Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (436)
選択
神殿に戻ってすぐに、わたしは神官長の部屋へ押しかけた。凶悪な顔をした神官長に睨まれても怯まずに「お話をいたしましょう」と言えた自分を褒めてあげたい。
嫌々というのがよくわかる動きで、神官長が工房の扉を開けてくれて、わたしは工房に入る。相変わらずごちゃごちゃと調合器具や素材がたくさんある工房の長椅子を手早く片付けて、座る場所を確保した。
「やっとお話ができるようになって嬉しいです」
嬉しいのは君だけだ、と憎まれ口を叩きながら、神官長も椅子に座る。
「それで、一体何が聞きたいのだ?」
「まず、アーレンスバッハの現状について詳しく知りたいです。神官長が向かうところですから」
アダルジーザについて聞かれると思っていたのか、身構えていた神官長の肩から少しだけ力が抜ける。
「すでに話したと思ったが?」
「足りませんよ。アウブ・アーレンスバッハが長くないとは伺いましたけれど、ユストクスの情報が外れて長生きする可能性もあるわけですよね? 曾祖父様のように。そうなった場合、本当にディートリンデ様は次期領主になれるのですか? ドレヴァンヒェルから養女にもらったというレティーツィア様の方が後ろ盾や派閥もしっかりしていて、次期領主に相応しいと思うのですけれど」
元々アーレンスバッハにいるはずの亡き第一夫人の派閥と本当の母親であるドレヴァンヒェルの後援を持つレティーツィア。第三夫人から突如として第一夫人に成り上がったエーレンフェスト出身のゲオルギーネと、彼女が第一夫人になるまでは後継ぎと目されていなかったディートリンデ。どちらがアーレンスバッハの次期領主に相応しいかと言われれば、簡単に答えは出ると思う。
「君の言う通りだ。王は粛清によって息子二人を上級貴族に落とすしかなくなったアーレンスバッハにドレヴァンヒェルの孫娘を養女とさせ、年回りの合うヒルデブラント王子を婿入りさせることでアーレンスバッハを救うことになっている」
ヒルデブラントが成人後にアーレンスバッハへ婿入りすることは、今回の領主会議でヒルデブラントがお披露目される時に公表されたそうだ。
「レティーツィアが成人するまでアウブが健在でいられればそれでよかった。だが、自分がもう長くないとわかったのだろう。レティーツィアの成人前にアウブが亡くなればどうなる?」
「えーと、成人している領主候補生がいない場合は第一夫人が中継ぎをして、領主候補生が成人した時点でその人が次期アウブになります。アーレンスバッハの場合は、ディートリンデ様が成人するまでゲオルギーネ様が中継ぎをして、成人と同時にアウブ就任ですね」
領主候補生コースの予習で習った後継ぎに関するあれこれを思い出しながら答えると、神官長は「よろしい」と頷いた。
「アーレンスバッハでは領主が変わると、それまでの領主候補生が上級貴族にされる決まりがある。ディートリンデが次期アウブに就任すれば、レティーツィアは上級貴族になってしまう。領主候補生として残すためにはアウブとの養子縁組が必要だ。つまり、私に求められている役目はディートリンデと結婚して、レティーツィアと養子縁組し、ヒルデブラント王子が婿入りしてくるまでの中継ぎと教育だ」
ディートリンデがアウブになると同時にレティーツィアと養子縁組をして、アウブの後継者となれるように教育することになっているそうだ。
「少しでも早く後継者に口伝の引継ぎをしなければならないが、元々次期領主になるための教育を受けていなかったディートリンデ一人ではアーレンスバッハを支えきれるはずがない。アウブ・アーレンスバッハにとってはディートリンデを中継ぎとはいえ、次期領主にするのは苦肉の策のようだぞ」
アーレンスバッハを支えられる能力を持った者が必要で、できれば、レティーツィアに教育もできそうな者が良い。エーレンフェストの聖女の後見人をしていて、エーレンフェストの成績を大きく向上させるという成果を持った神官長はうってつけの人材らしい。
「レティーツィア様が可哀想です。なるべく手加減してあげてくださいませ。わたくしと同じように扱ってはダメですよ」
「何故君がアーレンスバッハの領主候補生の心配をするのだ?」
「大事な領主候補生を神官長のビシビシ教育で潰してしまったら大変ではありませんか。鋭い視線で睨まれながら何度もやり直しを命じられていたフィリーネは涙目でしたよ」
「……そうだったか?」
今でこそ慣れてきたようだが、神殿に来始めたころのフィリーネの落ち込みはひどかった。ハルトムートやダームエルがよく慰めていたのだ。
「それで王様は神官長に何を言って、引き受けさせたのですか? 次期領主の配偶者ならばともかく、中継ぎの配偶者だとわかっていて行きたがる人は少ないですよね? お断りできる理由が増えていると思います」
「簡単にまとめると、エーレンフェストの忠誠を試された」
中立で、決して味方ではないにもかかわらず、大躍進中のエーレンフェストは王や中央から見れば不信の塊なのだそうだ。最も王族の血が濃いエグランティーヌを次期王の配偶者とすることでクラッセンブルクと繋がりを持てるはずだった計画を潰し、聖典関係のいざこざで中央神殿と王の関係にひびを入れ、祝福を与えてほしいという王の依頼を断っている。
「……あの、それって、不信理由の大半がわたくしのせいではありませんか?」
「アナスタージウス王子の一件は完全に君の独走だが、あちらは全体的に私が裏で君を操っているように考えているようだ。今回の婿入りの件は、エーレンフェストというよりは、私の忠誠心を試していると言う方が正しいか」
そう言った後、神官長はわたしをちらりと見た。これで誤魔化されてくれないか、と考えていそうな視線にわたしはニコリと笑う。
「神官長の忠誠という部分にアダルジーザの実が関係してくるのですか?」
「……そういうことだ。君を聖女に仕立てあげ、エーレンフェストの成績を飛躍的に伸ばし、王族の周囲に不和の種をばらまいて、何やら企んでいそうなアダルジーザの実をエーレンフェストから引き離し、どこかに縛り付けておきたいと考えるのは不思議でも何でもないだろう?」
仕方がなさそうにそう言いながら、神官長の薄い金の瞳がわたしを見た。敵か味方かを慎重に探っているような警戒心たっぷりの目に、神官長にとってはかなり深くて触れられたくない話題だとわかる。
「ねぇ、神官長。そもそもアダルジーザの実って何ですか? 聖典にも出てないし、あまり一般的ではない言葉ですよね?」
「君はどう考えた? 何か考えがあったから、周囲に質問もしなかったのではないのか?」
どこまで気付いているのか、何を知っているのか、じっと見ながら探っている神官長を、誤魔化されていないか、隠されていないか、わたしもじっと見つめて観察する。
「パパッと話された時はすぐに理解ができなかったのですけれど、よくよく思い返して考えてみた結果、神官長は自分のゲドゥルリーヒはエーレンフェストだと返していたでしょう? だから、出身地に関する話だろうと思いました。中央の騎士団長が知っていて、他の者がいる場所で話すのですから、中央のどこかを示す隠語ではないか、と」
神官長が作り笑いになった。あぁ、正解だな、とわたしはそっと息を吐く。
「わたくし、神官長は洗礼式の時に城に連れて来られたと聞いていましたけれど、それ以前の話は聞いたことがなかった気がします。中央の騎士団長が知る場所で育ったのでしょう? アダルジーザという場所があるのですか?」
わたしの質問に神官長はしばらく沈黙して口を閉ざす。言いたくない、という態度なのはわかるけれど、ここで引き下がったらわざわざ工房で話す意味がない。わたしがじっと神官長の答えを待っていると、根負けしたように神官長が目を伏せて口を開いた。
「……アダルジーザはある離宮を最初に賜った姫の名だ。あの騎士団長は昔離宮の警備をしていた騎士の一人ではないかと思う。まさか私があそこにいたことを知る者がいると思わなかったので、正直なところ驚いた」
中央出身というところで何となく王族関係かな、と思っていたので、特に驚きはなかった。どちらかというと、やっぱりね、と思ったくらいだ。魔力量を始め、色々な面で神官長はエーレンフェストで異質すぎる。
「アダルジーザというお姫様が神官長のお母様なのですか?」
「いや、違う。アダルジーザが離宮を賜ったのは数百年前の話だから別人だが、身の上は似たようなものだ」
「身の上?」
わたしが首を傾げると、神官長が軽く手を振った。
「今のところ全く関係のない話だ」
「聞きたいです。神官長はわたくしの記憶まで覗いて秘密を知っているのに、わたくしが知らないのは不公平ではありませんか」
「不公平云々ではなく、知らなくて良いことだ。私が洗礼式まで中央で育ったことはジルヴェスターも知らぬことだぞ」
「養父様が知っているかどうかは関係ありません。わたくしが神官長について知りたいのです」
ふんぬぅ、と怒ってみせると、神官長はものすごく嫌そうな顔になってそっぽ向いた。
「……アダルジーザは数代に一度献上されてくるランツェナーヴェの姫が入る離宮だ。これ以上は教えぬ」
「ランツェナーヴェって、お砂糖の国ですよね?」
「お砂糖……。間違ってはいないが、君の認識は私のものと乖離が大きくて少々混乱する」
神官長がこめかみを押さえた。
「君と話をしていると頭痛がするので、話し合いはこれで終了とする」
「ちょっと待ってください! 逃げても無駄です。今終わりにされるともう一度こうしてお話ししなければならなくなりますよ。えーと、離宮育ちということは、神官長は外国の血が入った王族ってことで間違いないですか?」
話を打ち切られては困る、とわたしが質問すると、神官長がゆっくりと息を吐いた。
「比較的濃く王族の血を引いているが、洗礼式をエーレンフェストで行ったので私は王族ではない。私に母はなく、父は先代アウブ・エーレンフェストだ」
「どうしてエーレンフェストで洗礼式を行ったのですか?」
「時の女神のお導きだそうだ。……父上がそうおっしゃった」
「はい?」
神官長の口から出てくる言葉だとは思えず、わたしは思わず素っ頓狂な声を上げる。神官長は「不思議だろう?」と静かに言いながら、何かを思い出すように軽く目を伏せた。
「本来ならば、私は洗礼式前に死んでいるはずだった」
「え?」
神官長によると、アダルジーザの実が女ならばユルゲンシュミットの姫として育てられるけれど、男だった場合はランツェナーヴェに一人だけが帰され、王位に関わりそうな立ち位置に王子が多く残るのは困るため、それ以外は秘密裏に処分されるのだそうだ。
「父親が引き取るのならば、生き延びることもできるが、多くの場合は引き取りを拒否する。男側からすれば本当に自分の子かどうかもわからぬ上に、普通は妻がいて不和の元になるからな」
どうして自分を引き取ったのか、という質問に先代のアウブ・エーレンフェストは「時の女神のお導きだ」としか答えてくれなかったらしい。
「必ずエーレンフェストのためになる、と言われたそうだ」
「へぇ、不思議な話ですけれど、実際、神官長の存在がなければ今のエーレンフェストはなかったでしょうから、時の女神がおっしゃったことは間違ってはいませんね」
さすが女神様、とわたしが何度か頷いていると、神官長は虚を突かれたようにわたしを見つめる。
「君はこのような荒唐無稽な話を信用するのか?」
「え? 神に祈れば春が来て、神に祈れば武器が変化するような不思議が起こる世界では荒唐無稽でも何でもないと思います」
何を今更、とわたしが目を瞬くと、神官長は信じられないものを見るような目でわたしを見る。
「君については深く考えても無駄だとわかっていたはずなのだが、やはり驚くな」
「そうですか? それで、アダルジーザの実ということで何を言われたのですか?」
わたしが話を戻すと、「忘れていなかったのか」と神官長が忌々しそうに呟いた。
「いくら私がエーレンフェストの出身で王族とは言えず、王位には全く興味がないと言ったところで、グルトリスハイトを持たぬ今の王にとって、王族の血が濃く、聖女を通じてグルトリスハイトを探させているように見える私が至極危険な存在であることに変わりはない」
「え?」
「君がヒルデブラント王子に言ったのだろう? 王族しか入れぬ書庫の話を」
「またわたくしのせいですか!?」
おおぉ、と頭を抱えると神官長は仕方がなさそうに軽く息を吐いた。
「王に恭順の態度を示すならば、行動で示せと言われたのだ。私がジルヴェスターを排してアウブ・エーレンフェストとなるか、アーレンスバッハに婿入りするか」
領主になれば、王族には戻れない。それは王族に関わりたくないと逃げ道を模索していたエグランティーヌから聞いたことがある。神官長は王族に繋がる道を断つために、エーレンフェストの領主となるか、他領のアウブの配偶者となるか、どちらかを選べと言われたらしい。
「……それで恭順が示せるのでしたら、アーレンスバッハに婿入りしなくても、養父様とヴィルフリート兄様の中継ぎという形でエーレンフェストの領主になればどうでしょう? わたくし、神官長にはずっとエーレンフェストにいてほしいですし、ヴェローニカ様に似ていらっしゃるディートリンデ様と結婚するより神官長も気分的に楽かもしれませんよ?」
養父様に神官長をエーレンフェストに留める一案として話を持っていけば、多分乗ってくれると思う。
けれど、神官長は首を振って「ならぬ」ときっぱり言い切った。
「私がアダルジーザの実だと王に知られてしまった以上、エーレンフェストからは遠ざかっておいた方が良い。いつ何に巻き込まれるかわからぬ。エーレンフェストを巻き込むのはごめんだ」
神官長がそう言ってゆっくりと息を吐いた。
「ローゼマイン、私は父上と約束した。ジルヴェスターをアウブとし、私はその補佐としてエーレンフェストに尽くす、と。私は父上との最後の約束を破る気はないのだ。この手でジルヴェスターを排してアウブ・エーレンフェストになるくらいならば、アーレンスバッハに婿入りした方がよほど良い。だから、アウブ・エーレンフェストになれば逃れる道があったことは決して言うな」
どれだけ父親との思い出と約束を大事にしているのかわかって、わたしは神官長を引き留める言葉を出せなくなった。
「神官長が本当に守りたいのは、お父様との約束なのですね?」
「……そうだ。本当の家族との約束を大事にしている君ならば、少しは私の気持ちが理解できよう」
父さんとした約束は「エーレンフェストごと家族を守る」だった。トゥーリとは「一流のお針子になって衣装を手がける」と約束した。母さんとの約束は守れているとは言い難いけれど覚えている。思い返すだけで涙が出てくるくらい大事な、大事な約束だ。
「理解できます。神官長がいなくなるのは嫌だけれど、その約束がどれだけ大事なものかはわかります」
「何故君が泣く?」
「父さん達と約束したことを思い出して、どんなに神官長がいなくなるのが嫌でもちゃんと送り出さなきゃいけないんだと思ったら、だーっと勝手に……」
ハーッと至極面倒臭そうに溜息を吐いた後、神官長が組んでいた腕を軽く広げた。わたしはのそのそと神官長の膝に上がってギュッとしがみつく。最近は本当になくなっていた他人との触れ合いと誰かに寄りかかれる安心感に安堵の息を吐いた。
「……良いのですか?」
「最優秀を取ればこうして褒めると約束していたからな。これが最後になるだろうが」
少し時間がたって気分が落ち着いてくると、この先の神官長がものすごく心配になってきた。お父様との約束だけを見据えて、とんでもない苦痛や状況でも我慢して一人で溜めこむことになる気がする。
仕事が大変だということさえ、周囲に漏らさない神官長がアーレンスバッハで大変な状況に陥った時に誰かに助けを求めるだろうか。
……あり得ない。でも、わたしと約束したところで守ってくれなそうだし。
うーんと考え込んでいると、神官長が「もう落ち着いたのならば降りなさい」と言った。
「ちょっと待ってください。このように二人だけでお話しできる機会などもうなさそうなので、わたくし、神官長を脅迫しておきます」
「何を言っているのだ、君は?」
顔をしかめる神官長を見ながら、わたしはニコリと笑う。
「お父様との約束のために何もかも諦めて我慢するのではなく、苦しかったり、辛かったりする時は助けを求めると約束してください。わたくし、神官長を全力で助けに行きますから」
「……意味がわからない。私が行くのはアーレンスバッハだぞ? 君は私が助けを求めたら、アーレンスバッハを敵に回しても助けに来るつもりか?」
馬鹿馬鹿しいことを言うな、と呆れた顔をする神官長にわたしは真顔で頷いた。
「そうです。アーレンスバッハどころか、王様と中央を敵に回したとしても、わたくしは神官長を助けに行きます」
「ちょっと待ちなさい」
神官長が一度大きく目を見開いた後、本当に混乱しているようにこめかみを押さえた。
「私は君から家族を取り上げ、下町の者との接触を禁じ、安らげる場所を取り上げたのだぞ? そんな私を何故君が助けに来るのだ? おかしいだろう?」
……この人、マジで自分が周囲の人間にとってどんな存在で、どんなに心配されてるのか、全然わかってないんだ。
多分、養父様やお父様やお母様やわたしの心配や、アーレンスバッハに行かせたくないと思っている気持ちは半分も伝わっていない。エーレンフェストにとって最善なので、全く問題ないとしか考えていない神官長に対して何とも言えない怒りが込み上げてきた。
「神官長、今の言葉、本気でおっしゃっています?」
「抑えなさい、ローゼマイン! 目の色が変わりかけている。魔力が暴走するぞ!」
神官長が慌てた様子で自分の腰元を探って、魔石を取り出してくる。ゴツッと音がするほどの勢いで魔石を額に当てられて、痛みと魔石に吸い出されることで少し魔力の暴走が落ち着いた。もちろん、怒りは継続中である。
「あのね、神官長はわたしの後見人として色々と教えてくれて、面倒を見てくれて、奔走してくれるでしょ? わたしのお薬を作ってくれたり、お守りを準備したり、貴族の中で一番……養父様より、養母様より、一応婚約者のヴィルフリート兄様より、誰よりも、わたしのことを大事にしてくれるじゃないですか。わたしが神官長を家族同然に大事に思って当然でしょ? なんでわからないんですか?」
わたしの言葉の乱れさえ指摘せず、神官長はぽかんとしたようにわたしを見た。
「か、家族同然だと?」
「そうですよ。 神官長って、そういう他人からの好意に関しては結構鈍感ですよね?」
「……確かに気付いていなかったが、基本的に鈍い君に言われたくはない」
そう言って神官長が口元を押さえて顔を逸らす。見たことがない表情だな、と思いつつ、わたしは言葉を続けた。
「とにかく、そのくらいわたしは神官長のことを大事に思っているので、王命を排して神官長を助けるためなら、わたし、グルトリスハイトを手に入れて、王になってもいいですよ」
「何を言い出すのだ、この馬鹿者!」
神官長はぎょっと目を見開いて怒ったけれど、妙案だと思うのだ。神官長だけ助けて、読み終わったら、用がなくなったグルトリスハイトを王に譲れば皆が嬉しいと思う。
「家族を守るために平民の、兵士の娘が領主の養女になったんです。それに比べたら、領主候補生がグルトリスハイトを手に入れて王になるのは大して問題ありませんって。ユルゲンシュミットごとエーレンフェストを守れば、父さんとの約束を破ることにもなりませんし」
「問題あるだろう! 君の常識はどうなっている!?」
神官長がずいぶんと感情的だ。良い傾向である。この調子で言質を取りたい。
「わたしが心安らかにたくさんの本を読むために全力を尽くす。それがわたしの生き方です」
「……孤児を救う時も似たようなことを言っていたな」
「そうです。わたしが楽しく本を読むためには周囲に心配事があっちゃダメなんです。つまり、神官長も幸せじゃないとダメ。心配で読書が手につかなくなったら大変じゃないですか。だから、お婿に行っても定期的に連絡くださいね。連絡がなかったら、全力で助けに行きますよ」
わたしの言葉に神官長が本気で困った顔になった。
「君が身内のことで暴走する姿は何度も目撃している。あれを私にも適用するのか?」
「そうです。脅迫だって最初に言ったでしょ?」
「最悪だ。私を助けるためと言って暴走する君を抑えられそうな人材に心当たりがないところが最悪だ」
養父様もお父様もお母様も、多分止めない。むしろ、「助けて来い」と推奨しそうだ。
「神官長が不幸になったら、わたし、どうするかわかりませんよ? 絶対に幸せになるか、何かあったら素直に助けを求めるか、どちらか選んでくださいませ」
「……予想外で回避不能の脅迫だな」
最悪だ、と言いながら、神官長は小さく笑って定期的に手紙を書く約束をしてくれた。