Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (495)
儀式の後
……儀式自体は恙なく終わったけど、それ以外が大変だったね。
最奥の間では護衛騎士を排するというのに猛反発を受けた。でも、多くの領主候補生がそれぞれの側近を連れて来られても入りきらない。それに、皆が魔力を一斉に流すのと同じ場にいるのだから同じように魔力を吸い取られることになれば護衛としては役に立たなくなる。何よりも、領地内で礎の魔術に魔力供給をする時も、護衛騎士は扉のある部屋を守るだけで供給の間には入れない。同じようなものだ。
シュツェーリアの盾が信用できないと言われるのは想定通りだったが、中央騎士団長だけは「その盾にはどのような攻撃も効かない」と言ったのだ。どうやら騎士団長は以前にシュツェーリアの盾を見たことがあるらしい。
いくら騎士団長の言葉とはいえ、そんな一言で王族や騎士団全体が納得できるはずもない。わたしは王族の前でシュツェーリアの盾を出し、騎士団が次々と繰り出す物理や魔力、魔術具も使った多彩な攻撃を受けて強度を証明することになった。
それで護衛騎士が扉の前に立ってくれるのであれば、と中央騎士団の攻撃を受けることになったのだが、攻撃の度に騎士達が吹っ飛んだり、攻撃が跳ね返ったりして傷だらけになっていく。正直なところ、盾の中に無傷でいるわたしは騎士達の方が心配で仕方なかったくらいだ。
……心配とは別に、害意なく盾の中に入った後、わたしに攻撃しようとした騎士が盾の外へ弾き出されたのは初めての現象でちょっと興味深かったね。
でも、盾の強度確認をまるでディッター観戦のような好奇心に満ちた目で見ているダンケルフェルガーの騎士達と「ローゼマイン様のシュツェーリアの盾は最高ですね!」と感激に打ち震えているハルトムートとクラリッサはちょっと鬱陶しかった。
打ち込んでも打ち込んでも跳ね返される状態に騎士達がだんだんと戦意を喪失していき、王が「もうよい」と止めるまで騎士団による確認は続いた。
騎士団があまりにもひどい有様になってしまったため、わたしは王に許可を願い出て、フリュートレーネの杖を使って騎士達にルングシュメールの癒しをかける。指輪で癒しをかけるならば、ほとんど触れるくらいまで近付かなければかけられないけれど、杖を使えば触れることなく多人数にまとめてかけられるからだ。
ついでに、「これから他領の参加者に配る予定なのです」と言って儀式の参加賞に配る予定の魔力回復薬を配ってみた。そうしたら、「そのような、何が入っているのかわからぬような物を他領に広く配るだと!?」と今度は中央騎士団長から異物混入を疑われて、色々と確認されたのである。
……まぁ、騎士団長は疑うのが仕事らしいし、盾の強度確認と回復薬の毒見が王族とダンケルフェルガーの前で中央騎士団によって行われたんだから、どっちも中央騎士団のお墨付きとも言えるよね?
こうして、シュツェーリアの盾と回復薬の使用が認められ、中央騎士団を扉の前に配置してわたしと王族は最奥の間に入ることができたのである。
王と騎士団長がGOサインを出したことで儀式が問題なく進められることになり、ホッとした。けれど、さすがに中央騎士団は手練れ揃いだったようで、盾の強度確認でかなり強い攻撃を何度も受けたわたしの魔力は結構削られていた。
……まぁ、奉納式一回だったら問題なく行える程度だったんだけど。
ただ、その後でシュツェーリアの盾を張ったままで参加者の受け入れがあり、これが意外と長時間かかってしまった。それなのに、神具を出すのは結構魔力が必要になる。ちょっとだけ不安になったわたしは、王族が移動してシュツェーリアの盾を消した後、こっそりと自分用の回復薬を飲んで、扉の前で回復を待っていた。
……これが計算違いだったんだよ!
せっかく魔力を回復させたのに、他の神具と違って、祭壇にある空の状態の聖杯を見つめながら作り出したせいだろうか。ゲドゥルリーヒの聖杯を出すのには魔力がほとんどいらなかった。その時は少し計算外だなと思っただけだったが、最初の計算違いは後になるほど大変なことになったのだ。
奉納式が終わるまでは順調だった。人数が多くて、魔力が流れやすく、皆で祝詞を唱えるので一体感があるというか、お祭り気分で、シャルロッテが儀式を終える合図を送ってくれた時にはもう終わりなんだ、と少し寂しく思っていたくらいだ。
順調だった儀式が順調でなくなったのは、その直後だった。バタバタと中小領地の上級貴族達が体勢を崩して倒れ始めたのだ。そして、跪いた体勢を維持しているものの、領主候補生が具合の悪そうな顔色をしていて、王族が少し疲れた顔をしている。
……シャルロッテに合図してもらったのに、やりすぎた!?
「ハルトムート、回復薬を」
急いでハルトムートに回復薬を配ってもらうことにしたのだが、皆に見せるための毒見を兼ねてわたしも回復薬を飲むことになっていた。ここで「魔力が有り余っているので飲めません」とは言えない。お茶会に持ち込んだお菓子を「お腹がいっぱいだから」と毒見しないわけには行かないのと同じである。わたしは魔力が大幅に回復する薬を飲むことになってしまった。
……まずい。
味が、ではなく、状況が。
いつもの回復薬に比べると回復速度が遅かったので、圧縮していけば何とかなるかと思ったのだが、このままでは魔力が溢れてしまう。アナスタージウスとジギスヴァルトが聖杯に魔石の入った網を入れているのを見ながら、わたしは必死で増えていく魔力を圧縮していた。
……どうしよう、魔力回復が止まらない!
「お姉様、手首のお守りが光っていませんか?」
何気なく近付いてきたように見えたシャルロッテから小声で指摘され、わたしはバッと手首を押さえた。このままではまたしても奉納舞の時の電飾状態になってしまう。
「魔力が回復しすぎているのです。なるべく早く魔力を大量に使った方が良いのですけれど、どうしましょう? このままではお守りがどんどん光り出すか、突然祝福を行うことになってしまいます」
小声でシャルロッテに問うと、シャルロッテは聖杯の中の魔石を覗き込んでいる王族やその周囲を見回し、わたしの手首に目を向けた。
「……皆に癒しを与えるのはいかがでしょう? それほど不自然ではなく、魔力を消費することができると思います」
シャルロッテの素晴らしい提案にわたしは即座に乗った。勝手に魔力が溢れて祝福テロになってしまって言い訳に四苦八苦するくらいならば、先に説明しながら癒しを与える方が良いはずだ。
……でも、どうしたらいい?
フリュートレーネの杖を出して、パァッと癒しをかけてしまえば話は早いのだが、今は聖杯を出している。しかも、あの中にはまだ魔力がいっぱい詰まっている。いくら何でも、まだ魔石は染まりきっていないはずだ。
……聖杯は消せない。でも、指輪でちまちまと癒しをかけていくのは時間がかかりすぎるし、魔力を大量消費するためにはフリュートレーネの杖を作り出して一気に魔力を使いたい。
「切実に聖杯とは別にフリュートレーネの杖が欲しいです」
「そのようなことができるのですか?」
昔の王様の回顧録に神具の盾と槍を同時に出して使いこなせるようになったという記述があったし、フェルディナンドが以前に風の盾をいくつも出しているのを見たことがあるので、魔力余りの今ならばできるかもしれない。
……というか、できなかったら、王族と他領の領主候補生の前で何もしていないのに魔石が次々とピカピカ光りだしたり、祝福がぶわっと溢れたりしちゃうんだよ。何とか自然な感じで魔力を消費するんだ。頑張れ、わたし。
わたしは手を握ったり開いたりしながら、魔力をどんどんと集めていく。魔力が大幅に回復する薬はようやく効力を発揮していて、どんどん魔力が回復中だ。早く使わなければ危険だ。もう一つのお守りが光った。
……ああぁ! また一個、お守りが光った! ヤバい! ヤバいよ! シュタープ、来て! もう一つ、今すぐ来て! 騎士見習いだって盾と武器を同時に使うんだもん。やり方はよく知らないけど、できるはず!
今にも魔力が溢れそうで切羽詰まったわたしの願いが神に通じたようだ。右手にもう一つのシュタープが出てくる。同時に、手首の魔石の光が一つ消えた。シャルロッテが息を呑んだのがわかる。
「できそうなので、行ってきますね」
こうして、わたしは皆から見て目立つほど魔石を光らせることも、突然魔力を祝福のように溢れさせることもなく、フリュートレーネの杖を出してルングシュメールの癒しを皆に与えることで事なきを得た。
「未熟で恥ずかしいのですけれど、大勢に癒しを与えるにはフリュートレーネの杖を使わなければ、指輪だけでは難しいのです」
魔力の消費が、とは言わず、わたしはニコリと笑って誤魔化した。儀式に必要な魔力量を計れなかった自分の未熟さが実に恥ずかしい話と言えるのだから、決して嘘は吐いていない。
……ホントに焦ったけど、終わりよければ総てよしって、こういう時に使うんだよね?
ふぅ、とわたしは焦りのあまり浮かんでいた汗を軽く拭う。
……フェルディナンド様、わたし、シュタープの二刀流ができるようになりました! いつかはフェルディナンド様みたいにたくさん出せるようになりますからね。
跪いた体勢を取ることができるようになった中小領地の上級貴族達を見ながら、わたしは師匠にちょっとだけ近付けた達成感に浸る。これはお手紙を書いて、褒めてもらうべき案件ではないだろうか。
大変結構をもらえるかな、と考えていたら、メスティオノーラの化身だなどとクラリッサが言い出し、エグランティーヌまで悪乗りするようなことを言い出したためにオロオロしてしまったけれど、ハルトムートがその場を上手く収めてくれた。
クラリッサと一緒になってハルトムートが騒ぎ出したらどうしようかと思ったわたしは反省しなければならない。優秀なハルトムートにわたしは心の底から感謝した。
「そろそろよかろう」
ザプリと音を立てて網状の袋に入った魔石が引き上げられる。入れられる前には透明だった大小様々な魔石が全て聖杯の色である赤に染まっている。多くの魔石が魔力を吸って変色している様子をアナスタージウスが皆に見せた。
「今回の儀式で集まった魔力はこのようにしてユルゲンシュミット全体を潤すために使うことになる」
「其方等の協力に感謝する」
王からの感謝の言葉に皆が誇らしそうに微笑むのがわかった。
奉納式で魔力を奪ったことで、王族の前で倒れさせてしまった人もいるため、わたしはお詫びとお礼を兼ねて情報を開示する。
「領地対抗戦で発表するのですけれど、参加してくださった皆様には先にお知らせしておきましょう。これまでの研究結果から神々の御加護を得るためには礎の魔術に魔力供給をする時、調合や訓練など自分が全力で行動する前後に神々へお祈りをすると良いようです。御加護を得たい神の記号を彫り込んだお守りの魔石などに魔力を込めながらお祈りするのも効果的なようですよ」
わたしがハンネローレに視線を移すと、ハンネローレは微笑みながら自分の手首のお守りを見せてくれた。側仕えが作ってくれたらしいドレッファングーアのお守りである。領主候補生のように礎の魔術にお祈りをする機会がない文官見習い達の目が輝く。
「それならば、神殿に行かなくてもお祈りができますね」
本当は神殿を改革してほしいのだが、まずはお祈りに慣れることが大事だろう。子供達が加護を得られるようになれば、少しは神々を祀る神殿にも大人の視線が向くようになるかもしれない。
「お祈りで御加護を得られるとおっしゃいましたが、私はすでに御加護を得るための儀式を終えています。お祈りをしたところで、御加護を増やすことはできません」
参加者はすでに加護の儀式を終えている者がほとんどだ。そのため、前向きになっていたはずの皆の視線が少し下がる。
そんな参加者達の声に応えたのは王だった。ゆっくりと手を上げただけで、皆の注目を集め、ゆったりとした声を響かせる。
「では、卒業式の後、卒業生にはもう一度御加護を得るための儀式を行う権利を与えるというのはどうか? ダンケルフェルガーとエーレンフェストの研究が有効か否か、確認することは必要であろう」
王の言葉に皆の表情が明るくなった。オルトヴィーンもやる気に満ちた目になっている。
卒業まで数年あるのだ。真面目にお祈りしていれば、御加護を得られる人は出てくると思う。
「さすがに残り日数が少ないですから、今年の卒業生にとっては厳しいでしょう。けれど、アウブ・エーレンフェストは一年ほどのお祈りで縁結びの女神 リーベスクヒルフェと試練の神 グリュックリテートからの御加護を得て、自領よりも上位領地から見事に愛する第一夫人を得ました。皆様も神々に祈りと魔力を捧げ、目標に向かって全力を尽くしてみてくださいませ」
養父様が得た加護について暴露すると、クスと小さな笑いが漏れる。少しは親しみやすい好印象を付けることができただろうか。
……誤算だらけだったけど、無事に終わってよかったよ。
満足そうに最奥の間から出て行く参加者を見送りながら、ちょっと手を握ったり開いたりして自分の体内の魔力が落ち着いていることを確認し、わたしは胸を撫で下ろした。
「ローゼマイン、一体どのようにして神具を二つも出したのだ?」
参加者が全員出て行くと、今度は儀式の後片付けのためにエーレンフェストとダンケルフェルガーの学生達が中に入って来る。その様子を見ていると、アナスタージウスに問われた。他の王族も頷いているけれど、「気合で」と正直に答えたところで信じてもらえるとは思えない。
「……どのようにして、とおっしゃられても、騎士見習い達も盾と武器を同時に使えるのですから、それほど珍しくはないと思うのですけれど」
「それには騎士コースの実技を受ける必要があるだろう?」
……そうだったのか。
「では、先達がよかったのでしょう。昔の王様の回顧録にも神具の盾と槍を同時に出して使いこなせるようになったという記述がございましたし、以前に風の盾をいくつも出している方を見たことがありますから」
ニコリと微笑んで答えてみたが、アナスタージウスのお気に召す答えではなかったらしい。顔をしかめられた。ジギスヴァルトは「其方にとって騎士達の武器や盾と神具が同等の物なのか」と言って穏やか笑顔を引きつらせている。
「同じ呪文で出てくるのですから、同じで間違っていないと思うのですけれど……」
「ローゼマイン様は……わたくし達とずいぶん認識が違うのですね」
アドルフィーネとエグランティーヌにも完全に引かれたようで、わたしは慌てて口を閉ざす。これ以上余計なことは言わない方が良い。
「でも、癒しは必要だったでしょう? 上級貴族達をあのままにしておくわけにはまいりませんでしたし……」
王族の前で跪くこともできずに倒れるのは明らかな失態である。恥をかかせて、と他領の上級貴族達に思われるのを防ぐ必要があった。それに、癒しをかけることで明らかに領主候補生や王族も顔色が良くなったのだ。無駄ではなかったと思う。
「それに、わたくしはツェントに癒しを贈りたかったのです」
「父上に?」
「初対面の時からあまりにもお体を酷使されているように見えましたから……」
初対面の王はわたしが神殿に入った当初のフェルディナンドのような顔色をしていたのだ。顔立ちはアナスタージウスと似ているのに、王の疲れきった雰囲気と消しきれていない回復薬の匂いがどうしてもフェルディナンドを思い出させる。
……顔立ちは違うんだけど、ヒルデブラント王子と似た感じの青みがかった銀髪で、髪の長さがフェルディナンド様と同じくらいだから、ツェントが俯いたらすごくフェルディナンド様っぽく見えるんだよ!
余計なお節介なのは重々承知だが、貴族のポーカーフェイスでも隠しきれていない過労がにじみ出ているのを見つけてしまうと、心配になるのは当然だと思う。
「……楽になった。礼を言う」
「ツェントのお役に立てて光栄でございます」
栄養を取って、ちゃんと睡眠をとらなきゃダメですよ、と言わずに領主候補生らしい微笑みと言葉で済ませられたわたし、成長した。
「それはそうと、この聖杯の中の魔力はどうするつもりだ?」
アナスタージウスが聖杯に残っている魔力をちらりと見た。どうやら王族が持ち込んだ魔石では足りなかったようだ。当然である。魔力消費のため、わたしがこっそりと魔力を足していたのだから。
「いつまでも聖杯を出しておくわけには参りませんし、王族に献上すると宣言したのですから、貴族院で皆のために使えば良いと思います」
「貴族院で皆のために? ローゼマイン様には何か素敵な案がございますの?」
アドルフィーネが興味を引かれたようで、琥珀の瞳でじっとわたしを見つめる。エグランティーヌも橙の目でわたしを見た。
「図書館に使いましょう。本来は上級文官三人と中級文官数人が魔力を注いで運営するはずなのに、何年間も中級貴族のソランジュ先生お一人だったことで、保存書庫から保存の魔術さえ失われていたそうです。貴重な資料が朽ちては大変ですもの」
今は中央騎士団長の第一夫人であるオルタンシアが頑張ってくれているようだが、まだ二人分足りていない。わたしはシュバルツ達の管理者変更を避けるため、そして、ジギスヴァルトからの命令があるため、図書館には近付けない。
「貴重な資料の保存のため、図書館に魔力を使うこと。それから、わたくしが図書館に入る許可をいただきとう存じます」
王族にとって重要な資料がある書庫の存在を知ったからだろう。少し考えた後、王は許可を出してくれた。
さすがに魔力の使い道をしっかりと見届けなければならないにしても、王族がぞろぞろと図書館に移動するわけにはいかない。わたしのお目付け役としてつけられたのはアナスタージウスとエグランティーヌだった。
「アナスタージウス、後は任せる。我々は一足先に戻るからな」
二人に後を任せて、王族と中央騎士団はぞろぞろと退室して行く。王族が残っていたら片付けもできないので、空気を読んでくれたのだと思う。
わたし達は全員で跪いて王を見送り、その後の予定について話し合う。
「では、アナスタージウス様。わたくしから図書館へオルドナンツで先触れを送っておきますね」
エグランティーヌの声にアナスタージウスが「あぁ、頼む」と甘い笑みを見せた。もちろん、甘い笑顔はエグランティーヌ専用で、こちらを向いた時には普通の顔になっている。
「ダンケルフェルガーからはハンネローレに来てもらう。そちらの見届け役も必要であろう?」
「わ、わたくしがご一緒するのですか? こういう場合はお兄様の方が……」
アナスタージウスに指名されたハンネローレがビクッとしたけれど、レスティラウトは軽く手を振った。
「書庫の鍵の管理を任されている其方の方が適任だ。私はダンケルフェルガーの責任者としてここの片付けを見届ける」
「……わかりました」
レスティラウトの言葉に頷いたハンネローレが図書館へ連れて行く側近の選別を始めたので、わたしも自分の側近を見回す。
「マティアスとラウレンツに聖杯を持ってもらいます。二人に聖杯を持ってもらうので、護衛騎士は残り全員が同行してくださいませ。側仕えはリヒャルダとブリュンヒルデを連れて行きます。リーゼレータとグレーティア、それから、文官見習い達はここでハルトムートのお手伝いをしてください」
「かしこまりました」
貴族院の側近達は即座に頷いたのだが、ハルトムートだけは衝撃を受けた顔になっていた。
「ローゼマイン様、私もぜひ同行いたしたく……」
「あら、ハルトムートは神具を管理するための神官長ですもの。ここから離れるわけにはいかないでしょう?……それに、クラリッサと過ごせる時間は短いのですから、ほんの少しでもお話をすると良いですよ」
わたしがせっかく気を利かせてあげたのに、何故かハルトムートとクラリッサはとてもガッカリした顔になった。図書館に魔力を注ぎに行くだけで儀式なんてしないのだから、片付けに専念してほしい。
「ヴィルフリート兄様はエーレンフェストの責任者として、全ての片付けを見届けてください。そして、全てが終わったらヒルデブラント王子に連絡を入れて、扉を閉ざしてもらってくださいね」
「わかった」
わたしはヴィルフリートとシャルロッテに後を任せて、図書館に向かって出発する。相変わらず歩くのは遅いけれど、ハンネローレ達にあまり引き離されないように頑張った。
「奉納式の魔力が余ったので、図書館のために使おうと思って、ツェントに許可をいただいたのです」
わたし達が聖杯を持って行くと、オルタンシアとソランジュはとても歓迎してくれた。図書館の魔力不足はかなり深刻なようだ。
「こちらに魔力を注いでくださいませ。どうやら図書館の運営に最も必要な魔術具の様なのですが、わたくし一人の魔力では足りないようなのです」
図書館の魔術具についてライムントから色々と質問されたことにより、オルタンシアは日常業務のほとんどをソランジュに任せて、図書館の構造や魔術具についてライムントと一緒に調べていたそうだ。
昔の司書の日誌を見ながら魔力を注ぐ魔術具を調べていたオルタンシアは、上級司書がいなくなってしまってから何年も放置されていた魔術具が図書館の運営に最も大事であることを突き止めたらしい。そして、今日、その魔術具の魔力の残量が計算され、あと一年と持たずに魔力が尽きるかもしれないと真っ青になったそうだ。
「先程結論が出たところだったので、明日にでも王族に相談する予定だったのです」
「では、早速魔力を注ぎましょう」
オルタンシアの言葉にわたしは指示されたところへ聖杯を運び込み、大きな魔石にゆっくりと魔力を注いでもらう。マティアスとラウレンツが傾けた聖杯から赤い液体が流れ出し、注がれていく。大きな魔石の上に垂れる液体は零れることなく、魔石に吸い込まれて行った。
透明に近くなっていた魔石がゆっくりと虹色に変化していく。注いだ液体は赤だったはずなのに、何故だろう? と思いながらわたしは魔石を睨んでいたが、よくわからない。
疑問に首を捻るわたしと違って、オルタンシアが安堵したような息を吐いた。
「色が回復していきます! わたくし一人では全く変化が見られなかったのです。ありがとう存じます」
自分の任期中に図書館が活動を停止してしまうかもしれないと恐れていたようだ。ソランジュも「これで安心ですね」と喜んでいる。
「今日の奉納式は王族を始め、たくさんの領主候補生や上級貴族が参加していましたから、魔力もたっぷりなのです」
聖杯から全ての魔力を注ぎ切ったことを確認したアナスタージウスとエグランティーヌが軽く頷き、わたしは空っぽになった聖杯を「リューケン」で消した。予想外にわたしは図書館に役に立てたことに満足する。
オルタンシアとソランジュだけではなく、帰り際のシュバルツ達もぴょんこぴょんこと跳ねながら喜んでくれた。
「ひめさま、まりょくたっぷり」
「じじさま、おおよろこび」