Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (50)
フリーダとケーキ作り
次の日の朝、初めてベッドから出て部屋を見た。
おおぉぉ、ホテルみたい。
8畳ほどの部屋の一角が天蓋付きのベッドで、それ以外には丸いテーブルと椅子が3脚と暖炉があるだけのシンプルな部屋だ。
しかし、床には厚みのあるカーペットが敷かれているし、窓にはカーテンが揺れていて、外からの視線を避けるためなのだろう、ゆらゆらとした波状のデザインガラスがはめられている。
シンプルに見えてもかなりお金がかかっている部屋だ。
そして、ドア近くの椅子のところには、すでに下働きの女性が待ち構えていた。
「おはようございます。こちらで顔を洗ってください。着替えたら、食堂に案内いたします」
「は、はい」
きびきびと顔を洗うためのお湯が準備されて、清潔な布を渡される。至れり尽くせりに、ちょっとびくびくしてしまう。
「こちらに着替えてください。失礼とは存じますが、貴女の服で家の中を動かれるのは差しさわりがありますので」
「わかりました」
彼女によって取り出された服はフリーダのお古だそうだ。久しく着ていない継ぎ接ぎのない綺麗な服にわたしの心が躍る。
髪を梳いてもらい、簪は自分でする。
下働きの女性は簪を珍しそうに見ていたが、一言も発することなく、わたしの支度を終わらせた。
食堂へと連れていかれると、すでにフリーダとギルド長がわたしを待っていた。お世話になりっぱなしなのに、まだギルド長にはお礼を言っていない。
「おはようございます、ギルド長。この度は大変お世話になりました」
わたしの挨拶にギルド長が軽く頷いて答えた。
フリーダは足早に近づいて来て、わたしの額や首筋をぺたぺたと触る。少し冷たい手にわたしがひゃっと身を竦めたが、お構いなしだ。
「おはよう、マイン。熱は完全に下がっているみたいね?」
「おはよう、フリーダ。絶好調だよ。すごくすっきりしてる」
熱の確認をしていたのか。フリーダの突然の行動の理由がわかって、わたしはへにゃっと笑った。フリーダも嬉しそうに笑い返してくれて、一緒に食卓へと向かっているとギルド長が、フンと鼻を鳴らした。
「元気になったようで何よりだが、魔術具の援助はこれっきりだ。フリーダに何かあった時のために置いておきたいからな」
「おじい様!」
「ギルド長の言うことは間違ってないよ。フリーダのために集められた物だもん。ギルド長、貴重な魔術具を譲っていただいてありがとうございました」
ギルド長としてのコネやお金を最大限駆使して、手に入れた貴重な物だ。お金を払うとはいえ、譲ってもらえたのは幸運以外の何物でもない。
「マイン、この後はどうするか、よく考えろ」
「はい」
「では、マインのご家族に目が覚めた報告をしなければね。使者を立てるのだけれど、何か伝えることはある?」
使者という言葉に一瞬ぎょっとしたが、ギルド長が直接ウチに向かう方があり得ない。使いを出す方が普通だ。
使いに出される若い男性が呼ばれて、ウチの位置を確認される。
「あの、フリーダへのお礼にしたいから、『簡易ちゃんリンシャン』を持ってきて欲しいって伝えてもらえると嬉しいんですけど」
ウチではまだ簡易ちゃんリンシャンと言っているが、一度ですぐに覚えられる名前ではないようだ。伝言を覚えようとする使者の顔がひくっと歪んだ。
「カンイチャン……? あの、失礼ですが、もう一度伺ってもよろしいですか?」
「えーと、髪がつるつるになる液と言ってもらえれば、家族にはわかると思います。お手数ですが、よろしくお願いします」
「髪がつるつるになる液ですね。かしこまりました」
使者を見送ると、ギルド長が顎を撫でながらわたしを見ていることに気が付いた。何やら嫌な予感のする笑みは前にも見たことがある気がする。
「マインは面白い物を色々持ってそうだな」
「えぇ、魔術具と交換に引き取ろうと思っていたのに、思惑が外れてがっかりだわ」
ベンノもルッツもいない状況で、この二人に囲まれるのは怖い。いつの間にか呑みこまれていそうだ。
「魔術具のお金! 先に払っちゃいます」
なんだかんだとふっかけられて、値段を釣り上げられたら困るので、わたしは即座にギルド長とギルドカードを合わせて、支払いを終わらせる。
「本当に持っておったとは……ベンノめ」
悔しそうにギルド長が呻いた。ギルド長が張り巡らせていた網をどうやらベンノは潜り抜けたらしい。
ベンノさん、グッジョブ!
「マイン、たっぷり食べてね」
「いただきます」
顔が輝くのを止められる気がしない。
だって、朝食に出たパンが白パン! 小麦だけで作られている白いパン! しかも、蜂蜜を好きなだけかけていいって、贅沢すぎるじゃない。
甘くておいしいパンを頬張った後は、スープに手を伸ばす。
スープは塩の味が利いているけれど、野菜の旨みは逃げている感じがした。やっぱり、一度完全に茹でて、茹で汁を捨てているのだろう。この辺りの調理法として、定着しているんだろうな。
ベーコンエッグはとてもおいしかったし、デザートとして果物までついている。
日本で食べていたような贅沢な朝食に感動した。お金持ちの朝御飯、すごくおいしい。
はぐはぐと食べていると、ギルド長が眉を寄せてわたしを見ていた。
「マインはどこでマナーを学んだ?」
「特に学んでませんけど?」
マナー本を読み漁って、ファミレスで実践していたけれど、正式に習ったことはないので、嘘は言っていない。
ギルド長はさらに眉を寄せ、ハッキリと不可解と書いた顔でわたしを見ていたが、なるべく気にしない方向で朝食を終わらせる。気にしたら負けだ。
朝食が終わるとギルド長は仕事に出かけていった。
わたしとフリーダが一服しているところに来客の知らせが届く。ウチの家族が仕事に向かう前に顔を見るだけでも、と寄ってくれたらしい。
「マイン!……ぅわっ!?」
飛び込んできた父を押しのけるようにして、母が割り込んできた。
「目が覚めたのね。よかったわ。ベンノさんのお店で倒れて、フリーダさんのお宅に運ばれたとルッツから聞いた時には心臓が止まるかと思ったのよ」
「心配かけてごめんね。同じ病気のフリーダじゃなきゃわからないことがあったんだよ」
小金貨2枚と大銀貨8枚もかかるような魔術具を使ってもらったなんて、正直に言ったら、卒倒するに違いない。
「フリーダさん、本当にありがとうございました」
「母さん、お礼の『簡易ちゃんリンシャン』持ってきてくれた?」
お金以外でお礼にできる物が、これしか思い浮かばなかったが、フリーダは明日が洗礼式なので、ピカピカに磨き上げるにはちょうどいいタイミングだと思う。
「えぇ。こんなものがお礼になるかどうか、わからないけれど。トゥーリ」
「マインを助けてくれてありがとう、フリーダさん」
トゥーリがそう言って、フリーダに小さめの壺を渡す。フリーダはニッコリと受け取って、少し腰をかがめた。
「どういたしまして」
「本当に感謝している。ルッツからはかなり危険な状態だったと聞いた。ウチの娘を助けてくれて本当にありがとう。マイン、元気そうなら今日はもうウチに帰ってくるか?」
父の目が早く帰って来い、と訴えている。家族に心配をかけているので、わたしとしては帰れるものなら帰りたいけれど、フリーダが笑顔で立ちはだかった。
「いえ、それは昨日もお話したとおり、様子を見るためにも洗礼式の日までマインはこちらでお預かりいたします。容体が急変しては困りますもの」
「……そうか」
「お世話をかけますが、よろしくお願いします」
母がフリーダに向かって、腰をかがめる。
挨拶か、と思って、よく見ようとわたしが一歩乗り出すと、トゥーリがガシッとわたしの頬を両手で包みこんだ。
「わたし達はお仕事に行くけど、マインはいつもみたいな我儘言っちゃダメよ」
「わかってるよ、トゥーリ。洗礼式の日になったら迎えに来てね。お仕事、頑張って」
急がなくちゃ、と慌ただしく出ていく家族とほぼ入れ違いで、今度はルッツがやってきた。
「目が覚めたんだってな。熱は? ホントに下がったのか?」
朝、フリーダがしていたように、ぺたぺたとわたしの額や首筋に触って、熱の有無を確認し始める。外からやってきたルッツの手はフリーダと比べ物にならないくらい冷たくて、わたしは悲鳴を上げた。
「ちょっと、ルッツ! 手、冷たい!」
「あぁ、悪い」
「心配かけたね。もう大丈夫だよ」
「……大丈夫なのは、一年くらいだろ?」
身食いの話も魔術具の話も知っているルッツは、まだ喜べないと言わんばかりに唇を尖らせる。しかし、約一年の猶予ができたことが重要なのだ。
「うん。……その間に色々考えたり、何か良い方法がないか探したりしてみるよ。まずは本を作らなきゃね」
「マインはそればっかりだ。じゃあ、オレ、ベンノの旦那にも知らせてくるな。午後から顔を見に来ようかって、昨日言ってたから」
ベンノの名前が出た途端、フリーダの表情がムッとしたものになった。今までは一歩下がった状態で、わたしとルッツの会話を聞いていたのに、間に割って入ってくる。
「まぁ、午後は困るわ。わたくし達、午後からお菓子を作るお約束があるのよ。ね、マイン?」
何となく、今フリーダとベンノを会わせるのはあまり良くない気がする。一番わたしが被害に遭いそうというか、わたしを挟んで睨みあいそうで板挟みになる未来が目に見えるというか、とにかく、嫌な予感しかしない。
「ねぇ、ルッツ。悪いけど、ベンノさんにはまたお店に顔を出しに行きますって、言っておいて」
「いいけど……何作るんだ? 新作?」
ルッツとしては、ベンノのことよりフリーダと約束しているお菓子作りの方が気になるようだ。
クスクス笑いながら、わたしは首を振った。
「何を作るかは料理人の人ともお話しないと決められないよ」
「あら、マインが決めるのではなくて?」
使える材料や道具がわからない時点では、何を作るかなんて考えられない。
そして、料理人が協力的な人なら、ちょっと手間がかかるようなお菓子もいいけれど、面倒だと考える人なら、少しでも簡単に終わるものにしたい。
「使っていい材料や道具が全然わからないから、決められないんだよ」
「でも、ルッツには作ったのでしょう?」
わたしの説明に納得できないように、フリーダが唇を尖らせた。生活レベルが似ていて、持っている道具も大差ないルッツの家と素材一つとっても雲泥の差があるフリーダの家を一緒に考えられるはずがない。
「わたしは作り方を教えるだけ。ルッツの家で、ルッツの家の材料を使って、ルッツ達が頑張って作るの。ね、ルッツ?」
「あぁ、マインは腕力も体力も身長も足りないからな」
「夕方にはできるから、味見する分くらいは取っておいてあげるよ?」
「マジか!? 楽しみにしてるからな」
フリーダはルッツに対抗意識を燃やしているようで、ルッツが出ていったドアを睨んだ後、可愛らしく頬を膨らませて不満顔でわたしを見た。
「マインはルッツに甘すぎるわ」
「そんなことないよ。むしろ、逆。ルッツがわたしに甘すぎるの」
わたしの言葉に、フリーダはさらにムッとした顔になった。正直、フリーダがどうして不機嫌になるのかわからない。
困るわたしに、フリーダはビシッと人差指を突きつける。
「では、わたくしもマインをいっぱい甘やかします」
「え? なんで?」
「だって、わたくしの一番のお友達はマインなのに、マインの一番のお友達がわたくしではないなんて、悔しいもの」
何、この可愛い生き物。
ぷくっとふくらませたほっぺを突いてやりたい。
フリーダの不機嫌の理由がヤキモチだとわかったら、もうくすぐったい笑みしか浮かばない。
「じゃあ、ルッツとはできない女の子同士の遊びをするってことで、機嫌直さない?」
「女の子同士の遊び?」
わたしはトゥーリと一緒にきゃあきゃあ言いながら、楽しめるものを思い浮かべていく。
首を傾げるフリーダの趣味はお金だ。普通の女の子がする人形遊びも斜め上の展開になりそうだ。それも面白いだろうけれど、一緒に遊べる時間はそれほど多くない。
「一緒に湯浴みして、髪の洗いっこするとか、一緒のベッドでゴロゴロしてお喋りするとか、そういうのは女同士じゃなきゃできないでしょ?」
「まぁ、素敵。では、まずお菓子を作るために、料理人とところに行きましょう」
フリーダに手を引かれて、わたしは台所に連れていかれた。
そこには朝食の後片付けを終えたばかりの少しふくよかな女性がいた。年の頃はウチの母親と変わらなそうで、雰囲気はルッツの母親のカルラおばさんに似ている。
「イルゼ、イルゼ。今日のお菓子のことだけれど……」
「はいはい、お嬢様。お友達と作るんでしょう? もう何度も聞きましたよ」
「どんな材料があるかお伺いしてもいいですか?」
わたしが質問すると、イルゼは少しばかり眉を上げた。
「材料って、一体何を使うつもりだい?」
「えーと、基本的には小麦粉、バター、砂糖、卵があるかどうかですね。ウチで作るには砂糖なんてないので、ジャムを使ったり、蜂蜜を使ったりするんですけど、ここにはあるのかどうか伺いたくて……」
材料と道具の有無でお菓子作りは大きく変わる。ルッツの家で作れるお菓子がパンケーキ系とフレンチトーストに限定されるのは、ちゃんと理由があるのだ。
「砂糖はあるよ」
「本当ですか! すごい! あ、あの、じゃあ、オーブンもありますか?」
「あるよ。そこに見えているだろう?」
イルゼが少し身体をずらすと、大きな薪オーブンが見えた。
だんだん期待に胸が膨れてくる。わたしは胸の前で両手をぎゅっと組んでイルゼを見上げる。
「オーブンがあるってことは、オーブンで使える器や鉄板もありますよね?」
「もちろんあるよ」
「秤もありますよね?」
「そりゃあね」
当たり前のように肩を竦めたイルゼの答えに、わたしは小躍りするほど喜んだ。
「うわぁ! これなら、『ケーキ』も焼けそう」
お菓子のレシピが次々と浮かんでくる。もちろん、いくつか分量を覚えているレシピだってある。
あれ? でもさ、レシピ覚えてても、ここの重さ表記がグラムなわけがないじゃん。どうするよ?
お菓子を作ることだけに思考が飛んでいたので、すっかり忘れていたが、お菓子を作るには材料と道具だけがあってもダメだ。分量をきっちりと量らなければ、失敗する。
ルッツの家で作ったパルゥケーキはお好み焼きのような感覚で作ったので、膨れ方や厚みが毎回違っていた。量があればそれで満足できる男の子が相手だったから、何とかなったが、本格的に作るなら正確な分量は必須だ。
フリーダの家で薪オーブンまで使わせてもらって失敗するわけにはいかないし、試行錯誤なんてできるわけない。
何かなかったっけ? 正確なグラム表記じゃなくても作れそうなお菓子。
グラムがわからなくても作れそうなお菓子を思い浮かべていたわたしは、フランスのお菓子の本の中で一つピッタリの物を思い出した。
「えーと、『カトルカール』というお菓子を作ろうと思ってます」
カトルカールはフランス語で4分の4のことだ。小麦粉、 卵、バター、砂糖を同量ずつ配合するケーキだ。カトルカールなら、同量ずつだから重さの単位がわからなくても、秤で同じずつ量れば作れる。
「聞いたことがないね。どんなお菓子だい?」
「小麦粉、卵、バター、砂糖を同じだけ入れて作るお菓子なんです」
「本気でそんなものを作るつもりかい?」
イルゼがぎょっとしたように目を向いたので、わたしは思わずビクッとして、前言を撤回する。
「……無理なら別の物にしますよ?」
「無理ではないけれど、本当に作り方を知っているんだろうね?」
「はい」
お菓子を作る時間に合わせて、薪オーブンの準備をしてもらう約束をして、わたし達は台所から撤退した。
その後、私とフリーダはお菓子作りのためのエプロンを探し始めた。家事手伝いなんてしたことがないフリーダは今までエプロンを身につけたことがないらしい。
下働きの女性がこれでどうでしょう、と探しだしてきてくれた。それを身につけて、大きなハンカチを三角巾にして髪を覆う。
約束した時間にわたし達が台所へと向かうと、イルゼがおどけたように目を丸くして笑った。
「おや、お嬢様。ずいぶん気合の入った格好だね」
「えぇ。わたくしも作るのですもの」
残念ながらケーキ型はなかったので、小型の鉄鍋を型として使うことにして、作り始めることにした。
「じゃあ、作り方の説明してもらおうか。一通りの流れがわからなきゃ作れないからね」
「はい。まず、分量を量って、卵と砂糖を人肌くらいの温度で泡立てます」
「どうやって、人肌にするんだい?」
「あの、これより大きいボウルにお湯を入れて、つけて温めるんです」
「あぁ、湯煎だね。じゃあ、分量を量るより先にお湯を沸かさなきゃダメだ」
ガスコンロと違って、すぐにお湯は沸かない。当たり前のことだが、こちらで本格的なお菓子作りをしていないので、どうしても、そういう細かいところに気付けない。
「卵と砂糖を泡立てるのが一番重要なんです。もったりするまで泡立てて、ふるった小麦粉を入れて、切るように混ぜます。そして、溶かしたバターを入れて、これも泡立てた卵をなるべく壊さないようにさっくりと混ぜ合わせるんです」
「バターは溶かすんだね。全部混ぜたら焼くのかい?」
「はい」
流れを把握したらしいイルゼが秤を取り出して、作業台の上に置いた。そして、並べられていた材料を量るように指示を出す。
イルゼに秤の使い方を教えてもらいながら、わたしはフリーダと二人で同じ分量に材料を量っていく。
その間にイルゼはお湯を沸かし始めた。
まず卵と砂糖を量って、湯煎して人肌程度の温度でイルゼにひたすら泡立ててもらう。この泡立てでケーキのふくらみと美味しさが変わるのだ。
その間に二人で小麦粉とバターを量った。
「これでバッチリね」
「型にバターを塗っておこうね」
「どうして?」
「ケーキを取り出しやすくするためだよ」
鉄鍋にバターを塗って、小麦粉を薄くはたいておく。ケーキ型もなければ、紙なんてないので仕方ない。
「後は小麦粉をふるっておこうか」
周りに飛び散らないように気を付けて、ふるいにかけていく。3回ほどふるって、たっぷり空気を含ませておくのが重要だ。
「まぁ、黄色かった卵がずいぶん白くなって、量が増えてきたわ」
ガシャガシャと泡立てるイルゼの手元を羨ましそうにフリーダが見つめている。混ぜたがっているのが一目瞭然なので、イルゼが笑いながらボウルと泡立て器をフリーダに渡した。
「やってみるかい?」
「えぇ!」
嬉しそうにガシャガシャ回し始めたけれど、フリーダはすぐにリタイアした。ハンドミキサーを使わないケーキ作りは腕力勝負なのだ。
「これくらいかい?」
「はい! これに小麦粉を加えます」
ボウルの上にもう一度ふるいをセットして、粉をふるいながら入れた後、わたしは木べらで生地を切るようにして混ぜる。
「こんな風に混ぜてます。次はバターを入れます。溶けてますか?」
「あぁ、お湯を渡した後の竈の側に置いておいたからね」
「イルゼさん、交代してください。腕が限界……」
「まったく。どっちのお嬢様も力がないねぇ」
苦笑しながら、イルゼが代わってくれた。同じ要領でバターも入れて、混ぜてもらう。
フリーダはケーキ型にする鉄鍋を近く寄せて、目を輝かせて見ている。
「型に流し込んだら、こうやってトントンって落として、空気抜きをします」
鉄の型は重いので、イルゼ任せだ。イルゼも最初からわたし達にできるとは思っていないようで、わたしが説明する通りにやってくれる。
「これで、オーブンで焼いたら出来上がりです」
薪オーブンの使い方はよくわからないので、イルゼに任せておくのが一番だろう。
ざっと熱いオーブンの中にケーキ生地の入った鉄鍋を入れると、すぐにガチャンと蓋を閉める。
「後片付けをしているうちに、焼けると思うよ」
イルゼがきびきびとした動きで後片付けをするのを、邪魔と手伝いの真ん中で手伝っているうちに、ふんわりといい匂いが漂ってきた。
フリーダがそわそわして落ち着かないのがとても可愛い。
「もう焼けたかしら?」
「まだだよ」
あ、そういえば、ここって竹ぐしなかったよね?
どうやって焼け具合確認しよう?