Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (458)
閑話 ある冬の日の決意
「ほら、カミル。急げ!」
「急げって、遅くなったのは父さんがなかなか起きなかったせいじゃないか!」
荷物を抱えて階段を駆け下りながら、オレは先を行く父さんに向かって怒鳴った。冬のよく晴れた日はパルゥ採りだ。それなのに、今朝は父さんがなかなか起きてくれなくて、母さんと二人で必死に起こしたのだ。
「もういいから、カミルはそりに乗れ」
「父さん、でも……」
「早く! 急がないとパルゥがなくなるぞ」
父さんに急かされて仕方なくオレがそりに乗ると、父さんが引っ張って走り出した。オレは振り落とされないようにそりにつかまりながら頬を膨らませる。
……オレだってもう走れるのに。
出発がちょっと遅くなったし、オレが父さんと同じ速さで森までずっと走るのは無理だから仕方がないのはわかってる。でも、知り合いに会う前には降りたい。荷物と一緒にそりに乗せられて引っ張られてるなんて、周りの皆に知られたらきっと笑われる。
……オレが何もできない赤ちゃんみたいじゃないか。寝坊したのは父さんなのに。
「やぁ、ギュンター。忙しいのにパルゥ採りか? 大変だな」
「変わったことはなかったか?」
南門に着くと、父さんは門番と話し始める。急がなきゃダメなんだけど、と思いながら二人を見上げる。門での父さんの話は仕事に関係するから邪魔しちゃダメだって言われてるんだ。
「……パルゥ採りに行く孤児院の子供に見慣れない顔がたくさんいた。ルッツとギルが一緒だったから通したが、何か聞いていないか?」
「領主様からの極秘任務に関係すると思う。森で会ったら確認しておくか」
冬なのに父さんは忙しい。いつもの冬は雪が深くて出入りする人が減るから雪かきと酔っ払いの相手が大変なだけなんだけど、この冬は領主様から言われている大事なお仕事があって北門の兵士はすごく仕事が増えたって言ってた。
……孤児院ってことはディルクとコンラートも森にいるのかな? 楽しみだ。
去年の秋、ルッツと初めて森に行った時にオレはディルクとコンラートに会った。二人とも孤児院の子で、ちょうど同じくらいの年だ。孤児院にはローゼマイン工房でできる絵本も玩具も全部揃ってて、二人はオレが何の話をしてもわかってくれた。ルッツが持って来てくれるローゼマイン工房の玩具に関して、周囲の子供達に言ってはいけない、と言われてたので、いつも遊んでいる玩具の話ができるのがとても嬉しかったんだ。
オレにはマインっていうもう死んだ姉さんがいて、その死に神殿やお貴族様が関係しているらしい。それを悲しんだ慈悲深い神殿長が工房で作られた玩具をオレに贈ってくれているんだって。ただ、貴族と関わるとどこにどんな影響が出るのかわからない。だから、マインのことも、神殿のお貴族様のことも、贈ってくれてる玩具のことも喋っちゃダメなんだ。
オレが初めてマインの話を聞いたのがいつだったか覚えてない。ただ、「マインが」「マインが」と母さんや姉さんやルッツがすごく嬉しそうに話をしてたのに、オレが「マインって誰?」と聞いた後から皆が口を噤んでマインの話をしなくなったことだけはハッキリと覚えてる。本当に話しちゃダメなんだって空気でわかった。父さんとも約束したし、話すつもりはない。
初めてルッツと森に行った時、「孤児院の子供達と玩具の話をするのは良いけど、マインの話はダメだ」って言われたけど、オレはマインを知らないので話せることなんて何もないんだ。
ディルクやコンラートと次に森で会う約束をした時はオレがカルタを持って行って、森で一緒にカルタをして遊んだ。ディルクには勝ったり負けたりだったけど、コンラートには勝った。春になったらコンラートが強くなっていて負けた。悔しかったので、オレももっともっと強くなれるように母さんと練習したり、たまに帰って来るトゥーリと勝負したりしてる。
「コンラート、ディルク!」
森へ到着すれば、門で聞いた通り、孤児院の人達も採集に来ていた。ディルクやコンラートの他に見覚えのない子供達がたくさんいる。ギルとルッツも一緒でたくさんの子供達にパルゥの採り方を教えている。どうやら初めてパルゥを採る子がたくさんいるみたいだ。
「よぅ、ルッツ! ギル! 今日は一緒に採らないか? ローゼマイン様へ献上するんだろ?」
父さんがそう言うと、ルッツが「今年はローゼマイン様がお戻りにならないからな……」と首を振った。毎年冬の真ん中から終わりくらいには神殿に戻って来るローゼマイン様が今年は戻らないらしい。
「いや、でも、パルゥは氷室に入れて保存して召し上がってもらうつもりだぜ。ローゼマイン様が毎年のお楽しみにしているからな」
ギルがそう言ってニカッと笑った。ローゼマイン様はパルゥケーキが大好きで、毎年食べるのを楽しみにしているらしい。神殿の中には一年中冬みたいなところがあるから、春になってもパルゥが傷まないようにそこへ置いておくんだって。
……パルゥが解けないって、神殿は変わった物があるんだな。
「カミル、孤児院の子供達と一緒にパルゥを採って来るといい。俺はちょっとギルと話がある」
「わかった」
多分、また仕事の話だろう。父さんはギルと一緒にその場を離れていく。オレはルッツと一緒に孤児院の子供達の方へ足を向けた。そこではディルクとコンラートが新入りの子供達にパルゥの採り方を教えているのが見えた。
「だからさ、こうやって交代しながら採るんだ」
「何故私がこのようなことを……」
「あぁ、もー! ベルトラム、働かざる者食うべからずって、いつも言ってるだろ!」
新入りの子供達は何だか全員偉そうだ。やり方を教えてもらっているのに、両足を肩幅に開いて踏ん反り返っているように見える。
……こんな聞く気もなさそうなヤツ、放っておけば良いのに。
「コンラート、ディルクは何だか大変そうだな」
「あぁ、カミル。久し振り。一気に人数が増えたからすごくにぎやかになったんだ。ディルクとデリアはいつもああやって怒ってるよ。二人とも怒り方がよく似てるんだ」
洗礼前の子供が少なくて二人だけで遊んでるんだ、と言ってたディルクとコンラートだったが、今はたくさん子供が増えて大変らしい。見たことがない子供達が十人くらいいるのに、まだ孤児院で留守番中の小さい子供もいるんだって。
……こんなにたくさんどこから出て来たんだろう?
「雪の上じゃカルタができないから残念だ。皆で練習しているから、今度はカミルに負けないから」
どうせ負けるのに、っていつも唇を尖らせてたコンラートが珍しく強気だ。これだけの人数と練習してたら、きっとコンラートもディルクもすごく強くなってるに違いない。オレはちょっとだけ危機感を覚えた。
「でも、オレだって強くなってる。レナーテにも勝ったんだからな」
「レナーテって誰?」
「ギルベルタ商会のお嬢さんだよ」
「コンラート、カミル! 皆にお手本を見せてやってくれないか?」
ディルクとルッツにそう言われて、オレは新入りの子供達にやり方を教えるため、パルゥの木に上がって行った。
オレがレナーテに会ったのは冬が来る少し前。トゥーリがオレをギルベルタ商会へ連れて行ってくれたのだ。オレはトゥーリの作った晴れ着のように綺麗な服を着て、初めて北に行った。オレ達が住んでいる周辺よりもずっと街並みが色鮮やかだった。
「この辺りはとても綺麗でしょ? これはね、領主様が街を一斉に綺麗にしてくださった時に汚れと一緒に塗料が消えた部分も多くて、塗り直ししたからなんだよ。ディードおじさんが、仕事が多すぎる! って、怒ってたの、カミルは覚えてない?」
トゥーリがクスクスと笑いながら北の街並みについて教えてくれた。
オレ達が住んでいるところは道や石造りの部分がピカピカの真っ白になって、木造の壁が綺麗になったけれど、お金持ちが住んでいる北は塗っていた塗料が剥げた部分もあって大変だったらしい。
「他所の商人達が来るまでに整えるのが大変だったんだって聞いたよ。確か父さんもずっと見回りしてたような……」
オレの記憶にはあまり汚い街の記憶がないけど、それはとても劇的な変化だった、と皆が口を揃えて言う。本当は領主様が下町の住人を全員追い出して、街を完全に作り変えようとしたのをローゼマイン様が止めてくれたから、汚くならないように気を付けなければ、と父さん達兵士が見回りをしてたのは覚えてる。
「ここがギルベルタ商会。わたしが働いているお店だよ。……ここからは言葉遣いを丁寧にね」
トゥーリがそう言って、店の脇にある階段から上に上がって行く。「トゥーリです。ただいま戻りました」と挨拶をして、下働きが開けてくれた扉から中に入った。トゥーリの動きや口調が家で見るのとは全然違う。オレもルッツやトゥーリに教えてもらった通りに背筋を伸ばした。
「君がカミルか。ようこそ」
ギルベルタ商会の旦那様が出迎えてくれて、家族を紹介してくれる。トゥーリが尊敬するローゼマイン様の専属針子のコリンナ様、その子供のレナーテとクヌート。それから、今日たまたまレナーテの教育に来ていたプランタン商会の旦那様とマルクさん。
オレはレナーテやクヌートとカルタやトランプで遊ぶように言われて、プランタン商会の旦那様やマルクさんも一緒に遊んだ。クヌートはまだ相手にならなくて、レナーテとは勝ち負けが半々くらい。
「だから、言っただろう? 俺が大人だからって理由じゃなく、レナーテ自身がまだまだだって」
プランタン商会の旦那様がニッと笑いながらそう言うと、レナーテはむっと頬を膨らませてオレを見た。
「カミル、ギルベルタ商会に入りなさいよ。それで、わたしが完全に勝つまで勝負するの。どう?」
「……え?」
どう? と言われても困る。オレが目を瞬いていると、旦那様であるオットーさんがにこにこと笑いながら勧誘してきた。
「あぁ、さすがレナーテ。それは良い考えだ。カミル、ウチのダルアにならないかい?」
旦那様から直々に誘われて、オレはトゥーリを見た。トゥーリはローゼマイン様専属の髪飾り職人としてギルベルタ商会にいる。最近は衣装のデザインや布選びも任されているのだ。これはすごい出世で、オレ達が住んでいる周囲では成人前にそれだけ出世した者なんてほとんどいない。トゥーリは周囲から憧れの目で見られるすごい姉さんなんだ。
……ギルベルタ商会に入ったら、オレもトゥーリみたいにすごくなれるかな?
ちょっと心が動く。「父さんと一緒に街を守る兵士にならないか?」と誘われてたけど、兵士よりトゥーリと働く方が面白そうだな、と思ったのだ。
次の瞬間、プランタン商会の旦那様がバッと手を伸ばした。
「駄目だ。カミルはプランタン商会のダルアの方が向いている。ギルベルタ商会が扱う髪飾りや布やリンシャンよりも、プランタン商会の本や玩具の方が興味あるだろう?」
旦那様直々にそう言われ、オレの心はプランタン商会に向かってグラリと動いた。オレの周囲でトゥーリと同じくらい出世してるのがルッツだ。建築や木工職人の家から大店のダプラになったルッツはトゥーリと同じくらいすごい。
オレはルッツが持って来てくれる絵本や玩具の数々は大好きだし、髪飾りや布よりもオレにとっては身近に思える。布や髪飾りはどちらかというと女の領分だ。
「ルッツから聞いたが、カミルはルッツみたいに色々なところに行ったり、孤児院の工房で働いたりしてみたいんだろう?」
孤児院の工房に行きたいと思ったのはディルクやコンラートに会ったりできるかも、と思ったからだけど、絵本や玩具がどんなふうに作られているのかはとても気になる。そう考えると、オレにはギルベルタ商会よりもプランタン商会の方が魅力的に思えた。できたばかりの本を一番に読むことができるとルッツが言ってたのも楽しみなのだ。
「おいおいおい! ちょっと勘弁してくれよ。ベンノはどうしていつも俺が目を付けた人材を引き抜いていくんだ!? ルッツがいれば十分だろう!?」
「それを言うなら、そっちにはトゥーリがいるから十分だろうが! これは適材適所と言うんだ!」
オレが悩んでいる間に二人の旦那様が口喧嘩を始めてしまった。おまけに「早く決めちゃいなさいよ、カミル」と、横からレナーテに急かされる。決まらないとこの二人の言い合いは終わらないらしい。
困り果てたオレは助けを求めてトゥーリを見上げた。オレの視線に気付いたトゥーリが近くに寄って来て、小さく笑いながら優しくオレの頭を撫でる。
「カミル、そんな顔をしなくても洗礼式までまだ時間があるからゆっくり考えればいいよ。どの職業に就くかは一生を大きく左右するからよく考えて自分で決めなきゃダメ。他人の意見を参考にするのは良いけど、誰かがこう言ったからって言い訳の材料にしないようにしないと自分が後悔するし、大変な時に人のせいにするばかりで頑張れなくなっちゃう」
トゥーリはそこで言葉を止めると、二人の旦那様に向かってニッコリと微笑んだ。
「だから、お二人とも。急かさずにカミルの答えを待ってくださいね」
「あははは、それは災難だったな。どっちの旦那様も引かないから」
パルゥの実を採るために冷えた手を火にかざして温めている間に話したことをルッツは笑って労ってくれた。頭をポフポフと軽く叩きながらいつもオレを励ましてくれるルッツみたいな兄さんがほしいな、と思ってしまう。
「……ルッツはさ、トゥーリと結婚するの? もうちょっとしたらトゥーリも成人だろ? なんか、周囲が盛り上がってるみたいだけど」
成人する頃にはだいたいの女の子は嫁入り先を探したり、結婚に向けて動き出したりする。トゥーリといつも一緒にいるのはルッツで、いくら大店で出世しているとはいえ、二人とも元は貧民街の者だ。家と家の関係が大きく関わって来る結婚を考えればトゥーリとルッツはちょうど良い、と両家の間では考えられている。多分、大店出身の伴侶を実家の方が迎えられないんだと思う。
「まぁ、周囲が盛り上がってるのは知ってるし、それが無難なのはわかるけど、どうだろうな? しばらくは難しいと思うぞ。トゥーリ、失恋したところだし」
「えぇ!?」
「……あ、これは秘密な」
「気になるよ、ルッツ! だって、トゥーリはあんなに裁縫上手でよく働くのに……」
断るというか、あのトゥーリに振り向かない男なんているはずがない。身贔屓かもしれないけど、オレは本気でそう思ってた。でも、親達が話していたようにやっぱり実家や出身が結婚には大きく関わってくるってことなんだろうか。
結局、いくら聞いてもルッツは首を振るだけで教えてくれなかった。
「オレはトゥーリの話よりカミルの話が聞きたい。もう決めたんだろ? そんな顔をしてる」
ルッツがそう言って唇の端を上げた。オレもルッツを見上げてニッと笑う。
「オレはプランタン商会がいい。街を守るより、髪飾りや布を売るより、本や玩具の方が好きだから」
「……狙い通りに本好きに育ったか。さすがマイン」
「え?」
ぼそっとしたルッツの声がよく聞き取れなくて聞き返すと、ルッツがまた首を振って「何でもない」と言った。ルッツは意外と隠し事が多い。
「プランタン商会に入りたいって本気で思っているなら、そろそろ猛吹雪が止む時期になってきたし、ギュンターおじさん達の許可を取ってプランタン商会で教育してやってもいいぞ」
「教育?」
「大工の子のオレが商人になるのに苦労したのと同じで、兵士の子のカミルも商人になるのは大変だと思う。十日くらいプランタン商会で預かって、商人になるための教育をしてやるよ」
文字を読んだり、計算をしたりする分は絵本や玩具で問題なくできてても、商人としての心構えや常識は触れてみないとわからない部分が多いらしい。先を行くルッツの助言は聞いておいた方が良いだろう。
「マルクさんと旦那様にも相談してみるけど、カミルなら多分大丈夫だろう」
「本当に!?」
ルッツは笑いながら頷いた。
「春になったら店が忙しくなるし、次はキルンベルガへ移動することが決まっているから難しいけど、冬の間は余裕があるんだ。オレは未成年で城に上がることはできないからな」
冬の終わりになると、お城に本を売りに行くので旦那様や他のダプラ達はとても大変らしい。けれど、ルッツの仕事は城に持って行くための本や教材をローゼマイン工房で揃えた時点で終了なのだそうだ。
「カミルも言葉遣い、姿勢、立ち居振る舞いから練習が必要だもんな」
自分が覚えなければならないことを示されると、自分の将来に向けた道が大きく開けたのがわかって、オレはすごく嬉しくなってきた。
「ちゃんとおじさんやおばさんと話をして許可を取れよ。教育はそれからだ」
親の応援がないと厳しいからな、とルッツは何かを思い出すように目を細める。でも、大丈夫だ。父さんも母さんも話せばきっとわかってくれる。
「ルッツ、オレ、頑張るから」
「おぅ、頑張れ」
そう言った時、ボスッと雪の上にパルゥが落ちる音がした。ディルクとコンラートもそうだけど、孤児院の新入りの子供達はオレ達に比べると異様にパルゥを落とすのが早い。
「なんであんなに早いんだろうね?」
「さぁな。ほら、あっち。ギュンターおじさんが手を振ってるぞ。カミル、交代だ」
「うん!」
オレは父さんと交代するためにパルゥの木に登っていく。「もうちょっとだ。後はよろしくな、カミル」と言って父さんが降りて行った。オレが手袋を脱いでパルゥの付け根をつかんで温めていると、すぐ近くの枝で同じようにパルゥを温めているディルクがこっちを向いた。
「カミル、何だかすごくご機嫌だな。手、冷たくないのか?」
「手は冷たいけど……。ディルク、オレ、春になったら一度孤児院のローゼマイン工房へ見学に行けるかもしれない。プランタン商会に入る気があるなら、ローゼマイン様に見学許可を申請してくれるって、ルッツが言ったんだ」
「本当に? うわぁ、楽しみだな」
ディルクが歓迎するように嬉しそうな笑顔を見せてくれる。将来的にはディルクやコンラートと一緒に仕事ができるかもしれない。それはとても素敵なことだった。
森に上から光が差し込み始めると、採集の時間は終わりだ。パルゥの葉がきらきらと宝石のように光を反射し、木が意思を持っているように揺れ出して、シャラシャラという葉擦れの音を響かせる。
オレはパルゥの木からすぐに降りて、パルゥの木が消えるのを見つめた。初めてパルゥを見る孤児院の子供達は驚きに目を見張って、不思議なパルゥの木を見上げている。
高く、高く伸びたパルゥの木が枝を振って実を飛ばし、しゅるんと小さくなって消えてしまうと、採集に来ていた皆が門を目指して歩き出す。
収穫できたパルゥの実を籠に入れてそりに乗せて、オレ達も帰り始めた。帰りはオレと父さんも孤児院の子供達と一緒だ。問題なく通れるように父さんは門で話をすると言っていた。街から出るよりも街に入る時の方が門番は厳しいし、朝と昼では当番が変わっているので、顔が知られていない子供達が足止めを食らう可能性は高いからだ。
「今はちょっと難しい時期だから、ギルとルッツだけじゃ厳しいぞ。今度からは一度こっちに話を通せ。少しは融通が利くからな」
「ありがとう、ギュンターおじさん」
父さんが門番と話をしたことで孤児院の子供達は全員問題なく街に戻ることができた。門を抜けて、孤児達は孤児院を目指して歩き出す。
父さんはパルゥの実を一つ、ギルに向かって差し出した。
「ギル、これをローゼマイン様に」
「あぁ、氷室に保存して必ず召し上がってもらう」
「頼んだ」
パルゥを一つ採るのもすごく大変なのに、父さんはいつもそれをローゼマイン様のためにポンと孤児院の人に託す。ディルクとコンラートもそうだけど、ローゼマイン様に目をかけられているオレの家族は皆ローゼマイン様が好きすぎると思う。
……あぁ、オレのパルゥが減った。
その夜、オレは食事を終えると、父さんと母さんに「話があるんだ」と告げた。二人は一瞬顔を強張らせて見つめ合った後、父さんは真面目で厳しい顔で座り直し、母さんは不安そうな顔でお茶を淹れてくれる。
コトン、コトンと置かれたカップを手に取って、父さんは一口、まるで口を湿らせるようにお茶を飲んでオレを見た。
「どんな話だ、カミル?」
父さんの声がいつもよりも数段低く感じられる。反対されるかもしれない、という不安が急に胸に広がって、オレはギュッと拳に力を入れて二人を見つめた。
「父さん、母さん。オレ、ルッツと一緒に本を作りたい! 新しい本を作って広げていきたいんだ」
オレがそう頼むと、父さんと母さんは何故か泣きそうな顔になった。反対されるかもしれないとは思ったけど、「なんで兵士を目指さないんだ?」と聞かれるかもしれないとは思ったけど、なんでそんな泣きそうな顔をするのかわからない。
「……二人ともやっぱり反対?」
オレが首を傾げると、「何でもないの」と言いながら母さんがそっと目元を拭う。そして、立ち上がってオレの隣にやって来ると、ひどく複雑そうな笑顔でゆっくりと髪を撫でた。
「カミルが決めたのなら、母さんは反対しないわ。応援するからしっかりやりなさい」
父さんも頷いてプランタン商会へ勉強に行く許可をくれた。
……オレも本を作って、ルッツみたいになるんだ!