Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (450)
それぞれが見たもの
お父様に諭されて、わたしは時を止める魔術具とエグモントの側仕え達を騎獣から出すとすぐに神殿へ戻った。
エグモントが関わりを持っているのは確実だが、他の青色神官達も多少の関わりがあるかもしれない。わたしは神官長室へ寄ってハルトムートに声をかける。
「ハルトムート、神官長が城へ向かったので、エグモント以外の二人の事情聴取をお願いしても良いかしら?」
「ローゼマイン様のお願いであれば、喜んで」
ハルトムートは神官長の側仕えを連れて出て行く。その途端、ハルトムートの監視下で執務をしていた青色神官達が一斉に肩の力を抜いた。
「気を抜いている場合ではありませんよ。神官長が正式に交代すれば、これが日常になるのですから。しっかり執務に励んでくださいませ」
使えない青色神官などいらぬとスタンスは神官長もハルトムートも同じだが、その対処が放置と排除で大きく違うのだ。神官として神殿入りしなければならなかった神官長と貴族の身分はそのままにわたしのお手伝いという意識で出向しているハルトムートでは神殿や神官に対する意識が全く違う。
ハルトムートは典型的な上級貴族だ。青色神官は貴族院を卒業していないので、自分達と同じ貴族とは考えていない。神殿長であるわたしと神官長を除けば、神殿において最も実家の格が高いせいもあって、青色も灰色も自分より下の身分の神官という枠で一括りにしている節がある。ハルトムートにとって大事なことは就任の挨拶で言っていたように「わたしの役に立つか否か」である。下手したら灰色神官達の方が神殿にとって価値があると思っていても全く不思議ではないのだ。
……それに、この冬を越えても青色のままでいられる神官がどれだけいるかもわからないし。
神官長は旧ヴェローニカ派の粛清があると言っていた。援助してくれる実家がなくなれば、青色神官は青色神官ではいられない。大きく変わるのは貴族の関係だけではない。貴族社会の影響を色濃く受ける神殿も無関係ではいられないのだ。
……貴族院にいる学生達は名捧げをすれば命は助かるだろうけど、小さい子はどうなるんだろう? 孤児院で引き取る? 全員を引き取るのはさすがに予算がきついかな?
でも、貴族を育てていかなければ先々困るはずだ。養父様はその辺りをどのように考えているのだろうか。貴族院に向かう前に一度話し合いが必要かもしれない。
考え事をしながら執務をしていると、ハルトムートが戻って来た。後の二人は特に侵入してきた貴族に関与はなかったようだ。青色神官全員の事情聴取が終わったので、監視も終了である。
「皆の協力に感謝します。もう自室に戻っていただいてよろしくてよ」
青色神官達とその側仕えを開放し、ハルトムートに付き合わされた神官長の側仕えを労って、自室に戻る。その頃にはもう未成年の側近は貴族街へ帰る時間になっていた。
「ローゼマイン様、身辺には十分にお気を付けくださいませ」
心配そうにそう言って、レオノーレ、ユーディット、ローデリヒ、フィリーネが帰っていく。それを見送った後、コルネリウス兄様がゆっくりと息を吐いた。
「私ではローゼマイン様が毒殺されかけてもそれがわからない。身辺に気を付けると言われてもどのように気を付ければ良いのやら……まだまだ未熟だ」
近いうちにエックハルト兄上に教えてもらわなければ、と呟きながら漆黒の瞳に強い光を宿すコルネリウス兄様の肩にハルトムートが手を置いた。
「コルネリウス、ローゼマイン様が毒殺されかけるとはどういう意味でしょう?」
毒殺騒ぎの時にはすでに席を外していたハルトムートの橙色の目がギラリと光る。そういえば、まだハルトムートに偽物聖典の顛末について話をしていなかった。自室に戻り、夕食を摂りながら、わたしはハルトムートに今日あったことを報告する。
「ほぉ、偽物の聖典に毒が塗ってあり、ローゼマイン様も私も毒殺される危険性があった、と。ダールドルフ子爵夫人が持ち込んだのですよね?」
ハルトムートは偽物の聖典に毒が塗られていたことを知り、ひやりとするような笑みを浮かべた。
「まだ完全には決まっていませんよ。せめて、門番の四人から事情を聴いたヴィルマの報告を待ってから断定してくださいませ」
「では、報告が来るまでの間にこの辺りでよく使われる毒物とその対処方法についてお話ししましょう」
ハルトムートはダームエル、アンゲリカ、コルネリウス兄様に向かってよく使われる毒の種類や対処方法をレクチャーし始めた。アンゲリカはしっかりとシュティンルークに魔力を注いでいる。
「ハルトムートはどこでそのようなことを知ったのですか?」
「神殿での執務の合間にユストクス様から教えていただきました。領主一族の側近として持っていた方が良い知識だそうです。今の領主一族は仲が良くて出番はないかもしれない、と言われていたのですが、これほど早く必要になるとは思いませんでした」
そう言いながら、ハルトムートはフランに鍵の保管箱を持って来させた。革の手袋をはめ、聖典の鍵を手に取る。そして、護衛騎士達に説明しながらエックハルト兄様がしていたように色々な薬をかけたり、魔石を当てたりし始めた。
「……ローゼマイン様、この聖典の鍵も偽物なのでしょうか? 姿を映しただけの聖典とは違ってずいぶんと複雑な魔法陣が刻まれているようですが」
「わたくしの魔力で登録されている鍵ではないのですけれど……」
鍵は本物なのだろうか。わたしは首を傾げる。ハルトムートが聖典の鍵を摘み上げ、魔石の部分を凝視する。
「ここに忍び込んだ貴族が魔力だけを登録し直したということはありませんか? それだけでもどこからどこまでが偽物なのか咄嗟には判断できません。聖典が偽物だったので、鍵も偽物だと決めつけて探し回ることになれば、犯人達はその混乱ぶりを嘲笑うことができますから」
ハルトムートの言葉にわたしは鍵を見つめた。精巧な偽物なのか、魔力だけが登録し直された本物なのか、わたしにはわからない。
「……どちらにせよ、聖典が戻らなければこれが本物かどうかも確認できませんね。神官長が戻られるのはいつでしょうね?」
「周囲には内密に、そして、迅速に記憶を覗くとおっしゃいましたから、明日か明後日にはお戻りになるでしょう」
次の日、神官長は戻って来なかった。少しでも多くの情報を集めるためにわたしは四人の灰色神官達を呼んで事情を聴く。
「最初、御者はプランタン商会だと名乗り、エグモント様へ取り次ぐように、と申し出たのです」
でも、門番達はすぐにおかしいと思ったのだそうだ。プランタン商会はいつも同じ御者を使う。馬車も違う。ギルからの連絡もなかった。何よりも御者の態度は貴族寄りのものだった。
「富豪とはいえ、平民です。貴族の子である青色神官に取り次ぎを願い出る場合、プランタン商会もギルベルタ商会もオトマール商会もとても丁寧な物腰です。いいから早く取り次げ、とはおっしゃいません」
門番達が疑問点を指摘すると、ダールドルフ子爵夫人が馬車から少し顔を出し、「お約束はしています。早く取り次ぐように」とだけ言ったらしい。
「私はシキコーザ様にお仕えしていたことがあるので、ダールドルフ子爵夫人のお顔を覚えていました。ですから、すぐに面会予約があるかどうか尋ねて来ると伝えてエグモント様のところへ向かいました」
シキコーザもその親族も灰色神官に対する扱いはひどいものだった。ここで怒らせれば大変なことになると判断したらしい。エグモントに来客があると伝えればきちんと面会予約はできていたようで、出迎えに行くという返事があった。
「門に戻り、面会予約はあったことを門番達に伝え、馬車用の門を開けに行きました。馬車が通った後、門を閉めようとしたところで私達は捕えられたのですが、本当にあっという間のことで、何が起こったのか全くわかりませんでした」
気が付いたら、ぐるぐる巻きにされて馬車に運び込まれていたそうだ。そして、馬車の中で普通の紐で更に縛られたらしい。
「街を出る時に魔力の縛めが消えるから、という言葉を聞いて、自分達が街の外に連れ出されることがわかったのです」
門を通過する時にもがいて兵士の注意を引いてみたが、蹴られたり踏まれたりして痛い思いをしただけでそのまま馬車は街から出てしまった。そして、空っぽの農村には荷馬車と御者の農民が準備されていて、乗り換えるように言われたそうだ。
その際、簡単には逃げられないように服を脱げと命じられ、縛り直されて荷馬車に乗せられたらしい。
「農民の男は金で雇われたようです。契約書に血判を押し、指輪を預かっていました。当初は指にはめる予定だったようですが、彼は魔力がなく指輪の太さを調節できなかったため、紐に通して服の下に隠していました」
その後は荷車に布をかけられて運ばれただけなので、それ以上のことは何もわからないらしい。
「どこへ運ばれるのか、この先どうなるのか、教えてはくれませんでした」
「そうですか。教えてくれて助かりました。ダールドルフ子爵夫人には苦情を申し入れておきましょう」
わたしは灰色神官達に孤児院へ戻るように言う。
「……侵入した貴族の女性はダールドルフ子爵夫人、そして、手引きした青色神官はエグモントで間違いないようですね」
「平民では証言が信用されないでしょうけれど確実でしょう。フェルディナンド様がエグモントの記憶からどの程度の情報を持って帰ってくれるか、が大事ですね」
エグモントの指輪が誰に繋がる物なのか調べることも大事なことだけれど、貴族に通用する証拠を揃えるのにどのくらいの時間がかかるかわからない。犯人がわかっているのに動けないことにじりじりとした焦りを感じている。わたしは少しでも早く聖典を取り戻したいのだ。
「ローゼマイン様、聖典を探すために勝手に飛び出したり、闇雲に探したりはしないでくださいね」
「わかっています」
わかっているから、わたしはこうして神殿でおとなしくしているのである。領主の養女という権力をかざすためにはそれなりの筋道を通すことは必要だ。
「ギルベルタ商会やプランタン商会には勝手に名を使われる危険性について注意を促したでしょう? ギルベルタ商会が不審な貴族の使いに売った布の見本もこうしていただきましたし」
わたしはギルが預かってきた布を広げた。わたしが愛用している布は母さんに注文してから染めてもらうので、すぐには準備できない。似たような雰囲気だけれど、別の職人が染めた布を売ったと聞いている。
「わたくしが気に入っている布を買ってどうするのかしら?」
首を傾げていると、オルドナンツが飛んで来た。「フェルディナンドだ。これから戻る。護衛騎士を集めておけ」と簡潔な言葉を残して白い鳥は黄色の魔石になる。
「ダームエル、護衛騎士に集合するように伝えてください。ザームは神官長室に連絡をお願いします」
「かしこまりました」
「結論から言うと、十分な証拠が得られた」
城から戻り、神官服に着替えた神官長が部屋にやって来た。その時には言われていたようにわたしの護衛騎士達も集合している。どの顔も緊張して厳しい顔つきになっている。
「今回の件はエグモントの実家の問い合わせから始まったようだ」
神官長は静かに話し始めた。エグモントは実家から神殿長と神官長がいない日がないか問われたらしい。城にも出入りしている二人なので、不在の期間はそれなりにあるけれど、それがいつなのかという情報が入る立場ではない。
そんな質問があった数日後、神殿長と神官長が不在になることが業務連絡として通知される。イタリアンレストランに向かう給仕も連れて行くため、神殿長室が完全に閉鎖されるということで通達がされたのだ。
「エグモントはすぐに実家に伝えた。そして、実家を通して送られたのがダールドルフ子爵夫人の面会依頼だった」
ダールドルフ子爵夫人から「不在の日時を指定した面会依頼」がやってくる。実家の力関係を考えても断れるわけがない。エグモントはすぐに了承の返事を出したそうだ。ダールドルフ子爵夫人からお願いがあるそうだけれど、なるべくそれを聞くように、と実家からの念押しもあった。
「内密のお願いがあるので、当日はプランタン商会と名乗って向かいます、と書かれた手紙を受け取っていた。指示通りに燃やされて処分されているので、これを証拠品とすることはできなかったが」
当日、エグモントは一体何があるのか、と緊張しながら待っていた。そんな中、門から到着が知らされ、出迎えに出たそうだ。
「エグモントの記憶に出て来たのは間違いなくダールドルフ子爵夫人だった。そのときすでに灰色神官達は馬車に捕らえられていたようだが、エグモントは灰色神官が四人誘拐されたことは知らなかったようだ」
ダールドルフ子爵夫人に「神殿長室に残っている側仕えも理由を付けて外へ出してほしいのです。神殿で手荒なことはしたくありませんから」と言われ、エグモントは側仕えを確認に向かわせた。ちょうどニコラとギルとフリッツの三人が孤児院へ向かうところだったそうだ。エグモントはそのまま三人を孤児院に引き留めるように側仕えの一人に命じた。
そして、別の側仕えに命じて、側仕え用の部屋の方から忍び込ませ、内側から神殿長室の鍵を開けさせ、聖典の鍵を持って来させる。鍵の置場はどこも大して変わらない。筆頭側仕えが管理していると決まっているのだ。
側仕えが鍵の保管箱を探している間にダールドルフ子爵夫人は聖典を入れ替えた。拳ほどの大きさの魔術具を聖典に当てると、本物とそっくり同じ物ができあがる。
「わたくしの息子が殺されることになり、わたくしの一族がアウブから疎まれることになった原因はあの平民上がりの子供なのです。少し復讐するくらいは許されるでしょう?」
そう言ってダールドルフ子爵夫人が聖典を偽物に入れ替えた。その場で見ていたのに、どちらがどちらかわからないほどに精巧な偽物だった。
「これで周囲を騙して領主の養女となった忌々しい子供が秋の成人式や冬の成人式で慌てる姿が見られるでしょう。本物の聖典が失われていることに気付いた時にはもう遅いのです。誰がどのように入れ替えたかもわからなくなっているに違いありません」
ダールドルフ子爵夫人はクスリと毒を秘めた笑みを見せた。そして、エグモントの側仕えが持って来た鍵の保管箱から一つの鍵を取り出して握り込む。彼女の魔力を登録し直すことで聖典の鍵まで偽物だと慌てさせるのだそうだ。
「あの子供も、後見人をしている神官長のフェルディナンド様も管理不行き届きを責められ、何がしかの処分を受けることになるのです」
聖典の入れ替えを通じて、儀式の場で神殿長に恥をかかせる。そして、あわよくば神殿長の座から引きずり下ろすのだとダールドルフ子爵夫人は言った。
エグモントはその状況を想像して、思わず笑ってしまう。平民上がりの青色巫女として神殿に入って来たくせに神殿長となって偉そうにしている子供が、儀式の場で偽物の聖典だということに気付いて慌てふためくのだ。それはとても楽しみな光景ではないだろうか。
前神殿長が亡くなってから、寄付金の分け前は減ったし、祈念式や収穫祭に向かううまみもぐっと減ってしまった。少しは溜飲が下がるだろう。
「儀式の場がどのようになったのか、ぜひわたくしにも教えてくださいませ」
ダールドルフ子爵夫人がエグモントに背を向けて、偽物の聖典を一度そっと撫でた後、鍵の保管場所に戻した。
「聖典の入れ替えを終わらせたエグモントとダールドルフ子爵夫人は、侵入した痕跡を残さないように最大限の注意を払って神殿長室を出て、エグモントの部屋に移動した。そして、契約魔術を結んだのだ」
部屋を移動したダールドルフ子爵夫人は聖典を入れ替えた時に起こることや処分について話をし、「あの子供が神殿長を降ろされたら、次の神殿長には貴方を推薦しましょうか。これほど協力いただきましたからね」と笑った。
「エグモントは愛想笑いをしながら、貴族の言葉など信用できるものではないと考えていた。だが、そんなエグモントの気持ちを見透かしたように、ダールドルフ子爵夫人は一枚の契約書を取り出したのだ」
言葉だけでは信用できないでしょうから、と言って、彼女は契約書と指輪を出した。その契約書には確かに「次の神殿長にエグモントを推薦する」という文章があった。
「契約魔術を交わせば、少しはわたくしの言葉も信用できるでしょう、と言われ、エグモントは次期神殿長という響きに舞い上がった。契約書に名を記し、血判を押して契約魔術は完了だ。そして、信頼の証として魔石のはまった指輪が贈られた。これで貴方も貴族の仲間入りですね、と言われたのだ」
貴族の子は洗礼式で魔石のはまった指輪を親から贈られる。青色神官で自分の指輪を持っていないエグモントはダールドルフ子爵夫人に渡された指輪を当然のように左手の中指にはめた。
「魔石の指輪ですから、これで貴方も自分の魔力を扱うことができるでしょう。後はあの周囲を騙している平民上がりの神殿長が引きずり下ろされるのを待っていれば良いのです」
ダールドルフ子爵夫人にそう言われ、エグモントは指輪の魔石を見ながらにんまりと笑う。二人で平民上がりの神殿長を散々こき下ろしてすっきりしたところで、ダールドルフ子爵夫人は聖典を抱えて騎獣で帰っていった。
馬車だけは別行動をさせて、周囲に自分が神殿に行ったことがわからないように細工するらしい。痕跡は残していない。静かに秋の成人式を待てば良い。
「そして、部屋で祝杯を挙げているところに、我々が力ずくで入り、捕まったということだ。君に対する暴言は散々ダールドルフ子爵夫人に言われたことに加えて、酒を飲んで気が大きくなっていたせいもあるようだな」
神官長はそう言ってゆっくりと息を吐いた後、わたしを見て、皮肉な笑みを浮かべた。
「ローゼマイン、覚えているか? ビンデバルト伯爵が養子縁組と偽って従属契約を結んだ時のことを」
ディルクの契約書は二重になっていて、デリアが養子縁組と信じて交わした契約は従属契約だったはずだ。
「まさか……」
「あぁ、契約書は二重だった。エグモントが結んだのは従属契約で、指輪は身食い兵と同じ物だ。用が済めば消される。……早めに確保できて幸いだった。青色神官であるエグモントの記憶は動かしようのない証拠となり得る。ダールドルフ子爵夫人とその一族は確実に処分できる。また、エグモントがはめていた指輪の紋章がゲルラッハの物であったため、そちらの関与も明らかだ」
神官長は「冬がとても楽になった」と唇の端を上げる。旧ヴェローニカ派を捕らえるのにも有効な証拠らしく、かなり機嫌が良い。お父様も報告を受けた養父様も「よくぞ罠を切り抜けた」と褒めてくれたそうだ。
「今回は君の女の勘というよりも、本に対する執着に驚かされた。この件は君の違和感から発覚したものだからな。気付かなければ大変なことになっていたであろう」
「わたくしの本に対する執着が少しでも理解できたのでしたら、早速行きましょう」
わたしが立ち上がると、神官長は眉間の皺を深くしてわたしを見る。
「ローゼマイン、どこへ行く気だ?」
「聖典を取り戻すのですよ。他に何をするのですか?」
ダールドルフ子爵夫人が持ち去ったとわかって、貴族達が納得できる証拠が挙がったのだから、聖典を取り戻しに行く以外にすることなどないだろう。わたしの言葉を聞いた神官長はまるで馬鹿にするように片方の眉を上げてわたしを見た。
「質問と答えが噛み合っていない。私はどこへ行くのか、と聞いているのだ。聞かなくてもわかる君の目的など一言も聞いていない」
「ダールドルフ子爵夫人がいそうな場所です。まずは、貴族街の館。そこにいなければ、ダールドルフの夏の館へ突撃です。どこまで追いかけたとしても、わたくしの本は必ず取り戻します。絶対に逃がしません」
わたしがグッと拳を握って宣言すると、神官長も立ち上がった。
「確かに聖典は取り戻さねばならぬ。では、ダールドルフ子爵の館に向かうとしよう。歯向かう者は片端から縛り上げて行け。誰がどのような記憶を持っているかわからぬからな」
わたしは聖典を取り戻すため、神官長や護衛騎士達と一緒に貴族街にあるダールドルフ子爵の冬の館へ突撃した。
しかし、時すでに遅く、ダールドルフ子爵夫人は死んでいた。