Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (498)
対立
ハンネローレはわたしに席を立つことを一言断り、スッと立ち上がった。ゆっくりと足をレスティラウトに向かって進める。
「お兄様、ヴィルフリート様に一体何をおっしゃったのですか?」
静かに問いかけるハンネローレの言葉に、レスティラウトが片方の眉を上げてヴィルフリートを見ながら「何ということもない」と呟いた。しれっとしたその態度にハンネローレが顔を曇らせる。
「何ということもないことでヴィルフリート様がお声を荒げるわけがございません。お兄様がよほど失礼なことをおっしゃったのでしょう? 大変申し訳ございません、ヴィルフリート様」
ハンネローレの謝罪に、ヴィルフリートはハッとしたように表情を改めて微笑んだ。
「ハンネローレ様に謝罪いただくようなことではございません。ゲヴィンネンのゲーム中の挑発に乗ってしまった私が浅はかだったのです。こちらこそ大変失礼いたしました」
ハンネローレとレスティラウトに謝罪した後、ヴィルフリートはゆっくりと椅子に座り直し、正面に座っているレスティラウトに向き直って、一つ駒を動かす。
「父上は……アウブ・エーレンフェストはローゼマインをアウブにすることを考えていません。そのような非道なことはしない、と」
「アウブに就けることが非道、だと?」
駒を動かしていたレスティラウトが訝しむように赤い目をヴィルフリートに向ける。ヴィルフリートは一つ頷きながら、また一つ駒を動かした。
「ご存知の通り、ローゼマインはお茶会で何度も倒れたことがあるほど虚弱な妹です。健康に不安のある娘をアウブにして激務を押し付けるような酷い真似をする父上ではありません。その点はご理解いただきたく存じます」
……これはヴィルフリート兄様による養父様のイメージアップキャンペーンかな? 確かに実子でも健康に不安がある娘をアウブにはしないよね。
ヴィルフリートの言葉に、養父様の噂と次期アウブ関連で挑発されたのがわかった。しつこく繰り返される養父様の悪い噂については、わたしもお茶会でイライラしていたので、気持ちはよくわかる。
……挑発に乗っちゃダメだよ、とは思うけど、挑発に乗って儀式で魔力を搾り取ってやろうと思った結果が、ツェント降臨の奉納式になっちゃったからね。
わたしにヴィルフリートを叱るのは難しい。
ハンネローレが一度間に入ったことで、ヴィルフリートは少し落ち着きを取り戻したようだが、レスティラウトの挑発は止まらない。
「本来は魔力が多く、より領地に利益をもたらす者がアウブになると思っていたが……。なるほど。健康状態に不安があるから、能力に関係なく、其方が次期アウブなのか」
ヴィルフリートがゲヴィンネンを動かすためのシュタープを握りしめる拳に力が籠っているのがわかる。
わたしは席を立つと、ゲヴィンネンの駒が浮いているテーブルの横、レスティラウトとヴィルフリートの間に立った。
「礎を支える魔力が足りていれば、健康な殿方をアウブにするのは当然ではありませんか。何の不思議がございます?」
多少健康になりつつあるとはいえ虚弱で、しかも、妊娠や出産で執務に就けない時期がある女のわたしをアウブにするよりは、貴族院で優秀な成績を収めているヴィルフリートがアウブに就任する方が自然だと思う。
わたしの主張にレスティラウトが少しばかり楽しそうに見える赤い目をわたしに向けてきた。面白がっているような、何かを見極めようとしているような目が何だか怖く思えて、一瞬怯む。
「つまり、其方はそれだけ突出した優秀さを持ちながら、尚、第一夫人の座に甘んじるというのか?」
「甘んじるという言葉は相応しくありません。わたくしはアウブの地位など求めたことがございませんから」
「そうか。ならば、其方は何を望む?」
レスティラウトの問いにわたしはニコリと笑った。わたしが望むものは決まっている。
「アウブの第一夫人になって図書館の司書になります。わたくしは自分の図書館にどんどんと本を増やしていくのです」
そのために印刷業を始めた。貴族院で色々なお話が集められるようになって、毎年新しい本が作られるようになって、貴族院からじわじわと読者が増えている。この調子で貴族を読書に染めたら、次は平民だ。識字率の高い富豪から、最終的には誰でも本を読めるようにする。わたしには壮大な野望がある。叶えるための地位は欲しいけれど、本作り以外の仕事はあまりしたくないので、アウブになるつもりはない。神殿長でもいっぱいいっぱいなのだ。
「アウブの第一夫人で司書を望むのならば、何の問題もないな。私の第一夫人になれ、ローゼマイン」
……はい?
一瞬の沈黙の後、部屋中にざわりとした声が上がる。
「お兄様! 突然何を言い出すのです!?」
「黙っていろ、ハンネローレ」
さっと手を振ってレスティラウトはハンネローレを黙らせる。きゅっと唇を引き結び、ハンネローレが一歩下がった。驚きの声を上げていた側近達もレスティラウトの迫力に口を閉ざす。けれど、皆が驚愕の顔を見せていた。
正直なところ、唐突過ぎて意味がわからない。聞き間違いだと思いたいところだが、周囲が唖然としていることから考えても、多分、聞き間違いではないと思う。
「大変申し訳ございません。まるでレスティラウト様がわたくしを第一夫人に望んでいる、と聞き取れたのですけれど……」
「間違っていないな。確かにそう言った」
平然とした調子で言われて、わたしは頬に手を当てた。第一夫人に望んでいるということは、求婚ではないだろうか。だが、おかしい。レスティラウトには髪飾りを贈る相手がいたはずだし、貴族の求婚ならば、親同士の話し合いがあるはずだ。いや、貴族院で学生同士が恋愛する場合は、親は関係なかったかもしれない。
……でも、求婚なら魔石を捧げて神の名前が羅列される長い口説き文句があるんじゃなかったっけ? こんな世間話のついでのように直球で言われることじゃなかったと思うんだけど、わたし、覚え間違ってる?
貴族内の常識がわからなくて、レスティラウトの言葉をどう受け止めて良いのかわからない。わたしとヴィルフリートの婚約は知られているはずだし、本気で受け取ったら笑われるパターンかもしれない。
どう反応すれば良いのかわからなくてわたしが首を傾げていると、レスティラウトがわたしとヴィルフリートを交互に見た。
「其方は自分の価値を見せつけた。神具を二つも同時に扱える魔力、加護の数、新しい流行、領地に利益をもたらす産業、王族や上位領地との繋がり、聖女としての名声……。政変前は底辺をさまよい、政変後になって中位に浮上してきたエーレンフェストには分不相応だ」
これからの主産業となるはずの印刷について詳しくないヴィルフリートが次期アウブを名乗っていること。成績は上がってきているものの、わたしとその側近だけが突出していて、他はまだまだであることを述べる。
「共同研究をすれば、エーレンフェストの領主候補生の間にある差がよくわかる。其方の功績だけで急激に順位を上げてきた弊害だ。周囲が全く追いついていない」
領主一族を守るためにおじい様に鍛えられまくった騎士見習い達にはそれほど大きな差はない。魔力圧縮を始める時期によって多少の差があるけれど、元々の素質と努力による差くらいだ。
けれど、神殿に通ってフェルディナンドに仕事を叩きこまれた文官達や、わたしが何を始めても準備のために動けるようになっている側仕え達のレベルは、ヴィルフリートやシャルロッテの側近に比べると非常に高い。
「下位領地の古いやり方では、次々と新しい物を生み出す其方には窮屈すぎるであろう。其方の力だけで順位を上げているが、周囲が追い付かないのだからエーレンフェストにはもっと下位がお似合いだ。其方を神殿から拾い上げたというアウブ・エーレンフェストは慧眼であったが、次期アウブを名乗る者は其方が持つ価値に気付いておらぬ。これから先、其方を扱うための器がエーレンフェストには足りぬ」
挑発しているのだろう。不敵な笑みを浮かべながらレスティラウトはヴィルフリートと部屋の中にいるエーレンフェストの側近達を見回した。
「其方がエーレンフェストのアウブを望まず、アウブの第一夫人として生きると決めているならば、ダンケルフェルガーに来い。長い歴史と共に蓄積されてきた本や資料はユルゲンシュミット内でも随一だぞ」
……長い歴史と共に蓄積されてきた本や資料がユルゲンシュミットでも随一? なんて素敵な響き。
思わずうっとりとしてしまい、ぐらりと心が揺れたのがわかる。だが、わたしはゆらりと体が揺れるのを必死で押し止めた。よく考えてみよう。誘っているのはダンケルフェルガーである。本を読みにおいでというお誘いではない。これまでの経験からもダンケルフェルガーからの誘いには何事にもディッターが関わってくると考えた方が良いのだ。
「……い、行きません」
「揺れたな」
「ゆ、揺れてなど……。そ、それに、わたくしとヴィルフリート兄様の婚約は王の許可を得たものです」
ダンケルフェルガーが何を言っても無駄だ。わたしが胸を張ってそう言うと、レスティラウトは馬鹿馬鹿しいと言いたげに手を振った。
「許可を得ただけではないか。王命でも何でもない。アウブ・エーレンフェストが取り消しを願えば簡単に受け入れられる程度のものだ。エーレンフェスト以外の領地が関わっていない分、解消など簡単だ」
王の許可があれば絶対に安全というわけでもないらしい。養父様が望めば、ヴィルフリートとわたしの婚約は解消できるそうだ。
「そして、ダンケルフェルガーはアウブ・エーレンフェストに圧力をかけるくらい容易にできる。今までしなかったのは、そこまでするほどの価値を其方に見出していなかったからだ。私を相手に一歩も引かぬ商談ができれば、十分にダンケルフェルガーの第一夫人が務まるだろう。其方の知識を広げ、本を作るにはエーレンフェストよりダンケルフェルガーの方が相応しい。ダンケルフェルガーへ来い、ローゼマイン」
資金力、人手、新しいものを取り入れることに対するフットワークの軽さ、新しい技術に対する重要性の認識……。次から次へとダンケルフェルガーが優っているところを並べられる。その全てが、わたしにとって欲しい物だ。ゆらりゆらりと心が動く。
「エーレンフェストのような片田舎よりずっと良い人材もいるだろう」
……はい? わたしのグーテンベルクより良い人材なんているわけがないでしょ!
反射的に心の中で反論した瞬間、ふっと興奮が冷めた。ダンケルフェルガーに行ってしまえば、わたしは家族の姿を見ることさえできなくなる。貴族と商人や職人達との橋渡しという大事な仕事を放りだすことになる。エーレンフェストにある大事で微かな繋がりを自分から切り捨てるつもりはない。何より、わたしの大事な図書館があるのはエーレンフェストだ。
「……大変魅力的なお話ですが、お断りいたします」
こういう時はすぐに、ハッキリと断った方が良い。返事を躊躇っているうちに大領地に良いようにされてしまう。まずは意思表示が大事だ。わたしはダンケルフェルガーに行くつもりなどない。
レスティラウトが駒を動かした後、ゆっくりと自分の顎を撫でた。
「こちらとしては良い条件を示したつもりだが、断るか……」
かなり揺れていたはずなのにどこで失敗したか、という呟きからわたしの心の動きが結構読み取られていたことがわかる。
無事に断れたことに安堵していると、レスティラウトがガラリと雰囲気を変えた。貴族らしいゆったりとした空気が、ディッターを前にした騎士達のように猛々しいものになる。
「……断られたならば、力づくで奪うしかあるまい」
「レスティラウト様!?」
「お兄様、待ってくださいませ」
ハンネローレの制止を振り払い、レスティラウトの目が獲物を狙ったものになる。
「欲しいものは手に入れる。勝ち取るために必要な力を付け、諦めずに何度でも手を変え、品を変え、挑戦し続ける。それがダンケルフェルガーだ」
ダンケルフェルガーが欲しいもののためには手段を選ばないところがあるのは、クラリッサの求婚からも知っている。偽物聖女だとか、悪辣で卑怯だとわたしを評していたレスティラウトからそんな目が向けられるとは思っていなかった。
シュバルツ達のことで初めて対峙した時と同じような横暴さを感じさせる物言いと雰囲気に、わたしはじりっと一歩引いた。
「ローゼマイン」
背後からかかったヴィルフリートの呼びかけにわたしは振り返る。
「……レスティラウト様に指摘された通り、足りぬところばかりなのだが、其方はエーレンフェストを望むのか?」
バツの悪そうな顔でヴィルフリートが問いかける。
「私は、その、レスティラウト様の言葉を聞くまで其方の価値をよく理解できていなかった。どちらかというと、其方を抑えることばかりを考えていて、ダンケルフェルガーやドレヴァンヒェルのように其方の知識を利用したり、広げたりすることは考えていなかったのだ。私が次期アウブとなるならば、抑えるのではなく、活用することを考えねばならなかったのに……」
ヴィルフリートが肩を落としてそう言った。
「私は貴族院で二年連続優秀者となり、オルトヴィーンと競い合い、仲良くなることで上位領地の貴族と肩を並べたつもりになっていた。そのくせ、共同研究で文官見習い達に差があるのは相手が上位領地だから仕方がない、と諦めていたのだ」
エーレンフェスト内では常にわたしと自分を比べてまだまだだ、と思っていたのに、貴族院で他の領主候補生と接するようになると、自分は優秀だと自信を持つようになったらしい。その自信が「これくらい努力すれば十分だろう」という慢心に繋がったのだ、と呟く。
「大領地は其方の良いところをすぐに取り入れることができたのに、私は思いつきもしなかった。自領の産業も其方の趣味から始まったものだから、其方に任せておくのが一番だと思っていた」
周囲全体の意識が下位領地のままだと言われているのに、ヴィルフリートだけが上位領地の感覚に育つはずがない。上位領地の友人達と付き合いながら馴染んでいくしかないのだ。
「活かせていないことに気付けば、これから活かせばよいではありませんか。わたくしの大事な物は全てエーレンフェストにあります。エーレンフェストを離れるつもりなどありません。わたくしのゲドゥルリーヒはエーレンフェストです」
「そうか。ならば、私は次期アウブとして其方を守る。それに、エーレンフェストにいたいと思う其方をここで守れなければ、家族としても失格だからな」
ヴィルフリートが胸を張ってレスティラウトを見ると、レスティラウトはにやりと獰猛な笑みを見せた。
「其方が次期アウブを名乗るならば、その気概を見せ、ダンケルフェルガーからローゼマインを守ってみよ。ディッターの勝負を申し込む」
……やっぱりディッター。
「ローゼマイン、其方をダンケルフェルガーの第一夫人に、と望むのは私だけではない。アウブ夫妻からの同意を得ている。こちらが勝てば、あらゆる手段を使い、アウブ・エーレンフェストに婚約の解消を迫る」
第二位の大領地としてガンガン圧力をかけてくるつもりらしい。それはきっと養父様の胃が持たない。
「勝負を受けない場合はどうなりますか?」
ヴィルフリートの問いにレスティラウトがフンと鼻を鳴らした。
「最初から勝負を打ち捨てるような腰抜けにローゼマインは不要。勝った時と同様の手段を取るまでだ」
「つまり、エーレンフェストが勝てばダンケルフェルガーはローゼマインから手を引く、と?」
「ディッターの勝負は神聖な物だ。神に誓って、今後の手出しはしない」
横暴でディッター馬鹿で面倒なダンケルフェルガーだが、こういうところは信用できる。けれど、勝負を受ける前からやられっぱなしで、レスティラウトの思い通りに事が運ぶのは非常に面白くない。
……レスティラウト様の弱みは何?
養父様の悪い噂に加えてヴィルフリートの痛い部分、わたしの本好き、それぞれに弱いところをどんどんと攻められて、今ディッターの勝負を迫られている。ちょっとくらい反撃して一泡吹かせなければ気が済まない。
部屋の中をぐるりと見回す。レスティラウトがディッターを止めそうな弱みがどこかにないだろうか。わたしの目に留まったのは、レスティラウトを止めきれなかったことを後悔し、心配そうにこちらを見つめているハンネローレだった。
「では、エーレンフェストが勝利した暁にはハンネローレ様をヴィルフリート兄様の第二夫人にいただきましょう」
「はぁ!? 何を言い出すのだ、ローゼマイン!?」
「ローゼマイン様!?」
ヴィルフリートとハンネローレが表情を変えた。側近達もざわりとする。驚かせ具合はレスティラウトがわたしを第一夫人に言い出した時よりちょっと大きい。勝った。
「わたくしはこの通り健康状態に不安がございますし、ヴィルフリート兄様には第二夫人が必須なのです。その第二夫人がダンケルフェルガーの領主候補生ならば、エーレンフェストの箔付けには最高でしょう?」
「ダンケルフェルガーの姫をエーレンフェストごときが第二夫人にするだと? ふざけているのか!?」
眦を開いたレスティラウトがハンネローレを守るように立ち上がり、ハンネローレの前に立った。どうやら弱いところを狙って反撃するのは成功したらしい。
「ふざけているかどうかはレスティラウト様が判断してくださいませ。王の許可をいただいている婚約を解消しろとおっしゃるダンケルフェルガーとわたくしは同じ気持ちなのです」
そちらが本気ならば、こちらも本気でハンネローレをいただく。ダンケルフェルガーがディッターの申し込み自体をお茶会の戯言として済ませるならば、こちらもただの冗談で済ませる。
「……以上のことを踏まえた上で、レスティラウト様は本当にディッターの申し込みをなさいますか?」
ここで引いてくれたら嬉しいな、と思っている。
ハンネローレ様をエーレンフェストに第二夫人として出すというのはあり得ないことだ。わたし達がダンケルフェルガーを止めるためには勝負を受けるしか選択肢がないのと違って、ハンネローレを中領地の第二夫人に出すという条件はアウブと相談しなければ決められることではない。
……ごめんね、ハンネローレ様。でも、わたし、できるだけディッターを回避したいの。
わたしが考えていることがわかったのだろう。ヴィルフリートもすぐに驚きから立ち直り、レスティラウトに向かって不敵な笑みを浮かべる。
「レスティラウト様、大事な妹姫の行く末をこのようなディッターなどで決めてしまってよろしいのですか? アウブとご相談されることをお勧めいたします。このまま受けてしまってはハンネローレ様があまりにもお可哀想です」
「ヴィルフリート様……。そうです、お兄様。このようなお茶会での戯言で、ローゼマイン様やわたくしの将来を決めないでくださいませ。ローゼマイン様はすでに婚約されているのですよ」
ハンネローレの訴えはレスティラウトに届かなかったらしい。
「……お茶会の戯言ではない。私はダンケルフェルガーの未来の利益を見据え、ローゼマインを第一夫人として得ると決めたのだ」
「お兄様、そのような重大なことを勝手に決めないでくださいませ! 負けたらわたくしは……」
「ハンネローレ、其方の嫁入り先を決めるのは父上と私だ」
レスティラウトの決断にハンネローレは小さく戦慄いた後、俯いて一歩下がる。
「どうするつもりだ、エーレンフェスト?」
ちらりとヴィルフリートがわたしを見た。自分が決断を下しても良いのか、と迷っているような顔だ。
「ローゼマイン、其方の行く末、私に預けてもらっても良いか?」
「わたくしを宝とするディッターならば負けませんよ」
自分の将来がかかっているのだ。全力でやらせてもらう。わたしが後押しすると、ヴィルフリートは部屋にいる側近達を見回した。
「エーレンフェストの宝であるローゼマインを全力で守る。皆、力を貸してくれ!」
騎士見習い達が声を揃えて「はっ!」と答える。ヴィルフリートはそれで力を得たようにレスティラウトを見上げた。
「受けて立ちます! 私が次期アウブだ。エーレンフェストの宝を易々と他領には渡さぬ」
「よく言った」