Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (443)
準備と共に過ぎる秋
魔術具の手紙によってもたらされた火急の知らせによって、ゲオルギーネとディートリンデは帰っていった。ゲオルギーネの最後の笑みと「近いうちに会うことになる」という別れ際の挨拶に何とも不吉な予感がする。
「養父様、アーレンスバッハからの火急の知らせとは何だったのでしょう?」
「すぐに戻るように、としか書かれていなかった。我々には知らせたくないことが起こったのであろう。会議室へ行くぞ」
養父様がそう言った後、軽く手を振った。見送りをした首脳陣がそのままぞろぞろと会議室に向かう。それぞれが収集した情報を共有するための会議だ。
「何か目新しい情報はあったか?」
首脳陣によるお茶会や会食などの交流で収集した情報の交換が行われ、わたしは皆の話をふんふんと聞いていた。どうやらディートリンデの面倒を見るのを全面的に神官長に任せて、ゲオルギーネは精力的に社交を行っていたらしい。
「帰り際の微笑みから推測しただけですけれど、滞在期間中に出席したお茶会や会食が重要だったのではないかと思うのです。旧ヴェローニカ派が多く集まるお茶会ではジルヴェスター様が他領ではひどい領主だと噂されていることや婿として迎え入れるフェルディナンド様の評判を伺うことが多かったようです」
お母様が報告を始めた。
「ゲオルギーネ様は本や印刷に関しても情報を仕入れていらっしゃったようです。エーレンフェストの貴族達の大半が流行の仕掛け人をローゼマイン様の後見人であるフェルディナンド様だと思っているのですから、情報収集をしたゲオルギーネ様もおそらくそのように考えるのではないでしょうか」
「そう考えているのであろう。ディートリンデに尋ねられたぞ。婿としてアーレンスバッハに向かう時に自分の専属をどのくらい連れて行くのか、と」
「どのように答えられたのですか?」
神官長がフッと笑った。
「全ては大領地アーレンスバッハに合わせて考えます、と」
聞き方によっては「アーレンスバッハに相応しいだけ」とも受け取れるが、神官長の本意としては間違いなく「アウレーリアの輿入れを参考に必要最低限」という意味に違いない。専属を連れて行かなければ、エーレンフェストの流行を取り入れようと皮算用していたアーレンスバッハが怒るのではないだろうか。
「フェルディナンド様の手札は多い方が良いのではございませんか? 少しは職人を連れて行くとか……」
「いや、王命があったわけでもないのに、アーレンスバッハで平民の職人がどのような扱いを受けるのかわからぬ状態で気にかけねばならない存在は必要ない。エーレンフェストの職人はエーレンフェストのために使え」
神官長がお母様の提案をきっぱりと断る姿に、わたしは軽く唇を噛む。今の神官長の言葉は、つまり、流行を発する職人に気をかける余裕もない状態になると予測しているということではないだろうか。
「旧ヴェローニカ派の下級貴族からわたくしに入ってきた情報なのですけれど……」
養母様が少し眉根を寄せて養父様へ視線を向ける。
「エーレンフェストにとっても魔力や執務で重要な役割を担っているフェルディナンド様をアーレンスバッハが取り上げる形になるので、アーレンスバッハの情勢が少し安定したらエーレンフェストに領主候補生を戻す計画があるそうです」
「何だと?」
「旧ヴェローニカ派の中核ばかりが集められた会食の場での発言のようで、情報をもたらした下級貴族自身が聞いた話ではないということでした。信憑性は下がりますけれど、わたくしにとっては最も気になる情報です」
養母様からの情報に皆が一斉に難しい顔つきになった。今のアーレンスバッハの状態を見れば、領地を安定させるのはそう簡単なことではない。
「アーレンスバッハの情勢が安定したら? いつするのだ? そのような言い方ができるということは姉上には何か策があるのか?」
「周囲から見て安定なのか、ゲオルギーネにとっての安定なのかでずいぶんと印象も変わる。それに……」
神官長がそこで言葉を切る。わたしは「何ですか?」と先を促した。
「いや、何ということもない」
「隠し事はなしですよ。エーレンフェストはあらゆる状況を考えておかなければならないのですから」
わたしがビシッとそう言うと、会議室にいる皆が同意する。孤立無援状態になった神官長は嫌な顔をしながら口を開いた。
「……戻される時に生きた状態なのかどうかも怪しいものだと思っただけだ」
「こ、怖いことを言わないでくださいませ!」
「私は言葉を止めたのに、わざわざ聞き出したのは君だろう?」
……そうだけど! 確かにそうなんだけど!
神官長の怖い予測に会議室の空気が凍ったまま、いくつかの情報が飛び交い、情報交換の会議は終了した。
そして、アーレンスバッハからの客人が帰った後は、神官長による領主候補生の予習の詰め込みでどんどんと時間が過ぎていく。
気が付いたら夏の成人式で、わたしはハルトムートにお世話されながら成人式を無事に終わらせた。とても満足そうな顔をしているハルトムートがちょっと怖い。できるだけお世話の必要がないように自分でできるようにならなければ、と決意するには十分な神事だった。
それからすぐに秋の洗礼式があり、収穫祭の打ち合わせが行われる。今回はハルトムートも収穫祭に向かうため、「ローゼマイン様とご一緒したかった」と嘆くハルトムートをなだめるのが面倒だったが、かなり楽な日程で終わりそうだ。
わたしは例年通りに収穫祭でグーテンベルク達を回収してくることになっているので、直轄地を回った後でライゼガングにも向かった。
「これはおじい様から伺った話なのですが……」
小聖杯を受け取る時にお茶に招かれ、その場でギーベ・ライゼガングが話してくれたのは、アーレンスバッハからの帰りにゲオルギーネがゲルラッハに立ち寄ったという情報だった。
「馬車でアーレンスバッハへ戻られるのでしたら、宿泊地が必要です。ゲルラッハに立ち寄っても何の不思議もございません」
ライゼガングはヴェローニカ派と不仲であるため、ゲオルギーネともあまり親交がなかった。ゲルラッハの方がかなり良好な関係を築いていたので、ゲオルギーネが宿泊地を選ぶならばゲルラッハになる。
「たとえ、当人達が騎獣で戻っても荷物をたくさん載せた馬車がありますから、馬車がゲルラッハに立ち寄るのは普通なのです」
火急の知らせでアーレンスバッハに慌ただしく戻るのだから、騎獣を使うのが一番早い。けれど、他領の貴族であるゲオルギーネとディートリンデはエーレンフェストの街の結界を騎獣で抜けられない。そのため、馬車で街を出てから騎獣を使わなければならないのだ。
「けれど、おじい様はゲルラッハにゲオルギーネ様ご自身が立ち寄ったとおっしゃるのです」
「重要な情報ではありませんか。どうしてアウブ・エーレンフェストに報告されていないのですか?」
「私はゲオルギーネ様とディートリンデ様がいらっしゃるということでエーレンフェストにいました。ゲオルギーネ様がゲルラッハに立ち寄る現場を見ていません。それに、おじい様の言葉には根拠がないので、ゲルラッハから言い掛かりだと言われれば反論もできないことなのです」
ゲオルギーネがエーレンフェストに来ているにもかかわらず、ギーベ・ゲルラッハが火急の知らせがあるよりも先に戻ってきたことと、ゲオルギーネ達がアーレンスバッハに戻るための騎獣の群れを収穫期の平民達さえ見ていないことが根拠だと言われたらしい。確かに、アウブに知らせる情報としては微妙だ。
「一応わたくしから養父様にお知らせしておきますね。根拠がないことも含めて……」
「どうぞよろしくお願いいたします」
そして、ライゼガングの印刷に関する話も聞いた。フルースの町では無事に印刷できる環境を整えることができたそうだ。
「紙を作ることもできたようですし、足りない分はイルクナーからも紙を購入しました。今年の冬には皆で印刷を行うと民が張り切っていると報告を受けています」
冬は雪に閉じ込められるので、平民達にとっては印刷作業が娯楽扱いになっているらしい。
「ライゼガングではどのような本ができるのか、楽しみにしていますね」
そして、わたしはフルースで収穫祭の神事を行い、グーテンベルク達を回収してエーレンフェストに戻った。
すぐにギーベ・ライゼガングから聞いた情報を神官長に告げて、養父様には魔術具の手紙で送る。神官長が「あそこに揺さぶりをかけてみるか」と小さく呟いて、ユストクスを呼んでいた。
「では、報告を伺いましょう」
収穫祭を終えると、すぐにギルベルタ商会、プランタン商会、オトマール商会を呼んで会合を行う。ライゼガングにおけるグーテンベルクの活動や他領からの商人がやってきた状況に関する報告はもちろん、注文された髪飾りの受け取りもある。
いくつもの箱を持ってきたギルベルタ商会からはオットー、テオ、トゥーリが来ている。プランタン商会からはベンノ、マルク、ルッツで、オトマール商会からはギルド長、フリーダ、側仕えの三人ずつだ。
「ライゼガングはどうでしたか? グーテンベルクとして実際に見た貴方の意見を聞かせてください」
「ライゼガングは穀倉地帯で、皆が農業に全力を尽くし、商売っ気が少ない分、非常にのんびりとした雰囲気の土地でした。印刷業は冬の間にちょっと小金を儲けることができる娯楽のような位置付けだそうです」
それでも、穀倉地帯というだけあって、土地は豊かで、新しい素材もたくさんあったようで、ハイディは大喜びだったようだ。鍛冶職人はそこまで細かい作業は無理だと早々に諦めて、活字は買い取る方向でギーベと取り決めを行ったらしい。
「製紙業の方でも新しい紙ができそうな木がありましたが、研究に時間を費やすことができないそうで、その木をイルクナーに売って研究してもらうと言っていました」
ルッツやダミアンはあまりにも商売っ気がないことに頭を抱える場面が多かく、「稼ごうと思えばもっと稼げるのに何故だ!?」と思わず叫んでしまうことが何度もあったらしい。そんなルッツからの話を聞いていたギルド長が皺を深めて柔らかく笑った。
「富に執着するのではなく、己の役目を全うすることに全力を尽くすのがライゼガングです。だからこそ、ライゼガングはエーレンフェストの食料庫としてずっとそこにあり続けることができる……以前、そう伺ったことがございます」
食料関係の商いをずっとしているオトマール商会はライゼガングともずっと昔から懇意らしい。大店が大店としてずっとあり続けるためには、目先の利益だけにこだわっていてはならない、とベンノをちらりと見ながら言った。
「グスタフ、他領からの商人はどうでした? 去年よりも増えていますけれど、捌ききれましたか?」
「去年の失敗を参考に色々と改善しましたから、去年よりは何事も上手く運んだようです。もちろん、まだまだ改善しなければならない点はございます」
ダンケルフェルガーとの取引を増やしたので全体的な取引量はぐっと上がっていること、リンシャンの製法を売ったためリンシャンの取引量は減り、相対的に植物油の価格も少し落ち着いてきたことなどが述べられる。
「ベンノ、去年置き去りにされたクラッセンブルクの商人の娘に関してはどうなりましたか?」
「もちろん、クラッセンブルクからやってきた商人に押し付けて戻らせました。今年の取引枠を減らされたことで、カーリンの父親はずいぶんと厳しい立場に立たされたようです」
エーレンフェストの貴族が商人同士のやりとりに
嘴
を挟むような真似をするとは思っていなかったようだ。上位領地を相手にずいぶんと思い切ったことをする、と言われたらしい。
「良縁だったのですが、この通りです」
せっかくクラッセンブルクの商人と強い繋がりができるはずだったのに、と溜息交じりに頭を振るギルド長を一度睨んだ後、ベンノはわたしを見てニッと笑った。
「最初が肝心です。ローゼマイン様の専属であり、全ての流行に関わっていると噂されているプランタン商会が他領の商人に軽んじられるわけには参りません。ローゼマイン様の評判にも関わります」
ハルトムートが何度も頷いている。それを視界の端に捉えながら、わたしはギルベルタ商会へ視線を向けた。
「貴族院でお渡しすることになっているディートリンデ様の髪飾りはできていますか?」
「こちらです。いかがでしょう?」
わたしを見てそう言った後、オットーはブリュンヒルデに視線を移した。わたしは図書室に行っていて注文する場にいなかったので、対応はブリュンヒルデが行ったのだ。
ブリュンヒルデは髪飾りを静かに検分し、ゆっくりと頷いた。
「問題ございません。よくやってくれました」
「恐れ入ります」
オットーとトゥーリがホッとしたように肩の力を抜いた。何でもディートリンデは「去年のアドルフィーネ様よりも豪華に」と注文したそうだ。
「王族に嫁がれる方と同格というわけには……と申し上げたのです。ディートリンデ様の側仕えも、王族を尊重するためにも少し格を落とした方が良いのでは? と提案されたのですが……」
皆の忠告はニコリと笑って却下されたらしい。「わたくしは次期アウブですもの」という一言で。
髪飾りを使うアーレンスバッハはもちろん、作ったエーレンフェストにも王族に含むところがあると思われる可能性がある。次期アウブならば、尚更、自重が必要ではないか、とヴィルフリートも援護したらしいが、聞く耳を持っていなかったそうだ。
「そこで、わたくしが提案したのです。髪飾りをいくつも使うことで豪華な雰囲気を出せばどうか、と」
一つ一つは王族を尊重するために少し格を落とした物を準備し、いくつも使うことで豪華にすれば良いのではないか、と。
エグランティーヌやアドルフィーネが髪飾りを一つしかつけていないので、複数の飾りを使えば、それだけで見た目の華やかさは増すでしょう、と言ったらしい。
「その提案にはご満足いただけたようで、こうして髪飾りを五つも作らせることになりましたけれど、王族の尊重とディートリンデ様のご満足の両方を満たすことができました」
お金を支払うことになる神官長が一番大変だが、ディートリンデがおねだりしたところ、神官長は「望みのままに」と笑顔で言ったそうだ。
……そういえば、お父様も前に「心と家庭の平穏が金で買えるうちは良い」って言ってたような……。
ディートリンデは去年のお茶会でアドルフィーネに言われたことが悔しかったのか、よほど敵対心を抱いているのか、花の種類もアドルフィーネと同じ物を選んだようだ。並べて飾ると赤から白へ少しずつ色の違うグラデーションになるように作られた髪飾りを見て、わたしは溜息を吐いた。
「それにしても、全てを一度に使おうと思えば、頭が大変なことになりそうですけれど」
正直なところ、盛りすぎ注意と箱にシールでも貼っておきたい気分だ。ブリュンヒルデは困ったように笑いながら頷いた。
「髪飾りをつける時や寮から出発する時にはアウブ夫妻が確認するでしょうから、常識的な数で落ち着くでしょう」
数を減らすことはできるのだから、どれだけ盛るかはこちらが関知するところではないらしい。
「それから、こちらが第二王子からの注文で、こちらがダンケルフェルガーからの注文でございます」
やってきた商人が注文していったらしい。商品の受け取りは貴族院で行う、とのことだそうだ。エグランティーヌの新しい髪飾りとレスティラウトがエスコート相手に贈るための髪飾りである。
エグランティーヌの新しい髪飾りは白のファランゼで、他の何からも貴女を守るというエーヴィリーベの独占欲丸出しの花である。実にアナスタージウスらしい。
レスティラウトからの注文は秋の貴色に合わせた花の注文だった。注文書に絵がついていて、このように作ってほしい、と指示があったらしい。初めて見る花なので、きっとダンケルフェルガーにしかない花の組み合わせなのだと思う。
「どの花も初めて見るものですから、とても大変だったでしょう?」
わたしがトゥーリに視線を移すと、トゥーリは笑顔で首を振った。
「いいえ、とても楽しく作りました。どのように作れば良いのか、職人が集まって頭を捻ったのです。予想以上に上手く仕上がって安堵いたしました。このような花や色の組み合わせはエーレンフェストにはないものなので、とても勉強になりました」
……誰が注文したのか知らないけど、すごくセンスが良いよ。うん。
そして、他領からの注文分を受け取ると、次に出てきたのはハルトムートが注文した分だった。クラリッサのための髪飾りらしい。オレンジに近い色合いの黄色の花が箱に入っているのがちょっと不思議な感じだ。何となくライデンシャフトの加護がある夏生まれだと思っていた。
「意外でしょう? 私は最初にクラリッサの誕生季を聞いた時に夏ではないのが不思議でなりませんでした」
顔に出ていたのか、ハルトムートがわたしを見て小さく笑いながらそう言った。
その後、トゥーリはわたしの髪飾りも出してくれる。冬の貴色に合わせていて、少し大きめの赤の花をやや小ぶりな白の花が取り巻いている髪飾りだった。
「とても冬らしくて可愛らしいですね。気に入りました」
「喜んでいただけて嬉しいです」
プランタン商会からは新しい印刷物も渡される。ダンケルフェルガーの歴史書の一冊目だ。とても一冊には収まらないので、何冊にも分けて印刷しなければならない。
「ダンケルフェルガーの歴史書だけで、ローゼマイン工房はしばらくもちますね」
「本当に長い歴史ですから」
ダンケルフェルガーへの献本分と自分への納本分をローデリヒに渡す。
「フリーダ、また領地対抗戦の時にはカトルカールをお願いしたいのですけれど、よろしいですか?」
「はい。料理人や材料を準備しておきます。それから、こちらはローゼマイン様から個人的に注文を受けた乾燥されたロウレでございます。コージモ」
フリーダの声にオトマール商会の側仕えコージモが袋をそっとテーブルの上に置いてくれた。ブリュンヒルデが中を改めて、問題がないことを確認した上でわたしに渡してくれる。干しぶどうによく似たロウレが詰まっているのを見て、わたしはにんまりと笑った。
……これでまた料理の幅が広がりそう。
「イタリアンレストランの評価は他領からの商人の間でとても高いようで、夏場は目が回るような忙しさでした。料理人も少しずつ増えていて、引き抜きのお話もたくさんございます。大領地の商人ですから、強引な方も多いのですけれど……」
共同出資者にわたしの名があるので、「料理人の移籍についてはローゼマイン様を通してください」と今のところ全てお断りしているそうだ。
「クラッセンブルクの商人が娘を置いて行ったことに、ローゼマイン様が取引商人を減らすという対処をしたことで、強引な連れ去りなどは今のところございません」
わたしの肩書で危険が減らせるのならば、それに越したことはない。
「フリーダ、今はもうお客様も少なくなっているのかしら?」
「はい、他領の商人達は冬を前にそれぞれの領地へ戻りましたから」
大店の主が足を運ぶくらいで、やっと店の中は落ち着いたそうだ。領地対抗戦のカトルカールのために食材の確保や薪を準備するといった冬支度に奔走しているらしい。
「お客様が少なくてお邪魔にならないのでしたら、近いうちにイタリアンレストランに足を運ぼうかと思っています。春になるより先にフェルディナンド様がアーレンスバッハに向かわれるので、イタリアンレストランでもてなしたいと考えているのです」
わたしの言葉にフリーダが顔をパァッと輝かせた。
「光栄でございます。メニューのご注文はございますか?」
「ダブルコンソメ以外はお任せします。イルゼの新しい料理をいただきたいですね」
「お任せくださいませ」
会合を終えて、「イタリアンレストランに行きましょう」と神官長を誘ったところ、「この忙しい時に君は馬鹿か?」ととても冷たい目で睨まれた。忙しいからこそ、心に余裕を与えてくれるおいしい料理は必須だと思う。
「おいしいダブルコンソメも準備してもらっていますし、イルゼの新しい料理もあるのです。神官長がアーレンスバッハへ向かう前においしい料理を堪能していきませんか?」
料理人は連れて行かないと言うし、時を止める魔術具で料理を送るのがアーレンスバッハの都合次第でいつまで続けられるかわからない状況だ。いくら送りたいと思っても、アウレーリアのように接触を許可されなければ、料理を送ることができなくなるかもしれない。
「わたくしからの餞別の一つですよ」
「……餞別か。なるほど。考えようによってはちょうど良いとも言えるな。わかった。十日後だ」
神官長が深い溜息を吐いて、日付を指定してくれた。
わたしはフリーダに手紙を書いて、イタリアンレストランに向かう日を伝える。その後ろで、誰がイタリアンレストランに同行するのか、側近達の静かな戦いが始まっていた。