Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (449)
証拠品
「服はひどい状態ですが、全員無事でよかったです」
「まさかローゼマイン様が騎士達を率いて助けに来てくださるとは思っていなかったので、本当に嬉しく存じます」
神官長が届けてくれた灰色神官達の服は身食い兵から脱がすのが大変だということで、二人分はすっぱりと前が切られてしまっていた。もう二人分は灰色神官達の逃亡を防ぐために脱がしていたのか、今後の着替えにするつもりだったのか、馬車の中に丸めて置かれていたらしい。
ボロボロの服を着る羽目になった二人は必死に前を掻き合わせて押さえているが、ないよりはマシだ。孤児院に戻ったらヴィルマに頼んで新しい服を出してもらえばいい。
「コンラートが孤児院の窓から門番がさらわれるのを見ていたので、こうしてすぐに助けに行くことができたのです。戻ったらコンラートに無事な姿を見せてあげてくださいね」
「はい」
灰色神官達をレッサーバスの後部座席に乗せ、ユーディットが助手席に座り、急いで神殿へ戻る。
「……ローゼマイン様、わたくし、未成年ですけれど貴族街から出てしまいました。罰則になるのでしょうか?」
灰色神官達を助け終わった今になって、ユーディットは自分が未成年で任務で貴族街から出てはならないことを思い出したらしい。だが、問題はない。
「ユーディットは貴族街を出ていませんよ。何を言っているのですか?」
「え? え?」
「神官長が言っていたでしょう? この件は決して公表しない、と。灰色神官はさらわれなかったし、わたくし達は神殿を出ることもなかったのです」
聖典を盗まれたことを含めて、全てなかったことになるのだ。神殿から出ていないことになるのだから罰則などあるはずがない。
「それよりも、神殿にオルドナンツを飛ばしてくださいませ」
「はい!」
助手席に乗っているユーディットがオルドナンツを飛ばしてくれたので、神殿に到着した時にはレオノーレとフランとヴィルマが出迎えに来てくれていた。
「ヴィルマ、灰色神官達は全員無事です。ただ、服がボロボロなので新しい服を準備してください。それから、今日はもう休めるように配慮をお願いしますね」
「かしこまりました。ローゼマイン様、皆様。彼等を助けてくださってありがとう存じます」
ヴィルマがこの場にいる皆を喜びに綻んだ笑顔で見回した。まるで自分が助けられたような嬉しそうな笑顔だ。
「皆様は彼等だけではなく、自分の身に何かがあったとしても見捨てられるだろうと思っていた孤児達全員の心を救ってくださったのです。心から感謝しています」
ヴィルマの言葉にわたしの側近達が複雑な笑みを返す。ヴィルマと灰色神官達が孤児院へ向かうのを見ながら、ダームエルが小さく呟いた。
「我々はローゼマイン様のご命令に従っただけですから、次に同じことが起こった場合、ご命令がなければ灰色神官達を助けません。それでも、こうして礼を言われるのは嬉しいものですね」
「あら、次もわたくしは同じように命令しますから、助けることになります。それだけは間違いありません」
わたしは自分の側近達を見回しながらそう言った後、報告のタイミングを計っているレオノーレに視線を止めた。
「それで、一体何があったのですか、レオノーレ? ハルトムートが暴走していると聞きましたけれど……」
「見ていただくのが一番早いと存じます」
レオノーレが疲れたような顔でそう言って、神殿長室や神官長室がある場所とは少し違う青色神官の部屋がある方へ歩いていく。わたしの歩く速度に合わせて歩いてくれているので、頭を抱えたくはなるけれど、それほど大急ぎの案件ではないようだ。
「あ、神官長も付いて来てくれるのですか?」
「ハルトムートは私の側仕え達を使っているはずだから無関係ではあるまい。私の側仕えは一人も出迎えに出ていないからな。少々不安だ」
神官長が一緒に来てくれるのは非常に心強い。
「ハルトムートがわたくしの手に負えなかった時は神官長にお願いしますね」
「君の側近だ。君が何とかしなさい」
神官長が突き放した物言いをした時には、目的地に到着したようだ。ある扉の前に一人の灰色神官が立っているのが見える。彼はわたし達の姿を見て、明らかに安堵の息を吐いた。そして、すぐに扉を開けてくれる。
「おや。おかえりなさいませ、ローゼマイン様。見苦しい恰好で申し訳ございません」
くるりと振り返ったハルトムートが非常に爽やかな笑顔を見せてくれた。ぐるぐる巻きになっている青色神官の上に馬乗りになり、おそらくシュタープを変形させた短剣を振りかざした状態で。
そして、ハルトムートの周囲では何人もの灰色神官達が必死になって他の側仕え達を縛り上げている。
……何、これ?
「助けてください、神殿長! 話を終えるとハルトムート様が突然このような暴挙に!」
ハルトムートに押さえこまれている青色神官がわたし達の顔を見て、ジタバタともがきながら助けを求めて来る。次の瞬間、ハルトムートにガッと短剣の柄で殴られた。
「ローゼマイン様に助けを求めるというのはずいぶんと厚かましいと思うのですが?」
「た、たたた、大変申し訳ございませんでした!」
予想外の状況に皆が呆然としていた中で、誰よりも先に叫んだのはレオノーレだった。
「何をしているのですか、ハルトムート!? 情報の流出を防ぐために縛るだけだと言っていたではありませんか!」
レオノーレによると、話を聞くために呼びつけると逃げられたり、貴族へ救援を求められたりする恐れがあるので、ハルトムートは青色神官の部屋を突撃訪問して質問することにしたそうだ。
「確かに情報漏洩を防止することは重要ですから、そこまでならばわたくしも特に何も思わなかったのです」
わたしもレオノーレと同じように、アポイントメントを取るのが当たり前の貴族社会で結構無茶をするなぁ、と思ったくらいだ。
けれど、ハルトムートは質問を終え、貴族女性と関与がないと確信を得た青色神官とその側仕えを縛って拘束して、次の青色神官のところへ行っていたらしい。同行していた神官長の側仕えから「そのようなことをして本当に大丈夫なのでしょうか?」と質問が寄せられ、フランには「青色神官を縛るという仕事が灰色神官達にはとても心地悪いようです」と苦情が寄せられる結果になっていたそうだ。
「そこでローゼマイン様にオルドナンツを送ったのですけれど、まさか青色神官を縛り、武器を振り上げているとは思いませんでした。ハルトムート、貴方は一体何をしているのですか? 何か有益な証拠でもございましたの?」
レオノーレが厳しい眼差しでハルトムートと青色神官を見下ろす。ハルトムートはぞっとするほど冷たい目で青色神官を見下ろした後、わたしの方を向いてニコリと笑った。
「有益な情報は特にありませんでした。ですが、ローゼマイン様のお耳には入れ難い暴言がございましたので、どのような意図と証拠があり、暴言に及んだのか尋ねていたところでございます」
旧ヴェローニカ派の青色神官が口にしそうな暴言など「平民上がり」というものに違いない。これまで神殿内では「まだそのようなことを言っているのですか」と呆れた目で見られる程度で終わっていたが、ハルトムートにとっては武器を振りかざして尋問しなければならない暴言らしい。神官長が「馬鹿馬鹿しい」と呟きながらゆっくり息を吐いた。
「ハルトムート、情報の流出を警戒するのは間違っていない。今回のような場合は特に重要だ。しかし、少々手荒だな。神官長室に青色神官を集めて、見張りを付け、執務をさせなさい。このように転がしている時間が勿体ない。それから、ローゼマインに対する暴言に関する尋問は後日にしなさい。今は時間が惜しい。わかるな?」
「そうですね」
ハルトムートは「後日じっくり行います」と言いながら素直に立ち上がる。神官長は力なく倒れている青色神官を静かに見下ろした。
「青色神官全員へ質問を終えるまでここでこのまま縛られているのと、神官長室でハルトムートの監視下に置かれながら執務をするのと好きな方を選べ」
神官長の質問に青色神官は情けない顔でわたしに助けを求めるような視線を向けて来る。そんな目を向けられても困る。どっちもひどい選択肢だとは思うが、神官長とハルトムートの二人がここまで情報漏洩を気にするのならば、わたしが口を出せることではない。わたしは小さく首を振った。
……助けられないよ、ごめんね。
青色神官は絶望の表情になり、ガクリと項垂れながら「……し、執務をさせてください」と小さく答えた。
「よろしい。そのように取り計らいなさい。ハルトムート、其方が責任を持って彼に執務をさせるように。これから先の青色神官への質問は私が行う」
神官長の言葉を受けて、神官長の側仕えがすぐに動き始めた。青色神官の縛めを解き、神官長室に連れて行く。そして、これまでにハルトムートの指示で縛られた青色神官達にも選択肢を示さなければならない。大忙しだ。
「何か有益な情報はあったか?」
「今のところは特にございません。昼食時に廊下を人が移動するのを感じたという程度です。ただ、青色神官達はローゼマイン様の素晴らしさも、工房で印刷業を行う灰色神官達の価値も、全く理解していないことはよくわかりました。執務の中でそれを教えていかなければなりませんね。では、後はお任せいたします」
ハルトムートはビクビクとしている青色神官を追い立てるようにして、神官長室へ向かう。その背中を見送った後、神官長はわたしを見下ろした。
「さて、これから先は君に対する暴言を吐きそうな青色神官ばかりが残っている。暴走の危険性があるハルトムートを運よく隔離することができたわけだが、誰から行くか……。シキコーザの一族と仲が良かった青色神官はあと三名いる。実家は全て旧ヴェローニカ派だ」
そう言いながら、神官長は三人の名前を挙げる。エグモントという名前を聞いた瞬間、ぴくっとわたしの耳が動いた。
「エグモントです。彼が犯人に決まっています」
「根拠は?」
「女の勘です。彼にはわたくしの図書室を荒らした前科があります」
「馬鹿馬鹿しい。ただの私怨ではないか。全く根拠になっておらぬ」
神官長が眉間に深い皺を刻んでわたしを睨む。でも、わたしは思う。エグモントしかいない。絶対に間違いないのだ。
わたしの主張にコルネリウス兄様が軽く肩を竦めた。
「フェルディナンド様、エグモントから質問するので良いのではありませんか? 違っていても少し順番が変わるだけです」
「ふむ。確かにこのような問答をしている時間が惜しい」
神官長がエグモントのところに向かう気になってくれたところでコルネリウス兄様を感謝して見上げると、コルネリウス兄様はニッと笑ってわたしを見下ろした。
「それに……私はローゼマイン様の女の勘を信用していますよ。どのように幼くても女ですからね」
「ごめんなさい。今すぐに忘れてください、コルネリウス兄様。神官長の言う通り、ただの私怨ですっ!」
神官長のようにツッコミを入れてくれるわけでもなく、含み笑顔で肯定されて繰り返されると、穴を掘って埋まりたいほど恥ずかしくなる。頭を抱えるわたしの肩をコルネリウス兄様が笑いを必死にこらえている顔で軽く叩いた。
「神殿長及び神官長より急ぎの話がある。扉を開けてもらおうか」
「お約束はなかったと存じます」
扉の向こうから側仕えの女性の声が聞こえた。「今日のところはお引き取り下さい」という返事に、神官長がコルネリウス兄様とエックハルト兄様を呼んで、軽く手を振る。
「中に影響がない程度で扉を叩き切れ」
「え? よろしいのですか?」
コルネリウス兄様が困惑した顔で神官長を見上げた時にはエックハルト兄様はすでにシュタープを変形させ、扉の前に立っていた。
「フェルディナンド様、私一人で十分です」
エックハルト兄様はそう言って剣を振り上げると、本当に軽く扉を叩き切った。ピシッと線が入って、扉がゆっくりと部屋の中側に向かって倒れていく。鮮やかな手並みに目を瞬いていると、「コルネリウスに経験を積ませるつもりだったのだが、まぁ、よかろう」と神官長が呆れたように呟いた。
扉が傾いていけば、当然のことだが、中が丸見えになる。何が起こっているのかわからないというように唖然とした顔で倒れていく扉を見ている側仕えの巫女の姿が目に入った。
奥の方には長椅子に座っている青い衣と灰色の衣が見える。
「話があると言ったはずだ」
扉の近くにいた側仕えを無視して、神官長は倒れた扉を踏んですたすたと部屋に入っていく。エックハルト兄様とユストクスが平然とした顔でついて行くので、わたしも慌ててその後ろについて行った。
長椅子の上で側仕えといちゃいちゃしていたらしいエグモントが「うわぁ!」と叫んだ後、神官長の後ろにいたわたしを見つけて叫んだ。
「ぶ、ぶぶ、無礼にも程があるぞっ! 予め、約束を取り付けるという作法も知らぬのか、卑しい生まれ育ちは!」
エグモントの叫びにピリッと周囲の側近達の空気が尖った。
「あぁ、ここにはハルトムートを連れて来なくて正解でしたね」
「えぇ、わたくしも危うくシュティンルークを出してしまうところでした」
コルネリウス兄様とアンゲリカがフフフッと笑う。神官長は冷たくエグモントとその後ろに隠れるようにして身だしなみを整えている側仕えを見下ろしながら、フンと鼻で笑った。
「そこの灰色巫女を側仕えに召し上げる相談をする時は事前に約束を取り付けることなく神殿長室を訪れていた其方が偉そうに言えることか?」
神官長が言っているのはどうやらわたしがユレーヴェで寝ている間の話のようだ。そういえば、リリーが妊娠して、代わりの巫女が召し上げられたという報告を受けた時にそんな話を聞いたような気もする。
神官長の指摘にエグモントは一度言葉に詰まった後、ぐぐっと胸を張り、ビシッとわたしを指差した。
「お前のような小娘が皆を騙していられるのは今の内だ。すぐに化けの皮を剥がしてやるからな」
……あれ?
自分に向かって突きつけられたエグモントの人差し指の隣に、握りこまれているせいで中指に魔石のはまった指輪がキラリと光ったのがよく見えた。家紋のような模様が浮かぶ指輪に目が釘づけになる。
……あんな指輪、前はつけてなかったよね?
左手の中指に指輪をはめるのは洗礼式を終えた貴族の子だ。貴族の子として洗礼式を受けない青色神官は魔術具の指輪を付けない。その他にわたしが知っている、中指に指輪を付けている者は従属契約を結んだ身食い兵である。
「エグモント、その指輪……」
わたしの言葉に皆の視線が指輪に向かう。次の瞬間、わたしの視界は神官長のマントしか見えなくなった。
「え?」
視線を上に上げると、神官長がシュタープを剣に変形させて、振り抜いている体勢だった。
皆が息を呑む音がやけに大きく響く。そして、一拍の時をおいて悲鳴と血飛沫が辺りに飛び、マントの向こうでゴトリと重い物が落ちた音がした。
「あ……ぎゃあああぁぁぁぁっ!」
エグモントの絶叫が上がり、それに続くようにしてエグモントの側仕え達の悲鳴が響く。
「きゃあっ!」
「ひぃっ!」
マントの向こうで何が起こっているのか、想像はつくけれど、わたしの視界には神官長の背中以外は入って来ない。
そんな中、神官長はエグモントに向かってシュタープを構えたまま静かに指示を出し始めた。
「ユストクス、エックハルト。ローゼマインの工房へ向かい、魔術具を! ユーディットとレオノーレはローゼマインの護衛として同行し、部屋で待機。こちらが呼ぶまで出て来るな。コルネリウスとダームエルとアンゲリカは側仕えを全員捕縛せよ」
「はっ!」
エックハルト兄様とユストクスがすぐさま動き始める。エックハルト兄様はフランの肩を軽く叩いて「部屋の扉を開けろ」と言いながら速足で歩いていき、ユストクスは神官長の背中を見上げたまま立ち竦んでいるわたしをひょいっと抱き上げた。
「急ぎますから失礼いたします、姫様。ユーディット、レオノーレ、行きましょう」
「は、はいっ!」
ユストクスはわたしを抱き上げたまま走り始めた。神殿長室はフランによってすでに大きく開けられていた。エックハルト兄様が工房に繋がる扉の前で待機している。
「ローゼマイン、工房を開けてくれ。魔術具を出さねばならぬ」
わたしはすぐに工房を開け、エックハルト兄様とユストクスが通れるように許可を出す。二人は時を止める魔術具を抱えて出て行った。
「大丈夫ですか、ローゼマイン様? お近くでご覧になったのでしたら、気分が悪くなったでしょう?」
レオノーレが心配そうにわたしを覗き込む。わたしはゆっくりと首を振った。
「平気です。わたくし、神官長のマントしか見えなかったので……。レオノーレやユーディットは大丈夫ですか?」
「わたくし達はこれでも騎士ですから」
力強く笑うわたし達の前にお茶とお菓子が出される。ニコラがいつも通りの笑顔を浮かべながら「おいしい物を食べて元気を出してくださいね」と言った。その笑顔に日常が戻って来た気分を感じながら、わたしはそっとお茶に口を付ける。
「何かあったのですか、ローゼマイン様?」
ローデリヒが不安そうな顔で聞いてきた。わたしは「不審な指輪を付けている者が青色神官の中にいました」とだけ答える。
「捕らえるのは神官長と護衛騎士達に任せましょう。わたくしはわたくしにできることをしなくては。下町から新しい情報は入っているかしら?」
犯人を捕まえたり、尋問をしたりするのは、わたし向きの仕事ではない。わたしが頭を切り替えると、フィリーネが即座にメモ用紙を持って報告を始める。
「下町の者からの情報です。神殿の門番がいないため、馬車の中で待たされることになる主のために、オトマール商会へお菓子を買いにくる御者が数人いたようです。4の鐘が鳴るより少し前に最初の御者が来たようです」
オトマール商会のユッテからの情報で神殿の門番がいなくなった時間についての情報が入っていた。それはわたし達がイタリアンレストランに向かってすぐの時間だった。
「それに加えて、本日、貴族の使いらしき男がイタリアンレストランで食事をしたいという申し出があったそうです。ローゼマイン様とフェルディナンド様の来店があるため断ったそうですが、似た雰囲気の男が周辺をうろついているのを店の者が確認しています」
「もしかしたら、その男がわたくし達の動向を見張っていたのかもしれませんね。あまりにもはっきりと不在の時間を把握されていたようですもの」
イタリアンレストランでの不審者の目撃情報についてフィリーネと話していると、今度はローデリヒが報告を始める。
「こちらはギルベルタ商会からです。3の鐘と4の鐘の間に貴族の使いらしき男がやって来て、新しい流行の染め布を所望したそうです。商人を装っていたようですが、物腰、言葉遣い、店員への態度が貴族の周辺にいる者と同じ感じだったそうです。ローゼマイン様が気に入っている布を所望していたと聞きました」
新しい染めに関しては自分の好みを追求していくのが主流となっている。貴族が注文する時は染めの見本を見て、好みのタイプの布を自宅に持って来させ、工房や職人を指名するのが主流になっている。「わたしと同じ」という注文の仕方はフロレンツィア派ではしない。
「何が目的なのでしょう? ギルベルタ商会も何か汚名を着せるような陰謀に巻き込まれている可能性がありますね」
わたしの脳裏に浮かぶのはギルベルタ商会のダプラ見習いをしているトゥーリだ。髪飾り職人であるトゥーリが狙われていることも考慮しなければならないだろう。
そんな報告を受けていると、ほどなく、ユストクスがやって来た。
「姫様、大変恐縮ですが、城まで騎獣を出してほしいとフェルディナンド様が仰せでございます」
馬車で運べなくもないけれど、迅速に、人目につかずに時を止める魔術具とエグモントの側仕え達を移動させるのはレッサーバスの方が都合は良いらしい。レッサーバスならば直接城に入れるけれど、馬車で運ぶとなれば城に入る門で一度検査があるのだ。
わたしは護衛騎士達を引き連れて、城に向かう準備をする。時を止める魔術具と縛られた四人の側仕えを護送するのだ。護衛騎士達が魔術具や側仕え達を乗せていく。神官長がその様子を見ながら、軽く息を吐いた。
「このようなことをさせてすまない、ローゼマイン」
「構いません。わたくしの聖典を取り戻すためですから」
守られているだけのわたしよりも、神官長や護衛騎士の方がよほど大変だ。
「君の仕事は城まで運ぶだけだ。その後はすぐに神殿に戻りなさい。孤児院の様子を見たり、神官長の部屋で執務をするのに拘束されている青色神官を開放したり、することがたくさんあるからな」
側仕えが暴れないように監視のため、助手席にユーディット、後部座席にアンゲリカとレオノーレも乗せて、わたしは神官長の騎獣を追いかけて城に向かった。いつも到着する居住区域ではなく、騎士達が使うエリアへ向かっていく。
「……どこへ行くのでしょう?」
「犯罪者を扱う場所です」
アンゲリカが簡潔にそう言った。到着すると、すでに騎士団の数人が待ち構えていた。護衛騎士達が魔術具を下ろし、側仕え達を下ろしていく間、お父様が軽く頭を撫でてくれる。
「大変なことになったようだな、ローゼマイン。証拠と手がかりは我々が得るので、こちらに任せて少し休みなさい」
「でも、皆が動いているのにわたくしだけ……」
自分だけ休むのは悪い、とわたしが言うよりも先にお父様がわたしの額を軽く弾いた。
「……この後に備えるのが大事だ。青色神官を捕まえたところで終わりではないのだからな。むしろ、始まりだ」