Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (512)
フレーベルタークとの社交とディッター
「ローゼマイン様、今年はやはり祝福をいただけないのでしょうか? 今年もフラウレルム先生の妨害があるかもしれません」
午後からディッターを行う騎士見習い達を代表して、レオノーレが一歩前に進み出てそう言った。去年のフンデルトタイレンに苦戦していた皆の姿が思い浮かび、同時に、不安そうな目ですがるように自分を見てくる騎士見習い達が見える。けれど、もう祝福を与えるつもりはない。わたしは首を横に振った。
「祝福などない訓練中の模擬戦でも六位だったのでしょう? 実力で問題ありませんし、わたくしに頼りすぎるのは皆の成長のためになりません」
かしこまりました、とレオノーレはあっさりと引き下がった。一応言ってみただけという様子のレオノーレと違って、コルネリウス兄様は「何故今年は祝福をしないのですか?」と首を傾げる。
「ダンケルフェルガーが祝福を得られるならば、こちらも祝福をした方が良いと思われます。ローゼマイン様の祝福があるのとないのではずいぶんと違いますよ」
「ダンケルフェルガーでは皆で協力し合って自力で祝福を得ることができるようになったのです。エーレンフェストだけがいつまでもわたしの祝福をあてにしているようでは困ります」
……それに、エーレンフェストの順位は上げない方針になったみたいだし。
盗聴防止の魔術具が使われている中で言われたことだし、皆の士気に関わるので口には出さず、わたしは心の中だけで付け加える。
「今日のディッターの最後にはダンケルフェルガーの成人騎士達によって実演が行われるでしょう? それを見れば他領でも真似ます。皆が自力で得られるように努力する方向に進むのですから、エーレンフェストも同じように頑張ってほしいと思っています。そうでなければ、加護を得るための研究をしたエーレンフェストの騎士見習いが一番加護を得られないという結果になる可能性もありますから」
卒業式の後で希望者には加護の儀式をやり直す、と王が言ったし、エーレンフェストに戻れば儀式のやり直しはできる。けれど、いくらやり直したところでお祈りや奉納が足りなければ意味がない。
「魔力の奉納量が成功の鍵だという情報も得ています。自分達で祝福を得られるようになってくださいませ」
「はっ!」
力強く騎士見習い達が頷くのを見ていたアンゲリカが「ローゼマイン様、その儀式をすればわたくしも強くなれるでしょうか?」と呟いた。皆が自力で祝福を得て強くなるというところに興味を引かれたらしい。
「祝福を得られればその時は強くなります。ダンケルフェルガーの儀式では複数の神々からの祝福を得ますから。そして、何度も儀式を真剣に行えば神々の御加護を得やすくなります。けれど、御加護を得るためには神々の名前を覚えなければなりませんよ、アンゲリカ」
「覚える……。シュティンルークに代わってほしいです」
神殿での勉強がよほど嫌だったのだろう。アンゲリカが憂鬱そうに息を吐きながら腰に下げられたシュティンルークの魔石を撫でる。相変わらず短剣のような短い鞘だ。これが長剣とは一見しただけではわかるまい。
「たくさんの御加護を得られれば、魔力の消費量が減りますし、シュティンルークがもっと成長するのですけれどね」
シュティンルークを扱うアンゲリカこそ神々の御加護はなるべくたくさんあった方が有利に戦えるはずだ。
「え!? 消費する魔力が少なくてすむのですか?」
初めて聞いたような顔でアンゲリカがわたしを見た。どうやら神々の名の覚え直しは研究の一環で、自分にとってどのような利があるのかを全く理解していなかったらしい。
「ダームエルが説明していたではないか、アンゲリカ!」
「もしかしたら、聞いていたかもしれません。わたくし、これから全力で神々の名前を覚えたいと存じます」
「アンゲリカがやる気になってくれてよかったです」
「……もう少し早くやる気になっていたらダームエルの苦労は半減だったと思うぞ、アンゲリカ」
コルネリウス兄様が「可哀想に」とダームエルに同情の言葉を漏らす。やる気のないアンゲリカに教えていたダームエルはとても大変だったらしい。
わたしはコルネリウス兄様やハルトムートからダームエルの苦労話を聞きながら、領地対抗戦の会場へ向かった。
午前は上位領地が基本的に移動して、仲が良い領地や関係を深めたい領地に挨拶をするのだが、エーレンフェストは午前中に全く移動できていない。これで午後も待機していたら、他領を見て回ることができなくなる。
「エーレンフェストは挨拶に回らなくても良いのですか?」
それぞれの領地で午後からの準備をしているのを見回しながら養父様に尋ねると、養父様はじろりとわたしを睨んだ。
「エーレンフェストが上位領地としての振る舞いを求められている時に下位領地と同じように午後から挨拶回りをするのか? そして、午後から上位領地ともう一度商談をしたい、と、そういうわけか?」
急いでふるふると首を振って否定する。別に商談なんてしたくない。ただ、ちょっと他領の研究や社交場がどんなふうになっているのか覗きたかっただけだ。
「其方はディッターを観戦しながら休憩していろ。すでに王と面識を持った其方が今年も表彰式を欠席するわけにはいかぬからな」
「でも、下位領地が挨拶に来るのですよね? 休憩になるのでしょうか?」
午前と同じことの繰り返しではないだろうか。社交場ではとても休憩をしていられる余裕などなさそうだ。
「……去年の様子から考えれば少しはディッターを見る余裕もあると思いたいが、共同研究の儀式の影響がどのようになっているのかによると思うぞ」
「うぐぅ……」
共同研究には協力者として儀式参加者の名前を載せているのだが、王族と並んで名前が載るような大規模な研究はこれまでほとんどなかったようで、かなり反響があったらしい。特に領主候補生がいなくて、上級文官見習いが代理で参加した領地では領主候補生でも得られなかった栄誉扱いになっているそうだ。
「逆に、シュツェーリアの盾に阻まれた領地にはずいぶんと怒りや恨みを買っている可能性も高い。さすがにこれだけ警戒された場所で何かが起こるとは思わぬが……」
養父様はあちらこちらで警戒をしている中央騎士団を見ながら呟く。強襲を警戒している騎士団の前で騒ぎをわざわざ起こせば、去年のインメルディンクよりもよほど厳しい罰を与えられるだろう。
……二年連続で騒ぎが起きたら、王からも無能と思われるだろうし、中央騎士団も必死だよね。
「では、これよりディッターの後半戦を再開します! 後半戦は少々趣向を凝らしてみました。皆様、どうぞお楽しみください!」
ルーフェンの声によって午後の部の開始が宣言された。
後半戦は去年のエーレンフェストがフンデルトタイレンにてこずったことを踏まえて、敵に趣向が凝らされることになったらしい。珍しい魔物と遭遇した時にどのように対処するのかも大事だから、だそうだ。
「これはエーレンフェストがかなり有利ですね。去年のフンデルトタイレンに引き続き、フラウレルム先生の嫌がらせがあった場合を想定して、全員がかなり勉強していましたよ」
「自分達のところにも出るかもしれない、と魔物について自発的に勉強している領地はあるのでしょうか?」
コルネリウス兄様の言葉にわたしは少し首を傾げる。ダンケルフェルガーならばしていてもおかしくないけれど、彼等は光の柱を立てる儀式の成功率を上げるのに必死だったはずだ。
「アーレンスバッハ!」
後半戦の最初に戦うことになったのはアーレンスバッハで、ヒルシュールが魔獣を召喚する役目らしい。ヒルシュールが一体どんな魔物を出すのか気になって仕方がない。
「養父様、わたくし、前で見て来てもよろしいですか?」
「……構わぬ。重要な客が来れば呼び戻すから、騎士見習い達と一緒に見ていろ」
許可を得たわたしは自分の護衛騎士達と一緒にディッターが見やすい位置に移動した。リヒャルダが去年と同じように台を準備してくれる。それに上がると、去年よりも視界が高くなっているのがよくわかった。
……おおぉぉ、わたし、大きくなってる!
去年よりもよく見える競技場を見下ろすと、藤色のマントが開始位置に待機していて、ヒルシュールがシュタープを出して魔法陣に魔力を流し込んでいくのが見えた。魔法陣がカッと光り、そこに小山のようなタルクロッシュが現れた。
「タルクロッシュ!?」
「ローゼマイン様はご存知なのですか?」
アンゲリカの問いかけにわたしは「えぇ、まぁ……」と曖昧に頷く。ユレーヴェの素材回収で遭遇したことがあるでっかい蛙だ。素材回収をしていたことは秘密なので詳しくは述べられないけれど、タルクロッシュとは戦ったのでよく覚えている。あれも攻撃をすると分裂するのだ。ブリギッテと共に呑み込まれかけたり、ボトボトと小さい蛙が降って来たりした情景を思い出して、ぞわっと全身に鳥肌が立つ。
「去年のフンデルトタイレンと似たような特徴を持っているのです」
見たことがない敵を相手にアーレンスバッハの騎士見習い達が戸惑っているのがわかった。けれど、これは速さを競うディッターだ。まごついていては時間がどんどん過ぎていく。
騎士達が意を決したように様子見の攻撃を加えるが、一定以上の攻撃でなければボヨンと跳ね返されるようで、あまり攻撃が効いているようには見えない。
「行くぞ!」
「おぅ!」
埒が明かないと悟ったのだろう。二人の騎士見習いがぐっと魔力を溜めて剣を虹色に光らせ始める。大魔力を叩きつけるのだろう。二人の騎士見習いが魔力を込め、他は衝撃に備えて盾の準備を始める。二人が剣を振り抜けば、虹色のような複雑な色合いの攻撃が飛び出した。
虹色に光る魔力が二つ、捩じれあいながらタルクロッシュにぶつかり、ドォン! とものすごい音がして、周囲に衝撃を撒き散らしながら爆散する。
「やった!」
「……まだだ! 魔法陣は光っている!」
完全に敵を倒せば消えるはずの魔法陣の光がまだ消えていない。あれで終わったわけではない、と一人の騎士見習いが注意した瞬間、小さくなったタルクロッシュが競技場内に降り注いだ。
「う、うわっ!」
「一匹残らず倒せ!」
騎士見習い達が降って来る小さなタルクロッシュに右往左往しながら倒し始める。小さくなっているのですぐに倒せるけれど、小さくて広範囲に広がっているのでどこにいるのか発見するのも大変だ。
「去年のエーレンフェストと全く同じような状況ですね。……ヒルシュール先生なりの仕返しでしょうか?」
「フンデルトタイレンと違って触れただけで再度合体するわけではありませんし、最小まで細かくしなくても倒せるのですから、かなり楽だと思いますよ」
レオノーレの言葉にユーディットも頷く。
「どうせ仕返ししてくれるのでしたら、フンデルトタイレンをそのままお返ししてくれればよかったと思います。あれは本当に面倒でしたから」
「フンデルトタイレンはアーレンスバッハに生息しているので、同じような特性を持ちながら、彼等が知らない魔獣を出したのでしょう」
マティアスの言葉に「なるほど」と皆が納得しながら競技場を見下ろす。全てのタルクロッシュを倒すにはまだまだ時間がかかりそうだ。そう思っていると、リーゼレータがやって来た。
「ローゼマイン様、アウブ・エーレンフェストがお呼びですよ。フレーベルタークのアウブ夫妻がお越しです。社交場に戻ってくださいませ」
わたしは自分の護衛騎士達を連れて席に戻ろうとした。そこでぐるりと周囲を見回してハルトムートの姿がないことに気が付いた。
「あら? ハルトムートの姿が見えませんね」
「クラリッサの親のところへ挨拶に行きました」
わたしがディッターを見ているうちに、ダンケルフェルガーへ向かったらしい。無事にクラリッサの両親を説得できるのだろうか。
「心配はいりません。午前中にディッターはアナスタージウス王子とダンケルフェルガーの第一夫人から禁止されましたし、話し合いの焦点になるのはクラリッサが勝手にエーレンフェストへ押しかけて来た時の対処方法だそうですから」
どのように連絡するのか、送り返すにはどうすれば良いのか、引き取りに来てもらうにしてもどのような待遇が必要なのかなど、結婚が許されなかった場合はクラリッサが押しかけてくることを念頭に置いて決めてくるのだそうだ。
「ハルトムートではなく、ローゼマイン様に入れ込んでいる時点でご両親も対処に困ると思いますよ」
どうなるでしょうね、と言いながらテーブルへ向かえば、養父様と一緒にフレーベルタークのアウブ夫妻が待っていた。
「ローゼマイン、アウブ・フレーベルタークとコンスタンツェ姉上だ」
……この人がコンスタンツェ様か。
養父様の二番目のお姉様であるコンスタンツェは、貴族院の恋物語で養父様の恋を取り持つのに活躍しているので、初対面だけれど人柄は知っているという珍しい人だ。顔立ちはゲオルギーネやディートリンデよりは養父様に似ている雰囲気だ。もしかしたら、先代のアウブに似ているのだろうか。髪の色が金髪で瞳が水色のような色合いなので、養父様とも雰囲気が全く違って見える。けれど、興味深そうにわたしを見ている視線が少し楽しそうなところで養父様との初対面を思い出した。
そして、アウブ・フレーベルタークはシャルロッテと並んだら確実に親子に見える顔立ちだった。見るからに優しそうな顔をしている。わたしは二人の前に跪いて初対面の挨拶をする。
「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
挨拶を終えて席に着くと、二人はわたしを見て小さく笑う。
「毎年、領地対抗戦に来ているのですが、こうして言葉を交わすのは初めてですね」
「リュディガーもほとんど接触がなかった、と残念がっていました。神殿や神事について色々とお話をしたかったようです」
わたしも従姉弟会に参加できるように声をかけてくれたり、神殿に行って収穫を増やしたりしていたらしいリュディガーの印象は悪くない。奉納式でエーレンフェストに戻らなければ、従姉弟会ではきっとディートリンデよりもリュディガーと話をしていただろう。
「フロレンツィア様のお姿が見えないようですけれど、具合がよろしくないのですか?」
コンスタンツェが周囲に気を配りながら、小さな声で問いかける。アウブ・フレーベルタークは養母様のお兄様なので、社交の場に妹の姿が見えなければ心配にもなるだろう。
「まだ公表できることではないのですが……義兄上と姉上にはお知らせしておいた方が良いかもしれません。実は懐妊の兆しがあったため、大事を取らせています。様子を見て、明日は参加させる予定ですが……」
「えっ!?」
思いもよらなかった新情報にわたしが目を見開くと、養父様が「静かに」と軽く睨んだ。貴族は洗礼式を終えるまで子供の誕生を伝えることも少ない。このような社交の場で口にすることは本来ないのだろう。新しい弟か妹ができるのは嬉しいけれど、この場で喜びの声を上げるわけにもいかない。ちょっとお尻をもぞもぞさせながら、わたしは余計なことを言わないように口元を押さえる。
……弟か妹! これはまたしても赤ちゃん用の白黒絵本を作らなきゃ! そうしなきゃ!
脳内で赤ちゃんフィーバーが始まったわたしと違って、コンスタンツェは呆れたように養父様を見た。
「この時期にご懐妊だなんて……。貴方は本当にフロレンツィア様以外を娶らないつもりなのですか? もうそのようなことを言っていられる年でも順位でもないでしょう? フロレンツィア様に一途なのは結構ですけれど、少しは周囲も見なさい」
いつまでたっても貴方は、とコンスタンツェの言葉が弟を諭す姉のものになる。小声でお小言を受けた養父様は拗ねたように反論した。
「別に意図したわけではなかったのですが、結果的にはそうなりましたね。これもおそらく第二夫人は娶らなくても良いというリーベスクヒルフェの御加護の賜物でしょう」
「またそのように調子の良いことを……」
コンスタンツェが額を押さえると、アウブ・フレーベルタークが苦笑した。
「エーレンフェストの順位が上がってもフロレンツィアを大事にしてくれていることがわかって安心したよ」
どんどんエーレンフェストとフレーベルタークの順位に差ができる中、養母様の扱いが悪くなっているのではないか、第二夫人や第三夫人を迎えることになれば大変なことになるのではないか、と心配していたらしい。
「フレーベルタークの方はいかがですか? リュディガー様が神事に参加するようになったと伺いましたけれど」
今年のフレーベルタークはダンケルフェルガーとのディッターを見合わせたようで、奉納式には参加していない。けれど、自領の神事には貴族が少しずつ参加しているらしい。
「リュディガーが神殿の神事を行ってから目に見えて収穫量が増えたことから、他の領主候補生や側近も同行したり、自分の土地を少しでも肥やすためにギーベが積極的に小聖杯を満たしたりしているのです」
「それは素晴らしいですけれど、領主候補生が神殿に出入りして、神事に参加することには反対も多かったのではございませんか? 今回儀式を行ったことで、神殿がずいぶんと忌避されていることを知りました」
わたしの言葉にコンスタンツェが「フレーベルタークでも同じでしたよ」と微笑んだ。
「少しでも試してみる価値のあることは何でもやってみなければならない状況だったのです」
アウブ・フレーベルタークが「最初にリュディガーの言葉を受け入れたのはコンスタンツェです」と微笑んだ。
「領主候補生を神殿長や神官長に任じたり、我が子を神殿の神事に参加させたり、エーレンフェストの血を引く者は時々驚くような決断をするのですよ。次から次へと新しいことを行うローゼマイン様は実にエーレンフェストの領主候補生らしいと思います」
今、フレーベルタークは貴族が出入りできるように、そして、少しでも領地の皆が楽になるように急速に神殿を改めているそうだ。
「今年、王族が同席した神事を行ったので、少しは神事に対する忌避感が薄れたでしょう。この機会に政変で敗北した領地に祈念式や収穫祭へ参加した方が良いことを教えてあげた方が良いかもしれないと思いました」
これまではフレーベルタークが何を言っても聞き入れられることはなかったけれど、皆が神事に興味を持った今ならば、少しは聞いてくれる領地もあるだろう、とコンスタンツェが言う。
「来年は領主候補生が直轄地を回って、祈念式や収穫祭に参加するようになって起こった収穫量の変化についてフレーベルタークと共同研究をいたしませんか? 二年連続で増えているので、広く知らせる価値がある研究だと思うのです。どうです、ジルヴェスター?」
今はフレーベルタークとエーレンフェストにしか領主候補生が直轄地を回ったデータがない。コンスタンツェの言葉に養父様は「研究を行うのは学生ですよ、姉上」と苦笑する。
「いかがでしょう、ローゼマイン様?」
水色の瞳が期待に満ちている。領主候補生が直轄地を回って神事を行うことで収穫量が増えた例があれば、神殿の改革に乗り出す領地が増えるかもしれないので、フレーベルタークと共同研究をするのは構わない。けれど、わたしはどちらかというと図書館の魔術具に時間を割きたいのだ。
「わたくし、貴族院にずっといられるのは今年だけの予定なのです。ですから、神殿長のわたくしよりも、ヴィルフリート兄様やシャルロッテの文官が主導となって行った方が良い研究でしょう。わたくしもできるだけ協力させていただきます」
「では、ヴィルフリート様やシャルロッテ様にお話をしてまいりますね。ローゼマイン様、どうぞよろしくお願いします」
フレーベルタークのアウブ夫妻はヴィルフリートとシャルロッテのテーブルへ向かう。その背中を見ながら、わたしは養父様に呟いた。
「これまではリュディガー様が神殿に出入りしていることを他領に漏らさなかったのに、王族によって神殿の儀式が見直されると同時に、自分達にしかできない研究を持ちかけてくる辺り、順位を落としていても元上位領地ですね」
「政変で順位を落としていてもアウブ・フレーベルタークは優秀だったからな。収穫量が安定して貴族の数が増えれば、すぐに順位を上げてくるだろう」
こちらこそ順位を落とさぬように貴族の意識改革が必要だ、と養父様が呟いた。
「アウブ、次がエーレンフェストです!」
早目に観戦準備をしなければ、と騎士見習い達が呼びに来た。わたし達は席を立って騎士見習い達の戦いを見るために前に向かう。踏み台に上がれば、こげ茶のマントが駆け回っているのが見えた。ギレッセンマイヤーが戦っている。
「何だ、あれは?」
養父様が競技場を見下ろしてそう言った。黄色くて尖った丸いのが五つ、競技場内でビチビチ跳ねている。
「タウナーデル……ですね」
しっぽがついている黄色のウニかハリセンボンのような魚型の魔獣で、どう考えても競技場では役に立たないように見える。
「あれならば楽勝ではないか?」
「そうでもありませんよ。全身にある長くて細い毒針を周囲に飛ばして攻撃してくるのですから、対処方法を知らなければとても危険です」
わたしの言葉にディッターを見ていた周囲の騎士見習い達が大きく頷いた。
「あの辺りに倒れている騎士見習い達は多分最初の攻撃にやられました。海に生息しているので遠巻きにして死ぬまで待つことも、風の盾で囲んで毒針を完全に吐き出させることもできますが、どちらも時間がかかります」
タウナーデルに苦戦するギレッセンマイヤーを見ながら、騎士見習い達の顔が緊張に染まって行く。
「わたくし達の時には何が出るのでしょう? 領地対抗戦のディッターでこれほど緊張するとは思いませんでした」
自分達が知らない魔獣が出たら非常に困る。知識の部分を担当しているレオノーレが強張った顔で競技場を見つめる。
「ギレッセンマイヤー、終了! 次はエーレンフェスト!」