Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (500)
嫁取りディッター 前編
「とうとうこの日がやって来ましたね」
ディッター当日、ダンケルフェルガーから指定があった競技場へ向かうと、ルーフェンが一見爽やかに見える暑苦しい笑顔でそう言ってきた。貴族院で宝盗りディッターができるのが楽しくてならないらしい。
「いや、まさか貴族院で嫁取りディッターが行われることになるとは思いませんでしたが」
ちなみに、この嫁取りディッターはダンケルフェルガーにおいては時折行われているものらしい。男性側が求婚して女性の親に反対された時、花嫁を得るために親戚同士で行うディッターが嫁取りディッターなのだそうだ。
婿側は負けた時に諦めるだけで特に賭けるものがないため、今回エーレンフェストが勝利した時の条件を付けたことに驚いたらしい。そんな風習はエーレンフェストにないので、何も得るものがないのにディッターなどしていられない。
……しつこいダンケルフェルガー男子が諦めるというのは、確かに大事かもしれないけどね。
ルーフェンが「ローゼマイン様にはぜひダンケルフェルガーへいらしていただきたいものです」と笑顔で言う。それを押し退けるようにして、ヒルシュールが不機嫌極まりないと一目でわかる顔でわたしを見下ろした。
ヒルシュールはエーレンフェスト側の審判として、観客席のある上から審判をすることになっているらしい。ルーフェンは騎獣で競技場内を飛び回って審判をするそうだ。寮監として断れず、領地対抗戦を控えて研究熱が盛り上がっている時に研究室から引きずり出されることになったヒルシュールの機嫌は悪い。
「ローゼマイン様、わたくしの研究を邪魔しないでください、とお願いしたはずですが、どういうことでしょうか?」
「ダンケルフェルガーに申し込まれて断れない状況にされたのです。苦情はダンケルフェルガーへお願いします」
「すでに苦情は入れました」
状況がわかっていても一言言わなければ気が済まなかったようだ。わたしとヴィルフリートは揃って「申し訳ございません」と謝罪しておく。
「やっとわたくしの研究環境が整ってきたのです。今、エーレンフェストに負けられるとわたくしが困ります」
これは多分ヒルシュールなりの応援なのだろう。「……精一杯頑張ります」と答えるしかなかった。
観客席をぐるりと見回せば、ダンケルフェルガーとエーレンフェストの学生達が総出で応援に来ている。観客席にいるダンケルフェルガーの数人が大きな魔術具を持っているのが見えた。わたしは兜こそ被っていないものの、騎士見習い達と同じように全身鎧で固めたハンネローレに問いかける。
「あの、ハンネローレ様。観客席の者がどうして魔術具を持っているのですか? 観客席からの参戦は禁止ですよね?」
「あれは戦いの様子をご覧になりたいとおっしゃったアウブが持たせた物で、ディッターの様子を収めるための魔術具です。戦いには何の支障もないので、お気になさらないでくださると嬉しいです」
嫁取りディッターを観戦するために貴族院へ入りたいと言って、ルーフェンを困らせたらしい。この魔術具を使うことで、何とか我慢してもらったそうだ。
「このような魔術具を持たせるということは、アウブ・ダンケルフェルガーはハンネローレ様のお嫁入りがかかったこの勝負に乗り気なのですか?」
レスティラウトの独走で、アウブが止めてくれるのではないかという希望を抱いていたのだが、ハンネローレは悲しそうに目を伏せた。
「一度決まった試合を取り下げるようなみっともないことはできぬ。何が何でも勝て! だそうです」
「取り下げてくださるとこちらも大変ありがたかったのですけれど……」
宝として賭けられている者は両方ともこのような勝負を望んでいないのに、儘ならないものである。
「では、行きましょう」
ルーフェンを先頭に、騎獣に乗って騎士見習い達が競技場へ降りていく。ハンネローレと手を振って別れ、わたしも騎獣に乗りこむ。わたしの騎獣には魔術具や回復薬がたくさん入った箱が載せられているのだ。
「お兄様、お姉様。頑張ってくださいませ」
シャルロッテの応援を受けて、わたしはシャルロッテの周囲を囲む低学年の騎士見習い達を見回した。今日は上級生の強い護衛騎士が全員ディッターに出場するので、どうしてもシャルロッテの周囲が不安だ。わたしはシャルロッテの周囲に控えているテオドールに声をかける。
「テオドール、シャルロッテを守ってくださいね。頼みましたよ」
「お任せくださいませ。私はここからローゼマイン様や姉上の御武運をお祈りいたします」
シャルロッテ達の応援を背に受けながら、わたしは競技場のエーレンフェストの陣地に降り立った。選手全員が騎獣を一度消し、陣地に並ぶ。イージドールとブリュンヒルデがわたしの騎獣から箱を運び出したのを確認してから、わたしも一度騎獣を消して整列する。
最前列には魔力が豊富な上級から中級の騎士見習い。マティアスもラウレンツもトラウゴットも最前列に並んでいる。その次の列には中級騎士見習いと共に全体の指示を出すレオノーレがいる。
二列に並んだ騎士見習い達の後ろにいるのは、全身鎧ではなく、一部分を守るための簡易の鎧をつけた側仕えの二人だ。ちなみに、わたしも簡易鎧である。魔石で作る鎧なので、重さはないけれど、全身鎧は慣れていなければ動きにくい。段ボールで作った鎧が軽くても、色々なところに動きの制限があるのと同じ感じである。ただでさえ動きの遅いわたしがこれ以上遅くなることは避けなければならない。
イージドールとブリュンヒルデの間には全身鎧でしっかり固めたヴィルフリートがいる。そして、一番後方にいるのが、今回の宝であるわたしとわたしの護衛をしつつ遠距離攻撃を行うユーディットだ。
……開幕一番にわたしがシュツェーリアの盾を張れるかどうかが勝負の要。
わたしはドキドキしながら打ち合わせた戦術を思い返す。
開始の合図と共にゲッティルトで盾を出し、その盾に隠れるようにして祝詞を唱えてシュツェーリアの盾を完成させるように、とレオノーレに言われている。
騎士見習い達の予想から風の盾を張らせないようにダンケルフェルガーの妨害があるのは確実だそうだ。けれど、開始時点では両者ともそれぞれの陣地にいて、陣地が離れているため、遠距離攻撃が来るに違いないらしい。
そのため、エーレンフェストの騎士見習い達は全員がゲッティルトでダンケルフェルガーの攻撃を防いで詠唱時間を稼ぎ、ヴィルフリートとイージドールとブリュンヒルデの三人が広範囲のヴァッシェンをダンケルフェルガーの陣地に叩きこむことになっている。
最初に広範囲魔術を補助する魔術具を使うイージドールは緊張した面持ちで腰のベルトに触れた。始めの合図があるまで、シュタープも魔術具も持っていてはならないのだ。
「両者、前へ!」
ルーフェンの声にヴィルフリートが兜を小脇に抱えて、前に進み出る。ダンケルフェルガーの陣地からはレスティラウトが同じように兜を小脇に抱えて進んできた。
そこで初めてわたしはダンケルフェルガーの陣地に目を向けた。視力を強化すれば、相手の陣地の様子もよく見える。ダンケルフェルガーの陣地にも大きな箱を足元に置いている者がいることに気付いた。魔術具や回復薬をたくさん持ち込んでいるようだ。全身鎧で固めた者ばかりなので、ダンケルフェルガーは全員が騎士だと思っていたが、もしかしたら武寄りの側仕えがいるのかもしれない。
……考えることは同じってことかな? それとも、向こうにとってはこれが普通の嫁取りディッターなのかな?
こちらと同じように領地の者から助言や協力があった可能性は高い。
……大丈夫かな?
緊張に小さく体が震える。ダンケルフェルガーにはディッター物語が渡っているので、フェルディナンドの戦術がいくつか流出している。過去に戦った騎士達からの助言があれば、こちらの狙いがいくつも漏れている可能性もある。
絶対に負けるな、とハルトムートを毎日のように送り込み、神具を貸し出してくれた養父様からの全面的なバックアップはもちろん、おじい様やお父様からも色々な戦術に関する助言があった。負けるわけにはいかない。
ルーフェンを中心に、ヴィルフリートとレスティラウトの二人が向かい合った。
レスティラウトとヴィルフリートが睨み合う前でルーフェンがシュタープを出した。ヴィルフリートとレスティラウトもシュタープを出して前に差し出し、ルーフェンの動きに合わせて上へ高く上げていく。
「正々堂々と戦おうではないか」
「我々もアウブより何が何でもローゼマインを守れ、と言われています。負けません」
言葉をかけ合い、お互いに背を向けると陣地に戻っていく。ルーフェンはシュタープを上げたままだ。
陣地に戻った二人が兜を被った。それを確認したルーフェンがシュタープを青く光らせると、ブンと大きく振り下ろした。
「始め!」
「ゲッティルト!」
エーレンフェストの騎士見習い達がシュタープを出して、一斉に盾を構える。わたしも同じようにゲッティルトで円い盾を出し、その陰で祝詞を唱え始める。
「守りを司る風の女神シュツェーリアよ」
祝詞を唱え始めたわたしの前でイージドールが腰に下げていた魔術具を一度強く握って、空高く投げ上げる。空中にいくつもの魔法陣が描き出される。ハルトムートが作った広範囲魔術の補助具だ。元々はクラリッサの研究だった魔術具である。
「側に仕える眷属たる十二の女神よ」
空中に魔法陣が展開されたのを見たヴィルフリート達三人がシュタープを高く掲げた瞬間、「ダンケルフェルガーが何かを投げたぞ! 全員構え!」というマティアスの声が上がった。
「我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え」
次の瞬間、ものすごい光がエーレンフェストの陣地を照らした。わたしは何人もの騎士見習い達の後ろにいたこと、そして、何よりも一人だけ飛びぬけて背が低いおかげで光はほとんど当たらず、祝詞を唱え続けることができた。けれど、最前列の騎士見習い達は完全に目が眩んだようで、「目が! 目が見えぬ!」と叫んでいる声がする。
「ヴァッシェン!」
ヴィルフリート達も片腕で顔を庇うようにしながら呪文を唱えた。とりあえずダンケルフェルガーの陣地に向かって水が流れれば良いのだ。目が眩んで前がほとんど見えていなくてもできる。
魔力量だけならばエーレンフェスト寮で上位に入るヴィルフリート、イージドール、ブリュンヒルデの三人がほぼ全力を叩きこんだヴァッシェンである。滝のような大量の水がダンケルフェルガーに向かって流れ込んでいった。
「うわあああぁぁぁ!」
「何だ、これは!?」
エーレンフェストの目が眩んでいる間に攻撃を仕掛けようと騎獣を出していたダンケルフェルガーの騎士見習いや全力で攻撃しようと大きな剣を振り上げて魔力を溜めこんでいた騎士見習いが水龍のようにうねりながら襲い掛かって来る大量の水に押し流されてゴロゴロと転がって行く。
これでハンネローレが陣地から押し流されていたら勝負は決まったのだが、残念ながら宝を守るために盾を構えた騎士見習い達によって陣地内で踏み止まっていたようだ。
三人が大量の魔力を込めたヴァッシェンの威力は強いけれど、効果はほんの十秒程度のことだ。ヴァッシェンはその場を綺麗に洗浄するだけで、跡形もなくなるので、水に濡れたマントが重いということもない。
あまりの水の勢いに押し流され、呆気にとられていたダンケルフェルガーの騎士見習い達が「急いで戻れ!」と命令されて態勢を整えるまでに更に十秒もかからない。合計で二十秒ほどの時間稼ぎだが、わたしがシュツェーリアの盾を完成させるには十分な時間だ。
「害意持つものを近付けぬ 風の盾を 我が手に!」
キンと硬質な音がして、半球状のシュツェーリアの盾が完成する。同時に、シュツェーリアの盾から黄色の光の柱が立ち上がった。
「うぇっ!?」
光の柱は貴族院で儀式を行った時にはよく起こる現象だが、これまで盾を作った時にはなかったので、ものすごく驚いた。驚きつつ、光の柱を見上げる。そういえば、普段は指輪に魔力を込めてシュツェーリアの盾を作っている。シュタープをゲッティルトで変化させた盾を作ってから祈りの言葉を唱えたのが初めてだった。
「……ダンケルフェルガーが祝福を得られることから考えても、シュタープを使って儀式をしたり、祝詞を唱えたりするのが大事ってことかな?」
わたしが光の柱を見上げながら呟いていると、レオノーレが目の眩んでいる騎士見習い達に盾の中に入るように指示しながら、わたしとユーディットを振り返った。
「ローゼマイン様、急いで海の儀式を! ユーディット、時間を稼いで! 騎士達が使い物になりません」
わたしは即座にシュタープをもう一つ出して、図書館で調べて特訓した海の女神フェアフューレメーアの杖を作り出す。シュタープを光らせ、海の女神フェアフューレメーアの記号を空中に書きながら「シュトレイトコルベン」と唱えるのだ。フリュートレーネの杖と混同しないために一手順必要なのである。
「海の女神フェアフューレメーアよ」
わたしは覚えたばかりの海の女神フェアフューレメーアの祝詞を唱えながら、杖をゆっくりと振り回し始める。ダンケルフェルガーがこの試合のために与えられている祝福を神々に返すのだ。
わたしが杖を出している間にユーディットが「行きます!」と声を上げ、騎獣に飛び乗った。回復薬を飲むために下がるヴィルフリート達三人と入れ替わるように、ユーディットの騎獣が駆け出していく。
「やぁっ!」
ユーディットがスリングを使って、態勢を整えつつあるダンケルフェルガーの陣地に向かってソフトボールくらいの大きさの魔術具を飛ばす。
「何かが飛んで来るぞ!」
「叩き返せ!」
「駄目だ! 網で受け取れ!」
爆発の可能性があることを示唆した騎士見習いがシュタープを変形させた網で飛んでくる魔術具を捕らえた。魔術具は網に触れた瞬間、爆散し、周囲にほのかに赤い煙幕のような煙と細かい粉塵を撒き散らす。
「ぎゃああぁぁぁ! 目が!」
「げほっ! ごほっ! 喉が……」
「吸い込むな! 手足が痺れる」
態勢を整えつつあったダンケルフェルガーの陣営で騎士見習い達がのたうち、もがき苦しむ状態になった。とても攻め込んで来られるような状態ではない。
「さすがハルトムート。ローゼマイン様の敵には容赦ありませんね」
回復薬を飲んで魔力回復をしているブリュンヒルデが感心したようにそう言った。ハルトムートが採集地で騎士見習い達に採集させたネガローシという白と赤の斑の実をすり潰して粉末状にしていたものを爆散するための魔術具である。
目に入ると涙が止まらず、鼻から吸い込むと鼻の奥が痛んで鼻水が出てきて、口から吸い込むと喉の奥がヒリヒリと痛み、人によっては熱が出たり、手足が痺れたりするらしい。ヴァッシェンで洗い流せば、目の痛みくらいは取れるはずだし、痛みがそれほど長引くこともないとハルトムートは言っていた。けれど、光で目をくらませただけのダンケルフェルガーに比べるとエーレンフェストの魔術具は悪辣この上ないと思う。
「くっ! ローゼマインがとても聖女と思えぬような悪辣で卑怯な手を使うことなど、二年前からわかっていたことではないか。怯むな! このような粉塵はヴァッシェンで洗い流せ」
……わたしじゃなくて、ハルトムートが考えたんだけどな。
そう思いながら、わたしは身体強化の魔術具に魔力を流しつつ、ぐるんぐるんと大きくフェアフューレメーアの杖を回す。杖の動きに合わせて、ざざん、ざざんと潮騒の音が聞こえ始めた。それに合わせてダンケルフェルガーの騎士見習い達の体から祝福が吸い取られ始めた。
強制的に祝福を打ち切られるのだ。祝福に身体を慣らしていた騎士見習い達がつんのめるのが見える。ついでに、闘争心に燃えていたダンケルフェルガーの戦意を奪い取って心を穏やかにするのである。戦いの気分を盛り上げるまでに、またさらに時間がかかるだろう。
「ディッター勝負が終わっていないのに何をするのだ!?」
ダンケルフェルガーの陣地でレスティラウトの叫ぶ声が聞こえる。けれど、これは元々暑さを和らげるための儀式で、ディッターの後でなければ行ってはならないという儀式というわけではない。
……まぁ、真冬に行うことでもないけどね。
「我等に祝福をくださった神々へ 感謝の祈りと共に 魔力を奉納いたします」
祝詞を唱え、高く空に向かってフェアフューレメーアの杖を掲げる。ドンと音を立てて光の柱が立ち、ずわっと皆から奪った祝福の魔力が空に向かって駆け上がっていった。ろくに戦う前から祝福を奪われたダンケルフェルガーの騎士見習い達は呆然としているけれど、これで少しは互角に近付くはずだ。
もう一度ダンケルフェルガーの騎士見習い達が戦闘態勢に入る頃には、エーレンフェストの騎士見習い達の眩んでいた目も戻ったようで、皆が騎獣に乗って戦闘態勢に入っている。
「ローゼマイン様が祝福を消してくれたとはいえ、気を抜かないでください。ダンケルフェルガーにはラールタルクがいます。ラールタルクにはトラウゴットとラウレンツの二人で必ず対抗するように。いいですね」
レオノーレの声に「はっ!」とラウレンツとトラウゴットの声がした。エーレンフェストの近距離戦では一、二を争う二人が、二人がかりで止めなければならない相手がダンケルフェルガーにはいるようだ。
一瞬で蹴散らされた二年前に比べれば、エーレンフェストの騎士見習い達は連携も取れるようになっているし、魔力も増えていて強くなっている。それでも、ダンケルフェルガーは別格らしい。「最近は儀式で祝福を得るためにディッターが以前より盛んになっているくらいなので」とマティアスが言っていた。
戦力的には将棋に例えるならば、人数の少ないエーレンフェストが普通に歩兵交じりで駒を揃えているのに、人数が多いダンケルフェルガーは歩兵以外の駒ばかりを選別する余裕がある状態だ。そのうえ、トラウゴットとラウレンツの二人がかりで止めなければならないのだから、ラールタルクは最初から飛車が裏返しになっているくらいに個人的技量に差があると言えるだろう。
「エーレンフェストの皆に武勇の神アングリーフの祝福を」
わたしは指輪に魔力を込めて、アングリーフの祝福を贈る。少しでも互角に戦えるように、と思ってのことだが、立て続けに儀式を行ったので、わたしも魔力を回復させなければまずい状態になって来た。
……これからヴィルフリート兄様がエーヴィリーベの剣を使うことになるから、わたしも盾を維持するために魔力がたくさん必要なんだよね。
色々と試してみた結果、近くでエーヴィリーベの剣を使われるとシュツェーリアの盾の強度が弱まるのだ。神話的にシュツェーリアの盾よりエーヴィリーベの剣が強いらしい。わたしはダンケルフェルガーの盾対策もその辺りではないかと睨んでいる。
「ローゼマイン様は騎獣に乗りこんで、中で回復に専念してください。ヴィルフリート様は合図をしたらエーヴィリーベの剣を使えるようにご準備をお願いします。ブリュンヒルデ、イージドール。二人は魔力残量に気を付けながら、交代でユーディットに魔力の籠った魔術具を渡してください」
レオノーレとマティアスによると、少しでも互角の勝負に持ち込むためには、ユーディットが遠距離攻撃をして、向こうの守りに人数を割かせることで攻めに出られる人数を減らすことが大事だそうだ。
「ラウレンツとトラウゴットがラールタルクに集中できるように、ナターリエやアレクシスは動いてください。マティアス、上は頼みます」
「はっ!」
レオノーレの指示に騎士見習い達が陣を飛び出していく。エーレンフェストが動いたことに合わせてダンケルフェルガーも動き出す。
「祝福を奪われたところで、エーレンフェストの騎士見習いにダンケルフェルガーが負けるわけがない! 行け、ラールタルク! エーレンフェストを蹴散らせ!」
「はっ!」
レスティラウトの声と共にダンケルフェルガーの騎士見習い達が騎獣に乗って駆け出した。
そこから先は騎士同士の戦いだ。わたしは優しさ入りの回復薬をレッサーバスの中で飲みながら、戦況を見つめる。
レオノーレ達の予想通り、ユーディットが魔術具を投げることで守りに徹する人数をエーレンフェストより増やすことで、騎獣を駆って戦いに出ている人数を減らすことに成功していた。それでも、一人一人がエーレンフェストの上級騎士並みに強いダンケルフェルガーに対抗することを考えると、ギリギリだそうだ。
……うわ、速い。
祝福を奪ったはずなのに、ダンケルフェルガーの騎士見習い達の動きはエーレンフェストの騎士見習い達より少し速いように見える。
「祝福がなくなったところで、剣技自体がそれほど衰えるはずがなかろう!」
剣を構えて斬りかかってくるラールタルクをラウレンツが必死に止めるのが見えた。
「ユーディットの魔術具を正面から受けて鼻水垂らしていたくせにカッコつけるな」
「だ、黙れ! こちらの魔術具に目が眩んで動けなかったのは其方等ではないか!」
上空の戦いは罵り合いの挑発合戦から始まった。