Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (473)
領主候補生の講義終了
これだけの人がいる中で養父様と人払いをしてローデリヒの名捧げと属性の増加に関する話をするのは無理だ。今回、名捧げをしなければ生きていけない学生は全員がすでに加護を得る儀式を終えているのだから、大急ぎで相談する必要もないだろう。エーレンフェストに戻ってからでも問題ない。
アウブ夫妻がエーレンフェストへ戻ると、わたしは自室に戻って魔石にどんどんと魔力を込めながら体内の圧縮率を下げて行った。これまでは無意識のうちに圧縮していたけれど、これからはなるべく圧縮しないように気を付けなければならないようだ。
……魔力を圧縮して押し込むのは慣れてるけど、薄く広げるのは意識しないと難しいな。
少しでも押し込んで魔力を溜める器に隙間を作って命を繋がなければならなかった平民時代とは違い、薄く広げて器に残す魔力を減らせば制御は可能になるらしい。
「……あ?」
魔石にどんどんと魔力を放出していると、途中でフッと体が軽くなったような、ストンと落ち着くような感触がした瞬間が訪れた。本能的にここがシュタープの限界値なのだと察して、わたしはもうちょっと魔力を魔石に流していく。
「うん。……これで大丈夫でしょう」
……大丈夫、だったらいいな。
次の日、朝食を終えた後、学生達は全員多目的ホールに集められた。粛清の詳細について話をするためである。多目的ホールに集まった学生達はアウブ夫妻が寮を訪れていたことを誰もが知っているので、皆が緊張した面持ちになっていた。特に旧ヴェローニカ派の子供達は顔が強張っていたり、血の気が引いていたりする者もいるくらいだ。
「皆も知っての通り、昨夜、アウブがいらっしゃった。ヒルシュール先生との面会がその理由だが、同時に、粛清に関するお話もされた。そのことについて、皆に話しておきたいと思う」
ヴィルフリートが皆を見回しながら堂々とした態度で説明を始める。
当初の予定通り、他領の第一夫人であるゲオルギーネに名捧げをしている者は処刑。そして、それ以外の者については取り調べ、冬の間に処分が決定するということが告げられる。
「名捧げをしなければ生きられない者はマティアス、ラウレンツ、ミュリエラ、バルトルト、カサンドラの五名。それ以外の者はすぐにとは言えないが、家族の元に戻ることができるそうだ」
「……時間がかかってもまた家族と会えるのですね」
よかった、と安堵の息を漏らしたのは、レオノーレにぐるぐる巻きにされていた一年生の彼だった。彼の言葉で多目的ホールの中にホッとした空気が満ちていく。
大半の者が名捧げの必要もない、と聞かされれば気が緩むのはわかるし、彼の家族がゲオルギーネに名捧げをしている者達でなくてよかったとわたしも思う。
けれど、家族を失い、名を縛られることになるバルトルトとカサンドラは血の気の引いた白い顔をしていた。心配になって視線を向けると、二人は無理をしているのがわかる作り笑顔を浮かべる。わたしが心配すると彼等が表情を取り繕わなくてはならなくなることに気付き、そっと視線を逸らした。
「孤児院の子供達も含めて、この先の身の振り方については先に話した通りだ。罰金で片付く者に関しては貴族院が終わる時には自宅に戻れるようになっているはずだが、処分が重く、しばらくの間労役に服す者の子供は家族の労役が終わるまで城の寮で過ごすことになる。誰がどのような罪とはまだはっきりと決まっていない部分もあるので、それを忘れないように」
話が終わると、家族と二度と会えなくなるのではないか、とずっと緊張して不安がっていた子供達から気が緩んだ自然な笑顔が零れるのがわかった。雰囲気が柔らかくなったことにホッとしながら、わたしは自分の側近達の様子を見る。それほど不満そうな顔はしていないようだ。
「ローゼマイン様」
マティアスとラウレンツがそう呼びかけながら近付いてくると、レオノーレ達が厳しい表情でザッと前に出た。ブリュンヒルデやリーゼレータも警戒の表情になっていて、一瞬で多目的ホールが緊張に包まれる。
護衛騎士達に阻まれたまま、二人はその場に跪いた。
「我々の石は準備できています。名を受ける用意が整ったら、いつでもお呼びください」
「早目に受け取ってしまいましょう。そうすれば、レオノーレ達もこれほど警戒しなくて良くなりますから。リーゼレータ、部屋を準備してください。二人とも、立ち会うのはわたくしの側近でよろしいですか?」
「はっ!」
すでに一度ローデリヒの名を受けたことがあるので、それほど構えることなくわたしは名を受けることができた。わたしの護衛騎士達が立ち合いで見張りながら、マティアスとラウレンツを一人ずつ呼んで、順番に名を受ける。わたしの魔力で縛る瞬間は二人ともかなり苦しそうだった。
「これで、マティアスとラウレンツはわたくしの側近です。護衛騎士としてよろしくお願いいたしますね」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
二人の名を受けて多目的ホールに戻ると、ミュリエラが羨ましそうにマティアスとラウレンツに視線を向けて来た。わたしからは距離を取った状態で、残念そうに溜息を吐く。
「わたくしもなるべく早く名捧げを行いたいのですけれど、良い素材が手元にないのです」
「ローゼマイン様の許可があれば、次の土の日にはミュリエラの素材を狩りに同行したいと思っています」
マティアスとラウレンツの言葉にわたしはすぐに許可を与えた。家族が助かったと喜ぶ子供達とは一緒に行動しにくいだろう。なるべく早く側近に入れてあげたい。
「えぇ。お願いします。……ブリュンヒルデ、レオノーレ。グレーティアを呼んでもらっても良いかしら?」
「グレーティアについては先にこちらの話し合いが必要ですよ、姫様。何をおっしゃるつもりですか?」
リヒャルダが厳しい表情でわたしを見た。
「え? あの……名捧げをする必要はなくなったけれど、まだわたくしに仕える気がありますか? と尋ねるつもりで……」
わたしの言葉に側近達がすぐさま首を横に振った。
「ローゼマイン様、グレーティアは旧ヴェローニカ派の家族がいますから、名捧げもなくお仕えすることはできません」
「そうですよ、ローゼマイン様。名捧げをしているからこそ、周囲はローゼマイン様の側に置いても安全だと見做すのです」
「何の保証もなく旧ヴェローニカ派のグレーティアを側近にすれば、周囲からの中傷がひどくなり、辛い思いをするのはグレーティアになります」
皆からそう言われて、わたしは少し項垂れる。
「……せめて、テオドールと同じように貴族院だけ仕えてもらうという形にはできませんか? 学生の側仕えがいないのも困るでしょう?」
城はまだしも、貴族院の側仕え不足は深刻なのだ。わたしの言葉にブリュンヒルデとリーゼレータが難しい顔で考え込んだ。後継者に少しでも早く教育が必要なのは側仕えの二人が一番理解しているだろう。けれど、二人は難しい顔のまま、首を横に振った。
「貴族院でお仕えするのは将来的に最も繋がりが深い臣下となります。これから先を考えれば、名捧げもなくグレーティアを側近に入れるのは反対です」
皆の反対にわたしは項垂れるしかない。
命がかかっているマティアス達はともかく、グレーティアには選択肢がある。名捧げの強要などできるわけがない。ローデリヒは名捧げを、この人だと定めた自分の主に対して自分の忠義を示し、命まで含めて自分の全てを捧げる儀式だと言った。それだけの覚悟と忠心がグレーティアにあるとは思えない。
「グレーティアの方から名を捧げてでも仕えたいという申し出がない限りは諦めなさいませ」
「……はい」
今日の午前中は領主候補生の講義である。前回の講義で作った金粉や街の設計図などの荷物を抱えた側近達と共に講義の部屋に向かう。部屋の前で側近達と別れることになるのだが、講義に必要な荷物をリヒャルダが一つずつ渡しながら、不安そうな顔になった。
「姫様、大丈夫ですか? まだ金粉があるのですけれど……」
「だ、大丈夫です。自分の荷物ですもの。自分で持ちます」
一人だけ課程をガンガン進めた結果がこの大荷物である。設計図や金粉、これから必要な魔石など、一人で抱えるには辛い量の荷物がある。本来ならば、少しずつ持ち込むことができるはずなのだ。領主候補生が荷物に潰されるような事態になる課程ではないのだ。
「ローゼマイン、こちらに寄越せ。其方が一人で持つのは明らかに無理だ」
ヴィルフリートはわたしから魔石の入った袋を取り上げ、リヒャルダが持っていた金粉の袋を持ってくれる。
「ヴィルフリート兄様、ありがとう存じます」
小さな箱庭がずらりと並んでいる机の中、踏み台がある机に向かい、わたしは設計図だけを箱の隣に置いた。ヴィルフリート兄様が金粉や魔石の入った荷物を置いてくれる。
「ごきげんよう、ローゼマイン様、ヴィルフリート様」
「ごきげんよう、ハンネローレ様」
隣の席のハンネローレに挨拶をすると、ヴィルフリートは自分の友人と話をするためにその場を去って行く。礼を言いながらヴィルフリートが去って行くのを見送っていると、ハンネローレがクスクスと微笑ましそうにわたしを見た。
「このように荷物を運ぶのを手伝ってくださるなんてヴィルフリート様はお優しいのですね。素敵な婚約者で羨ましいです」
憧れの眼差しで見られて、わたしは思わず首を振ってしまった。わたしとヴィルフリートはそんな目で見られるような関係ではないのだ。
「わたくしの体格では荷物に潰されてしまいそうだからです。レスティラウト様もハンネローレ様が困っていたら助けてくださるでしょう?」
少し遠い目をしたハンネローレがニッコリと微笑んだ。
「えぇ、そうですね。お兄様はわたくしのために側仕えを呼んでくださると思います」
……それって、自分では運んでくれないよってこと?
「それよりも、わたくし、ローゼマイン様にお伺いしたいことがございます。最近は図書館へ足を運ばれていらっしゃらないのですか? わたくし、昨日の午後に図書館でシュバルツ達に魔力供給をしたところ、ひめさま、と呼ばれてとても驚いたのです」
「え? ハンネローレ様が!?」
オルタンシアが管理者になる前にハンネローレが管理者になってしまったらしい。
「その、図書館には新しい上級司書が入ったので、シュバルツ達の管理者を変更するため、わたくしは魔力供給をしてはならないと言われていたのです」
「え? え?……では、わたくしは……」
「協力者の方々にはこれからも協力してほしいというようなことをソランジュ先生がおっしゃっていましたけれど、魔力供給を行う時にお話を伺いませんでしたか?」
二人も司書がいるのだ。どちらかは必ず閲覧室にいると思う。管理者が変わるほど何度も魔力供給に行けばオルタンシアの姿も見ただろうし、ソランジュも一言くらいは注意したはずだ。
「わたくし、シュバルツ達の魔力供給のためだけで、その、読書をする時間もなくて急いでいたので閲覧室には入っていないのです。新しい司書の方がいらっしゃって、管理者を変更しているところだったなんて……」
「ダンケルフェルガーはまだ新入生の登録を終えていないのですか?」
「本日のお昼休みと聞いています」
……あぁ、何だかとっても間が悪い気がするよ!
「昨日、ひめさまと呼ばれた時点でソランジュ先生に相談しようとは思わなかったのですか?」
「ローゼマイン様が魔力を供給すればすぐに戻ると思っていたので、それほど深刻なことになると思っていなかったのです」
二人で「どうしましょう」と頭を抱えつつ、わたしは不思議な気分になった。ハンネローレは上位領地の領主候補生で魔力が多いのだろうけれど、オルタンシアも中央の上級司書だ。オルタンシアが毎日魔力を注いでいれば、それほど簡単に管理者がハンネローレになるとは思えない。だからこそ、ソランジュは協力者の魔力供給を止めるとは言っていなかったのだと思う。
「図書館に連絡を入れて、どのように対処するか話し合いが必要ですね。ハンネローレ様に悪気があったわけではございませんし、図書館側が協力者の方々には手伝ってほしいと言っていたのですから、それほど深刻になることではございませんよ」
「そうですね。オルドナンツを送って相談しておきます」
ハンネローレとの話が一段落したところで、エグランティーヌが入って来た。講義の開始である。他の皆が箱庭領地を自分の魔力で染め、土地を肥やしているところで、わたしはエグランティーヌに理想の図書館の設計図を提出した。
「あの、ローゼマイン様。この設計図から察するところ、つまり、街全体を図書館になさるのですか?」
「そうです。これがわたくしの理想の街ですから」
わたしが胸を張って答えると、エグランティーヌは「あまり実用的とは言えませんけれど」と呟きながら苦笑気味に微笑んだ。
……エグランティーヌ様の顔が「子供の夢を壊すのも悪いわよね」って顔になってる!?
わたしは慌てて自分の街の設計図に説明を加える。
「実用的なのですよ。きちんと区画整理がされていて、街道や船着場から右側のこちらが商業区域で、左が工業区域になります。各地の本を取り寄せて売る商業地域と本を作成する工業地域があって、こちらは各地から図書館を訪れる方々のための宿泊施設や飲食店が並ぶ観光地域で……」
「では、早速作ってみましょう」
……流された!?
「ローゼマイン様はこちらにいらして」
わたしはエグランティーヌに連れられて、さらに奥の小部屋に連れて行かれた。そこは魔法陣が一つだけある小さな小部屋だった。
「こちらの魔法陣に魔力を満たしてくださいませ。十分な魔力を満たすと、闇の神と光の女神のお名前を授かります」
「え?」
「どうやら最高神の名前は一つではないようなのです。大昔に検証しようとして最高神の名前を得た領主候補生に聞いて回った研究者は金と闇の炎に巻かれて消え失せ、最高神の名前を漏らした領主候補生はそれ以後最高神の名前を唱えても祝福やご加護を賜ることができず、領主候補生を降ろされたという逸話が残っています」
……何それ、怖いっ!
「ローゼマイン様も他の者には聴かれないように、決して不用意に口に出さないように気を付けてくださいませ。わたくしはあちらの部屋にいるので、覚えたら戻って来てくださいませ」
「わかりました」
エグランティーヌの言葉にわたしはコクリと頷く。最高神の名前に関してはフェルディナンドもかなり扱いが慎重だった。集中講座でも口にしなかった徹底ぶりだ。どうしてだろうと思っていたが、そんなに怖い理由があったのか。
エグランティーヌが退室したのを確認し、わたしは魔法陣の上に跪く。魔法陣に手を当てて、いつも通りのお祈りの体勢を取った。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
祈りを捧げながら魔力を魔法陣に注いでいく。それほど大きくはない魔法陣なのに注いでも、注いでも満たされた感じがしない。
……魔力を減らすのはこの講義の後で良かったね。タイミングが悪いよ。
わたしは片手で腰元を探り、回復薬を手に取った。優しさ入りを一気飲みして、どんどんと魔力を注いでいく。
そのうち、頭の中に直接響くような声がした。脳裏に光で書き込まれるように最高神の名前が浮かんでくる。
……闇の神がシックザントラハトで、光の女神がフェアシュプレーディ。
長くて覚えにくくて、いつも苦労する神々の名前だが、最高神に関しては脳に直接書かれているようなので忘れる気がしない。
「高く亭亭たる大空を司る最高神は闇の神 シックザントラハト、光の女神 フェアシュプレーディ」
脳裏にはっきりと浮かぶ最高神の名前を口に出して呟いた途端、シュタープが右手に勝手に現れた。
「ひゃっ!?」
宙に浮いたままのわたしのシュタープに魔法陣から立ち上る金色の光と闇の黒が吸い込まれて行く。宙に浮いて自分の手を離れているシュタープなのに、わたしと繋がっているのか、自分の体に魔力が流れ込んでくる感触がある。魔法陣に流し込んでいた自分の魔力なのか、それほどの不快感はないけれど逆流してくる感触は慣れなくてちょっと気持ち悪い。
……こんな驚く体験をするんだったら先に教えておいてください、エグランティーヌ様!
心の中でエグランティーヌに対して叫んでいるうちに、全ての光を吸い込んだようだ。魔法陣から上がって来る光がなくなった。
「何だったんだろう?」
そう呟いた直後、今度はシュタープから金の光と闇の黒が飛び出して、ねじれるように螺旋を描きながら上へ上がって行き、天井に吸い込まれるようにして消えていく。
「わわわわっ!」
流れ込んできた魔力はもちろん、体に残っていた魔力のほとんどが一瞬で奪われた。急激な魔力の変化にわたしは跪いた体勢を維持できず、その場にへたり込んだ。まるで貧血のように目の前が白くなってくらりとする感覚に慌てて腰元の薬入れに手を伸ばすと、優しさ入り回復薬を一気飲みする。
しばらく座り込んだまま回復を待っていると、扉の向こうから心配そうなエグランティーヌの声が聞こえて来た。
「ローゼマイン様、ずいぶんと時間がかかっているようですけれど、大丈夫ですか?」
「魔力を使い過ぎたようで回復薬を使いました。今は回復待ちです。動けるようになるまでもう少し待ってください」
「動けないのですか? 扉を開けてもよろしいでしょうか?」
エグランティーヌの声が慌てたものになり、扉の向こうがざわざわとし始めた。床に座り込んで動けない状態を皆に見られるのは困る。領主候補生としてはかなりみっともない体勢なのだ。
「ダメです。もう少しで結構ですから、待ってくださいませ」
「ローゼマイン、私だ。倒れたのか?」
「魔力が減っただけです。フェルディナンド様の回復薬を飲んだので、すぐに動けるようになります」
「……あれか。わかった」
ヴィルフリートが納得したような声を出してその場を離れていくのがわかった。エグランティーヌに心配いらないことを伝え、なだめてくれているようだ。
「……そろそろ大丈夫かな?」
手足を振って動かし、わたしはゆっくりと立ち上がる。問題なく動けそうだ。軽くスカートをはたいて、少し乱れていた髪を手櫛で整えて小部屋を出た。
「ローゼマイン様、お体は……」
「大丈夫です。魔力を一気に使ったので、回復に時間がかかっただけですから。それよりも、最高神のお名前は覚えました。この後はどうすればよいのですか?」
わたしは問題なく講義を受けられるよ、とアピールして、心配そうなエグランティーヌに微笑む。
エグランティーヌは諦めたように軽く息を吐くと、わたしの箱庭を小部屋に運び込んだ。他の者に最高神の名前を聴かれないようにこちらの部屋で行うらしい。
「……では、エントヴィッケルンを行いましょう。こちらがエントヴィッケルンに使う魔法陣です。エントヴィッケルンには全ての属性が必要になります」
エグランティーヌが説明してくれるけれど、それは全部知っている。フェルディナンドの集中講義で叩きこまれたことだ。シュタープを「スティロ」で変化させて、空中に魔力で魔法陣を描き、そこに金の粉を乗せていく。魔法陣が完成したら、呪文を唱えながらそこに設計図を入れるのだ。この設計図を書くための紙も魔力で調合された魔術具である。
「こちらの魔法陣は間違いがないように大きく描いてくださいませ。その後で、建物の大きさに合わせて小さくします」
手順を説明し、手順の書かれた紙を渡して、エグランティーヌは小部屋を出て行く。
わたしは手順通りにエントヴィッケルンを行い、箱庭の中に自分の理想の街を作り出した。こうして見ると、規模は小さいけれどフェルディナンドが小神殿を作った時と全く同じである。
「エグランティーヌ先生、できました!」
「あら、一度で成功したのですね。では、こちらで境界門を作りましょうか」
エグランティーヌが例として作った箱庭とくっつけて、境界門を作る練習を行う。境界門は隣り合う領地のアウブが許可を出して初めて作れる物で、二人の共同作業という感じになる。両方から魔法陣で同時に結界に穴を作って固定する感じだ。
「境界門は出入りできるように常に開いていますが、国境門は王とアウブ、両方の許可がなければ開かないため、基本的に閉じています。エーレンフェストは確か東側に国境門がありますよね? ご覧になったことはございまして?」
「いいえ、まだありません。ただ、キルンベルガは次の春に訪れる予定なので、一度よく見たいと思っています」
境界門も無事に作れたわたしは最速で領主候補生の講義を終了した。