Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (510)
王族との社交
思い付きで本の宣伝を入れただけの棚から牡丹餅的な大変結構だけれど、褒められたことに変わりはない。
……大変結構だよ。うふふん。
最後に小さく笑っていたフェルディナンドの表情と頭に軽く乗せられた手の感触を思い出しながら喜びに浸っていると、ハンネローレがわたしを見ながら不思議そうな顔で頬に手を当てた。
「ローゼマイン様はずいぶんと嬉しそうですね」
「えぇ。大変結構をいただけたのですもの。フェルディナンド様は寮内全員の座学初日合格を達成するとか、決して成績を落とさずに最速で講義を終えるといった成果を残さなければ大変結構と褒めてくださることがないのです。アーレンスバッハに行ってしまい、もうお手紙でしか褒めていただけないと思っていたので、本当に嬉しいのです」
わたしとしては「それはよかったですね」という微笑ましい感じの反応を期待していたのだが、第一夫人とハンネローレの表情は引きつった。
「どうかなさいました?」
「……いいえ。大変厳しい指導に驚いたのです」
第一夫人が困ったように笑いながら、言葉を何とか絞り出すようにしてそう言った。今に始まったことではないので、もはや感覚が麻痺していたけれど、フェルディナンドの指導は「大変結構」ではなく、「大変厳しい」だったようだ。
……あ、もしかしたらまたわたしが虐げられてると思われたかも!?
「あ、あの、厳しく聞こえるかもしれませんが、慣れれば平気ですよ。アーレンスバッハに向かう前は別れを惜しんでくれたのか、課題をこなすたびに読んだことがない新しい本を読ませてくださいましたもの。フェルディナンド様は実はとってもお優しいのです」
ちょっと厳しいけど怖くはないよ、わたしが一生懸命にフェルディナンドの優しさアピールをしていると、養父様がククッと笑って軽く手を振った。
「その読んだことがない本を読むことが次の課題ですから、褒美と捉えられるローゼマインでなければフェルディナンドの指導にはなかなかついて行けないでしょう」
……なんと!? 実技的な課題が終わったら「明日までに読まなければ次の課題が始まるぞ」と言われて渡されていたから、フェルディナンド様からのご褒美だと思ってたのにそれが課題だったなんて!?
初めて知った衝撃の事実に目を見開いていると、黒いマントの集団がこちらに向かって来るのが見えた。先頭にいるのはアナスタージウスだ。去年は一緒だったエグランティーヌの姿が見えないのは、教師としての仕事があるからだろうか。ちょっと寂しい。
「あら、王族がいらっしゃったようですから、ご挨拶を終えたらわたくし達はここで失礼しましょう」
第一夫人とハンネローレが席を立ち、場を王族に譲ろうとした。その途端、アナスタージウスがスッと手を動かす。
「待て。ダンケルフェルガーの第一夫人にも話しておきたいことがある」
挨拶をしても退席は許されず、ダンケルフェルガーの二人はもう一度座り直すことになってしまった。円いテーブルで、アナスタージウスの右隣に養父様、左隣が第一夫人である。わたしは左に養父様、右にハンネローレという席順だ。
「ローゼマイン、すまぬが、あの風の盾を張れるか? その上で範囲指定の盗聴防止の魔術具を使う。其方等、控えよ」
アナスタージウスが自分の側仕えに魔術具を準備させている傍らで、わたしはシュツェーリアの盾を張る。特に害意や敵意はないのだろう。付近にいた者は誰も盾に弾かれなかった。それでも、お茶やお菓子の準備を終えた側仕え達はもちろん、護衛騎士も盗聴防止の魔術具から出るように、とアナスタージウスは言う。
「護衛騎士も下げるのですか?」
「……あぁ。其方等ならば理由は察せられよう」
先日のディッターに乱入してきた中央騎士団のことを示しているのだろう。報告がきちんと行われているようで、第一夫人も養父様もすぐに了承し、側近達を控えさせる。側近達が全員出たのを見て、第一夫人が口を開いた。
「ずいぶんと厳重ですけれど、何のお話でしょう?」
「まずは其方等への苦言だ。私は本人達に何度となく注意したつもりなのだが、全く改善が見られぬ。呼び出すか否か悩みつつ、保護者がやって来る領地対抗戦を待っていたのだ」
そして、今日、クラッセンブルクとの話を終えた時にちょうどダンケルフェルガーとエーレンフェストが一緒にいるのが見えたため、これ以上の機会はないと思ってやって来たらしい。
……えぇーと、つまり、問題児の保護者呼び出し? あ、そういえば、去年はターニスベファレンの騒動で呼び出しがあって、養父様じゃなくてフェルディナンド様が来てたよね。なんだか懐かしい。
去年のことがはるか昔のことのように思える。懐かしさに浸りつつ周りを見回すと、養父様も第一夫人もハンネローレもこれから始まる王族の苦言を前に顔を強張らせ、身体を緊張させていた。周囲の緊迫感で嫌でも自分の場違い感に気付いたわたしも急いで神妙な顔を作る。
「さすがに其方等もわかっているであろうが、ダンケルフェルガーとエーレンフェストが問題を起こしすぎている。いくら貴族院が子供の成長を促すために親の干渉を控える場だとしても、もう少し何とかならないか? 特にローゼマインとハンネローレ、二人の領主候補生が入学してから問題が毎年のように発生し、年々規模が拡大しているではないか」
わたし達の入学前はダンケルフェルガーとエーレンフェストの間に争いはなかったし、複数の領地を巻き込んだ諍いもなかった。ついでに、エーレンフェストも順位を一気に上げることがなかったので、中小領地も今ほど雰囲気がギスギスしていなかったそうだ。
「アナスタージウス王子、質問しても良いですか?」
「何だ?」
話の腰を折るな、と言いたげなグレイの目で見られたけれど、許可は得られた。
「ダンケルフェルガーとエーレンフェストの間の争いというのはディッターのことですか?」
「他に何がある?」
「それを理由にわたくし達が叱られるのは納得できません」
わたしの言葉に養父様が「ローゼマイン、王族に反論するな」と急いでわたしを押さえようとする。顔色を変えている養父様と目を合わせながら、わたしは首を振った。
「養父様、相手が王族でも上位領地でも、こちらの言い分をひとまず主張しておかなければ相手に伝わらないではありませんか。何を言われても押し黙っているから、無駄に誤解されて悪い噂が広がって、さも真実のように言われるのです。勝手な解釈をされる前に主張するのは大事だと思いますし、これでも一応相手は選んでいるつもりです」
わたしが席に着いているメンバーを見回しながらそう言うと、「相手を選んで、王族とダンケルフェルガーか!?」と養父様は悲鳴のような声を上げた。
「はい。アナスタージウス王子は直接意見を交わさずに人を介していたことで、エグランティーヌ様とお心を通わせることができないでいた経験がございますし、ダンケルフェルガーの第一夫人とは先程情報や前提条件の共有の大事さを理解し合ったところではありませんか」
さすがに誰にでもここまでぶっちゃけるわけではない。養父様とは基準が違うかもしれないけれど、わたしなりに話をしても大丈夫そうな相手を選んでいるつもりだ。基準が間違っている可能性があることは否定しないけれど。
「ローゼマイン、其方の言い分にも一理あるかもしれぬが、もう少しエーレンフェストの立場を弁えてくれ」
「アナスタージウス王子がわざわざ側近を排してくださったのは率直な意見が欲しいからでしょう? 立場を弁えて黙っていることを望んでいらっしゃるのでしたら、このような場を準備する必要はありませんもの」
わたしは盗聴防止の魔術具で区切られた空間とシュツェーリアの盾を指差す。アナスタージウスはものすごく頭の痛そうな顔をしながら、同情に満ちた視線を養父様に向けた。
「アウブ・エーレンフェスト。其方の気持ちは痛いほどよくわかる。だが、ローゼマインの言った通り、私が望んでいるのは率直な意見なのだ。それで、ローゼマイン。叱られることに納得できないというのは?」
「わたくしやハンネローレ様はディッターをしたいと言ったことも、思ったこともございません。そうですよね、ハンネローレ様?」
わたしが同意を求めると、ハンネローレはビクッとした後、「わたくし、ディッターを望んだことはありません」と何度か頷いた。
「一年生の時はアナスタージウス王子がよくご存知でしょう? シュバルツ達の管理者を巡ってレスティラウト様が突然襲い掛かって来たのです。それをルーフェン先生がディッターで収めたではありませんか」
二年目はアウブ・ダンケルフェルガーが印刷の権利が欲しければディッターをしろと迫って来て、フェルディナンドとハイスヒッツェの一騎打ちになった。印刷の権利は欲しかったけれど、できれば話し合いで何とかしてほしかった。三年目は王の許可を得ている婚約を解消しろ、とレスティラウトが勝負を迫って来て、この有様だ。
「わたくしもハンネローレ様も基本的に巻き込まれているだけです。叱るならば上位領地という立場を笠に着て、断れないエーレンフェストにディッターを仕掛けてくるダンケルフェルガーの殿方を直接叱ってくださいませ」
アナスタージウスが何とも言えない顔でダンケルフェルガーの第一夫人を見ながら、「次からは断れ」と力なく言った。
「はい。今までずっと上位領地には逆らうな、と言われていたのですが、先程第一夫人からもディッターをお断りしても良いと許可を得たので、エーレンフェストは二度とディッターをしません。ご安心くださいませ」
わたしが胸を張って「ほら。王族の許可も得ましたから、もう大丈夫ですよ、養父様」と微笑みながら顔を向けると、養父様は頭を抱えて固まっていた。王族と第一夫人からの「お断り許可」が出たのだから、喜ぶところだと思うのだけれど、何故頭を抱えているのだろうか。
「あの、それから、こちらはエーレンフェストだけではなく、下位領地のためのお願いなのですけれど、王族も講義以外のディッターのために貴族院の訓練場を貸す許可を簡単に出さないでください。許可を出す前に下位の領地に事情を聴くくらいの配慮を見せてくださらないと下位領地は断れないのです。事後にお叱り交じりの仲裁ではなく、事前に意思確認をしてくださると非常に助かります」
ディッターをしたくて仕方がないダンケルフェルガーが場を整え、最も騎士コースで権力のあるルーフェンが嬉々として王族に許可を取りに行くのだ。そこに本当は勝負なんてしたくない下位領地の意見が上がることはない。
「アウブ・エーレンフェスト。ローゼマインはこう言っているが、本当に下位領地は事前の意思確認をした方が助かるのか?」
「……それは、確かに助かります。意見を聞いていただけても、上位領地との関係上、正直に言えずに勝負を受ける結果になることもあるでしょう。けれど、少なくとも王族に守られている実感を得るでしょうし、意見を聞こうとしてくださる姿勢に感謝します」
養父様の意見にアナスタージウスは「ふむ。参考にしよう」と頷いた。これで少しはディッターの犠牲者が減るはずである。
「それから、ディッターに中央の騎士が乱入した件は詫びる。あの騎士達はツェントのために王族が聖女を得るべきだと主張して勝手な行動をした。ただ、ダンケルフェルガーに求婚されて困っているローゼマインを助けたい、とヒルデブラントが言っていたのは事実なので、ヒルデブラントの願いを王族の命令と拡大解釈したのでは? という見方もある。もちろん、ツェントの命令ではない上に、中小領地を巻き込んだのだから処罰の対象であることに変わりはない。厳罰に処す予定だ」
だが、突然騎士達が三人もそのような暴挙に出た理由がわからない、とアナスタージウスが溜息を吐いた。中央騎士団でも中枢にいて、王が最も信頼している内の三人だったそうで、彼等の暴走に一番ショックを受けたのは王だったそうだ。
乱入してきた騎士達の話題にわたしは養父様と顔を見合わせた。トルークの話をする絶好の機会だ。
「アナスタージウス王子、トルークという植物をご存知ですか?」
「ローゼマイン! 後で良い」
養父様はダンケルフェルガーの二人が同席しているのを見てそう言った。けれど、わたしは首を振った。
「今しかないと思いますよ。中央騎士団をツェントが信用できなくなり、ユルゲンシュミットで大きな変事があった時はダンケルフェルガーの騎士達以上に頼れる者はいないでしょう。全てがディッターに繋がるところは困りものですけれど、あの強さは本物で他の領地の追随を許しません」
去年の強襲を受けた時の迅速な対応と舞による祝福を受けられるようになったことから考えても、ダンケルフェルガーには事情を知っていてもらった方が良い。ここにいるのは全てをディッターに繋げるアウブではなく、男達の後始末や事前準備に奔走しなければならない第一夫人なのだ。
「わたくし、トルークに関してはあまり詳しくないので、説明は養父様にお任せいたしますね」
エーレンフェスト内の事情をどれだけ口にしても良いのかわからないので、当たり障りのない理由を口にしながら発言の場を養父様に譲る。
「トルークなど私は聞いたことがないが、ダンケルフェルガーは知っているか?」
「いえ、存じません。どのような植物なのでしょう?」
第一夫人とアナスタージウス王子の視線を受けて、胃の辺りを押さえていた養父様が意を決したように顔を上げた。
「トルークは乾燥させたものを火にくべて使うと、甘ったるい匂いと共に、記憶の混濁、幻覚症状、陶酔感を覚えるような強い作用のある危険な植物だそうです。……ディッターの乱入後、アナスタージウス王子にご挨拶をした騎士見習いから、捕らえられた騎士よりトルークの匂いがした、と報告を受けました。中央騎士団で使われたことから、中央の中枢にトルークを使う者がいる可能性が高いと思われます」
アナスタージウスも第一夫人も大きく目を見開いた。
「トルークについて詳しく述べよ、アウブ・エーレンフェスト!」
勢いよく説明を求められたけれど、養父様はゆるく首を振った。
「エーレンフェストも詳しくは存じません。エーレンフェスト内で他領と通じた反逆者が密会の場で使用していて、反逆の証拠となる記憶が取れなかったことがございます。今回気付いた騎士見習いは、両親と共にその密会に呼ばれ、未成年であることを理由にすぐにその場を離れた者でした。夏なのに暖炉をつけていて甘ったるい匂いが部屋中に充満していたというその者の証言と、反逆者達の記憶の混濁から文官の一人がトルークではないか、と気付いたのです」
気付いた文官は五十歳を超えていて、彼が貴族院に在学している期間に退任した薬草学の先生に教わったらしい。
「付近にはないので使われることはないだろうけれど覚えておくように、と言われたそうです。原産地もわかりませんし、エーレンフェストには存在しないと言っていました。彼以上の年齢の文官で、特殊な薬草に関する講義を取っていた者から詳しい話を聞くか、中央の膨大な資料から調べるなどしてください。エーレンフェストにはこれ以上の情報はございません」
アナスタージウスは「そうか」と頷きながら、養父様を強い目で見た。
「アウブ・エーレンフェスト、反逆者が他領と通じていたと言ったが、その他領とはどこだ? それが最も重要な情報であろう」
場に緊張が走る。数秒の沈黙の後、養父様は口を開いた。
「……私の姉であるゲオルギーネが第一夫人として君臨するアーレンスバッハでございます」
この答えでエーレンフェストと繋がりを持って反逆を試みることができるアーレンスバッハの者が誰なのか、通じたのだろう。重い沈黙が広がった。
「アナスタージウス王子、私がお伝えできる情報は以上です」
「……協力に感謝する。エーレンフェストの貢献はもはや計れぬな」
フッとアナスタージウスが息を吐いた。そして、先日の奉納式で得た魔力のおかげでいくつもの重要な魔術具を動かせるようになったことを教えてくれる。色々なところに魔力を注いで、ここ数日はツェントも少し休むことができたらしい。
「父上がローゼマインと儀式を大事に守ってきたエーレンフェストに感謝していた。望めば来年はずいぶんと順位が上がるであろうが……アウブ・エーレンフェスト。其方はどう考える?」
アナスタージウスはじっとグレイの瞳で養父様を見つめる。アウブ・エーレンフェストとして適切な答えが返せるかどうかを見極めるような静かで厳しい目だ。養父様は真っ直ぐに深緑の目で王子を見返しながら口を開いた。
「……領地の順位は現状維持でお願いいたします。王族やダンケルフェルガーから指摘があった通り、エーレンフェスト内にはまだ上位領地として動ける貴族がほとんどいません。エーレンフェストとやや距離を置きながら上位領地と付き合ってきたフェルディナンド、そして、彼に教育されたローゼマインとその側近くらいでしょう」
順位が上がると更に上位領地としての振る舞いを求められるが、今はエーレンフェスト内をまとめるのにも苦慮している状態で、とても外交に力を割く余裕がない、と養父様が述べる。
「エーレンフェストの貢献は、以前の政変でツェントにお力添えできなかった部分を補うという形に収めていただきたく存じます」
「……悪くない案だ。持ち帰り、ツェントと相談する」
次の領主会議では順位を上げない代わりに、これから先のエーレンフェストを政変の勝ち組領地と同じ扱いにしてほしい、という養父様の願いにアナスタージウスが軽く頷いて了承した。
「それから、こちらは王族からの依頼なのだが、領主会議の期間、ハンネローレとローゼマインを貴族院の図書館に日参させてほしい」
その時期に王族が図書館を訪れる必要があるため、鍵の管理をしているわたし達の協力が欲しいそうだ。
「わたくしは構いませんけれど、中央の上級文官に鍵の管理者を変更するのではないのですか?」
「そうするつもりだったのだが、叛意や害意を今更疑う必要もなく、領主会議に加わることがない其方等に任せるのが一番良いという結論に達した。頼まれてくれるか?」
中央騎士団がトルークで操られたのだ。次は文官が同じような状態にならないとは言えないのだろう。わたしが「お任せください」と力強く引き受けると、少し考え込んでいたハンネローレもコクリと頷いた。
「わたくしも詳しく調べたい儀式がございますし、ローゼマイン様ほど古い言葉に堪能ではございませんが、王族のお役に立てるならば喜んで協力いたします」
わたし達の返事を聞いて、アナスタージウスは保護者に視線を向ける。養父様と第一夫人は了承して頷いた。
「アナスタージウス王子、わたくし、書庫に入っても良いのですよね?」
それが一番重要なことだ。わたしがわくわくしながら尋ねると、アナスタージウスは養父様をじとっと見ながら「もちろんだ」と頷いた。
「領主会議の期間であれば、私が自ら其方を摘まみ出さなくても、保護者がその役目を担えるであろう」
側近の入れない書庫に籠って、王子二人に迷惑をかけた件を口にされ、わたしはひぃっと息を呑み、養父様は蒼白になって謝罪し始める。
「本しか目に入らぬ馬鹿娘がお二人の王子に大変お手数とご迷惑をおかけしたと伺っています。誠に申し訳ございませんでした。こちらでもできる限り気を付けていますが、エーレンフェストを支える最高神と五柱の大神から一柱が欠けた影響があまりにも大きいのです。ゲドゥルリーヒが欠けて大暴れしているエーヴィリーベを宥めるための知恵をいただきたいと切に願っています」
平謝りする養父様の言葉にアナスタージウスがものすごく苦い顔でわたしを見ながら「これの手綱はフェルディナンドか」と呟いた。
……ん? どういう意味?
首を傾げるわたしと違って意味が通じ合っているらしいアナスタージウスと養父様が、わたしを見ながら額を押さえる。
「なるほど。そういうことであれば、其方の言い分もわかるが、そこはもはや如何ともし難い。先に向かったアーレンスバッハの文官達によると、アレは一人でずいぶんと執務をこなしているそうだ。アーレンスバッハの状況が上向く日は近いと喜んでいた」
アーレンスバッハに潰れられるのは困る、とアナスタージウスが首を横に振った。今のところ、アーレンスバッハの海にあるのが唯一開いている国境門なのだそうだ。グルトリスハイトが失われている今、他の国境門を開けることもできず、他国との取引はアーレンスバッハが一手に引き受けている。そして、逆に何かあっても国境門を閉めることもできない。
「他国とも何か問題があるのですか?」
「……ランツェナーヴェとの諍いが起こるかもしれぬ、とは思っている」
言葉を選ぶアナスタージウスの様子に、わたしはフェルディナンドからの手紙でアダルジーザの姫がやって来るという情報があったのを思い出した。
「其方等にはあまり関係がないことかもしれぬが……」
確かにアダルジーザの離宮に姫がやって来ること自体は、わたしにもエーレンフェストにも関係ないだろう。けれど、アダルジーザの実であるフェルディナンドが窓口になるアーレンスバッハにいるのだ。完全に無関係というわけでもない。
「アーレンスバッハにはフェルディナンド様がいらっしゃるのです。エーレンフェストも無関係ではありません。何かあればお知らせくださいませ。わたくし、絶対にフェルディナンド様を助けに参りますから」
「其方が向かえば事態が拡大する様子しか見えぬ!」
何故かアナスタージウスと養父様の言葉が重なった。