Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (444)
餞別 前編
「誰が行くのか争っているようですけれど、イタリアンレストランは下町にあるのですから、神殿までしか許可を得ていない未成年は行けませんよ」
「あっ!?」
わたしは側近達の争いに終止符を打つ。気軽に神殿に出入りしているので忘れがちだが、養父様から許可が出ているのは貴族街と下町の境界にある神殿までだ。未成年が仕事で下町に向かうことはできない。前にイタリアンレストランへ行ったコルネリウス兄様はお父様やエックハルト兄様もいるので家族枠を上手く利用したのであって、完全に仕事のために行ったわけではない。
わたしの言葉に未成年組が大きく目を見張った。そんな中、レオノーレはおっとりと首を傾げる。
「それではコルネリウス、ハルトムート、アンゲリカ、ダームエルの四人を連れて行かれるのでしょうか? 給仕をする側仕えはオティーリエかリヒャルダを呼びますか?」
「いいえ。イタリアンレストランは平民の富豪向けのお店なのですから、貴族がぞろぞろと向かうところではないのです。交代で食事が摂れるように護衛騎士が二人いれば十分ですし、給仕にはフランを連れて行きます」
「そんな冷たいことをおっしゃらないでください、ローゼマイン様」
ショックを受けているハルトムート達には悪いが、正直なところ、これだけの人数の貴族が側近としてイタリアンレストランへ行くと店の方が困るのだ。皆を側近として連れて行けば、客ではないので側仕え用の部屋で交代しながら食べることになる。だが、側仕え用の部屋は貴族向けではないし、それほどの広さもない。当然のことながら、側仕え用の部屋で食べる者のために給仕などいないし、側仕えが給仕を連れて行くことは想定されていない。大人数の貴族をわたしの側近として連れて行けば混乱の元だ。
「お食事に行きたければ紹介いたしますから、お客様としてご自分で行ってくださいませ。給仕もなしに食事をするなんて慣れていない方ばかりですもの。側仕え用の部屋で食事を摂るのは大変だと思いますよ」
「私は給仕がいなくても大丈夫です」
「わたくしも平気です、ローゼマイン様」
キリッとした顔でダームエルとアンゲリカが即座に答えたので、護衛には二人を連れて行くことにする。祈念式や収穫祭でフラン達の給仕の手が足りない時に、文句を言わずに食事を摂れることを知っているし、何となくダームエルに客として自腹を切って行けと言うのは酷な気がしたのだ。
「出遅れたコルネリウス兄様はレオノーレを誘って二人で行けば良いと思いますよ」
うふふん、とからかうように笑ったが、コルネリウス兄様は「それはとても良い考えですね」と笑い返してきた。そして、ハルトムートに視線を移す。
「ハルトムートは側近としてではなく客として行くことに関して、どう思いますか?」
「実に素晴らしい案だと思います。私は側仕え部屋ではなく、ローゼマイン様と一緒に食事をしたいと考えていますから」
ハルトムートとコルネリウス兄様は完全に行く気だ。フリーダに人数変更の手紙が必要かも、と考えていると、コルネリウス兄様がレオノーレに声をかけた。
「護衛任務中ではなく、ただの客として向かうのならば、未成年でも下町に出入りできるでしょう? レオノーレ、一緒にイタリアンレストランへ行きませんか?」
「嬉しいです、コルネリウス」
レオノーレを誘ったら? とからかったのはわたしだが、こうしてすんなりと誘われてしまうとつまらない。目の前でいちゃつかれたらダームエルが可哀想なので止めてほしいものである。
「お客様として行くにしても保護者の同伴や許可が必要なのではございませんか?」
「婚約者であるコルネリウスが一緒ならば許可してくれると思います」
少し考えたレオノーレが惚気るような幸せそうな笑顔でそう言った。親の許可という言葉を聞いたブリュンヒルデがきらりと飴色の瞳を輝かせる。
「グレッシェルを交易都市とするためには、下町について知ることも重要ですものね。わたくし、下町に関してはほとんど知識がございませんから」
「ローゼマイン様の活動範囲について知ることは側仕えとしても大事ですし、お姉様の監視も兼ねて、と報告すれば許可は下りると思います」
ブリュンヒルデとリーゼレータの二人も完全に行く気のようだ。一生懸命に親に説明する建前を考えている二人を見ていたフィリーネがハッとしたように手を上げた。
「わたくしの保護者はローゼマイン様です。ご一緒する許可をくださいませ」
「私の保護者もローゼマイン様です」
フィリーネとローデリヒが目を輝かせてそう言った。そういえばそうだった。親から離れた二人の保護者はわたしだ。
……これはもう全員連れて行く流れかな?
ここまで同行希望者ばかりなのだから、たまには頑張り屋の側近達においしい料理をご馳走してあげるのもいいだろう。神官長の餞別とまとめて、というところが少し気になるけれど。
そう思っていたら、ユーディットが一人だけ目を潤ませてわたしをじっと見ていた。
「ローゼマイン様、もしかして、わたくしだけお留守番ですか!?」
ユーディットは親の許可を得るための口実が思い浮かばないようだが、いくら何でも一人だけ行けないのは可哀想すぎるだろう。
「……ご両親に許可をいただけるようにわたくしから連絡してみましょう」
「ありがとうございます、ローゼマイン様!」
イタリアンレストランは給仕する側仕えを客が連れて行く店である。つまり、わたしだけではなく、フィリーネとローデリヒにも給仕が必要になる。保護者がわたしで、城住まいの二人にはこういう時に連れて行ける側仕えがいない。わたしは神殿長室にいる側仕えを見回して声をかけた。
「フランはわたくし、ザームはローデリヒ、モニカはフィリーネの給仕として、ロジーナは音楽のために一緒に来てもらってもいいかしら?」
「かしこまりました」
「そういうわけで、今日は大勢でお食事をすることになりました」
神殿長室に詰めているフラン達側仕えは準備のために早目にイタリアンレストランへ向かわなければならない。わたしはフラン達の出発時間に合わせて神殿長室の鍵を閉め、神官長の部屋で執務のお手伝いをしながら護衛騎士と待機していた。
「側近が客で行くというのがよく理解できぬ。同行させる意味があるのか?」
「同行させる意味と言われると困りますね。頑張ってくれているご褒美です。貴族の客を増やすのはお店のためですから、これから売り上げに貢献してもらいますよ。今日は全員わたくしの奢りですけれど」
餞別なので、神官長の分もわたしが払うのだ。わたしの言葉に神官長がものすごく微妙な顔になった。
「君が全員分の支払いをするのか?……私としては君のような幼い女性に払ってもらうつもりはないのだが」
「餞別としてこちらからお誘いしたのですから、わたくしがお会計を持つのは当然ですよ。側近達はいつも頑張ってくれているので、ついでなのです。あくまで今日の主役は神官長ですからね」
そんな話をしているうちに迎えの馬車が来た。神官長と護衛騎士と一緒に馬車で移動する。ダームエルとアンゲリカは神殿から同じ馬車で行くが、貴族街の側近達はそれぞれに馬車で向かうことになっている。フィリーネとローデリヒに関しても城から向かう者と一緒に乗り合って来られるようにお願いしてある。
「足をお運びくださり、光栄に存じます」
フリーダと数人の給仕が跪いて迎えてくれた。挨拶を交わして中に入ると、じっくりと煮込まれているのがよくわかる、口の中に唾が溜まるようなコンソメの匂いが店の中に満ちていた。食堂の方からは音楽も聞こえていて、ロジーナがすでに演奏を始めているのがわかる。
「すでに皆様はお揃いです。これほど貴族のお客様をお迎えするのは初めてですから、店の者がとても緊張しています」
「無理を言ってしまってごめんなさいね。でも、今でなければもっと難しいでしょう?」
今は秋の収穫期が終わった直後で、一年中で市場に最もたくさんの食材が集まる時期だ。冬を越すためにたくさんの食料を食べて肉付きの良くなった家畜が、冬の飼料をギリギリまで節約するために潰されて肉にされている。冬が明けたばかりで食料が乏しい春や他領の商人が来ててんてこ舞いの夏に比べて、今が一番貴族を連れてきやすい季節なのだ。
「それに……彼らが個々に食べに来ると他のお客様に迷惑ですから」
貴族と一緒に食事だなんて普通の平民は遠慮したいだろう。同席して繋がりが作れるのならばまだしも、同じ空間にいるだけで話しかけることもできず、粗相がないか緊張しながら食事をしてもおいしくないに決まっている。貸し切りにして一気に終わらせた方が良いだろう。
「ローゼマイン様のお心遣いに感謝いたします。先日、イルゼのお料理を食べたいとおっしゃったでしょう? 名指しされたイルゼがとても張り切っています」
食堂へ移動すると、よほど楽しみだったのか、どの顔も嬉しそうなのがわかった。おいしい料理には皆を幸せにする力がある。アーレンスバッハに向かう前に神官長にもちょっとくらい幸せを感じてもらいたいものだ。
「こちらへどうぞ、ローゼマイン様」
フランも今日のために準備した服を着て、にこやかに椅子を引いてくれる。わたしは椅子に座らせてもらって、フリーダが今日のメニューを説明してくれるのを聞いていた。護衛騎士として、神官長の後ろに付いているのはエックハルト兄様で、わたしの後ろにはダームエルが付いた。アンゲリカとユストクスは護衛の交代要員として先に食事を摂ることになっている。
「では、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
フリーダが説明を終えて食堂を出ていくと、入れ替わるようにして店の給仕が大皿の載ったワゴンを押してきた。最初にフランがわたしの皿に取り分け、次に主役の神官長のために神官長の側仕えが取り分ける。その後は身分順に座っているので、順番にそれぞれの側仕えが給仕していくのだ。
最初に運ばれてきたのはカブと生ハムのカルパッチョだ。
薄く綺麗にスライスされたカブと生ハムが交互に並んで皿の上に円を描き、花のように広がっている。真ん中には刻んで湯がかれたカブの葉が小さな山になっていて、鮮やかな緑となっていた。カリカリに炒められて全体に散らされているのはニンニクもどきのリーガだろう。
緩やかな曲線を描いて回しかけられているカルパッチョソースは、わたしが教えた植物油に塩と柑橘系の果汁を混ぜただけではなく、そこにみじん切りにされたラニーエやハーブが加えられていて、見た目にもおいしそうになっている。
わたしは皆に対する毒見も兼ねて一口分を口に運んだ。生ハムの塩気とカブのあっさりとした味わいにカルパッチョソースの酸味がよく合って、もっと食べたくなってくる。生ハムとカブの柔らかな歯応えの中にあるカリカリに炒められたリーガは噛みしめると口全体に新しい味を加えてくれた。
「……この料理人はずいぶんと手をかけているのだな。私の料理人が作るソースと違う」
ソースだけをフォークですくった神官長が感心したようにそう言った。
「イルゼの研究熱心なところはすごいですよ。より良い魔術具を作ろうとする時の神官長のようです」
皆も楽しんでいるようで、わたしからは席が離れている下級貴族の方からは楽しそうな声が聞こえてくる。
そして、神官長お気に入りのダブルコンソメが運ばれてくる。非常に手間がかかるので、なかなか食べられる物ではない。
「今日のダブルコンソメも美しいですか?」
「あぁ、格別だ。初めて食べた時の衝撃を思い出す」
神官長が軽く目を閉じるようにしてコンソメの美しさを堪能しているので、わたしは神官長にはそれ以上声をかけず、近くの席にいる上級貴族達に感想を求めた。
「ダブルコンソメはどうですか?」
「ローゼマイン様の考えられたスープだけでも驚きのおいしさでしたが、今日のスープには驚きました。このようなスープもあるのですね」
ブリュンヒルデがそう言うと、レオノーレも何度か頷く。
「何も入っていないように見えるのに、色が濃く、これまでのスープよりずっと味わい深いところが不思議ですね。とてもおいしいです」
「素晴らしさの凝縮されたこのスープはまるでローゼマイン様のようです」
爽やか笑顔を見ればハルトムートが喜んでくれているのはわかるけれど、意味がわからない。わかりたくない。
次に運ばれてきたのはオーブンから出たばかりのラザニアで、大きな皿ではまだぐつぐつと音がしていて、焦げ目の付いたチーズがくぷくぷと動いている。すでに切れ目が入っていたようで、フランは小さな四角に切られたラザニアを取り分けてくれた。
皿に置かれると、ミルフィーユのようにラザニアの間に挟まれていたホワイトソースとミートソースがとろりと解け出したように切れ目から溢れてくる。取り分けるためのカトラリーにとろとろのチーズが細く糸を引いていて、フランがちょっと苦戦しながらチーズを切り離した。
「これは熱いから食べる時には気を付けてくださいね」
注意をしたにもかかわらず、ローデリヒは舌を火傷したらしい。慌てて水を飲む様子が見えた。それを笑って見ていたユーディットは一口目を慎重に冷ましていたのに、二口目をさっと口に入れて慌てて水に手を伸ばし、フィリーネとローデリヒに笑われている。
「賑やかだな」
「食事は賑やかな方がおいしいでしょう?」
「……私にとって食事は生きるために絶対に必要な煩わしいものだったからな」
父親が会食等で不在となり、ヴェローニカと夕食を食べなければならない時はさりげなく遅行性の毒が盛られていたり、一見同じ食事に見えても自分の皿だけ違う食材が使われていたりすることも珍しくなかったようで、城での食事は緊張の連続だったらしい。
「共に食べる必要がないというだけで、朝食と昼食が嬉しかったが、おいしいと思ったことは特になかった気がする」
「ひどい子供時代ですね。その場にわたくしがいたら、ヴェローニカ様は大変なことになっていましたよ」
「馬鹿者。当時のヴェローニカに手出ししていたら、大変なことになったのは君の方だ」
領主夫人に手を出して無事にいられるわけがなかろう、と神官長が言うけれど、刺し違える覚悟ならば行けると思う。わたしの主張にエックハルト兄様がコクリと頷き、「ローゼマインもそう思うか」と呟いた。
「君達がこんなところで似ているとは思わなかった」
深々と溜息を吐いた神官長にコルネリウス兄様が「フェルディナンド様は大変ですね」と慰めの言葉をかける。
「何を他人事のように言っているのだ、コルネリウス? 私がアーレンスバッハに向かった後、ローゼマインとハルトムートともう一人ダンケルフェルガーからやってくる三人を押さえるのは其方の役目だぞ」
「無理難題すぎます」
頭を抱えるコルネリウス兄様の後ろを通って、給仕がメインを運んできた。今日のメインは仔牛のカツレツだ。細かいパン粉にチーズが交ぜられた衣がバターでカリッと香ばしく焼きあげられて、黄金色に輝いているように見える。
わたしはすでにお腹がいっぱいになってきているので、フランに小さめに切り分けてもらった。お皿にはイルゼの特製ソースも盛られている。最初は柑橘系で酸味の強いツィーネをギュッと絞りかけたカツレツを味わい、その後、ソースに付けて食べられるようになっているらしい。
「このツィーネのおかげで、濃厚な味わいなのにさっぱりと食べられるようになるのだな」
神官長はツィーネをかけて食べるのが気に入ったようだが、食べ盛り、成長盛りの側近達はソースの濃厚な味わいの方が気に入ったようだ。
「このソースはどのようにして作るのでしょうね? 初めて食べる味です」
リーゼレータが真剣な顔でソースを睨んでいて、ユーディットも「家族に食べさせたいけれど、我が家の料理人では無理でしょうね」と頷いている。
ちなみに、わたしはさっぱりと食べられるツィーネの方が好きだ。いっそおろしポン酢があればもっと嬉しかったと思う。
そして、メインが終わると護衛が交代だ。アンゲリカとユストクスが戻って来て、エックハルト兄様とダームエルが食事に行った。
「満足そうですね、アンゲリカ」
「デザートがとてもおいしかったです」
アンゲリカの言葉に、周囲の期待が一度に高まった。デザートは栗のような木の実、タニエのクリームを使ったモンブランである。タニエが好物のコルネリウス兄様が漆黒の瞳を輝かせた。
「これは久し振りに食べます。我が家で注文すると母上に嫌な顔をされますから」
アンゲリカの成績を上げ隊のご褒美として果実のクリームのレシピをコルネリウス兄様にあげたのだが、タニエの季節にそればかりを頼んでお母様に叱られたらしい。
「三日連続でこのお菓子を注文した時は、このクリームを作るのに手間がかかって料理人が大変ですし、わたくしは毎日同じお菓子を食べたくありません、と母上から注意されました」
コルネリウス兄様は気に入った物を毎日でも味わいたい人らしい。結構長く一緒にいるけれど、初めて知った。
「タニエのクリームは甘すぎませんから、殿方には比較的食べやすいと思うのですけれど……」
「あぁ、そうだな。だが、女性には少し物足りないのではないか?」
神官長がそう言って、視線をフィリーネやユーディットがいる方へ向けた。カトルカールでも蜂蜜入りを好む二人は、もっと甘い物の方がよかったようだ。ちょっと期待外れの顔になっている。
「ご心配なく。イルゼはちゃんと準備してくれていますよ」
もう一つのデザートが運ばれてきた。ラッフェルパイだ。ラッフェルはこの季節に実るリンゴと洋ナシの間くらいの果物である。パイ生地の上にスライスしたラッフェルを載せて食べるお菓子は以前からあったけれど、バターとお砂糖でラッフェルを炒め煮するレシピはわたしが教えたものだ。
「こちらは結構甘いですから、神官長は味見程度の大きさにしておいた方が良いですよ」
気に入ったら、もう一度取り分けてもらえば良い。神官長は一口食べて、「おいしいが、甘すぎる。確かに一口で十分だ」と言った。
ラッフェルパイを一番気に入っているのは、リーゼレータのようだ。静かに味わっているのでわかりにくいけれど、二回もおかわりしていた。
「今日のお食事には満足いただけまして?」
「あぁ、満足した」
「フラン、神官長のために作った餞別を持って来てくれる? その後は下がって食事をしてちょうだい」
フランがすぐに木箱を持って来て、中身をわたしに渡してくれた。 わたしは片手で持てる程度の大きさの可愛らしい柄の布袋で、一応リボンをかけてプレゼントらしくしている。
「ローゼマイン、この食事が餞別ではなかったのか?」
「食事もそうですけれど、こちらもそうですよ。別に一つでなければならないわけではないでしょう?」
「それは、そうだが……」
奇妙な物を見るような目でわたしを見た後、神官長はわたしが差し出した布袋を手に取った。木箱に入れて運ぶのが普通で包装の文化がないここでは、わたしが手渡したリボン付きの布袋は奇妙な物にしか見えなかったようだ。神官長が布袋を手にして、どのように扱えば良いのかわからないというように首を傾げた。
「このリボンを解いてください。中に入っているのです」
「では、この布袋は何だ?」
「何と言われましても……可愛いでしょう?」
「意味がわからない。一体何のためにこのような面倒なことをするのだ、まったく……」
神官長が眉間に皺を刻んで文句を言いながらリボンを解き、中を覗き込む。信じられないものを見たように神官長が固まった。
「ローゼマイン、これは?」
「レーギッシュの鱗で作ったお守りです。ハルトムートに教えてもらって、わたくしが作ったのですよ」
虹色に光るレーギッシュの魔石を一つあげる代わりに、ハルトムートにシュバルツやヴァイスの服で使われたお守りの魔法陣について教えてもらい、虹色魔石でお守りを作ったのだ。
「肌身離さず持っていれば、きっとお守りしてくれます。どうですか? わたくしもずいぶんと成長しているでしょう?」
ふふん、とわたしが胸を張っていると、神官長は布袋をひっくり返す。5cm以上ありそうな大きさの滴型の丸みを帯びた魔石がころりと神官長の手に転がり出て来た。神官長はそれに薄く魔力を通しながら、検分するようにじっくりと眺める。
「……特に間違いはないようだな」
「ハルトムートが教えてくれましたから。本当は一人で作れたら一番だったのでしょうけれど」
「君が一人で作った物は作動するかどうか不安なので、ハルトムートを頼ったのは間違っていない」
フッと笑いながら神官長がユストクスを見上げると、ユストクスも細長い木箱を持ってきた。
「私からも君に、餞別だ」