Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (441)
歓迎の宴
歓迎の宴は6の鐘から始まる。
本日の料理はフーゴとエラも腕を振るった流行の最先端とも言えるエーレンフェストの料理だ。領主会議ですでにお披露目しているので、隠しても意味がない。会議では出さなかったメニューがいくつかあるのは、アーレンスバッハに対してエーレンフェストの価値を少しでも高めて見せようという示威行為らしい。「フェルディナンドの価値をできるだけ高く見せておかねば」と養父様が言っていた。
領主一族が入場し、ゲオルギーネとディートリンデを始めとしたアーレンスバッハの団体が入場することになっているため、北の離れにいる領主候補生は全員集まって移動するように、と言われている。
アーレンスバッハからの客ということで、護衛騎士の顔が緊張したものになっているし、アンゲリカは正装していてもすぐにシュティンルークが手に取れるかどうか、何度も練習していた。
城で他領からの客を迎えることは少ない。シャルロッテもメルヒオールも初めての経験になる。シャルロッテは貴族院で他領の貴族との社交をこなしているので心配いらないが、メルヒオールはまだ社交の経験もほとんどない。洗礼式を終えて、まだ一年もたっていないのだから、以前ゲオルギーネが訪問した時のヴィルフリートと同じ感じだ。
「メルヒオール、決して余計なことを喋ってはならぬ。決められた挨拶だけを行うのだぞ」
「はい、兄上」
前回、最後の挨拶で余計な言葉を言ったために、皆から散々叱られたヴィルフリートが同じ過ちを犯さないようにメルヒオールに言い含める。メルヒオールは兄の失敗話を神妙な顔で聞いていた。
「フェルディナンド様は新しい魔石の準備をされたのでしょうか?」
他にはあまり聞こえないくらいの小さな声でブリュンヒルデが不安そうに呟いた。工房には素材がたくさんあるのだから、アーレンスバッハに問い合わせて魔石を作るくらい、それほど時間がかかる作業ではないと思うのだが、神官長は多分していないと思う。
「……していないと思いますけれど、何とか乗り切るでしょう。自信がおありのようでしたから」
笑顔で甘ったるい言葉と共に渡せば問題ないと断言していた。胡散臭い作り笑いで鳥肌の立ちそうな口説き文句を述べるのだろう。普段の仏頂面とのギャップにわたしの腹筋が崩壊しないか、それが心配だ。
わたし達が大広間に入場した時にはすでに神官長は入場していて、結婚祝いを述べる貴族達に完璧な作り笑いで対応していた。神官長がとても優しそうに見える。詐欺だと声を大にして言いたいくらい、普段とは別人だ。
「叔父上の社交用の顔はすごいな」
「えぇ。隠し部屋で見せるような厳しいお顔を全く見せませんもの。調合や執務だけではなく、社交に関しても叔父様は良いお手本ですね」
工房で貴族院の予習をしている時の神官長を知っているヴィルフリートとシャルロッテが感嘆の溜息を吐いた。声に出しては言わないけれど、シャルロッテには神官長の社交をお手本にしないでほしい。
……シャルロッテがあんな作り笑いをするようになって、普段が仏頂面になったら、わたし、泣くよ。
「ローゼマイン、ヴィルフリート、シャルロッテ、メルヒオール。其方等はここで待機だ」
「ボニファティウス様」
「私はすでに引退表明をしているため、普段は他領の関わる公式の場には出ないようにしているが、今回は其方等の護衛も兼ねて一緒にいてほしいと頼まれたのだ」
おじい様が胸を張りながら「全員まとめて守ってやるので、近くにいるように」と注意する。そんなおじい様からわたしを守るように、さりげなくアンゲリカとコルネリウス兄様が立ち位置を変えた。
「本日はアーレンスバッハより大事な客人を迎えている」
養父様と養母様が入場し、エーレンフェスト側の貴族が全員揃うと養父様の言葉によって宴は始まり、扉が大きく開かれた。扉の向こうにはアーレンスバッハのヴェールを被ったゲオルギーネとディートリンデがいて、彼女達を先頭に同行者達も共に入場してくる。
夏だからだろうか、ゲオルギーネとディートリンデは透けるような薄いヴェールを被っていた。ゲオルギーネは相変わらず堂々とした女王のような優雅な足取りと姿勢で、ディートリンデはその少し後ろをしずしずと歩きながら、周囲の貴族達に慕わしそうに微笑む。貴族達がざわざわとしながらもディートリンデに好意的な顔を見せていた。
「こうして見ると、あの娘はヴェローニカの若い頃と本当に瓜二つだな」
「ボニファティウス様もそう思われますか? 私もそうではないかと思ったのです」
領主一族が固まる一角で、ぼそりとおじい様が呟き、その言葉にヴィルフリートが反応する。わたしはヴェローニカと面識がないのでわからないけれど、ヴェローニカを洗礼式の頃から知っているらしいおじい様には瓜二つに見えるようだ。
……神官長、大丈夫かな?
領主夫妻とその側近達と共に自分の側近を引き連れて壇上にいる神官長をわたしは見上げる。ディートリンデが親しげに微笑み、その微笑みを受けた神官長もまた笑みを深めた。優しげな微笑みを浮かべている姿は多分周囲から見れば、婚約を喜び、アーレンスバッハからの来客を歓迎しているように見えるだろう。顔を見るのさえ嫌がっている相手とは思うまい。
どんなに嫌なことでも笑顔でこなし、周囲の者に隙や弱みを見せてはならないと常々言っていた神官長の貴族としての生き方を見せつけられた気分だ。少しくらいは息を抜ける場所がアーレンスバッハにあるのか、とか、これから先はアーレンスバッハでずっとあんな顔で生きていくのかと思うと、何だか胸が痛くなる。
……少しでも神官長が生きやすい関係になってくれればいいんだけど。
壇上へ上がったゲオルギーネとディートリンデが領主夫妻と挨拶を交わす。その後、領主一族の中でディートリンデと初対面になるメルヒオールとおじい様が壇上に上がり、初対面の挨拶をした。
「火の神 ライデンシャフトの威光輝く良き日、神々のお導きによる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
メルヒオールはゲオルギーネにも祝福を祈り、終わったらすぐに壇から降りて来た。「上手にできました」と誇らしそうに笑っていたので、軽く頭を撫でて褒めてあげる。
「とても上手にできていましたよ」
挨拶が終わると、アーレンスバッハの代表であるゲオルギーネが神官長とディートリンデの結婚について話し始めた。
「このたび、アーレンスバッハとエーレンフェストは強い結びつきを得ることが決まりました。わたくしの娘、ディートリンデの婿としてフェルディナンド様という優秀な方を迎えられることを嬉しく思っています」
今は女性の領主候補生しかいない次期アウブ・アーレンスバッハを支える婿として王が選んでくださったのがエーレンフェストのフェルディナンドである、と。その後は神官長の貴族院での成績や神殿に押し込めておくのは宝の持ち腐れだと大領地からも声が上がっていることを述べながら、さりげなく養父様を非難する。
……笑顔と貴族言葉でオブラートに包みながら養父様を落とす言動は前回と一緒だけど、前よりも生き生きしている気がするよ。
「では、魔石を」
ゲオルギーネの声に軽く頷いたディートリンデがゆっくりと神官長の前に進み出る。その半歩後ろには側仕え見習いのマルティナがいて、小さな箱を持っているのが見えた。
神官長がその場にゆっくりと跪くと、神官長の側近であるエックハルト兄様とユストクスも跪いて首を垂れる。準備が整ったことを確認したマルティナがそっと丁寧に箱を開けた。ディートリンデは魔石を取り出すと、神官長に向かって差し出した。
「天上の最上位におわす夫婦神のお導きにより、この婚姻は決まりました」
そんな挨拶から始まり、神様賛美が続く。半分以上が聖典の言葉だったので、わたしにも理解できた。わたしの解釈が間違っているのでなければ、「わたくし以外に貴方を救える者はいません。最大級の感謝を見せなさい」という言葉に聞こえた。
……貴族言葉の解釈にそれほど自信があるわけじゃないんだけど、神官長の笑顔が深まったのとエックハルト兄様がわずかに動いてユストクスが押さえようとしたから多分間違ってないと思うんだよね。
「この魔石をわたくしの闇の神に捧げます」
ディートリンデから魔石が差し出され、神官長が恭しくそれを受け取った。ユストクスが準備していた箱にその魔石を入れ、代わりに、神官長が準備していたらしい魔石を差し出す。
「私の光の女神よ」
笑顔で神官長は魔石を差し出しながらそうディートリンデに優しく呼びかける。お母様が厳選した恋愛系騎士物語の一場面にそっくりだ。お母様の恋愛物語の売り上げでわかるように、大広間の中には熱心な読者が大勢いる。その女性達が一斉に息を呑んだ。
「どこまでも広がる闇の中、一条の光が降り注ぐ……」
神官長が良く響く低い声で長々と語り始めた。聖典の内容を半分以上引用していたディートリンデと違って、神官長の言葉は意味が理解できない。紙に書いてくれたものを読みながらゆっくりと解釈していけば半分くらいはわかったかもしれないけれど、語られるのと同じスピードでは理解できないのだ。
……意味不明。なんか詩的。闇の後で花とか光が乱舞してる感じだから、喜びを表現してるっぽいのはわかった。うん。
神官長の本音を知らないお母様はうっとりしつつ、目をギラギラと光らせている。絶対にいつか恋愛物語の中で今日の神官長の台詞が出てくると思う。その時にでもゆっくりと今日の言葉を理解しよう。
わたしには意味不明でも、お母様を始めとして周囲はうっとりしているし、その言葉を捧げられているディートリンデも頬を上気させて目を潤ませているので、わたし以外にはある程度意味が通じているのだろう。
「ブリュンヒルデ、魔石に問題はなさそうですね?」
わたしの問いかけにブリュンヒルデはゆっくりと頷いた。だらだらと神官長が語った言葉を要約すると、「貴女との婚姻が決まり、本当に嬉しく思います。貴女と結婚するためならばどれだけの困難も乗り越えるという私の決意を表すために、こうして全ての属性を揃えました」というものになり、その素材を集めるのにどれだけ苦労したかを語っていたらしい。
「婚姻が決まってから素材を準備するための時間があまりにも短かったけれど、できるだけの品質の物を準備したそうです。……このように伺うと、フェルディナンド様の捧げる魔石は誠意の固まりですね」
……何それ!? この間の本音を聞いてなかったら、わたしも絶対に騙された! 今度から神官長の笑顔だけは信用しない。怖い!
「フェルディナンド様がわたくしのためにそこまでしてくださるなんて……」
神官長が捧げる魔石を手に取って、すっかり心奪われているように緑の瞳を潤ませている。
……ああぁぁ! ディートリンデ様も騙されてる! 騙されてくれないと困るんだけど、なんか複雑。騙されないで、って言いたい!
わたしの心境をわかってくれる人はほとんどいない状態で、その場の女性達をうっとりさせた神官長が立ち上がる。壇上に並ぶ二人に祝福の拍手が起こり、シュタープを光らせれば、それからは社交の時間だ。
ゲオルギーネは旧ヴェローニカ派に取り囲まれている。ディートリンデと神官長も一緒に挨拶回りをすることになるようで、神官長も旧ヴェローニカ派に取り囲まれる形になっている。
作り笑顔が深まっている神官長だが、いつあの笑顔が剥がれ落ちるのかと思うと、心配で仕方がないくらいだが、わたしが積極的に働きかけるようなことはできない。周囲を見回していると、所在無げにきょろきょろとしているライムントの姿が見えた。
「ライムント」
ハルトムートが声をかけると、ライムントが笑顔で近付いてくる。
「突然同行を命じられたのですが、アーレンスバッハ側にもあまり親交のある人がいなくて、少し不安だったのです」
神官長から指名があったことで、急遽同行者に加えられたライムントはとても落ち着かない状態でエーレンフェストにやってきたらしい。
「フェルディナンド様がディートリンデ様とご婚約されたことにも驚きましたが、私が側近として召し上げられる予定だと聞かされて、目が回る思いをしています」
神官長の側近に取り立てられるということは、領主一族の側近になるということである。これまでは放置気味だったらしい家族との関係も大きく変わろうとしていて、研究のことだけを考えていたいライムントはとても大変なのだそうだ。
「少しでも馴染のある者が近くにいてくれた方がわたくしも安心です。アーレンスバッハでのフェルディナンド様をよろしくお願いしますね。二人して研究に没頭して、不摂生をしてはなりませんよ」
わたしはそう言うと、ライムントが困ったように笑った。明確には約束できないことらしい。本に関しては同じような反応になることがあるので、強くは言えない。ただ、神官長に向けたお小言の録音魔術具は必須のようだ。
「そういえば、先日、フェルディナンド様と新しい課題について話し合っていたのです」
「詳しく聞かせてください」
ライムントが目を輝かせるので、わたしは録音の魔術具の小型化について話をした。設計図なり、実物なり、何かがないとこの場では何とも言えないけれど、面白そうだと言ってくれる。
「今回の滞在中にお話しできると良いですね。……色々なお約束が入っているようなので、とてもお忙しそうですけれど」
ライムントと話をしていると神官長がディートリンデを伴ってこちらへやってきた。
「ローゼマイン、私の館にディートリンデを招くことになったのだが、二人きりになるのは外聞上良くないであろう? 其方とヴィルフリートにも来てもらいたいのだが、都合はどうだ?」
「せっかくですから、シャルロッテやメルヒオールもご一緒してもよろしいですか? このように従兄妹同士で集まれる機会は滅多にございませんもの」
社交に疎いわたしと嫌味を流してしまうヴィルフリートではどうにも不安だ。わたしは貴族院での従兄妹同士のお茶会にも出たことがないので、フォロー上手なシャルロッテにはぜひ一緒にいてほしい。
「私は構わぬ。こうして従兄妹同士が集う機会はほとんどないし、其方も賑やかな方が好ましいであろう。……どうだろうか、ディートリンデ?」
婚約者を気遣う優しい笑顔にディートリンデも嬉しそうに微笑み返す。
「このように皆でわたくしを歓迎してくださっているのですもの。とても嬉しいです。お心遣いありがとう存じます」
ディートリンデの同意が得られた神官長は一度頷いて、ライムントへ視線を向けた。
「ライムント、其方も来なさい。アーレンスバッハで側近となる其方に良い物を見せてやろう」
「恐れ入ります」
こうして、神官長の館へのお招きを受け、神官長の作り笑いが剥がれることなく、歓迎の宴は無事に終わった。……と思ったら、翌日に呼び出された。ディートリンデから神官長に髪飾りのおねだりがあったらしい。
「こちらで見繕って贈ると言ったのだが、できるならば、自分に相応しい物を自分で注文したいらしい。ローゼマイン、ギルベルタ商会と連絡が取れるか?」
「連絡は取れますけれど、いつ呼びましょう? すでにお約束がたくさんあるのでしょう?」
ここぞとばかりに旧ヴェローニカ派からの招待が殺到していたはずだ。髪飾りを見繕っているような余裕があるのだろうか。わたしが首を傾げると、神官長は深々と溜息を吐いた。
「ディートリンデが私の館に来る時が望ましいと思っている。間が持たぬ」
他の者のお茶会や会食に招かれた時は招待した者が適当に話題を振ってくれて、もてなしてくれるので、それに対応していれば良いけれど、自分の館に招けば自分が話題を準備しなければならない。話題の一つというか、髪飾りを選ばせることで時間のほとんどを潰したいと思っているのだろう。
「フェルディナンド様はライムントと研究話に花を咲かせていると良いですよ。わたくしとシャルロッテでディートリンデ様のお相手をして、髪飾りや流行の話をしますから」
「……助かる」
神官長はフッと息を吐いて、「ついでと言っては何だが、もう一つ、私を助けてくれないか?」と薄い金の瞳でわたしを見た。神官長から助けを求めるのは珍しい。わたしはすぐに頷いた。
「その日、君の神殿の側仕えを貸してほしい」
「え?」
城に隣接していると言っても過言ではない位置に神官長の館はあるらしい。何でも、お父様が準備してくださった家で、離宮から連れて来られて洗礼式までの少しの間住んでいて、成人後に正式に譲られたらしい。けれど、神官長はすぐに神殿へ入ることになったので、ほとんど使っていないそうだ。
最低限の管理ができるだけの人しか置いていないので、一気に客人が増えるその日だけでも神殿から灰色神官や料理人を移動させてほしいということだった。
「すでに自分の側仕えと料理人は移動させたのだが、人数が足りぬ。シャルロッテやメルヒオールまで招く予定ではなかったからな。ザームとフランを貸してくれぬか?」
客がディートリンデだけならば、最低限の人数でも何とかなるけれど、領主候補生が一斉に向かうことになれば神殿の側仕えを動員しても手が足りなくなるそうだ。実はエックハルト兄様の館の人も動員が依頼されているらしい。
「わかりました。フランとザーム、それから、フーゴとエラをお貸しいたしましょう」
「ありがとう、ローゼマイン」
感謝の言葉を述べる神官長の眉間には深い皺が刻まれている。こめかみを押さえると顔に影が落ちるせいだろうか、とても疲れているように見えた。
「フェルディナンド様、顔色が悪いですよ。無理しすぎないでくださいませ」
「心配はいらぬ。回復薬は準備済みだ」
真顔でそう言われて、わたしは余計心配になった。
それから、わたしは一度神殿に戻って、フランとザームに貴族街の神官長の館に行ってもらえるようにお願いする。元神官長の側仕えである二人は快く了承してくれた。
「神官長のお手伝いでしたら、お任せくださいませ」
「ローゼマイン様の側近がたくさん出入りすることで、上級貴族や領主一族でも気負わずもてなすことができるようになっています。ご安心ください」
心強い言葉を述べる二人に馬車を準備して送り出す。同時に、ギルベルタ商会に連絡を取った。オットーに対して「アーレンスバッハの領主候補生が髪飾りの注文をしたいそうです」と手紙を出したところ、「神殿ならばともかく、領主一族である神官長の館に未成年のトゥーリは同行させられないので成人している髪飾り職人を同行させたい」とオットーからの申し出があった。
建前は未成年だが、本音としては「これまでアーレンスバッハに狙われてきたのならば、弱点である家族はなるべく隠しておいた方が良いよ」ということらしい。トゥーリを危険に晒すつもりはさらさらないので、わたしはオットーの助言を聞き入れることにした。
城でも側近達がディートリンデをもてなすための準備を整えている。そして、当日、わたしは神官長の館に馬車で向かった。
「叔父上の館は初めてだ。其方は行ったことがあるのか?」
「城と神殿で用件は片付きますから、館を訪れるのはわたくしも初めてです」
「私はお招きを受けて城から出ることが初めてなので、少し緊張しています」
メルヒオールが楽しそうに窓の外を見ながらそう言う。神官長の館は城に隣接していると言っても過言ではないため、馬車に乗っている時間も短い。すぐに到着した。
「……結婚もしていないのに、フェルディナンド様は大きな館に住んでいるのですね」
馬車から降りて、お父様の館と大して変わらない大きさの白い館を見上げながら、ハァ、と溜息を吐くと、先に降りていたヴィルフリートが肩を竦めた。
「成人したらすぐに結婚すると思って与えられたのであろう。先代領主のおじい様にとっては叔父上が未だに結婚していない方が計算外なのだと思うぞ」
神官長の館の扉を開けて、わたし達を出迎えてくれたのはフランだった。