Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (468)
ヒルシュールと加護のお話
消費魔力の効率が良くなりすぎて、自分の意思で魔力を止めることができず、勝手に祝福が溢れるようになってしまった。音楽の実技でやらかしてしまったわたしは試験に合格すると、オルドナンツでリヒャルダを呼んで逃げるように寮に戻った。
「どうしましょう、リヒャルダ? わたくし、以前と同じように魔力を止めようと思っても止まらないのです。神々のご加護を得る儀式のせいだと思うのですけれど……」
「姫様、大変申し訳ございませんが、わたくしにはその状態がよく理解できません。その、わたくしの貴族院時代は神々のご加護を得る儀式を行った後でシュタープを取得していたものですから……」
リヒャルダが困り切った顔でそう言った。卒業寸前にシュタープを得ていた昔の教育課程にはきちんと意味があったらしい。祝福を押さえたり、魔力の流れを上手く制御したりする方法を思いつかないわたしは頭を抱えた。
……こういうことになるから、昔は成長が終わって神々のご加護を得た後でシュタープを手に入れてたんじゃ!? ああぁぁ! 教育課程を勝手に変更した責任者は誰っ!?
「確かフェルディナンド様の頃もご加護の儀式の後でシュタープを取得しましたからね。シュタープを得てから神々のご加護が増えたり、魔力の効率が大きく変わったりするようなことはなかったでしょう。今夜、ヒルシュール先生がいらっしゃるのですから、相談なさってみてはいかがですか?」
「……そうします」
夕食の時間になり、ヒルシュールがやって来た。頭の痛そうな顔をしているけれど、迎えるわたしの頭も痛い。
「ヒルシュール先生、昨日の儀式のせいで魔力の制御がとても難しくなったのです。消費魔力があまり感じられなくて、音楽の実技で祝福が止まらなくなってしまいました。どうすればよいですか?」
「わたくしが知るわけがございません。祝福が溢れたところで大して困る者がいないのであれば、好きなだけ垂れ流せばよろしいでしょう。詳しくはフェルディナンド様に質問なさいませ」
魔力が多すぎる故の悩みなど解決できない、とすぐさま放り出されてしまった。
「ヴィルフリート様、お話はお食事の後でよろしいでしょうか?」
「うむ。混乱を避けて当事者だけで話ができるように側仕えに部屋を準備してもらっています。食後にそちらへ移動しましょう」
寮監がいる食事という、他寮では全く珍しくもない光景だが、エーレンフェストにとっては非常に珍しい食事の時間が始まった。一体何があったのか、と皆がヒルシュールの様子を窺っている。
ヒルシュールは加護の儀式でエーレンフェストがやらかしたことについては全く触れず、二日連続で全員が初日合格をこなした学生達を褒めてくれる。
「エーレンフェストの座学は素晴らしいですね。未だに全員が初日合格を続けているでしょう? 毎年成績を上げているエーレンフェストに関しては、先生方の間でずいぶんと評価が上がっています」
座学だけではなく、ローゼマイン式魔力圧縮を知り、実行して魔力を増やしている者も確実に増えているため、全体を見れば実技の成績も毎年上がっているらしい。
「アンゲリカ、コルネリウス、ハルトムートが卒業すると、特に、実技に関しては成績がガクリと落ちると思っていたのですけれど、レオノーレ、マティアス、ラウレンツといった後続も優秀者として成績を伸ばしていますし、領主候補生は三人とも素晴らしい成績ですからね。今年も期待していますよ」
ここ最近はエーレンフェストの初日合格に周囲も慣れてきたのか、あまり驚いてくれなくなってきていた。初日で全員が合格しても「そんなことだろうと思った」くらいの反応である。
だからこそ、先生方の間で評価が上がっているとか、毎年全体の成績が伸びているとか、第三者からの評価があると素直に嬉しい。
「フェルディナンド様が無茶を言うのですもの。わたくし、初日合格のために全力で試験を受けているのですよ」
それに今は目標を作って集中していなければ精神的に不安定になる子が多すぎるのだ。粛清の第一報が届いてから、続報は未だ届いていない。けれど、粛清に関する情報をヒルシュールに公開する気はまだない。
エーレンフェストの学生達にとっては食べ慣れた味になって来た食事をヒルシュールはうっとりと味わいながら食べている。領主会議で少しずつ売りに出しているエーレンフェストのレシピだが、やはりレシピだけを見ながらの再現はなかなか大変なようだ。
他領ではまだ何とかレシピを再現することができる程度で新しい味を作り出すところまで行っていないらしい。
「時間の問題だと思いますけれどね。わたくしの料理人も教えられるだけの料理ではなく、新しい料理を作り出すようになるまでに数年はかかりましたから」
まずは、これまでの常識とは違う調理方法や下拵えの数々をどれだけ忠実に行えるかが大事なのである。その後はそれぞれの領地の特産を生かし、そこに住む者の舌に合わせて「どこからこうなった?」と首を捻りたくなるような魔改造が始まるはずだ。
……その間に、こっちは新しい味を作り出さなきゃいけないんだけどね。
「ローゼマイン様、こちらのデザートは何でしょう?」
「エーレンフェストでは『ムース』と呼んでいるお菓子です」
蜂蜜のヨーグルトムースをスポンジの間に挟んだ手の込んだデザートである。ちなみに、今年のご褒美レシピはこのムースである。オトマール商会でゼラチン作りが始まったので、公開できるようになったレシピなのだ。
……イタリアンレストランで頑張るフリーダのために、わたし、ゼラチン普及に協力するんだ。
別に、「貴族の間でゼラチン料理を流行らせてほしい」とたくさんゼラチンをもらったから便宜を図っているわけではない。おいしい物が流行ればいいな、と思っているだけである。
プリンやゼリーなどのプルプルした食感があまり受け入れられなかったことは経験済みなので、ご褒美レシピを公開する時はコルデのムースタルトにして、去年のご褒美と組み合わせられることを見せている。
今日のケーキは中央向けの反応を見るために、特別に準備してもらった。スポンジケーキはまだ時々失敗が出るので、大規模なお茶会で大量に準備することは難しい。王族相手の小さなお茶会に持っていく予定なのだ。
「食感が食べ慣れていないでしょうから、味は蜂蜜とヨーグルトで食べ慣れたものにしてみました。いかがですか?」
酸味の強いヨーグルトの味わいを蜂蜜のムースが柔らかくしている。ムースを薄く切ったスポンジの間に挟んだので、食感もそれほど気にならないと思う。
「確かに、初めて食べる食感ですね。口の中でほろほろと解けていくようで、とてもおいしいです」
「……王族にお出ししても大丈夫でしょうか?」
「もう少し見た目を華やかにできれば良いと思いますけれど、味は問題ないでしょう」
ヒルシュールから合格をもらったので、見た目についてはもう少し考えてみたい。コルデやルトレーベの赤い色合いのジャムで飾れば、白と赤で冬らしいお菓子になると思う。
そして、お茶会の試食を兼ねたデザートを終えると、部屋を移動する。今回、話をするのは基本的に当事者とアウブへの報告義務がある領主候補生だけ、ということになった。属性の増えたフィリーネとローデリヒ、領主候補生のわたし、ヴィルフリート、シャルロッテ、そして、寮監であるヒルシュールが今回の話し合いの当事者となる。
六人が座れるように席が準備され、側仕え達によってお茶が準備されると、側仕えや護衛騎士は少し下がるようにヒルシュールが指示を出した。
「人払いはしませんが、盗聴防止の魔術具は使わせていただきます。こちらを起動してくださいませ、ローゼマイン様」
「え?……わたくしがするのですか?」
範囲を指定するタイプの盗聴防止の魔術具を渡され、わたしは思わずヒルシュールを見つめる。こういう魔術具は普通持って来た人の魔力で起動させる物だ。
「ローゼマイン様には音楽の実技で祝福を一曲分流し続けられるだけ魔力の余裕があるのでしょう? 命の危機になるくらいに魔力が少ない状況では勝手に祝福が溢れるようなことはありません。余っているからそうなるのです」
ヒルシュールにそう言われ、わたしは範囲指定をする魔術具に魔力を込めて、指示された通りに置いていく。やはり消費魔力がかなり小さくなっているようで、あまり魔力を使っている感じがしない。
……まるでユレーヴェを使った後で細かい制御ができなくなった時みたいだよ。今年こそ奉納式や冬の主を倒す協力に魔力を放出した方が良かったかも?
溜息を吐きながら全てを設置すると、わたしは席に着く。ヒルシュールがそこにいる皆を見回した。
「では、ご加護を得る儀式に参加していなかったシャルロッテ様もいらっしゃいますし、グンドルフから話を聞いたとはいえ、わたくしは儀式の監督をしていたので、講堂で交わされた会話を存じません。情報の開示から始めましょうか」
ヒルシュールが主にシャルロッテに対して、ヴィルフリート、フィリーネ、ローデリヒの昨日の儀式について説明を行う。しかし、わたしの儀式については全く触れなかった。三人の儀式が普通ではないならば、わたしの儀式は更に異常事態だったはずだ。ちらりとヒルシュールを見たけれど、ヒルシュールはまるでわたしの儀式はなかったこととして扱っているように思えた。
「フィリーネが属性を増やして講堂へ戻った後、グンドルフとはどのような話をしたのですか?」
わたし達は講堂での会話を思い出しながら話し、補っていく。それをヒルシュールは頷きながら聞いていた。
一通りの話を終えると、シャルロッテが不思議そうに首を傾げる。
「神々のご加護を得る儀式なのですから、眷属のご加護を得ることはそれほど驚くことだと思えないのですけれど……」
シャルロッテの意見はわたし達の意見でもある。ローデリヒのように突然全属性になったということでもなければ、大して驚くことではないだろう。わたし達の意見にヒルシュールは溜息交じりに「戦い系の眷属のご加護を得る騎士見習いやダンケルフェルガーを除いたごく普通の貴族の場合についてご説明しましょう」と言った。
「普通は適性を持っている属性の大神からのご加護を得るだけなのです。わたくしが調べたところ、故意に隠している寮監がいなければ、もう十数年は戦い系以外の眷属からのご加護を得られていないようです」
「え?」
珍しいことだとは言われていたけれど、そこまで珍しいことだとは思っていなかった。思わず目を瞬いてお互いの顔を見合うわたし達にヒルシュールは更に続けた。
「昔も複数の眷属からご加護を得るのは王族や領主候補生がほとんどで、中級貴族や下級貴族が眷属からご加護を得たことは非常に少なく、百年ほど遡らなければ発見できなかったほどです」
「フィリーネもローデリヒもすごいのですね」
「……今回のエーレンフェストの異常さを理解していただきたいのですけれど」
ヒルシュールに睨まれて、わたしは頷いた。大丈夫だ。原因はよくわからないけれど、ちょっと変だということは理解している。
「ダンケルフェルガーや騎士見習いが戦い系の眷属の加護を得ることはあるけれど、それが何故なのかはわかっていませんし、それ以外の者が眷属の加護を得られることは滅多にございません。けれど、全く前例がないわけではないので、ヴィルフリート様がたくさんの眷属からご加護を得たことは驚かれて称賛されますが、それだけで済みます」
ヒルシュールは「ダンケルフェルガーのハンネローレ様も複数の眷属からご加護を得ましたからね」と言った。
「ただし、フィリーネの場合は違います。フィリーネは下級貴族で、風の適性もシュツェーリアのご加護もなく、眷属であるメスティオノーラのご加護だけで属性を増やしました。これはすぐには発見できないくらいに希少な例なのです。全属性を得たローデリヒは言うまでもありません」
フィリーネとローデリヒの表情が曇った。属性が増えたことをただ喜んでいたけれど、それがここまで大事になるとは考えてもいなかったのだろう。
「ヒルシュール先生、わたくしはどうなのでしょう?」
わたしもたくさんの眷属からご加護を得たし、神々の像が動いたけれど、それはどの程度珍しいことなのだろうか。わたしの質問にヒルシュールは軽く手を振った。
「ローゼマイン様が規格外なのは今に始まったことではありませんし、すでに承知の上なのでどうでも良いです」
「いや、良くないであろう!?」
即座に突っ込んだのはヴィルフリートだ。貴族院ではわたしが引き起こす問題に一番振り回されることになるヴィルフリートは「一番大きな問題に繋がるのに放置するな」と主張する。
しかし、ヒルシュールは軽く聞き流し、完全に匙を投げた顔でニコリと微笑んだ。
「ローゼマイン様に関することはフェルディナンド様に尋ねて規格外同士で処理していただくのが一番です。似たような状況を理解できる方がいるのですから、ローゼマイン様の後始末はわたくしの管轄外です」
「エーレンフェストの寮監なのに、管轄外だなんてひどいです!」
ちゃんと関わってください、とわたしが訴えると、ヒルシュールは更に笑みを深めて首を振った。
「お断りします。真摯に対応するだけこちらが馬鹿を見るのはフェルディナンド様の時に経験済みですから。フェルディナンド様からお願いされているので、面倒事の隠蔽には協力しますし、講義の面でできるだけ便宜は図りますけれど、後始末は自分達でお願いいたします」
……フェルディナンド様のせいでヒルシュール先生に見捨てられたっ!
ひどいよ、とわたしが嘆いているのにも構わず、ヒルシュールは先を続ける。
「わたくしにとって問題なのは、最初から規格外だとわかっているローゼマイン様ではなく、その周囲にローゼマイン様の影響が及び始めていることなのです」
そう言いながらヒルシュールはフィリーネとローデリヒを交互に見つめる。
「昨日、加護の儀式を行ったエーレンフェストの学生は八人でした。そのうち、半分の四人は普通に適性分のご加護を得て、何事もなく儀式を終えました。異常事態が起こったのがローゼマイン様、ヴィルフリート様、フィリーネ、ローデリヒです。共通点に気付きませんか?」
ヒルシュールにそう言われ、わたしは必死に共通点を探してみる。性別も半々だし、身分も違う。何かあるだろうか。
「……全くわからぬ。エーレンフェストの者という以外に何か共通点があるか?」
「ローゼマイン様本人、ローゼマイン様の側近、そして、ローゼマイン様の婚約者と、ローゼマイン様の関係者ばかりなのです」
「なるほど、確かにそうだ!」
ヴィルフリートがスッキリした顔でポンと手を打っているが、わたしは何が何でも否定したい。
「いきなりわたくしのせいだと決めつけないでくださいませ!」
しかし、わたしの意見に賛同している者はいない。シャルロッテやフィリーネまで何故かヒルシュールの不穏な仮定に納得している。
「エーレンフェストに想定外の変化が起こった時は大体ローゼマイン様が中心にいますから、わたくしは確信を持っています」
「うぐぅ……」
反論できずに黙り込むと、ヒルシュールは真面目な表情でわたしを見て来た。
「神々のご加護を得る上で、他の貴族がしていないことを何かしていると思うのです。思い当たることはございませんか?」
「神々の加護を得るために必要なことで、他の貴族はしないことですか? それならば、心当たりはありますよ」
「あるのか!?」
わたしが答えると、周囲が一斉に身を乗り出して目を剥いた。
「え? え? シャルロッテ以外は全員わかるでしょう? 講堂でお話していたではありませんか。むしろ、何故ヒルシュール先生やグンドルフ先生が思いつかなかったのかわかりません。参考書にも普通に書いてあるではありませんか」
「ローゼマイン様は神々のご加護を得るために何をしているのですか?」
食らいつくような勢いのヒルシュールにわたしは少し体を後ろに引きながら、「お祈りです」と答えた。
「お、お祈り、ですか?」
「えぇ。わたくしは神殿長ですから、日常的に神々へ祈りを捧げていますし、魔力の奉納もしています」
そう言ってから、わたしはそこにいる皆の顔を見回した。
「フィリーネとローデリヒは神殿長であるわたくしの側近ですから、神殿に出入りして日常的にお祈りをしています。わたくしが神具を作れるので、自分達も見たり、触ったりしたいということで、ハルトムートを始め、わたくしの側近達は神具に触れて図らずも奉納になったこともございます」
けれど、神具を間近で見て、魔力を通すことで、器用なハルトムートやコルネリウス兄様はエーヴィリーベの剣を作り出せるようになっている。必要な魔力が多すぎるので、戦いには向かないと言っていたけれど。ダームエルは魔力が足りずに剣の形をほとんど維持できずにかなり落ち込んでいた。
「……ずいぶんとエーレンフェストの神殿は変化しているのですね。わたくしが知っている神殿とは大違いです」
「色々と力を尽くしていますから」
フフン、と胸を張った後、わたしはヴィルフリートとシャルロッテに視線を向けた。
「それに、ヴィルフリート兄様もシャルロッテもわたくしの神事の手伝いで直轄地を回り、祈念式や収穫祭の儀式を行い、お祈りをしています。それに、エーレンフェストの礎の魔力に供給する時もお祈りを捧げています。他領ではしていないのですよね?」
「そういえば、そのようなことを言っていましたね」
ヒルシュールは何度か目を瞬きながら頷いた。
「神々に祈りを捧げることで加護を得るということは参考書にも聖典にも書かれています。他領の貴族が神殿を忌避し、真摯に祈りを捧げていないのでしたら、加護を得られないのは当然の結果だと思うのです」
神々の名前を覚えていないアンゲリカが加護を得られなかったように、真摯に祈りを捧げていない者に与えられる加護は最低限だと思う。
「わたくし達の理解の仕方が違っていたのですね。参考書に書かれている、神々に祈りを捧げよ、という言葉は加護を得る儀式の方法ではなく、生活に取り入れる生活習慣だったということですか」
ヒルシュールはハァと溜息を吐いた。
「えぇ。昨日、わたくしがご加護をいただいた眷属の神々もお祈りを捧げたことがある神々がほとんどですし、一度もお祈りを捧げていない神々からはご加護を得ていません」
そう言いながら、わたしはそっと頬に手を当てた。
「ハンネローレ様がドレッファングーアやアングリーフに日常的にお祈りをしていないか、騎士見習いやダンケルフェルガーが戦いの前に祈りを捧げていないか尋ねてみれば、少しは確信が得られるかもしれません」
「……それは参考になるかもしれませんね」
複数の眷属の加護を得ている者が最も多いダンケルフェルガーで話を聞いてみましょう、とヒルシュールが言った後、少し表情を引き締めた。
「ヴィルフリート様の眷属のご加護とフィリーネの属性の増加は理解できました。フィリーネは神に祈るための場所である神殿で、知的な活動をし、メスティオノーラのご加護を祈ってきたのですね。ですが、ローデリヒの全属性はそれでは説明ができませんよ。こちらに関しても心当たりはあるのですか?」
ヒルシュールの言葉にローデリヒがグッと拳を握って俯いた。
「思い当たることがないわけではありません。ですが、口外しても良いことなのかどうかが私には判断できません。アウブに相談してからお答えします」
「……昨日の内に相談しなかったということは、アウブはお忙しいのかしら?」
ヒルシュールが領主候補生を順番に見ながらそう問いかける。そう、養父様は今領地内の旧ヴェローニカ派の粛清や処分の決定で死ぬほど忙しいと思う。主戦力であるフェルディナンドが抜けたから尚更である。
「冬の社交界の時期はどこのアウブも忙しいものですから」
「少し余裕ができれば、一度お話がしたいのです」
「え?」
どちらかというと、アウブを避けているように見えたヒルシュールが「話をしたい」と言い出すとは思わなくて、わたしは目を瞬いた。
「何をお話するのですか?」
わたしの質問には答えずに、ヒルシュールはヴィルフリートへ視線を移す。
「神々のご加護が増えるとどうなりますか? お答えくださいませ、ヴィルフリート様」
「消費魔力が減り、その属性の魔術を行いやすくなります」
「正解です。では、フィリーネ。魔力が増えるとどうなりますか?」
「大きな魔術を使うことができます。もしくは、少しずつ使う場合は長く使うことができるようになります」
ヒルシュールは「正解です」と言った後、わたしをじっと見つめる。
「ローゼマイン様は圧縮方法を考案したとおっしゃいました。現に、エーレンフェストの学生の半分ほどが他領の学生に比べ、効率的に魔力を増やしています、そして、今年、ご加護を増やす方法が発見されました。ローゼマイン様がおっしゃったことが事実ならば、これから先、エーレンフェストの学生だけが複数の眷属のご加護を得られるようになるでしょう」
魔力圧縮で魔力自体が増え、ご加護が増えることで効率的になる。これまでの数倍の魔術を行うことができるようになるのだ。
「眷属のご加護を増やすことができるというのは、ユルゲンシュミット全体にとって大変なことです。わたくしはローゼマイン様の今年の研究成果として、領地対抗戦でご加護の増やし方を発表することをお勧めいたします」
「……魔力やご加護の増やし方は秘匿する物ではないのですか?」
ヒルシュールは「本来ならば」と肯定した上で、キラリと紫の目を光らせた。
「……皆さまはエーレンフェストが今どのような印象を持たれているのか、ご存知ですか?」
領主会議の後で聞いた報告についてわたし達が述べると、ヒルシュールは「ご自分にとって都合の悪いことを隠すアウブではないのですね」と小さく呟いた。
「正直なところ、政変を中立で終えてほとんど被害がないままに自領の成績をぐんぐんと上げて、次々と流行を発信し、上位領地に食い込んでいくエーレンフェストは他領から良く思われていません」
そのうえ、アウブ・エーレンフェストにはひどい噂も多い。成績の上昇と比例するようにここ数年で一気に増えた、とヒルシュールは言う。
「魔力だけでなく、加護までエーレンフェストが独占状態で増やしていくのは中央にとっても印象が良いものではございません。それはわかりますね? だからこそ、ご加護を得る方法を発表することで周囲の感情を和らげてみてはいかがでしょう? 中央への貢献にも繋がります」
「アウブに相談しなければ、わたくしだけで決められることではありませんね」
「えぇ。よく話し合って考えてくださいませ」
ヒルシュールは少しホッとしたように息を吐いた後、わたしを呼んだ。
「ローゼマイン様、貴女はフェルディナンド様の愛弟子ということで、とても注目を集めています」
中央では聖女伝説の大半をフェルディナンド様が裏で糸を引いていると考えている者がいるらしく、フェルディナンドがアーレンスバッハへ向かった今、わたしを探ろうとしている者がとても多くなっているらしい。何か重要な情報をフェルディナンドから得ているのではないか、と疑っているそうだ。
「ただ、ローゼマイン様はほとんど社交の場に出られませんから情報がとても少ないようです。わたくしも何度か呼び出されて色々と質問をされました。フェルディナンド様とローゼマイン様の二人に関して……」
その場にいる全員がゴクリと息を呑んだ。
「新しく講師としてやってきたエグランティーヌ様もローゼマイン様と最も仲が良い王族というのが理由で選ばれています」
「エグランティーヌ様が?」
「彼女はもうクラッセンブルクの者ではなく、アナスタージウス王子と婚姻した中央の王族です。王に命じられれば、その仕事をしなければなりません。できるだけ気を付けなさいませ。わたくしは隠匿に協力はいたしますが、面倒事の後始末はいたしませんよ」
ヒルシュールの全く変わらない姿勢に、どうしてフェルディナンドがヒルシュールを信頼していたのか理解した。
「……図書館も控えた方が良いですね。新しい上級司書のオルタンシアは中央の騎士団長の第一夫人なのです」