Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (463)
親睦会(三年)
「領主候補生の皆様、明日には進級式と親睦会があるというのに、去年に引き続きエーレンフェストの学生達の移動が完了したという連絡を受けていませんよ」
領主候補生とその側近だけで夕食を摂っているとヒルシュールがやってきた。怒っているらしいヒルシュールを見て、ヴィルフリートとイグナーツが顔を見合わせて「しまった!」という顔になる。わたしもそうだが、粛清や旧ヴェローニカ派の子供達の対応で、ヒルシュールへの連絡をすっかり忘れていた。
「大変申し訳ないと思っている。だが、こちらにもちょっと事情が……」
立ち上がって謝罪を始めたヴィルフリートが言葉を濁し、粛清に関する言葉を口にせずに口籠る。ヒルシュールがピクリと眉を動かしたのを見て、わたしも立ち上がった。
「連絡が滞り、大変失礼いたしました。今年の連絡事項について伺いたいですし、こちらからお話ししたいこともございます。お食事をご一緒にいかがでしょう?」
食事に誘うと、ヒルシュールはテーブルの上に並んだお皿に視線を走らせた後、ニコリと微笑んだ。ひとまず、おいしいご飯で怒りを一旦回避することには成功したようだ。
「リヒャルダ、ヒルシュール先生の席を準備してくださいませ」
「かしこまりました、姫様」
ヒルシュールの食事の準備が整えられている間に、エーレンフェストの今年の順位や進級式と親睦会に関する連絡事項が伝えられる。それをヴィルフリートの側近の一人が多目的ホールの学生達に伝えに行った。
「ヒルシュール先生、ライムントやフェルディナンド様から連絡は届いていますか?」
「……フェルディナンド様からは秋の終わりに一度だけ届きました。近々アーレンスバッハへ向かうことになる、と。そして、ローゼマイン様のことを頼まれました。ライムントはまだ研究室へ来ていないので、そちらからの連絡はありません」
貴族院の教師にも領主会議の結果は知らされるようで、フェルディナンドがディートリンデの婚約者になったことは知っていたらしい。けれど、まさか準備期間をほとんど置かずにアーレンスバッハへ向かうことになるとは思っていなかったようだ。連絡を受けた時は驚いた、とヒルシュールが言った。
「ヴェローニカ様が少しでも繋がりを持ちたがっていたアーレンスバッハへ、最も疎まれていたフェルディナンド様が向かわれることになるなんて皮肉なことですね」
ヒルシュールの溜息交じりの言葉に、わたしはほんの少しだけ口元を緩めた。エーレンフェストではよほどフェルディナンドに近かった者以外は皆お祝いムードで、アーレンスバッハとの繋がりが強化できたと喜んでいる貴族も少なくない。作り笑いで貴族に応じていたフェルディナンドがアーレンスバッハ行きを渋っていたことを知っているヒルシュールの存在が何となく嬉しい。
「ヒルシュール先生、わたくし、フェルディナンド様のお屋敷を譲り受けて、図書館にしても良いと許可をいただいたのです。ですから、今年は研究室でライムントと共にわたくしの図書館に置くための魔術具を作りたいと思っています」
「そういえば、ローゼマイン様はフェルディナンド様の被後見人ですものね。……では、研究の資料も相続されましたの? それとも、フェルディナンド様がアーレンスバッハへ持ち込まれたのかしら?」
ヒルシュールの一番の関心事は研究資料の行先らしい。わたしはフェルディナンドが準備していた荷物を思い返す。基本的に生活必需品しか準備していなかったし、研究をするような時間がないと言っていたはずだ。
「まだほとんどが残っていると思います。星結びの儀式が終わるまでは客室で過ごすことになるのでしょう? 養母様が教えてくださいました。ですから、正式に夫婦となってアーレンスバッハでフェルディナンド様がお部屋を賜ってから、置いて行かれた荷物を送ることになると思います」
「フェルディナンド様の資料、こちらに持って来てはいらっしゃいませんよね?」
「……全く思い浮かびませんでした」
フェルディナンドの婿入りと粛清後の子供達の受け入れ準備など、考えなくてはならないことが目白押しだったので、ヒルシュールに要求を突きつけるために必要な資料集を準備していなかったことを思い出した。去年は準備してもらった物を持って行くだけで良かったけれど、保護者がいなくなった今年は自分で準備しなければならなかったのだ。
……フェルディナンド様の用意周到さを思い知らされたよ。
寮監への到着連絡さえ忘れていたわたしではとてもそこまで気が回せなかった。今年の貴族院でヒルシュールにお願いしたいことが出て来たらどうすれば良いだろうか。
「それにしても、領主候補生と他の生徒が何故食事時間を分けているのですか?」
ヒルシュールが食堂を見回して尋ねた。ヴィルフリートとシャルロッテが何と答えたものか、と困った顔になる。エーレンフェストの現状がわからない現在、粛清に関する情報を漏らすわけにはいかない。どこからどのように伝わって相手を取り逃がすかわからないのだ。
「今は距離を置くのが良いと判断したからです。もう少しすれば、また一緒に食事を摂れるようになるでしょう」
「……エーレンフェストで何かあったのですね?」
「全て終わったら、お話いたします」
ニコリと微笑んだまま、わたしはヒルシュールの紫の目をじっと見つめる。これ以上質問されても答える気は全くありません、という意思は伝わったようだ。
「そうですか。では、全てが終わってローゼマイン様が研究室を訪れる日を楽しみにしています。それまでは大変なのでしょうが、ローゼマイン様は少しご自愛なさいませ」
「え?」
ユレーヴェに浸かって、少しずつ丈夫になってきたかな、と感じられるようになってきたところだ。「休め」と言われるほど体調は悪くない。目を瞬くわたしを見ながら、ヒルシュールは呆れたように溜息を吐いた。
「寮内の雰囲気が昔のように尖っていて、ここ数年のやんわりとした一体感や全員で前に進もうとする活力が感じられません。それはエーレンフェストの聖女がそのように難しいお顔をされているからではありませんか?」
ヒルシュールの指摘にわたしは自分の頬を押さえた。難しい顔をしているはずがない。わたしは今笑っているはずだ。首を傾げるわたしの頬にぴたりとヒルシュールが手を当てた。直接肌に伝わって来る温もりがじんわりと染み込んでくるようだ。
「背伸びをするのは結構ですけれど、貴女らしさを失ってはなりませんよ」
静かにそう言って、ヒルシュールは自分の研究室へ戻って行った。わたしの頭の中は疑問符でいっぱいだ。意味がわからない。
……わたしらしさって何?
そして、進級式と親睦会の日になった。3の鐘までに講堂に向かわなければならないため、身だしなみを整え、マントとブローチをきちんとつけて、寮から出られる格好にする。髪飾りに虹色魔石の簪を添えて出発だ。
レッサーバスで二階へ降りると、待っていたローデリヒとテオドールが合流した。側近が全員揃ったところでブリュンヒルデがぐるりと全員を見回す。
「ローゼマイン様、親睦会に同行する側近は護衛騎士がレオノーレ、ユーディット、テオドール、わたくしが側仕え、文官はローデリヒにする予定ですけれど、問題ございませんか?」
「えぇ、ブリュンヒルデ。それでいいわ」
レッサーバスで一階へ向かっていると、シャルロッテが一年生達に声をかけているのが聞こえて来た。
「マントとブローチがなければ、寮にも戻れなくなるので、気を付けなければなりませんよ。皆、大丈夫ですか? あら、旧ヴェローニカ派の子供達はまだかしら? マリアンネ、ルードルフ。少し様子を見てくださいませ」
「かしこまりました」
シャルロッテの命を受けたマリアンネとルードルフとすれ違い、わたしは一階に到着する。寮から出るのだからレッサーバスから降りて、騎獣を片付け、ヴィルフリートの姿を探す。
玄関ホールに集まっている皆が黒を基調とした衣装にマントとブローチを付けていて、女の子は全員が髪飾りを挿している。今年の一年生にも髪飾りを贈ったけれど、上級生は自前の髪飾りを挿している者も多いので、去年のように全員お揃いというわけではない。
実際、わたしも去年の髪飾りは挿していない。髪飾りを三つも挿すわけにはいかないし、フェルディナンドに贈られたお守りを外すわけにもいかないので、トゥーリが作った豪華な髪飾りと虹色魔石の簪の二本で飾っている。
「ヴィルフリート兄様」
「どうかしたのか、ローゼマイン?」
わたしは少し頭を動かして、シャラリと揺れた虹色魔石の簪に触れる。
「フェルディナンド様に贈られたこちらのお守りなのですけれど、ヴィルフリート兄様に贈られたことにした方が良いと思うのです。お話を合わせてくださいませ」
「何故だ?」
「ディートリンデ様に贈った魔石より、わたくしがいただいた魔石の方が品質の良い物だとブリュンヒルデに言われたのです」
わたしにとってはどっちも虹色魔石だし、フェルディナンドが付けておくようにと言ったので特に問題ないと思っていたけれど、周囲にとってはそうではなかったらしい。
ブリュンヒルデやリヒャルダから色々と説明された結果、婚約者に贈った婚約指輪のダイヤモンドよりも、上等なダイヤモンドが五つも並んだお守り付きネックレスをもらったようなものだと理解した。
「婚約者であるディートリンデ様にとっては気分の良いことではないのでしょう?」
「私は女性でないのでよくわからぬが、そうかもしれぬ」
「ヴィルフリート様、そこはわかってください!」
ヴィルフリートの側仕えが頭を抱える。わたしとヴィルフリートがわからない者同士でよかったのか、よくないのか、どちらだろうか。
「この髪飾りを付けなければディートリンデ様を刺激することはありませんが、寮内の事情、そして、他領の思惑などを考えるとフェルディナンド様のお守りを外すわけにはまいりません」
「そうだな。危険があると叔父上が判断したからこそ、其方に与えたお守りであろうし、実際にインメルディンクの上級貴族に襲われたこともあるからな」
ハルトムート狙いでもわたしが攻撃を受けたのは事実だし、あの後の強襲について考えても守りは少しでも多くあった方が良い。
「ですから、虹色魔石は保護者であるアウブ・エーレンフェスト夫妻、カルステッド様、フェルディナンド様、婚約者であるヴィルフリート様がそれぞれ準備され、フェルディナンド様がデザインしたということにしておきたいのです」
ブリュンヒルデは「そうしておけばディートリンデ様の髪飾りでフェルディナンド様のセンスが疑われた時も反論できるのではございませんか?」と言っていた。
「フェルディナンド様のセンスが貶められなかったら十分ですし、あまりディートリンデ様を刺激したくないのです。婚約者なのに故郷の者達よりも軽く扱われていると感じれば、アーレンスバッハにいらっしゃるフェルディナンド様への対応が大きく変わりそうですから」
「叔父上は周囲の心配ばかりで、ご自身の心配はあまりしないからな」
ヴィルフリートが軽く溜息を吐いて、自分の袖を少し捲った。そこにはお守りが二つ揺れている。物理攻撃を防ぐ物と魔力攻撃を防ぐ物だ。フェルディナンドはシャルロッテにも養父様にも養母様にもお守りを残していったらしい。
「わかった。其方の言う通り、その髪飾りの魔石は皆で準備し、デザインは叔父上がしたことにしよう」
ヴィルフリートが頷いた時、上の方で何かが倒れた音がした。ドタバタと何やら暴れているように感じられる。
「レオノーレ!」
「ナターリエ!」
「アレクシス!」
名を呼ばれた護衛騎士達がすぐさま階段を駆け上がって行き、他の騎士見習い達は一斉に防御を固める。バタバタとした物音はすぐに止んだ。すぐにラウレンツが一年生の男の子をシュタープの光の帯でぐるぐる巻きにして階段を降りて来る。
「ラウレンツ、何があったのですか?」
「予想通りと言えば予想通りですが、親睦会を利用して他領経由で家族に知らせようとした者がいたのです」
ラウレンツがひらりと紙を一枚取り出した。そこには「ゲオルギーネ様に名捧げをした者や悪いことをした者が捕えられて処分されるということですが、父上も母上も悪いことなどしていませんよね? 私はまだ皆に会えますよね?」と悲痛な問いかけが聞こえるような文章が書かれていた。
家族を思う心情が伝わって来て、胸が痛くなって泣きたくなる。帰してあげたいし、家族に会わせてあげたい。けれど、粛清を行う側の立場であるわたしに言えることなど何もない。わたしはぐっと奥歯を噛み締めた。
「ラウレンツ、その子をどうするつもりですか?」
わたしの質問にラウレンツは微笑む。
「ローゼマイン様、旧ヴェローニカ派は全員、本日の進級式と親睦会を欠席します。エーレンフェストでは流行り病が猛威を振るっていて、数日間安静にしていなければならない者が多いのです。そうヒルシュール先生にお伝えください、とマティアスからの伝言です」
「ラウレンツ、それは……」
答えではない、とわたしが言いかけるのを、ヴィルフリートが腕を引いて遮った。
「説得は二人に任せると言ったはずだ、ローゼマイン。連座を逃れるための道を示されたにもかかわらず、他領や容疑者に情報を漏らそうとした者がいることをエーレンフェスト側に知られるわけにはいかない」
「ヴィルフリート兄様……」
「何人かはこのようになる、と予測されていたではないか。その時にどうしなければならないか、其方は知っているだろう?」
ヴィルフリートの深緑の目がぐるぐる巻きにされている子供とわたしを交互に見る。子供達が家族を救うために暴走しようとしたら、例外は作らずに慣例通りに全員を連座処分にするか、見なかったことにするか、どちらかだ。
「……私はローゼマインの慈悲によって、失敗を許されて領主候補生であり続けることができている。だから、家族を思うが故の失敗を一度は許す。だが、二度目はない。」
「わたくしもできるだけ多くを救いたいので見なかったことにいたします。ラウレンツ、皆をお願いします」
「では、行くぞ。表情や姿勢に気を付けるように。他領に知られるわけにはいかないからな」
ヴィルフリートの号令で扉が開かれ、ぞろぞろと寮から皆が出て行く。旧ヴェローニカ派の子供達がいないので、ものすごく人数が少ない。3の鐘も鳴っていないのに、わたしは寮を出る前からぐったりと疲れていた。
「大丈夫ですか、お姉様?」
「家族を思う心は嫌というほどよくわかりますから、今の彼等を見ているのは辛いです」
「そう簡単に納得はできないでしょうけれど、自分の命を諦めないでもらいたいですね」
そう言って手を差し出してきたシャルロッテと手を繋いで寮を出た。ぎゅっと握られている手は温かい。
扉の上の番号は確かに8に変わっていて、また講堂が近くなっている。講堂で並ぶ位置も変わっていて、かなり前になっていた。ぞろぞろと歩く中で周囲からの声が聞こえてくるけれど、出発前のあれこれや貴族院滞在中に旧ヴェローニカ派の子供達を説得できなかった時のことを考えるとほとんど耳に入って来ない。
貴族らしい笑顔だけは貼り付けたまま、わたしは去年とほとんど変わらないお偉いさんの話を聞いて時が過ぎるのを待っていた。
進級式はぼーっとしている間に終わり、親睦会のために下級貴族、中級貴族、上級貴族、そして、領主候補生と同行する側近に分かれる。講堂を出て、わたし達は側近と共に小広間へ向かった。
「8位エーレンフェストより、ヴィルフリート様とローゼマイン様とシャルロッテ様がいらっしゃいました」
中に入ると、正面にはヒルデブラントが座っている。どうやら今年も王族として貴族院でいなければならないようだ。ニコリと笑うと笑顔を返してくれた。あまり王族と関わるな、と言われているけれど、このくらいは問題ないだろう。
全員が集まった後、例年通りに挨拶をしていかなければならない。正面に座っているヒルデブラントにご挨拶し、自分より上位の領地に挨拶をして回り、下位の者は挨拶に来るというのは去年と同じだ。クラッセンブルクの次にダンケルフェルガー、ドレヴァンヒェルと続き、7位までが終わる。次はわたし達の番だ。
「今年も時の女神 ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いました」
ヴィルフリートが代表で挨拶をした。わたしはヴィルフリートとシャルロッテに挟まれている。王族にはなるべく関わらないように、と言われているせいか、二人とも緊張が顔に出ていた。
逆に、ヒルデブラントの明るい紫の瞳はニコニコと楽しそうに細められている。幸せいっぱいの笑顔を見ていると、わたしは何だかとてもヒルデブラントが羨ましくなってきた。幸せそうでいいなぁ、と思うのだ。去年は誰かの笑顔を見て羨ましくなることがなかったので、どうしてそんな気分になったのかわからない。
内心で首を傾げながら、わたしはヒルデブラントに笑顔を向ける。
「ローゼマイン、今年も図書館で会えるのを楽しみにしています」
「恐れ入ります」
さすがに「皆から色々と叱られたので距離を置く予定です」とか「研究室に引き籠るのでごめんなさい」とは言えない。わたしは笑って無難な答えを返すと、ヴィルフリートとシャルロッテに手を取られて歩き出す。次はクラッセンブルクだ。
クラッセンブルクには今年は領主候補生がいないようだ。見覚えがない上級貴族らしい代表とヴィルフリートが挨拶をしている。クラッセンブルクには一商人が迷惑をかけたことを詫びられ、「エーレンフェストにしかない目新しいものがたくさんあると、商人達から報告を受けています。これからもぜひ仲良くしてほしいものです」とお願いされた。
……そんなことを言われても、これ以上は取引枠を増やせないと思うんだけど。
エーレンフェストの下町はもういっぱいいっぱいでどうしようもないのだ。むしろ、フェルディナンドの結婚を機に、アーレンスバッハが取引枠を欲しがるのではないか、と予想されているくらいである。
……でも、今回の粛清で領地内の魔力は確実に減るから、グレッシェルをエントヴィッケルンで手直しするわけにもいかないし、どうするんだろうね。
「レスティラウト様、ハンネローレ様。今年も時の女神 ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いました」
ダンケルフェルガーのテーブルにはレスティラウトとハンネローレが揃っている。ハンネローレの微笑みに少しだけ気分が上昇して来た。
「お元気そうで嬉しいです、ハンネローレ様」
「わたくしもローゼマイン様のお元気そうなお姿に安心いたしました。先程ルーフェン先生からエーレンフェストでは病が流行っていて欠席者が多いと伺ったものですから」
虚弱なわたしは間違いなく寝込んでいると思われたらしい。シャルロッテがずっと一歩進み出て来て、ニコリと微笑む。
「お姉様は一度寝込んだ後なのです。しばらくは大丈夫でしょう。それよりも、髪飾りの納品はいつにしましょう? 今年はお姉様が奉納式に戻らなくてもよくなったので、社交シーズンに渡すこともできます」
流行り病から話題をずらし、シャルロッテが微笑みながら話を進める。見事な手腕に内心で拍手しながら、わたしは注文主であるレスティラウトへ視線を向けた。
「あの髪飾りはダンケルフェルガーの植物でデザインされた物なのですね。髪飾りの職人がセンスの良さに驚いていました。とても素敵に仕上がったのですよ」
「フッ、そうだろう? エーレンフェストのような田舎にも見る目のある者はいるのだな」
まるで自分が褒められたようにレスティラウトが唇の端を上げた。まさかね、と思いながらわたしは誰がデザインしたのか聞いてみる。
「お兄様がデザインされました。お兄様には絵心があって、昔からこのようなことが得意なのです」
「意外ですね」
シュバルツとヴァイスの権利を寄越せと他領も率いてやって来た記憶からはとても想像できなかった。
「その虹色魔石の髪飾りも悪くない。それはどうした?」
「保護者の皆が石を準備して、フェルディナンド様がデザインしてくださって、ヴィルフリート兄様にいただきました。フェルディナンド様のデザインも素敵でしょう?」
「ちょっと後ろを向け。じっくり見たい」
レスティラウトの言葉にわたしがくるりと背を向けようとしたら、ハンネローレが慌てた様子でレスティラウトのマントを引っ張った。
「お兄様! いくら素敵な髪飾りでもそのように見るのは失礼ですよ」
言われるままに後ろを向こうとしていたわたしも体の動きを止める。危ない、危ない。淑女らしくない行動を取るところだった。
「申し訳ございません、ローゼマイン様。では、社交シーズンになったら髪飾りを納品したり、本の交換をしたりいたしましょう。今年も新しい本があるのでしょう? エーレンフェストの本はとても楽しみなのです」
「あぁ。ダンケルフェルガーの歴史書が本になると聞いているが、それは完成しているのか?」
本好きのハンネローレはともかく、レスティラウトにまで期待されていると思わなかった。赤い瞳が興味に輝いてこちらを見ている。本が楽しみらしいレスティラウトにわたしはとても嬉しくなって頷いた。
「ダンケルフェルガーの歴史は長く、とてもエーレンフェストの本では一冊に収まりませんから、何冊も出すことになります。今年の貴族院では印刷したダンケルフェルガーの歴史、第一巻の見本をお渡しすることになっています。この見本で問題なければ、次の領主会議以降に売り出されることになります。」
「そうか。では、お茶会を楽しみにしていよう」
……え? レスティラウト様もお茶会に出席するんですか?
これまではエーレンフェストと同席したくないという態度だったのに、どういう風の吹き回しだろうか。キツネやタヌキに化かされた気分で、わたしはドレヴァンヒェルに向かって足を進める。
ドレヴァンヒェルとの挨拶はオルトヴィーンと仲の良いヴィルフリートに一任しておく。
「残念ながら、今年は病でしばらく欠席する生徒が何人もいる。初日の全員合格は難しいだろうな」
「そうか。それは確かに残念だ。だが、二人の勝負には問題ないだろう?」
「あぁ、もちろんだ」
二人が仲良くライバル同士の約束をかわす。虹色魔石の髪飾りについて質問されたが、ダンケルフェルガーに答えたのと同じように返事をした。
「ディートリンデ様。今年も時の女神 ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いました」
アーレンスバッハのディートリンデ様はとてもご機嫌で、フェルディナンドの様子を教えてくれた。
「貴族院に向かうわたくしのためにフェルディナンドはいつも優しく微笑みながら、とても執務を頑張ってくれているのです」
……それ、作り笑顔だから。
そう心の中でツッコミを入れていると、ものすごく心配になって来た。睡眠も食事も削って、薬漬けになっている気がする。講義が始まったらライムント経由で一度確認の手紙を送ってみよう。
「冬の社交界の始まりを告げる宴ではフェシュピールを演奏してくださったのです。新しい曲だと言って、わたくしのためにとても熱烈な恋歌を作ってくださいました。今度、お茶会で楽師に演奏させる予定なのです」
……わたしが言った「味方の作り方」を少しは実践してくれているようで何よりだけど、恋歌? あのフェルディナンド様が恋歌ねぇ。
正直、あのフェルディナンドにそんなおべっかが使えると思わなかった。これならば、わざわざ「味方の作り方」を考えて教えてあげる必要もなかっただろうか。
いかにフェルディナンドが優しいのか、延々と語るディートリンデを呆然と見ていたヴィルフリートがそっとわたしの肩を突いた。
「……ローゼマイン、これは叔父上の話で間違いないのか?」
「全く別人のお話にしか聞こえませんけれど、間違いないと思いますよ。無理をしているのでしょうね」
ディートリンデは毎年恒例の従兄妹会を行うと宣言し、今年はわたしも誘われた。そこで髪飾りを納品し、フェルディナンドの新曲を聴かせてもらうのだ。一体どんな曲に仕上がったのか楽しみではある。
それから、いくつかの領地に挨拶をし、インメルディンクの領主候補生には去年の領地対抗戦における上級貴族の行いを謝罪された。中央からの要請を断る理由の一つにも使われていたし、虹色魔石のお守りを使う理由にもされている。きっとインメルディンクの方は大変だったのだろう。順位を落としているのは、まさかそれが原因だろうか。これ以上恨まれたくないので、謝罪は笑顔で受け取っておいた。