Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (515)
フェルディナンドとの夕食 前編
「食事を保存するための魔術具はこちらに置いていただければよろしいのではないかしら? そうすればワゴンが問題なく通れます」
「あちらからいらっしゃる側近の人数に変更はありませんね?」
領地対抗戦から戻って来た側近達がお茶会室の準備を入念に整える。わたしはお茶会室を見回して一つ頷いた。準備は完璧である。養父様とヴィルフリートもいて、フェルディナンドの到着を待っている状態だ。
「貴方達学生はそれぞれ夕食のための準備があるでしょうから、一度自室にお下がりなさい」
こちらのお茶会室の準備の采配を振るっていたリヒャルダがそう声をかけると、その場にいた学生達は自分達の食事のために下がっていく。残ったのはリヒャルダのような成人の側仕えと養父様の側近、それから、夕食の間、わたし達の護衛をしてくれる騎士団の人達だ。
扉の向こうでチリンと小さくベルの鳴る音がした。
「フェルディナンド様がいらっしゃいました」
扉の前に控えていた養父様の側仕えがそう言いながら扉を開けた。ユストクス、フェルディナンド、エックハルト兄様、それからもう一人、見知らぬ人が大きな保存の魔術具をのせたワゴンを押しながら入って来た。彼がアーレンスバッハで付けられた側近だろう。
「おかえりなさいませ、フェルディナンド様」
わたしがそう声をかけると、フェルディナンドは少し驚いたように瞬きした後、「……あぁ」と答えた。
「フェルディナンド様。あぁ、ではなく、ただいま戻りました、と言ってくださいませ。挨拶は大事なのでしょう?」
「……今、戻った」
渋々というような顔で躊躇うようにそう言いながらわたしから視線を外し、養父様とヴィルフリートに挨拶を始める。
「無理を言ってすまない。今夜一晩、世話をかける。ユストクスとエックハルトはヴィルフリートも知っているであろう? こちらの彼はゼルギウス。アーレンスバッハでわたしに仕えてくれている側仕えで、レティーツィア様の筆頭側仕えの息子である」
アーレンスバッハの側近だが、ゲオルギーネ派ではないということだろう。わたしはゼルギウスを見上げた。青緑の髪に黄緑の目をした側仕えらしい穏やかそうな笑顔の人である。
「よろしくお願いします」
アーレンスバッハからやってきた側近の紹介と挨拶が終わると、養父様がフェルディナンドに席を勧めた。わたしやヴィルフリートにも席に着くように言いながら、養父様自身は退室の準備を始める。
「私は学生達と夕食を摂るので一度下がらねばならぬが、今日はあまりローゼマインを叱るのではないぞ、フェルディナンド」
養父様は「食事を終えたらこちらに戻って来る」と言い残し、すぐにお茶会室を出て行った。慌ただしく去っていく養父様の背中を見ながら、フェルディナンドがぽつりと呟く。
「後でこちらに来るならば、わざわざ私を待っていなくても良かったのだが……」
「時間がない中でも会いたいと思っていたのでしょう。……それはそうと、フェルディナンド様。わたくし、言われた通りに最優秀を取りました。それに、共同研究でも表彰されたのですよ。さぁ、褒めてくださいませ」
お説教の前にまずは褒め言葉をいただきたい。それがあれば、後のお説教はいくらでも聴く。最優秀を取ったことを誇れば褒めてもらえる、と養父様から教えてもらったので、わたしは胸を張って最優秀を誇ってみた。そうしたら、ペチッと額を叩かれた。解せぬ。
「どうして叩かれるのですか!?」
「褒める前に問い詰めねばならぬことや叱ることがたくさんあると思うのだが?」
そう言いながらスッと伸びて来た手に頬をつねられそうになったので、わたしは急いで両方の頬に手を当ててつねられないようにガードする。
「今日くらいは叱るな、と養父様もおっしゃったではありませんか。叱るのは後回しにして、まずは褒めてくださいませ。お説教をたっぷりと聞く心構えはできています」
「説教に対する心構えより、叱られると思うことを最初からしないための心構えが肝要であろう」
やれやれ、と首を横に振りながらそう言われて、わたしはむぅっと唇を尖らせる。おかしい。最優秀を誇ったのに、フェルディナンドの口からは一言も褒め言葉が出てこない。
「だから、お説教は後にして、まず褒めてくださいと言っているではありませんか。最優秀でも褒めてもらえなければ、どうすれば褒めてくださるのですか?」
わたしが不満を爆発させると、フェルディナンドは「……大変結構」とすごい棒読みで褒めてくれた。
……違うっ! これはわたしの望んだ褒め言葉じゃないよ!
「全く心が籠っていませんよ!? これならば、領地対抗戦のシュミルのぬいぐるみについて……」
「あれについてはすまなかった、ローゼマイン」
あの時のように褒めてほしい、と訴えるはずの言葉を遮るようにして出てきた言葉は何故か謝罪だった。「誰かに譲る予定の魔術具を奪う彼女を止められなかったのは、私の落ち度だ」と呟くフェルディナンドの苦い顔はヴェローニカの話をする時に共通した表情で、わたしのぬいぐるみを取り上げるディートリンデがヴェローニカに被って見えたことを如実に表していた。
……うあぁ、妙なトラウマを刺激したみたい。
「えーと、フェルディナンド様。わたくし、謝って欲しいのではなくて、褒めてほしいのです。しかも、それはフェルディナンド様が謝ることではないでしょう?」
「だが……」
「何があったのだ?」
別のテーブルで社交をしていたヴィルフリートにわたしは「大したことではありませんけれど」と前置きをしながら事情を軽く説明する。
「確かに叔父上の責任ではないであろう」
「ヴィルフリート兄様もこう言っていますし、褒め言葉も謝罪ももういいです。お部屋を案内いたしましょう」
いつまでも謝りそうな雰囲気のフェルディナンドの言葉を遮ると、わたしは席を立って「リヒャルダが頑張ってくれたのですよ」と奥の衝立に向かって歩き始める。
「えぇ。フェルディナンド様が少しでも寛げるように、と姫様が張り切っていらっしゃいましたからね」
雰囲気を明るくしようとしたのだろう。リヒャルダがクスクスと笑いながら説明を始めた。フェルディナンドに見せるため、そして、側仕え達に対する説明でもある。
「こちらにフェルディナンド様が休むための場所を準備しました。さすがに天蓋は無理ですけれど、衝立があれば少しは気を休めることができるでしょう?」
荷物を置く場所、布団の場所に加えて、日常生活で使う魔術具の配置なども説明される。どちらかというと側仕え同士の話なので、わたしはフェルディナンドの袖を軽く引いて、長椅子を指差した。
「フェルディナンド様、こちらは今日のためにエーレンフェストから運ばせたのですよ」
「できたのか?」
「はい。他の長椅子に比べれば、とても寝心地が良いと思います」
座ってみてください、と言えば、フェルディナンドは興味深そうに座って、座面を何度か手で押して確かめ始めた。フェルディナンドが座っているのを正面から見れば、その顔色の悪さがよくわかる。
……激マズ薬、飲みまくり?
満足そうに「あぁ、これは良いな」と言っているけれど、少しの表情の変化で隠せるような疲労ではないようだ。
「ローゼマイン。何だ、この長椅子は?」
フェルディナンドの顔色をじっと見ていると、マットレスの置かれた長椅子を初めて見たヴィルフリートが小声で尋ねてきた。
「わたくしがグーテンベルクに新しく作らせた物です。フェルディナンド様が注文されていたのですけれど、長椅子ができあがるより先にアーレンスバッハへ向かうことになりましたから」
できたばかりなのですよ、とヴィルフリートに説明すると、フェルディナンドが「気になるならば触ってみても良いぞ」と自慢するようにマットレスを撫でた。ヴィルフリートが好奇心に満ちた目で長椅子に近付いていく。ヴィルフリートの側近であるオズヴァルトも同じだ。
「こちらでゆっくり休めば、この疲れの溜まったお顔が少しは晴れるでしょう。フェルディナンド様がここまで疲れた顔をしているのは久し振りではありませんか? 奉納式で拝見した王様と同じような顔色になっていますよ。アーレンスバッハでは一体どのような生活をしていたのです?」
わたしの言葉にヴィルフリートが怪訝な顔になってフェルディナンドを見た。そして、不可解そうに首を傾げる。
「普段とあまり変わらぬと思うが……。其方、よく叔父上の顔色などわかるな」
「ヴィルフリート兄様とフェルディナンド様はあまり顔を合わせる時間がないでしょうから仕方がございませんよ」
ただでさえ貴族は感情を読ませないように隠すのだが、ヴェローニカに悟られまいとしていたフェルディナンドは年季が入っている。よほど親しくなければわからない。
ヴィルフリートに見られるのが居心地悪いのか、フェルディナンドは少し顔をしかめてわたしに向かって手を伸ばしてきた。
「ローゼマイン、其方も決して顔色は良くないぞ。領地対抗戦から表彰式の間、全く休めていないであろう? 無理をしたのではないのか?」
余計なことを言うな、と軽く頬をつねられた後は、いつも通りの健康診断だった。額や手首に触れて体温や脈が確認される。ひた、と当てられる手の感触が何とも懐かしくて、わたしは軽く目を閉じた。
「フェルディナンド様のおかげでずいぶんと丈夫になりましたよ。今日は途中で倒れませんでしたから。最近は寝込む回数も減りましたし、寝込んでも二日で治るようになってきたのです」
「だが、少し熱が上がり気味に思える。領地対抗戦から戻ってから薬を飲んだか? 明日に差し支えるぞ」
首筋に当てられた手が少しひやりとしていて心地良く感じるのは、もしかしたら少し熱があるせいかもしれない。
「優しさ入りを飲んだので、大丈夫だと思いますけれど……」
「ならば、良い。定期的な運動をして体力をつけるようにしなさい。まだ魔術具に頼っているのであろう?」
一通りの確認を終えたフェルディナンドが手を離す。「なるべく頑張ります」と答えながら目を開けると、ヴィルフリートが驚いたような顔でこちらを見ていた。
「どうかなさいましたか、ヴィルフリート兄様?」
「いや、少し驚いただけだ」
何に驚いたのだろうか、と思ってヴィルフリートを見れば、その手はマットレスを押している。コイル入りのマットレスに驚いたに違いない。
「このような長椅子はまだ量産はできませんし、改良点もたくさんあるようですけれど結構心地良いでしょう?」
「う? うむ。そうだな……」
ヴィルフリートが取り繕ったような笑顔で何度もマットレスを押しつつ、わたしとフェルディナンドを交互に見る。
「何ですか?」
「いや、何でもない。何でもないのだ。……そろそろ食事の準備を始めてくれないか、オズヴァルト」
ヴィルフリートの指示にオズヴァルトもこちらを気にしながら動き始めた。側仕え達によって大きな保存用の魔術具がエーレンフェストの寮からも持ち込まれる。この中に本日の夕食とフェルディナンドに持ち帰ってもらう料理の数々が入っているのだ。
ちなみに、この保存の魔術具はお母様にお願いして貸してもらったものである。「フェルディナンド様においしい料理を届けたい」というわたしの願いは快く受け入れられ、馬車で神殿へ運んでくれたらしい。
「ユストクス、保存するためのお料理を確認するのに時間が必要でしょうから、わたくし達が食事をしている間に行うと良いですよ」
「恐れ入ります、姫様。エーレンフェストの料理はフェルディナンド様の食があまり進まない時に重宝しました。ここで補充できると思わなかったので、非常に助かります」
ユストクスの言葉から察するに、仕事漬けだったのは間違いないようだ。じろりとフェルディナンドを睨めば、「仕方がなかろう」と不満そうに返された。
「ゼルギウス、給仕は其方に頼む」
「かしこまりました、フェルディナンド様」
そして、食事は始まった。今日は基本的にフェルディナンドが好みのメニューだ。領地対抗戦であまりにも忙しい寮の料理人にも、フェルディナンド用の保存食を準備してもらうのに大忙しのお城の料理人にも手間暇のかかるダブルコンソメを作ってもらいたいとは到底言い出せなかった。そのため、今日の料理は神殿の料理人に作ってもらって、お母様の保存の魔術具に入れて城に運んでもらったのである。
「む? 今日はタオヒェンの肉を使っているのか?」
あまり数が獲れないため、寮の食事に上がることはないタオヒェンにヴィルフリートが目を丸くした。
ヴィルフリートにわたしは「他の皆には内緒ですからね」と囁く。わたし達の食事は神殿で作られた分なので、食堂で他の皆が食べているのとは別メニューである。ちょっと珍しかったり、高かったりする素材がふんだんに使われているのだ。
「フェルディナンド様はコンソメとポメで煮込んだタオヒェンがお好きだから、と神殿の料理人が今日のメニューを決めてくれたのです」
フェルディナンドの好みに合わせてメニューや味付けを工夫していた料理人達は、ハルトムートを通しての依頼に見事に応えてくれ、フェルディナンドの好みの料理を準備してくれた。
「自分好みの味を準備してくれる料理人が懐かしいでしょう?」
「……そうだな。とても満足した、と彼等に伝えてくれ」
タオヒェンのポメ煮込みを味わうフェルディナンドの表情はとても穏やかで、純粋に食事を楽しんでいるのがわかる。食事の間の話題は主に領地対抗戦のことで、ヴィルフリートが対応していた他領のお客様の話が中心だった。
「ダンケルフェルガーとの共同研究がずいぶんと注目されていたな。来年の共同研究を申し出てくる領地も多かったぞ。エーレンフェストでなくても問題のなさそうな申し出は全て断らなければならない有様であった」
「そのような話を聞くと、エーレンフェストの順位が上がっていることを実感するな」
フェルディナンドの言葉にヴィルフリートは頷いた。
「次はもう順位を上げないようにすると父上はおっしゃいました。これ以上順位を上げてもエーレンフェストがついて行けないから、と」
「……君がやりすぎたのであろう?」
フェルディナンドにじろりと睨まれて、わたしは「まぁ、そうですね」とひとまず肯定する。確かにちょっとやりすぎた部分はある。
「でも、今年の功績はエーレンフェストが勝ち組領地と同じ扱いを受けられるようにする方向で収めてもらうようですから、順位自体は上がらないですよ。それに、元々は養父様があまりにも悪口を言われるのにカッとして、出来心で……」
「少し報復したくなる気持ちはわからないわけではないが、君は出来心で事を大きくし過ぎだ。常に報告、連絡、相談を忘れぬように言っておいたはずだが、全くできておらぬ。違うか?」
フェルディナンドの言葉をわたしは少し項垂れて聞く。お説教もストレス発散の一助になっているようなので止めるつもりはないけれど、せめて、食事が終わってからにしてほしい。
「叔父上、ローゼマインは王族と関わるな、と言われていたにもかかわらず、次々と関わりを持つのです。もっとしっかり叱ってください」
ヴィルフリートをフェルディナンドはじろりと睨んだ。
「其方こそもっとしっかりローゼマインを抑えろ。ずれたことをしている時に叱るなり、誘導するなりしなければローゼマインは覚えぬ。それに、私はあまり叱るな、とジルヴェスターに言われたところではないか」
……何ですと?
嫌そうな顔でそう言ったフェルディナンドに本気で驚いた。
「褒めてもくれず、お小言ばかりなのにフェルディナンド様は養父様の言葉を聞いているおつもりだったのですか? これまでのお小言は一体何だったのです?」
「ただの注意だ。叱ってはいないであろう? 本気で叱るのであれば、このようなぬるい言葉では済まさぬ」
今までのお小言はフェルディナンドにとって「叱る」の範疇に入らなかったらしい。
「君も、ヴィルフリートも……望むならば、いくらでも叱れるぞ。これでも最小限に抑えているのだ」
フェルディナンドにとても綺麗な笑顔で言われて、わたしとヴィルフリートは揃ってぶるぶると首を振った。これで最小限ならば、最大限がどうなるかなんて考えたくない。
お小言交じりの食事を終えてお茶を飲む頃にはユストクスも保存の魔術具に料理を詰め終わったようで、ゼルギウスと給仕を交代する。わたしやヴィルフリートの側近達も食事を終えて戻ってきて、代わりに、リヒャルダ、オズヴァルト、護衛をしてくれていた騎士団の人達が食事を摂るために寮へ向かった。
「それはそうと、今年の冬の狩りはどのような状況だ。無事に終わったのか?」
「狩りは終わったようですよ。わたくし達は貴族院にいたので、詳しくは存じません。後で養父様に尋ねてみると良いと思います」
わたしが粛清に関する質問に答えていると、ヴィルフリートが少し険しい顔になって腕を上げた。
「ローゼマイン、叔父上はすでに他領へ行っているのだ。エーレンフェストの内情を易々と話すものではない」
ゲオルギーネの情報を得るためにアーレンスバッハへ向かって、そこからエーレンフェストを守ろうとしてくれているのだ。情報はある程度交換していなければ、フェルディナンドも困るだろう。
「ヴィルフリート兄様、フェルディナンド様は……」
「ローゼマイン、止めなさい」
けれど、わたしがそのような説明をするより先に、フェルディナンドがゼルギウスのいる側近用の衝立の方へ視線を向け、首を振った。
「ヴィルフリートの言う通りだ。私に伝える情報はよくよく吟味しなければならない。以前とは違うのだ」
「それはそうでしょうけれど、共有する情報も大事ですよ」
フェルディナンドがアーレンスバッハで孤立する恐れを感じてわたしが不満顔になると、フェルディナンドは仕方がなさそうに肩を竦めた。
「エーレンフェストの内情についてはジルヴェスターと話をする。君とは……そうだな。シュミルのぬいぐるみの話でもしよう。あれは誰に譲るつもりだったのだ? 償いが必要であろう?」
「ですから、フェルディナンド様の謝罪は必要ない、と……」
「ローゼマイン様」
わたしを止めたのはリーゼレータだった。発言の許可を求めた後、ニコリと微笑んで小声でそっとわたしに囁いた。
「謝罪をお受けになってはいかがでしょうか? 償いをした方がフェルディナンド様の気が楽になるのでしたら、償いをしていただけば良いと思いますよ」
悪いのはディートリンデだと思っていたので、フェルディナンドの謝罪を受ける気はなかったけれど、それで気が楽になるならば謝罪を受ける分には構わない。
「でも、償いと言われても……」
「フェルディナンド様に新しく録音の魔術具を作っていただくのはいかがですか? フェルディナンド様にとっても贖罪となりますし、ローゼマイン様へのお言葉を吹き込んでいただければ、ローゼマイン様も嬉しいでしょう?」
リーゼレータはそう言って、バサリと転移の陣が描かれた布を広げた。そして、調合鍋や素材を次々と取り出し始める。お茶会室の一角に調合スペースができていく。
「調合室にもう片方の陣を広げておきました。調合台はさすがに準備できませんから、こちらのテーブルをご使用ください。これでローゼマイン様のために録音の魔術具を作ってくださいませ、フェルディナンド様」
唖然としたように調合スペースができるのを見ていたフェルディナンドが楽しそうに唇の端を上げる。
「ふむ。確かに新しい物を作れば償いにはなろう。あまり時間がない。助手を頼めるか、ローゼマイン?」
「何度も作りましたもの。お任せくださいませ」
フェルディナンドがいそいそと素材を手に調合を始める。償いという建て前であっても調合が楽しくて仕方がないみたいだ。暗い疲れた顔をしていたフェルディナンドの目が生き生きとし始めたのを見て、わたしはリーゼレータにとびっきりの笑顔を向けた。