Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (481)
ダンケルフェルガーとのお茶会 後編
クラリッサが熱弁を振るっているのをげんなりとした様子で見ていたレスティラウトが「さっさと止めろ」と軽く手を振った。
……え? それってわたしの役目なの!?
ダンケルフェルガーの文官見習いの暴走を止めろ、と言われてわたしは困惑しながら周囲を見回す。
「心はすでに其方の臣下らしいから、主らしく止めるしかないのではないか?」
「ヴィルフリート兄様……。では、少しだけクラリッサとの時間をいただいてよろしいですか?」
お茶会の最中にクラリッサと話し込むのは招待してくれているハンネローレとレスティラウトに失礼なのだが、ダンケルフェルガー側に止めろと言われてしまえば仕方がない。
「大変申し訳ございませんが、ローゼマイン様にお任せいたします。この状態のクラリッサにはわたくし達の声はあまり届かないようなので……」
ハンネローレも困った様子でクラリッサを見た。ダンケルフェルガーの寮でクラリッサはいつもこんな状態で熱弁を振るっているのだろうか。ちょっと怖い。
わたしは振り返ってブリュンヒルデに声をかけた。
「ブリュンヒルデ、クラリッサに贈り物を」
「かしこまりました」
クラリッサがハルトムートとの婚姻を諦めなかった場合に贈ってほしい、と言われていた髪飾りがある。髪形を決めたり、衣装と合わせてみたりするために当日よりは少し先に手元に届いた方が準備しやすいと女性陣のアドバイスを受けたためだ。
本当はお茶会が終わった時にこっそりと渡すつもりだったが、クラリッサの熱弁が止まらなそうなので、この場で渡して「部屋で見てほしい」と一度下がらせるのはどうだろうか。これまでは静かに部屋で立っていたので、一度下がれば落ち着くと思う。落ち着いたらいい。
わたしはブリュンヒルデに椅子を引いてもらって席を立つと、ゆっくりと歩いてクラリッサの前に向かった。わたしの動きを注視して青い目を軽く見張ったクラリッサの口が止まった。シンと静まった部屋の中、全ての視線が自分に集中していることがよくわかる。
わたしが「クラリッサ」と呼び掛けて手を伸ばすと、クラリッサはハッとしたようにその場に跪いた。
「クラリッサ、貴女の気持ちはよく伝わってきました。ハルトムートが神殿に入ったことにも怯まず、誇りに思ってくださることがわたくしにはとても嬉しいです」
「ローゼマイン様……」
「ですから、こちらを。神官長となったハルトムートをまだお相手として考えてくださるならば、こちらを受け取ってくださいませ。ハルトムートから預かって来た卒業式のための髪飾りです」
ブリュンヒルデに渡された木箱を、わたしはクラリッサに差し出した。クラリッサは感極まったように青い瞳を潤ませて木箱を受け取る。
「箱を開けるのは自室でお願いいたしますね」
そこでわたしはハンネローレとレスティラウトに視線を向けた。すぐに視線の意味を理解してくれたのはレスティラウトだった。
「クラリッサ、下がっても良いぞ」
「……いいえ。最後までここに残り、ローゼマイン様のお姿をこの目に焼き付けたく存じます」
「ならば、黙ってそちらに立っていろ。邪魔だ」
「かしこまりました」
レスティラウトは上手くクラリッサを部屋の端に追いやると、一つ息を吐いた。無事にクラリッサを冷静な状態に戻すことができたようだ。わたしも安堵の息を吐いて、自席に戻った。
「なかなか見事な手綱捌きだったぞ」
「……恐れ入ります。あの、共同研究で他にお話しすることがなければ、ダンケルフェルガーの歴史の本についてお話ししてもよろしいですか?」
「えぇ、よろしくお願いします。歴史の本はお兄様もお父様もとても楽しみにしている物なのです」
ハンネローレがニコリと笑いながら先を促してくれた。ヴィルフリートは文官が並んでいるところへ視線を向け、「イグナーツ」と自分の文官見習いに声をかける。
イグナーツが動き出し、ダンケルフェルガーの歴史本の見本をレスティラウトの文官見習いに渡した。いくつかの確認の後、それがレスティラウトの手に渡る。
レスティラウトがパラパラと本を捲り始めた。かなり真面目な顔で確認を始めているけれど、エーレンフェストにとって必要なのはアウブ・ダンケルフェルガーの合格なのだ。
ヴィルフリートが本に集中して聞いていなさそうなレスティラウトからハンネローレに視線を変えて、口を開く。
「これで問題がなければ見本と同じ形で売り出すことになります。アウブ・ダンケルフェルガーのお返事は領主会議で結構です」
「恐れ入ります。アウブにはそのように伝えましょう」
ハンネローレはニコリと笑って請け負ってくれた。そして、本の確認をしているレスティラウトを一瞥した後、お茶のお代りの指示を出し、わたし達に勧めてくれる。ゆっくりとお茶を飲みながら、わたしはハンネローレから歴史本にまつわる話を聞いていた。
「ローゼマイン様がなさった歴史本の翻訳はダンケルフェルガーにとても大きな衝撃を与えたのです」
「まぁ、どのような?」
「ご存知の通り、貴族院ではユルゲンシュミットの歴史を学びますけれど、自領の歴史だけを詳しく習うことはないでしょう? 領主一族でなければ自領の歴史を詳しく知らないのが普通です。そこに、このように読みやすくわかりやすい歴史本ができたことで、大人だけではなく、子供も自領の歴史を深く知る機会が得られたのです」
……知らなかった。普通の貴族は自領の歴史を詳しくは知らないなんて。
領主候補生には絶対に必要なことなので、自領の歴史を教えられる。領主一族の傍系で、上級貴族であれば祖父や親から聞いたり、乳兄弟のように領主一族と繋がりが深い同年代の子供だったりすると知る機会があるらしい。わたしはフェルディナンドから叩きこまれたので、貴族の常識として誰でも知っているものだと思っていた。
「ダンケルフェルガーの歴史は古いですから、歴史書の言葉も難しくて子供が学ぶのも、輿入れしてきた領主一族の配偶者が学ぶのも大変だったのです」
「……どなたも翻訳はなさらなかったのですか?」
そんなに大変ならば、自領の文官が現代文に直すくらいはしても不思議でないと思う。わたしの質問にハンネローレは「領主一族は全員翻訳します」と答えた。
「けれど、あまり翻訳した文を残さないのです。古い言葉をそのまま覚え、伝えていくことも領主一族の務めだと言われていたものですから」
「それは大事な心掛けだと思います。意識して覚えなければ、古い言葉など簡単に忘れられ、廃れてしまいますから。だからこそ、お祈りの儀式も脈々と引き継がれて残って来たのでしょうね」
「恐れ入ります」
わたしの言葉にハンネローレが少しばかり曖昧な感じの笑みを浮かべた。そして、何かを思い出したように手を打った。
「王様の第三夫人がダンケルフェルガーの出身であることはご存知でしょうか? 彼女がローゼマイン様の翻訳を素晴らしいと褒めていらっしゃいました。とても読みやすいので売られるようになれば、ぜひ購入したいそうです」
「光栄です」
……王の第三夫人ってことはヒルデブラント王子のお母様ってことかな? さすが大領地。ちゃんと王族と繋がりがあるんだな。
ハァ、と感心しつつ、わたしは王族にも翻訳本が渡ることを考慮して、「表に出すのに不都合がある部分がございましたら、すぐにお申し付けくださいませ。対処させていただきます」と声をかける。
その途端、ずっと本に視線を落としていたレスティラウトが顔を上げた。
「何を言っている? エーレンフェストがどうなのか知らぬが、隠したり、恥じたりせねばならぬ歴史などダンケルフェルガーにはない」
あれだけ長い歴史だ。隠しておきたい部分の一つや二つはあるだろう。ないわけがないと思う。けれど、それを隠そうとしないところがすごいと思うし、領主候補生がハッキリと言い切る姿はいっそ清々しい。
……芸術肌ってところが意外だったけど、やっぱりレスティラウト様もダンケルフェルガーって感じがするよね。
わたしが感心していると、ヴィルフリートが「見本はいかがでしたか?」と声をかけた。
「まあまあだ。其方に寄越された翻訳と違って所々に絵が入っているのが良い。これが色彩に富んでいて華やかであれば良かったが、白と黒だけで表現することを前提に描かれているので、それほど気にならぬ」
そこからは絵に関する評価ばかりだった。どうやら本文ではなく、ヴィルマの挿絵をじっくりと眺めていたらしい。
「わたくしの専属なのです。お褒めいただき光栄です」
「其方の専属……? では、其方の絵も描いているのか?」
芸術肌のレスティラウトはヴィルマの絵にかなり興味があるようだ。質問されて、わたしは首を傾げた。ヴィルマの部屋に入ったことは一度しかない。その時はフェルディナンドの絵で溢れていて、わたしの絵も少しだけあった気がする。
「もう何年も前ですけれど、わたくしが歌っている姿を描いた絵は見たことがございます。フェシュピールを弾く姿も描いていたことがあったような、なかったような……。ここ最近は本の挿絵が忙しいでしょうから、わたくしの絵を描くような余裕はないと思いますよ」
「……そうか」
少し残念そうにレスティラウトは視線を本の絵に向けた。よほどヴィルマの絵が気に入ったらしい。さすがわたしの側仕えである。
「ディッター物語もご覧になりますか?」
その瞬間、心なしか騎士見習い達がそわそわし始めた気がする。多分、レスティラウトの顔が険しくなったのも同じ理由ではなかろうか。
「こちらのディッター物語は宝盗りディッターを扱っているのです。ですから、ダンケルフェルガーの方々からぜひご感想をいただきたいと思います」
お任せください、と部屋にいるダンケルフェルガーの学生達の声が揃った。騎士だけではなく、文官も側仕えも、である。ダンケルフェルガーではどれだけディッターが浸透しているのだろうか。考えたくない。
「作者は一応フェルディナンド様のディッターの覚書などを参考に書いたそうですが、何分宝盗りディッターを知らない世代ですから、多少おかしいところもあるかもしれません」
わたしもローデリヒの原稿を見たし、文章のおかしいところや明らかな矛盾点は指摘して直してもらった。けれど、貴族院全体を使って行う宝盗りディッターを知らないので、完璧とは言えないのだ。
……フェルディナンド様の婿入りで忙しくなかったら、お父様達に見てもらってチェックしてもらったんだけどね。
「どれ?……これには挿絵がないのか?」
文官見習いから手渡されたディッター物語を見たレスティラウトが一番に指摘したのは、イラストの有無だった。ローゼマイン工房で作られている本の挿絵はヴィルマが担当しているが、ディッター物語だけには挿絵が付いていない。一見不思議かもしれないが、これは仕方がないことなのだ。
「わたくしの専属絵師は平民ですから、舞台が貴族院で、貴族にしかできないディッターの様子を挿絵にすることができないのです」
「なるほど。貴族院の様子もディッターも貴族でなければ描けぬな」
レスティラウトは納得したように頷いているが、こちらにとってはかなり切実な問題なのである。物語は集めやすいけれど、絵師を集めるのは大変なのだ。どのように声をかけ、どのように集めれば良いのかわからない。
「貴族の中で絵の得意な方がいらっしゃれば、挿絵をお願いしたいとは思っているのですけれど、エーレンフェストには良い人材がいなくて……」
ふぅ、とわたしが溜息を吐きながら絵師の人材育成について話をしていると、レスティラウトが不機嫌そうにわたしを見ていた。
「……何でしょう?」
「あの、ローゼマイン様。お兄様は絵が得意なのです」
ハンネローレがおずおずとそう言ったことで、わたしはレスティラウトが絵師に立候補していることを何となく悟った。
「髪飾りのデザイン画を見る限り、レスティラウト様の腕前は素晴らしいと思いますし、描いてくだされば皆の興味を一層引くことができると思います」
写実的で素晴らしい挿絵になると思うし、ダンケルフェルガーの領主候補生の挿絵付きであれば宣伝効果は抜群だろう。喉から手が出るほど欲しいけれど、レスティラウトは領主候補生だ。
「けれど、さすがにレスティラウト様にお願いするわけには参りません。もう卒業されるので貴族院で受け渡しということもできませんし、領主候補生ですから卒業後にエーレンフェストに来ていただくこともできませんもの」
下級か中級貴族で良い感じのイラストが描ける子がいたら、卒業後に勧誘したいな、と思っていたけれど、領主候補生のレスティラウトは婚姻以外で移動できないし、次期アウブだと思う。無理だ。
わたしが「無念です」と項垂れると、レスティラウトは一度すごく不機嫌な顔になった後、社交的な顔に戻った。ものすごくガッカリしているか、怒っているか、どちらかだ。
「ローゼマイン、ハンネローレ様を通じて絵を受け取ることができれば、私達の卒業まではお願いできるのではないか? ディッター物語の挿絵だけをお願いするならば、それほど長くはかかるまい。それに、レスティラウト様の絵に触発されて、絵師の発掘が容易になるかもしれぬ」
ヴィルフリートの言葉にレスティラウトがバッと顔を上げた。眉間に皺を刻んだ顔で「その提案は悪くない」と赤い目を輝かせている。
……どうしよう!? めちゃくちゃ乗り気だ! 眉間に皺が寄ってるけど、うきうきしてる顔だ、絶対。
「せめて、アウブの許可を……」
「其方が物語を貴族院で買い集めるのと大して変わらぬではないか。買い取る物が絵になるだけだ」
「ヴィルフリート兄様!」
余計なことを言わないで、と思いながら止めたが、遅かった。レスティラウトがニッと唇の端を上げた。
「なんだ。すでにエーレンフェストがしていることか。ならば、何の問題もあるまい」
物語集めはお金がない下級貴族向けのアルバイトだとは言いにくい。絵も同じようにして買い取るつもりだったからだ。
「あの、ローゼマイン様。お兄様の絵を見てから購入するかどうか、お考えになってはいかがでしょう? お話に合う絵かどうかは見てみなければわかりませんし……」
一つ息を吐いた後、ハンネローレが小さく「もう止まりません」と呟いて、ちらりとレスティラウトとヴィルフリートに視線を向けた。
早くも二人がディッター物語を見ながら、どのシーンにイラストを入れるのか話し始めている。レスティラウトの背後に立つ側仕えと護衛騎士が軽く背伸びして覗き込んでいるのも見えた。「ちょっと待て! どうしてそうなった!?」と叫ぶ養父様の幻影が見えるが、もうこうなったら腹をくくるしかなさそうだ。
……やったね、ローデリヒ! 領地以外で初めての読者が王族で、初めての挿絵が大領地の領主候補生の物だよ! ペンネームを使っててよかったね!
「一冊につきイラストは五枚まででお願いします。それ以上は買い取りません」
「五枚か……。難しいな」
真剣な顔でレスティラウトがページを繰り始め、すでに読んでいるヴィルフリートがお勧めのシーンを述べていく。
男二人がディッター物語で盛り上がり始めたことに、わたしとハンネローレは視線を交わして肩を竦めた。
「ダンケルフェルガーの歴史の本にも、今回のディッター物語にも興味を示してくださっていることから考えても、ダンケルフェルガーの領主候補生は兄妹揃って読書がお好きなのですね」
「え、えぇ。わたくしも貴族院の恋物語はとても楽しく読んでいます」
ほほほ、と笑ったハンネローレがどの物語のどんなシーンがよかったのか、話し始めた。恋に落ちる瞬間のときめきについて語るのを聞いて、わたしはお母様の書く神様描写が何を示しているのか、少しだけ理解できた。
……芽吹きの女神 ブルーアンファが出てきたら恋の始まり。よし、覚えた。
お母様の恋物語にはあまりにも頻出する女神なので、一体何を表現しているのかよくわからなかったが、恋の始まりだったらしい。
……でも、ブルーアンファって一つの物語で五回以上出てくることがあるんだけど、本当に恋の始まりで間違ってないよね?
少しばかりの疑問点を抱えつつ、わたしがハンネローレの語りに相槌を打っていると、ヴィルフリートが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「ヴィルフリート兄様、どうかなさったのですか?」
「いや、ハンネローレ様はずいぶんと深く読み込んでいらっしゃるのだな、と」
「え?」
わたしとハンネローレが揃って目を瞬くと、ヴィルフリートが小さく笑う。
「ローゼマインは次々と新しい本を読んでいくのですが、そのように一つのお話についてそのように深く語ることがないので、とても新鮮な気分です」
……恋物語について語りたくても深く語れるほど描写が読み取れないんだよ! ついでに、共感できないの!
この花が咲いたらうっとりするのが正解とか、秋風が吹いたら失恋なので悲しい気分になるのが正解とか、表現だけならば一応文学で習ったので理解できるけれど、それに共感できるかどうかは別問題だと思う。
考えてもみてほしい。秋の女神達が踊り始めると、髪が揺れて突然主人公が泣き出すのだ。わたしの場合、共感して悲しくなるより先にポカンとしてしまって、数秒後に「あ、そうか。秋風だ。失恋したんだよね。何で突然? どこに兆候が?」と何が起こったのかすぐに理解できなくて、周囲を何度か読み返すということになる。
こういうことだろうか、それとも、こう解釈するのが正しいのだろうか、と恋物語を読解問題や推理物の気分で読み、お茶会で皆の感想を聞きながら正解かどうかを確認していくのである。どうにも主人公に共感するところまで行き着けない。
「皆様の感想を聞くのは楽しいですし、感じ方の違いが興味深くて勉強にもなるのですけれど……わたくしは一つの物語を深く語るより先に次のお話を読みたくなってしまうのです」
決して読み取れないわけじゃないからね、と予防線を張っておく。ハンネローレが「ローゼマイン様は本当に本がお好きなのですね」と合わせてくれた。
……お祈りが自然とできるようになったように、きっとそのうちスッと共感できるようになる、よね? きっと。
「そうそう。わたくし、フェルネスティーネ物語を少し拝読したのですけれど……」
「もう読まれたのですか?」
つい先日貸したところである。わたしは研究室に出入りしていたせいで、まだ借りた本をほとんど読めていない。
「まだほんの最初だけです。……フェルネスティーネはローゼマイン様を元にした主人公ではありませんか?」
「え? 違います。フェルネスティーネは……別人です」
さすがに「フェルディナンド様です」とは言えずに言葉を濁す。何故、フェルネスティーネのモデルがわたしになっているのか、わからない。
わたしの答えにハンネローレがパチパチと何度か目を瞬いた。
「そうなのですか? 橙の瞳にさらさらと風に揺れる明るい青の髪という描写や幼い頃から美しく賢いところ、アウブに引き取られて領主候補生になったという生い立ちも共通点があるものですから」
……読んでいる時は何も思わなかったけど、確かにそうやって要素を抜き出すと、わたしっぽい!
思いもよらなかった言葉にわたしは慌てて首を振って否定する。あんなお母様が理想とする美少女のモデルと思われたら大変だ。
「わたくしはアウブに引き取られたのではなく養女です。洗礼式は両親の下で行っていますし、養父様にも養母様にも良くしてもらっています。それに、その主人公の基になった方のように父親の第一夫人に洗礼式で母として立つことを断られたり、日常生活の中で命を狙われて食事でさえ気を抜けないような生活を送ったりしたことはございませんから」
フェルネスティーネ物語の義母と養母様を同じように考えられては困る。わたしは一生懸命に否定した。
「……まさか、それは実話なのか? そのような悲惨な生活をしている者がエーレンフェストには実在するのか?」
レスティラウトに疑惑の目を向けられたヴィルフリートが「私は知らぬが、そのような者がいるのか?」と首を傾げる。ヴィルフリートはどうやらフェルネスティーネ物語のモデルがフェルディナンドであることを知らないらしい。
「実話ではございません、レスティラウト様。この物語は虚構の作り話であり、登場する団体・人物などはすべて架空のものです、と明記されている通り、似ているように感じられても別人なのですし、作り話です」
「……それでも、ローゼマイン様は主人公の基になった方をご存知なのですよね?」
更に疑惑の目が強くなった気がする。ダンケルフェルガーの領主候補生の視線を受けて、わたしは仕方なく頷いた。
「え、えぇ、まぁ……。けれど、複数の方を混ぜて作り上げたと作者が言っていたので、明確にこの方、というのはないのですよ。この辺りのお話はこの方かしら? と思える程度なのです」
「本当にローゼマイン様のお話ではないのですよね?」
ハンネローレに心配されているのがわかる。わたしは大きく頷いた。
「わたくしはこのフェルネスティーネのような扱いを受けていません。ねぇ、ヴィルフリート兄様?」
「うむ。ローゼマインの護衛騎士には実の兄もいる。そのような扱いを許すような環境ではない」
「そうですか」
ホッと胸を撫で下ろしたハンネローレがニコリと笑った。わかってもらえたことに安堵しつつ、わたしはこれから貴族院で何度も同じような説明をしなければならないことに気付いて、血の気が引くのを感じていた。
……フェルネスティーネとわたしに共通点があるなんて気付かなかったよ! 二巻、二巻をすぐに作って送って、お母様! 王子との恋愛パートに入ったらさすがに誤解する人はいなくなるから!
エーレンフェストへの報告案件がどっと増えたダンケルフェルガーとのお茶会だった。