Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (501)
嫁取りディッター 中編
「ラールタルクを押さえ込めるかどうかが勝負の分かれ目になる。押し負けるな」
わたしのシュツェーリアの盾が完成し、ダンケルフェルガーの祝福を奪うことに成功した今、ダンケルフェルガーで最も強いラールタルクをトラウゴットとラウレンツの二人で抑え込めるかどうかが第二の山場になる。ダンケルフェルガーが陣地の守りに人数を割いている最初の内にどれだけ相手の戦力を削れるかでエーレンフェストの勝敗が決まるだろう、とマティアスが言っていた。
「はあぁぁぁぁ!」
トラウゴットが気合の入った声を上げながら、ラールタルクに斬りかかっていく。短い間隔で剣戟の音が響き、激しい打ち込みを行っているのがわかった。ラウレンツはどちらかというとトラウゴットの補佐をしているような感じで立ち回っている。
「勢いだけは良いが、いつまでもつかな」
とりあえずトラウゴットとラウレンツが必死に攻め込むのをラールタルクが危なげなく捌いているのはわかった。ラールタルクにはまだ余裕がありそうに見える。
「……最初から全力のようにも見えますけれど、トラウゴットは大丈夫なのでしょうか?」
とにかく攻撃、ひたすら攻撃、周囲なんて見ていないという戦い方だったトラウゴットが成長していないように思えて、わたしはハラハラしてしまう。けれど、レオノーレは安心させるように笑った。
「ラールタルクは全力を出さずに抑えられる相手ではございませんし、最近のトラウゴットは周囲の言葉を聞くことができるようになっています。それに、トラウゴットの勢いが落ちて来たらマティアスが交代するので大丈夫ですよ」
器用なマティアスは今あちらこちらの戦いに指示を出しつつ、弓矢で援護をしている。けれど、常にラールタルクに注意を払っていて、いつでもトラウゴットやラウレンツと交代できるようにしているらしい。
「わたくしも指示を出しつつ、援護に向かいます。ユーディット、敵陣への攻撃は頼みましたよ」
指示を出し終えて、戦況を睨んでいたレオノーレはそう言って騎獣に飛び乗るとシュツェーリアの盾から飛び出して行った。
レッサーバスから身を乗り出すようにして見上げてみるものの、上空の騎獣達は動きが速くてよく見えない。
……どれが誰だろう?
位置がくるくると入れ替わり、武器を交わしている音はするけれど、皆が兜を被ってるため、誰がどれなのかわからない。上で周囲を常に見回し、指示を出しているのがマティアスなのと、二人がかりで挑んでいるのがラウレンツとトラウゴットなのしかわからない。
王族の前で中央騎士団が強度確認をしたせいだろうか、シュツェーリアの盾に向かって攻撃してくるダンケルフェルガーの騎士見習いがいない。完全に放置されている。どうやら騎士見習い達をある程度減らしてからこちらに向かってくるつもりなのだろう。
「ユーディット、次はこれだ」
イージドールがハルトムートの作った魔術具に魔力を込め、それをユーディットに渡す。騎獣に乗ったユーディットがシュツェーリアの盾から出ると、スリングでそれを敵陣に向かって投げつける。
「やぁっ!」
投げつけたユーディットが盾の中に戻って来る頃には、ダンケルフェルガーの陣地の方で爆発音が上がったり、叫び声が上がったりしている。ハルトムートの魔術具はかなり威力を発揮しているようだ。
「それにしても、よくこれだけの魔術具を作りましたね、ハルトムートは」
わたしが一人用のレッサーバスの中から魔術具の詰まった箱を覗き込んでいると、魔力回復中のブリュンヒルデが小さく笑う。
「文官見習い達が調合室で動けなくなっていましたよ」
ハルトムートが作っていた魔術具には色々な物があり、被害度によってレベルが分けられている。
低レベルは、ダンケルフェルガーが放った目が眩むような閃光を放つ物や大きな炸裂音がするだけの物。それから、悪臭がしたり、ちょっと気持ちの悪い虫が降り注いだりするような物で、比較的肉体的被害は少ない。近くにいた者がしばらく視覚や聴覚が使い物にならなくなったり、虫の退治に時間がかかったりするだけだ。
中レベルは、ダンケルフェルガーに投げ飛ばした涙や鼻水が止まらなくなる物や痺れ薬や眠り薬が粉末状で混入されている物だ。肉体的に被害が出るけれど、これは基本的に粉末なので、慣れてくればすぐにヴァッシェンで洗い流せるようになる。すぐにヴァッシェンできればよいけれど、完全に吸い込んだり、飲み込んだりすると被害はちょっと長続きすることになる。
そして、高レベルはフェルディナンドの参考書でえげつない作戦の時に多用されていたらしいやや殺傷力が高めの爆発物である。爆発して石礫が飛び出したり、まるで花火のように多段階で爆発したりする物もあるらしい。盾がなければ大変なことになる魔術具である。
イージドールが低レベルと中レベルを結構手当たり次第に渡しているので、爆発してみなければ何を投げたのかわたしにはわからない。でも、ダンケルフェルガーの陣地も何が飛んでくるのかわからなくて、皆が盾を構えながら戦々恐々としているのだけはよくわかった。
……陣地に対する攻撃は今のところ問題ないみたい。
そう判断した直後、ヴィルフリートの護衛騎士であるアレクシスが騎獣でシュツェーリアの盾の中に勢いよく飛び込んできた。
「癒しをください!」
「アレクシス!?」
騎獣から転がり落ちるようにして降りたアレクシスが腕を押さえながら自分の背後を振り返る。つられてそちらを見ると、剣を振り上げた状態ですぐ後ろを追いかけてきていたダンケルフェルガーの騎士見習いが盾から噴き出した風でバッと勢いよく追い払われるところだった。
盾に弾かれて姿勢を崩したダンケルフェルガーの騎士見習いだったが、この中に入れないことはわかっているようで、すぐに体勢を立て直して戦いの場へ飛んで行った。
追手が背を向け、盾の中が安全であることを確認したせいか、アレクシスが安堵の息を吐きながら兜を脱ぐ。
「貴族院が始まった頃に手合わせした時に比べると、ダンケルフェルガーがずっと強くなっています。個々の技術が上がっていて、戦列が崩れるのは予想以上に早くなると思います」
「何!?」
アレクシスは自分一人で抑えきれるだろうと思っていた相手にやられたらしい。今はレオノーレやマティアスが援護することで何とか戦列を保っているが、長くはもたないとアレクシスは感じたようだ。アレクシスの報告に主であるヴィルフリートがバッと顔を上げて戦いの場を見上げた。
わたしも同じように上を見上げる。確かにエーレンフェストの動きに余裕がなくなってきているように見える。
「ダンケルフェルガーでは儀式で祝福を得られるようになるために寮内で何度もディッターを行っていると聞いています。訓練時間と真剣度が例年とは比べ物にならないのかもしれません」
訓練の回数や真剣度に違いがあるのは、エーレンフェストではまだ騎士見習い達だけでは祝福を得られないのに対し、ダンケルフェルガーが儀式で安定して祝福を得られるようになっていることからもわかる。
「……エーレンフェストもかなり訓練していますが」
「相手はそれ以上に訓練していたということです。それに、ダンケルフェルガーは上級騎士が多いですけれど、エーレンフェストは中級騎士の方が多いですからね。魔力圧縮を頑張っているとはいえ、魔力量にどうしても差が出ます」
魔力圧縮は基本的に自分が必死に行わなければならない。わたしが多段階の圧縮方法を教えたところで、本人次第なのだ。ダンケルフェルガーは常に領地でディッターを行っているし、技量によって領地対抗戦に出られるかどうかもわからない状態である。
おじい様によって訓練が強化されたことでエーレンフェストの戦力の底上げはされているけれど、ダンケルフェルガーと比べると個人個人の必死さが違う。
「アレクシス、癒しを与えます。早く戻れるように」
わたしは指輪のはまっている手を窓から出して、アレクシスに近付いてくるように言うと、ルングシュメールの癒しをかけた。緑の光に傷を癒されたアレクシスが回復薬を一気飲みして、新しい回復薬を腰の革ベルトに引っ掛ける。
「やられました!」
今度はナターリエが飛び込んできた。アレクシスは表情を厳しくすると、飲み終わった瓶をブリュンヒルデに渡して、兜を被り、ナターリエと入れ替わるように騎獣に乗って飛び出していく。
「ナターリエ、こちらへ。ルングシュメールの癒しを」
「恐れ入ります、ローゼマイン様」
ナターリエに癒しをかけていると、今度は二人の騎士見習いが盾に飛び込んできた。ダンケルフェルガーの守りに人数を割かせ、こちらの方が人数的に有利な状態で戦っているはずなのに回復を求める人数が増えてきている。回復に戻る者が増えると戦場の人数は拮抗し、エーレンフェストはすぐに不利になってしまう。
「戦況はどうなのですか?」
「良くはありません。私の代わりにマティアスが、彼の代わりにレオノーレが戦っています」
戦場を見回して、指示を出す二人が攻撃に回らなければならない状況になっているらしい。
……マティアスはトラウゴットやラウレンツの交代要員じゃなかった!?
わたしは慌てて青いマント一つに二人がかりで戦っているエーレンフェストのマントを探す。最初から全力で戦っていたトラウゴットの動きが鈍っていて、今はラウレンツが前面に出てトラウゴットが補佐的な動きをしていた。
「トラウゴット、一度戻れ!」
トラウゴットはすでに回復が必要な状態なのだろう。ラウレンツの声が響く。けれど、トラウゴットは「駄目だ!」と叫んだ。
「私は其方と二人でラールタルクを押さえることを命じられている。交代要員が来るか、別の命令があるまでここを離れられぬ。耐えるぞ!」
自分がただ戦いたいからではなく、戦況を見て動けない、と判断したらしいトラウゴットの言葉にラウレンツが「おぅ!」と応じる。
トラウゴットとラウレンツの連携は今のところ上手くいっているようだが、マティアスが怪我人の穴埋めをしている状態では、トラウゴットと入れ替わることもできない。二人に疲労が溜まってくれば、ラールタルクを抑えられる者がいなくなる。
……最初に考えられてた戦い方が崩れてきてる。
戦列が乱れてきている上に、わたしも魔力の回復途中で癒しを連続してかけているので、魔力が回復してこない。
……困ったな。
だが、今は騎士見習いが戦えるようにすることが大事だろう。
ダンケルフェルガーにじりじりと押されているのを感じながらわたしが次々と戻って来る騎士見習い達に癒しをかけていると、レスティラウトの声が響いた。
「あちらの戦列が乱れている! こちらの守りは良い! 今の内に一気にエーレンフェストを叩き潰せ!」
今が勝機と見たのだろう。ダンケルフェルガーは陣地の守りを減らして、攻撃に転じてくる。ギリギリの人数になってきているエーレンフェストの騎士見習い達に耐えきれるわけがない。
「ローゼマイン、行っても良いと思うか?」
ヴィルフリートがエーヴィリーベの剣が入っている箱へ深い緑の目を向ける。
「一度全員を回復させて、戦列を組み直す必要があろう。時間を稼ぐ」
「良いと思います。こちらは全力で補佐しますから、決して儀式を中断させないでくださいませ」
「うむ」
ヴィルフリートがエーヴィリーベの剣を手にするのを視界の端に映しながら、わたしは盾の中にいる者達をぐるりと見回した。
「ブリュンヒルデ、ユーディットに付いてください。そして、二、三回連続で高レベルの魔術具を使ってください。これまで低レベルと中レベルの魔術具ばかりを受けている今ならばダンケルフェルガーに大きな被害を与えることができるでしょう。守りと回復に向かう者を増やせるかもしれません」
「かしこまりました」
ブリュンヒルデが高レベルの魔術具を手に取ると、ユーディットのところへ向かった。ユーディットが緊張した面持ちで魔術具を手にして騎獣を駆っていく。
「やぁっ!」
これまで陣を守っていた騎士見習い達が陣を飛び出した直後の手薄になった敵陣に向かってユーディットが魔術具を投げ飛ばす。
これまでは音、光、粉末などで、それほど大きな被害はなかったところで油断していたのだろう。ドン! と大きな爆発音と共に煙と炎が上がったことで、ハンネローレの悲鳴が上がった。陣を飛び立ったばかりの騎士見習い達ばかりではなく、エーレンフェストを押していた騎士見習い達が大慌てで振り返る。
「今までと被害が違う! 戻れ! また来るぞ!」
ユーディットが第二弾を投げ飛ばすのを見た騎士見習いの声が上がり、陣にいた者が盾を構えて防御の体勢を取る。直後に爆発と共に石の礫が飛び出した。
悲鳴の上がる敵陣と、これまでとは規模の違う爆発に迷いの生じたダンケルフェルガーの騎士見習いを見たヴィルフリートがエーヴィリーベの剣を持って、シュツェーリアの盾を出て行った。
「回復した騎士は全員ヴィルフリート兄様の護衛に付いてください。儀式を中断させないように全力で守って」
「はっ!」
シュツェーリアの盾の中ではエーヴィリーベの剣は使えない。中で発動させると、シュツェーリアの盾が消えてしまうのだ。
エーヴィリーベの剣にはもう魔力を満たしているが、ライデンシャフトの槍が青い稲光をまとうのに満タン以上の魔力が必要だったように、エーヴィリーベの剣が神具としての威力を発揮するにはそれ以上の魔力が必要になる。
「イージドールは回収準備を」
「心得ています」
エーヴィリーベの剣を使用すると、ほぼすべての魔力を使うことになり、その後動けなくなるのだ。使用するには回収係が必須になる。これはヴィルフリートの側仕えであり、男性であるイージドールの役目だ。ブリュンヒルデには任せられない。
「何かするつもりだ! 阻止しろ!」
「させません!」
エーヴィリーベの剣に魔力を注いでいくヴィルフリートを守る騎士達が投げ網を投げたり、ハルトムートの魔術具を投げつけたりしながら、ヴィルフリートに近付く騎士見習いを牽制する。
ヴィルフリートが握るエーヴィリーベの剣に変化が現れ始める。白の魔石でできていた刀身が白く光り始め、冷気をまとい始めた。どんどんと魔力を込めていくと、ゆらりとしていた冷気が次第に濃くなって行き、氷雪へ変化していく。
「再生と死を司る命の神 エーヴィリーベよ 側に仕える眷属たる十二の神よ」
自分の胸の前で刃先が上を向くように真っ直ぐに剣を握ったヴィルフリートが軽く目を閉じて祈りの言葉を詠唱し始めた。ヴィルフリートの声が競技場に響き、神の名を聞いたダンケルフェルガーの騎士見習い達が顔色を変えてヴィルフリートの方へ殺到する。
「最後まで祈らせるな!」
「阻止しろ!」
これまで切り結んでいた騎士見習いが突然方向転換をしたことに驚きつつも、エーレンフェストの騎士見習い達が必死に後を追った。
「守れ!」
「近付けるな!」
ヴィルフリートの祈りを中断させようとダンケルフェルガーの騎士見習いから矢が降り注いでくる。周囲の騎士見習い達が必死で叩き落しているけれど、一つ二つはヴィルフリートに届いた。けれど、それはフェルディナンドのお守りによって弾き返され、矢を射た者に魔力の攻撃が返る。
「我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 我がゲドゥルリーヒを奪おうとする者より ゲドゥルリーヒを守る力を我が手に」
ヴィルフリートを中心に氷と雪の混じった風が吹き始める。エーヴィリーベの力を感じ、何が起こるのか、と警戒したダンケルフェルガーの騎士見習い達がやや距離を取ろうとする。
「御身に捧ぐは不屈の想い 最上の想いを賛美し
不撓
の御加護を賜らん
敵を寄せ付けぬ 御身が力を与え給え」
カッとヴィルフリートが目を見開き、剣を構える。
「エーレンフェスト、戻れ!」
「はっ!」
何が起こるのかわかっているエーレンフェストの騎士見習い達は即座にシュツェーリアの盾へ戻って来る。わたしは魔力をどんどん注いで盾を少し広げたけれど、維持をするので精いっぱいになってきた。
シュツェーリアの盾とエーヴィリーベの剣を同時には使えない。近くでエーヴィリーベの剣を使われると、盾の維持に非常に魔力を消耗するのだ。
「たああああぁぁぁぁ!」
ヴィルフリートが気合を入れて、エーヴィリーベの剣を横薙ぎに払う。それと同時に、雪と氷でできた冬の主の眷属達が二十匹ほど形を取った。同時に、ヴィルフリートがその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「うわっ!? なんだ、これは!?」
「倒せ! 怯むな! これは魔獣だ!」
ダンケルフェルガーの騎士見習いに、陣に、冬の眷属が襲い掛かる。術者の魔力によって強さが変わる眷属である。一振りで魔力のほとんどを奪われる大技だ。
盾の一番端で待機していたイージドールが飛び出してヴィルフリートを回収してすぐに盾に戻って来た。そして、ヴィルフリートに優しさ入りの回復薬を飲ませる。
「少しは……時間が稼げそうか?」
「えぇ。ヴィルフリート兄様のおかげで皆の回復ができそうです。ユーディット、回復したら準備をしてちょうだい。攻撃を畳みかけます」
冬の眷属を倒せば、ダンケルフェルガーも一度回復のために陣へ戻るだろう。そこが狙い目だ。
「あちらが回復しているところに一番威力が高い物を連続で打ち込みます。できれば、あちらの回復薬を破壊できるような物が良いのですけれど」
今、ダンケルフェルガーの回復薬は全身鎧の騎士がしっかりと守る箱の中に詰められているのだろうけれど、回復薬を使う者が増えれば、開けざるを得ない。そこに魔術具を投げ込んで、できれば回復薬を破壊したい。
「次は回復薬を狙うのか。確か、回復や補給を断つのが必要だ、と叔父上の資料にも載っていたな」
箱に布で巻いたエーヴィリーベの剣を片付けながら、ヴィルフリートが「わかってはいるし、必要な作戦だが、悪辣と言われても当たり前だな」と呟く。
「えぇ。エーレンフェストはダンケルフェルガーに比べると攻撃力が明らかに劣ります。あちらの宝が魔獣ならば一気に片を付けるのですけれど、ハンネローレ様ですからね。長期戦でじりじりと戦力を削っていくのが一番無難でしょう。そのためには回復薬が邪魔です」
去年のフェルディナンドとハイスヒッツェの戦いにおいて、宝であるハンネローレは自分から陣地を出ることはなかった。シュタープの光の帯が届く場所まで近付いて引っ張り出さなければ、自ら陣を出ることはないだろう。
「あと少しだ! さっさと倒せ」
「順番に回復を始めろ!」
ヴィルフリート一人の魔力で作り出した魔獣である。ダンケルフェルガーの騎士見習いが総出で倒せば、時間はかかるけれどそれほど苦労するわけでもない。冬の眷属を倒しながら、回復を始めている。
「ユーディット!」
ブリュンヒルデから魔術具を受け取ったレオノーレとユーディットの二人が飛び出していき、連続して高レベルの魔術具を投げる。ダンケルフェルガーの陣の上で爆発し、回復中の者が悲鳴を上げた。
「うわあぁぁぁ! 回復薬がっ!」
「どれが無事だ!?」
「次が来たぞ! 盾を! 防げ!」
「先に箱を閉めろ!」
ダンケルフェルガーの陣地が大変なことになっているのがわかる。レスティラウトが怒りの声を上げた。
「ローゼマイン、いくら何でもえげつないぞ! 卑劣にして性悪! 其方、それでも聖女か!?」
わたしは聖女を名乗った覚えはないし、フェルディナンドの指南によると油断した方が悪いそうだ。油断したダンケルフェルガーか、そんな指南書を書いたフェルディナンドが悪い。つまり、わたしは悪くない。
「魔術具を飛ばす射手を狙うんだ。もう何も投げられぬように徹底的に狙え」
これまでは基本的に盾の中にいて、ちょっとだけ盾から出ては大した肉体的被害のない魔術具を投げていたユーディットを狙うよりも他の騎士見習い達を狙う方を優先していたようだ。けれど、魔術具による被害が甚大になれば話は別だということだろう。
「あの射手は投げる時には必ず盾から出ている。シュツェーリアの盾に攻撃判定されるからに違いない。こちらへ攻撃する時には必ず盾から出てくる。その一瞬を逃すな!」
「はっ!」
レスティラウトの声にユーディットがビクリと震える。レスティラウトは実際に戦いに出ているわけではなく、陣で戦況を見ていたせいだろうか。よく見ていると思う。その通りだ。
レスティラウトが「それから、ローゼマインも狙え」と付け加える。
「最初から儀式を立て続けに行い、その後ずっと盾を張り、騎士見習い達が休憩している間も癒しの魔術をかけ続けてきたローゼマインの魔力はそれほど回復していないはずだ。回復する余裕を与えず、全員で一気に攻撃を仕掛けてあの盾を破るぞ。私はアレを使う」
奉納式でも中央騎士団から大量の攻撃を受けた後、わたしが儀式の前に薬を飲んで回復していたことを例に出しながらレスティラウトがそう言った。
「ローゼマイン様、そうなのですか?」
レオノーレの質問にわたしは頷いた。最初に立て続けに儀式を行い、回復しきる前に癒しを連続で行い、エーヴィリーベの剣に負けないように盾を維持するためにはかなり魔力を使った。そして、皆が攻撃に転じてから回復すればいいか、と自分の回復は後回しにして癒しを続けていた。
「盾と騎獣を維持するための魔力はまだ残っていますから、攻撃してくる人数が少なければ耐えられるでしょうけれど、ダンケルフェルガーの総攻撃になると心許ないですね」
中央騎士団に盾の強度を調べられた時もかなり魔力を削られた。今日のダンケルフェルガーの戦いぶりを見ていると、騎士見習いだからといって油断はできない。
「ローゼマイン様の魔力が心許ないなんて……」
シュツェーリアの盾の中にいる騎士見習い達が一斉に不安そうな顔になる。絶対安全圏がなくなるのが不安に思うのはわかるけれど、ダンケルフェルガーはシュツェーリアの盾もなく、個人個人の盾だけで防いでいるのだ。
「そのような顔をしなくても、皆でダンケルフェルガーの騎士見習いの数をできるだけ減らせば良かろう」
ヴィルフリートが立ち上がってそう言った。
「私も其方等もローゼマインの癒しを受けて、すでに回復しているではないか。エーレンフェストの皆でローゼマインを守るのだ。ローゼマインの魔力が回復するまでの時間を稼げば良い。それほど難しいことではない。違うか?」
「はっ!」
先程あっという間に押し切られて、戦列を崩されたばかりだ。ダンケルフェルガーの騎士見習いの数を減らすのが簡単なことでないのは誰にだってわかっているだろう。それでも、まるで難しいことではないように騎士見習い達が奮い立つ。
「守れ、エーレンフェストの聖女を! シュツェーリアの盾にダンケルフェルガーを近付けるな!」