Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (452)
聖典の行方
名捧げは己にとって唯一の主に命懸けの忠誠を誓うことである。生殺与奪の権利を主に委ね、自分が絶対的な臣下であることを示すものだ。時流が変わったからと主を変えることはできない。
「アウブ・エーレンフェスト、私は……一族を救う道を示してくださったアウブに感謝と忠誠を捧げたいと存じます」
イェレミアスの決意の後、しばらく沈黙していたダールドルフ子爵がグッと拳を握る。きつく目を閉じたダールドルフ子爵が跪いたまま、首を垂れた。
「……アウブ・エーレンフェスト、私にはできません」
「父上!?」
ダールドルフ子爵の言葉にイェレミアスが大きく目を見開く。わたしもギーベが一族を救う道を自ら断つとは思わなかった。驚きに目を見張るわたし達の前にダールドルフ子爵は苦しそうな呻き声を出した。
「私には捧げるべき名がもうないのです」
ダールドルフ子爵はすでに誰かに名を捧げていたらしい。神官長や自分の側近達から名捧げは滅多にしないと聞いていたのだが、そうではなかったのだろうか。わたしは不思議な気分でダールドルフ子爵を見下ろす。
「捧げる名がないのならば、ダールドルフは……」
「ですが! 一族のためにできるだけの誠意をお見せいたします。聖典を必ず探し出し、我々に敵意も悪意もないことを証明いたします」
だから、連座を回避する道を塞がないでほしいと懇願する。養父様はダールドルフ子爵を睨むように目を細めた。
「……誰に名を捧げた? それによっては信用できぬ」
「ヴェローニカ様でございます」
アーレンスバッハから嫁いできたものの、エーレンフェストに馴染めなかったガブリエーレは自分の忠臣達とその子等に名捧げを強要したのだそうだ。自分の子供を盛り立て、守るために裏切らない臣下を必要としていたらしい。
「アーレンスバッハではエーレンフェストに比べると、名捧げが頻繁に行われているそうです。ガブリエーレ様と共にアーレンスバッハからやって来た母親に、名も捧げられぬ臣下など信用できない、と言われて育ちました」
ダールドルフ子爵が名を捧げられる年齢になった頃、名を捧げる対象として母親から名前を挙げられたのはヴェローニカとゲオルギーネの二人だった。まだ養父様が生まれる前の話らしい。
ダールドルフ子爵はすでに領主の第一夫人となっていたヴェローニカを名捧げの対象としたそうだ。
「では、其方と同じようにアーレンスバッハの血に連なる者は名捧げをしているということか? 母上や姉上に」
「はい。ライゼガングに対抗するため、アーレンスバッハの血を引くヴェローニカ様を盛り立て、結束を固めなければならなかったのです」
旧ヴェローニカ派の中心となっている中級貴族達が派閥の鞍替えをしない理由がわかって何とも言えない気分になった。どうやらアーレンスバッハとエーレンフェストでは名捧げにも大きな違いがあるようだ。
「其方、我が子には名捧げはさせなかったのだな?」
「ヴェローニカ様がライゼガングを抑えられる程の権力を握り、結束を固める必要がないほどに派閥が大きくなっていたため、特に必要を感じませんでしたから。……アウブ・エーレンフェスト、私にできる限りのことはいたします。どうか我が一族に慈悲を……」
懇願するダールドルフ子爵を静かに見下ろしていた養父様が軽く手を振った。
「盗まれた聖典を取り戻せ。全てはそれからだ。其方等の働き、じっくりと見せてもらう」
「恐れ入ります」
連座に関しては一度棚上げとなった状態で、聖典の捜索が始まった。ダールドルフ子爵はすぐさま周囲の貴族達に「先に貴族街へ向かったはずの妻の行方が知れないのだが、何かご存じであれば教えてほしい」と次々とオルドナンツを飛ばした。そして、ダールドルフ子爵夫人の魔石を持って来て、死体が本人のものであることを確認する。その後は神官長が要求するままにダールドルフ子爵夫人の隠し部屋を開け、好きなように中を探してほしい、と言った。
「ローゼマイン様、聖典とはどのようなものでしょう? 使用人達にも捜索を命じるつもりですが、私はあまり間近で拝見したことがございません。おそらく使用人達にもわからないと存じます」
どのような装丁でどのような大きさなのか、わたしは聖典について説明をする。筆頭側仕えが使用人達に指示を出し、館内の大規模な捜索が始まった。
ダールドルフ子爵が次々と帰って来るオルドナンツの対処を始めたので、わたしはイェレミアスに自分達が知っている限りのダールドルフ子爵夫人の行動について話をした。
イェレミアスは「本当に何ということを……」と怒りを露わにしながらも、聖典を探すために色々と質問をしてきた。
「聖典は何に使うのですか? 使用目的によってどこに隠されたのかが変わってくるかもしれません」
「聖典は儀式の時に使います。わたくしは祝詞を覚えているので、なくても儀式はできます。けれど、領地に一つの聖典ですから失われるのは困るのです。次の神殿長が祝詞を覚えるためにも必要でしょう? エグモントの記憶や書き残された紙によると、わたくし達を困らせるために盗んだようです」
「儀式で使う以外に特に使い道はないのですか?」
……わたしには全く必要ない使い道だけど、王様になるための手引書っぽいよ。
「それ以外には特に使うところはございません」
わたしの答えにイェレミアスが難しい顔をしたところで、館内の捜索に向かっていた筆頭側仕えと神官長達が戻って来た。館中をひっくり返す勢いで聖典を探したけれど見つからなかったそうだ。
わたしが違和感を覚えなければ、聖典が入れ替えられたことが発覚するのはずっと先のことだったはずなので、まだ手元に置いてあるのかもしれないと思ったけれど、聖典は館のどこにもなかったらしい。
「どこかに移動させている確率の方が高いな。ダールドルフ子爵夫人は転移陣を持っているのか?」
「いいえ、彼女自身は持っていませんし、我が家で管理している分に関しては許可を出していません」
暗殺や襲撃等を警戒した結果、人を移動させる転移陣は領主でなければ設置することができない。そして、領主が独断で設置できる転移陣の転送範囲は領地内に限られる。貴族院と行き来するための転移陣のように領地を跨ぐ転移陣には王の許可が必要だ。
そして、物を移動するための転移陣も転送範囲は領地内だけで領地間を跨ぐことはできない。正確には両方の領主が納得し合って設置すればできないことはないのだが、あまり転移陣を設置しているという話は聞かない。代替わりや時代によって状況が変わった時に面倒が起こる可能性が高いのだそうだ。
そして、神官長が使っていたように、個人で使用可能な転移陣は送るための陣と受け取るための陣が対になっていて、基本的に一方通行である。おまけに、送受どちらかに作成者の魔力がなければ動かせないとか、受取先の許可がなければ送れないとか、色々な制約がある。危険物が突然送り付けられる事態を警戒した結果らしい。
つまり、何らかの方法で転移陣を手に入れていたとしても送り付けられる先はエーレンフェスト内に限られる。
「ギーベ・ダールドルフ、夫人の交友関係で聖典を必要としそうな者、そのような危険な物を預かれるほどの交流がある人物は誰だ?」
旧ヴェローニカ派について調べていた神官長がダールドルフ子爵夫人の交友関係を知らないわけがない。わざわざダールドルフ子爵に尋ねるのは、本当に協力する気があるのかどうか試しているのだろう。
「ギーベ・ゲルラッハかと存じます。彼と妻は共にゲオルギーネ様に名捧げをした同士なのです。ですから、こうして一族から隠れて聖典を手に入れるのでしたら、ゲオルギーネ様のためなのかもしれません。ギーベ・ゲルラッハは文官上がりのギーベですから、個人で転移陣を作成することも可能でしょう」
「ふむ」
ダールドルフ子爵の答えに神官長は満足そうに頷いた。神官長が持っている情報との食い違いはないようだ。
「だが、彼女が普段使う部屋にも、隠し部屋にも、側仕え達の部屋にも転移陣はなかった。転移陣がなければ転送はできぬ。ギーベ・ゲルラッハ以外で、誰かに渡したということは考えられぬか?」
「……奥様はこちらの館に戻ってから全くと言って良いほどに外出していらっしゃいませんでした。どなたともお会いしていません」
筆頭側仕えがそう言った。子爵夫人の部屋はバルコニーもないので、騎獣でこっそり出入りすることもできないらしい。
そんな筆頭側仕えの証言に加えて、ダールドルフ子爵の元へオルドナンツで集まって来た情報も彼女は外に出ていないというものだった。エグモントを捕らえて城へ連行した時に神官長が騎士を監視に付けたので、当日の閉門頃から外出していないのは間違いないらしい。
エグモントの記憶にある神殿を出た時間と筆頭側仕えが覚えている貴族街の館へ戻る時間はほとんど同じだった。他所に行っている時間はほとんどないし、聖典を抱えたままうろうろとするのは危険すぎると思う。
……転移陣もないし、どこにも外出していないなんて……。貴族街に入る前はあんなに精力的に動いていたみたいなのに。
自分の手下だと思うけれど、イタリアンレストランやギルベルタ商会で情報を集めたり、布を買ったりしていたはずだ。あれには一体何の意味があったのだろうか。ダールドルフ子爵夫人の行動について色々と考えていたわたしは筆頭側仕えを振り返った。
「そういえば、ギルベルタ商会の布が届いたのはいつですか?」
聖典以外にも確認しておかなければならないことを思い出して質問する。下町関係が巻き込まれる可能性のある布に関する情報も集めておいた方が良いだろう。
「ギルベルタ商会の布でございますか?」
「えぇ。ダールドルフ子爵夫人の使いと思われる方がエーレンフェストの新しい流行である染め方の布をギルベルタ商会で購入しています。聖典を手に入れるのと同じ日に、普段は利用しない商人から布を買っているので何か関連があるのではないかと思ったのですけれど……」
わたしが筆頭側仕えにどのような布を購入したのか説明すると、思い当たることがあったのか、あぁ、と声を出した。
「布が届いたのは奥様がお戻りになられるより前のことでした。お昼頃に奥様からの注文を届けに来た商人がいました。見知らぬ商人でしたが、奥様の筆跡の手紙が一緒だったので、お金を払って商品を受け取りました。その布は午後に側仕えが持ち出しています」
「え?」
午後ということはダールドルフ子爵夫人が戻ってからの時間ではないか。もし、側仕えがギルベルタ商会の布に包んで聖典を持ち出したのであれば、聖典のいざこざにギルベルタ商会が確実に巻き込まれるだろう。
「その側仕えは一体どこへ向かったのですか? その布に包まれて聖典が持ち出された可能性はありませんか?」
わたしの言葉に皆が一斉に筆頭側仕えへ視線を向ける。馬車の手配をしたのは筆頭側仕えだったようだ。すぐに答えが返って来る。
「側仕えを乗せた馬車は城へ向かったと記憶しております」
「城ですか!?」
思わぬ場所が出てきて、わたしは目を丸くした。城へ聖典を持って行くだろうか。それ以前に布を持って行ってどうするというのだろうか。
首を傾げるわたしの前でイェレミアスがハッとしたように顔を上げた。
「……フェルディナンド様の結婚祝いだ」
「え?」
「フェルディナンド様の結婚祝いの贈り物として布を城に届けておけば、ギーベ・ゲルラッハを通すことなく、他の者に怪しまれることなく、アーレンスバッハへ荷を運ぶことができます。もし、ゲオルギーネ様に聖典を届けたいのであれば、最も怪しまれないやり方ではないでしょうか」
領主候補生の結婚だ。アーレンスバッハからも色々な贈り物が届くけれど、エーレンフェストからもたくさんの贈り物を持って行く。各地のギーベやたくさんの貴族からの贈り物は冬の社交界を前にすでにあちらこちらから届いていて、どんどんと積まれていく部屋があるのだそうだ。
「新しいエーレンフェストの染め布ならば、結婚の贈り物として相応しいと思われます。女性向けの布であれば、アウブ・アーレンスバッハやフェルディナンド様ではなく、ディートリンデ様やゲオルギーネ様へ間違いなく届くでしょう」
すでに製法を売ったリンシャンや卒業式の贈り物として貴族院へ持って行くことが決まっている髪飾りと違って、新しい流行であるし、聖典が入る大きさの箱が準備できる。そして、お菓子などと違って春に出発する時まで城に置いていても腐ったり傷んだりしない。
新郎から花嫁に新しい布を贈るのはよくあることなので、誰も疑問に思わないだろう、とイェレミアスが言った。
……そういえば、アウレーリアに布を贈ろうとした時に、本当はランプレヒト兄様が贈る物だとブリュンヒルデに教えてもらったっけ。
やっと見つけた手がかりに、わたしはすくっと立ち上がった。
「城へ行きます」
ダールドルフ子爵達には騎士の見張りを付け、他の手がかりがないか探してもらうことになった。神官長は城の文官に「結婚祝いの確認をするために城へ向かう」とオルドナンツを飛ばす。わたしは神官長に同行して、贈り物が積まれている部屋でギルベルタ商会の布探しだ。
城に到着すると、すぐに神官長が使っている執務室へ向かう。そこではオルドナンツを受け取った文官が待っていてくれた。いつも城での執務を手伝っている文官らしい。神殿に来ることはない側近だそうだ。
「結婚祝いの贈り物を確認されるということなので、鍵を預かってきました。フェルディナンド様がわざわざ確認しなくても、命じてくださればこちらで確認したのですが……」
忙しいのに自分でやるべきことを増やさなくても、と文官は少し不満そうに言った。神官長の仕事を減らそうと努力してくれている文官らしい。
「皆から結婚祝いがたくさん届いているとアウブ・エーレンフェストより連絡があったのだ。確かに面倒に思えるが、冬の社交界ではそれぞれに礼を述べねばならぬし、返礼も必要になる。何をもらったかも知らずに礼を述べるわけにもいかないであろう? 神殿の儀式がない今の内に確認しておかねばならぬ」
贈り物が置かれている部屋の鍵を文官からにこやかな作り笑いで取り上げながら、神官長は次々と仕事を積み上げていく。
「贈り物の確認にはユストクスとローゼマインを同行するので、其方はこちらの仕事に励むと良い」
「フェルディナンド様、ローゼマイン様を同行するのに私の同行は許されないのですか?」
残って仕事をしろ、と言われた文官が恨めしそうに神官長を見る。
「わたくしの我儘なのです。ディートリンデ様やレティーツィア様への贈り物をしたいと思ったのですけれど、すでに各地のギーベから贈り物が届いているでしょう? 同じような物を贈るわけにはいかないので、どのような贈り物があるのか確認したいと思ったのです。貴族院へ向かうまであまり時間がなくて急なことになってしまってごめんなさいね」
わたしが文官に詫びると、神官長は「そういうことだ。こちらも時間がないのだ」と踵を返す。
ちらりと振り返ると、文官は一人寂しく肩を落としながら書類を手に取っていた。
「……何だか可哀想ですね。一人だけ残って執務だなんて」
「仕方があるまい。仮に探し物があった時にどう説明するつもりだ?」
「それはそうなのですけれど……」
わたしはレッサーバスで神官長の隣を歩き、贈り物が保管されている部屋にたどり着いた。神官長から預かった鍵でユストクスが扉を開けると、すでにたくさんの贈り物が積み上げられているのがわかった。
「木箱がたくさんありますね」
「品物を剥き出しにしておくと、馬車に運ぶ際に汚れる可能性もあるからな」
積み上げることを考えても木箱に入れておくのが一番良いらしい。
「さっさと探しなさい。どのような布か、知っているのは君なのだからな」
ギルベルタ商会で売られた布を知っているわたしが確認係だ。自分の側近達に木箱を持って来てもらい、中を覗く。その際、神官長も誰に何をもらったのか、きちんと確認することになった。
「確認が終わった箱はこちらに積んでいってください。未確認の箱と交じらないように気を付けてくださいね」
護衛騎士達が流れ作業のように木箱を持って来てくれる。神官長はそれを一つ一つ確認し、ユストクスが書き留めていく。わたしは新しい染め布が出た時だけじっくりと確認する。
似たように見えても同じ染めの布はないのだ。
「フェルディナンド様、これです! ギルベルタ商会が売った布!」
いくつか見た後、わたしは見覚えのある布を発見した。母さんが染める布によく似た花の模様の布が入っている。春に届けられて仕立てるのにちょうど良いように夏の貴色が使われた布だ。
「軽く毒物の検査はされているが、手を触れる前に確認しなさい。聖典を入れ替える時の毒が付着している可能性がないわけではない」
神官長の言葉に、わたしの護衛騎士達がハルトムートの指示に従って毒物検査を始めた。それを見ていたユストクスが「教えたことをしっかり覚えているのですね」と感心したように呟く。
特に毒が付着していないことが確認されたので、わたしは布を取り出そうとした。
「お、重い……」
芯に巻かれた布は大きくて重くてわたしは箱から取り出すこともできない。レオノーレとアンゲリカに取り出してもらい、ついでに、ぐるぐると布を剥がしてもらう。
「……あら?」
布を剥がしたら聖典が出てくると思ったのだが、出て来たのは木箱だった。
「また箱ですね」
「芯として使うには非常に重いですよ、この箱。中に何かが入っているのは確実です」
二人はそう言って、布を巻く芯の部分に使われている箱を開けてくれる。動かないように布が詰められた木箱の中にわたしの聖典があった。
「ありました! わたくしの聖典!」
「触る前に毒物の検査をさせてくださいませ、ローゼマイン様」
「全く同じ外見の物に毒が塗られていたのをお忘れですか?」
二人に叱られて、わたしはまたしても毒の検査が終わるのをそわそわしながら待つ。
「これで触っても大丈夫ですよ、ローゼマイン様」
木箱の中に入った聖典を取り出したハルトムートが持ちやすいように差し出してくれた。目の前に出された聖典をわたしは胸に抱き締める。表紙や装丁をよく見て、くんくんと臭いを嗅いで確認した。
「フェルディナンド様、見た目といい、匂いといい、重さといい、これはわたくしの聖典に間違いありません」
わたしが確信を持って、神官長を見上げて笑うと、神官長は不気味な物を見るような目でわたしを見下ろした。
「そのようなことで間違いないと確信を持てる君が気持ち悪い」
……何ですと!?
「本に対する愛があればこのくらいできます」
「そうか。だが、どうでも良い」
神官長はそう言って軽く手を振りながら、ゆっくりと息を吐いた。
「それにしても、今回はずいぶんと手の込んだことをしてくれたものだ」
「これがアーレンスバッハで見つかったら神官長がエーレンフェストの聖典を盗んだと思われるところだったかもしれませんよ」
わたしの言葉に神官長はゆっくりと首を振る。
「いや、アーレンスバッハに盗人の汚名を着せようとエーレンフェストが画策したと非難されるところだったのだ」
「どちらも大して変わりませんよ。妙な計画は潰したのですから」
聖典は見つけたのだ。失点にもならず、今回の件はなかった事としてすませられるし、神官長が嵌められる可能性も潰した。
「今回の件、ゲオルギーネ様に繋がる証拠はないのですよね?」
「今のところ、どれもこれもダールドルフ子爵夫人が個人で行ったことだからな。アーレンスバッハにいるゲオルギーネに繋がる証拠は全くない。エグモントの指輪がなければ、ギーベ・ゲルラッハにさえ繋がらなかったくらいだ」
ゲオルギーネが裏にいるのは間違いないのだろうけれど、用心深いというか、厭らしいというか、非常に面倒な相手である。
「だが、聖典は見つけた。私も君も失点を作らずにすんだし、毒殺も未然に防いだ。この布を回収しておけばギルベルタ商会が巻き込まれることもあるまい。次期ギーベ・ダールドルフがアウブに忠誠を誓うことになったし、結果としては上々だったのではないか?」
「わたくしが最初に違和感に気付いたからですね。いっぱい褒めてくれてもいいですよ」
途中はあまり役に立っていなかった気がするので、わたしは自分がお手柄だったところを強調しておく。
「そう言われると認めたくなくなるのだが、まぁ、そう言えなくもない」
「それ、褒めてないですよね?」
「君が自分の失点にならぬように立ち回っただけだ。改めて褒めるようなことではあるまい」
神官長に褒めてもらえなかったけれど、聖典とギルベルタ商会の布は無事に回収できた。
その後も神官長にこき使われながら贈り物を全て確認した。
やることを終えたので、わたし達は神殿に戻った。鍵を使って聖典を開けることで、鍵が本物かどうか確認しなければならない。鍵の保管箱に残っていた聖典の鍵は本物だったようで、わたしの魔力を登録すると問題なく開けることができた。
表紙を開いたところには相変わらず魔法陣と文字が浮かんでいる。神官長にも聖典が本物であることが確認できたので、すぐに養父様とダールドルフ子爵へ報告した。
「無事に取り戻しました。それから、問題が起こると困るのでギルベルタ商会の布も回収させてもらっています」
名捧げや連座のあれこれは養父様の仕事なので、わたしが首を突っ込むことではない。聖典を探すため、頑張っている姿を見てくれているし、アーレンスバッハ系の貴族に関する情報も色々ともらったので、おそらくダールドルフの一族に関しては悪い結果にはならないと思っている。
「聖典が戻ってよかったですね。一時はどうなることかと思いました」
神殿でやきもきしながら待っていてくれたフランが戻って来た聖典を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。わたしは大きく頷いて、もう一度聖典を抱き締めた。
「おかえりなさい、わたくしの聖典」