Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (451)
ダールドルフ子爵の館
ダールドルフ子爵夫人を捕らえるに足りるだけの証拠をじりじりとした気分で待っていたわたしは、神官長の「よし」を聞いて神殿長室を飛び出した。護衛騎士に加えて、「神殿長であるローゼマイン様にとって大事な聖典を取り戻すのは、神官長として大事な務めだと思うのです」と主張するハルトムートも一緒だ。
「わたくしの本は取り戻さなければなりませんものね」
「はい。聖女に聖典は必要不可欠です」
こういう時のハルトムートは心強い味方である。わたしは魔力で身体強化を更に強めながら全速力で走って外に出た。外に出た時点で息が上がって、すでにぜいぜい言っているが、ここでへこたれるわけにはいかない。
……聖典を取り戻すためなら、わたし、ブラッディカーニバルの開催も辞さないよ!
騎獣に乗りこんで、ガシッとハンドルを握り、さぁ、行くぞ! と勢い込んだところでわたしは動きを止める。困った。すぐさま聖典を取り戻しに行きたいのに、ダールドルフ子爵の館がわからない。
「あの、神官長。ダールドルフ子爵の館はどこですか?」
「え? ローゼマイン様は場所がわからないのに飛び出したのですか!?」
「聖典を取り戻そうという心意気が大事なのですよ、ユーディット」
周囲の護衛騎士達がガクッと肩を落とす中、わたしの全速力に早歩きで対応できる神官長が呆れた顔になりながら騎獣を動かし始める。
「君は私の後について来なさい。先に行かれたら非常に面倒なことになりそうだ」
ダールドルフ子爵の館は騎士によって見張られていたようで、到着と同時に二人の騎士が神官長のところへやって来て、「やはりこちらにいらっしゃるのは子爵夫人だけのようです」と騎士が囁いた。
イルクナーからほど近いダールドルフは南の方でまだ雪が降っている地域ではない。家族はまだ夏の館にいるらしい。
「少しでも累が及ぶのを避けるためか、邪魔が入らないように一人で行動しているのか……」
神官長がそう言いながら騎士達に次の指示を出しているのを横目で見つつ、わたしは玄関扉の前に立ち、ハルトムートに玄関扉のドアノッカーを叩いてもらう。
……自分でノックしたら「淑女たる者……」って神官長に怒られるからハルトムートに任せるのであって、ノッカーに手が届かない我が身が憎いなんて思ってないよ。思ってないからね!
高い位置にある牛っぽい動物のドアノッカーを睨みながらそう思っていると、扉が開いた。目を丸くした筆頭側仕えらしき真面目そうなおじさんが側近達を見回し、わたしに視線を止めて、何度か目を瞬く。
「ローゼマイン様ではございませんか。ギーベはまだこちらにお戻りではございませんし、奥様からもお約束があるとは伺っていないのですが、一体どのようなご用件でしょう?」
捕縛するつもりで来ているのだから、アポイントメントを取って訪問するわけがない。筆頭側仕えにわたしはニコリと微笑む。
「わたくし、ダールドルフ子爵夫人にお会いしたいのです。お部屋に案内してくださる?」
「お約束のない方をお通しすることはできません。それはご存知でしょう、ローゼマイン様?」
丁寧な物腰で、しかし、厳格な顔でそう言われ、わたしはすぐさまその側仕えをシュタープの光の帯で縛り上げた。歯向かう者は縛り上げても良いと神官長に言われているのだ。聖典を取り戻そうとしているわたしの邪魔をする者は縛り上げてポイである。
「ローゼマイン様!?」
突然縛り上げられ、バランスが保てずにバタリと床に倒れた筆頭側仕えは何が起こったのかわからないような顔をしている。わたしはもう一度側仕えに問いかけた。
「ねぇ、ダールドルフ子爵夫人のお部屋はどちらかしら?」
「お答えすることはできません」
縛られていても側仕えは頑なに口を閉ざす。素晴らしい職業意識だ。いくら聞いても無駄だろう。わたしはこの男から聞き出すことをすぐさま諦めた。縛り上げた男の横を通ってさっさと館の中に入る。
「教えていただけなくて残念です。でも、貴族の館は似たような作りですもの。主の居住区域を片端から調べて行けばわかることですね」
「当主不在でお約束もない中、使用人をこのように縛り上げて他人の館に入るなど、いくらローゼマイン様が領主の養女とはいえ、このような不作法が許されるとお考えですか?」
縛られて転がされていても、強い光を宿す目で彼はわたしを見上げて意見した。床に転がった彼を見下ろして、わたしはクスッと笑いながら体中に魔力を満たしていく。
「あら、嫌だわ。これがダールドルフのやり方でしょう? ダールドルフ子爵夫人は約束をしていないにもかかわらず、主が留守の神殿に門番を縛り上げて侵入し、わたくしの大事な物を盗んだのです。わたくしはわざわざダールドルフのやり方に合わせているのですから、貴方に非難される覚えはありません」
「なっ!?」
大きく目を見開く男を魔力で軽く威圧する。あくまで軽く。この男はわたしの敵ではない。大事な情報源だ。
「ダールドルフ子爵夫人のお部屋はどちらでしょう? 答えてくださる?」
「う……うぐっ!?」
軽くしか威圧していないはずなのに、彼は泡を吹いて意識を失ってしまった。
……まぁ、いいか。
彼が意識を失おうともわたしがやることは変わらない。わたしは女主人の部屋がある三階を目指して階段をよいしょ、と上がり始めた。
「ローゼマイン、騎獣を使った方が良いのではないか?」
苛立たしそうに神官長がそう言った時、突然上の方でドン! ドドン! と貴族の館ではあり得ないような音が響いてきた。
「何だ!?」
「女主人の部屋の方からだ。急げ!」
「ユーディットとアンゲリカはローゼマインに付いていろ!」
わたしの護衛を二人だけ残して神官長が護衛騎士達を率いて階段を駆け上がっていく。わたしは急いでレッサーバスを出して乗り込み、皆を追いかけた。
「エックハルト、やれ!」
「はっ!」
護衛騎士達がシュタープを構える中、エックハルト兄様が剣で扉を叩き切って蹴破るところでわたしはちょうど皆に追いついた。
次の瞬間、吐き気を催すような生臭い臭いが部屋から流れて来る。扉の前に立っていた神官長とエックハルト兄様が大きく目を見開くのがわかった。
「下がれ、ローゼマイン!」
「はいっ!」
鋭い声にわたしはその場を飛び退くようにレッサーバスを後退させる。部屋の中が見える位置にいるコルネリウス兄様とダームエルの顔色も悪い。
「何があるのですか?」
「死体です。派手に血飛沫が飛び、血だまりができている床の上に女性がおそらく三人死んでいます。三人ともほぼ頭が吹き飛ばされたような状態ですね」
「ひゃうっ! そこまで詳しい説明はいりませんでした!」
わたしはすぐさま顔を伏せてきつく目を閉じる。わたしの考えるブラッディカーニバルはそこまで血みどろではない。
……想定以上のブラッディカーニバルが終了してたよ!
「我々に気付いて自殺か。思い切りが良すぎるだろう」
神官長が溜息を吐きながら部屋に踏み入っていく。ユストクスとエックハルト兄様、そして、わたしの側近の男性達がそれに続く。女性騎士は、部屋の中が見えない廊下の隅でがくがくぶるぶるしているわたしの護衛として残された。
……本物のブラッディカーニバル、マジ怖い。
「ローゼマイン様、こちらはダールドルフ子爵夫人が残した手紙のようです」
ハルトムートが持って来てくれたのは書き殴りに近い物だった。一族への恨みと「わたくしの記憶は渡しません。探せるものならば探してみなさい」というとても挑戦的な言葉が書かれている。
聖典が見つからなければ、シキコーザが処刑される原因となった神殿長と神官長の顔に泥を塗ることができ、領地に一つしかない聖典を失ったアウブを困らせることができる。それが叶っただけで満足なのだそうだ。
シキコーザが処刑された時の家族の言動に絶望したようで、一族が滅んでも原因となったわたしや神官長に復讐したかったようだ。点々と血が飛んで模様のようになっている紙からも激しい憎悪と感情が伝わってくる。
「……一族は完全に巻き添えですね」
「一緒に死んでいた側仕えもそうでしょう。記憶を読まれないようにしていますから、今回の企みに側仕えも加担していたのだと思われます」
自分だけではなく、今回の聖典の入れ替えに関わった者を殺したらしい。これではすぐに聖典が見つからないに違いない。
「聖典の行方がわからなくなりましたね」
ダールドルフ子爵夫人を捕らえればわかると思っていたが、その手掛かりが完全に消えてしまったのである。どこに聖典があるのか、全くわからない。
「ダールドルフ子爵夫人の突発的な自殺から考えても、我々の動きは予想外だったのでしょう。まだこの館に残っている可能性やどこかに移動させたとしても痕跡が残っている可能性があります」
ハルトムートはそう言ったけれど、何の手がかりもなく聖典を探すのはとても難しいと思う。ダールドルフ子爵の助力がなければダールドルフ子爵夫人の隠し部屋は開けられないし、あの職業意識の高そうな使用人達から証言を取るのも難しいだろう。片端から記憶を覗くという方法もないわけではないが、それでは今回の件が公になるに違いない。
……どうしよう? ダールドルフ子爵に快く聖典探しを手伝ってもらわなきゃダメなんだけど、手伝ってくれるわけがないよね?
「ローゼマイン、外の騎士にこちらを手伝うように声をかけ、護衛騎士を連れて城へ行ってくれないか。アウブとの面会を取りつけ、事情を説明し、ギーベを呼び出すのだ。私はこの場の保存と情報収集を行う。死亡は確認したが、この死体が本当にダールドルフ子爵夫人かどうかも確認しなければならぬ」
神官長は指示を出した後、またダールドルフ子爵夫人の部屋へ戻っていく。ここで考え込んでいても聖典は出てこない。わたしはすぐさま養父様に「急ぎで面会したいです」とオルドナンツを飛ばし、リヒャルダにも城に戻ることを伝えるオルドナンツを飛ばす。そして、外を見張っている騎士達に神官長のお手伝いを頼んで、自分の護衛騎士達を引き連れて城へ向かった。
聖典が盗まれたこととエグモントを捕らえたことは神官長が人払いをして報告しているし、エグモントの記憶を探る中でお父様からも報告がされているせいだろう。養父様はわたしのオルドナンツで緊急事態が起こったことを悟ったようだ。城に着くとすぐに養父様から呼び出され、執務室に到着した時にはすでに人払いがされていた。
「何があった?」
養父様が鋭い深緑の目でわたしと護衛騎士達を見回す。わたしは一歩前に進み出て、口を開いた。
「ダールドルフ子爵夫人とその側仕えが亡くなりました。記憶を読まれないように頭を吹き飛ばして自殺したそうです」
「何だと?」
わたしは部屋の惨状を見ていないので、神官長に教えられた通りに言うしかない。伝言を聞いた養父様はきつく目を閉じた後、ゆっくりと息を吐いた。
「至急ギーベを呼び出し、一族の関与を調べて処分しなければならぬ。……冬の予定が狂うな」
旧ヴェローニカ派の処分は冬に行うと言っていた。今回、ダールドルフの一族を処分すれば、旧ヴェローニカ派に何らかの影響があるだろう。それが冬の予定にどのように関わってくるのかが読めない、と養父様は渋い顔になる。
「養父様、ダールドルフの一族全員を処分するのですか?」
「聖典を盗み、領主の養女の暗殺未遂を行ったのだ。連座は当然ではないか」
「当然……なのかもしれませんけれど、そのように連座で直接の罪がない者を処分していけば、今のユルゲンシュミットと同じで貴族が不足し、領地の経営が立ち行かなくなるのではありませんか?」
粛清のやりすぎで国の運営がうまくいかないほど貴族を殺すなんてバカじゃない? と言っていたことを自分達でするのは更にバカな行為だと思う。
「……では、どうしろと言うのか?」
「シュツェーリアの盾で敵意や悪意の有無を確認し、名捧げで縛って、一族を存続させることはできませんか?」
アウブにはアウブが動かさなければならない魔術具があるように、土地を治めるギーベにもギーベが動かさなければならない魔術具がある。魔力圧縮方法で魔力が上がっている者は増えたけれど、エーレンフェストにそれほど貴族の余裕はないはずだ。
「貴族院の子供達は名捧げで連座の処分を免れるのでしょう? ならば、敵意の有無が確認できた場合、大人も名捧げで処分を免れる救済の道があっても良いと思うのです」
わたしの言葉に厳しい顔で首を横に振ったのは、養父様ではなく、騎士団長であるお父様だった。
「だが、それではこれまで連座で処分された者に示しがつかぬ」
「お父様、一族の一人が敵意を持っていても全員が敵意を持っているとは限りません。罪は個人のものにしてくださいませ。そうでなければ、悪意や憎悪の連鎖は止められないと思います。シュツェーリアの盾で敵意の有無が調べられるのですから、不必要な処分で悪感情を相手に持たせるのは止めましょう」
相手が腹の中で何を考えているのかわからないのならば仕方がないかもしれないけれど、シュツェーリアの盾を使えば相手が敵意を持っているかどうかがわかるのだ。積極的に使用して、助けられる貴族を増やした方が良いと思う。
「だが、領主一族の暗殺未遂でそのような生温い処分は……」
「お父様、お忘れですか? 聖典さえ戻れば、この件はなかったことになるのです。ならば、大っぴらに罪に問う必要もありません。秘密裏に名捧げをして終了です」
わたしの言葉に養父様が少し考え込み、何かを見極めるようにじっとわたしを見つめた。養父様の領主の顔に思わず背筋が伸びる。
「ローゼマイン、ダールドルフ子爵夫人に暗殺未遂までされた其方が何故そこまでダールドルフの一族を庇うのだ? ここで放置すれば、また同じような目に遭う可能性もある。潰しておくのは其方の安全のためだぞ」
「一族を救済する道があった方が真剣に聖典を探してもらえるからです」
使用人からの事情聴取、ダールドルフ子爵夫人の隠し部屋の捜索や屋敷内を調べることに関しても、すでに処分が決まっているとなればどれだけ真剣にしてくれるかわからない。でも、救済の道が示されていれば真剣さが全く違うはずだ。一族総出で探してくれるだろう。
ダールドルフ子爵夫人のことを全く知らないわたし達が闇雲に探すよりも交友関係や性格や好みを知っている人達が探す方が、きっとよほど効率が良い。
「今の時点で敵意がない者を処分するのは悪手です。救済の道を示して、精一杯働いてもらうのが一番だと思います」
処刑をすれば簡単に不安の種を取り除くことができるかもしれないけれど、不利益も大きいと思うのだ。連座で一族全員が処分されるとなれば破れかぶれになる者もいるかもしれない。でも、救済の道があると知れば、一族や土地を守ることを役目とするギーベは何とか一族を救おうとするはずだ。
わたしの主張にお父様は呆れた顔をしたが、養父様はニッと面白がるように唇の端を上げた。
「……いいだろう。正直なところ、旧ヴェローニカ派を排除して貴族の数が減りすぎるのは頭が痛い問題だったのだ。其方の風の盾を使って篩をかけ、救済の道を示してやろう」
聖典が盗まれたということは公にしたくないので、ダールドルフ子爵との話し合いは内密に行わなければならない。養父様は子爵の館に移動すると言った。こっそり抜け出すので、ある部屋で待ち合わせをすることになる。
「アウブは側近を撒いてくるとおっしゃいましたけれど、どのようにすれば側近を撒くことができるのでしょう?」
不思議そうな顔でレオノーレが言ったけれど、わたしも養父様の抜け出し技は知らない。言われた通りの部屋で待機しながら外を眺める。待ち合わせに指定されたのは客用の部屋で、大きなバルコニーの向こうは明るく晴れていた。
「待たせたな。行くぞ」
扉が開いた気配もないのに、突然養父様とお父様が現れた。
「お二人とも一体どこから出て来たのですか?」
「使用人が使う近道と領主にしか使えぬ脱出口の合わせ技だ。其方等には真似できぬ」
ふふん、と胸を張って言っているが、そんなことで胸を張って良いのだろうか。呆れるわたしの前で、養父様がバルコニーに繋がる掃き出し窓を大きく開けて振り返った。
「さぁ、ローゼマイン。其方の騎獣を出せ。私の騎獣では目立つからな。私とカルステッドは其方の騎獣に乗っていく」
確かに三つ頭の獅子はアウブだけが使う騎獣だ。目立つし、アウブが移動しているのが丸わかりになる。わたしはレッサーバスを少し大きくして養父様とその護衛騎士であるお父様を乗せた。
「おぉ!」
養父様は目を輝かせてあちらこちらを覗き込んでいるが、助手席にユーディットがいるので、これでも領主らしい威厳を忘れないようにかなり控えめにしているようだ。ユーディットがいなければ質問攻めだっただろう。
二人にシートベルトを締めてもらって、わたしはレッサーバスで駆け出した。
「アウブ・エーレンフェスト、これは一体何事でしょう?」
アウブからの緊急の呼び出しを受け、騎獣で戻って来たダールドルフ子爵とその跡取りが自宅の客間に領主がいるのを見て大きく目を見開いた。驚くだろう。その領主は透き通った半球状の盾の中にいるのだから。
「其方の妻は神殿に侵入して盗みを働いた。聖典を偽物と入れ替え、毒物を塗り、ローゼマインの暗殺を謀ったのだ。証拠もある。私は以前、ローゼマインに二度と関わらせるなと言っておいたはずだ。一族が大事ならば何故其方は妻を放置したのだ、ギーベ・ダールドルフ?」
養父様の言葉にギーベ・ダールドルフはその場に慌てて跪き、真っ青に顔色を変えた。唇を震わせ、小さく震えている。その隣に跪いた次期ギーベと思われる男性がギリッと奥歯を噛み締め、父であるダールドルフ子爵を非難する。
「だから、言ったではありませんか、父上。彼女は感情的すぎて貴族としての振る舞いがおかしい、と。シキコーザのような出来損ないのために一族全員が害を被る前にどこかに幽閉でもしておいた方が良い、と。母上亡き後、私はあの女を第一夫人として遇するのも反対だったのです」
「其方は次期ギーベか?」
「……イェレミアスと申します。あの女がこのような不祥事を起こすまでは次期ギーベでした」
イェレミアスはやり場のない怒りを呑み込んだような顔をした後、全てを諦めたように笑った。
「まだ次期ギーベかもしれぬぞ」
養父様の言葉にイェレミアスの目が見開かれ、居住まいを正す。ギーベ・ダールドルフも養父様を見つめた。
「エーレンフェストの聖女は非常に慈悲深い。罪はその者だけのものであるべきだ。他の者が連座で命を失わずにすむ方法がないか、と私は嘆願されたのだ」
「まさか、本当に……そのようなことが!?」
驚愕してわたしと養父様を二人が見比べる。何かに騙されているのではないか、と考えているような顔をしていた。ここで疑われていても話が進まない。わたしはなるべく聖女らしく見えるような笑顔を浮かべて口を開く。
「ギーベ・ダールドルフ、わたくしは盗まれた聖典が戻ればそれで良いのです。ダールドルフの一族全てに累が及ぶことは望んでいません」
わたしの聖女らしい笑顔は成功したのか、二人は驚きと歓喜と希望に満ちた顔になってわたしを見上げた。しかし、訪問と同時にわたしに縛られて威圧された筆頭側仕えは驚きと疑いと不安に満ちた顔になっている。
……別に騙してるわけじゃないから、余計なことは言わないでね。
わたしがニコリと微笑みかけると、彼は怯えたように肩を震わせ、一歩後ろに下がった。
「だが、いくら嘆願されたとはいえ、これまで連座で処分を受けて来た者のことを考えれば無条件にローゼマインの要求を受け入れるわけにはいかぬ。それは理解できよう」
養父様は二人を見ながら、ゆっくりとした口調でそう言った。
「連座を避けるためには、聖典を取り戻した上で敵意や悪意がないことを確認し、アウブである私に名捧げをしなければならぬ」
「な、名捧げでございますか?」
「あぁ、そうだ。生半可な覚悟ではできぬ。だが、ギーベ・ダールドルフと次期ギーベであるイェレミアス、其方等二人に名を捧げる覚悟があるならば、私はその覚悟に免じて今回の罪をダールドルフ子爵夫人個人のものとするつもりだ」
名捧げは本来このように条件を出されてするようなことではない。そして、名を捧げ、縛られるということの意味を知っていれば、そう簡単には決意はできない。二人がゴクリと唾を飲む音が大きく響いた。