Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (490)
イライラのお茶会 後編
「ですから、わたくしは失った恋のためにも良きアウブにならなくてはなりませんの」
そんな決意で締めくくったディートリンデの言葉に少ししんみりしつつ、わたしは不意に心配になった。次期アウブという言葉がそれほど頻繁に出てくるということは、ずいぶんとアウブ・アーレンスバッハの調子は良くないのかもしれない。
「そういえば、アウブ・アーレンスバッハのお加減はいかがですか? フェルディナンド様がアーレンスバッハ行きを急ぐことになったので、心配していたのです」
フェルディナンドの薬があれば少しは長らえることもできるかもしれない。けれど、他領のフェルディナンドに薬の作成を任せることはないと思う。フェルディナンドの手紙でもアウブの容態は語られないため、無事に引継ぎができているのか心配なところである。
わたしの質問にディートリンデは、ほぅ、と悲しそうに溜息を吐いた。
「……決して良好とは言えません。でも、フェルディナンド様がいらっしゃったことで執務が少し安定した分、安堵されていらっしゃると思いますよ」
「そうなのですか」
このようなお茶会の場で良好とは言えない、と言うのだから、かなり悪いのだろう。エーレンフェストはフェルディナンドが向かったことでアウブの容態が良くないことを知っているけれど、他領は知らないはずだ。少なくとも、貴族院で噂にはなっていない。
「わたくしもできることでしたらアーレンスバッハへすぐにでも戻りたいのですけれど、次期アウブとして社交に力を入れるようにお母様に言われているのです」
たとえ小康状態とはいえ、重篤な家族がいるならば側に駆けつけたいだろう。その気持ちを抑えて、貴族院で講義を受け、社交に励むディートリンデを少しに見直した。わたしだったら最速で講義を終えてエーレンフェストに戻り、邪魔だと言われても父さんの枕元から離れないと思う。
「ですから、わたくしは卒業式で次期アウブに相応しいところを見せなければなりません」
「頑張ってくださいませ」
「皆の注目を集めるにはエーレンフェストの協力が必要だと思いませんか?」
「……協力、ですか?」
意味がわからなくて首を傾げる。ディートリンデとしてはずいぶんとストレートに述べたつもりのようだが、わたしには何のことかさっぱりわからない。ヴィルフリートとシャルロッテに視線を向けたが、二人もよくわかっていないようだ。
三人揃ってわかっていない察しの悪さに苛立ったような声で、ディートリンデが「ですからね、魔石の光らせ方を教えてくださいませ」と言った。
「奉納舞のお稽古で魔石を光らせて注目を集めていたではありませんか。ずいぶんと目立ちたがり屋だと思いましたけれど、衆目を集めるには良い方法ですからね。奉納舞で光の女神をやるわたくしに必要でしょう?」
……え? 光じゃなくて電飾の女神やっちゃうの? ピカピカだよ? どう考えても変だよ? 悪い意味で注目を集めるよ?
ポカーンとしながらわたしはディートリンデを見た。ヴィルフリートもシャルロッテも驚き顔でディートリンデを見ている。
「お稽古の時のローゼマインを見ているならば、ディートリンデ様もおわかりのように悪目立ちすると思います。卒業式の、他のアウブや王族がたくさんいるところでやることではない、と」
「まぁ、ヴィルフリートは協力してくださらないの?」
大袈裟に驚いた顔をしているけれど、驚いているのはこちらだ。本気で電飾ピカピカ奉納舞をするつもりなのだろうか。
「協力する、しないという問題ではないのですけれど……」
「あら、ローゼマイン様はわたくしに教えたくないのですね? ご自分だけが目立つために」
深緑の瞳で睨まれて、わたしは慌てて言葉を付け加える。
「いえ、そうではなく……。魔石を光らせたければ魔力を込めれば良いだけですよ?」
「そんな言葉では誤魔化されません。あれだけの魔石を同時に光らせるためには何か方法があるはずです。魔石を光らせるための魔術具か何かあるのでしょう?」
……え? そんなのないよ。
簪の虹色魔石が全て光っていたことを例に挙げ、魔力を込めるだけでそんなことができるはずがない、とディートリンデが熱弁を振るう。何とか上手く話題を逸らすか、誤魔化すかしなければならない。
わたしが悩んでいるとシャルロッテが「ディートリンデ様、ここだけの話にしてくださいませ」と声を潜めた。「やはり秘密があったのですね」とディートリンデが目を輝かせて身を乗り出す。
「実は、お姉様はあのお稽古の日、非常にお体の具合が悪く、勝手に魔力が流れていくのを止められないような状態だったのです。ですから、魔石で魔力を受け止めていただけで、光らせるための魔術具は付けていませんでした」
「では、お稽古の後で倒れたのは……」
「魔力が流れ過ぎたのです」
……嘘は言ってないけど、嘘っぽい。これが本当なら、わたし、かなりヤバい病気っぽいよ。
それでも信用できないのか、ディートリンデは疑わしそうにわたしとシャルロッテを見つめる。ヴィルフリートも何とかしなければ、と思ったようでシャルロッテの言葉にうなずきながら口を開いた。
「だから、体調が少し回復した今のローゼマインは奉納舞の稽古をしても魔石を光らせることはできぬ。それに、どうしても光らせたいのであれば、魔石の品質を落とせばどうであろうか?」
……ちょっと、ヴィルフリート兄様! 電飾の女神を推し進めてどうするの!?
わたしとシャルロッテが思わず顔を見合わせるが、ヴィルフリートは自分のわかる範囲内で何とか光らせる方法がないか、真剣に考えている。
「下手に魔力を込めすぎると金粉になる恐れもありますが、多少は光らせやすいと思うのだが……」
「素晴らしい案ですね、ヴィルフリート」
……ああぁぁ、ディートリンデ様が本気でやっちゃうよ!
「多少品質を落としたとはいえ、魔石をいくつも光らせるのは相当魔力が必要になります。奉納舞にそのような魔力を使う必要はないと存じますが……」
シャルロッテが何とか諦めさせようと言葉を発するけれど、ディートリンデは笑顔で首を振った。
「金粉にならない程度の品質を見極めるためにも何度か練習しますから大丈夫ですよ。あぁ、その卒業式につける髪飾りを見せてくださる?」
弾んだディートリンデの声にヴィルフリートの側仕えが手早く動き始める。色々と確認をした後、ディートリンデの側仕え見習いマルティナが受け取った。
「わたくし、今度の上位領地ばかりが集まるお茶会で髪飾りをお披露目するつもりなのです」
「そうですか。では、飾り方をディートリンデ様の側仕えにお教えしなければなりませんね。ブリュンヒルデ」
わたしが名を呼ぶと、ブリュンヒルデは軽く頷いてマルティナに教え始めた。エグランティーヌ、アドルフィーネなど、何人もの側仕え達に教えてきたブリュンヒルデは慣れた様子で説明している。
「それにしても、ローゼマイン様の虹色魔石は素晴らしいこと。わたくしも婚約者におねだりしてみようかしら?」
「星結びの儀式が終わってからならば聞き入れてくださるかもしれませんね」
「あら、何故?」
ディートリンデが目を瞬くので、わたしはフェルディナンドに工房がないことを訴える。
「星結びの儀式までは客室に滞在するので、工房がなく、素材も道具もない状態ではどうしようもないと思いますよ。フェルディナンド様に研究するための工房を準備して差し上げては……」
「それでは仕方がございませんね」
虹色魔石の飾りが欲しいなら、すぐにでも工房を準備すると良いよ、とそそのかしてみたけれど、色よい返事はもらえなかった。残念である。
「研究といえば、アーレンスバッハとの共同研究はどうなっていますか? 報告くらいはしてくれないと困ります」
「先日、フラウレルム先生には二回目の報告書を提出しました。フラウレルム先生はすでにアーレンスバッハへ送ったとおっしゃいましたけれど、領主候補生であるディートリンデ様に報告されていませんか?」
わたしがシャルロッテやヴィルフリートに視線を向けると、二人は頷いて報告書を二回提出するためにフラウレルムに面会したことを証言してくれた。
「わたくしに見せるより先にアーレンスバッハへ送るなんて……」
「どうやらフェルディナンド様にも最初の報告書が届いていないようなのです。まさか大領地であるアーレンスバッハに怠慢な文官がいるとは思えませんけれど、できれば、次期アウブでいらっしゃるディートリンデ様によく調べてほしいと存じます」
もしかしたら、ただの行き違いかもしれませんけれど、と言葉を付け加えると、ディートリンデは大きく頷いた。
「調べさせましょう。今回の共同研究はフェルディナンド様の弟子として発表するのですもの。婚約者の評判はわたくしの評判にも関わります。共同研究ではフェルディナンド様の評判を下げるようなことはしないでくださいませ」
「フェルディナンド様の意見を反映させるため、ライムントには頻繁にお手紙や報告書を出してもらいますし、フェルディナンド様から合格をいただいた物だけを発表することにいたしますね」
「えぇ、そうしてちょうだい」
……ディートリンデ様の物言いはイライラするけど、これで報告書の件は何とかなるかもしれないし、頻繁にお手紙を出す口実も得られたんだから、結果としてはまぁ、よし……かな?
思わぬところで言質が取れてわたしがちょっと満足していると、ヴィルフリートがディートリンデとその側近達の様子を窺いながら口を開いた。
「ディートリンデ様、叔父上はレティーツィア様の教育係としてアーレンスバッハへ向かったようだが、レティーツィア様とは上手くやっているのであろうか? その、叔父上は教育に関して少々手厳しいところがあるので心配なのだ」
ヴィルフリートの言葉はディートリンデがレティーツィアと王命の関係を知っているのかどうかを探るための質問だ。側近達の間にはわずかに緊張が走ったのがわかったけれど、ディートリンデは頬に手を当てて首を傾げただけだった。
「わたくしはレティーツィアとあまり交流がないので、レティーツィアの様子は存じません。冬の社交界が始まるとすぐに貴族院へ移動しましたし、書簡によると、フェルディナンド様は執務に励んでいらっしゃるようです。レティーツィアの教育係などしている余裕はないのではないかしら?」
レティーツィアと交流がなく、教育係としてフェルディナンドがアーレンスバッハへ行った意味も知らないようだ。間違いなくディートリンデは自分が中継ぎのアウブであることを知らない。それを悟ったらしいヴィルフリートが気遣わしそうにディートリンデを見た。
「それよりもこちらをご覧くださいませ。夏にアーレンスバッハを訪れたランツェナーヴェに贈られた物なのですけれど……」
その後もずっとアーレンスバッハの自慢とフェルディナンドの自慢と誰かの自慢が延々と続き、「そんな彼等の上に立つ次期アウブのわたくし」という感じの言葉で締められるという時間が続いた。
わたし達に求められたのはディートリンデを褒め、どうすればアーレンスバッハの影響力を強めることができるかという助言と協力である。
とりあえず、ディートリンデの口からエーレンフェストの粛清に関する話題や探りは全く出なかった。ゲオルギーネとディートリンデの間ではまるで情報が共有されていない雰囲気で、ディートリンデはひたすら次期アウブになる自分のことだけを語り、お茶会は終わった。
「……疲れましたね」
寮に戻って一番にわたしの口から出た言葉はそれだ。接待で相手を持ち上げることをひたすら求められるお茶会である。他の領地の者がいない内輪のお茶会なので、エーレンフェストは完全に格下扱いで、ディートリンデの望むままに進むお茶会だった。本気で疲れた。
貴族院や自領の同級生辺りから集められたらしいフェルディナンド伝説を我が物顔で自慢された時には「まだフェルディナンド様はエーレンフェストの人ですから!」と言いたくなって我慢するのが大変だったのだ。
「もう少しエーレンフェストの情勢について知っていて、何か探りを入れて来られるのではないか、と警戒していましたけれど、そのようなことはありませんでしたね」
「シャルロッテ、ディートリンデ様は何もご存知ないようでしたけれど、時折、側近達の間には緊張が走っていました。彼等の中には色々と知っている者もいるようですよ」
わたしの言葉にヴィルフリートが顔を曇らせ、溜息を吐いた。
「他人事だとわかってはいるが、ディートリンデ様は少々心配になる。あのように情報を制限された中で次期アウブとなって大丈夫なのだろうか?」
「レティーツィア様が成人するまでの中継ぎですから、あまり情報を与えないようにしているのかもしれませんね」
側近達の姿を見ていると、わざと情報を制限しているようにしか思えない。アウブ・アーレンスバッハの意向なのか、ゲオルギーネの差し金なのか、わたしにはわからないけれど。
「後で知った時の方が怖いと思うのだが……」
「その辺りはアーレンスバッハの者が考えることで、フェルディナンド様に何らかの不利益がない以上、わたくし達が口出しすることではありませんよ」
溜息混じりにそう言うと、ヴィルフリートがディートリンデによく似た深緑の目でわたしを睨んだ。
「……ローゼマイン、少し物言いが冷たいぞ。其方はディートリンデ様が心配ではないのか?」
情報を制限されていて、周囲に操られ、汚点を残すことになった自分と重なって見える、とヴィルフリートが訴えるけれど、今日の接待で疲れ切ったわたしの心は全く動かされなかった。「別に」と返さなかっただけ、よく我慢した方だと思う。
「成人間際で次期アウブであると宣言し、側近が何人もいるにもかかわらず、ディートリンデ様は情報を制限されているのですから、アーレンスバッハがそれを望んでいるということでしょう。わたくしはディートリンデ様よりも、ディートリンデ様が何かすることで連座処分になるかもしれないフェルディナンド様の方がよほど心配です」
「叔父上ならば何とかするであろう。それだけの力がある」
ディートリンデの心配はしても、フェルディナンドの心配はしないヴィルフリートの言葉にカチンときた。
「……信用できる者も少なく、新しい魔術具を作る環境もない上に、レティーツィア様を守らなければならないフェルディナンド様はエーレンフェストにいる時と同じではありません。わたくしにはヴィルフリート兄様の方がよほど冷たく思えます」
フェルディナンドのことさえなければ特に接点もなく、利益を運んでくるわけでもない面倒な相手より、これまでお世話になりっぱなしの叔父の心配をしてほしいものである。
わたしとヴィルフリートが睨み合っていると、シャルロッテが深々と溜息を吐いた。
「お兄様もお姉様も心配している対象が違うだけではありませんか。お二人とも、冷たくなどありませんよ。そのような些細なことで対立するのはお疲れだからではございませんか?」
「シャルロッテ……」
「そうだな。すまぬ」
妹に諭され、わたしとヴィルフリートは謝り合った後、側仕えにお茶を淹れてもらい、心を落ち着けながら今日のお茶会の反省会をする。
「情報制限されているディートリンデ様が華々しく表に出ることで、余計に裏の事情というか、ゲオルギーネ様の思惑や行動が隠されているように思えます。エーレンフェストにとっては痛手ですね」
ディートリンデの自慢話に付き合っただけで、アーレンスバッハの情報という意味では碌な収穫がなかったことに改めて気付かされ、更に疲れが増した気がした。
そして、従姉弟会の疲れが取れるより先に中から下位の領地が集まっているお茶会にも出席することになっていて、わたしは憂鬱な気分を作り笑いで押し隠し、出席する。
お菓子のやり取りで持ち上げられ、今度もレシピを知りたいとねだられたので、ダンケルフェルガーのお茶会では特産品のロウレを入れたカトルカールが開発されていたことを教えてみた。
「領地の特産品を使って……ですか? それは素敵ですこと。早速料理人に作らせてみましょう」
「ローゼマイン様はダンケルフェルガーとずいぶんと仲がよろしいのですね。共同研究もされるようですし……」
「インメルディンクは共同研究に参加したいと申し入れたのですが、断られてしまいました。お役に立ちたいと望んでいたのですけれど……」
大領地と関係を深めることになる共同研究はどこの領地も興味があるようだ。下位領地ばかりのお茶会と違って、養父様達の悪い噂ばかりを聴かされるよりはまだマシだが、共同研究に参加できなかったことをつらつらと述べられても困る。
「次は一緒にできる研究があれば良いですね」
笑顔で共同研究の話を打ち切ると、エーレンフェストの本を勧めてみた。この場にはすでにシャルロッテから借りて新作を読んでいる者もいる。
「ヨースブレンナーのリュールラディにシャルロッテから本をお貸ししたと聞いています。もう読まれたのかしら?」
「えぇ、わたくしがお借りしました。去年読んだ貴族院の恋物語がとても楽しかったので、今年も楽しみにしていたのです」
今年十位のヨースブレンナーから領主候補生の代理としてお茶会に出席している上級貴族のリュールラディが貴族院の恋物語について語る。皆の意識が恋物語に向かったことに安堵していると、リュールラディがわくわくしたような瞳でわたしを見た。
「ローゼマイン様はご婚約者のヴィルフリート様とどのような恋をなさっていらっしゃるのかしら? 物語のように素敵な恋をされていらっしゃるのでしょうね?」
周囲から期待の眼差しで見つめられて、わたしは言葉に詰まる。
「……わたくしとヴィルフリート兄様の間にあるのは家族的な感情で、物語にできるような恋ではありません。けれど、結婚して家族となるのですから、穏やかな想いも大事でしょう? わたくしのお母様は物語には山も谷も必要ですけれど、自分の人生は平穏が一番だとおっしゃいました」
これで興味の視線は引くかと思えば、リュールラディは更に食いついて来た。
「まぁ、そのような髪飾りまでいただいているのに、物語にできるような恋ではないとおっしゃるのですか?」
「素晴らしい髪飾りですよね? 虹色魔石がそれだけついているのですもの。愛情の大きさが目に見えているではありませんか」
卒業式に髪飾りを贈ることが王族や上位領地で流行し始めているため、中位や下位の領地の者にとって、髪飾りは恋人から贈られる憧れの物になりつつあるらしい。
……そんなの初めて知ったよ。贈られた髪飾りの豪華さで愛情を計るなんて……。婚約者のヴィルフリートじゃなくて、後見人のフェルディナンド様にいただきました、なんて絶対に言えないよね。
そう思いながら、他の者に説明したのと食い違わないように、わたしは虹色魔石の簪を保護者の皆からもらった話をする。乙女の幻想を打ち砕く行為だが、デザインしたのはフェルディナンドであることを広めておかなければ、ディートリンデが髪飾りで失敗した時に大変なことになる。
「この髪飾りは保護者の皆が虹色魔石を準備して、後見人のフェルディナンド様がデザインし、ヴィルフリート兄様が贈ってくださったものなのです。決してヴィルフリート兄様お一人の物ではないのですよ」
「そのような物を贈られるほど大事にされるのに、ローゼマイン様を神殿へ入れるなんて信じられませんわ。そのようにアウブを庇わなくてもよろしいのですよ」
完全に養父様は悪者扱いされている。訂正し続けるのにも少し疲れてきた。
「他領の神殿がどのようなところか存じませんけれど、エーレンフェストでは神事を大事にしているのです。わたくしだけではなく、ヴィルフリート兄様やシャルロッテも神殿に出入りしていますし、アウブも神殿に足を運ばれます」
「エーレンフェストの領主一族が神殿に足を運んでいるなんて信じられませんわ。そのような汚らわしいこと……」
……なんか思ったのと違う方向に理解されてる気がする。
「神殿では奉納式を行います。ギーベに配る小聖杯や直轄地を満たすための聖杯が魔力で満たされていなければ収穫量は増えないからです。中央神殿に青色神官や巫女が移動したエーレンフェストの神殿では魔力が足りないため、領主候補生が補っているだけです」
ヴィルフリート兄様やシャルロッテも祈念式や収穫祭のために農村を回っています、と付け加える。
「収穫量が少なくて苦しいのでしたら、領主候補生から動いてみると良いですよ」
「神殿や農村に行くなんて、そのようなこと……」
嫌悪感を出した表情に、同じことを笑顔で繰り返すのがだんだん馬鹿馬鹿しくなってきた。神事の大変さや重要さも知らずに、文句ばかり言われるのが面倒くさい。
魔力の扱いに慣れない頃から必死にわたしの代わりになるように、と努力してきたヴィルフリートやシャルロッテの苦労を聞き入れてもらえないことに腹も立つ。
「ねぇ、ローゼマイン様。わたくし、神殿のお話よりも共同研究のお話をしたいですわ。どのように大領地と研究されていらっしゃるのですか?」
インメルディンクの領主候補生にそう言われ、わたしは軽く肩を竦めた。
「ダンケルフェルガーとの研究は、皆様が嫌がられる神事の検証も行うのですけれど、本当に聴きたいのですか?」
「神殿ではなく、貴族院で行う神事であれば忌避感はそれほどございません。御加護を得る儀式を実技で行いますし……」
……あ、そう。神殿じゃなかったらいいんだ?
インメルディンクの領主候補生に心の中で悪態を吐いていたわたしの頭に一つの閃きが降ってわいた。
……そうだ。いいこと、思いついた。
「ダンケルフェルガーと共同研究を行う過程で、エーレンフェストの神事を見せるというものがあります。ダンケルフェルガーの許可が取れたら、のお話になりますけれど、よろしければ参加されますか? 」
「まぁ、ご一緒させてくださいますの?」
共同研究に参加したかったとずっと訴えていたインメルディンクの領主候補生はパッと輝くような笑顔になった。「ローゼマイン様は本当にお優しいのですね」と言い、シャルロッテにはいくら訴えても無駄だったことを愚痴ってくる。
「インメルディンクが許されるのでしたら、わたくしも参加したいです」
「殿方でも参加できるのでしたら、領主候補生にお話してみます」
「あの、ヨースブレンナーには領主候補生がいないので、代理でわたくしに参加させてくださいませ」
皆がこぞって許可を求めてくる様子にわたしはニコリと微笑んだ。共同研究に名を連ねることができるとなれば、神事に参加することも厭わないらしい。
「ダンケルフェルガーの許可が取れたら、のお話です。わたくしから提案いたしますけれど、皆様からもぜひダンケルフェルガーにお願いしてみてくださいませ。熱意が伝われば許可が得られるかもしれません」
熱意と人海戦術で王の許可をもぎとり、フェルディナンドをアーレンスバッハへ送ったダンケルフェルガーならば、きっと彼女達の熱意も受け入れてくれるだろう。わたし一人が頼むよりも確実だ。皆に神事へ参加してもらえば良い。
……あ、王族にも許可を取らなきゃね。