Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (471)
アウブとヒルシュールの面会
奉納舞のお稽古で何とか祝福を溢れさせることなく合格を勝ち取ったわたしだったが、あの後の皆の反応が怖くて仕方がない。お稽古から戻って来たヴィルフリートとシャルロッテをすぐさま会議室に案内して、ビクビクしながら尋ねてみた。二人は何とも言えない顔でそっと息を吐いた。
「……祝福は抑えられましたけれど、魔石全体が光を帯びていましたから。その、聖女と言われれば納得するような光景でございました。ね、お兄様?」
「うむ。舞っている私が気付いたほどだ。とても目立っていたぞ」
なんとヴィルフリートも途中で光り出した魔石に気を取られて舞を途中で止めてしまったらしい。皆が光る魔石に驚いてポカンとしていたことは知っているが、周囲が舞を止めていることさえわたしは気付かなかった。
……祝福が溢れないように必死だったんだよ!
「ほ、他の方々の反応はどうだったのでしょう?」
「小広間の中では誰もが口を噤んでいたので、それぞれの反応はよくわからぬ。ローゼマインが去った後は気を取り直して稽古したからな」
「領主候補生ばかりですから、どなたも顔色や内面を隠すのに長けていらっしゃいますもの。それぞれの寮に戻った後で周囲やアウブにどのように報告されているのかについては、もう少したってからでなければわかりませんね」
ヴィルフリートが首を振り、シャルロッテは溜息を吐きながらそう言った。奉納舞のお稽古は領主候補生だけが行うので、上級貴族が一緒の音楽の実技と違って見た者は少ない。ただ、小広間にいた全員が領地の最上位に位置する者なので、どのような影響がどのように出るのか、今の時点ではわからないそうだ。
「そうですか。……それから、こちらがエーレンフェストから届いていました。二日後の夕食時、ヒルシュール先生との面会のためにアウブがいらっしゃるそうです。ヒルシュール先生にはオルドナンツで連絡しておきました」
わたしが木札を差し出しながらそう言うと、ヴィルフリートとシャルロッテが不安そうな表情で顔を見合わせる。
「……そうか。父上がいらっしゃるのか」
「領地対抗戦で神々のご加護について発表するのでしたら、ある程度の仮定や結果が必要になりますもの」
二人の顔色が少し曇ったのは粛清の結果についてもはっきりするからだろう。
そして、養父様が来るまでに旧ヴェローニカ派の子供達も含めて皆で採集場所に赴き、たくさんの薬草や素材を採って、祝福で回復しておいた。養父様に渡して、寮内が上手く回っていることをアピールするのだ。そして、魔石や薬草で冬の主の討伐に備えてほしい。
「姫様方、転移陣の騎士から連絡がございました。これから移動が始まるようです」
リヒャルダの言葉に午後の実技を早々に終えたわたしとすでに座学を終えているシャルロッテの二人が顔を上げた。夕食よりもずいぶんと早い時間である。
「先にお話の擦り合わせは必須ですからね。リヒャルダ、会議室の準備は……」
「すでに整っています」
すでに座学を終えて寮にいる低学年の側仕え見習いを指導しながら、リヒャルダは会議室の準備を整えさせたらしい。わたしは多目的ホールで本を読んでいたので気付かなかった。
転移陣の間に向かうと、護衛騎士が三人出て来た。そして、転移陣で現れる主を待つ体勢をとる。
「お母様もご一緒でしたの!?」
シャルロッテが驚きの声を上げた。転移陣で寮にやって来たのはアウブだけではなかったのだ。養母様も一緒だとは思わなくて、わたしも驚いた。養母様はシャルロッテとよく似た色合いの藍色の瞳でわたし達を見た後、頬に手を当てて溜息を吐いた。
「ヒルシュール先生とのお話はエーレンフェストにとって大事ですもの。わたくしも同席しなくてはね」
「私は別件で忙しかったため、今年は寮から届く報告書に目を通していたのはフロレンツィアだったのだ」
養父様がそう言って肩を竦めた。マティアスの進言による粛清の前倒しでバタバタとしている中、貴族院からの報告書に目を通していたのは養父様ではなく、養母様だったらしい。
わたし達はリヒャルダ達に準備してもらっていた会議室へ向かい、ヒルシュールとの面会前に話の擦り合わせを行う。側仕え達にお茶の準備をしてもらい、一息ついたところで実技を終えたヴィルフリートが合流してきた。
「お待たせいたしました」
「お話はこれからです、ヴィルフリート。頑張っているようで、母は嬉しく思いますよ」
「母上がご一緒だとは思いませんでした」
ヴィルフリートの言葉に養母様が「本当に皆が同じことを言うのだから」とクスクスと笑った。
「移動した当日に重大な報告があったでしょう? それでジルヴェスター様はもちろん、騎士団が大忙しになったのです。ですから、わたくしが皆の報告書を読むことになったのですけれど、次々と届く報告書に本当に面食らってしまって……」
三年生では講義初日からわたしの関係者ばかりが神のご加護を大量に得た。そして、それが原因でわたしの魔力の調節が効かなくなって、次の日には音楽の実技でフェシュピールと共に祝福を撒き散らかした。
ここで早くもヒルシュールから面会依頼が届く。例年ならば「特筆すべきことはありません」で済ませる寮監からの面会依頼で、しかも、神々のご加護を増やす方法を公表することに関する相談まである。
養母様はこの時点で自分の手に余る、と判断し、養父様や騎士団長であるお父様、そして、お母様にも相談したらしい。
土の日に採集場所に祝福を行って対策を練ったと報告が来て、胸を撫で下ろしていたら、週明けのお昼に「このままでは奉納舞のお稽古でも祝福が溢れるかもしれない」という緊急要請で空の魔石を大量に要求されてしまう。養母様はとても大変だったようだ。
「しかも、魔石には魔力が満たされてすぐに戻って来たでしょう? あの日の午後は騎士団に連絡を取って空の魔石を集めながら、側仕えには予定を空けさせてヒルシュール先生との面会時間を作り、文官に木札を書かせていたのです」
様々な手配をしながら奉納舞がどうなったのかと心配していれば「祝福が溢れるのは阻止できたものの、大量の魔石を光らせて注目を集めまくりました」という報告が届いたらしい。
……客観的に聞くと、何が起こっているのか、わけがわからない状態だね。
「それで、神々のご加護を得る方法を公表することについてなのですけれど、ローゼマインはどのように考えているのですか?」
「一部分は公表すれば良いと思っています。基本的に不干渉を貫くヒルシュール先生がわざわざ進言してきたのですから、エーレンフェストを取り巻く状況は非常に良くないのでしょう。順位を急激に上げた数年で悪評が一気に増えたと伺いました」
領主会議に出席しているアウブ夫妻、周囲の噂を拾い集める文官や側仕えが少し表情を硬くする。
「上位領地は下位領地に施すものが必要なのでしょう? 今はどの領地も基本的に魔力が足りていないのですから、ご加護を得ることで魔力の消費はかなり効率的になって、領地に回せるようになれば少しは周囲との関係も変化するのではございませんか?」
もちろん、領地のために魔力を使うためには神殿との関係改善が大事になる。儀式のために渋々でも貴族達が神殿に出入りするようになれば、少しは神殿の在り方が変わってくると思う。
「フレーベルタークはエーレンフェストを真似て領主候補生が直轄地を回るようになったため、収穫が増えたと聞いています。けれど、あまり大っぴらに神殿に出入りしているとは言えない雰囲気で、周囲にはその話が広がっていませんよね?」
フレーベルタークの領主候補生だったリュディガーが神殿の儀式に参加して、土地を魔力で満たしたという話は親睦会で報告されたけれど、お茶会などの話題として大々的に取り上げられたことはないと思う。少なくとも、わたしはお茶会でそんな話題を聞いていない。
「そうだな。男ばかりの社交でもリュディガー様は神殿に出入りして儀式を行っていることや、エーレンフェストに感謝しているという言葉は出していなかったと記憶している」
「わたくしも下位領地や中領地とお茶会をしましたが、フレーベルタークの貴族達から領主候補生が儀式をして回ったというお話は聞いていませんね。ディートリンデ様が開催する従姉弟会で少し話題になった程度でしょうか」
ヴィルフリートとシャルロッテの言葉に、養父様と養母様も顔を見合わせた。
「それは領主会議でも同じことだな。内輪で集まった食事会でコンスタンツェ姉上から礼を述べられたが、全ての領主が集まる場でフレーベルタークが神殿に出入りしているとは発言していなかった」
「順位的に中領地の底辺に落ちているフレーベルタークはこれ以上領地に疑惑の目を向けられるのは避けたいのでしょうけれど、お兄様達がそちらで発言してくださればエーレンフェストに向けられた悪い噂はかなり払拭できたでしょうね」
エーレンフェストのアウブ夫妻とフレーベルタークのアウブ夫妻は兄妹同士だ。関係が深いだけに、悪い時も良い時もお互いに影響が大きくなる。これまでエーレンフェストがしてきたように、周囲の悪い噂に引きずられないように保身を第一に考えるのは下位領地ならば当然だ。
「ですから、養父様の悪評を打ち消すための根拠として神々のご加護を得る方法に関する情報発信すれば良いと思います。もちろん、全てを公表するわけではなく、当たり障りのない部分だけで十分だと思うのですけれど」
「なるほど。では、やってみろ」
「アウブ・エーレンフェスト、ヒルシュール先生がいらっしゃいました」
大まかな打ち合わせを終える頃にはヒルシュールがやって来た。向かい合う養父様とヒルシュールの雰囲気が二人とも硬い気がする。
「ご無沙汰しています、アウブ・エーレンフェスト」
「領地対抗戦でもあまり顔を合わせぬからな」
二人の硬い表情を和らげるように養母様が微笑みながら、二人の間に入った。
「ヒルシュール先生からの面会要求があって本当に助かりました。貴族院の原則として、こちらからは手が出せませんから」
「そうだ。助かった。……それから、顔を合わせて一度きちんと謝りたいと思っていたのだ。母上が済まないことをした。フェルディナンドに教えられるまで知らなかった自分を情けなく思っている」
ヒルシュールが軽く息を吐いて首を振った。
「書簡で謝罪はすでに受け取っています。他者がいる前でアウブが容易く頭を下げるものではございませんよ、ジルヴェスター様」
「フェルディナンドがアーレンスバッハへ向かったし、これからはきちんと援助金を支払うつもりだが、エーレンフェストからの援助はいらぬと其方は返答したではないか……」
許す気がないからであろう? という養父様にヒルシュールはニコリと微笑んで首を振った。
「謝罪は受け取れても援助は受け取れません。わたくし、黙秘はしても後処理はいたしませんから、これからも金銭は結構です。少々のお金ではとても報いにならないような問題が山積みになりそうですからね。これまで何の援助もなかったのに、必要な時だけ援助すれば自分達に都合良く動くと思われるのも心外です」
そう言いながらヒルシュールはわたしを見た。養父様もわたしを見て、うーん、と顔をしかめる。
「ローゼマインが卒業した後ならばどうだろうか?」
「そうですね。その件に関してはその時に考えましょう」
……あっさり手のひら返した!?
「そこは、わたくしの信念に変わりはありません、とカッコよく決めるところですよね、ヒルシュール先生!?」
「あら。わたくしの信念は、全ては研究のために、ですよ、ローゼマイン様」
キラリと紫の瞳を輝かせたヒルシュールが全く変わらないところにわたしは肩の力を落とす。クックッと笑いながら、養父様がわたしの肩を軽く叩いた。
「毎年、毎年、問題が大きくなっているのだから、ローゼマインとてヒルシュール先生の言い分も理解できるであろう?」
「え? そんなに毎年大変さが増えていますか?」
毎年報告する内容には事欠かないが、それほど大変さが増えているとは思わなかった。私の言葉に周囲が唖然とした顔になり、ヴィルフリートが「本気で言っているのか?」とわたしの肩を揺さぶる。
「ローゼマイン、其方が一年生の時は問題だらけに見えても保護者呼び出しはなく、二年生の時は半ばに呼び出しがあり、三年生は一週間で面会依頼だ。問題の大きさが加速度的に増しているとは思わぬか?」
ヴィルフリートの訴えに、わたしはそう言われるとそうかもしれないと一応納得した。けれど、反論させてもらいたいこともある。
「わたくしだって別に問題を起こしたくて起こしているわけではありませんし、今年に関しては完全に不可抗力だと思います。儀式で加護をたくさん賜ったのはわたくしが神殿長としてお勤めをしていたせいですし、音楽の実技で祝福が飛び出してしまったのはシュタープで魔力制御ができなくなったせいですし、奉納舞のお稽古で目立ってしまったのも祝福を抑えようと努力した結果ではありませんか。……強いて言うならば、教育課程を勝手に変えた人が悪いと思います!」
わたしが拳を握って力いっぱい主張すると、ヒルシュールがフェルディナンドと同じようにこめかみを押さえる。
「ここには身内しかいませんが、あまり堂々と王の批判をするものではございませんよ、ローゼマイン様」
「え? つまり、今わたくしが苦労しているのは王様のせいということですか!?」
わたしがヒルシュールを振り返ると、ヴィルフリートが溜息交じりに首を振った。
「ローゼマイン、口を閉じろ、と言われたのだ」
「あ、はい。申し訳ございません」
……王様の批判は心の中だけ。王様のバカバカ!
ヒルシュールへの謝罪が一段落したら夕食だ。そして、詳しい話は食後に改めて行われる。養父様や養母様がいるので、今日は領主一族とそれ以外の学生で食事時間が分けられている。
「これは批判ではなく要望なのですけれど……」
わたしはしっかりと前置きをした上でヒルシュールを見た。
「わたくしのようにシュタープを得てから魔力の流れや消費魔力に大きな変化があると、魔力の制御が非常に大変なことになるので、シュタープや神々のご加護を得る実技は昔のように卒業前に戻した方が良いと思います」
「ローゼマイン様のような学生は滅多に出ませんからね……」
そう言いながらヒルシュールは早くにシュタープを得るメリットを上げる。シュタープがなければ、シュタープに変わる魔術具をたくさん準備しなければならないし、魔力の消費も大きい。
シュタープがあれば魔力消費の効率が上がり、できることの範囲が大きく広がるため、未成年でも領地の役に立てる。貴族がガクンと減った時にはシュタープを前倒しで得ることには大きな利点があるらしい。
特に、各地から青色神官や巫女上がりの学生が特例で貴族院に入ってきた時分には重要だったようだ。
「でも、これからは違いますよ。エーレンフェストでは魔力の圧縮方法も変わっていますし、行いやお祈りによってご加護を得られる数が変わるようになります。成長期を終える前にシュタープを取得すると困る学生が増えるようになると思います」
一番危険なのはローデリヒだ。わたしに名捧げした影響で全属性になってしまったし、まだ成長期真っ盛りである。魔力の伸びによっては今のシュタープで制御できなくなる可能性がある。
「成長期を終えるまでに魔力を伸ばし、加護を得られる眷属が増えれば、もっと品質の良いシュタープを得ることができるかもしれません。何より、シュタープを得られるのは一人につき、たった一度なのに、自分に合わないシュタープでは一生困るのです」
まだ今ならばシュタープなしで行っていた講義の内容が残っているし、教え方を知っている先生方もいるだろうけれど、世代交代が進んでしまうと簡単に失われてしまう情報になる。そうしたら、次は戻したくても戻せなくなってしまう。
「わたくしはシュタープを得る前にフェルディナンド様に教えられて調合をしたことがあるので、シュタープなしでも調合できます。でも、ヴィルフリート兄様やシャルロッテはもちろん、文官のハルトムート達でさえシュタープなしの調合方法を知らないのです。当然調合に必要な魔術具の作り方も次第に忘れられていきます。これは結構大きな問題だと思うのです」
「……一応そういうお言葉があったということは王族に伝えておきましょう」
要求という名の批判で夕食を終えると、また会議室でお話し合いである。主な議題はエーレンフェストが置かれている状況の確認と加護を得る方法の公表についてだ。
ヒルシュールから貴族院や中央におけるエーレンフェストの評価について話があり、なかなか厳しいことが述べられる。
「長くて激しい争いでしたからね。勝ち組にも負け組にも傷は大きかったのです。エーレンフェストは被害などほとんどなかったに等しいですから、周囲の目はどうしても厳しくなりますよ」
エーレンフェスト側の見解では中央に言われた分は何とかこなしているし、こちらも大変なのだが、と文句を言いたいところであるが、周辺の領地はもっと大変なのだそうだ。
「周囲との関係改善は最優先にしていただきたいのですけれど、心配事もございます」
「何だ?」
「中央の騎士団長がフェルディナンド様をずいぶんと目の敵にしているようでした」
ヒルシュールは心配そうにそっと息を吐いた。エーレンフェストを、ではなく、フェルディナンド個人の名が出たことに皆が訝しい顔になる。
「フェルディナンドと中央の騎士団長に何か接点があったか?」
養父様の言葉に、わたしは口を噤んだ。養父様はフェルディナンドがアダルジーザの実であること、それを中央騎士団長が知っていることを知らないのだ。おそらくヒルシュールも知らないのだろう。ゆっくりと首を振った。
「理由は存じません。エーレンフェストに関してわたくしに探りを入れてくる他の方は流行と取引枠の拡大、成績向上の秘密、噂が真実か否かなどを問うのですけれど、騎士団長だけは名指しでフェルディナンド様とローゼマイン様に関する質問ばかりをするのです。気を付けた方が良いと思われます」
わたしは図書館で会った騎士団長を思い出す。フェルディナンドをアダルジーザの実だと言って、アーレンスバッハへ行くように言った人だろう。そして、今は自分の第一夫人を上級司書として貴族院の図書館へ送り込んで、わたしの情報を得ようとしている。
「周囲が敵だらけだからこそ、神々のご加護を得る方法を公開し、少しでも社交の役に立てるようになさいませ。これはアナスタージウス王子からのご指示でもあります」
エーレンフェストの社交は下位領地のもので、上位となった今の順位にそぐわないらしい。上位領地らしい振る舞いが求められているのだそうだ。
「神殿の儀式や礎の魔術具に魔力を込める時の祈り言葉に関してはエーレンフェストが独自で行っていることです。神殿長であるローゼマイン様の研究内容に相応しいですし、上手く発表すればエーレンフェストの評価をグッと上げることができます。ただ、今のエーレンフェストだけの発表とすると、信用が得られないことも考えられます。ダンケルフェルガーでアングリーフのご加護を得られる者が多いことに関しては先にルーフェンに話を通してあるので、ダンケルフェルガーと共同の研究ということにしておくと良いですよ」
一部をダンケルフェルガーとの共同研究ということにすれば、研究自体の信用が上がるとヒルシュールは言った。
「ヒルシュール先生、多くの助言に感謝する」
「……下手をすると、研究自体をダンケルフェルガーに奪われる可能性もあるのです。少しは疑いなさいませ。貴方は学生ではなく、アウブなのですよ。中央貴族であるわたくしの言葉を鵜呑みにするものではありません」
ヒルシュールの先生らしい言い方に養父様が苦笑する。
「フェルディナンドを庇い続け、今ローゼマインを庇い続けている其方を二人の家族である私が信用しなくてどうするというのだ?」
養父様の言葉を呆気にとられたような顔で聞いたヒルシュールが肩の力を抜いて、小さく笑った。
「そう言うところが甘いのですけれど……。卒業してからこれまで貴方の本質が変わっていなかったことがわかって何よりでした。フロレンツィア様、ジルヴェスター様をよろしくお願いいたしますね。昔から本当に突拍子もないことをする方でしたから」
養父様の学生時代のあれこれを口にし始めるヒルシュールを養父様が「止めぬか!」と必死の形相で止めた。どこからどう見ても、先生と教え子の雰囲気になった二人をヴィルフリートとシャルロッテが口元を押さえて笑いを堪えるようにして見ている。
「ヒルシュール先生、ジルヴェスター様は今、更に突拍子もないことをする子供達の後始末に奔走しています。少しは先生方のご苦労が身に染みていることでしょう」
「フロレンツィア……」
「まぁ!」
ヒルシュールが「相変わらずフロレンツィア様には弱いのですね」と楽しそうに笑った後、スッと表情を引き締めた。
「ご加護の儀式でヴィルフリート様以上のご加護を得ていること、祝福を容易に行う魔力量など、ローゼマイン様の価値が他領の領主候補生の目に見える形で示されました。ヴィルフリート様が狙われる可能性も高まっています。お相手がいなくなれば、婚約は嫌でも解消することになりますからね」
予想していなかったところに話が飛んで、皆が息を呑んでヴィルフリートを見る。視線を受けたヴィルフリートは笑顔で首を横に振った。
「私は問題ない。そのようなことが起こりうることは叔父上からも注意されてお守りをいただいたからな。何より、私はローゼマインがいなければ領主候補生としてここにいなかった可能性もあったのだ。自分の身を守ることくらいはできる」
ローゼマインも叔父上からたくさんのお守りをもらっているので大丈夫だろう、と笑顔で言い切ったヴィルフリートにヒルシュールと養母様が頭を抱えた。
「ヴィルフリート、そこで婚約者であるローゼマインを自分の力で守ることができて初めて一人前なのですよ」
その通りです、と頷き、ヒルシュールは養父様へ視線を向けた。
「自領の宝を守るのは領主の役目です。貴方の手腕に期待していましてよ、ジルヴェスター様」