Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (499)
ディッター準備
「ところで、いつ行うのですか? 今すぐはいくら何でも無理ですし、騎士の人数も合わせなければなりません」
「わかっている。こちらも場所の手配をする必要がある。審判役のルーフェンの予定と訓練場を押さえたら連絡しよう」
ヴィルフリートとレスティラウトがディッターの細かな打ち合わせを始めると、騎士見習い達も集まって来る。一年生でディッターには参加できないテオドールをわたしの護衛に付けると、レオノーレ達もそちらの話し合いに向かった。
「ローゼマイン様、少しお茶をいかがですか?」
ハンネローレが今にも泣きそうな顔でテーブルを示す。ほんの少しの時間に色々とありすぎた。確かにわたしも少し喉を潤したい。
わたしがテーブルに向かうと、側仕え達がすぐにお茶を淹れ直すために動き出した。ブリュンヒルデがお茶を淹れてくれるのを見ていると、ハンネローレがレスティラウトの方を気にしながら「コルドゥラ、ローゼマイン様とお話がしたいのです」と小さな声で呟いた。
「こちらをどうぞ」
コルドゥラに差し出されたのは盗聴防止の魔術具だった。レスティラウトには聞かれたくない話なのだろう。わたしはすぐにそれを手に握る。
「お茶会がこのような結果になってしまい、誠に申し訳ございません。わたくしの力不足です……」
せっかく楽しいお茶会だったのに、ヴィルフリートに失礼なことを言って挑発した。それをヴィルフリートが収めてくれたら、今度はエーレンフェストを貶し、婚約者の目の前でわたしに求婚した。そして、わたしが断ったら大領地として圧力をかけてディッターに持ち込んだ。
「ローゼマイン様が全てなかったことにしようとご提案くださったのに、それを踏みにじるような結果になってしまい、本当に申し訳なく思っています」
「レスティラウト様にディッターを止めていただきたいという思惑だけで、ハンネローレ様を巻き込んでしまいました。わたくしこそ申し訳なく思っています」
「いいえ。ローゼマイン様がせっかくくださったディッターを取り止めるための口実を潰したのはお兄様ですから」
悲しげなハンネローレの笑みに、わたしは一度レスティラウトの方を睨む。
「わたくしはエーレンフェストが勝てば、ハンネローレ様に関する条件を取り消すつもりです。レスティラウト様を止めたかっただけですし、ハンネローレ様を第二夫人にいただくのはあまりにも失礼ですもの」
「……お気持ちは大変ありがたいのですが、ディッターで決まったことは覆りません。少なくともダンケルフェルガーでは」
「なんて面倒……いえ、頑固な……えーと……」
適切な貴族言葉が出てこないわたしに、ハンネローレが「その通りなのです」と言って項垂れた。
「……ハンネローレ様はどうされたいですか?」
「どう、というのは?」
「将来の相手のご希望がおありならば、わたくし達が勝った時にはその方と結ばれるようにダンケルフェルガーと交渉いたしますよ」
エーレンフェストの第二夫人になるよりはダンケルフェルガーも受け入れやすいだろう。わたしの提案にハンネローレは目を瞬いた。
「……両親やお兄様に決められることですから、そのような希望を抱いたことはございません。でも、そうですね。お兄様の圧力にも怯まず、自分の意志を貫くローゼマイン様のお姿を拝見して、今日、初めて自分で選びたいと思ってしまいました」
「では、エーレンフェストが勝利した時は、それをダンケルフェルガーに望みましょう」
「これ以上エーレンフェストにご負担をかけるわけには参りません。お気持ちだけ、ありがたくいただきます」
ハンネローレがそう言って微笑んだ。けれど、その笑顔もいつもの笑顔に比べると、少し曇っている。
「仮にハンネローレ様がエーレンフェストへ来ることが避けられない状況になれば、わたくしは歓迎いたしますし、ハンネローレ様が幸せになれるように全力を尽くしますから、安心して来てくださいませ」
エーレンフェストに来たら新刊が一番に読めるよ、本好きの楽園にするから、と必死でアピールすると、ハンネローレがクスクスと笑った。
「今回の件でローゼマイン様がお友達を止めるとおっしゃらなかったことが、わたくしにはとても嬉しいです」
確かにダンケルフェルガーはかなり面倒だけれど、ハンネローレは大事なお友達だ。少なくともわたしはお友達を止めるつもりはない。
「ハンネローレ様はわたくしの心の友ですから!」
「では、心の友にわたくしからも一つだけ。ローゼマイン様はあの風の盾があれば勝てるとお考えかもしれませんけれど、全く攻略方法がないわけではございません。お兄様はもうそれを知っています。……くれぐれもご油断なさいませんように」
そんなハンネローレの呟きでお茶会は終わった。
「お兄様、お姉様。意味がわかりません。何故お茶会に行って、お二人の婚約解消を賭けたディッターを行うことになっているのですか?」
寮に戻って、多目的ホールに皆を集めてディッター勝負を行うことになった説明をすると、シャルロッテが青ざめてそう言った。レスティラウトの我儘であるが、説明してもどうしてそのような流れになったのかわかってもらえない。
「……ローゼマイン、私は其方が事を起こした時、答えに窮する気持ちが今わかった」
「理解していただけて何よりです。では、シャルロッテが納得できる返答はお兄様にお任せいたします」
わたしがニコリと笑うと、ヴィルフリートもニコリと笑った。
「いや、ここは慣れている其方に任せたい」
「あら、わたくしに任せきりになるのが良くない、とレスティラウト様から指摘を受けたところではありませんか」
わたしはそう言ってヴィルフリートに説明役を委ねる。別に押し付けたわけではない。ヴィルフリートの成長を願ってのことだ。
シャルロッテにしばらく説明していたヴィルフリートが「これ以上説明しても無意味だ! 対策を立てる方が先決であろう!」と叫んだところで、シャルロッテも説明を求めるのは諦めたらしい。
わたしはハンネローレに言われた通り、シュツェーリアの盾が使えないかもしれない戦いになることを述べる。
「……そういうわけで、ダンケルフェルガーはシュツェーリアの盾を破る方法を知っているのだそうです。レオノーレ、勝算はありますか?」
「盾が使えなくなると、非常に低くなりますね。けれど、どの程度盾が使えなくなるのかわかりませんから、最初から使わないという方法は悪手でしょう。それに、盾が使えなくてもローゼマイン様には騎獣もございます」
レオノーレの言葉に頷きながら、ラウレンツが意見を出す。
「それよりも、ローゼマイン様が風の盾を作るまでに時間がかかることが最大の弱点だと思います。私ならば開幕一番にローゼマイン様を狙います。仮に破る手段があるとはいえ、盾の中に籠られると厄介ですから」
最初に守りきらなければ、シュツェーリアの盾を張ることができない。盾を張るには詠唱に時間がかかるのだ。
「どのようにして守るのが良いでしょうか? 広域に派手に使って相手を怯ませる魔術があれば……こう、ドーンと敵に向かって滝のようなヴァッシェンを使うとか……」
わたしの提案をマティアスが冷静に却下する。
「そんな魔術を使えるのはローゼマイン様くらいですし、騎士達がそこで魔力を使い切ってしまったら、その後の戦いができません。何よりも盾を張るための時間稼ぎです。ローゼマイン様が行うのではなく、騎士達にできることでなければ……」
マティアスの指摘にわたしがむぅっと唇を尖らせていると、リヒャルダが「少しよろしいですか?」と口を開いた。
「……坊ちゃま、姫様。宝盗りディッターでしたら、魔力が少なめの騎士と魔力の多い上級側仕えを二人ほど入れ替えた方が効果的ですよ」
「リヒャルダ?」
「貴族院で起こったことに大人が口出しするのは憚られるのですけれど、姫様をダンケルフェルガーに奪われるわけにはまいりませんからね」
リヒャルダがそう言いながら、昔の宝盗りディッターのやり方を取り入れることを提案する。
「側仕えはディッターでどのような役目を負うのですか?」
「魔術具に魔力を込めていき、回復薬の管理をするのです。ユーディットは遠距離攻撃が得意でしょう? ですから、ユーディットに魔力が多い側仕えを付けて、魔力の籠った魔術具を使わせるのです。ユーディットだけに任せるよりも使える魔術具の数が数倍に増えます」
そして、戦いに出る騎士達は一人で持てる回復薬の量も限られるけれど、側仕えが回復薬を管理していれば、薬のなくなった騎士達に新しい回復薬を配布することができる。
「癒しの魔術が使える側仕えを待機させることもございました。側仕えは騎士と違って直接戦うのではなく、魔力を供給するお手伝いを主にしていましたね。文官達は魔術具や回復薬の準備で戦い当日には使い物になりませんでしたから」
ヴィルフリートがふむ、と考え込み、その場にいる側仕え達を見回す。
「最も魔力の多い側仕え見習いは誰だ? 二人ほど騎士の代わりに入れよう」
魔力圧縮方法を知っている上級側仕えが圧倒的に魔力は多いらしい。ブリュンヒルデとヴィルフリートの側仕え見習いのイージドールが選ばれた。
「私も含めて三人でローゼマインが提案したようなヴァッシェンができないか? それならば、騎士達が魔力を使うことなく時間稼ぎができるし、騎士が戦っている間に魔力を回復させることができるのだが……」
ヴィルフリートの言葉にブリュンヒルデがハッとしたように振り向いた。
「ローゼマイン様、そういえばクラリッサが去年の領地対抗戦で広範囲に影響を及ぼす魔術を補助するための魔術具について研究していると言っていませんでしたか?」
「ブリュンヒルデ、それは使えるかもしれません。さすがにクラリッサ本人に尋ねることはできませんが、ハルトムートやライムントに詳細を覚えていないか尋ねましょう」
「その場にいたはずの其方は覚えてないのだな?」
ヴィルフリートの言葉にわたしはそっと視線を逸らした。その時は大して興味もなかったし、「皆、専門的で難しい話をしているな」とアンゲリカのようなことを考えていたのだ。面目ない。
「基本の作戦はレオノーレに任せるつもりだが、私の魔力を活かした作戦を立ててほしい」
エーレンフェストでも騎士達と訓練をしていて、領主候補生で魔力が豊富なため強い攻撃はできるけれど、騎士ではないので連携訓練はあまりしていない。ヴィルフリートの言葉にレオノーレがニコリと笑った。
「ヴィルフリート様には守りをお願いしましょう。ローゼマイン様、遠隔攻撃を得意とするユーディット、側仕え見習い達。魔力が豊富なヴィルフリート様が守りについてくださると、攻撃に出られる騎士が増えます」
ヴィルフリートが「わかった」と言いながら、わたしを見た。
「ローゼマイン、私に扱えそうな神具はないか? ターニスベファレンの時も其方は神具のマントを出して、皆が攻撃できる隙を作ったであろう? あのように其方等を守りつつ、ダンケルフェルガーが知らぬ攻撃をできれば、不意を突くことができるのではないだろうか」
確かにそれができれば、騎士の連携に入れないけれど魔力の多いヴィルフリートも力を振るうことができるだろう。わたしは神殿にある神具を思い浮かべる。
「奉納するたびに魔法陣が浮かんできて、その魔法陣と神具の形をしっかり思い浮かべることができるようにならなければ神具としては機能しませんから、使えるようになるまでの日数はわかりません。それよりも、養父様にお願いして神殿の神具を借りられたら、それが一番簡単だと思いますよ。魔力を込めるだけで使えます」
シュタープで神具を作ろうと思うと、作る魔力、維持する魔力、使う魔力とかなりの魔力が必要になるけれど、わたしが初めてライデンシャフトの槍を使った時のように、神具そのものを使えば、必要なのは使う魔力だけになる。
「ただ、ライデンシャフトの槍は使えません。一気に宝を倒す場合は良い武器なのですが、ハンネローレ様相手にそのような攻撃はできません。槍が盾を貫いた時が怖いですから」
「うむ」
ヴィルフリートが同意して頷く。加減して攻撃するならば、慣れた武器の方が使いやすいと思う。
「シュツェーリアの盾はわたくしが使いますし、破る方法があるならばヴィルフリート兄様が作る意味がありません。それに、フリュートレーネの杖は辺りにいる人全員を癒すので、戦いの場では敵味方関係なく癒してしまいます」
「それは困るな」
「あと、闇の神のマントは使用しない方が無難ですね。黒の武器と間違われて面倒になる可能性があります。光の冠は契約の時に使う物で、戦いの最中に使える物ではないようです。わたくしが今まで使ったことがない神具といえば、エーヴィリーベの剣でしょうか……」
「エーヴィリーベの剣はどのようなことができるのだ? その、全て害意を弾く風の盾のように何か特殊な効果があるのか?」
「わたくしにはあまり使い道がありませんし、冬にしか使えなくて、使い勝手が悪いのです。けれど、今回の戦いにはちょうど良いかもしれません。エーレンフェストに緊急で連絡を入れて借りましょう」
ダンケルフェルガーからの圧力でディッター勝負を避けられないこと、負けた時の条件などを報告書にまとめ、神殿からエーヴィリーベの剣を送ってもらえるように頼む。ついでに、クラリッサの研究について詳しいことを覚えていないかハルトムートに尋ねてほしい、と書き加えた。
「これを大至急でエーレンフェストに送れ!」
「かしこまりました」
ヴィルフリートの側仕えが駆け出していった時、ローデリヒが顔を上げた。
「こちらにフェルディナンド様のディッター指南書から使える魔術具を書き出しました。レオノーレが作戦を立てる時の役に立ててください」
「ありがとう存じます、ローデリヒ。文官見習い達は魔術具と回復薬を次々と作成してください。騎士見習いは訓練を兼ねて素材採集です」
レオノーレの指示に動き出す学生の中、マティアスが「ローゼマイン様、祝福をお願いできませんか?」と言った。
「ローゼマイン様の祝福に身体を慣らすことができれば、少しは勝率が上がるかもしれません。我々が自力で祝福を得られる成功率は低いのです」
「わたくしが祝福を与えるのは、皆のためにならないのですけれど……」
そうは言ってみても自分の将来を思えば背に腹は代えられないし、参加できない以上、手段を選んでいられる余裕はない。正直なところ、ダンケルフェルガーがどの程度の祝福を得られるようになっているのかわからないのだ。わたしは騎士見習い達にアングリーフの祝福をかけて送り出す。
ヴィルフリートも騎士見習い達と一緒に出て行った。残っているのは最低限の護衛騎士とシャルロッテと側仕え達だ。
「……できれば、ダンケルフェルガーの祝福を奪いたいです」
こちらはほとんど祝福が使えない状態なのに、すでに祝福状態が体に馴染んでいるだろうダンケルフェルガーの騎士見習い達は大変な脅威だ。今日、フェアフューレメーアの杖をハンネローレに触らせてもらったけれど、さすがに一度では覚えきれていない。
「うぅ、あの書庫に入りたいです。王族の許可が必要なのですけれど……王族は今魔力供給に忙しいのですよね? 貴族院にいらっしゃるヒルデブラント王子は許可をくださらないかしら?」
リヒャルダは「くださらないと思いますよ」と言ったけれど、わたしはひとまず頼んでみることにする。やってダメならば諦めれば良いだけだ。そう思いながら手紙を出したら、オルドナンツが飛んで来た。
「明日の午前だけならば大丈夫です。ダンケルフェルガーのハンネローレにも声をかけておきますね」
ヒルデブラントの楽しそうに弾んだ声が三回繰り返される。
「……リヒャルダ、ずいぶんと急ですけれど許可が出ましたよ」
「王族によほど余裕が出るまで出ないと思ったのですけれど……」
不思議そうなリヒャルダには悪いけれど、せっかく王族から許可が出たのだ。わたしは図書館へ行く予定を立てた。
次の日の午前、わたしはうきうきで図書館へ向かう。地下に入れる上級騎士レオノーレとディッターには出られない一年生のテオドール、それから、リヒャルダとブリュンヒルデを連れている。
「ひめさま、きた」
「ひめさま、ひさしぶり」
歓迎してくれるシュバルツ達は非常に可愛いけれど、何故わたしが「ひめさま」と呼ばれているのかわからない。わたしはオルタンシアとソランジュを見上げた。
「オルタンシア先生、シュバルツ達の呼び方がおかしくありませんか?」
「先日、皆様の魔力を注いでくださった後から呼び方が変化したようなのです。アナスタージウス王子にご相談したところ、そのうちまたわたくしに変わるだろうということでしたのですが……」
まだ変わっていないらしい。突然のヒルデブラントからの連絡に驚いた、と言いながら、執務室へ案内される。そこにはすでにヒルデブラントが来ていた。
「お忙しい中、申し訳ございません。わたくしのお願いのためにご足労いただくことになって……」
「ずいぶんと急で驚きましたが、ローゼマインは何を調べるのですか?」
「書庫が開いてからお話しますよ」
ヒルデブラントと挨拶を交わしていると、ハンネローレも到着した。ハンネローレの側近も少なく見えるのは、やはりディッターの特訓中だからだろう。挨拶を交わした後、「最終試験が近付いていますから、閲覧室を閉めるわけには参りません」と二人の司書から説明があり、わたし達は閲覧室にいる学生達の注目を浴びながら閉架書庫へ入った。
そこからオルタンシアの案内で、わたし達は地下へ入っていく。前回と同じように鍵を開けると、側仕え達はお茶の準備のために動き始める。
「ローゼマイン、書庫の鍵が開きましたよ。一体何を調べるのか、教えてください」
「ダンケルフェルガーとディッター勝負をすることになったので、儀式と神具について少し調べたいのです」
わたしの言葉にハンネローレが少しだけ面白がるように笑う。
「ローゼマイン様はそれをダンケルフェルガーのわたくしに言ってしまってもよろしいのですか?」
「知られて困るようなことではございませんから」
「ダンケルフェルガーとのディッターは何故行うことになったのですか? 先日は儀式に参加するためにたくさんの領地とダンケルフェルガーが勝負していたのでしょう?」
わたしは少し肩を竦めた。
「レスティラウト様に求婚されて、ディッターで勝負をつけることになったのです。ねぇ、ハンネローレ様?」
「え、えぇ。それよりも、時間がございません。早く調べましょう、ローゼマイン様」
少し焦った様子のハンネローレにそう言われ、わたしはヒルデブラントに軽く手を振ると、透明な壁の向こうにある書庫に向かう。
「ハンネローレ、詳しいお話を聞かせてください。貴女は調べることがないのでしょう?」
ヒルデブラントの呼びかけにハンネローレが足を止めるのを見ながら、わたしは書庫に入る。シュバルツがわたしを見上げて、前と同じ言葉を言った。
「ひめさま、いのりたりない」
「わかりました。今日は時間がないのでまた今度お祈りしますね。それよりも、夏の暑さを和らげるフェアフューレメーアの儀式と春を呼ぶ儀式に関する資料を出してくださいませ」
シュバルツにそう頼んで、わたしは資料でフェアフューレメーアの杖の作り方とハルデンツェルの春を呼ぶ儀式に必要な魔法陣の刻まれた土台の作り方を調べて書き写していった。
「ヒルデブラント王子にディッターのことが知られてしまいましたね」
ハンネローレの声に顔を上げると、わたしが資料を書き写しているのを見下ろしているハンネローレの姿がある。
「ヒルデブラント王子に知られて何か困ることでもあるのですか?」
わたしが首を傾げると、ハンネローレは苦笑した。
「アナスタージウス王子から余計なことをしないように、とお叱りを受けたではありませんか。また呼び出されてしまいますよ」
「……今回はレスティラウト様が原因なので、アナスタージウス王子にはレスティラウト様を叱っていただきましょう」
わたくし達は悪くないですよね、と同意を求めると、ハンネローレが「そうですね」と曖昧な笑みを浮かべた。
「悪くないと主張しても一緒にお叱りを受けることになると思いますよ。わたくし、お兄様が何かした時に叱られなかったことがないのです」
ハンネローレが諦め気味にそう言いながら書庫から出るように促す。いつの間にか透明の壁の向こうにヒルデブラントの姿はない。
わたしはハンネローレとオルタンシアと共に書庫の鍵を閉めた後、リヒャルダに「ヒルデブラント王子はどうされたのですか?」と問いかけた。
「大事な御用を思い出されたそうです。……しばらくはブリュンヒルデとエーレンフェストの本の話をしていたのですけれど」
側仕えが予定を管理しているのに、大事な御用を忘れているはずがない。席を外すための言い訳の一つだ。きっとまだ幼いヒルデブラントには長時間待っているのが辛かったのだろう。リヒャルダの言葉にわたしは納得した。
寮に戻ると、エーヴィリーベの剣がハルトムートごと届いていた。報告書を読んだ養父様も養母様も頭を抱えて動けないレベルで困っているらしい。
「まさかハルトムートがまた来るなんて……」
「神具を運ぶのは神官長の務めですから。それに、クラリッサの研究について詳しい説明が必要なのですよね?」
「覚えているのですか?」
わたしの言葉にハルトムートは当たり前の顔で「もちろんです」と頷いた。
「クラリッサの相談にも乗りましたし、多少手伝いましたから設計図は覚えています」
「ハルトムート、素晴らしいです!」
なんて頼りになる側近だ、と褒めると、ハルトムートが「ローゼマイン様に喜んでいただけて光栄です」と嬉しそうに微笑んだ。その後、スッと表情を引き締める。
「私はディッター勝負の日まで城に部屋を与えられ、エーヴィリーベの剣を届けるために日参することになっていますから、魔術具作成のお手伝いもできます。ローゼマイン様をお守りするため、全力を尽くしましょう」
「……ハルトムートに魔術具を作ってもらうのはズルではありませんか?」
わたしが首を傾げると、エーヴィリーベの剣を受け取ったヴィルフリートが「何を今更」と言った。
「神殿から神具を運び込んだり、ヒルデブラント王子にお願いして資料を書き写してきたりしていた其方が何を言う。とにかく勝たねばどうしようもないのだ。使える者は使え」
ハルトムートを中心に文官達によってどんどんと戦いのための魔術具が作られていく。騎士見習い達は戦いの訓練と素材採集を繰り返し、いくつもの作戦について考えている。
ディッターに参加することになったブリュンヒルデとイージドールは少しでも魔力を増やせるように魔力圧縮を必死に行いながら、次々と作られる魔術具の扱いを覚えている。
わたしはフェアフューレメーアの杖を出せるように特訓し、同時に、ヴィルフリートにエーヴィリーベの剣を使うための祝詞を教えていた。
騎士見習い達を引き連れて外に行き、シュタープで同じようにエーヴィリーベの剣を作って祝詞を唱え、お手本を見せる。
「うひゃっ!?」
「わっ!?」
白い光の柱が立って、またもやどこかに魔力が飛んで行った。今回のディッターではダンケルフェルガーでもエーレンフェストでもたくさんの光の柱が立ちそうだな、と思った。