Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (455)
閑話 忙しい冬の始まり
「コルネリウス、少し殺気立っていますよ。もう少し抑えなければ相手にも伝わります」
初めて貴族院の学生とは違う、成人した騎士の装束で臨む冬の社交界だ。始まりの宴を前にがやがやとしたざわめきが多い大広間の中、甘えるように微笑んで寄り添ったレオノーレに小声で注意される。私はゆっくりと息を吐き、ギーベ・ゲルラッハから視線を離した。
本音を言うならば、すぐにでもギーベ・ゲルラッハの満足そうな顔を蹴り飛ばしてやりたいが、今はその時ではない。捕らえるだけの証拠がなく歯噛みしていたこれまでとは違う。確実に捕らえられるだけの証拠はある。ここで勘付かれる方が面倒だ。私は努めて微笑みを浮かべ、レオノーレを見た。
「気を付けるよ。今度こそは、とどうしても気が立ってしまう」
「どうしても緊張感は高まりますからね」
今年は粛清を控えているので、その予定を知っている騎士達は静かに見えても鋭い目をしているし、旧ヴェローニカ派の貴族達は夏にやってきたアーレンスバッハの客人の話やアーレンスバッハへ向かったフェルディナンド様の話で盛り上がっている。要注意人物が間違いなく出席しているか、こちらの動きに気付かれていないか、目を配らなければならないことはたくさんある。
「今年もまた土の女神 ゲドゥルリーヒは命の神 エーヴィリーベに隠された。皆が共に春の訪れを祈らねばならぬ」
アウブ・エーレンフェストの声で宴は始まり、急遽フェルディナンド様がアーレンスバッハへ向かわれたこと、ハルトムートが新しく神官長として神殿でローゼマインを支えていくことが述べられた。
アウブの言葉が終わると、洗礼式とお披露目である。今年は春に洗礼式を終えたメルヒオール様がお披露目に参加する。メルヒオール様はローゼマインのフェシュピールを気に入って、お稽古をローゼマインと一緒にしていた。
壇上では神殿長のローゼマインと新しく神官長となったハルトムートが洗礼式の準備をしている。ハルトムートに手を取られ、一段高いところに上がったローゼマインが声を上げた。
「新たなるエーレンフェストの子を迎えましょう」
これまではフェルディナンド様に挨拶や神話の語りを任せていたローゼマインが、今年は声を増幅する魔術具を使って自分で語るようになった。幼い声で神話を語る。聖典入れ替え事件を知っている者を混乱させる狙いもあり、聖典は使われず、閉じられたままだ。
「ローゼマイン様は少し顔つきが変わられましたね。……張りつめた空気を感じて心配だとリヒャルダが零していました」
「それだけフェルディナンド様との別れは影響が大きかったのだろう」
別れが決まり、二人だけで工房に籠ったあの日からローゼマインとフェルディナンド様の関係は唐突に変わった。ローゼマインは躊躇いなくフェルディナンド様への親愛を口にするようになったし、話をする時の距離が明らかに近くなった。護衛をしていれば、危険がないように主の側に付くので相手との距離感は如実にわかる。
そして、お互いに贈り物をし合っていた。結婚等で領地を離れる者が親しい者に物を贈るのはそれほど珍しいことではない。残す物を処分するという意味合いもある。だからこそ、餞別としてイタリアンレストランで食事をするというのはどうにも理解できなかった。けれど、側近を労うのと同じようにこれまでのフェルディナンド様を労うということで納得はできた。
……もっと理解できないことが起こったから。
イタリアンレストランでローゼマインとフェルディナンド様は魔石のお守りを贈り合ったのだ。お互いに相手を驚かせようと思った結果らしいが、よほど過保護な親でなければあれほどのお守りは贈らない。
ローゼマインが幼い子供ではなく、成人女性だったならば、求婚だと周囲は完全に思うだろう。正直なところ、いくら気が進まない王命の政略結婚とはいえ、婚約者であるディートリンデ様に贈った魔石よりよほど上質で魔力が籠っているのはどうかと思う。そんな上質な魔石があるならば先に婚約者に贈れ、と思ったのは私だけではないはずだ。
「まさかフェルディナンド様があのような簪を贈られるとは思いませんでしたからね」
「エックハルト兄上は、フェルディナンド様はこれまでにもたくさんのお守りをローゼマインに与えているのに何を今更、とか、誰に何を渡すかは周囲が口出すことではない、と言っていたけれど、常識では考えられないだろう?」
全属性の虹色魔石が五つもついた簪に全く動じなかったのは、エックハルト兄上とユストクスとハルトムートくらいだ。他のローゼマインの側近は皆で目を見張っていた。もらったローゼマインも驚いていたけれど、「五倍返し」と呟いていたので、私達とは驚きの種類が違うと思う。
「それにしても、ローゼマインがあれだけフェルディナンド様の魔石を身に着けていて、ヴィルフリート様は何も思わないのだろうか?」
結婚すると夫婦は魔力の質が似通ってきて、生まれた子供はその親の影響を受けた魔力を持つ。だからこそ、自分の妻となる女性が父親以外の男の魔力をまとうのは不愉快になるものだ。たとえ保護者という立場にいても、父親でもない他の男の魔石をレオノーレが身にまとっていれば私は「すぐに外してくれないか」と言いたくなるほど不愉快極まりない気分になると思う。
「ローゼマイン様がフェルディナンド様に守られているのは当たり前のことだとヴィルフリート様は最初から思っていらっしゃるのでしょう。不愉快に思う年頃や関係になられたらヴィルフリート様もご自分の魔石を贈るようになるのではありませんか?」
お父様に贈られたお守りを少しずつ未来の旦那様にいただく魔石に変えていくのも女性の立場では嬉しいものですよ、とレオノーレが胸元にそっと指を伸ばした。そこに自分が贈った魔石があるのを知っている。
「それに、実際、フェルディナンド様のお守りがないと困りますもの。まさかあれだけの祝福ができるとは存じませんでしたから」
レオノーレの言葉に私はローゼマインがフェルディナンド様に贈った祝福を思い出した。館を図書館にしても良いと鍵を譲られ、その喜びであふれた魔力をそのまま使った祝福だと本人は言っていた。
けれど、これまでの「神に祈りを!」と叫んで魔力を放出する祝福ではなく、シュタープを使って魔法陣を描いた全属性の祝福である。フェルディナンド様でさえ見たことがないと言った神殿長だけが知っている魔法陣。神々の名を唱えるたびにそれぞれの貴色に輝き、虹色の祝福の光が降り注いでいた。非常に幻想的で感嘆の溜息が出た。あの光景を見て、ローゼマインを聖女ではないと否定することはできない。
ハルトムートが興奮しすぎて、非常に鬱陶しかった。いや、今も興奮は冷めていないようなので鬱陶しさは続いている。
私は全属性の祝福を初めて見た。存在するのは知っていたけれど、成功例は本の中で読む程度のもので、普通は行うことではないし、命の属性が邪魔になって成功するものではないと思っていた。
「……あれだけの祝福ができるのですもの。エーレンフェストの聖女を欲しいと思わない領地はないでしょう。アウブがあの祝福に関しては他言無用とおっしゃいましたけれど、ローゼマイン様は感情が昂ぶられると祈りを捧げ、祝福することが身に染みついているようです。どこで祈りを捧げるのかわかりませんし、誰が目撃してローゼマイン様を狙うのかわかりません」
貴族院でも何度か感情の昂ぶりに任せて祈りを捧げるのを我慢して倒れていた。ユレーヴェで魔力の固まりが解けた分、倒れることはなくなったと聞いているが、祝福を漏らすことがなくなるとは聞いていない。
「そう考えてみると、フェルディナンド様が図書館でエーレンフェストに縛ろうとしたのも、虹色魔石のお守りを贈ったのも、あながち大袈裟ではなかったのかもしれないな。私自身が貴族院で付いていられないのが心配でならないよ」
旧ヴェローニカ派の子供達との関係がどのように変化するのかも心配なところだし、ローゼマインが何をするのか見当もつかないところも怖い。毎年王族が絡んでくるのだ。今年もきっと何か起こると思う。
「貴族院ではわたくしができるだけ気を配ります。コルネリウスはエックハルト様がおっしゃったことを覚えなければならないのでしょう? そちらを頑張ってくださいませ」
「あぁ、エックハルト兄上の優秀さを改めて見せつけられたよ」
私は軽く肩を竦める。アンゲリカに勉強を教えることで勉強するようになり、ローゼマインの魔力圧縮方法で魔力を伸ばし、おじい様にしごかれ、剣舞にも選ばれ、貴族院で連続して優秀者として表彰された。ローゼマインの護衛騎士としてかなり力を付けたと思っていたが、エックハルト兄上に比べるとまだまだだと思い知らされたのだ。
「主の周辺に置かれる毒物に関しては側仕えの領分ですからね」
「だが、主を守るという点で護衛騎士も知っておかねばならない、と言われれば反論のしようはない。それに、アンゲリカの俊敏性やダームエルの緻密な魔力の扱い、ユーディットの遠距離攻撃、レオノーレの魔獣や戦術知識のように特化したものが私にはないのだ」
一見、何でもできるように見えるけれど、私は何に関しても誰かに負ける。これだけは負けないと言えるものがない。
「そのように落ち込まなくても、平均的にどれでもできるというのも十分強みだと思いますよ。コルネリウスは苦手なものがないように克服してきたのです。それは素晴らしいことでしょう? それに、魔力自体はコルネリウスが一番多いですよ」
レオノーレが小さく笑いながら慰めてくれる。自分を補佐してくれ、これまでの努力を認めてくれる言葉にホッとした。
「レオノーレ、春になったら一緒に館を片付けないか? エックハルト兄上の館をいただいたのだ」
エックハルト兄上が亡くなったハイデマリーと住んでいた館だ。アーレンスバッハへ向かうので、私が譲り受けることになった。
「ただ一室だけはエックハルト兄上のために置いておくことになっている。大事な物を保管しておきたいと言っていた」
アーレンスバッハがどのようなところなのかわかるまで、本当に大事な物は持って行かない方が良いとフェルディナンド様に言われたらしい。エックハルト兄上はハイデマリーとの思い出の品を一室に詰め込んで行った。
「家具を選ぶのは家にいる時間が長い女性に選んでもらった方が良いとランプレヒト兄上に言われたのだが……」
「コルネリウス、ご自分の館へのお誘いは正式な求婚を終えてから、とエルヴィーラ様に教えられませんでしたの?」
レオノーレが「言いつけますよ」と少し不満そうに唇を尖らせる。けれど、藍色の瞳にはからかう色が濃くて、母上に言いつけるようなことはしないのがわかる。
「レオノーレが卒業式を終えた後、かな?」
「楽しみにしていますね」
ふふっとレオノーレが笑った時に、メルヒオール様の演奏が始まった。ローゼマインが作曲してフェルディナンド様が編曲した春の女神に捧げる曲だ。ローゼマインが懐かしそうな顔でその曲を聴いていた。
洗礼式とお披露目は特に何事もなく終わった。ローゼマインが聖典を開かないことで、偽物の聖典ではないか、と騒ぐ貴族が出ることを期待していたのだが、そのようなこともなかった。肩透かしを食らった気分だ。
始まりの宴の後からローゼマインが貴族院へ向かうまでの期間は子供部屋に通う毎日となる。新しく洗礼式を終えた幼い子供達からの挨拶を受け、ローゼマインは子供部屋の運営に目を光らせている。お菓子を賞品として子供達のやる気を引き出し、メルヒオールの側近達に注意点を述べたり、モーリッツと教育課程の見直しをしたり忙しい。ローゼマインはその合間に自分の復習も行っている。
ヴィルフリート様は率先して子供達と遊んでいる。ゲームを盛り上げたり、勉強に切り替えさせたりするのが上手い。メルヒオール様はまだ領主候補生としての意識は薄いようで、ヴィルフリート様が遊んでくれるのを喜んでいた。
シャルロッテ様はフロレンツィア様と一緒に連座処分を受ける子供達を生活させるための場を整える仕事をしているようで、子供部屋には最初の挨拶に来ただけで姿を見せていない。
子供達の生活の場はローゼマインの助言を受けて孤児院を参考にするそうだ。これまで考えられていた個室ではなく、複数人で使える部屋にして、同じ立場の者同士が慰め合ったり、話し合ったりできるように作り変えていると聞いている。
……ニコラウスも一度は入ることになるのだな。
私はローゼマインの背後に控えながら、こちらを時折ちらちらと見てくるニコラウスを見た。母親のトルデリーデがヴェローニカ様に名捧げをしていて、今はどちらかというとゲオルギーネ様寄りなのだ。
母上の話によると、父上との結婚が決まるまではヴェローニカ様の側仕えだったらしい。ヴェローニカ様の心痛の原因だったフェルディナンド様が嫌いで、平民上がりという噂が立つようなローゼマリーの娘であるローゼマインが気に入らず、主であるヴェローニカ様を白の塔へ幽閉したアウブにも思うところがあるらしい。
アウブの護衛騎士であり、ローゼマインの実家である我が家は色々な情報がある。その情報をゲオルギーネ様に名捧げした貴族に流しているということで処分されることになっている。処刑はされないが、幽閉されて魔力を奪われるという罰を受けるはずだ。
「コルネリウス、怖い顔になっていますよ。何かありました?」
「いいえ、ローゼマイン様」
ニコラウスが親の罪に納得して生を望めば、父上は家で引き取って育てるだろう。けれど、私としては母親から何を吹き込まれているのかわからないし、母親から聞いたことで妙な恨みを持つかもしれないニコラウスをローゼマインに近付けたくないと思っている。
……私も十分に過保護だな。
そして、ローゼマインが貴族院へ出発する日となった。先に準備を終えていたヴィルフリート様が転移陣へ向かう。アウブが静かにヴィルフリート様を見つめる。
「ヴィルフリート、旧ヴェローニカ派の子供達を頼むぞ」
「はい、父上。一人でも多く救いたいと思います」
粛清の邪魔をされたり、情報を伝えられたりすると困るので、今年は貴族院から誰も帰さないことになっている。粛清のことが伝えられるのはアウブが領地対抗戦に向かった時だ。
ヴィルフリート様が出発されると、次はローゼマインの番である。先に荷物が転移陣に載せられて送られる。今年は貴族院で印刷された物語を広めることになっている。たくさんの本が入った木箱を見つめて、とても楽しそうな顔をしていた。
荷物が転送されている間に、ローゼマインは見送りに来ている一人一人と短い言葉を交わす。これまでは私の方が先に貴族院へ向かっていたので初めて見る光景だった。
北の離れに一人で残されるのを寂しがるメルヒオール様には「子供部屋をお願いしますね」と頼み、シャルロッテ様には「また明日、貴族院で」と声をかける。
ハルトムートがしきりに「最も信頼関係の深いフェルディナンド様がいなくなるのだ。ローゼマイン様が心配すぎる」と言っていたので、ローゼマインがアウブの子供達と姉弟らしい関係が築けているのを見てホッとした。ハルトムートの考えすぎだ。ローゼマインを支える者はたくさんいる。
フロレンツィア様は「こちらのことは任せてくださいね」と微笑んだ後、少し心配そうにローゼマインの顔を覗きこんだ。
「ローゼマインはユレーヴェを使ったことで体調や魔力に今までと違いが出ているでしょうから、よく気を付けるのですよ」
「はい、養母様」
そして、ローゼマインはおじい様に向き直り、「冬の予定がたくさんありますけれど、無理をしないでくださいませ」と言った。
実は、戦力が減るので冬の主の討伐が終わった後で粛清を行うと決まっている。討伐と粛清が立て続けにあるため、騎士の負担は大きい。その上、主戦力であったフェルディナンド様とエックハルト兄上が抜けたのだ。穴を埋めるために今年は討伐にも粛清にもおじい様が参戦することになっていた。
「心配はいらぬ。任せておけ」
ローゼマインに心配されて嬉しそうなおじい様だが、本当に心配はいらないと声を大にして言いたい。今回の粛清計画を立てる時には「私が一番に行くからな」と宣言していたし、「回復薬があれば、冬の主など恐れるに足りず! 討伐より先に粛清だ!」と言って、騎士団に却下されていたのだ。
「ローゼマイン、貴族院ではくれぐれも無茶はするな」
「今年もたくさんの恋愛話を楽しみにしていますね」
父上や母上とも挨拶を交わし、ローゼマインは私達側近の方を向いた。
「ダームエル、アンゲリカ、コルネリウス。普通の騎士のお仕事に加えて、神殿にも向かうことになるので大変でしょうけれどよろしくお願いしますね」
「はっ!」
私にとっては初めての冬の任務だ。緊張感は多々あるけれど、神殿では冬にしか出ないお菓子もあるとダームエルに聞いているので、実は冬のお菓子を少し楽しみにしている。
「ハルトムート、奉納式と孤児院を任せます。……本当に戻って来なくて大丈夫かしら?」
「お任せくださいませ。ローゼマイン様は貴族院生活を楽しんでください。孤児院に変化があればお知らせの手紙を送ります」
「ありがとう存じます。では、留守を任せますね。クラリッサへの手紙は必ずお渡しいたしますから」
ローゼマインがハルトムートを真面目な顔で見上げる。ハルトムートが神殿に入ったことをクラリッサに伝えなければならないのだ。クラリッサ本人は神殿入りなど全く気にせずにエーレンフェストにやって来そうだが、周囲が同じように考えることはないだろう。
最後にアウブが一歩前に出た。
「ローゼマイン、今年もヒルデブラント王子と会うことがあるかもしれない。なるべく図書館は控えてほしいと思っている。その、社交シーズンとなるまでは」
アウブの言葉にローゼマインは「わかりました」とニコリと笑って頷いた。ローゼマインがそんなに簡単に図書館を諦めるとは思っていなかったので驚く。私だけではなく、提案を口にしたアウブも驚きの顔を見せていた。
「わたくし、今年はシュバルツ達の魔力供給以外はライムントとヒルシュール先生の研究室へ行くつもりなのです。わたくしの図書館のために魔術具を作らなくてはなりませんもの。ライムントはフェルディナンド様の弟子ですから、お手紙も届きますし……」
そう言って、ローゼマインは笑顔で手を振りながらリヒャルダと共に転移陣で貴族院へ行ってしまった。
ローゼマインの姿が消えてしまったので、見送りに来ていた者は解散し始める。ぞろぞろと転移陣のある部屋を出て、それぞれの部屋へ向かって歩き出した。
私は側近仲間とこれからの予定についての打ち合わせだ。ローゼマインに凄惨な話を聞かせたくないとハルトムートが強硬に言い張ったため、細かい打ち合わせはローゼマインが転移してから、となっていたのだ。
ちょっとした打ち合わせに最適な面会用の部屋を借りて、今年の冬の予定について話し合う。やらなければならないことはたくさんある。
「まず、社交界での情報収集。それから、神殿に移って奉納式。奉納式の途中、もしくは、終わった直後に冬の主の討伐。討伐が終われば、一気に粛清。そして、後始末や孤児院の管理。……こうしてみると忙しいな」
ダームエルの言葉に私は頷いた。これだけの過密な予定がたっているというのに、ローゼマインが貴族院から戻らずに過ごせるように、今年はいざとなったら青色神官の真似事をすることも決定している。「コルネリウスは兄なのだから、ローゼマイン様の貴族院生活のためならば魔力の奉納くらい容易いだろう?」と笑顔で肩をつかまれて断り切れなかったのだ。ハルトムートは本当にローゼマインのためならば手段を選ばない。
「それにしても、何だってギーベ・ゲルラッハ達はゲオルギーネ様に尽くすのだろうな? 自分が治める土地はエーレンフェストの土地なのに、アーレンスバッハへ行ってしまったゲオルギーネ様に尽くしたところで何にもならないではないか」
私としては、其方達のせいでここまで忙しい冬をすごさなければならなくなったのだ、と半ば八つ当たりに近い言葉を口にしただけのつもりだったが、ハルトムートは軽く肩を竦めて「何にもならないわけではないだろう」と普通の顔で言った。
「ゲオルギーネ様の立場をローゼマイン様に、ギーベ・ゲルラッハの立場を自分に置き換えてみれば理解できる。ただ、自分の主に喜んでほしいだけだ。狂気じみていてローゼマイン様にとっては危険すぎるので、排除は絶対に必要だが」
……狂気じみているという自覚があったのか。
それは新しい発見だった。