Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (487)
ダンケルフェルガーの儀式 後編
速さを競うディッターに出場する騎士見習い達と共にわたしが立ち上がると、ヴィルフリートが難しい顔でわたしの手をつかんだ。
「何をする気か知らぬが止めておけ、ローゼマイン。今までのことから考えても其方が出て行くととんでもないことが起こる気がする」
「ダンケルフェルガーの真似っこです、ヴィルフリート兄様。こちらの騎士見習いが少しでも奮い立てばそれで良いのです」
ダンケルフェルガーの熱気と、すでに気を呑まれているエーレンフェストの騎士見習い達を示しながらわたしがそう言うと、シャルロッテは少し考え込むようにして頬に手を当てた。
「あの、お姉様。このディッター勝負はダンケルフェルガーが勝たなければ、その後の儀式を行うことができないので、このままで良いのではございませんか? お姉様がダンケルフェルガーの儀式を真似る必要はないと思いますよ」
「……そう言われてみれば、そうでしたね」
ダンケルフェルガーの儀式はディッターの前後に行い、後の儀式は勝利を祝って、神に感謝を捧げる儀式だったはずだ。
シャルロッテの言葉に納得してわたしが座り直そうとすると、競技場から戻って来たレスティラウトが「せっかくなのでやってみれば良かろう」と手を振った。
「同じ儀式を行ってもダンケルフェルガーとエーレンフェストで差があるのかどうかを調べるのも、研究する上で必要ではないのか?」
「そ、それは……レスティラウト様のおっしゃる通りですが……」
ヴィルフリートとシャルロッテは困ったように目を見合わせる。
「同じ場所で同じ時間に行った儀式で、行う者が違った場合に結果が変わるかどうかは気になるところだ。研究のためだ。やってみろ」
「かしこまりました。研究のためですものね」
レスティラウトに頷いて、わたしは騎士見習い達と一緒に騎獣で競技場へ降りていく。下に降りると、ユーディットがわたしの立ち位置を示しながらこっそりと尋ねてきた。
「ローゼマイン様はこの歌と踊りができるのですか?」
心細そうな声に周囲を見回せば、ダンケルフェルガーと同じように儀式を行えと言われた騎士見習い達の方が不安そうに見えた。わたしがこっそりと祝福を与えるためにこの儀式をすると言い出したことを察しているレオノーレだけは、きびきびと動いて騎士見習い達の立ち位置を示しているけれど。
「いいえ。本日初めて見たのでできませんよ。レスティラウト様を真似て槍を一緒に持つだけです。ただ、こっそりとアングリーフの祝福を贈るのに都合が良いと思ったのです」
わたしの言葉にユーディットは菫色の瞳を軽く見張って小さく笑った。
「それではダンケルフェルガーと同じ結果にならないのではございませんか? 共同研究のためという建前が崩れますよ」
「大丈夫ですよ。祝詞はダンケルフェルガーと同じ物にしますから。皆にこっそりと祝福をしたかっただけなのですが、これなら少しは研究の役に立つでしょう?」
ユーディットが頷きながら、自分の立ち位置へ戻って行く。代わりに、レオノーレがやって来て、全員が位置についたこと、それから、わたしが絶対に押さえておかなければならないポイントについて説明してくれた。簡単に言えば、最初と最後をきっちり押さえておけば良いらしい。
わたしは周囲をぐるりと取り巻く騎士見習い達を見回した。わたしが掛け声をかけて、シュタープで槍を出さなければ始まらないはずだ。
「戦いに臨む我らに力を!」
……えーと、それで槍を出せばいいんだよね?
「ランツェ!」
わたしはシュタープを出すと、ライデンシャフトの槍に変化させた。それを合図に、騎士見習い全員がシュタープを槍に変化させることはできたのだけれど、騎士見習い達の視線は驚いたようにライデンシャフトの槍に向けられている。
……そういえば、去年の講義の時にちらっと見せたことはあったけど、騎士見習い達に見せたことはなかったっけ?
ライデンシャフトの槍はわざわざ見せるようなものではないので、神殿に出入りしているわたしの側近達以外はエーレンフェストの者でもライデンシャフトの槍を見たことはなかったかもしれない。それでも、今は驚きに目を見張ってこちらを見ている場合ではないはずだ。
……こら。こっちを向いていないで、歌わなきゃダメでしょ。
わたしはこちらを凝視している騎士見習い達を軽く睨みながら、「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」とできるだけ大きな声を出して、槍を大地に打ち付けた。
耳慣れた祈りの言葉と槍が動いたせいか、騎士見習い達もハッとしたように動き始める。
「勝利を我が手に収めるために力を得よ。何者にも負けぬアングリーフの強い力を。勝利を我が手に収めるために速さを得よ。何者よりも速いシュタイフェリーゼの速さを」
皆が歌いながら槍を振り回している真ん中で、わたしは槍をつかんで立っているだけだ。おまけに、節を覚えていないので歌えない。けれど、お祈りの文句だけならば言える。皆の歌声に隠れるように小声で唱えていた。
……これで最後に「戦え!」って槍を上げたらいいんだよね?
タイミングをよく見計らって、槍を持ち上げ、「戦え!」とできるだけ大きな声で叫ぶ。
次の瞬間、ドッと大きな音がした。
「うひゃっ!?」
わたしが思わず発した間抜けな声は、ライデンシャフトの槍から打ち出されて飛んで行く魔力に皆の視線が釘付けになったことで認識されなかったようだ。
上を見上げたまま、高く持ち上げた槍をゆっくりと下ろした。わたしの手に握られていたのは、青の光を失い、魔力を失くしたライデンシャフトの槍だ。魔石の部分が透明になってしまっている。
視界の邪魔になっていた槍を退け、わたしは打ち出された魔力がどうなるのか見ていた。できることならば、自分のところに戻っておいで、と言いたいところだけれど、そんなことができるかどうかわからない。
上空でぐるぐる回っていた魔力は、いつの間にかいくつかの色合いをまとっていた。青が多いけれど、黄色、赤、緑も見える。その光が一斉に降り注いできて、眩しさに思わずわたしは目を閉じた。
目を閉じていても周囲が眩しかったのだが、それもすぐに消える。恐る恐る目を開けると、周囲にはわたしと同じように何が起こったのかよくわからないという表情で呆然としているエーレンフェストの騎士見習い達が見えた。上を見上げてももう何もない。
数秒の沈黙の後、「何だ、今のは!?」と観客席がざわざわし始めた。主にダンケルフェルガーが騒いでいて、エーレンフェストの観客席ではヴィルフリートとシャルロッテが頭を抱えているのが見える。観客席に戻ったら「だから、止めろと言ったのに」と言われるのが、ここからでもよくわかった。
「ローゼマイン様、これから競技が始まりますから上にお戻りくださいませ」
「レオノーレ、何が起こったか、わかりますか?」
「ローゼマイン様がとても大規模な祝福を行ったことだけはわかりましたけれど、それ以上はわかりません。上で皆様とお話くださいませ。少し離れたところから見ていた方々の方がよく見えたかもしれませんから」
レオノーレにそう言われて、わたしは仕方なく観客席に戻る。戻った途端、皆が一斉に質問してきた。頭を抱えているエーレンフェストの領主候補生より、ダンケルフェルガーの方がよほど食いついて来る。
「ローゼマイン様、あれは一体何だったのですか?」
「あの儀式であのようなことが起こるのは初めて見たぞ。其方、一体何をしたのだ!?」
ハンネローレとレスティラウトから同時に問われ、他の者も興味津々という顔でわたしの答えを待っている。けれど、碌に返せる答えなどない。
「祝福だと思いますけれど、わたくしも初めて行った儀式なので、何が起こったのかよくわからないのです。下から見た限りでは色々な色の祝福があったように見えたのですが、こちらからはどのように見えましたか?」
ハンネローレとレスティラウトが顔を見合わせ、先程の儀式がはた目にはどのように見えたか教えてくれる。
「ローゼマイン様がライデンシャフトの槍を出されたでしょう? わたくしは拝見したことがございますが、他の皆は見たことがなかったためにとても驚いていました」
「かなり前にそのような報告を受けたようなおぼえもあるが、本当にそのような物をこの場で出すとは思わぬではないか」
レスティラウトの言葉に周囲の者が頷き、「わたくしが報告した時、お兄様は紛い物に決まっていると決めつけていたではありませんか」とハンネローレが少し拗ねたような顔を見せる。
「それはもう美しいお姿でございました。わたくし、これまで何度もダンケルフェルガーで同じ儀式を見てきましたが、このように神聖な儀式であったことを初めて知りました。さすがエーレンフェストの聖女と名高いローゼマイン様」
「あの、クラリッサ……」
青い瞳を興奮に輝かせ、クラリッサがどのように美しく見えたのか、とうとうと語り始めた。
「パチパチと爆ぜるような音と青い光を放つライデンシャフトの槍は神具と呼ぶに相応しく、静かに佇んで祈りの歌を歌うローゼマイン様のお姿は、神々から神具を借りることを許されたメスティオノーラのように清らかで美しいものでございました」
「これを黙らせろ」
レスティラウトがクラリッサを見ながらそう言った。確かにクラリッサが興奮のままに喋っていてはこちらの話が全く進まない。
「わたくし、この目で見られて本当に、本当に、生きていてよかったと心の底から思います。もっともっとローゼマイン様のお姿をこの目に焼き付けたいのに、どうしてわたくしは領地も学年も違うのでしょうっ!」
「クラリッサにお願いがあります」
「何でしょう、ローゼマイン様? 何でもお申し付けくださいませ」
パッとこちらを向いたクラリッサにわたしはフィリーネが持っていた紙を数枚差し出した。
「忘れないうちにハルトムートへお手紙を書いてほしいのです。ハルトムートはわたくしの祝福と貴族の行う祝福の違いを研究しているそうなので、この儀式がどのようなものだったのか、できるだけ詳細に書いてくれると助かります。婚約者の研究の補佐をするのも大事ですよね?」
「できるだけ詳細に……。かしこまりました。お任せくださいませ!」
紙を受け取ったクラリッサが猛然と書き始めた。これでしばらくは静かだろう。わたしはそう判断してレスティラウトとハンネローレに「お話を続けましょう」と視線を向けた。
「わたくしはレスティラウト様を真似て儀式を行い、槍を持ち上げたのですが、その時にライデンシャフトの槍に込められていた魔力が突然噴き出して驚いたのです」
ヴィルフリートが「其方も驚いていたのか? とてもそうは見えなかったが」と呟いた。わたしが持ち上げた槍から魔力が飛び出し、上空で回転しながら色付き始め、降り注いだらしい。
「わたくしには祝福の光の一部がどこかへ飛んで行ったように見えました」
シャルロッテの言葉を皆が肯定する。真下にいたわたしからは見えなかったけれど、観客席からはよく見えたらしい。
「どこかとはどこでしょう?」
「それはさすがにわかりませんけれど、上でぐるぐると回るうちに、光の一部がこう、ひゅっと……」
「そういえば、以前に別の儀式を行った時にも魔力が飛んで行ったことがございます。貴族院で儀式を行うと起こる事象なのかもしれませんね」
闇の神と光の女神の名を得るための儀式は領主候補生の教室内でも扱いが慎重だった。余計なことを喋らないようにわたしは言葉を濁す。
「祈りを捧げた神々の祝福が全て降り注いだように見えたが、ダンケルフェルガーとの違いは何だ? 本来はライデンシャフトの槍を使わねばならないのか?」
レスティラウトが真剣な顔で考え込み始めたので、わたしも違いについて色々と考えてみる。
「槍の違いもあるかもしれませんし、魔力の奉納かもしれませんね。槍に籠っていた魔力がごっそり飛んで行きましたから。ダンケルフェルガーの儀式では魔力を奉納しませんでしたよね?」
「魔力を奉納するのは勝利の後の儀式だな」
「神々の祝福や御加護を得るには魔力の奉納は必須です。そこが一番大きな違いでしょう」
わたし達が儀式の違いについて話をしているうちに、速さを競うディッターはいつの間にか始まっていた。ルーフェンが魔法陣から倒す魔獣を召喚し、騎獣に乗った騎士見習い達が戦い始める。先にダンケルフェルガーから戦い始めたのだが、相変わらず見事な連携だ。
そして、注目のエーレンフェストの番である。あれだけの祝福を受けて、どのようになったのか、皆が身を乗り出すようにして見ていた。
「始め!」
魔獣が呼び出されて戦い始めるのだが、皆の動きがおかしい。ものすごいスピードで突っ込み始めたかと思うと急ブレーキをかけてつんのめったり、遠隔攻撃を得意とするユーディットが遠くから攻撃した次の瞬間、何かに弾かれたように後方へ飛んで行ったりしている。何だかとてもぎこちない動きで明らかに変だ。
「何かあったのか?」
「皆の動きが変ですよ」
ヴィルフリートとシャルロッテが不安そうな声を出すと、レスティラウトがフンと鼻を鳴らした。
「其方、先程のものは祝福ではなく、妙な呪いだったのではないのか?」
「お兄様!」
ハンネローレが急いで止めたけれど、皆の様子を見ていればレスティラウトの言葉の方が正しいような気がしてくる。
「やあああああぁぁぁっ!」
皆がぎくしゃくしている中、大きな声を上げながら一人で魔獣に切りかかって行ったのはトラウゴットだった。握る剣に魔力が大量に集まって虹色に光っている。
「待て、トラウゴット! 扱いきれない魔力は危ない!」
「早くやらなければ負けるではないか!」
「こちらがまごついている間にすでに負けている! 危険な真似はするな!」
マティアスの声にトラウゴットは目を見開いた後、悔しそうな顔になって剣を下ろした。
「せめて、七割ほどに抑えるんだ。そうしなければ、観客席まで攻撃が飛ぶ可能性がある」
「そんなはずはない。私の魔力では……」
「今はそれだけ危険なのだ。力を抑えて攻撃してくれ」
マティアスの指示に従ったトラウゴットが少し魔力を抑えたようだ。剣に込められていた魔力の光が少し減って、トラウゴットはそれを魔獣に向けて軽く振った。だが、その攻撃は騎士団長であるお父様に匹敵するようなものだった。トラウゴットは一撃で魔獣を消し飛ばしたのだ。
トラウゴットにこれだけの魔力があっただろうか、とわたしが目を瞬く中、「終了! 勝者、ダンケルフェルガー!」というルーフェンの声が響く。
「ローゼマインの祝福を受けた騎士見習い達に何が起こったのか、詳しく話を聞いてみよう」
ヴィルフリートがそう言って騎獣を出し、下に降りていく。わたしとシャルロッテも続き、ダンケルフェルガーの二人も付いてきた。
「何が起こったのかわかるか?」
「とても魔力の調節が難しいのです。自分の体なのに上手く扱えない感じで……」
騎獣に乗るだけならば特に問題ないが、スピードを出そうと魔力を込めると、予想外の速さになり、止めようと思うと急ブレーキになる。攻撃すれば今までにはなかった反動が大きくきて、その場に立っていられない。
「祝福のかかりすぎでしょうか?」
加護の儀式を終えた後、魔力の扱いに苦労した自分と同じような状態になっていたのではないだろうか。わたしの言葉に、騎士見習い達はコクリと頷いた。
「おそらく。分不相応な御加護に体がついていけなかったのだと思います」
祝福のかかりすぎでまともに動けず敗北。これはかなり情けない。何もしない方がまだ良い勝負になったかもしれない。
「ローゼマインの祝福は本当に呪いに近かったようだな」
「お姉様が祝福なさる時は魔力の調節に気を付けなければなりませんね」
ヴィルフリートとシャルロッテのもっともな言葉に項垂れて、わたしはダンケルフェルガーの皆に謝る。
「申し訳ございません。その、このようなことになるとは思わなくて……。わたくし、ダンケルフェルガーが昔から大事に守って来た儀式を、このような呪い状態にするつもりはなかったのです」
「少し間が悪かっただけです、ローゼマイン様。こちらも新しい発見がございましたから、そのように気を落とさなくてもよろしいですよ」
……うぅ、ハンネローレ様がすごく優しい。心の友よ!
ハンネローレの優しさに感動していると、レスティラウトがバサリとマントを翻して競技場の中央を指差した。
「最後の儀式だ、ハンネローレ。其方が行け」
「かしこまりました、お兄様」
ハンネローレは騎獣に乗って競技場の中央へ向かう。その背を少し見送っていたレスティラウトがこちらを見た。
「この場にいても良いのは騎士だけだ。我等は上へ戻るぞ」
言われるままにわたし達は観客席に戻る。
遠くにいるせいでハンネローレが何と言ったのかわからない。けれど、シュタープを見慣れない形の杖に変えて、頭上で円を描くようにゆっくりと振り回し始めた。大きくて丸い水晶玉のような魔石を中心に、大きく開かれた魚のひれや蝙蝠の羽のような飾りのある杖だ。
「レスティラウト様、あの杖は?」
「海の女神フェアフューレメーアの物だと言われている。本当かどうかは知らぬが」
レスティラウトの言葉は正しいに違いない。ハンネローレが杖を回すたびに潮騒の音が聞こえてくるようになった。ざざん、ざざんと波の音がして、エーレンフェストの騎士見習い達の体からゆらりと魔力が陽炎のように揺らめき集まっていく。
……わたしがエーレンフェストの聖女なら、ハンネローレ様はダンケルフェルガーの聖女だよね。
魔力が波のようにうねりながら集まっていく様子を感心しながら見つめていると、レスティラウトが目をすがめて「何だ、あれは……」と呟いた。
「何だ、とおっしゃられても……。ダンケルフェルガーではディッターの後にいつも行っている儀式なのですよね?」
「だが、このような現象は初めて見るぞ」
「え!? エーレンフェストの騎士見習い達から魔力が出ているように見えますけれど、大丈夫なのでしょうか?」
「知らぬ」
「そ、そんな……」
不安になりながら、わたしは競技場を見下ろす。
ハンネローレの杖の動きに合わせて、騎士見習い達から出て来た魔力が渦を巻き、だんだんと中心に集まっていく。
ハンネローレが何かを言いながらバッと杖を上にあげれば、まるで竜のように魔力の集まりが天へ駆け上がって行った。
それで儀式は終わりのようだ。
ハンネローレを始め、側近の騎士見習い達が観客席へ戻って来る。
「ハンネローレ様、あれは一体何だったのですか?」
「あの儀式であのようなことが起こるのは初めて見たぞ」
わたしとレスティラウトの質問に、ハンネローレが困った顔で微笑んだ。
「わたくし、先程のローゼマイン様の戸惑っていらっしゃったお気持ちがよくわかりました。何が起こったのかよくわからないのです。ただ、途中で儀式を止めるのも良くないのではないかと思って、最後まで行っただけなのです」
ハンネローレへの質問に答えたのはレオノーレとマティアスだった。
「ダンケルフェルガーの最後の儀式は神々から授かった祝福を返す儀式ではないかと思います」
「レオノーレと同意見です。ローゼマイン様に授けられた祝福が消え、魔力が元に戻った感じがしています」
「それから、興奮を沈める鎮静の効果もあるかもしれません。様々なことが起こった後とは思えないほど、ひどく心が凪いでいるのです」
「鎮静効果があるのですか?」
レオノーレの言葉にハンネローレが目を瞬きながら、ダンケルフェルガーの騎士見習い達に視線を移す。
「確かにディッター勝負の後なのに、あまり興奮していませんね」
ハンネローレがギュッと拳を握って「これは上手く使えるようにならなくては……」と呟いたのが聞こえた。これまでとは全く違う効果が出た儀式なのに、ハンネローレはずいぶんと前向きだ。全く動じていない辺り、実に大領地の領主候補生らしい。
予想外の効果におろおろしていた自分がバカみたいだ。ハンネローレを見習ってもっと有効な儀式の使い方を考えた方が良いだろう。
……込める魔力を調節できたら、きっと冬の主の討伐にも役立つだろうし、色々研究してみなくちゃ。
「あまりにも予想外のことばかりが起こったが、新しい発見も多かった。有意義だったと言える」
「そう言っていただけてありがたいです」
レスティラウトとヴィルフリートが挨拶するのを、わたしは一歩下がったところで見ていた。
「それで、エーレンフェストの儀式はいつ行うのだ?」
「お兄様、ローゼマイン様の儀式は先程見せていただいたではありませんか」
ハンネローレがレスティラウトのマントを軽く引きながらそう言ったけれど、レスティラウトは首を横に振った。
「あれはダンケルフェルガーの真似事で、エーレンフェストの神事ではない。こちらの儀式を見せる以上、エーレンフェストの儀式を見せるのが条件だったはずだ」
そう言われると、確かにわたしはエーレンフェストの儀式を見せていない。
「いつだ?」
じっとこちらを見下ろしてくるレスティラウトの赤い瞳には好奇心が溢れている。今回の儀式で思わぬ結果になったので、エーレンフェストの儀式にどのような物があるのか気になって仕方がないようだ。
「そうですね……」
わたしは申し訳なさそうなハンネローレと答えを待っているレスティラウトとクラリッサとその他のダンケルフェルガーの学生達を見回すと、ニコリと微笑んだ。
「レスティラウト様の講義が全て終わったら連絡くださいませ。エーレンフェストの本や儀式のために成績が落ちたとアウブ・ダンケルフェルガーに思われては、これから先の領地間の関係に差し障りますもの」
わたしの言葉にハンネローレが「それはとても素晴らしい提案です、ローゼマイン様」と嬉しそうな声を上げ、周囲の者達は一斉にレスティラウトへ「大丈夫ですか?」という視線を向けた。
「フン!……私が本気になれば、講義などすぐに終わる」
レスティラウトはムッとしたように顔をしかめると、青いマントを翻して大股で訓練場を出て行った。