Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (514)
初めての表彰式
「この後は表彰式が行われるので五の鐘が鳴ったら学生は競技場に下りるように」
ダンケルフェルガーの儀式に興奮して、ざわざわとしている観客席に届くように声を増幅させる魔術具を使い、ルーフェンがこれから先の指示を出した。
「片付けを始めなければなりませんね」
去年と同じように五の鐘が鳴るまでの短い間に簡単な片付けが行われる。文官見習い達は研究発表のために出していた大事な魔術具などを、側仕え見習い達は客人に出していた茶器やお菓子を次々と片付けていく。皆が忙しく動いている間、わたしは椅子に座ってしばらく休憩だ。ディッターを観戦するためにずっと立っていたので、もう足が痛くなっている。
……でも、体調が悪くなったわけでもないし、わたし、ホントに丈夫になったな。
カラーンカラーンと五の鐘が鳴れば、皆が片付けを切り上げて、表彰式のために競技場へ降り始める。色々な色のマントが翻り、次々と騎獣で降りていく様子はなかなか壮観だ。
「ヴィルフリート兄様、シャルロッテ。皆の誘導をお願いしますね」
全領地の学生が一斉に競技場に降りるのだから、下手をすると混乱でちょっとした喧嘩や小競り合いになることもあるらしい。去年と同じように皆を誘導してもらえるようにお願いすると、ヴィルフリートは快く引き受けてくれた。
「うむ。其方は父上と一緒にそこで座っていると良い。この後、叔父上のお説教が待っているのだ。休息は必要であろう」
「そこはお褒めの言葉と言ってくださいませ!……お説教の前に褒めてもらうのですよ、わたくしは」
固く決意だけはしているけれど、再会と同時に頬をつねられた記憶も新しい。ヴィルフリートからもお説教確実と思われているならば、何か対策が必要かもしれない。
……お説教しようと口を開いた瞬間にコンソメスープをフェルディナンド様の口に突っ込むとか、対抗してわたしもお小言シュミルと一緒にお説教を始めるとか、どうだろう?
考え込んでいると、養父様に頬を軽く突かれた。顔を上げて養父様を見れば、何かを思い出すように少し懐かしそうな表情になっている。
「難しい顔をする必要はないぞ、ローゼマイン」
「養父様?」
「壇上に上がり、王からお褒めの言葉を賜ればそれだけで良い。それを誇ればアレは叱れぬ。三年連続最優秀だというのに、こちらの都合で初めての表彰だからな」
養父様の言葉に、かつて父親に褒めてもらうために最優秀を取っていたフェルディナンドの話を思い出した。父親に褒めてもらえる貴重な機会が最優秀を取ることだったと言っていたと思う。
「やり過ぎは多々あるが、それでも其方は頑張っている。今日くらいはフェルディナンドから褒められてもよかろう。報告書を読んでいないフェルディナンドは其方がやらかしたことを詳しくは知らぬのだ」
其方への説教はエーレンフェストに戻ってからでもよかろう、と養父様は言うけれど、わたしにはその心遣いがちょっと痛い。
「あの、養父様。わたくし、お手紙で色々と書いてしまいましたが、大丈夫でしょうか?」
「検閲を受けても大丈夫な分だけであろう? 其方が自分から余計なことを言わなければ問題ないのではないか?」
光るインクで裏側に大量に余計なことを書いた気がします、とは言わなかったけれど、わたしが口を噤んだことで養父様は何かを感じ取ったようだ。
「そうか。ならば、それは其方の責任だ。しっかり叱られろ」
「あうぅ……」
「それよりも、そろそろ行け。王からの言葉は、大変光栄です、と受けておけば良い。くれぐれも余計なことは言うな。するな。良いな?」
何度か念押しされながら、わたしは養父様に送り出された。側近達に周囲を囲まれながら競技場へ騎獣で降り立つ。上から見ればマントの色で自分がどこに向かえば良いのか一目瞭然であるところが嬉しい。
競技場に降り、エーレンフェストの並んでいるところで整列する。先に降りていたヴィルフリートやシャルロッテと「今年もエーレンフェストからたくさんの成績優秀者が出ると良いですね」と話をしているうちに学生が全員揃ったのだろう。王族が入って来た。
周囲を警戒する黒のマントを翻した騎士団に囲まれ、大きく羽を広げた王族の騎獣が次々と降り立って壇上に上がって行く。王と第一夫人。そして、ジギスヴァルト、アドルフィーネ、ナーエラッヒェ、アナスタージウス、エグランティーヌが続く。
……こうして見ると、ほとんどの王族が奉納式に来てたんだね。
王の妻が誰もいなかっただけで、次代は全員が奉納式に参加していたのではないだろうか。今になって思えば、わたしはとんでもない儀式をしたのかもしれない。
「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受ける冬、其方達もまた厳しき選別を受け、ここに集った」
去年と同じ王の挨拶から表彰式が始まった。音を増幅させる魔術具が朗々とした声を競技場に響かせる。奉納式の時よりも声に元気があるように感じられるのは気のせいだろうか。
「では、今年のディッターの表彰をします。三位までは代表者が前に出るように」
中央の貴族だろう。黒いマントを羽織る男性からそんな説明があり、上位三位が呼ばれる。
「上位領地一位、ダンケルフェルガー」
自分達で祝福を得ることができるようになっている上に、魔物研究も怠らないダンケルフェルガーが堂々の一位だった。文句のつけようもない速さだったし、周囲もさすがダンケルフェルガーという納得の雰囲気である。
「二位、クラッセンブルク」
クラッセンブルクも魔物の知識が豊富だったようで、何の迷いもなく攻撃に移っていた。やはり長年の知識の蓄えがあるのだろう。それに加えて、グミモーカのようにしぶとくて倒しにくい魔獣でなかったことが幸いして倒すのは非常に速かった。クラッセンブルクは運が良いと思う。
「三位、エーレンフェスト……。以上は前へ!」
エーレンフェストが呼ばれた瞬間、競技場内がざわりとした。模擬戦では六位のエーレンフェストが三位につけたのだ。そして、エーレンフェストの歴史で考えても、領地対抗戦で三位につけたことはこれまでなかった。
「知っている魔物だったからでしょう。エーレンフェストとドレヴァンヒェルの研究では魔木がとても重要でしたもの」
「きっとグンドルフ先生にこのような魔物を出してほしい、とお願いしたのでしょうね」
そんな声が前の方から聞こえた。クスクスと悪意に満ちた笑い声がざわざわとした空気の中に広がる。心無い声にレオノーレやマティアス達の表情が固まった。
わたしとしては「そんな根回しができるくらいに要領が良ければ、エーレンフェストは外交が下手だなんて言われるわけがないでしょう。ディッターは実力です」と反論したいのだが、前方から聞こえるということは、相手は上位領地だ。呑み込むべきか、言っちゃうべきか、迷っていると、また別の領地から声が上がった。
「どの先生がどの領地の魔物を担当するかは直前に決まるのに、そんな根回しができるわけがなかろう。自分の領地の騎士見習いが不甲斐なかったからといって、他領を貶めるのはどうかと思う」
「どの魔物が当たるかは運次第で、エーレンフェストは去年も難しい魔獣だったのだ。エーレンフェストの実力は見る者が見ればわかる」
……そう! わたしもそう言いたかったんだよ。
一緒に講義を受けたり、ディッターをじっくり観戦したりしている騎士見習い達にはグミモーカを倒すのが大変だったこともわかったようだ。いくつかの領地の騎士見習い達が援護してくれて、すぐに批判の声が小さくなっていった。
「……わかってくださる方もいるのですね」
レオノーレが口元を綻ばせると、エーレンフェストの騎士見習い達が嬉しそうに頷く。エーレンフェストの騎士見習い代表として、レオノーレとアレクシスが前に出て行った。
……わたしが一年の時なんて連携は穴だらけで、ダンケルフェルガー相手にひどい戦いぶりだったもんね。皆、ホントによく頑張ったよ。
騎士見習い達はもちろん頑張った。不足を教えあって勉強し、派閥の壁を乗り越えて協力し、厳しい稽古に耐えてきた。けれど、領主一族の護衛騎士を優先して稽古していたおじい様やお父様の奮闘も忘れてはいけない。教育課程の変化による騎士達の実力の低下を危険視して、鍛えてくれる先生がいたからこそ強くなれたのだ。
「素晴らしい戦いぶりであった。これからも精進し、ぜひ中央騎士団に入ることを考えてほしいものだ」
騎士見習い達を褒めるのは中央騎士団長ラオブルートだった。そして、メダルのような記念品をもらって戻って来る。青く澄み切った魔石のようだ。
「このような記念品をいただくのは初めてです」
「皆を鍛えてくださったおじい様にお見せしましょう。きっと喜んでくださいます」
「えぇ」
ざわめきが小さくなると、次は文官達の研究発表に対する表彰である。こちらも最も影響力が大きく、中央貴族が素晴らしいと思われる研究が表彰されるらしい。
「一位、ダンケルフェルガーとエーレンフェストによる儀式と加護の関係」
「二位、ギレッセンマイヤーによる魔力増幅の魔術具」
「三位、アーレンスバッハとエーレンフェストによる魔力を削減するための魔法陣」
代表者は前へ、と言われて、わたしは困った。二つとも代表はわたしだ。
「あの、ヴィルフリート兄様。ダンケルフェルガーの研究の代表者として出ていただいても良いですか? わたくし、アーレンスバッハとの共同研究に出なければならないのです」
「いやいや、ちょっと待て。ダンケルフェルガーの共同研究も其方が主になって行ったものではないか。一位と三位ならば、一位を優先してそちらに出るか、両方出るかどちらかだ」
ヴィルフリートに、妹の成果を奪うようで嫌だ、と言われ、わたしは護衛騎士であるレオノーレと一緒に仕方なく前に向かう。
「エーレンフェストの代表者はヴィルフリート兄様でなくて良いのでしょうか?」
「こちらの研究をしていたのはローゼマイン様ですからね」
ダンケルフェルガー側の代表者はレスティラウトだった。もしかしたら、お昼にずいぶんと第一夫人から叱られたのかもしれない。無表情を取り繕っているが、雰囲気は少しどんよりとしているし、わたしと目を合わせようとしない。さすがに何も言わずに無言を貫くわけにもいかないだろう。
「まさか一位になるとは思いませんでしたね、レスティラウト様」
「……私はなると思っていた」
レスティラウトはちらりとわたしを見た後、溜息混じりにそう言って少し背筋を伸ばした。その途端、どんよりとした雰囲気は微塵も感じられなくなり、ダンケルフェルガーの領主候補生らしい佇まいになる。
「ローゼマイン、其方は……」
「わたくし達の研究がまさか三位になるなんて思いませんでしたわ。ねぇ、ローゼマイン様?」
「……え? ディートリンデ様?」
レスティラウトの言葉を遮ったのはディートリンデだった。何故ディートリンデが晴れがましい顔で代表者として前に出ているのかわからない。ぽかんとしながら、わたしはディートリンデの背後にライムントの姿を探した。けれど、ライムントの姿はどこにもない。
「あの、アーレンスバッハの代表はライムントではございませんの? 彼以外が研究に関与している様子は全くなかったのですけれど……」
わたしの疑問をディートリンデはホホホと笑って吹き飛ばす。
「ライムントが前に出るのを嫌がったのです。仕方がありません。それに、わたくしの婚約者の研究ですから、わたくしが代表したところで問題ないでしょう」
ディートリンデのこの勢いで押し切られてライムントには断り切れなかっただけではないだろうか。
……もう! こういう時にしっかりと顔を売らなきゃダメなのに。
ライムントの手柄を横取りするディートリンデに憤慨しつつ、わたしはレスティラウトの隣に立った。
「レスティラウト様、先程何かおっしゃいましたよね?」
「いや、良い」
王族の脇に控えている団体の中から見たことがない男性が進み出てきた。先程騎士見習い達に声をかけたのが騎士団長だったから、多分彼は中央の文官代表だろう。
「第一位、ダンケルフェルガー、エーレンフェスト。其方等が行った研究では廃れていた神事の見直しが行われ、加護を得るための条件が明らかにされた。加護を得ることで魔力の消費量が変わるというところは非常に興味深いものであった。王族が参加したことからも、これから先のユルゲンシュミットにおいて非常に重要な研究であるといえよう」
研究のどのような点に感心したのかなどが述べられる。一番評価されたのは、神々の加護の数によって魔力の消費に変化がみられるという部分だったようだ。これからの学生達がたくさんの加護を得られるように研究を続けてほしい、と言われた。
……でも、続けるような研究ってそんなにあるかな?
「こちらを本日の記念とする。これからもユルゲンシュミットのために励むように」
レオノーレが受け取ってきたディッターのメダルと違って、こちらのメダルは淡い黄色の魔石だ。ずしっとした重みが手の中にある。わたしはレオノーレにそのメダルを持っていてもらい、中央の文官代表が二位のギレッセンマイヤーに声をかけている間に、ディートリンデの隣に並び直した。
「第三位、アーレンスバッハ、エーレンフェスト。其方等が行った研究では大量の魔力が必要な魔術具をより少ない魔力で動かすことができるようになった。今までにあった魔力の削減方法より、ずっと優れた部分が多く、展示されていた魔術具だけではなく、非常に応用ができる研究だ。これからも更なる改良に取り組むことを願っている」
中央の文官達はここの魔術具ではなく、ライムントの研究の根底である魔力の節約に大きく着目しているようだ。よく考えてみれば、表彰された研究はどれもこれも魔力を節約したり、増やしたりするものばかりだ。今のユルゲンシュミットにとってどれだけ魔力が不足していて大事なのかがよくわかる判定基準だった。
二つのメダルを持って戻ると、次は来客数と応対について表彰が始まる。こちらには残念ながらエーレンフェストは入っていなくて、領地の順位通りだった。クラッセンブルクが一位で、ダンケルフェルガーが二位、ドレヴァンヒェルが三位である。
「今年のエーレンフェストはとても良い感じだと思ったのですけれど……」
わたしが結果を聞いて唇を尖らせると、ブリュンヒルデは仕方がなさそうに首を振った。
「エーレンフェストの場合、対応できる側仕えや領主候補生が少ないのです。どうしてもお客様を待たせてしまいますから、満足度は下がるでしょう。こちらで上位を目指すのは難しいですね」
お菓子や流行の数々、商取引の前哨戦など客を引き付ける要素はたくさんあるのに、対応できる人数がいない。元々の人数が多い大領地でなければとても対応しきれないそうだ。「突然、側仕え見習いの人数を増やすことはできませんから」というブリュンヒルデの言葉にわたしは納得するしかなかった。
……中領地の割に人数が少ないんだよね、エーレンフェストは。
少しでも貴族の人数を増やせるように考えていかなければならないだろう。
領地対抗戦の表彰が終わると、今度はいよいよ貴族院の成績優秀者の表彰である。これまでの表彰が領地に与えられる物だとすれば、こちらは個人に与えられるものだ。
「これから今年の成績優秀者の発表を行う。呼ばれた者は前に出るように」
そんな声と共に最終学年から成績優秀者が発表されていく。最終学年の最優秀はドレヴァンヒェルの上級文官だった。領主候補生ではないのか、と驚いていると、領主候補生の最優秀としてディッター物語の絵を描くことに夢中になっていたはずのレスティラウトの名が呼ばれた。
……レスティラウト様って領主候補生の最優秀になれるくらい成績が良かったんだ。初めて知ったよ。
お絵かきに夢中にならずにもっと真面目にしていれば学年の最優秀も夢ではなかったのではないだろうか。そんなことを考えている間に、レオノーレとアレクシスが優秀者として名を呼ばれた。
「アレクシス、よくやった」
「レオノーレ、おめでとう」
「ローゼマイン様のおかげです」
レオノーレとアレクシスが皆の祝いの言葉を受けながら前へ向かう。それを見送っていると、次は五年生が呼ばれ始めた。最優秀が呼ばれ、その後は領地の順位ごとに名が呼ばれていく。
「エーレンフェストより……ブリュンヒルデ、ナターリエ、マティアス」
「ブリュンヒルデ、マティアス。二人共、おめでとう」
マティアスは去年も優秀者に選ばれていたけれど、ブリュンヒルデは初めての優秀者だ。驚きに飴色の目を軽く見開いていたブリュンヒルデがじわりと目を潤ませて微笑む。
「……わたくし、初めての優秀者です」
「えぇ。ブリュンヒルデは上位領地を相手にとても努力していたもの。それが評価されて、わたくしも嬉しいです」
「恐れ入ります、ローゼマイン様」
嬉しそうに頬を少し上気させ、ブリュンヒルデが微笑む。華やかさが増して、とても綺麗な笑顔だった。
「優秀者、ですか」
そんな呟きを耳にして、わたしはマティアスを見上げた。ブリュンヒルデと違ってマティアスは優秀者になっても嬉しそうに見えない。もっと上を目指していたのかもしれないけれど、中級貴族が優秀者に選ばれることは滅多にないのだ。もっと喜んで良いことだと思う。
「もっと嬉しそうに誇ることですよ、マティアス。主であるわたくしは誇らしいのですから」
わたしの言葉にマティアスが何度か目を瞬いた後、その場に跪いた。そして、青い瞳で真っ直ぐにわたしを見つめながら、わたしの手を取って額を当てる。
「え? マティアス、何を……」
「ローゼマイン様が我々を救済することを考えてくださらなければ、この栄誉はなかったのです。私の栄誉と感謝を我が主に捧げます」
……お願い、止めて! この感謝、すごく心臓に悪いから! それに目立つから! ものすごく目立ってるから!
「わ、わかりましたから、マティアスは早く前へ。皆が待っていますよ」
わたしは慌てて手を引っ込めると、マティアスに早く前へ向かうように言った。ブリュンヒルデとマティアスとナターリエの三人が前へ向かった頃には四年生の発表がされていた。ラウレンツとイグナーツが優秀者として呼ばれている。
「私もローゼマイン様に跪いて感謝したいのですがよろしいですか?」
少しからかうように響きの含ませてそう言ったラウレンツを軽く睨んで、わたしは早く前に向かうように言う。
「お祝いに夕食のお肉を大盛りにしてあげますから、感謝はもう少し人の少ないところでお願いします」
「かしこまりました」
ラウレンツは笑いを堪えるように口元を押さえ、ヴィルフリートからお祝いの言葉をかけてもらったイグナーツと前へ向かう。
「三年生、最優秀。エーレンフェストの領主候補生ローゼマイン」
その後、領主候補生の最優秀、文官の最優秀でもわたしは名を呼ばれた。何度も呼ばれる同じ名前に周囲から「おぉ」という感嘆の声と共に、「またか」という声も混じり始める。そのまま優秀者も呼ばれて行き、「エーレンフェストよりヴィルフリート」という声が響いた。
「おめでとう存じます。初めての表彰式ですね。さぁ、ローゼマイン様。前へ」
わたしよりもフィリーネやリーゼレータの方がよほど嬉しそうに見える。
「ローゼマイン、手を」
側近達に笑顔で送り出され、ヴィルフリートにエスコートされて、わたしは前へ出る。周囲の囁きでものすごく自分が注目されているのがわかった。
「あれがエーレンフェストの……。奉納式で王族を招いた領主候補生か」
「二年連続で表彰式を欠席していた領主候補生だろう?」
……わたし、何か変なところで注目されてる!?
周囲の声に上がっているのは、成績ではない部分ではないだろうか。こうして第三者にひそひそと言われると、今年も欠席した方が良かった気分になってきた。
「背筋を伸ばせ。ここから先は其方一人だぞ」
優秀者が並んでいるところでヴィルフリートは足を止める。
ヴィルフリートに手を離されたわたしは、なるべく優雅に見えるように気を付けて歩き、ゆっくりと壇上に上がった。壇上に上がれば、下からも上からも注目されているのがよくわかる。視線を重たく感じながらも、頭が下がらないように背筋だけはピンと伸ばす。
……うあぁ。緊張する。やっぱり欠席した方が良かったかも。
王族がずらりと並ぶ前を歩いていると、エグランティーヌがニコリと微笑んでくれた。その笑顔に少し励まされながら、わたしは王の前に跪く。跪いたわたしを見下ろす王の顔色は奉納式の時に比べてずっと良くなっている気がした。こちらを見下ろしてくる目は優しくて、語り掛けて来る声は穏やかで優しい。
「エーレンフェストの領主候補生、ローゼマイン。其方は三年連続で非常に優秀な成績を収めた。特に今年はダンケルフェルガー、ドレヴァンヒェル、アーレンスバッハとの共同研究を行い、その成果においてユルゲンシュミットに多大な貢献をした。其方の努力と貢献は称賛に値する」
面倒事を引き起こしてばかりだと叱られることの方が多かったせいだろうか。貢献した、役に立った、と王から褒められて、じわりと喜びが湧いてくるのを感じた。社交辞令ではなく、本当にそう思ってくれているのが伝わってくる。
……ホントに役に立ったんだったらよかった。
「ツェントのお役に立てたこと、大変光栄に存じます」
大きな拍手が響き、わたしは王の許しを得て立ち上がる。振り返ると、下に並ぶ学生達だけではなく、観客席の大人達も拍手してくれているのがわかった。エーレンフェストの観客席では養父様を始め、騎士達や保護者が拍手している。
そのままくるりと視線を反対側に向ければアーレンスバッハの藤色の中に明るい黄土色のマントが見えた。目を凝らせばフェルディナンドとエックハルト兄様とユストクスが揃って拍手してくれているのがわかる。
……あ、養父様もフェルディナンド様もちゃんと喜んでくれてる。
自分の貴族院の成果を喜んで褒めてくれる人が大勢いる。それはこれまでにあまり実感しなかったことだった。緊張よりも喜びが大きくなって、胸の奥が温かくなって、何だかとても嬉しくて幸せな気分になってきた。
……うん、来年も頑張ろう。
自然とそう思える表彰式だった。