Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (459)
閑話 ゲドゥルリーヒとの別れ
「お待ちしておりました、アウブ・エーレンフェスト。そして、フェルディナンド様。すでにアーレンスバッハの姫君は到着していて、中でお待ちです」
境界門の兵士が我々の到着に安堵の表情を見せる。カルステッドと数人の騎士がまず境界門へ入って行き、そこにジルヴェスターとフロレンツィアがそれぞれの側近を連れて続く。私はエックハルトと境界門へ向かう。ユストクスは荷物の運び込みの指示を出さなければならないので、境界門の中には同行しない。ちらりと振り返れば、ローゼマインが騎獣から身を乗り出すのが見えた。
「ユストクス、どこに騎獣を止めるのが一番荷物を運びやすいですか?」
「では、こちらへお願いいたします、姫様」
……大声を出すな。アーレンスバッハの者に品がなく思われるぞ、馬鹿者。
ここから大声で注意することもできないので、溜息を一つで終わらせる。出発前に全属性の祝福を与えた聖女のような佇まいはすでに全く感じられない。どうやらあの幻想的で美しい光景は、エーレンフェストを離れることで柄にもなく感傷的になっている私の目の錯覚だったようだ。
……初めて見たあの美しい魔法陣を研究してみたいものだ。
全属性の魔法陣でありながら、全く無駄のない美しさを持つ魔法陣だった。脳裏に焼き付いている魔法陣を手の上に指先で描きかけて、そこで一度思考を止める。私は頭を振って、思い浮かんでいた魔法陣を振り払った。そのような余裕があるところへ向かうわけではない。これからアウブ・アーレンスバッハやゲオルギーネと渡り合いながら、ディートリンデやレティーツィアと付き合っていかなければならないのだ。
「こうしてお目にかかることができて光栄に存じます」
アーレンスバッハの者が待機していると聞いていた部屋に向かうと、一番に響いたのは幼い声だった。
「……レティーツィア様が代理なのですか?」
迎えに来たアーレンスバッハの代表はレティーツィアだった。
アウブ・アーレンスバッハの加減が良くなく、ディートリンデは領主教育の詰め込み中でとても出られる状況ではなく、ゲオルギーネが来るはずだったが体調を崩してしまい、急遽レティーツィアが来ることになったらしい。
「貴族院に入学もしていないわたくしですが、精一杯アウブの代理を務めさせていただきます」
幼いながらもジルヴェスターに向かってしっかりと挨拶を行うレティーツィアを見下ろしながら、私は軽くこめかみを押さえた。アウブ・アーレンスバッハの体調が良くないことも、ディートリンデが教育を詰め込まれていることも間違いではないだろう。一番気になるのはゲオルギーネだ。聖典に関する様々な事柄は全てが彼女に繋がっていると思う。あれだけで終わりではないのかもしれない。
……彼女が一体何を企んでいるのかが非常に気になるところだな。
「アウブ・エーレンフェストより申し出があった通りの馬車を準備しています。エーレンフェストの馬車はどちらでしょう?」
「……馬車ではございません。エーレンフェストからは騎獣で運んで来たのです」
理解できないというような顔をしているレティーツィアと共に我々は一度外に出る。荷物を運びやすいように騎獣を移動させたローゼマインが荷物をたくさん積み込んだ後ろの部分を大きく開けるところだった。
「あの、アウブ・エーレンフェスト。あれは騎獣なのですか?」
「そうです。乗り込み型の騎獣はまだアーレンスバッハでは見られませんか?」
「……お話は伺いましたし、貴族院でも低学年の数人が乗り込み型の騎獣を使っています。けれど、あのように大きな騎獣は初めて拝見いたしました」
「大きさを自在に変えるのはまだローゼマインでなければできないでしょう」
ジルヴェスターが小さく笑いながら、ローゼマインの騎獣について説明する。レティーツィアは興味深そうに話を聞いていた。どうやらディートリンデと違って、他人の話を聞くことはできるようだ。教育係に任命されてしまっている立場としては、その一点だけで少し安堵する。
「フェルディナンド様の荷物の積み替えをお願いします」
「はっ!」
レティーツィアによる荷物の積み替えの指示で、同行している騎士達や境界門の騎士達が荷物の積み替えを始める。
我々には見慣れたローゼマインの騎獣もアーレンスバッハの騎士達にとっては物珍しいようで、驚きの視線がローゼマインの騎獣に注がれている。すでにエーレンフェストでは当たり前の光景になっていて、あまり驚きの顔を見せる者がいない。そのため、太ったグリュンに見えるローゼマインの騎獣を警戒しつつ、荷を運ぶ騎士達が少々滑稽に見えた。
ユストクスとローゼマインが指示を出しているが、雪がちらつく寒さだ。ローゼマインは早々に境界門へ入れた方が良い。
「指示を出すのは私が行う。ローゼマインは境界門の中に入るように言え」
「はっ!」
騎士の一人が駆けて行き、ローゼマインに言葉を伝えたようだ。ローゼマインが私の方を見た後、ゆっくりと歩いてくる。
「フェルディナンド様はアーレンスバッハの方と交流を深めた方が良いのではありませんか? 荷物運びの指示ならばわたくしでもできますよ」
「今日は雪がちらついている。健康な者でも体調を崩しそうな気候の日に君が外にいてどうする? さっさと中に入りなさい」
「……せっかくわたくしがお役に立てる機会だったのですけれど」
私は文句を言うローゼマインの口元を無言でつねった。柔らかくてつまみ心地が良いのでついつい力を籠めて、つまんだままぐにぐにと動かしてしまうのだが、ローゼマインの頬がつかみやすいのが悪い。
「いひゃいれふっ!」
「君が入らなければ、同じ立場のヴィルフリートも入れないのだ。レオノーレ、アンゲリカ。ローゼマインをさっさと中に運び込め。ブリュンヒルデ、リーゼレータ。体が冷えているはずなので熱いお茶の準備を。男は荷物運びを手伝うように」
むぅっと唇を尖らせて頬を撫でているローゼマインをさっさと中に入れるように側近達に命じて、私は次々と運び出される荷物を見遣った。ローゼマインとくだらないやり取りをしている間にも荷物は見る見るうちに減っている。それは、私がエーレンフェストにいられる時間が刻一刻と減っていることを如実に示していた。
「フェルディナンド」
ジルヴェスターが何か言いたげに一度口を開いた後、ぐっと奥歯を噛み締めて目を伏せた。自分の内に込み上げる感情を噛み殺す時にジルヴェスターがよくしている癖を目にして、私も少し目を伏せる。
「先日も言った通り、婚姻で外に出れば其方を姉上と同じくアーレンスバッハの者として遇することになる」
……目が潤んでいるぞ、ジルヴェスター。アウブが感情を隠せなくてどうする?
からかうようにそう言いたかったのだが、何故か言葉が出なかった。喉がヒリと焼けつくような痛みを感じて、ゴクリと唾を呑む。
ジルヴェスターが恨めしそうに私を睨んで、口を開いた。
「フェルディナンド、あの夜に私が言いたいことは全て言った。……其方が覚えているかどうかは知らぬが」
ジルヴェスターとカルステッドと最後に酌み交わした夜を思い出す。「ここ最近、ずっと付き合わされるのだ。少しは原因が話を聞いてやれ」とカルステッドに連れ出されて到着したのはジルヴェスターの私室で、すでにずいぶんと飲んでいるらしいジルヴェスターが完全に酔っ払った状態で私を待っていた。
「来たか、フェルディナンド。さぁ、飲め!」
酒の入った杯を勢いよく突きつけられ、飛沫が飛んできたことに少しばかり顔をしかめつつ、私は「アーレンスバッハに向かう準備で時間がないのだが」とジルヴェスターを睨む。本音としては、この状態のジルヴェスターに付き合うのが非常に面倒くさそうなので早々に逃げたかった。
だが、ジルヴェスターに「ローゼマインにあのようなお守りを作る時間はあるくせに私と酒を飲む時間はないということか」と恨みがましく言われれば、杯を手に取るしかない。ローゼマインのことを頼んでおかねばならぬことを思い出したのだ。
「フェルディナンド、其方は薄情だ」
「今頃わかったのか。いくら何でも遅すぎるぞ」
「そういうところが可愛くない。私は頼られる兄になりたかったのだ」
シャルロッテに頼られる姉になりたくて馬鹿みたいに努力していたローゼマインの言葉と非常によく似ていて思わず笑いが漏れた。
「頼っているとも」
「適当なことを言うな!」
「……これだけ酔っていてもさすがにわかるか。だが、完全に嘘ではないぞ」
そう言いながらゆっくりと杯を口元に近付ければ、熟成された樽を思わせる木の香りが立ち上り、一口だけ口に含めば更に香りが強くなる。同時に、ふくらみのある芳醇な味わいが口の中に広がり、柔らかな苦みと共に喉を通って行く。私好みのずいぶんと良い酒を準備してくれたらしい。
口元を緩めながらもう一口飲んでいると、ジルヴェスターが得意そうに笑う。
「どうだ? 美味いだろう?」
「あぁ、良い味だ」
私の肯定に気を良くしたのか、ジルヴェスターがフフンと笑いながら同じように杯を口にした。ジルヴェスターが少し落ち着いたのを見たカルステッドも苦笑しながら杯を手に取る。
「私が去った後、ローゼマインを守れるのは其方等だ。できる限りのお守りは持たせたし、ふらふらと他領へ飛び出すことがないように私の館を図書館として与えてエーレンフェストに縛るつもりだが、それでもまだヴィルフリートでは心許ない」
私の言葉にジルヴェスターが目を見張る。
「……父上より賜った館であろう? 私が管理するつもりだったが、ローゼマインに譲るのか?」
「私に子はおらぬ。被後見人のローゼマインに譲るのが順当であろう?」
「それはそうだが、フェルディナンドが他人に譲ると思わなかった」
ジルヴェスターとカルステッドの二人から驚きの目で見られて、少しばかりバツの悪さを感じた私はそっと息を吐く。
「父上にいただいた館を譲るのは私も悩んだ。だが、これから先、中央からの誘惑をローゼマインが撥ね退けるためには目に見える重しが必要だと思ったのだ。ヴィルフリートとの婚約だけでは足りぬ」
ローゼマインは貴族の中で一番自分を心配してくれているのが私だと言った。つまり、貴族社会にローゼマインを繋ぐ鎖を作るために色々と考えてきたつもりだが、それがあまり功を奏していないということだ。
「アレは出身が出身なので貴族の常識では計れぬ。ならば、ローゼマインが家族同然だと認識している私自身が鎖となるしかなかろう。そのために私はできるだけローゼマインが望む家族らしい振る舞いをしたのだ」
「……その結果があの簪か」
何故か呆れたようにカルステッドが溜息を吐いた。
「ローゼマインの見た目が年相応であれば求婚と思われても仕方がないぞ」
「私はまだ後見人であるし、見た目が見た目なので問題あるまい。婚約者であるヴィルフリートにあれくらいのお守りを作ることができれば問題なかったのだが、さすがに叩き込むにも時間がなさすぎるし、ヴィルフリートでは魔力も素材も足りぬ」
「無茶を言うな!」
ジルヴェスターの言葉に私は一つ頷いた。さすがに私も無茶だと思ったからヴィルフリートに要求はしなかったのだ。
「それに、冬の計画で色々と忙しい其方等に作れ、というのも酷だと思ったから私が作った。さっさとヴィルフリートが成長して作り変えれば問題はないし、貴族院を卒業して結婚してしまえば中央からの横槍を心配する必要もなくなるから私からのお守りは外せばよかろう」
面倒になってきた私が軽く手を振ってそう言うと、ジルヴェスターが王命やアーレンスバッハの圧力に抗えぬ自分のせいだ、とまたぐちぐちと文句を言い始めた。同じような文句がぐるぐると続く。
ジルヴェスターは全く相談しない私を薄情だと詰り、己の儘ならぬ立場を悔しがり、最終的には頼られぬ兄である自分に開き直って「其方が行くと私が困るから、行くな」とみっともないほどに感情的になっていた。
「……ジルヴェスターといい、ローゼマインといい、其方等は本当に面倒くさいな」
「裏のない真っ直ぐな好意くらいは素直に受け取れ、フェルディナンド。ひねくれ者の其方がそのような笑みを浮かべているのだ。多少は好意に対する自覚があるのだろう?」
カルステッドの指摘にムッとした顔を作ってみるものの、自分がそれほど必要とされていることが少しばかり面映ゆく感じられるのは事実だ。少々不本意ではあるが、自分に向けられる好意に鈍いとローゼマインから指摘された通りなのかもしれない。
「フェルディナンド、其方のゲドゥルリーヒはエーレンフェストだ。私は其方の兄として、それ以外は絶対に認めぬからな! 覚えておけ!」
ジルヴェスターはそう叫んで眠ってしまった。
「……覚えている」
覚えているのはあの夜のことだけではない。父親が連れて来ただけの、初めて会った私を弟として受け入れ、兄風を吹かせて引っ張り回してくれた。目を尖らせるヴェローニカから力及ばぬものの庇おうとしてくれた。エーレンフェストに必要だ、という私の提案を呑み、平民の子供を養女として引き取ってくれた。私をアーレンスバッハにやりたくない、と上位のアウブに抵抗し、王に対しても自分が矢面に立って拒否するつもりだったこともわかっている。
父上亡き今、私にとって家族と言えるのはジルヴェスターだけだ。だが、アーレンスバッハへ行ってしまえば、ジルヴェスターは私をアーレンスバッハの者として扱わねばならなくなる。人払いをしてこっそりと私室に騎獣で乗り付けて酒を飲んだり、他愛もない話をしたり、策略を練ったり……今までと同じことはできない。
……わかっていたことではないか。今になって喪失感を覚える方がどうかしている。
フッと私が皮肉な笑みを浮かべるのを、ジルヴェスターが真面目な顔で見ていた。それに気付いて表情を引き締める。ジルヴェスターは気遣うように私を見ながら、そっと息を吐いた。
「ならば、エーレンフェストに固執せず、アーレンスバッハにおける自分の幸せを最優先にしてくれ。私が其方に望むのはそれだけだ」
これまで何年もそのようなことは考えたこともなかったというのに、ジルヴェスターもローゼマインも「私の幸せ」について言及しすぎだ。
……そんなものよりエーレンフェストが最優先ではないか。
そう言って突っ撥ねることもできたし、拒否することもできた。けれど、今、それを口にすることは何故かできなくて、一度口を噤む。
「……そのお言葉、忘れません、兄上」
私はジルヴェスターとの別れをすませると踵を返す。境界門の中ではレティーツィアに何やら言っているローゼマインの姿が見えた。貴族院に入っていないレティーツィアとローゼマインはさほど身長が変わらない。
……今は少しローゼマインの方が高いか?
ランプレヒトの星結びの儀式で見た時はローゼマインの方が少し低く見えたと思う。こうして比べてみると、あまり変わっていないように見えるローゼマインも少し成長しているのがわかった。
レティーツィアの金髪にローゼマインと同じような髪飾りが揺れている。私からの贈り物にすると言って、ローゼマインが準備していた物ではないだろうか。
……君から渡してどうする?
溜息を吐きながら近付けば、同じような年頃に見える二人を囲む側近達は笑いを堪えるような顔になっているのがわかった。私の姿を見つけたヴィルフリートが顔色を変えてローゼマインを止めようとしたが、それを制して、ローゼマインの背後に立ち、何を話しているのか耳を澄ましてみる。
「……と、そのようにフェルディナンド様の優しさは回りくどくて、とってもわかりにくいのです。それに、教育熱心で非常に厳しいですけれど、それはレティーツィア様の成長を願ってのことです。あまりにも厳しければ、わたくしに一報くだされば改善するようにこちらからもお願いしてみますから、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ローゼマイン、君は一体何を言っている?」
「ひゃうっ!?」
声をかけた瞬間、ローゼマインがビクッとして文字通り飛び上がり、引きつった笑みを浮かべながらジリジリと後退する。
「わたくし、悪口は言っていませんよ。フェルディナンド様が誤解されないように、と思い当たる注意点を述べていただけです。ね、レティーツィア様?」
「え? そ、そうですね」
レティーツィアの顔は明らかに「巻き込まないで」と言っているように見えるが、ローゼマインは余計なことをしている時に「見つかった!」という顔になっている。
……取り繕った笑顔を浮かべていても丸わかりだ、馬鹿者。
何を言っていたのか正直に述べよ、と普段ならば頬をつねるところだが、アーレンスバッハの者の手前、それは止めておく。
「あまりローゼマインの言葉を真に受けぬように。……それから、荷物の積み替えが終わったようだ」
そう言った瞬間、ローゼマインの手が私の袖をつかんだ。見上げてくる金色の目にはジルヴェスターと同じ、心配で仕方ないという思いが揺れている。
「手紙はライムント経由で届ける。……私は約束を守るので、君も重々気を付けなさい」
私はローゼマインの手を袖から外しながらそう言うと、ローゼマインは静かに頷いて一歩後ろに下がった。下がった場所にはヴィルフリートがいる。
「ヴィルフリート、後は任せる」
「はい、叔父上。叔父上もお元気で」
そして、振り返らずに私は境界門をくぐり、馬車に乗り込んだ。隣にエックハルトが、そして、向かいにはレティーツィアとその護衛がいる。
ゆっくりと馬車は動き始め、少しすると窓からエーレンフェストの方で一斉に騎獣が飛び立つ様子が見えた。ローゼマインの騎獣は遠目にも目立つ。あの中に自分がいないのがひどく不思議な気分だ。
「……あの、フェルディナンド様。ローゼマイン様はどのような方なのでしょう?」
窓の外を見ていると、レティーツィアがおずおずとした様子で声をかけて来た。何か話題を、と必死に考えて出て来たのが先程まで話していたローゼマインだったあたり、ディートリンデとはあまり親交がないのかもしれない。そんなことを考えながら、私は視線を外からレティーツィアへと移す。
「レティーツィア様の目にはローゼマインがどのように見えましたか? 初めて会ったのは境界門で行われた星結びの時ですが、お話をしたのは今日が初めてでしょう?」
「貴族院で二年連続最優秀を取ったエーレンフェストの聖女と呼ばれている優秀な領主候補生で、フェルディナンド様が育てたと伺っています。神殿長として儀式を行っている時もとても美しいと思っていたのですけれど、今日お話をして、わたくしが想像していたよりもずっと優しくて親しみやすい方だと思いました。そして、本当にフェルディナンド様のことを心配していらっしゃるのだと……」
あの馬鹿者はほとんど初対面のレティーツィアに「フェルディナンド様をよろしくお願いします」と何度も言いながら、注意点をずらずらと並べ立てたらしい。
「それに、フェルディナンド様からの贈り物です、とローゼマイン様はおっしゃいましたけれど、こちらもローゼマイン様が準備された物ではございませんか?」
髪飾りにそっと触れながらレティーツィアが青の瞳を嬉しそうに細めてそう言った。冬の社交界で使えるように、と冬の貴色である赤い花がレティーツィアの金髪を飾っている。
……余計なことばかりを言うし、頼んでもいないことを勝手にするのだ、ローゼマインは。
「私はあれの後見人で家族同然ですから、ローゼマインは私を心配しているのでしょうが、最近は心配がすぎて少々面倒に思えることもございます」
ローゼマインの注意事項を思い出したようにレティーツィアが小さく笑い、その後、小さくポツリと零す。
「家族同然ですか。……少し羨ましく感じます」
そういえば、この子供も家族との縁が薄いのだと思った。幼い時分に祖父母の養女となったため、自身の両親はドレヴァンヒェルにいる。祖母が亡くなり、今は祖父がはるか高みへ向かおうとしている。
残っている親族は元々祖父の第三夫人だったゲオルギーネと養母となる予定のディートリンデ、そして、ディートリンデと結婚して養父となる予定の私。これでは本人も周囲も心穏やかではいられまい。
「レティーツィア様はなかなか苦労の多い立ち位置だと存じます。私を信用しなくても結構ですが、王命は信用しても良いのではございませんか? レティーツィア様を教育し、成人したらアウブ・アーレンスバッハとする。それが王とアウブ・アーレンスバッハより私に課せられた義務です」
私の言葉にレティーツィアだけではなく、隣の護衛騎士が訝しそうな表情になった。
「義務?……ディートリンデ様がアウブに固執すればどうなさるおつもりですか?」
「王に願い出ればよろしいかと。王命に背くアウブは中央より処分されるでしょう」
王命に背くことが簡単に許されるならば私はここにいない。ディートリンデがアウブに固執したところで、王命がある以上、どうなることでもないのだ。
「ずいぶんと不思議そうな顔をされていますが?」
「いえ、フェルディナンド様はディートリンデ様の望みならばできるだけ叶えられるように努力するとディートリンデ様より伺っていたので、少し驚いたのです」
……確かに言ったが、できるだけ、なので特に間違ってはいまい。
「妻の望みと王命とどちらが大事なのか、自ずと答えは出るでしょう」
「……そうですね」
レティーツィアがそう言いながら窓の外を見遣った。エーレンフェストの方角を見て、少し安心したように笑う。
「ディートリンデ様とご結婚の後、わたくしの養父となる方がどのような方なのか、貴族院時代の成績については情報が入っても、お人柄についてはどなたも触れませんでした。けれど、王命を優先することを知る貴族で、エーレンフェストの親しい方からあのように心から心配され、別れを惜しまれ、慕われている方ならば、わたくしはローゼマイン様のお言葉を信用したいと存じます」
……ローゼマインの言葉はあまり信用しなくてよろしい。
喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。せっかくレティーツィアが友好的な空気を出しているのに、それを踏みにじる必要はないだろう。アーレンスバッハで少しでも楽に生きるためにはレティーツィアとその周囲の信用を得られた方が良い。
もう少し信用を得るためにどうすれば良いのか考えていた私の脳裏にローゼマインが提案していた数々が浮かび上がって来る。
……いや、ちょっと待て。他に何かあるはずだ。
移動時間が勿体ないし、アーレンスバッハの城に到着してからではいつ話ができるかわからないし、どうせ後々しなければならないことなので、馬車の中でレティーツィアに教育計画についていくつかの提案をしてみた。ついでに、宿ではレティーツィアの筆頭側仕えも含めて意見交換をしながら食事をする。
少しずつ信頼を重ねながら、私はずっとローゼマインが提案していた以外の「味方の作り方」を考えていた。だが、これまでの人生で敵対を回避することはあっても、積極的に味方を作ろうと思ったことはなく、妙案が思い浮かばない。
「姫様が考えてくださったようにフェシュピールを弾けばよろしいのではございませんか?」
ユストクスが笑いを堪えるようにしてそう言うと、エックハルトが「フェルディナンド様のフェシュピールは私も楽しみです」と頷く。
……このままではローゼマインの言った通りにフェシュピールを弾くことになるのではないか?
結局、道中ずっと考えていたにもかかわらず、数日たっても良い考えが浮かばないまま、私はアーレンスバッハの城に到着した。アーレンスバッハの貴族街はエーレンフェストと違ってずいぶんと温かく、冬の社交界が始まろうとしているにもかかわらず、まるで秋の半ばのような気候だった。