄様に尾を押さえられたまま、ぴくぴくと力なく動いている。
「毟っていけ」
もう一匹のレーギッシュに魔力を流し込んでいる神官長にそう言われ、わたしはブチブチと魔石のような鱗を剥ぎ始めた。食べるために鱗を除くのは基本中の基本である。躊躇いなど全くない。
……こんな5cm以上ありそうな大きさの丸い鱗を剥ぐのは初めてだけどね。
レーギッシュの虹色に輝くツルツルとした鱗はとても綺麗な上に、大きさが揃っていて、両面合わせるとたくさんあるので、イヤリングやネックレスの宝飾品に加工したくなった。
「この鱗、きらきらしていてとても綺麗ですから、ちょっと細工をすれば装飾品に使えますね」
わたしが鱗を人差し指と親指で摘まんで、光に透かすようにして見上げながら、ザックかヨハンにでもデザインを渡して作ってもらおうかな、と思っていると、周囲の皆が一斉にわたしの方を「信じられない」というような顔で見た。
「……な、何でしょう? わたくし、何かおかしなことを言いました?」
「虹色に輝く魔石だぞ? 全属性で、その上、自分の魔力が籠った貴重な素材だ。そのような勿体ない使い方をするのではない、この馬鹿者」
虹色に輝く魔石が全属性というのは知っていたが、鱗が魔石だとは思わなかった。わたしの魔力を叩きこんだことで魔石に変化したらしい。
「先程のタウナーデルの討伐に皆の魔力を使わせたのだから、一つずつ、その魔石を与えなさい」
神官長に言われ、わたしは自分が毟った鱗の魔石を渡していく。護衛としてわたしについていてくれたユーディットにも当然渡したが、ユーディットはむしろ困惑顔になった。
「……わたくし、戦っていないのによろしいのですか?」
「わたくしの護衛をしてくれていたでしょう? ターニスベファレンの時もそうでしたが、攻撃して倒した者だけではなく、倒すために助力したり役目を果たしたりしてくれた者にも評価が必要なのです。誰もが敵を倒したがって、護衛をしてくれなくなっては困りますもの」
「先日、ボニファティウス様にターニスベファレンの評価の仕方について叱られましたが、こういう時にも応用されるのですね」
ユーディットが感心したように頷く。どうやら叱られてもまだ実感できていないようだ。おじい様に報告が必要かもしれない。
そして、わたしの目の前には鱗を剥がれてピクピクとしているレーギッシュが残った。鱗が貴重な素材というだけで、鱗さえ剥いでしまえば、レーギッシュは普通の魚だ。見たところ白身の魚だ。これは香草焼きや塩焼きにすればとてもおいしそうだ。フライも良い。
「神官長、これは塩焼きにしても大丈夫でしょうか?」
「調理法を考えるよりも先に、今のうちに切り分けて肉の部分を回収せねば、完全に死んだら魔石になるぞ」
「そういえば、そうでしたね!」
魚型なのですっかり失念していたが、魔物は完全に死んでしまったら魔石になってしまう。つまり、食べられなくなる。アーレンスバッハの魚を丸焼きにするのが難しい理由がよくわかった。
……だったら、当初の予定通り、三枚おろしにすればいい。
わたしはシュタープを出し、「メッサー」と唱える。手に握ったナイフに魔力を込めて、レーギッシュの頭を切り落とそうとした。
「馬鹿者! 頭を落としてどうする!? 身を切れ!」
「あ」
三枚おろしなので、頭を落として内臓を取り出そうと思っていたが、それではレーギッシュが完全に死んでしまう。ナイフを構えた状態でわたしは止まり、オロオロと周囲を見回した。
「お任せくださいませ、ローゼマイン様。わたくし、解体は得意です」
「主の主、安心して任せると良い」
シュティンルークを構えたアンゲリカがスッと出てきた。そして、レーギッシュの尾をつかんで軽く放り上げると、ヒュンヒュンとシュティンルークを振るう。一瞬の後、見事に身だけが切り取られたレーギッシュの姿がそこにあった。
「どうぞ、ローゼマイン様」
キリッとした顔でアンゲリカがわたしに切り身を差し出してくる。
……どうしよう。素敵。今まででアンゲリカが一番カッコいい!
わたしがアンゲリカの雄姿にキュンとしたのと同じように、エックハルト兄様の心の琴線にも触れたようだ。感心したように切り身とレーギッシュを見比べた。
「妙なところで器用なのだな、アンゲリカは」
「師匠とたくさん練習しましたから」
……おじい様っ! 素敵!
今度から魚の解体はおじい様とアンゲリカに任せようと心から思った。
その他にも1m以上の長さでターニスベファレンのように目がいっぱいある海蛇っぽいメーアシュランや背中に目がいっぱいあるヒラメっぽい物などいくつも変わった魚が入っていたけれど、見た目が少し変わっているだけで割と普通に解体されていた。平民の料理人にはその目の処理が大変なのだそうだ。
アンゲリカがカッコよかったように、メーアシュランを解体中の神官長もカッコよかった。いくつもの戦闘をみてきたけど、まるでウナギを捌く板前さんのような腕を見せてくれた今回が一番カッコよかったと断言できる。
……ときめくよ! はぁん、お魚。
ちょっと変わっていたのはシュプレッシュという魚だ。神官長が捌いたメーアシュランをぶつ切りにして、蓋ができる頑丈な鍋に入れた後、豆アジくらいの大きさのシュプレッシュを数匹、勢い良く叩きつけるように鍋の中に投げ込む。そして、すぐさま蓋をし、周囲で待機している騎士達に命じた。
「全員で蓋を押さえろ!」
騎士達が一斉に鍋の蓋を押さえる。結構シュールな図だ、と思いながら眺めていると、次の瞬間、鍋の中でボン! と大きな音がして、わたしがビクッとなった。それから後も、ボン! ボボン! と爆発音が続き、鍋が大きく揺れ続ける。
「あの、神官長。中で爆発音がしていますけれど……」
「収まるまでこのまま待機だ。蓋が外れないようにしっかり押さえておけ」
爆発音が収まって、しばらくしてからそっと蓋を開けると、あら、不思議。魚のすり身ができていた。
……うわぁ、つみれ汁が食べたいっ! けど、お味噌がないっ! 醤油があればおすましでもよかった。
一番にそう思った辺り、わたしはずいぶんとこの不思議な世界に馴染んでいる気がした。
時を止める魔術具の中に貝とか海老などの魚介類も入っていることを期待したのだが、入っていなかった。
魚介類が入っていれば、麗乃時代には一般的だったブイヤベースを作ってもらおうと思っていたのだが、ないのであれば仕方がない。魚だけのブイヤベースにしよう。大丈夫。マルセイユのブイヤベース憲章にも「ブイヤベースの具材にする魚は地中海の岩礁に生息するものに限定し、海老類、貝類、タコ、イカは入れないものとする」という項目がある。魚だけでも全く問題ないはずだ。地中海の魚のみを使うって時点でもう憲章から外れているが気にしない。要は、魚だけで作るよって心意気が大事なのだ。
残っていた魚のアラも使って出汁を取ってもらい、ブイヤベースの味わいを深めるために、魚のすり身は団子にしてスープに投入してもらった。
その日の夕食はフーゴとエラが頑張ってくれて、お魚満載の料理だった。交代で食べることになるが、解体を手伝ってくれた騎士達にも魚料理を振る舞う。
メイン料理にはレーギッシュを始め、残っていた普通っぽい魚で香草焼きやフライなど色々な種類を作ってもらい、それぞれの好みで食べられるようにした。わたしの分は念願の塩焼きである。
「神官長、どうですか? ツァンベルズッペと作り方はほぼ同じですけれど、お魚料理もおいしいでしょう?」
「……貴重な素材も得られたし、これならば悪くはない」
フンと鼻を鳴らしながらそんなことを言う割には手の動きが結構速いと思う。まぁ、満足できたならばよかった。
「ハァ、お魚がおいしいですね。わたくし、アーレンスバッハが欲しくなりました」
「ぐっ!? 突然何を言い出すのだ、君は!?」
神官長がむせて、周囲の護衛騎士達が揃って目を剥き、ハルトムートが「それは良いですね」と言ったことで、わたしはとんでもない発言をしてしまったことを知った。
「あら? もしかしたら、少し言い間違えたかもしれません。いつでもお魚が食べられるアーレンスバッハは良いですね、と言いたかったのですが」
「全く違って聞こえたぞ」
ホホホ、と笑って誤魔化しながら、わたしは自分の皿に塩焼きが載るのを待つ。フランが塩焼きの乗ったお皿をそっとわたしの前に置いてくれた。
「君のそれが、しつこく食べたいと言っていた塩焼きか?」
「そうですよ」
白身魚の切り身に塩を振って焼いてもらっただけだ。それ以上に余計なことはしないで、と懇願して出来上がった塩焼きである。
「良い匂いがするな」
神官長がわたしのお皿を見ながらそう言った。「そうでしょう?」と笑顔で答えて、はむっと口に入れた。とても白いご飯が欲しくなる味だが、わたしにとってはとても懐かしくて幸せな味だ。
塩焼きを堪能していたわたしは、ハッとした。何だか、以前に同じようなことを言われた状況があった気がする。
……いつだっけ? えーと、ほら、養父様だ!
青色神官に扮した養父様に、それを寄こせ、という貴族特有の遠回しな催促をされた時の言葉がそれだったはずだ。
……いやいや、養父様じゃあるまいし、神官長がわたしのお皿の料理なんて欲しがるかな?
涼しい顔で食事を続けている神官長をちらりと見る。そして、一つしか作ってもらっていない塩焼きをじっと見下ろす。所望されたら自分のお皿を差し出し、満足した後下げ渡してくれるのを待つのが正解だが、わたしは自分のお皿を差し出したくない。
「全部は差し上げられません。半分こならいいですよ」
あの時と同じ言葉を返してみると、神官長が軽く眉を上げた。
「それだけ覚えているならば、どうするのが正解か知っているだろう?」
「理解できなかった振りをするのが正解ですよね? わたくしの塩焼きですから」
ふーんだ、とわたしは塩焼きを食べる。神官長の何とも言えない視線を浴びながら、半分くらいの大きさになるまで。
「はい、神官長。半分こならいいですよ」
わたしがお皿を出すと、神官長がクッと小さく笑いながら、素直にお皿を受け取った。
「ローゼマイン、それを半分ことは言わぬ。神殿長から神官長に下げ渡すと言うのだ」
「え?」
「まぁ、いい。神殿では君の方が立場は上だ。ありがたくご相伴にあずかろう」
神官長に下げ渡すなんて、そんな偉そうなことをするつもりはなかったの、返して! とは言えず、わたしは神官長が塩焼きを食べるのを何とも言えない気分で見ていた。
おいしいお魚料理に満足して、念願の塩焼きも食べて満足したわたしは食後のお茶を飲んでいた。神官長も同じようにお茶を飲みながら、わたしと、そして、わたしの側近達を見回す。
「ローゼマイン、この後は祈念式だ。ライゼガングは君を心から歓迎してくれるだろうが、ヴェローニカの血を引き、白の塔に入ったという汚点を持つヴィルフリートを同様に歓迎してくれるかどうかわからぬ。君がよく気を付けて見て、ヴィルフリートを立てるように」
わたしが起きたばかりの冬の社交界でヴィルフリートやシャルロッテに庇ってもらっていたように、わたしがライゼガングでは矢面に立つように、と言われた。
「其方等もローゼマインを守れ。領主夫人という立場に立つローゼマインを」
ライゼガングの甘言には決して乗せられるな、と神官長が厳しい視線で言った。
「かしこまりました」