Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (509)
アーレンスバッハとの社交
……ハイスヒッツェさんは知ってるんだ。フェルディナンド様がヴェローニカ様に嫌がらせされてたこと。
一人だけ反応が違うことに気付いて、わたしはハイスヒッツェを注視した。フェルディナンドの性格から考えても、自分から嫌がらせを受けていると言うことはないと思う。ユストクスかエックハルト兄様、もしくは、ヒルシュールのように周囲の者から聞いたのかもしれない。少なくともハイスヒッツェはエーレンフェストでも一部の者しか知らない情報を得られるくらい近くにいた人なのだろう。
「アーレンスバッハでディートリンデ様を支えねばならぬ私には、とても其方とディッターをできる状況ではなくなったのだ。いつまでも持っていられぬからな。こちらは返却する」
ハイスヒッツェにフェルディナンドが笑顔のまま、青いマントをハイスヒッツェの手に握らせた。
「フェルディナンド様、これは……」
呆然とした顔で、自分の手に戻って来た青いマントとフェルディナンドを見比べるハイスヒッツェは、神殿に入る時は返却されなかったマントをわざわざ返される意味に気付いたのではないだろうか。
「よかったな。大事なマントが戻ってきて」
「奥方もさぞ喜ぶだろう」
ダンケルフェルガーの騎士達がハイスヒッツェの肩を叩きながら笑った。きっとハイスヒッツェの背後から肩を叩いている騎士達には多分血の気の引いた顔が見えていない。周囲に「よかった」と言われて強張っているハイスヒッツェに、フェルディナンドがフッと笑みを向ける。
「長年奪われていた大事なマントが戻って来たのだ。もう少し喜んではどうだ、ハイスヒッツェ?」
笑顔とは逆にひどくひやりとした声は、まるで「婚約を祝ったように喜んでみせろ」という命令に聞こえた。冷たい声の主を一度見たハイスヒッツェは俯いてマントを強く握った後、ぎこちない笑みを浮かべる。
「まさかフェルディナンド様からこのマントが返ってくると思いませんでした。妻も喜ぶでしょう」
図らずも最悪の状況に追い込む手伝いをしたことを悟ったハイスヒッツェと、謝罪することも許さずに喜んで見せることを強いるフェルディナンドの間にするりと割って入る者がいた。
「あら、何故その方の大事なマントをフェルディナンド様が持っていらしたのかしら?」
緊迫した空気を全く読む気がないディートリンデは興味深そうに目を輝かせながらハイスヒッツェを見上げると、周囲の騎士達が先を争うようにして事の発端を話し始めた。
「……というわけで、貴族院時代よりずっとハイスヒッツェはマントを取り戻そうと挑んでいたのです」
「まぁ! 奥方になられる方のマントを取り上げるなんて、なんてひどいのでしょう! わたくし、フェルディナンド様がそのように冷酷な方だとは思いませんでしたわ」
からかい口調の騎士達の話を真に受けて詰り始めたディートリンデに、騎士達の方が驚きに息を呑んで顔を見合わせる。
「あ、いや、フェルディナンド様は返すとおっしゃったのですが、ディッターで勝つまでは、と言ったのはハイスヒッツェなのです」
「それでも、心を込めて刺繍したマントを盗られてしまうなんて……」
「大丈夫です。ダンケルフェルガーの男は何度でも挑戦しますから」
ディートリンデの相手を騎士達に任せるように、フェルディナンドはさりげなく一歩下がってスッと背を向けた。そして、テーブルの方に戻ると、養父様に「騒がせてすまぬ」と呟いた後、ダンケルフェルガーの第一夫人とハンネローレに挨拶をする。
「フェルディナンド様、こちらをどうぞ」
ディートリンデが話し込んでいる様子を見たブリュンヒルデの指示ですぐにフェルディナンドの席が準備されて、お茶とお菓子が出された。養父様のお茶とお菓子も同時に入れ替えられて、養父様はお茶とお菓子を一口ずつ口に入れる。
「あぁ、エーレンフェストの味だな」
一口お茶を飲んだフェルディナンドがしみじみとした口調でそう言った。アーレンスバッハでは日常的に飲まれるお茶の種類が違うらしい。フェルディナンドが一番好んでいるお茶の葉入りのカトルカールが準備されているけれど、それは少し食べた後、ユストクスとエックハルト兄様に下げ渡された。
「ユストクス、エックハルト。久し振りの故郷の味だ。其方等も味わえ」
「恐れ入ります」
フェルディナンドにとってまだ安心できるエーレンフェストのスペース内にいる間に、二人に束の間の休息を与える意味もあるのだろう。ユストクスとエックハルト兄様が下げ渡された皿と共に少し後ろへ下がる。
アーレンスバッハから同行してきている護衛騎士を背後に立たせたフェルディナンドはゆっくりとお茶を飲みながら第一夫人へ視線を向けた。
「先程エーレンフェストとの共同研究を拝見しましたが、ダンケルフェルガーにあのような古い儀式が今も尚残っていることに驚きました。今回の研究で祝福を得ることに成功するようになったのは、実に素晴らしいと思います」
古い儀式を知っていても、貴族院でルーフェンから教えられていることを知らないらしいフェルディナンドの言葉にわたしは首を傾げる。
「フェルディナンド様はダンケルフェルガーの儀式をご存知ないのですか? ルーフェン先生はいらっしゃったのですよね?」
わたしの質問にフェルディナンドが「知らぬ」と首を振れば、ハンネローレが教えてくれた。
「わたくしも今回の研究の過程で初めて知ったのですけれど、騎士コースの先生の一人が退任されてルーフェン先生に采配が任されるようになってから教えられるようになったそうですよ」
「若い世代ならばどの領地でも知っている舞だそうなので、見学客は成人している騎士達にも教えて魔獣狩りを少しでも楽にしたいものだ、と話し合っていました。ダンケルフェルガーの影響力がまた強まるのではございませんか」
フェルディナンドがそう付け加えると、養父様も深く頷いた。
「エーレンフェストでも来年の冬の主討伐の前には何とか会得したいものです」
養父様によると、わたし達から情報が入るので試してみたけれど、今年は祝福を得るのに成功しなかったらしい。主力の騎士達の大半が舞を覚えるところから始めなければならないので、すぐには祝福を得られないようだ。
「ダンケルフェルガーの寮でも儀式の成功率は八割程度のようですよ。領地の成人達はほとんど成功するようになりました。儀式の成功率は奉納する魔力量によるのではないか、と考えられています」
第一夫人によると、貴族院からの情報で領地でも祝福を得るための儀式が行われているらしい。その度にディッターになるし、効率よく奉納するためには神具を得るのが良いかもしれないと神殿にアウブを始めとした騎士達が大勢で押しかけようとして非常に大変なことになったそうだ。
「それはまた、神殿側の心労が思いやられるな。そうは思わないか、ローゼマイン? その頃はちょうど奉納式の時期であろう?」
フェルディナンドの言葉に、自分がダンケルフェルガーの神殿長ならば、と考える。これまで貴族から全く見向きもされなかった神殿、それも奉納式の最中という期間に「神具を寄越せ」とアウブを始めとした騎士達が大勢押しかけてくるのである。心臓麻痺ではるか高みに上がってもおかしくない。
「本当に、あの時は何という大変なことをしてくれたのか、とローゼマイン様をお恨みしたい心境でした」
……ごめんなさい。マジでごめんなさい。そんなつもりはなかったの。
少し遠い目をしている第一夫人とダンケルフェルガーの神殿長に心の中で謝り倒していると、「ローゼマインを恨む?」とフェルディナンドに睨まれてしまった。
思わず固まったわたしの代わりにハンネローレが「ダンケルフェルガーが暴走しているだけでローゼマイン様は悪いことはしていないのですよ、フェルディナンド様」と執り成してくれる。
……さすがハンネローレ様!
わたしが感動したのは一瞬だった。
「あの儀式で祝福を得られるようになったのはローゼマイン様の功績なのです。形式だけになってしまっていた儀式をローゼマイン様が真似て、ライデンシャフトの槍で魔力を奉納した途端、祝福の光の柱が立ちました。そして、強力な祝福を得られたため、ダンケルフェルガーが儀式を復活させようと躍起になったのです」
……のおおぉぉっ! ハンネローレ様、止めてぇっ! フェルディナンド様の目が怖いっ!
「ほぅ? 手紙にはそこまで詳細に書かれていなかったが、ローゼマインは大活躍だったのだな」
「はい。ローゼマイン様が行ったエーレンフェストの奉納式も素晴らしかったです。ツェントもお喜びでした」
……お願い。もう、止めて。
奉納式に関しては怒られないように当たり障りのない部分しか書いていないのに、夕食前に怒られそうな要素が増えるのは非常に困る。
「フェ、フェルディナンド様! 全ての領地にご挨拶に向かわなければならなくて、大変お忙しいのですよね!? これ以上お引き留めしては悪いですし……」
「案ずるな、ローゼマイン。ディートリンデ様が動かぬうちはどうにもならぬ。それよりも、私は君が何をしていたのか知りたい。手紙ではよくわからぬことも多かったからな」
隠していることがたくさんありそうだな、と目が口ほどに物を言っている。養父様とハンネローレから話を聞き出そうとするフェルディナンドにすぅっと血の気が引いていく。養父様には詳細な報告書を提出しているし、ハンネローレは大半のやらかしに同席しているのだ。
……まずい。誰か助けて!
「こちらは何のお話をしていらっしゃいますの?」
騎士達との話が一段落したのか、ディートリンデがテーブルの方へやって来た。ハンネローレがニコリと微笑んで、「共同研究のお話です」と答えると、深緑の目をキラリと輝かせた。
「アーレンスバッハの研究はフェルディナンド様の弟子によるもので、図書館の魔術具をいかに少ない魔力で動かすかというところに着眼したことから始まっています。政変の後、中級貴族のソランジュ先生お一人では不可能だった魔術具を維持するための研究で、資料の保存という観点から王族にも非常に注目されているのですよ」
……それ、わたしが書いた報告書そのまま。しかも、個人で図書館を持つためには非常に有益でなくてはならない研究って、一番大事な部分が抜けてるんだけど。
「恐れ入りますが、ディートリンデ様。わたくし達がお話ししていたのはダンケルフェルガーとエーレンフェストの共同研究についてなのです」
アーレンスバッハの研究については別に聞いてないし、話題に上がっていない、ということを第一夫人に指摘されたディートリンデは「まぁ!」と目を丸くした。
「きちんとアーレンスバッハの研究について説明してくださらないと困りますわ、フェルディナンド様」
……はい?
ぽかんとする皆の視線を集めながら、挨拶回りで大変忙しいはずのディートリンデはエーレンフェストの側仕え見習い達に席を準備させると、アーレンスバッハの研究自慢を始めた。
「そういうわけで、声を録音する魔術具もございまして、わたくし、アーレンスバッハの研究で熱い愛を語られているのです。ホホホ……」
熱い愛を語っているのはシュミルのぬいぐるみじゃないですか、と心の中でツッコミを入れてしまうわたしと違って、第一夫人ははっきりと声に出した。
「アーレンスバッハの研究ではなく、エーレンフェストとの共同研究とおっしゃるべきではございませんか? あまり聞こえの良いものではございませんよ」
「あら、わたくしの婚約者であるフェルディナンド様の弟子による研究ですから、アーレンスバッハの研究に等しいのです」
第一夫人の笑顔に何とも言えない困惑が混じった。ちらりとわたしを見る目が「研究成果を盗られているのでは?」というものになっている。ダンケルフェルガーとはきっちり交渉したのに何をしているの、と思われているのだろうか。
ここでアーレンスバッハにしてやられていますというふうに受け取られるわけにはいかない。わたしはニコリと第一夫人に微笑んだ。
「アーレンスバッハとエーレンフェストの共同研究がどのようなものなのか、ぜひ足を運んでご確認くださいませ。わたくしの側仕え見習いや騎士見習いが頑張ったのですよ」
「……文官見習いではなく? 共同研究ですよね?」
第一夫人が一層困惑した理解しがたい顔になってしまった。領地対抗戦で展示する研究は文官見習いの物であることが当たり前だが、魔術具を可愛いぬいぐるみにしたのはリーゼレータだし、愛の言葉を吹き込んだのはラウレンツなので、嘘は全く吐いていない。
「可愛らしいシュミルのぬいぐるみがエーレンフェストの目印です」
「そうそう、ローゼマイン様の言葉で思い出しました。フェルディナンド様にお願いしてもらおうと思っていたのです」
ポンと手を打ったディートリンデが「フェルディナンド様」と声をかける。ディートリンデの自慢話の相手をわたしと第一夫人に任せ、養父様とハンネローレから色々と聞き出し始めたところで声をかけられたフェルディナンドは作り笑いで「何か?」と首を傾げた。
「先程もお願いした通り、わたくし、あのシュミルのぬいぐるみが欲しいのです。ライムントもフェルディナンド様も、ローゼマイン様の物だとおっしゃったでしょう? ですから、快く譲っていただけるようにお願いしてくださいませ。わたくしのお願い、叶えてくださるでしょう?」
愛を囁くシュミルが欲しくて、ライムントとフェルディナンドに一度頼んで断られた後らしい。フェルディナンドだけではなく、その場にいた全員が目を瞬いてディートリンデに注目する。
「エーレンフェストが準備した展示物、なのですよね?」
第一夫人に訝しげに確認されて、わたしはコクリと頷いた。欲しいと言われても困る。あれはレティーツィアに贈るためのシュミルなのだ。
「ディートリンデ様。大変申し訳ございませんが、あれはもうお譲りする方が決まっているのです」
「では、その方に交渉いたします。どなたにお譲りになるのかしら?」
絶対に譲らない姿勢を見せたディートリンデにハンネローレがおずおずと声をかけた。
「あの、ディートリンデ様。シュミルのぬいぐるみでしたら、御自身の側仕えに作らせればよいのではございませんか?」
「まさかアーレンスバッハの側仕えにぬいぐるみを作れる者がいない……というわけではございませんよね?」
第一夫人の追い打ちにディートリンデがツンと視線を逸らして顎を上げた。
「普通のぬいぐるみならばそうします。けれど、あれは展示品であることからわかるように、魔術具ですもの。設計図や権利を次期アウブであるわたくしより先にローゼマイン様がライムントから取り上げたのです。共同研究だからといって次期アウブにも相談せずに、本当に困ったこと」
「研究者からの買取りは本人と行うもので、次期アウブの許可はもちろん、アウブの許可も必要ないではありませんか。わたくしはきちんとライムントにお金を払って買い取りましたし、取り上げてなどいません」
わたしは即座に反論した。否定しなければディートリンデの主張が通ってしまう。第一夫人の表情が何とも微妙なものになった。周囲の反応をゆっくりと見回したフェルディナンドが一見甘く見える笑みを浮かべる。
「ディートリンデ様。譲る先が決まっている物をそのようにねだられれば、周囲は困惑します」
少しは空気を読んで我儘を控えろ、という言葉はディートリンデだけに通じなかったらしい。不満そうな顔になって、フェルディナンドを睨む。
「フェルディナンド様、わたくしが欲しいと言っているのですよ。婚約者ならば少しはお願いを叶えてくださいませ」
「……わかりました。魔術具さえ手に入れば良いとおっしゃるのでしたら、アーレンスバッハで工房を得た後で私が作ると約束しましょう。悪いが、ローゼマイン。工房を得たら設計図を送ってほしい」
……魔術具を作るから工房を寄越せということですか。
我儘に応えるように見せかけつつ、自分の隠し部屋兼工房を手に入れようとしているフェルディナンドの意図に気付いて、わたしも笑顔で後押しする。
「フェルディナンド様が工房を得たらご連絡くださいませ。すぐにお手紙で設計図を送ります」
「まぁ、婚約者がわざわざ作ってくださるなんて素敵ですこと。よかったですね、ディートリンデ様」
ハンネローレが微笑んでその場を丸く収めてくれたのに、ディートリンデは嬉しそうな笑顔にはならず、首を振った。
「フェルディナンド様が工房を得られるのは星結びの後のことですもの。ずっと先のことではありませんか。わたくし、他の誰かが手に入れるより先に、今すぐ欲しいのです。ローゼマイン様は設計図をお持ちなのですから、作り直せばよろしいでしょう?」
円く収まりそうだった空気がぶった切られてしまい、フェルディナンドはこめかみを軽く叩きながら溜息を吐き、第一夫人とハンネローレが気まずそうに顔を見合わせる。
「ディートリンデ様はいつもこのようにエーレンフェストに要求されていらっしゃるのですか?」
「当然ではありませんか。わたくし、アーレンスバッハの次期アウブですもの」
第一夫人が額を押さえてしまった。その様子を見たフェルディナンドは片方の眉を軽く上げて微笑み、養父様も軽く肩を竦める。
そんな中、リーゼレータがわたしの背後にしゃがみこんで、わたしだけに聞こえる様な声をかけてきた。
「ローゼマイン様、展示中のシュミルはディートリンデ様に差し上げてはいかがですか? わたくし、また作りますよ」
「リーゼレータ……」
「フェルディナンド様がお困りの姿を見ているのもお辛いでしょう?」
わたしがコクリと頷いた。わたし一人ではなかなか作れないけれど、リーゼレータが作ってくれるならば、フェルディナンドに困った顔をさせるよりはシュミルを渡す方がマシだ。
「領地対抗戦が終わったら差し上げます。おっしゃる通り、お譲りする分は作り直しましょう」
「まぁ、嬉しいこと」
ディートリンデが華やいだ声を上げて喜び、フェルディナンドは「すまぬ、ローゼマイン」とわたしに詫びる。
「フェルディナンド様はお気になさらないでくださいませ。わたくしの側仕えはとても器用ですから、また新しいのを作ってくれます」
「だが……」
フェルディナンドにそういう顔をしてほしいわけではないのだけれど、上手くはいかない。どうしようかと思っていると、ハンネローレがニコリと微笑んだ。
「わたくしはまだ拝見していませんが、そのシュミルがまたエーレンフェストの新しい流行になるかもしれませんね」
「えぇ。エーレンフェストの流行といえば髪飾りですけれど、ディートリンデ様はお使いにならないのですか? レスティラウトが注文していた髪飾りも今朝拝見しましたけれど、見事でしたよ」
その場を和ませるためのハンネローレの言葉に第一夫人が微笑んで頷き、シュミルから髪飾りへ話題を変える。
「もちろんフェルディナンド様に贈っていただきましたけれど、皆様にお見せするのは明日の卒業式です。今日つけてしまうと、驚きが減ってしまうでしょう? 明日を楽しみにしていてくださいませ」
……いや、驚かせなくていいと思うよ。
「わたくし、次期アウブとして恥ずかしくない装いで卒業式には参りますから」
得意そうにディートリンデが胸を張っているところへオルドナンツが飛んで来た。何人もいるため、誰に向かって飛んできたオルドナンツなのかわからなくて、席に着いている皆が軽く手を差し出す。白い鳥はわたしの手に降り立った。
「ローゼマイン様、これは一体どういうことですの!? このような言葉が入っているなど、わたくしは報告を受けていませんよっ! エーレンフェストはアーレンスバッハを騙すおつもりなのですね!」
キンキンとしたフラウレルムの大きな声がたっぷり三回響いた。耳を押さえながら聞くくらいでちょうど良い声量だ。声は聞こえるけれど、何を言っているのかよく理解できない。
「君は何か報告を怠ったのか?」
「フラウレルム先生には全て報告したはずなのですけれど……何が起こったのでしょう?」
「あの、ローゼマイン様。発言をお許しいただけますか? その、もしかしたら、なのですけれど……」
リーゼレータに許可を与えると、「あのシュミルの最後のお言葉ではございませんか?」と言った。
「展示するために今朝ミュリエラが持って行きましたが、最初の一言、二言を聞いただけでフラウレルム先生は最後まで確認していなかったのかもしれません」
「最後に何かあるのか? 私は今朝ライムントから説明を受けて、ずいぶんと馬鹿……変わった言葉を吹き込んだものだ、と頭を抱えていたのだが……」
つらつらと愛の言葉を語るシュミルのぬいぐるみだと説明されて、最初の一言でフェルディナンドはギブアップしたらしい。全部で十種類あると聞かされ、男の声で語られる愛の言葉を最後まで聞くために魔力を割く気にならなかったそうだ。
「あの愛の言葉は貴族院の恋物語から抜粋されている物なのです。ですから、最後には貴族院の恋物語を始めとしたエーレンフェストの本の宣伝を入れました」
自分で吹き込んだ宣伝文句を述べると、「そのような宣伝がアーレンスバッハ展示品から流れるなんて……」とディートリンデが目を吊り上げて席を立ち上がった。
「わたくし、失礼いたします! 他の領地にもご挨拶に向かわなくてはなりませんもの! 参りましょう、フェルディナンド様」
なんで最後まで確認しなかったかな? と思いつつ、憤然と歩き始めたディートリンデの後姿を見ていると、クッと小さく笑い声を漏らしながらフェルディナンドが立ち上がった。
「あれだけアーレンスバッハの研究だと胸を張っていた中でエーレンフェストの本の宣伝が流れたのか。まったく君は……。本当に何をしでかすか予測できぬな」
フェルディナンドが歩き出しざま、「大変結構」とわたしの頭に軽く手を置いた。