Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (486)
ダンケルフェルガーの儀式 前編
閉館まで資料を読んだ後、書庫の鍵を執務室の保管箱に戻した。たくさんの資料を読んで、新しいことをたくさん知った頭は満足感で何だかふわふわしている。
「王族の方がいなくても鍵の管理者がいれば書庫に入れますし、王族がいらっしゃらなければ、他の学生を排除する必要もありません。ですから、お忙しい王族の代わりにわたくしが……」
どんどんと資料を読むよ、と提案してみたのだが、リヒャルダとアナスタージウスに即刻却下された。
「なりません。大領地との共同研究など、姫様には優先すべきことがたくさんありますし、無理やりでも姫様を引っ張って来られる方がいない時にあのような手の届かない書庫へ向かわせるわけには参りません」
「其方の側仕えの言う通りだ。読み始めたらこちらの話を全く聞かぬローゼマインを一人では入らせぬ」
二人の言葉に他の皆も賛同する。ぐるりと見回しても誰も味方してくれない。
……何ということでしょう!? 味方が一人もいない!
この中で一番権力があるだろうジギスヴァルトに視線を向ける。ジギスヴァルトは穏やかな笑顔のままでオルタンシアとハンネローレを見た。
「後日、私達から呼び出しがあるまで図書館は禁止です。オルタンシアもハンネローレもローゼマインから要求があっても鍵を開けてはなりません」
「かしこまりました」
面白い書庫を発見したのに入るのを禁止され、わたしはとぼとぼと寮に戻る。
寮に戻ってからは、資料から目を離さずにジギスヴァルトに生返事をしたこと、最後まで粘ろうとしてアナスタージウスによって資料を取り上げられて書庫から摘まみ出されたことなどをリヒャルダから延々と叱られ、ヴィルフリートには「ローゼマイン、其方、王族とは極力関わらないと言っていたのは何だったのだ?」と呆れられた。
……ヴィルフリート兄様、そこはわたしのせいじゃないと思うよ。
図書館の書庫へ入ってから数日後、ルーフェンからオルドナンツが届いた。「騎士棟でディッターをしないか」と三回繰り返したオルドナンツに、「共同研究でしたらお受けします」と返す。すぐにハンネローレから「申し訳ございません。共同研究の言い間違いです」という言葉が届いたので、ハンネローレには快く了承しておいた。
「ローゼマインは共同研究でまた何かするかもしれぬ。騎士棟には私も同行するぞ」
「お兄様はディッターが気になるだけではなくて?」
シャルロッテの指摘に、ヴィルフリートが言葉に詰まった。ローデリヒのディッター物語を読んだ男の子達の間ではにわかにディッター熱が上がっているのだ。前後の儀式も気になるのだろうが、一番はやはりディッターなのだろう。
言葉に詰まったヴィルフリートを見て、シャルロッテが軽く息を吐いた。
「……お兄様の気がそぞろになりそうですし、神々からの御加護が増える研究には興味がありますからわたくしも同行いたします。よろしいでしょうか、お姉様?」
シャルロッテはそう言ってわたしを見た。来年の加護を得る儀式までに少しでも情報を集めたいという頑張り屋のシャルロッテのお願いを却下するなど、わたしにできるはずがない。可愛い妹のお願いは叶えてあげるのが姉の務めである。
「もちろんよろしくてよ、シャルロッテ。せっかくヴィルフリート兄様とシャルロッテが同行するのですもの。二人の文官見習いにもお手伝いしていただきましょう」
わたしはヴィルフリートとシャルロッテの文官見習い達を多目的ホールに集め、紙を配ってアンケートの取り方を教え始める。
さすがに寮内には印刷機がないので、同じアンケート用紙を準備するのは難しい。そのため、一番上に質問用紙を準備して、文官達が質問して答えを書き込んでいく街角アンケートのような形を取ってみた。こうすれば、質問用紙は文官見習い達が書き写す一枚ですむし、回答の書き方さえ徹底させれば形式が整って集計もしやすい。
「ヴィルフリート様……」
「諦めろ、イグナーツ。ローゼマインが考案した新しいやり方ならば覚えるしかあるまい。どうせこれから嫌でも何度も使うことになる」
文官見習い達にアンケートの取り方を教え、聞き取り調査の準備だけは完璧に整え、わたし達は騎士棟へ向かった。ルーフェンが騎士見習い達を集めてくれているそうなので、大きめの講義室へ向かうことになっている。大小の訓練場が固まっている騎士棟は非常に広いため、騎獣での移動が必須だ。
レオノーレを先頭にエーレンフェストの一群が騎士棟へ向かう。ディッターのために三年生以上の騎士見習いは全員集合だし、三人の領主候補生が向かうので側近が同行するとかなりの大人数になるのだ。
「ここが騎士棟ですか」
「初めてですね」
降り立ったところをシャルロッテと二人で見回していると、リヒャルダが「姫様方も領地対抗戦で訪れたことはあるではございませんか」とクスクス笑った。確かにそうだけれど、直接訓練場に向かうだけで講義を行う部屋がある部分には初めて立ち入るのだ。
訓練に時間を費やす騎士見習い達が出入りする専門棟なので、麗乃時代と同じように体育直後の消臭スプレーが飛び交って気分が悪くなる女子更衣室や部活棟のような男臭いような汗臭いような土臭いような臭いを覚悟していたが、そのような臭いはない。
「もっと汗臭い感じがするのかと思っていました」
「基本的にヴァッシェンをしますから、文官棟のような独特の匂いはありません」
マティアスがそう言うと、文官棟の薬草臭さを思い出したらしいテオドールが小さく笑った。
……ヴァッシェンって偉大。
そう思いながら進んでいくと、ルーフェンとダンケルフェルガーの領主候補生であるレスティラウトとハンネローレが出迎えてくれた。
挨拶を交わすと、ルーフェンが「では、早速ディッター……」と言い出し、ハンネローレから「ルーフェン先生」と小さく声をかけられる。
「……の前後に行う儀式について説明と実演をしたいと思います」
取り繕っても、その顔には「ディッター」としか書いていない気がする。ディッターをしたくて仕方がないルーフェンに流されるわけにはいかない。
……ディッターよりも研究優先。
わたしとハンネローレは視線を交わして、小さく頷き合った。
「ディッターの前に騎士見習い達にお話を聞きたいのです。他領の騎士見習い達も集めてくださったのでしょう?」
「ローゼマイン様のおっしゃる通り、先に皆様のお話を聞かなくては。エーレンフェストとはすでにお約束しているのですから、ディッターはできます」
「そうですね。先に話を聞くことを終わらせて、心置きなくディッターを行いましょう」
よほどディッターがしたくて気が昂ぶっているのか、ルーフェンが歩くスピードは速い。
たくさんの騎士見習いが集められている広い講義室で、わたしはエーレンフェストの文官見習い十人を一番後ろの机にずらりと並んで座らせ、質問用紙と解答用紙、それからインクの準備をさせた。
「皆様のご協力に感謝します。これからエーレンフェストの文官見習い達の質問に一人一人お答えいただきます。集計結果は領地対抗戦の研究発表で行うので、本日は質問を終えた方から退室していただいて結構です」
貴族院は何に関しても領地の順位で順番が決まっているので、非常にやりやすい。後ろにずらりと並んだ文官見習い達のところへ上位領地から順番に並んで質問に答えていってもらえば良い。
「クラッセンブルクの方、こちらから順番に並んでくださいませ。そして、回答が終わった方はこちらから退室してくださいませ」
寮内でも上級中級下級の位、それから学年、と細かく分かれているので、わたしが声をかけると、自然と順番は決定していてスッと並んでくれる。
十人が一度に質問を始め、どんどんと回答を書き込んでいく。何度か練習させたのでそれほどの混乱もなく、聞き取り調査は進んでいる。
「終わりました。次の方、こちらへお願いいたします」
フィリーネが手を上げるのを見て、わたしは順番に並んでいた騎士見習いをそちらに誘導する。クラッセンブルクの騎士見習いがある程度減ったら、次の領地に声をかけて並んでもらう。
この聞き取り調査におけるわたしの最も重要な仕事は誘導であるが、なかなかスムーズに進んでいるようだ。自分の仕事に満足していると、ブリュンヒルデが数人の側仕え達を連れてやって来た。
「ローゼマイン様、やり方は覚えました。代わります。この後のディッターについてルーフェン先生がお話ししたいそうです」
……ディッターのお話よりも交通整理していたいんだけどな。
今回の共同研究の責任者であるわたしがお話から逃げることはできない。リヒャルダと一緒に領主候補生が固まっている一角へ向かった。
「珍しい質問の仕方ですね」
「一対一で話をしながら同じ質問をするのに都合が良いのですよ。こちらには三年生以上の騎士見習いを集めてくださったようですけれど、いつからお祈りについて教えられるのですか? エーレンフェストの一年生でもすでに知っているようですけれど……」
わたしはテオドールを見ながらそう言った。今年は共同研究をすることになったので、喜び勇んだルーフェンが教えてくれた、とテオドールからは聴いている。
「一年生でも訓練場を使うために最初から騎士棟に出入りします。ですから、一年生でも歌や踊りを知っていると思います。ただ、ダンケルフェルガーの騎士見習い以外は馴染みがないせいか、あまり真剣にしていなかったのです。今年はこれで神々からの御加護が得られるかもしれない、と言うことで、他領の騎士見習いでも真剣にやる者が増えました」
エーレンフェストの騎士見習いもあまり真面目にしてこなかったらしい。寮で騎士見習い達に話を聞いた時、「何のためにさせられるのかわかりませんでしたから。これが神々から御加護を得るために必要なことだと認識していれば、もっと真面目にしたのでしょうけれど」とレオノーレが言っていた。
他の領地の騎士見習い達も同じような感覚だったのだろう。
「それでローゼマイン様、本日のディッターはどのようなルールにいたしましょうか?」
わくわくと目を輝かせたルーフェンの言葉にわたしはコテリと首を傾げた。
「ルールは普段の訓練のもので結構ですよ」
「普段の訓練は速さを競うディッターですが……」
「えぇ。ですから、それで競えばルールの設定など必要ないでしょう?」
わたしの言葉にルーフェンが目を見開いて三秒ほど固まった。
「何故ですか!? あれだけ宝盗りディッターに情熱を傾ける素晴らしい物語を書いていながら、宝盗りディッターをしないなんて……!」
「ディッター物語はわたくしが書いたわけではございませんし、宝盗りディッターは時間がかかるではありませんか。研究のために儀式を観たいだけなのです。今回は速さを競うディッターが相応しいと思います」
そんな、とショックを受けているルーフェンの周囲でダンケルフェルガーの騎士見習い達が口と目を開けて、わたしを凝視する。どうやらダンケルフェルガーでは完全に宝盗りディッターをする予定だったらしい。
「しかし、ローゼマイン様……」
「宝盗りディッターでなければ儀式が行えないわけではございませんよね? それとも、まさかダンケルフェルガーは速さを競うディッターでは真剣になれないのですか?」
研究のためにディッターは必須でも、その種類まで指定されていたわけではない。わたしの言葉に、ハンネローレが笑顔で頷いた。
「ローゼマイン様のおっしゃる通り、速さを競うものでも宝盗りでもディッターはディッターです。儀式は行えますし、ダンケルフェルガーがディッターを真剣にやらないことはございません。御加護を得る研究のためですから速さを競うディッターが良いとわたくしも思います」
「ハンネローレ様、それはそうですが……」
他ならぬダンケルフェルガーの領主候補生の言葉である。これをルーフェンや騎士見習い達が覆すのは難しい。ハンネローレの笑顔で速さを競うディッターに決まった。
「けれど、ルーフェン先生がそのように思い入れてくださるほど、ディッター物語を楽しんでくださって嬉しいです」
「今、ダンケルフェルガーの寮では大流行中ですから。あの作戦にはフェルディナンド様の助言があったのではございませんか?」
仕掛けられた覚えがございます、と当時のことを語り始めたルーフェンにわたしは軽く息を吐いた。
「……わたくしがフェルディナンド様からいただいたディッターの作戦資料を作者に貸し出したのです。フェルディナンド様がお話を考えたわけでも、協力しているわけでもございません」
「それは続きが楽しみです。それで、続きはいつ出るのですか?」
ルーフェンはしっかりと「続きが読みたくてたまらない病」にかかったらしい。計算通りである。
「続きは……そうですね。レスティラウト様が挿絵を描いてくださるそうなので、その後になります。一巻も挿絵を入れて綴じ直す予定ですし」
糸で綴じているだけなので、手間はかかるけれど絵を差し込むのはそれほど難しくはない。二巻も一冊を見本として渡してイラストを描いてもらい、イラストを後から挿入する形になると思う。
卒業後に絵師をエーレンフェストに呼び寄せるつもりだったので、他領からイラストを買ってもどうするのが良いかわからないし、決めかねている。
……卒業しちゃう領主候補生を絵師にするなんて、想定外なんだよ!
「挿絵は描いたぞ。今日は持って来ていないが、また見せよう。……そうだな、其方の儀式を見せてもらう時にでも」
「楽しみにしていますね」
……イラストを見せてもらう前に買い取り価格や受け渡しの方法などを決めておかなければならないだろう。
そんなことを考えながらダンケルフェルガーの側近達からディッター物語の感想を聴いているうちに、アンケートは終わったようだ。
「寮に戻ってから調査結果を集計します。結果については領地対抗戦より先にダンケルフェルガーへお知らせいたしますね」
「ローゼマイン様、せめて少しはお手伝いさせてくださいませ。共同研究とは名ばかりで、わたくし、何もしていません」
クラリッサの言葉に、共同研究をすることになっているダンケルフェルガーの文官見習い達も大きく頷いた。わたしの儀式とダンケルフェルガーの儀式の比較などを行ってもらう予定だったが、確かに、今日の聞き取り調査ではダンケルフェルガー側が何もしていない。共同研究と言った以上は何か仕事を割り振った方が良いだろう。
「……では、集計はエーレンフェストのお茶会室で行いましょう。急いで結果を出したいので、明日の朝、講義が始まる時間から集計を始めます。講義が終わっていて手の空いている方は来てくださいませ」
「かしこまりました。絶対に、何があっても参ります」
クラリッサが拳を握って嬉しそうに笑い、「本当によろしいのですか、ローゼマイン様? わたくしも同行した方がよろしいでしょうか?」とハンネローレが不安そうにクラリッサを見ながら尋ねてくる。
……そ、そんなに不安視されること?
にわかに不安になって、わたしはハンネローレにもダンケルフェルガーからのお目付け役として来てもらうことにした。わたしがハンネローレにお願いしていると、レスティラウトがクッと顔を上げた。
「では、私も責任者として……」
「お兄様は講義がおありでしょう? ディッター物語の絵を描くことに夢中になって、講義を疎かにしたこと、お母様に報告いたしますよ」
……ハンネローレ様、頼もしい!
わたしが胸をキュンとさせたところで、シャルロッテが小さく笑った。
「レスティラウト様とハンネローレ様がまるで本を読む建前を探すお姉様と阻止するリヒャルダのようですね」
「確かに。だが、私としてはリヒャルダには叱られたくないが、ハンネローレ様のように可愛らしく叱ってくれるのであれば構わぬぞ」
「ヴィルフリート坊ちゃま、それはどういう意味でしょう?」
ほほほ、と笑うリヒャルダに顔を引きつらせているヴィルフリートを見ながら、わたしは一度コクリと頷いた。
……ちょっとだけヴィルフリート兄様の気持ちはわかります。
そして、聞き取り調査を終えた後は訓練場へ移動して速さを競うディッターである。わたしの目的はディッターの試合前に行う古い戦歌や戦い系の神々に魔力を奉納する儀式である。あまり他の人が行う儀式を見たことがないので、とても楽しみなのだ。
エーレンフェストとダンケルフェルガーの皆が訓練場へ向かう。共同研究なので、他領の者は観覧禁止だ。
観覧できる場所からわたし達は領地対抗戦のように下を見下ろす。領地対抗戦と違って椅子がないため立ち見であるが、訓練場の形は同じである。
何となく左右にエーレンフェストとダンケルフェルガーに分かれているが、ディッターに熱狂しやすい土地柄なのか、ただ、騎士見習いの人数が多いのか、ダンケルフェルガーはものすごく人数が多い。
「ローゼマイン、ディッターを見たがっていた低学年も呼んで良いか? 応援の数でも負けているぞ」
ヴィルフリートの言葉に、わたしは騎士見習い以外もたくさんいるダンケルフェルガーを見て頷いた。
「せっかくですから、皆で応援しましょう」
シャルロッテがすぐにオルドナンツを飛ばし、エーレンフェストはほぼ全員が訓練場に集まることになったけれど、それでもダンケルフェルガーの人数も熱狂ぶりも敵わない。
「では、始めましょう。エーレンフェストに歌を見せるため、試合に出る騎士見習いは下に!」
ルーフェンの声が響くと、ダンケルフェルガーの騎士見習い達が騎獣を出して下の競技場へ降りていく。学生達が「うわあぁぁぁ!」と声を上げた。速さを競うディッターでもこれだけ熱狂できるのだから、宝盗りディッターにする必要は全くなかったようだ。
「どうする、ハンネローレ?」
「お兄様にお任せいたします」
頷いたレスティラウトが魔石で簡易の鎧をまとうと、騎獣で競技場へ降りていき、騎獣を消した。
ダンケルフェルガーの騎士見習い達が輪を描いている中心に降り立ったレスティラウトがシュタープを出して「戦いに臨む我らに力を!」と声を上げた。
「ランツェ!」
それを合図に、騎士見習い全員がシュタープを槍に変化させる。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
耳慣れた祈りの言葉と共に、一度槍がドンと大地に打ち付けられる。
「勝利を我が手に収めるために力を得よ。何者にも負けぬアングリーフの強い力を。勝利を我が手に収めるために速さを得よ。何者よりも速いシュタイフェリーゼの速さを」
ハルデンツェルの儀式と同じように聖典の祈り言葉に節が付いたような歌を歌い、戦いに関係する神々に祈りを捧げる。
歌いながら周囲の騎士見習い達が剣舞と似たような動きで槍を動かし始めた。ぐるんと回転させたかと思うと柄を地面に打ち付ける。槍を持ちかえれば、魔石でできた鎧部分とぶつかった金属的な音が拍子のように響いた。
中心に立つレスティラウトも同じように槍を振り回し、騎士見習い達と同じように舞っている。長い槍を持ってこれだけの安定感で舞えるのだ。奉納舞が上手いわけである。
「ハンネローレ様もこのように槍を持って舞えるのですか?」
レスティラウトを見ながら尋ねると、ハンネローレは少し恥ずかしそうに笑った。
「もちろんお稽古はさせられていますけれど、わたくしはあまり得意ではないのです。皆様にお見せできるようなものではございません」
……もちろん、なんだ。おとなしそうなハンネローレ様もこんなのができるなんてダンケルフェルガーってすごいね。
シュタープで作られた槍が「戦え!」というレスティラウトの声と共に高く掲げられると、周囲の騎士見習い達が「おぉ!」と雄々しい声を上げて天を突くように一斉に高く持ち上げられた。
観覧席にいたダンケルフェルガーの学生達からも歓声が上がり、見ているこちらも気分が高揚してくる。その場にいて共に舞っていた騎士見習い達の気持ちが戦いに向けて一つになるのが目に見えるようだった。
「……すごいですね。訓練で教えられた時と全然違います」
ユーディットが呆然としたようにそう呟き、周囲の騎士見習い達がコクリと頷く。
「これから彼等と闘うのですか」
そう呟いたマティアスの声は完全に彼等の雰囲気に呑まれているように見えた。このままでは戦う前から気持ちが負けている。このままではダメだ。
「ラウレンツ、ルーフェン先生が教えてくださったのですから、エーレンフェストの騎士見習い達も歌って舞えるのですか?」
「はい、一応できます。あの、ローゼマイン様。まさか……」
ラウレンツの返事にわたしはニコリと微笑んだ。
「えぇ、対抗してこちらもやりましょう」
「しかし、あの後でエーレンフェストが行っても、あれほど皆を奮い立たせることは……」
「祈りを捧げるだけならばわたくしの得意分野なのですよ」
うふふん、と笑うと、レオノーレは意味を悟ったのか、ニコリと笑った。
「では、ローゼマイン様にはエーレンフェストの士気を挙げるため、中心で歌をお願いします」