Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (476)
フラウレルム先生の講義
文官の講義は先生から試験の日程が知らされなければ進まない。文官コースの先生方に試験のお願いのオルドナンツを送ったところ、週明けになると返事が次々と届いた。側仕えと一緒に時間の調節をしていたのだけれど、フラウレルムからの連絡はまだない。
これまで毎年エーレンフェストを目の敵にして色々と行動してくれた先生なので、教師の権限でできるギリギリの嫌がらせとして「とても残念なことですけれど、時間がなくて試験の時間を取ることができませんでした」とか「オルドナンツもお手紙も届いていませんけれど」と言い出すことがあるかもしれないとは思っている。
「今年のフラウレルム先生は一体何をしてくるかしら?」
わたしの呟きを拾ったフィリーネに今年のフラウレルムがやりそうな嫌がらせについて相談すると、フィリーネは困ったように頬に手を当てた。
「試験内容を多少範囲外のところにしたところでローゼマイン様が合格するのは去年でわかったでしょうし、魔力の多さ、ご加護の量、音楽や奉納舞などでの祝福でエーレンフェストの聖女という肩書に口を出したところでご自身が白い目で見られるようになるだけでしょうから、フラウレルム先生も嫌がらせを考えるのは大変でしょうね」
少しずれたフィリーネの意見にブリュンヒルデが苦笑しながら口を開く。
「ローゼマイン様がお考えになられたように、例えフラウレルム先生に個別の試験をやる気がなくても、最終試験日に合格すれば良いのではございませんか? フラウレルム先生の講義だけは後回しにして社交や研究を始めても良いと思います」
「合格するだけを考えるならば、それで良いのですけれどね」
ただ、最終試験日まで講義に合格できなかったということで評価が下がって、フェルディナンドと約束した最優秀に届かないのは困る。とりあえず、「試験が終わらないとヒルシュール先生の研究室に行けませんし、大領地との共同研究も始められません。何か良い方法はないですか?」とヒルシュールにオルドナンツを送っておいた。先生ネットワークに期待したいところである。
わたしは朝食を終えて多目的ホールに向かうと、午前の講義が始まるまでの間にヴィルフリートとシャルロッテの側近達と一緒にドレヴァンヒェルとの共同研究の大枠について話し合いを始める。
「グンドルフ先生の講義で何か質問をされた時に困りますから、共同研究についてある程度決めておきたいのです」
「ローゼマイン、共同研究について文官見習い達と話をするのは重要だと思うが、先に父上と相談をしなくても良いのか?」
「一応毎日の報告の中でヴィルフリート兄様とシャルロッテの側近を中心にドレヴァンヒェルと共同研究を始めることは伝えましたよ。……でも、貴族院の学生の研究内容にアウブの許可は必要ないでしょう?」
学生の研究テーマについて貴族院の誰もそんな報告をしたり、許可を得たりはしていなかったと思う。「相談するほどのことではないと思うのですけれど」とわたしが首を傾げると、ヴィルフリートとシャルロッテが顔を見合わせた。
「いや、普通は必要ないが、其方がまとめてきた話というだけで、どう考えても普通の学生の研究とは違う気がする」
「紙の研究でしたらエーレンフェストの基幹産業と深く関わる研究ですもの。お父様やお母様に相談しておいた方が良いと思いますよ、お姉様」
二人からそう言われて、わたしは「ひとまず報告はしているので、エーレンフェストからの返答を待ちましょう」と答えた。
「でも、ドレヴァンヒェルと行うのは魔木から作った紙の使用法の研究で、紙の作り方をあちらに教えるわけではないので、それほど基幹産業に関わるとは思えないのですけれど……」
「そうなのか?」
「えぇ。イルクナーの魔木からできる不思議な紙の使い道や魔術具としての品質を上げるにはどうすれば良いのかなどを研究してほしいのです。紙自体の作り方は重要な社交の切り札になるので領主会議案件です。貴族院の研究では出しません」
わたしはイグナーツやマリアンネに向かって話をする。
「作り方が簡単なリンシャンでもスクラブを入れるというところで完全には真似できていませんでした。工程が複雑で道具がたくさん必要になる紙は尚更できないと思います。何より、魔術具のような効果のある紙を平民が作っているとは思わないでしょう」
「それは確かに考えないと思います。魔術具は貴族だけが作れる物ですから」
イグナーツやマリアンネにとっては工房で普通の紙と魔木の紙が同じ作り方でできるのが信じられないそうだ。魔力を帯びた魔術具は調合で作る物らしい。
「植物油の需要と供給のバランスを取るためにリンシャンの作り方を領主会議で売ったように、エーレンフェストの木々を使い過ぎないように紙の作り方も各領地に広げたいと思っています。けれど、なるべく高く売るべきだと思いませんか?」
わたしはキラリと目を光らせて、ヴィルフリートとシャルロッテを見た。
「この共同研究はドレヴァンヒェルを利用してエーレンフェスト紙の価値を高めるための研究なのです。平民が作った紙がどの程度の魔術具として使えるのか、どのように使えば効果的なのか、魔術具としての品質を上げるためにどうすれば良いのかなどを研究してほしいのです。研究成果によっては紙の作成方法の価値がグッと上がって、相応にお値段もグッと上げることが可能になります」
「ローゼマイン、其方、ちょっと悪い顔になっているぞ」
……まずい。商魂を出し過ぎたみたい?
やや引き気味のヴィルフリートの指摘にわたしは一度口を噤んでニッコリと笑った。商人モードになった頭を切り替えなければならないようだ。
「エーレンフェストの価値を高めるためにも大事なのですよ」
「でも、そこまで考えていらっしゃるのでしたら、お姉様が中心になって研究を行った方が良いのではございませんか?」
「研究自体はそうかもしれませんけれど……わたくしはあまりグンドルフ先生と接しない方が良いのです」
「何故ですか? お姉様に何か嫌がらせでも?」
シャルロッテの表情が変わるのを見て、わたしは慌てて首を振る。
「いいえ。そうではなく、紙の作り方を聞かれてもイグナーツやマリアンネには答えられないでしょう? だからこそ、安全なのです」
報告書の類を読んでいれば、文章としての作り方は頭に入っているかもしれない。けれど、実際に作ったことがなければ他人にわかってもらえるくらいの説明をするのは難しい。
「安全とはどういう意味だ?」
「知らないことは漏らしようがありませんが、わたくしがグンドルフ先生と一緒に研究すると、ぽろっと漏らしてしまう可能性があります。それだけは絶対に避けなくてはなりません」
わたしは自分の迂闊さと口の滑りが良いことをよく知っている。あと、考え無しでちょっとしたことにひょいっとつられることもわかっている。今はまだ冷静に考えられるが、老獪なグンドルフと対峙すると、うっかり流されて余計なことを喋ってしまうに違いない。
ならば、最初から近付かなければ良いのである。
……君子、危うきに近寄らず! これぞ危険回避。わたし、ちょっと成長した。うふふん。
「グンドルフ先生から紙の作り方についての情報を求められた場合はどうすれば良いでしょう?」
「この共同研究は魔術具の使い方の研究ですから、グンドルフ先生に紙の作り方を教える必要はありません。領主会議案件ですから作り方の研究がしたければご自身でどうぞ、と」
「わかりました」
研究の範囲や知識として共有しても良い範囲などの擦り合わせを行い、エーレンフェストに共同研究の範囲の報告とイルクナーの魔木から作られた紙を送ってほしいというお願いも送った。
そして、わたしは文官コースの試験を受けて、次々と合格していった。驚いたことにどの試験を受けに行っても、大領地との共同研究について先生方から質問された。どうやら結構噂が広がっているようだ。
わたしは「まだアウブの了承を得ていないので、決定ではないのですよ」と答えたのだが、懐疑的な目で見られてしまった。それというのも、先生方の情報源はどちらも寮監だったのだ。ルーフェンとグンドルフの二人がかなり乗り気で外堀を埋めるためにせっせと噂を広げているらしい。
そんな中、フラウレルムから「明日の午前中でしたら都合がつきます」という返事がオルドナンツで届いた。返答としてはちょっと遅いけれど、無視されたり、都合がつかないという返事が来たりするとばかり思っていたので、とても驚いた。
……フラウレルム先生の言動をちょっと悪く取りすぎていたようです。ごめんなさい。
多少の嫌がらせはあっても教師として最低限のことはしてくれるようだ。心の中で謝りながら、わたしは了承の返事を出した。その直後、ヒルシュールからもオルドナンツが届いた。
「大領地とエーレンフェストの共同研究が噂になっているにもかかわらず、ローゼマイン様の師であるフェルディナンド様が向かった大領地であるアーレンスバッハとの共同研究の話が出ないのは、寮監の行いのせいかしら? とフラウレルム先生に言っておいたので、近々お返事が届くでしょう」
フラウレルムから返事が来たのはヒルシュール先生のおかげだったらしい。わたしはオルドナンツで、フラウレルムから返事で試験日程が決まったことを報告して、お礼を述べた。
すると、またオルドナンツが飛んで来た。
「フラウレルムの試験ではアーレンスバッハとの共同研究を餌に講義の合格を勝ち取りなさい。ライムントとの研究を共同研究として発表すれば良いですよ。ライムントが設計した物をローゼマイン様が試作するようにすれば共同研究の要件を満たします」
魔力が少ないライムントは設計した物を作るのに時間がかかっているらしい。この試作部分をわたしが担当すれば図書館の魔術具も色々と研究することができるそうだ。
ついでに、「わたくしの研究室で共同研究を行うのですから、共同研究に関することには寮監の許可が必要です、と言って適当なところでお呼びなさい。採点の監視をして差し上げます」と言ってくれた。
……ヒルシュール先生がこんなに頼りになると思わなかった!
ヒルシュールとのオルドナンツのやり取りでフラウレルムから合格を勝ち取るビジョンが見えてきた。それに安堵の息を吐きながら、わたしは自分の側近達に視線を向ける。
「大領地とエーレンフェストの共同研究が噂になっているのですか? その、先生方の間だけではなく……」
領主候補生コースも終えてしまったし、文官コースも個人的に試験を受けに行っているだけなので、貴族院の噂にあまり詳しくない。
「そうですね。寮監が積極的に広めているとは思いませんでしたが、共同研究を行うことを知っている人はたくさんいますし、完全に決定している雰囲気になっていますね」
リーゼレータがそう言うと、文官見習いとして専門棟に出入りするようになったフィリーネも大きく頷いた。
「成果が発表されれば、素晴らしい研究だと評価されるのは間違いございません。ヒルシュール先生のところにはダンケルフェルガーとの共同研究に参加したいといくつかの領地から申し出があったようですよ」
ただ、大領地や王族との繋がりや研究成果に乗っかりたいだけというのが透けて見えているため、研究のサンプルにならないと却下されているらしい。
……これまであんまり動いてくれなかったからわからなかったけど、ヒルシュール先生ってホントに有能なんだ。
「グンドルフ先生を通じたドレヴァンヒェルとの研究に興味を示している領地も多いようですね。こちらはグンドルフ先生がある程度の研究成果や能力がない者はバッサリ切っているようなので、それほど心配していません」
「むしろ、イグナーツやマリアンネがグンドルフ先生の求めるレベルに達しているのかどうかが心配ですね。何が何でもローゼマイン様を引っ張り出したいというお考えが手に取るようにわかりますから」
側近達の評価から導かれるグンドルフはかなり危険な匂いがする。
……やっぱりグンドルフ先生には近付いちゃダメみたい。
貴族院の様子について情報収集をしながら、わたしはフラウレルムの試験に向かう。文官の専門棟にあるフラウレルムの研究室へ入る。
……うわぁ! きっちり整理整頓されてる。さすが情報収集や資料の整理に関する講義を担当するだけあるね。
ヒルシュールやグンドルフの研究室のように資料が積み上がり、素材や道具で溢れそうになっているのが研究室かと思っていたが、そうではない研究室もあるようだ。整然と整っている研究室に感嘆の溜息が漏れる。
自分ルールがきっちりとあって、ほんの少しのはみ出しも許さない感じの研究室はとてもフラウレルムらしい気がした。
「早速ローゼマイン様に伺いたいのですけれど」
「何でしょう?」
「ダンケルフェルガーやドレヴァンヒェルとエーレンフェストが共同研究をするという噂が流れているようですけれど、これは本当ですの?」
ヒルシュールが言っていたように、それが一番気になるところのようだ。わたしは余裕を持って笑って見せる。
「そうしたいとは考えていますけれど、どちらもアウブの許可が取れ次第、というところなので、本当とも申し上げられませんね。どちらも寮監が乗り気ですから時間の問題という気も致します」
それよりも試験をお願いします、と言うと、フラウレルムは「んまぁ!」と目を吊り上げた。
「ローゼマイン様はアーレンスバッハとの関係をもう少しよく考えるべきではございません? 貴女の師がディートリンデ様と結婚することでアーレンスバッハとエーレンフェストの関係は深まるはずではありませんか。それなのに、アーレンスバッハを蔑ろにするのは非常識です」
「わたくしもアーレンスバッハとの関係についてよく考えたいのは山々なのですけれど、グリュックリテートから祝福をいただかなければ、フェルディナンド様はオルドシュネーリを受け入れてくださらないのです。困ったこと」
講義に合格できなきゃ相談もできないよ、と軽く流すと、フラウレルムは忌々しそうな顔を一瞬見せ、試験問題を出してくれた。
去年のように捻った問題もなかったので、わたしはさらさらと答えを書いて提出する。
「では、ヒルシュール先生をお呼びしますね」
「え?」
意味がわからないというように目を見開いたフラウレルムに対して、わたしもわざとらしく目を見開いて頬に手を当てた
「え? これで文官見習いの講義も終わりますし、アーレンスバッハとの共同研究についてのお話をするのでしょう? わたくし、何か間違ってしまったかしら?」
「い、いいえ。アーレンスバッハとの共同研究に関するお話をするので間違ってはいませんよ。けれど、ヒルシュールを呼ぶというのは?」
まさかわたしがあっさりと共同研究の話をすると思わなかったのか、フラウレルムが目を白黒させている。この先生は本当に自分の予想から外れることが苦手なようだ。
「ヒルシュール先生はエーレンフェストの寮監ですから、こういうお話には同席していただかなければアウブへの報告も困るではありませんか」
これまでの共同研究の話し合いに同席してなかったことは口にせず、わたしはニコリと笑ってすぐにオルドナンツを飛ばした。
「ヒルシュール先生、アーレンスバッハとの共同研究についてフラウレルム先生とお話をしたいのですけれど、お時間はよろしいですか?」
「よろしくてよ」
待ち構えていたのか、ヒルシュールはオルドナンツの返事が来た後、すぐにやって来た。わたしとフラウレルムを見て、ヒルシュールが軽く息を吐く。
「ごきげんよう、フラウレルム。それにしても、アーレンスバッハとの共同研究のお話ができるということは講義を全て終えられたのですか、ローゼマイン様? 講義を終えるまでは研究室に出入りできないとおっしゃったでしょう?」
「本日のフラウレルム先生の講義で終わりです。あぁ、採点がまだでしたね。採点が終わるまでが講義ですもの。採点をお願いしてもよろしいかしら?」
ヒルシュールが来たのでフラウレルムに採点をお願いする。第三者の監視下では採点の誤魔化しもできないだろう。フラウレルムが嫌そうな顔になってヒルシュールを見ながら自分の机で採点を始める。
不正がないかどうか、その様子を見ていたヒルシュールが呆れた顔になった。
「フラウレルム、貴女……」
「あら、嫌だ。わたくしったら試験問題を間違えてしまったようですわね。ほほほ……」
「……ローゼマイン様は解けているようなので、あまり問題はないようですけれど」
「んまぁ! なんですって!?」
フラウレルムが目を吊り上げて用紙を覗き込んでいる。
「何かあったのですか?」
「……試験内容が五年生のものだったのです。ローゼマイン様は何故解けているのですか?」
「何故と言われましても、わたくし、最終学年までの講義内容をフェルディナンド様に叩きこまれましたから、どの学年の問題でも解けます」
卒業までの内容を一気に叩き込まれたので、正直なところ、どこからどこまでの範囲が三年生なのか把握はできていない。出された試験問題が普通だったので解いただけだ。
「本当にフェルディナンド様は無茶をされるのですから……。ついて行けるローゼマイン様が不思議でなりません」
ヒルシュールが額を押さえながらそう言っている後ろではフラウレルムが「非常識ですわ」と繰り返している。非常識なのは他の学年の試験問題を出すフラウレルムとそれに対抗できるくらいに講義内容を叩きこんだフェルディナンドであって、わたしではないと思う。
「講義は合格で良いですか? それとも、三年生の試験をやり直しますか?」
「フラウレルム、共同研究の話をするのではなかったのですか? 試験をやり直しますか?」
わたしとヒルシュールが重ねて尋ねると、フラウレルムは顔を真っ赤にして「試験はもう結構です!」とヒステリックにそう叫んだ。そして、話し合いの場につくためにフラウレルムは少し乱暴な仕草で椅子に座る。あの座り方は自分のお尻が痛いだけだと思うけれど、怒りと不機嫌具合は伝わって来た。
……だが、敢えて空気は読まない。
フラウレルムの不機嫌を気に留めず、わたしとヒルシュールの空気を読まないコンビで共同研究に関する話を進めていく。
「ヒルシュール先生の研究室にライムントがいるので、アーレンスバッハとの共同研究はそれほど難しくないと思うのです」
「ライムント?」
「はい。ライムントはフェルディナンド様の弟子で、今は側近になっているはずです。彼とわたくしで魔術具の研究をして発表すれば共同研究になりますもの」
わたしの言葉に「んまぁ!」とフラウレルムが声を上げた。
「それでは、ヒルシュールの研究にされてしまうではありませんか! それをアーレンスバッハとの共同研究とは言えません!」
「いいえ。元々ライムントが主となっている研究ですから、領地対抗戦で発表するのはアーレンスバッハのところになります。ただ、ヒルシュール先生はフェルディナンド様とライムントの師で、わたくしはフェルディナンド様の弟子ですから、研究する場所としてはヒルシュール先生の研究室が一番良いのです。」
そう言いながら、わたしはフラウレルムに向かってニコリと笑った。
「でも、困ったことにヒルシュール先生もライムントも研究に没頭すると、アーレンスバッハへの報告を怠る可能性が非常に高いです。研究に没頭するヒルシュール先生のことはフラウレルム先生もご存知でしょう?」
「えぇ、そうですね。ヒルシュールが研究に没頭すると正確な報告が届くとは思えません」
没頭するヒルシュールに手を焼いたことがあるのか、フラウレルムは顔をしかめて頭を振った。ヒルシュールは笑顔でそ知らぬ顔をしている。
「ですから、共同研究をするのであれば、アーレンスバッハにいらっしゃるフェルディナンド様との間に飛信の女神 オルドシュネーリが立ってくださることをわたくしは願っているのです」
アーレンスバッハとの共同研究で師に相談するという体裁を取ればフェルディナンドとの連絡も取りやすくなる。それに、フラウレルムの顔を立てるというやり方で、フラウレルムからアーレンスバッハに連絡を取ってもらえば、フェルディナンドへの連絡経路を一つ増やすことができる。監視や検閲が入るのは当然で、それを考慮した情報しか送れないだろうけれど、ライムント以外の経路があるのとないのでは違うだろう。
「フェルディナンド様のいらっしゃるアーレンスバッハとエーレンフェストの関係を深める共同研究を成功させるため、アーレンスバッハの寮監であるフラウレルム先生がオルドシュネーリになってくださいませんか?」
報告を全て検閲できて、領地間の関係を深めるための立役者という立場は気に入ったらしい。わたしの誘いにフラウレルムはニィッと唇を吊り上げて笑った。
「よろしいでしょう。寮監の務めとしてわたくしが報告を致します。ただ、ローゼマイン様。非常識な言動を慎まなければ、アーレンスバッハとエーレンフェストの関係にひびが入り、フェルディナンド様にご迷惑をかける結果になりますよ。よくよく注意なさいませ」
ヒルシュールが「上手く話はまとまったようですね」と立ち上がり、わたしに退室を促す。一緒に部屋を出ようとしたところで、フラウレルムに問われた。
「ローゼマイン様、最近お体の調子はいかがですの? 何か変化がございまして?」
突然の質問にわたしが首を傾げると、フラウレルムは取って付けたように心配そうな顔を貼り付けた。
「ローゼマイン様はとても虚弱でいらっしゃるから、共同研究や社交ができるのか、少し気になっただけですわ」
「……少し変化はございます。その、あまり良くない方向に……」
何の確認かわからない。わたしは言葉を濁して微笑んだ。決して嘘は言っていない。音楽で祝福テロをしてしまったり、奉納舞で光ったり、良くない方向に変化しているのだ。
「そうですか」
うっすらと笑みを浮かべたフラウレルムの目が鈍く光る。あまり良い感じはしなかった。