Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (513)
ディッター競技とダンケルフェルガーの実演
ルーフェンに呼ばれ、エーレンフェストの騎士見習い達が騎獣に乗って競技場へ降りていく。ぐるりと競技場内を一周した後、明るい黄土色のマントが位置につくと、グンドルフが進み出てきた。どうやら今年はフラウレルムではないようだ。
「今年はフラウレルム先生ではないのですね。少し安心いたしました」
さっきもオルドナンツをわざわざ飛ばしてきてキンキンと響く声で怒鳴っていたのだから、フラウレルムが担当だったらきっと面倒な魔獣が当たったに違いない。
「いや、グンドルフ先生も安心はできないと思うぞ。色々な魔獣に詳しいはずだ」
「ヴィルフリート様のおっしゃる通りです。共同研究で魔木から魔紙が作られていることがわかった後は魔木についての情報を少しでも多く集めていました」
エーレンフェストにはどのような魔木があるのか、イグナーツはグンドルフからたくさん質問をされたらしい。あまり答えられなくて「本気で研究する気があるのか」と呆れられたそうだ。
「それにしても、今年はずいぶんと観戦している者が多いな」
ヴィルフリートの言葉にわたしはぐるりと観戦席を見回した。自領の出番でもないのに、身を乗り出すようにしてディッターを見ている人が多い。ダンケルフェルガーは殊更に人数が多くて鈴なりになっている。一体どんな魔獣が出てくるかわからないせいだろうか、マイナーな魔獣のせいで番狂わせが続出するからだろうか、観客が去年に比べてずいぶんと興奮しているように見えた。
「成人している騎士達でも、他領のそれほど有名ではない魔獣を見る機会はございません。初めて見る魔獣をどのように倒せばよいのか、盛り上がっているのでしょうね」
そうこうしている間にグンドルフがシュタープで魔法陣を起動させる。カッと一度強い光を放ち、その光が落ち着くと魔法陣の上にわさわさとたくさんの葉が生い茂る大きな木が現れた。
「あれは魔木かしら?」
「魔木でしょうね。ここで普通の木を出せばグンドルフ先生が非難されますよ」
けれど、ナンセーブのようにその場から動くわけでもない。エイフォンのように叫ぶわけでもない。トロンベのように辺りの魔力を吸い尽くすタイプでもないようだ。見た目も普通の木で、リュエルの木のように見るからにファンタジーというようなものでもない。
……うーん、この木、何の木って歌いたくなるような木だね。
全く動きがないため、本当に魔木なのか疑ってしまうくらいだ。
「初めて見る魔木ですね。何でしょう?」
エーレンフェストにある魔木については紙を作れないかどうかを試すために、ギーベ達にも尋ねたけれど、他領の魔木には詳しくない。心配になったわたしは目を凝らし、騎士見習い達の中心にいるレオノーレを見つめる。レオノーレにはあれが何かわかるのだろうか。
「ユーディット以外は全員、トロンベを狩る時に扱うのと同じ、枝を払うための武器に変更してください! 上級騎士は順番に魔力を溜めてもらいます! アレクシスは準備を」
自分のシュタープを変化させ、魔力を溜め始めながら指示を出すレオノーレの声からは確かな自信が感じられる。どうやら知っている魔木だったようだ。
「ユーディットは合図に合わせて最も威力の高い魔術具をグミモーカに打ち込んでください。皆も知っているように、一定以上の威力の攻撃と同時に葉に隠れている細い枝がたくさん出てくるはずです。ピンと伸びるのはほんの数秒。その間にできるかぎり多く、その枝を払ってください。ただし、枝に触れないように気を付けるように。枝の先端には棘があり、ひどく痺れるそうです」
……グミモーカ? それってゴムの木じゃない?
トロンベみたいな魔木で近くにはない、といつだったかフェルディナンドに教えられた気がする。
「イグナーツ、マリアンネ。あのグミモーカをグンドルフ先生が出したということは、ドレヴァンヒェルに生息しているのでしょうか? それとも、たまたま知っていただけで別の場所に生息しているのかしら? 素材が手に入らないかどうか質問してみたいのですけれど……」
わたしはグンドルフと交流のあったイグナーツとマリアンネに質問してみた。けれど、二人も知らないようだ。
「またグンドルフ先生に伺ってみます」
……これが先生方の魔力で作り出される試合用の魔木じゃなかったら「素材回収を優先して!」って叫んでるところだったよ。おおぅ、ゴムが欲しい!
ゴムがあったらできることを思い浮かべてグミモーカを見つめていると、そっとリーゼレータがわたしの肩を押さえた。
「ローゼマイン様、身体が少し前のめりになっています。グミモーカの情報を欲して、うかうかとグンドルフ先生のところへ向かわないようにお気を付けくださいませ」
その様子ではどんどんと情報を盗られる恐れがあります、と注意された。確かに危険かもしれない。でも、わたしは初めて見たグミモーカに心惹かれているのだ。
「ローゼマイン様、グンドルフ先生に尋ねる前にまずレオノーレに尋ねてくださいね。生息地くらいは知っているでしょう」
「そ、そうですね」
出現させたグンドルフに尋ねることしか頭になかったけれど、対処方法を知っているレオノーレならば生息地くらいは知っているだろう。
「たとえ生息地がわかっても、他領にしか生息しない特殊な魔木だった場合は入手を諦めてください。採集のために何人も騎士を連れて向かうのは無理ですから」
エーレンフェストの素材が欲しいと他領の騎士がやって来たら困るでしょう? とコルネリウス兄様に諭された。わたしはダンケルフェルガーの騎士達が団体で素材を採りに来る情景を思い浮かべて納得する。そんなことをされたら非常に困る。
「では、素材の取引ならばどうでしょう?」
「ローゼマイン様の場合、自分が欲しい物のためならば相手に何を要求されても呑んでしまいそうな危うさがあるので賛成いたしかねます」
わたしの提案はコルネリウス兄様にバッサリと切り捨てられてしまった。側近達は「エーレンフェスト内で収まることならばともかく、他領との取引になりますから」とコルネリウス兄様の言葉に頷いている。
……欲しい物のためには手段を選んでいられないと思うんだけどな。
周囲に諭され、わたしはやや諦め気味にグミモーカを見つめる。
競技場ではトロンベ退治の時にも見たハルバードのような武器にシュタープを変化させた騎士見習い達がすでにグミモーカの周囲に散開していた。どの程度枝が伸びるのかわからないので、やや警戒気味に距離を取っているようだ。
上級騎士見習い達は指示された通りに魔力を溜めていて、それぞれが虹色のように武器を光らせていた。
「誰でもあのような攻撃ができるのですか?」
「はい。自分が持っている魔力を武器に集めて叩きつけるだけなので、少し訓練すれば誰でもできます。ただ、魔力量と属性数によって威力が全く変わるので、下級や中級にはあまり意味がないだけです。上級に近ければ中級騎士でもできる者はいるでしょう」
そして、全身の魔力を集めて叩きつける攻撃になるので、完全に倒せるという目算があるか、回復薬と回復中にフォローしてくれる者がいなければ使えない技だそうだ。今回は奉納式で配った残りの回復薬も配っているので、多分大丈夫だろう。
「ユーディットは葉が生い茂っているところに、上級騎士は順番に幹の上の方、少し色が変わっているところがあるでしょう? わたくしが名を呼んだらその部分に攻撃を!」
「はっ!」
皆が構えたのを見て、レオノーレが高く上げていた手を振り下ろす。
「ユーディット!」
「たぁっ!」
ユーディットがスリングで投げ飛ばしたのは、ダンケルフェルガーとのディッターで使っていた魔術具の残りだ。わさわさと茂っている葉の部分に当たると、大きな爆発音がした。
まるで驚いたようにグミモーカが揺れ、たくさん茂った葉の影から細い枝がシュッと素早い動きで伸びる。その数は三十から四十くらいだろうか。レオノーレが言った通り、揺れる葉の間から飛び出した枝の先端部分には鋭い棘がついていた。
「やぁ!」
「はぁっ!」
騎獣に乗った騎士見習い達がハルバードを振り回し、ピンと伸びた細い枝を次々と刈っていく。しかし、細い枝がピンと伸びていたのはほんの数秒のことだった。すぐに葉の中に引っ込み、今度は触手のようにゆらゆらうねうねと動きながら、周囲の騎士見習い達を捕らえようとする。こんもりと葉が茂る部分からうごめく触手が出ている様子はクラゲのように見えた。
……枝に触れたら痺れるってことは、つまり、木クラゲ! グミモーカは木クラゲ。かなり危険。よし、覚えた。
「その枝は伸びていない時は斬れません! 一度下がって! わたくしが打ち込みます!」
騎士見習い達を一度下がらせたレオノーレは自分が溜めている魔力をグミモーカの幹に叩きこむ。気合の入った掛け声と共に大きく振られたハルバードから虹色の光が放たれ、幹の上の方の少しだけ色が薄く見えるところに飛んで行く。
着弾と共にグミモーカがバサッと大きく葉を揺らした。まるで魔力の全力攻撃が効かなかったかのように、周囲にはいつものような衝撃がやって来ない。予想外のことに目を見張っていると、その直後に細い枝がシュンと伸びた。
「やれっ!」
伸びた一瞬を見逃さず、ハルバードを振り回して、危険な枝を切り落とす。レオノーレは「ナターリエ、魔力を溜めて!」と指示を出し、回復薬を飲みながら騎士達の動きをじっと見つめていた。
このまま魔力の全力攻撃を続けるのだろうか。本当に効いているのだろうか。心配になりながらわたしはレオノーレを見つめるけれど、レオノーレの指示の出し方には全く迷いはない。
「アレクシス!」
「はああぁぁぁぁっ!」
レオノーレの指示にアレクシスが今度は魔力を叩きこむ。かなり大きな光が撃ち込まれたけれど、やはり周囲への衝撃はない。飛び出した細い枝を刈り、枝がまた引っ込むのを見て、騎士見習い達はさっとグミモーカから距離を取る。そうしたら、次の攻撃だ。
「トラウゴット、準備を! ナターリエ!」
トラウゴットが武器に魔力を溜め始め、ナターリエが魔力を打ち込む。溜められた魔力量や属性によって威力に違いがあるというコルネリウス兄様の言葉がよくわかった。色々な魔力が混ざり合った複雑な虹色でもそれぞれに色合いが違うし、威力が全く違う。
「細い危険な枝はほぼ刈り取られたのではありませんか? ほとんど出て来なくなりました」
ナターリエの攻撃で伸びた枝がほとんどなくなった、とアンゲリカが呟いた。ちょっとうずうずしているように見えるのは、自分も参加したいのかもしれない。
「ユーディット、奥の手で葉を払います! 全員、距離を取って! マティアス、魔力を溜めて!」
「はいっ!」
次のレオノーレの指示は魔力を溜めていたトラウゴットではなく、ユーディットに向けられた。ユーディットは素早く魔術具を入れているウェストポーチの中から拳大の大きさの魔術具を出して、スリングで投げ飛ばす。
こんもりと茂っていた葉の中にユーディットの投げた魔術具が吸い込まれるように飛んで行く。次の瞬間、虹色の魔力を当てても響かなかったほどの大音量で爆発音がし、たくさんの葉が一気に燃え上がった。
「な、何ですか、あれは!?」
「速さを競うディッターでこのような魔術具を使用するのですか!?」
コルネリウス兄様とアンゲリカが驚きの声を上げた。競技場内でもどよめきが起こる。そういえば、速さを競うディッターになってから魔術具を使用する領地はほとんどない、とマティアスが言っていたような気がする。
「ダンケルフェルガーとのディッター用にハルトムートが作成した魔術具です。勿体ないので、領地対抗戦で使おうということになったのですけれど、予想以上の威力ですね」
「あれをダンケルフェルガー相手に使おうと思っていたというところに驚きました。容赦ないですね」
「……本当に負けそうになった時の奥の手ですよ」
生い茂っていた葉が完全に焼かれてなくなったけれど、グミモーカは倒れていなかった。幹の上の方は炎に包まれても全く焼けていないようで、少しだけ薄かった部分はそのままだ。
……どれだけ強いの、グミモーカ!?
そう思っていると、色の薄かった部分より更に少し上、枝分かれしている幹の最上部が淡く光り始めた。同時に、枝の一部がゆらりと動き始め、また触手のような枝が作り出されようとしている。
「伸びる前に終わらせます。トラウゴット! マティアス! 上から攻撃を! 全員、盾の準備を!」
「はっ!」
レオノーレの指示に合わせてトラウゴットとマティアスがお互いの動きを見ながら、高く、高く騎獣を駆って行く。虹色に光る武器が描く軌跡が非常に綺麗だった。
「やあああぁぁぁっ!」
「はあああぁぁぁっ!」
二人がハルバードを振り抜きながら落下するように突っ込んでいく。トラウゴットとマティアス、二人分の虹色の光がまるで落雷のように真っ直ぐグミモーカに突き刺さった。
ドドンともズズンともつかない着弾音は、グミモーカの生木が割かれるメリメリという音に掻き消される。
直後、グミモーカと魔法陣の光は消えた。けれど、全力の魔力を打ち込んだ衝撃は消えていない。盾を構える騎士見習い達が必死に衝撃に耐えている中、「エーレンフェスト、終了!」というルーフェンの声が響いた。
「よくやった。素晴らしいディッターだったぞ」
騎士見習い達が競技場から戻って来ると、養父様が興奮気味に皆を褒める。マイナーな魔獣ばかりが出てきて、騎士見習い達が戸惑い、時間がかかっている中で何の迷いもなく次々と攻撃を繰り出せるエーレンフェストの騎士見習い達はとても際立って見えた。
「ここまで他領の魔物に通じている者がいるとは思わなかったぞ、レオノーレ」
「恐れ入ります。けれど、グミモーカについて知っていたのはわたくしだけではありません。誰でも戦えるように、そして、大事な情報を受け継ぐために騎士見習い全員で覚えたのです」
レオノーレは誇らしそうにそう言いながら騎士見習い達を見回す。
「今年はわたくしが指揮する立場にありましたから、わたくしの活躍が目立ったでしょう。でも、誰が指揮を執ることになったとしてもエーレンフェストの騎士見習いはグミモーカを倒すことができました。これから先、わたくしが卒業した来年でも再来年でも、魔物に関する知識が衰えることはございません」
皆で知識を共有できるように本棚にはレオノーレが知る魔物についてまとめた資料がある。それを読んで覚えれば良い。この先もずっと知識は受け継がれていく、とレオノーレは微笑んだ。
「私はアウブとして其方等の努力を誇りに思う」
養父様の褒め言葉に頷きながら一歩前に出たのは、お父様の代わりに養父様の護衛についている騎士団の上層部の一人だった。
「其方等の努力が現れているのは知識だけではない。指示に従い、上級騎士達の攻撃で飛び出した細い枝を刈り取っていく中級や下級騎士の動きも実に素早く、連携も見事であった。成人後のトロンベ討伐にも今から参加できそうなほどの戦いぶりであったと思う。其方等は本当に強くなっている。このまま精進してほしい」
「はっ!」
騎士団からも褒め言葉をもらい、騎士見習い達は嬉しそうに顔を見合わせて笑い合う。力を合わせた。結果を出せた。そんな達成感に満ちた笑顔だ。
「騎士見習い達はこの後、シャルロッテとローゼマインを守りながら他領のディッター観戦をしていてくれ。ヴィルフリートはこちらだ」
養父様はヴィルフリートを呼び寄せると、わたし達にはディッターを見ているように、と言って社交場に戻って行く。わたしは一緒にいなくていいのかな、と養父様とヴィルフリートが自分の側近を率いて社交場に戻って行くのを見ていると、シャルロッテがクスリと笑った。
「そのように心配そうなお顔をしなくても大丈夫ですよ、お姉様。お兄様を社交に慣れさせるため、それから、多分わたくしの輿入れに関する申し入れへの対処ですから」
シャルロッテはそう言いながらわたしの手を取り、台のところへ誘導する。周囲をぐるりと側近と騎士見習い達に囲まれて、本当に誰も近付けないような状態になった。
わたしの隣に立ったシャルロッテが競技場を見下ろしながら微笑む。
「上位領地から指摘がたくさんあったように、今はまだお姉様お一人の功績で順位を上げているだけです。エーレンフェストの内情が安定するまでは、順位が確定したとは言えません。エーレンフェストの貴族達の意識改革ができなければ、わたくしの輿入れ先も決められないのです」
エーレンフェストを上位領地として扱って良いのか、すぐに順位を落とすと考えた方が良いのか、他領はまだ見極められていない。だからこそ、シャルロッテに寄せられている求婚は非常に幅広いのだそうだ。
「……相当な意識改革が必要だと思うのですけれど、わたくしが卒業するくらいまでには周囲からも上位領地らしいと認められるようになってほしいですね」
そうすれば、相手を決めるのがずいぶんと楽になります、とシャルロッテは言った。エーレンフェストとある程度釣り合う相手がお互いのためには良いのだけれど、釣り合う基準が今は決まらないらしい。
「ねぇ、シャルロッテ。これまでのエーレンフェストはあまり切羽詰まった感じがしませんでした。政変を中立で切り抜けたため、敗北して打ちのめされた領地と違い、大きな変化は必要ありませんでした。けれど、粛清によって否応なく大きな変化が起こるはずです」
旧ヴェローニカ派が粛清され、処罰を受ける者が続出したことで、内政は大混乱に陥っていると思う。その大混乱に乗じて、色々と効率化し、意識を改めなければならないのだ。
「けれど、そのようなお話は領地に戻ってからでも良いでしょう。今は領地対抗戦を楽しみましょう、シャルロッテ」
「はい、お姉様」
ディッターでは見たことがない魔物が次々と出現した。勉強をした騎士見習い達の解説による正しい攻略方法を聞きながら観戦する上位領地のディッターはとても楽しかった。
コルネリウス兄様が感心したように「皆、よく勉強しているな。レオノーレが教えたのだろう?」と褒め、レオノーレが嬉しそうにはにかんでいる。その様子は、久し振りに会った恋人同士というのが一目でわかるもので、ダームエルがいなくてよかった、とちょっと思った。
「そういえば、アンゲリカはトラウゴットの成長を見に来たのでしょう? どうでしたか?」
ここにも恋物語に発展しそうな、もとい、何とか発展してもらえないものか、と周囲が固唾を呑んで見守っている者がいる。「せめて、コルネリウスより強い人でなければ」と言うアンゲリカの目にトラウゴットはどのように映ったのだろうか。
皆の注目を集める中、そっと頬に手を当てたアンゲリカは「……ボニファティウス様の強さを再確認いたしました」と微笑んで言った。どうやら周囲の期待通りには進まないようだ。
「これで全てのディッターが終わりました。ここでダンケルフェルガーの騎士達による儀式を披露したいと思います」
ルーフェンの声に合わせて「おおおぉぉ……」と雄叫びを上げながら、ダンケルフェルガーの青いマントが騎獣に乗って、一斉に競技場へ降りていく。学生達がディッターを始める前に競技場を一周するのと同じようにぐるりと競技場内を巡った後、ダンケルフェルガーの騎士達は騎獣を消して、競技場に飛び降りた。
アウブ・ダンケルフェルガーを中心にした円形に騎士達がざっと並ぶ。実に慣れた動きで、立ち位置も完全に決まっていることがわかる。他の誰もまだシュタープを出していないのに、アウブ・ダンケルフェルガーだけはしっかりと右手にライデンシャフトの槍を握っていた。ダンケルフェルガーの神殿から奪って、いや、借りてきたのだろう。奉納式直後の時期なのに穂先の魔石が青いのは、すでに魔力で満たされているからだ。
ドンと槍を地面に打ち付け、アウブが口を開いた。
「成人している騎士達の中には貴族院でルーフェンより習っておらず、儀式の舞を知らない者も多かろう。研究発表を見聞きしたところでどのような効果があるのかはわからないと思われる。そのため、ダンケルフェルガーの騎士団による儀式の実演を決定した。長い時の中で少しずつ変質し、忘れられていくはずだった本物の神事と神具をお見せしよう!」
おぉ、驚嘆の声が予想以上に大きく響いたことにビクッとして、わたしは競技場内を見回した。どの領地も興味があるようで、ほとんどの観客が前の方へ詰め寄ってダンケルフェルガーの儀式を見ようとしている。
「本来ならば、前日に儀式を行って祝福を得、複数の祝福に身体を慣らし、魔力を回復させる必要がある」
祝福が多いと、エーレンフェストの騎士見習い達が自分の体を上手く扱えなかったような事態に陥るし、普通の回復薬を使っても、すぐには回復しないからだ。
「けれど、ダンケルフェルガーの騎士達にはもはや必要ない。事前に何度も儀式を行って、祝福を得るために必要な魔力量をおおよそ計算し、儀式の人数を増やすことで一人当たりの負担を減らすことができた」
回復薬がなくても実演ができるようにわざわざ調整してきたらしい。驚きの入れ込み具合である。第一夫人がわたしを恨みたくなる気持ちがちょっとわかった。
「そして、これは神殿よりお借りした本物の神具、ライデンシャフトの槍である」
アウブ・ダンケルフェルガーはそう言いながら、両手でガシッとライデンシャフトの槍をつかんだ。そのままグッと魔力を込めていく。ライデンシャフトの槍が穂先だけではなく、全体が青に染まって行き、バチバチと放電するような光をまとい始めた。
「な、何だ、あれは!?」
「神殿の神具があのようになるのか!?」
神殿に赴くことも神具を直接目にすることもない貴族達が、青い光をまとったライデンシャフトの槍に驚きの声を上げるのが聞こえる。
「戦いに臨む我らに力を!」
青く光る槍を手に、アウブ・ダンケルフェルガーが吠えるように叫んだ。それと同時に、シュタープを出していた騎士達が一斉に「ランツェ!」と槍に変化させる。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
わたしにとっては耳慣れた祈りの言葉と共に、一度槍がドンと大地に打ち付けられた。
「勝利を我が手に収めるために力を得よ。何者にも負けぬアングリーフの強い力を。勝利を我が手に収めるために速さを得よ。何者よりも速いシュタイフェリーゼの速さを」
歌いながら槍を回転させ、柄を地面に打ち付ける。槍を持ちかえれば、魔石でできた鎧部分とぶつかった金属的な音が拍子のように響くのも以前見たものと同じだ。
しかし、見習い達よりも成人達の儀式の方が手慣れているようで、同じ儀式なのにずいぶんと違って見えた。動きが揃っているだけではなく、猛々しい動きなのに流れるような優雅さも兼ね備えている。
「戦え!」
アウブ・ダンケルフェルガーがライデンシャフトの槍を高く掲げ、周囲の騎士達も「おぉ!」と雄々しい声を上げて天を突くように一斉に高く持ち上げる。
同時に、青の光の柱がドンと立ち上がった。祝福の光が降り注ぎ、一部がどこかに飛んで行く。
貴族院で儀式を行えば起こる、当然の光景なのだが、やはり領地では起こらない現象なのだろう。初めて見る光の柱にダンケルフェルガーからも驚きの声が上がった。そして、エーレンフェストの成人達も初めて見る光の柱に信じられない物を見た顔になっている。
「これが、光の柱か……」
報告書で読んでいても、実際に見なければわからない現象だろう。いつの間にか後ろに立っていた養父様の言葉にわたしとシャルロッテが頷いた。
「貴族院で儀式をすると必ず起こるのです。不思議ですよね」
学生でも光の柱を見たことがある者の方が少ない。ダンケルフェルガーとエーレンフェストの学生以外では奉納式に参加した領主候補生と上級文官くらいだ。それから、ダンケルフェルガーと比較的近い寮の者くらいだろうか。
「なるほど。当たり前の顔でこのような現象を起こすのであれば、聖女だの、女神の化身だのと言われるわけだ」
そして、ダンケルフェルガーの騎士達はルーフェンによって作り出された魔物を撃破する。素早さも、攻撃の力強さも、複数の祝福を受けても即座に動ける強靭さも、学生達とは雲泥の差だった。
最後はハンネローレが出てきて、神々に勝利を捧げる儀式を行い、授かっていた祝福を返す。シュタープをフェアフューレメーアの杖に変化させ、頭上で円を描くようにゆっくりと回す。ざざん、ざざんと波の音がして、騎士達の体からゆらりと魔力が陽炎のように揺らめき集まり、空に高く上がって行った。
「以上がダンケルフェルガーに伝わる神事である」
アウブ・ダンケルフェルガーの声に観客席から感嘆と興奮の声が上がる。こうして、領地対抗戦は終わった。