Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (464)
初めての講義合格
親睦会が終わり、寮へ戻る。小広間を出て歩きながら考えるのは、旧ヴェローニカ派の子供達のことだった。家族と会わせてあげたいけれど、そんなことはできるわけがないし、今回の粛清は行わなければならないことだ。止めることができない以上、どうすればいいだろうか。わたしに何ができるだろうか。
「ローゼマイン様!」
「ライムント」
ヒルシュールの研究室がある文官コースの専門棟の方からライムントが藤色のマントを揺らしながらやって来た。アーレンスバッハの貴族の登場に周囲の騎士見習い達が警戒し、ざっと音を立てて領主候補生を守る位置に立つ。
ライムントは驚いたように目を見張った後、少し距離を取り、わたしに呼びかけた。
「ローゼマイン様、フェルディナンド様からの伝言です。お聞きになりますか?」
「何かあったのですか!?」
「いえ、この魔術具を見せに行った時に伝言を吹き込まれたので……」
そう言いながらライムントは魔術具を取り出した。録音のための魔術具を少し小型化したらしい。もっと小型化できるはずだ、と突き返されたが、その時にわたし達への伝言を吹き込んだそうだ。
「聞きます。聞きたいです」
わたしが身を乗り出すと、ライムントは頷いて魔石の部分に手を触れた。
「ローゼマイン、私だ」
魔術具から流れて来たのは間違いなくフェルディナンドの声だった。アーレンスバッハへ向かってからまだ少ししかたっていないのに、とても懐かしく感じる。だが、そのじんと染み入るような懐かしさは次の言葉に掻き消えた。
「私がいなくなった途端に勉強を疎かにしているということはあるまいな」
……やばいっ! 勉強なんてこれっぽっちもしてないよっ!
「最優秀を取ると約束した君はもちろん、エーレンフェスト全体の成績が去年よりも落ちてみろ。容赦はせぬ」
うひぃっ! とわたしが頬を押さえていると、魔術具から聞こえる声は少しだけ優しくなった。
「別に成績を上げろと言っているわけではない。落とすな、と言っているのだ。去年と同様で良い。何も難しいことはなかろう?」
「去年と同じように……。そうですね。そう言われると何だかやれる気がしてきました」
わたしがグッと拳を握っている後ろで、シャルロッテがぼそっと呟いた。
「最優秀のお姉様はこれ以上成績を上げようがないと思うのですけれど……」
「しぃっ! 本人がやる気になっているのだから黙っておけ、シャルロッテ」
……ハッ! 確かにこれ以上上げようがなかった! わたし、騙された!?
わたしがキッと魔術具を睨んでも、魔術具はフェルディナンドの声でしゃべり続ける。
「ヴィルフリート、シャルロッテ。其方等も同じだ。私が与えた守りの魔術具に相応しい働きを期待している。エーレンフェスト全員の初日合格という朗報を領地対抗戦で聞かせてもらうぞ」
「ぐっ!」
「そんな……」
去年は初日全員合格ができなかったシャルロッテにとってはハードルが上がっている。ずずんと圧し掛かるプレッシャーにシャルロッテがプルプルと震えた。シャルロッテを慰めなければ、と手を伸ばした瞬間、フェルディナンドの声が「あぁ、そうだ。ローゼマイン」とわたしを呼んだ。
……嫌な感じに声が優しくなった?
無茶ぶり前特有の響きにわたしはシャルロッテからライムントの手にある魔術具へ視線を移す。
「成績が落ちた場合はジルヴェスターと話をして、君に与えた図書館を取り上げる。自己管理もできぬ者に図書館の管理などできるわけがないからな」
「のおぉぉっ! それだけは嫌です、フェルディナンド様!」
わたしは思わず魔術具にすがりついたけれど、録音してあるだけの魔術具が妥協してくれるわけがない。
課題を出す人がいなくなり、粛清みたいな憂鬱なことが起こって気分が沈んでいる今、勉強どころか本さえ読んでいなくて、自分の図書館のことを考えることが唯一の心の支えなのに、それを取り上げられては冗談抜きで死んでしまう。
「あ~、フェルディナンド様からの伝言はこれだけです。……私もまだ改良できるはずだ、と課題を出されたのですが、フェルディナンド様からの課題はお互い大変ですね。ローゼマイン様も頑張ってください」
ライムントが何とも言えない表情で自分の手にある魔術具とわたしを見比べながらそう言って、そそくさと逃げるように去って行く。
「ど、どどど、どうするのだ、ローゼマイン? よく考えてみれば貴族院へ来てから全く勉強をしていないぞ」
「わたくしもです、お姉様」
三人とも粛清に意識が持って行かれて、成績向上委員会のことさえすっかり抜けていた。粛清のことはこちらに任せるように、と養父様に言われていたのに、貴族院で行わなければならないことが全くできていない。これはまずい。領地対抗戦でフェルディナンドに会った途端に雷を落とされるに違いない。
……そんでもって、領地対抗戦のその場で養父様とフェルディナンド様が相談してわたしの図書館は取り上げられちゃうんだ!
「こうして悩んでいる暇はありません。わたくしの図書館を守るためには全力を上げなければ!」
わたしが拳を握って決意を固めると、ヴィルフリートが血の気の引いた顔でわたしを見た。
「……ちょ、ちょっと待て、ローゼマイン。何だか非常に嫌な予感がするぞ」
「大丈夫です、ヴィルフリート兄様。嫌な予感はわたくしが振り払って見せます」
「違う! そうではない!」
悪夢の再来が、と頭を抱えるヴィルフリートの肩をポンと叩いて、少しでも安心できるように微笑んだ。
「違いません。まだ試験は始まっていないのです。明日の講義の始まりまでに時間はありますし、一年間かけて全員が勉強しているはずです」
「……む、そうだな。同じように図書館がかかっているが、あの時とは状況が違うか」
ヴィルフリートがポンと手を打って「それに、劇薬の使い方を心得ている叔父上の指示だ」と自分を納得させるように何度か頷いている。劇薬とは一体何だろうか。よくわからないことは後回しだ。まずは、全員の初日合格を勝ち取らなければならない。
「復習を完璧にして、忘れてしまっているところがないかどうかをこれから明日までに確認するのです。合格だけならば難しくはありません」
リーゼレータとブリュンヒルデがニコニコと嬉しそうに微笑んで、わたしの後押しをしてくれる。
「えぇ、ローゼマイン様。一年間、しっかりと勉強していますもの。これから皆で頑張れば大丈夫ですよ」
「エーレンフェストの順位が落ちれば、やはり一時のことだったか、と他領に嘲笑われますし、アーレンスバッハにいるフェルディナンド様も肩身が狭い思いをするでしょうから、頑張らなければなりませんね」
ただでさえ中領地から大領地へ行くのだ。星結びの儀式より先に故郷の順位が落ちれば、今まで以上に肩身が狭くなる、とブリュンヒルデが教えてくれる。
「成績の維持は何につけても大事ですものね。やりましょう。まだ間に合います」
「よし、急いで戻って、全員で勉強をするぞ」
「はいっ!」
領主候補生とその側近は急ぎ足になりながら中央棟の廊下を歩き、8の扉を大きく開けた。
ヴィルフリートが多目的ホールに駆け込んで「明日の試験では全員合格しなければならぬ。各自、勉強道具を持ってここに集合だ!」と声をかけるのを見ながら、わたしはレッサーバスに乗り込む。
「レオノーレ、ローデリヒ。旧ヴェローニカ派の子供達にも勉強道具を持って、多目的ホールへ集合するように伝えてちょうだい」
「……かしこまりました」
レオノーレが硬い表情で頷くのを見て、わたしはレッサーバスで階段を駆け上がる。そして、ユーディットとフィリーネが開けてくれた自室にそのまま飛び込んだ。
「リヒャルダ、勉強道具を準備してくださいませ。これから多目的ホールで勉強するのです」
「はい、ただいま準備いたします。……それにしても、突然ですね。何かあったのですか、姫様?」
「フェルディナンド様に脅されたのです。エーレンフェストの成績を落としたらわたくしの図書館を取り上げる、と」
わたしは準備しているリヒャルダにライムントが録音の魔術具を持って来たことを話す。
「一度与えた物を取り上げようだなんて、リヒャルダもひどいと思うでしょう?」
「出て行っても姫様のために課題を積み上げるところが実にフェルディナンド様らしい気遣いだとわたくしは思いましたよ」
「そんな気遣いはいりません!」
ふんぬぅと怒ってみせると、リヒャルダが「口で怒っている割にお顔は笑ってますよ、姫様」とクスクス笑いながら勉強道具を渡してくれた。
「フェルディナンド様のことです。落とした時の罰があるならば、課題を達成した時のご褒美もあるでしょう。しっかりお勉強なさいませ、姫様」
「では、フェルディナンド様が驚くような成績を突きつけて、わたくしの図書館に必要な魔術具を作ってもらいましょう」
……図書館を守って、絶対にご褒美をもぎとってやるんだから!
わたしは勉強道具を抱えるとまたレッサーバスに乗り込んだ。多目的ホールに着くと、すぐに騎獣を片付け、領主候補生コースの勉強場所を側近達に作ってもらう。シャルロッテは二年生のテーブルにいるので、今年はヴィルフリートと二人しかいない。
「ヴィルフリート兄様、こちらで勉強しましょう。領主候補生コースは二人だけですから」
「……うむ。私は先にこれを読むから、ローゼマインは先に勉強を始めても良いぞ」
ヴィルフリートはあまり気乗りがしないような顔で抱えている木札に視線を落とした。首を傾げながら、わたしは多目的ホールに集まって来る皆に声をかける。
「去年の班分けを参考に席に着いてくださいませ。一年生はそこのテーブルを使ってくださいね」
皆が集まる中、旧ヴェローニカ派の子供達が勉強道具を抱えて困惑した顔で入って来た。扉の前に立ち止まったまま、多目的ホール内をぐるりと見回している。
「貴方達、遅いですよ! 早く席に着いてくださいませ」
「そうだ。エーレンフェストの成績を落とすわけには行かぬ。明日は全員で初日合格を勝ち取るぞ」
わたしとヴィルフリートが声をかけると、一人の子供がキッと強い瞳でわたし達を睨んだ。
「家族が殺されるかもしれない時に勉強など手に付きません」
その言葉に部屋の中の空気が凍った。気合を入れてやるぞ、と上を向いていたわたしとヴィルフリートの顔が下に下がる。次の瞬間、一歩前に出たレオノーレのシュタープから光る帯が飛び出して、その子を捕らえた。ぐるぐる巻きになって、ボテッとその場に倒れる。
「なっ!?」
「レオノーレ、突然何をするのですか!?」
「自分達の立場が全くわかっていないではありませんか。マティアスとラウレンツは一体どのような説得の仕方をしたのでしょう?」
レオノーレの藍色の瞳が今までに見たことがない複雑な色になっている。それに驚きの表情を見せたマティアスがレオノーレの主であるわたしに視線を向けた。
「ローゼマイン様は無実の者を救うとおっしゃったはずですが……」
「えぇ、おっしゃいましたよ。ローゼマイン様は罪を犯していない者の命を救ってほしいとアウブにお願いして、洗礼前の子供達は対象外だと言われたら、彼等を受け入れるために孤児院を整えていらっしゃいました」
レオノーレは微笑んでいるけれど、その内には目の色が変わるほどの激情を抱いているようで、それが凄みを増していた。
「ローゼマイン様に対する誘拐未遂、毒を盛って長い眠りにつかせ、今回もまた暗殺未遂……。領主一族に手を出したのです。一族全員連座処分で当然でしょう? 慣例通りに連座処分してしまえば思い煩う必要などないにもかかわらず、何とか罪を犯していない子供を助けられないか奔走し、頭を悩ませて、心を痛めていらっしゃるのです」
……普段はおとなしくてあまり自己主張しないから忘れてたけど、レオノーレは完全なるライゼガング系貴族だった!
旧ヴェローニカ派の子供達がいるのだ。当たり前だけれど、この場にはライゼガング系の子供達もいる。ライゼガング系の子供達は上級貴族で、基本的に領主一族の側近なので一緒に救おうとしてくれているけれど、その内心では慣例を変えることに不満もあったようだ。
旧ヴェローニカ派の子供達の心情を思うばかりで、わたしは自分の側近達がどのような思いを抱えて側にいるのか考えていなかったことに気付いて青ざめる。
……ああぁぁ、わたし、主失格!
「連座処分を回避することに不満を持つ者は、こうしてエーレンフェストへ送ります。これが本来の扱いですから」
そう言って、レオノーレは「説得不能」と書いた紙をひらりとその子の上に放りだす。
レオノーレの怒りを感じて皆がゴクリと息を呑む中、するりと滑るように優雅な足取りでブリュンヒルデが進み出た。その後ろにはリーゼレータも一緒だ。
「それではダメですよ、レオノーレ」
「ブリュンヒルデ、止めないでくださいませ。処分されて当然の者のために領主一族全員が思い悩み、慣例を破ることで様々な立場の貴族から文句を言われ、更に救おうとしている者から不満をぶつけられている姿に、わたくしはこれ以上我慢できません!」
「止めるつもりはありません。転移陣で転送するのですから、魔力の縛めでは意味がないでしょう? こちらの捕縛用の紐を使わなくては」
ブリュンヒルデとリーゼレータがやや太めの紐をスッと取り出した。リーゼレータがピンと紐を握って引っ張り、いつも通りの真面目な顔で捕らえられている子を見下ろす。
「せっかくローゼマイン様のお気持ちが前向きになり、寮内をまとめていこうと奮起された時に邪魔をする者は必要ありませんものね。主の精神的な健康を守るため、わたくしは側仕えとして貴方を排除します」
……そんなリーゼレータの優秀さは望んでなかったよ! わたし、健康! 身も心も健康だから!
「えぇ、本当にリーゼレータの言う通りです。さっさと排除しましょう。慈悲深い領主一族はただでさえ色々な面で厳しい領地経営をしている中、子供とはいえ犯罪者の血縁者を数十人も生かそうとおっしゃるのです。エーレンフェストのために生きる貴族を育てるならばまだしも、領主一族への感謝さえない犯罪者の身内を生かすための食料などライゼガングにはありません」
……あぁぁ、ブリュンヒルデもライゼガング系だった! やばい! ウチの側近達が大暴走! 誰か、止めて!
あわわわわ、とわたしが周囲を見回すが、こういう時に上手くなだめてくれそうなハルトムートの姿もコルネリウス兄様の姿もない。主らしくわたしが止めなきゃ、と思って立ち上がろうとしたところで、ヴィルフリートとシャルロッテの側近が進み出て来た。
期待を込めて見上げたけれど、彼等もシュタープを握っている。
「ヴィルフリート様は旧ヴェローニカ派の子供達によって白の塔へ連れ出され、消えない汚点を付けられました。その汚点を少しでも
雪
ごうと日夜努力していらっしゃいます」
ヴィルフリートの騎士見習いアレクシスが旧ヴェローニカ派の子供達を見回すと、その件に関与したらしい子供が数人、目を伏せた。
「シャルロッテ様は洗礼式のその日に旧ヴェローニカ派の貴族にさらわれ、助けに出たローゼマイン様が長い眠りについたことで、自分のせいだとずっと心を痛めてきました。そして、エーレンフェストの聖女と呼ばれるローゼマイン様の代わりができるように、と過剰な努力を重ねてきました」
ナターリエの言葉にハッとしたような視線がシャルロッテに集まる。ここにいる領主候補生は三人とも旧ヴェローニカ派から不利益を被ったことがある。
「其方等旧ヴェローニカ派が領主一族に対して行ったことを振り返った上で、領主一族の対応に不満を持ち、初日合格する程度の努力さえ見せるつもりがないならば、こちらは慣例通りの連座処分でも全く構わない。自分達がどれだけ特別な待遇を受けていると思っているのだ?」
救いたいと思っているのは領主一族で、慣例を破ることを良く思わない貴族の方が多い、とイグナーツがじろりと旧ヴェローニカ派の子供達を睨んだ。
「……いいえ。それは、その、感謝しています。ですが、我々のことを考えてくださるのだったら、父上や母上にも慈悲をください」
家族と離れるのは辛い。レオノーレに縛られたままの一年生の声に、与えられる物ならば与えてあげたいと思っているよ、とわたしが思わず胸元を押さえるのと、シャルロッテが席を立って口を開くのはほぼ同時だった。
「そのような筋違いの願いをこちらに向けられても困ります。罪を犯したのは貴方達の家族ではありませんか。すでに犯してしまった罪をなかったことにはできませんし、犯罪に加担していなければ処分されることはありません。わたくし達にできるのは無罪の者に手を差し伸べることだけです」
犯罪者は対象外です、とシャルロッテが藍色の瞳で皆を見回しながらハッキリと言い切った。
「わたくし達領主一族は罪のない貴方達を不憫に思い、生き延びる道を示しました。ここから先を選ぶのはわたくし達ではありません。貴方達です」
……うぅ、シャルロッテがカッコイイ。わたし、何だか守られてる感じだよ。
わたしはお姉様なのだから、シャルロッテに守られているのではなくて、前に出てシャルロッテ達を守らなければならないのに、逆になっている。
このままではダメだ。わたしが立ち上がると、レオノーレが心配そうに手を伸ばしてきた。わたしはレオノーレの手を押さえて、「大丈夫ですよ」と笑って見せる。
「わたくしに救えるのは貴方達の家族ではなく、貴方達の将来です。今回の粛清で家族を失うことになれば、貴方達は自分だけの力で生きて行かなければなりません。そうなった場合、次の庇護者を見つけるために成績は大事な武器になるのです。わたくしは神殿で育てられている頃からそう言われてフェルディナンド様の教育を受けてきました」
より良い環境を手に入れるために教養を身につけろ、勉強しろ、とフェルディナンドがずっと面倒を見てくれたおかげで、わたしは平民としてビンデバルト伯爵に殺されるのではなく、領主の養女となれたのだ。
「それに、家族が軽い処分で済んだ場合のこともよく考えてくださいね。貴方の成績が原因でエーレンフェスト全体の成績を大きく落として家族に顔向けできますか? 罪を犯すはずがないと家族を信じられなかったのか、と言われませんか? 軽い処分でも犯罪者の家族として厳しい目で見られるようになりますけれど、その際も家族を養えるだけのお仕事をしようと思えば成績は必須ですよ」
旧ヴェローニカ派の子供達が戸惑ったように顔を見合わせる中、マティアスが厳しい表情になった。
「ローゼマイン様、情報漏洩が心配です。エーレンフェストの成績のためとはいえ、彼等を寮から出すことには賛成できません」
「案ずるな、マティアス。先程エーレンフェストから第一報が届いた。粛清は粗方終わったらしい。処分等の細かいことは後日であろうが、明日の試験時にどこかへ情報を送られたところで、もう意味がない」
ヴィルフリートが木札を軽く振った。驚愕の目が木札に向けられる。
思ったより早かった。養父様達はスピード勝負に出たようだ。
「粛清は終わったようです。さぁ、選んでくださいませ。今から勉強して明日の試験で合格を勝ち取るのか、このように縛られた状態でエーレンフェストに戻るのか。わたくしは貴方達の選択を尊重します」
それだけ言うと、わたしはすぐに旧ヴェローニカ派の子供達から視線を外して席に戻る。成績を落とさないためには本当に時間がないのだ。
「ブリュンヒルデもリーゼレータも勉強に取り掛かってくださいませ。今年こそ優秀者を目指すのでしょう?」
「えぇ、今年が絶好の機会ですから」
側近達が身を翻して勉強を始めると、マティアスとラウレンツはすぐにそれに続いた。旧ヴェローニカ派の子供達はお互いの様子を探り合いながら、一人、また一人と勉強している皆の輪に入って行く。
「私の縛めを解いてください! 私も勉強します!」
扉の前にたった一人だけ残されたのはレオノーレに縛られていた少年だ。皆が勉強を始めると、まな板の上でビチビチと跳ねる魚のようにもがいている。
「貴方はエーレンフェストの家族の元へ帰りたいのではないの?」
「私の家族は罪を犯しません! 信じています」
レオノーレが縛めを解くと、彼は自分の勉強道具を抱えて一年生のテーブルへ駆けて行く。
「わたくしの図書館を守るためには一人の不合格も許しません」
次の日に行われた初日の講義にはエーレンフェストは全員出席して、全員が座学の合格を勝ち取った。
「一年生は全員合格でした!」
初めての合格に興奮したテオドールが喜びの報告をしてくれる。それを喜びながらわたし達は寮の全員で昼食を摂った。ブリュンヒルデによると、五年生も座学は余裕で合格をもぎ取っているらしい。
「でもね、テオドール。三年生は全員合格ではなく、全員満点なのですよ。うふふん」
「え?」
三年生も共通の座学の試験だったが、神々の名前を全て書き出すという内容だった。カルタで遊び、聖典絵本を読んで育ったわたし達にはあまりにも簡単な試験で、つまらなく感じたほどだ。
「それならば、今の私でも満点ですよ。私も早く三年生になりたいです」
「ユーディット、四年生は午後が座学ですね」
「はい。一年間勉強していますからね。今日の共通は全員合格します」
ユーディットの頼もしい笑顔をテオドールが「うっかり妙な失敗をしないように気を付けた方が良いよ」と茶化す。そこへオルドナンツが飛び込んできた。
「ローゼマイン様、ソランジュです。新しい司書の方が中央から派遣されました。シュバルツとヴァイスの登録をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
喜びに満ちたソランジュの柔らかな声が三回響いた。中央から新しい司書を回してもらうのはソランジュがずっと願っていたことだ。これで孤独に春から秋の季節を図書館で過ごすことも仕事の全てを一人で負うこともなくなる。
給仕をしてくれているリヒャルダを見上げると、リヒャルダは笑顔で頷いてくれた。
「登録だけならば、食後に向かってもよろしいですよ。シュバルツとヴァイスへの登録ができなければ、司書の方がお仕事に困りますからね。ただ、姫様が読書をする時間はありません。よろしいですか?」
「……ちょ、ちょっとだけ、でもですか?」
ヒルデブラントやハンネローレの登録をした時のことを考えてもそれほど時間がかかるはずがない。ちょっとならば本を読む時間があるはずだ。わたしが食い下がってお願いすると、リヒャルダが溜息を吐いた。
「退室の合図が出たら、問答無用で本を閉じますからね」
「わかりました」
……わぁい。図書館、図書館!