Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (485)
王族と図書館 後編
ヴァイスの言葉に目を見張って固まってしまったのはヒルデブラントだけではない。「王族なのに魔力が足りなくて入れない」とヴァイスに明言されたヒルデブラントに、その場にいる側近達も何と声をかければよいのか、戸惑ったように顔を見合わせている
資料の持ち出し禁止に落ち込んでいる場合ではなくなり、わたしはヒルデブラントのところへ向かう。
「ヒルデブラント王子、この書庫は成人した王族が訪れる場所だという記述があったはずです。貴族院にまだ入学していないヒルデブラント王子では魔力が足りなくても仕方がありませんよ。魔力圧縮も習っていませんし、シュタープも得ていませんし、神々の御加護も賜っていませんもの」
「ローゼマイン……」
「ヒルデブラント王子の成長期はまだ先ですから、成長するまではわたくしと一緒に皆を待っていましょう。ね?」
そう言いながら、わたしはいくつもある椅子の方を手で示す。ヒルデブラントは顔を上げて周囲を見回した。
「……ローゼマインはここで待つのですか?」
ヒルデブラントが透明な壁の前にある椅子やテーブルを見ながら尋ねた。ここは書庫の様子がよく見える。危険がないことを確認しながら待機し、中で資料を読む主のために側近達が色々と準備するための場所だろう。
「わたくしもあの中に入りたいとは思うのですけれど、不用意に入ることを禁じられているのです。ここでお茶でも飲みながら、本当に有益な資料が見つかるのかどうか、待つつもりなのです」
「では、私も一緒に待ちます」
ヒルデブラントが笑顔を見せて椅子に向かう。アルトゥールがホッとしたように肩の力を抜いた。
「ソランジュ先生はお茶の支度を手伝ったこともあるとおっしゃったでしょう? ブリュンヒルデ、どのようにするのか伺ってきてください」
「かしこまりました」
ブリュンヒルデが身を翻し、階段へ向かう。それと同時に側近達が何を準備するべきか考え、それぞれの主のために動き始めた。
「私も主のためにお茶の準備したく存じます。許可をいただけますか?」
「頼みます、アルトゥール」
「リーゼレータと一度寮へ戻りましたけれど、一人ではここまで全て運べませんね」
お茶の支度の一部を持ったブリュンヒルデが困ったように笑う。「寮まで行ったのでしたら、少し休んでいらっしゃい」とリヒャルダが上に残りの荷物を取りに行った。
「お茶を淹れたら、ブリュンヒルデもあちらで少し座って休むと良いですよ」
「いいえ。ローゼマイン様から目を離すわけにはまいりませんもの。いつ書庫に突進するのかわかりませんから」
クスクスと笑いながらそう言ったブリュンヒルデにレオノーレも同意した。書庫を見てはそわそわしているわたしはどうやらかなり信用がないらしい。
でも、すぐそこに読んだことのない資料や本が並んでいる書庫があるのだ。三人の鍵が揃わなければ開けられないのだから、今度はいつ開けられるのかわからないと思えば、我慢しているのが大変なのはきっと皆に賛同してもらえると思う。
「どのようにして魔力を増やせばよいのでしょう?」
「貴族院で習いますから、今は無茶をする時期ではございませんよ。ご自分に合った方法が上手く見つかれば、ぐっと伸びます。王族にはきっと歴代の王が研究してきた効果的な増やし方があるのではございませんか?」
魔力の圧縮方法は一族の秘伝であったり、個人的に秘匿する物であったりするらしい。きっと王族には王族の増やし方があるだろう。余計なことを言えばすぐにでも圧縮を始めそうなヒルデブラントには具体的なことを何も語らず、わたしは曖昧な返事をしながらハンネローレ達が資料を読んでいく様子を眺めていた。
何が書かれているのか大まかに見ていくつもりなのだろう。三人が手分けしてあちらこちらの白い板のような資料を出しては目を通し、元の場所に戻している。ハンネローレが首を振り、二人の王子が難しい顔になった。そして、その後、立てかけられている大きな本をアナスタージウスが開き、ジギスヴァルトを呼んでいるのが見えた。
……いいなぁ。わたしもあっちに交じりたいよ。
リヒャルダが持って来てくれたお菓子をもそもそと食べながら書庫の様子を見ていると、何やら話し合っていたハンネローレと王子二人が出て来た。
「あの、ローゼマイン様も入ってくださいませ。古い資料が多すぎて内容の判別が難しいのです。ダンケルフェルガーの歴史書を読めるのですから、古い文字にも習熟していらっしゃるのですよね?」
「ローゼマイン、保護者との約束を破らせてしまうことは大変心苦しいのですが、お手伝いいただけませんか?」
ハンネローレとジギスヴァルトの二人にお願いされて、ぐらんぐらんと心が揺れる。入りたい。本が読みたい。でも、怒られたくない。
「え、えーと、でも……わ、わたくしは……」
わたしは許可を求めてリヒャルダやレオノーレを振り返った。二人ともとても困った顔で、それでも、「ダメです」と言うように軽く目を伏せた。ヒルデブラントも「行かないでほしい」と訴えるような顔をしている。
そこにアナスタージウスの声が響いた。
「ローゼマイン、来い」
「アナスタージウス、そのような命令口調をしてはなりません。彼女は善意の協力者なのです」
ジギスヴァルトにたしなめられたアナスタージウスは「違います、兄上」と言いながら首を振った。
「エーレンフェストの保護者に命じられているローゼマインには更に上位の王族の命令という大義名分がなければ、お願いだけでは動けないのです。……ここにある資料を読むのを手伝え、ローゼマイン。これは王族からの命令だ」
……王族からの命令ですよ? これは断ってはいけないものですよ! いやっふぅ!
「リヒャルダ、ブリュンヒルデ、レオノーレ。王族の命令であれば仕方がありませんよね?」
わたしが側近達を振り返ると、三人は揃って溜息を吐いた。
「姫様、仕方がないお顔ではありませんよ」
「仕方がないのは仕方がないのですけれど……」
「ローゼマイン様、興奮しすぎてはいけませんよ」
王族の命令と言われれば、逆らいようがない。わたしは笑顔で椅子から立ち上がる。
「では、行ってきますね」
わたしがうきうきとした気分で透明の壁の向こうへ入った途端、シュバルツが少し顔を動かしてわたしを見上げた。
「ローゼマイン、いのりたりない」
「え? 何ですか?」
突然言われたことがよくわからなくて、わたしは首を傾げた。わたしの後ろから入って来たハンネローレが「ローゼマイン様もシュバルツに何か言われましたか?」と尋ねた。
「えぇ。祈りが足りないというようなことを言われたのですけれど……」
「よくわからないのですけれど、わたくしもここに入ると同時に言われました。属性が足りない。祈りが足りない、と」
ハンネローレが「何でしょうね?」と首を傾げる。王子二人も同じように言われたらしい。一体何の意味があるのか、と考えていると、アナスタージウスが肩を竦めた。
「神殿長をしているローゼマインでも祈りが足りないのならばどうしようもあるまい。考えるだけ無駄だ」
「それもそうですね。では、早速本を……」
考えるのは止めて、今は本を読みたい。わたしが天板に立てかけられている本に手を伸ばそうとしたら、アナスタージウスに止められて白い板が詰まっている本棚の方へ連れて行かれた。
「そちらの本は比較的新しい言葉で書かれているので私達でも読める。其方が読むのはこちらだ」
「ハンネローレがローゼマインならば読めると言ったのですが、本当に読めそうですか?」
本棚にずらりと並んでいる白い板を一つ取り出したアナスタージウスがわたしに手渡した。建物と同じような白の板に古い言葉が彫り込まれている。これならば貴族院や図書館を支える魔力さえあれば朽ちることはないだろう。
……石板か。保存には向いてるね。ちょっと重くて一枚に書ける量が少ないけど。
わたしは指でたどりながら刻まれた文字を読んでいく。
「これはかなり昔の儀式の仕方ですね。……ふぅん。聖典のあの部分がこのような儀式になるのですか」
ライデンシャフトの眷属同士が喧嘩して燃え上がりすぎて、灼熱の夏になった時に海の女神フェアフューレメーアが眷属達の頭を冷やすお話から来ている儀式だ。ハルデンツェルの儀式が春を呼ぶ儀式ならば、これは熱すぎる夏を抑える儀式らしい。
聖典にはお話、歌、絵が書かれているだけだが、この石板には儀式の行い方が詳細に書かれている。ハルデンツェルの儀式の行い方を書かれた板があれば、確実に再現できそうだ。
「わたくしにはとても興味深いですし、このまま聖典と儀式の関係を調べたいですけれど、今の王族の役には立たないですよね。順番に見ていくので、シュバルツ、端から順番に持って来てください」
「わかった」
シュバルツが持って来てくれる板にわたしは目を通していく。
その間、ジギスヴァルトとアナスタージウスは比較的新しい情報が載っている本状態の物を読み、ハンネローレは白い板をゆっくりと読んでいた。
いくつかの儀式のやり方を読んだ後、シュバルツが持って来てくれた板に初めて儀式以外のことが書かれている物があった。
「ジギスヴァルト王子、アナスタージウス王子。これは王族の参考になるのではございませんか? はるか昔の王の回顧録です。魔力圧縮の方法や得られた御加護について書かれています。この辺りの御加護の記述はダンケルフェルガーとの共同研究にも役立ちそうですね」
回顧録というか、ハウツー資料というか、「こうして私は王になった」という感じで自分の苦労を語っている資料である。
ただ、それほど大きくはない板に刻み込まなければならないので、当時の共通認識に関しては省かれている感じで、読んでもちょっと意味がつかめない。
「……ただ、よくわからないのですよ。ここの部分は、何度も何度も回りながら全ての神々に祈りを捧げた、と読めるのですけれど、どこでどのように回るのでしょうか? まさか奉納舞をしながら祈りを捧げるのでしょうか? 中央にはどこか回る場所があるのでしょうか?」
ぐるぐると回りながらお祈りを捧げる様子を思い浮かべていたわたしにアナスタージウスも困った顔になった。
「神殿長の其方以上に祈りについて詳しい者は貴族院にはおらぬであろう。神殿内には何かないのか? その、回りながら祈りを捧げるような何かが……」
「回転するのではなく、色々な神々に祈りを捧げて回るという意味ではありませんか?」
冷静なジギスヴァルトの言葉にぐるぐる回転するイメージが消えてホッとする。昔の人は何をしていたのか、と真剣に悩んでしまったが、色々な神々に祈りを捧げるだけならば普通だ。
……でも、祈りを捧げるのって、基本的に自室に神具を持って来てもらうか、礼拝室に行くか、どっちかなんだよね。色々な神々に祈りを捧げて回るってイメージも神殿にはないんだけど。
「……あ! そういえば、神殿の側仕えから神殿のあちらこちらに神様が彫刻されて潜んでいると聞いたことがあります。どの神殿も同じならば、昔の人は神殿のあちらこちらにいる神々に祈りを捧げて回っていたのかもしれません」
「それかもしれぬな」
モニカに聞いた話を思い出すと、アナスタージウスが難しい顔になり、ふーむ、とジギスヴァルトが考え込み始めた。
「この王の回顧録は重要そうなので、できることならば現代語訳して書き写してほしいのですが、お願いできますか? このまま書き写せば文官達でも訳はできるかもしれませんが、神殿や祈りに詳しいローゼマインでなければわからないことが多々ありそうです」
「わかりました。では、わたくし、一度外に出てフィリーネから紙とインクを受け取って来ます。わたくしの文官は下に降りられなかったので」
わたしがそう言うと、ハンネローレが「わたくしが行きます」と声を上げた。
「古い文字を読めるローゼマイン様がこちらで資料を確認した方が進みは早いでしょう。わたくしがローゼマイン様の側仕え達にお話に行きます」
「そ、そのようなことをハンネローレ様にお願いすることはできません!」
上位領地の領主候補生に使い走りのようなことをさせられるわけがない。わたしがふるふると首を振って辞退したというのに、ジギスヴァルトはニコリと微笑んで「お願いします、ハンネローレ」と言った。
「ローゼマインの側仕えに言付けたら、少し休憩してくると良いですよ。ハンネローレは最初からずっと頑張ってくれましたから」
……そうか。休憩がいるんだ。
本や資料を読んでいると時間を忘れて没頭して、食事も休憩も必要がなくなるわたしと違って、他の人には休憩が必要であることをすっかりと忘れていた。
ハンネローレが書庫から出て行くのを見送り、わたしは白い板に再び視線を落とす。
「ローゼマイン、祈りで神々の御加護が増えるという研究をすると聞きましたが、本当に祈れば増えるのですか?」
「真剣に祈ること、頻度や回数、魔力の奉納など、いくつかの要素が必要なようですけれど、それがどの程度のものなのかを知るために、ライデンシャフトやアングリーフの御加護を得ている者が多いダンケルフェルガーや騎士見習い達に協力してもらうことになっています」
でも、お祈りで御加護が増えることは間違いないですよ、とジギスヴァルトに答えた。ジギスヴァルトは王の回顧録を見下ろしながら、そっと息を吐く。
「私は適性のある大神から御加護を得ましたが、少し魔力を使いやすくなった程度で、特に変化は感じませんでした。眷属からの御加護を得ると、何か変わるのですか? お祈りを今の王族の務めよりも優先するべきなのか、悩むところです」
どんどんと魔力を注いでユルゲンシュミットを支えなければならないのに、書庫で悠長に資料を読んでいる余裕はないということだろう。
「ジギスヴァルト王子、急ぐ時ほど危険な近道より、遠回りに見えても安全な道を通るほうが結局早いので、安全で着実な方法を選んだ方が良いと思いますよ」
「どういう意味ですか?」
首を傾げるジギスヴァルトにわたしはニコリと微笑んだ。
「ジギスヴァルト王子にはこうして資料を読んで、魔力圧縮の方法やお祈りによって御加護を得ることが遠回りに見えるのかもしれません。けれど、魔力を増やし、御加護を得た方が最終的には楽になるのです。たくさんの眷属から御加護を得られると、魔力の効率というか、消費量が変わりますから」
「そのような変化が?」
深緑の目が驚きに見張られる。
「体感ですから個人差はあると思います。けれど、全部で十二の神々から御加護を得たヴィルフリート兄様は今までの七割程度の魔力で調合ができるようになった、と言っていました」
「七割程度……。それはどれほどの祈りを捧げることで得られるのですか?」
食らいつくような視線の強さを見れば、王族がどれほど切羽詰まっているのか、どれだけ魔力を必要としているのかがよくわかる。
「……そのヴィルフリートよりも多くの御加護を得たらしい其方はどうなのだ?」
じろりとアナスタージウスに睨まれて、わたしは唇を引き結んだ。言ってしまっていいのだろうか。黙っていた方が良いのだろうか。ただ、王族はもっとお祈りの効果を知った方が良いと思う。
「神殿における祈りの成果として発表するのであろう? ここで言ってしまっても大して変わるまい」
「他の方と差がありすぎるので、研究発表の時は控えめにする予定なのです。けれど、王族の方々にお祈りの重要性を知ってほしいので、正直に言いますね。エーレンフェストにさえ正確な数は報告していないのです。他の方には口外しないでくださいませ」
「わかりました」
「……約束しよう」
アナスタージウスとジギスヴァルトが頷いたのを見て、わたしはゆっくりと口を開いた。
「わたくしは全部で四十三の神々から御加護を賜り、魔力の消費量がこれまでの四割ほどになっています。調合にしても魔力供給にしても半分以下の魔力で終わるので、感覚の調整に苦労しているのが現状です」
「何だと!?」
「半分以下ですか!? 一体どのように祈りを捧げているのです?」
二人があまりに驚いて大きな声を出しているので、「絶対に口外はしないでくださいね」と念を押し、わたしは自分の書字板にお祈りの言葉を書いていく。
「エーレンフェストでは礎の魔術に魔力を供給する時に神々に祈りを捧げながら行います。それでアウブ・エーレンフェストも複数の眷属から御加護を賜りました。魔力供給する時にお祈りの言葉を唱えるだけですから、お忙しい王族の方でも簡単に行えるお祈りと思いませんか?」
「それだけで良いのか?」
アナスタージウスが疑わしそうにわたしを見た。
「もちろん、たくさんの御加護が欲しいのでしたら、神殿へ積極的に通って神事を行うべきだと思います。けれど、王族にはそんな余裕はないでしょうし、いきなり神事を取り上げると中央神殿との衝突も大変なことになると思うので、簡単にできるところから始めれば良いと思いますよ。そのうち、勝手に祝福が飛び出すくらいに自然と神々に祈りを捧げられるようになりますから」
大事なのは慣れ。そして、慣れたら慣れたで奇異の目で見られて、怒られることもある。わたしは経験済みである。
「きっちりと研究はしていませんけれど、成人してからも御加護は増えるそうなので、常にお祈りをしながら魔力供給をすると、数年後にはとても楽になっていると思います」
「成人してからも、だと? エーレンフェストはどれだけの情報を隠しているのだ?」
「別に隠しているつもりはないのですよ。他所と比べるまでは礎の魔術に供給する時にお祈りするのが普通だと思っていましたから」
そして、隠しているのはほとんどがフェルディナンド経由の情報ばかりだ。隠匿しているのはエーレンフェストではなく、フェルディナンドである。でも、そんな余計なことは言わない。
「紙とインクが届きました」
「恐れ入ります、ハンネローレ様」
ハンネローレがフィリーネから紙とインクを預かって来てくれた。わたしはそれを受け取って、王の回顧録を訳しながら書き始める。
「では、次は我々が休憩します。ハンネローレ、申し訳ないがこちらの板の内容を写してほしい」
「かしこまりました、ジギスヴァルト王子」
二人の王子が書庫から出て行くのを見送って、わたしはホッと息を吐いた。つられたようにハンネローレも息を吐いて、小さく笑う。
「まさかアナスタージウス王子の呼び出しで、王子が三人も図書館にいらっしゃるとは思いませんでしたね、ローゼマイン様」
「えぇ。ジギスヴァルト王子のお姿を見た時は本当に驚きました」
……わたしが驚いたのは図書館じゃなくて、王子の離宮だったけどね。
「鍵を開けるだけのつもりでしたのに、このように写本まですることになるとは思いませんでした。わたくし、あまり古語が得意ではないので、ローゼマイン様が一緒で心強いです」
「王族も実務優先であまり古語には通じていないようですから、少しずつでも読めるだけハンネローレ様はすごいと思うのですけれど」
そんなふうにちょっとしたおしゃべりをしながら、わたしは現代語訳をしていく。
「……あら、これは王の継承の儀式でしょうか?」
ハンネローレが自分の手元の板を覗き込みながらそう言った。それはエーレンフェストの神殿では絶対に行わない儀式だ。興味を引かれてわたしは白い板を覗き込む。
「こちらに、新しい王が自分のグルトリスハイトを見せる、と書いてあるので間違いないと思うのですけれど……」
「そうですね。継承の儀式だと思います」
……グルトリスハイトを持たない今の王はどのように継承の儀式を行ったんだろう。
そんな疑問を抱きながらわたしは白い板を読んでいく。ハンネローレは儀式の手順は必要ない情報として、「ご覧になるのでしたらどうぞ」とわたしに白い板を差し出すと、シュバルツに新しい板を持って来てもらう。
わたしはハンネローレに渡された白い板を読んでいった。
王の継承の儀式では神殿長が光の女神の神具である冠を被って行うらしい。契約や約束を司る女神だからだろうか。
……これは呪文?
儀式の方法が書かれた白い板にはシュタープを変化させる呪文らしき言葉が書かれている。わたしは自分の書字板にその呪文らしき言葉を書き込んだ。
……絶対にフェルディナンド様はここに通い詰めだったね。
別の儀式について書かれた板には闇の神のマントを作り出す呪文や、土の女神の聖杯を作り出す呪文が載っている。フェルディナンドだけが何故妙な知識をたくさん持っているのかと思っていたが、この書庫で学んだせいに違いない。
……わたしもいっぱい読んでやる!
こうして、わたしは様々な儀式について書かれた板を読んでいくことで、シュタープで全ての神具を作るための呪文を知った。
読むことに夢中になって王の回顧録以外の写本が進まなかったため、二人の王子に怒られたけれど、実に充実した時間だった。