Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (516)
フェルディナンドとの夕食 後編
「其方達もぼんやりしていないで手伝え。文官見習いならば調合の下準備くらいはできるであろう」
フェルディナンドはわたしやヴィルフリートに加えて、側近の文官見習いにも仕事を割り振りながら、テーブルで設計図を書いていく。ライムントから報告されているので、作り方は完全に覚えているらしい。
「さて、ローゼマインのために作れ、と言われたわけだが、一体いくつの魔術具が必要なのだ? 元々の贈り先にも必要ではないか?」
複数の文官見習い達によってヴァッシェンで調合用の器具が洗浄されていく中、フェルディナンドに問いかけられて、わたしは、うーん、と考え込んだ。
「本当はレティーツィア様に差し上げるつもりだったのですよ。フェルディナンド様が厳しいので、励ましの言葉とか、これ以上叱らないでくださいという言葉を入れるつもりだったのです」
「あぁ。確かにそれは必要かもしれぬ」
わたしが眠っていた二年間、課題を積まれたらしいヴィルフリートが文官見習い達と一緒にヴァッシェンをしつつ、少しばかり遠い目になる。
「ローゼマインと一緒に叔父上の講義を受けた時にも思ったが、課題は多いし、要求される基準が厳しいからな」
「ヴィルフリート兄様もそう思いますよね? 褒め言葉は必須と思うのですよ」
わたしはレティーツィア用の魔術具に録音しようと思っていた言葉の候補を並べていく。それを聞いていたフェルディナンドが嫌な顔をして、ユストクスが「レティーツィア様のお手紙ですね」と小さく笑い声を漏らした。手紙の内容を把握しているらしいユストクスの言葉にわたしは頷く。
「ゼルギウスがレティーツィア様の筆頭側仕えと関係が深いのでしたら、新しく作った魔術具はゼルギウスの魔力で登録した方が良いかもしれませんね。レティーツィア様は養女となるためにご家族と離れていらっしゃるでしょう? できることでしたら、ご両親の言葉を録音してあげてほしいのです。家族の声は何よりの励みになるでしょうから」
「……なるほど。では、君の声を入れる分と家族の声を入れる分、私から君に渡す分、予備にもう一つで四つほどあれば事足りるか」
この通りに素材を計れ、と紙を渡された文官見習い達が計り始める。わたしとフェルディナンドは計られた素材を調合しやすいように刻んだり、属性を分離させたり、次々と下準備をしていく。
「うぅ、下準備の速さが段違いです」
「今までの調合でこんなに細かく準備をしたことはありません。素材の品質を合わせるところが高度すぎます」
回復薬の作り方を教えられる時にハルトムートは結構普通にこなしていたけれど、フィリーネとローデリヒではとてもお手伝いの範囲にならない。それはイグナーツ達上級文官でも同じことで、フェルディナンドの調合を初めて見たせいか、驚愕の顔になっている。
「え? これを一度に行うのですか?」
「えぇ。わたくしは時間短縮に便利だと教わりましたよ。こうすれば一度に素材の品質が揃うのですって。……できました、フェルディナンド様」
わたしは自分に任された分の素材の品質を揃えてフェルディナンドに渡す。ユストクスが同じ作業をしながら、イグナーツ達に微笑んだ。
「肝心なのは慣れです。其方達には調合回数と工夫が圧倒的に足りていないのでしょう」
「わたくしは回復薬を自作しますから、必然的に調合回数が増えただけですもの」
ユレーヴェ作りも含めて、同い年の文官見習い達よりは調合経験が多いと思う。それに最初に調合を教えてくれたのがフェルディナンドなので、効率的で合理的な無茶ぶりが多かったせいもある。
「フェルディナンド様の調合は講義で教えられる調合と違って、効率的に調合するために様々な工夫がされていますから、見るだけでも勉強になると思いますよ」
イグナーツ達が真剣な眼差しで見つめる中、フェルディナンドはシュタープを変形させ、最初から時間短縮の魔法陣を使いつつ調合を進めていく。
……うーん、わたしはまだ最初から時間短縮の魔法陣が使えないんだよね。
調合では少しずつ変化していく素材の様子を見ながら次の素材を加えていくのだが、時間短縮の魔法陣を使うとその変化が一瞬で終わってしまう。そろそろかな? と思っているうちに頃合いが過ぎてしまうので、失敗する可能性が非常に高くなるのだ。わたしが時間短縮の魔法陣を使えるのは全ての素材を入れ終えて、ひたすら魔力で練っていく時だけなのである。
……まだまだ精進しないとフェルディナンド様には追いつけないな。
全ての素材を入れ終えて魔力で練るだけの段階になると、フェルディナンドが「ユストクス、時間短縮の魔法陣の重ね掛けだ」と呟いた。文官見習い達からどよめきが上がる中、フェルディナンドのすぐ近くに控えていたユストクスは「かしこまりました」と答え、調合鍋の上に時間短縮の魔法陣を描き始める。
時間短縮の魔法陣を使うと長時間かけて使う魔力を一気に使う形になるので、制御がちょっと難しくなる。それを二重にかけるのは初めて見る。調合がどんなふうに変化するのか、ドキドキしながらユストクスが慣れた感じで二重に魔法陣を描いているのを見ていると、フェルディナンドがわたしをちらりと見た。
「ローゼマイン、ユストクスが描き終わったら、君ももう一つ描け」
「三重にするおつもりですか? え? 大丈夫なのですか?」
「時間がないと言ったであろう? 君は私ができないと思っているのか?」
「思いません」
フェルディナンドは勝算があることしか手を出さない。それくらいは知っている。知っているけれど驚くだろう。現に、調合を見守っている文官見習い達は何が何だかわからないというような愕然とした顔になっている。領主候補生コースの予習の時に何度か規格外の調合を見せられているヴィルフリートだけが「相変わらずわけがわからぬ」と言いながらも当たり前のものを見る顔をしていた。
「では、姫様。どうぞ」
呆然としている文官見習い達の視線を受けながら、わたしはユストクスと交代し、シュタープで時間短縮の魔法陣を描いていった。二重でかかっている時間短縮に合わせて魔力を注いでいくため、フェルディナンドの全神経が調合鍋と魔法陣完成の瞬間に集中しているのがわかる。
完成の瞬間、フェルディナンドは混ぜ棒を握る手にグッと力を籠めた。時間短縮の魔法陣を三重にかけたせいで一気に魔力が必要になっているのだろうけれど、調合鍋の様子を見つめて挑戦的な笑みの浮かんだ口元からは難易度が上がるのを楽しんでいるようにも見える。
「……完成だ」
普通に行えば一つにつき鐘一つ分ほどかかる調合を短時間で四つ分一気に終わらせたフェルディナンドは達成感に満ちた顔で録音の魔術具を取り出した。満足そうで何よりだ。
「片付けを。さすがに、このまま調合器具を放置しておくわけにはいくまい」
転移陣を使って取り出した調合セットは転移陣で調合室に返さなければならない。それはこのお茶会室から出られないフェルディナンドにはできないことだ。
「転移陣を調合室に準備しています。どなたか、あちらで取り出してくださいますか?」
リーゼレータは送り出すための転移陣を広げてヴァッシェンした調合器具を転移陣の上に置き始める。テキパキと片付けを始めた側仕え達の姿にハッとしたように文官見習いの一部が受け取りのために調合室へ向かった。
「調合器具の片付けは文官見習いがします」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
残った文官見習い達がリーゼレータの手から調合器具を受け取り、ヴァッシェンして転移陣の上に置いていく。魔法陣が光るたびに上に置かれた器具や素材が消えていくのが少しばかり面白い。
文官見習い達がバタバタと片付け始めた様子をしばらく見ていたフェルディナンドが、片付けられたテーブルに向かい、席に着いてゆっくりと息を吐いた。調合の間に食事を終えていたらしいゼルギウスがすぐにお茶を淹れ始める。わたしとヴィルフリートも同じように座って、自分の側仕えにお茶を淹れてもらった。
「まさかこの短時間で四つも魔術具ができると思いませんでした」
わたしはテーブルの上に並べられた録音の魔術具を見た後、フェルディナンドを振り返って微笑んだ。
「では、フェルディナンド様。録音の魔術具を作ったのですから、四つ分の設計図使用料をお支払いくださいね」
「私は自分で設計図を覚えていたのだから、君の設計図を使用していないぞ」
「でも、わたくしが買い取った設計図ですし、ライムントのため、これから先の研究者の利益確保のためにも必要なのです」
わたしとしては作ってもらったという意識が強いので別にお金なんて必要ない。けれど、「自分の研究がお金になるほど素晴らしい物だ」とライムントに理解してもらうためには必要なお金だし、知的財産権を周知していくにも大事なことである。
わたしが印税と同じように広げていきたい知的財産権について話をすると、フェルディナンドは「君の考えることは相変わらず突飛だ」と言いながら、ユストクスに命じてお金を払ってくれた。
「印刷協会や鍛冶協会では結構上手くいっているのですけれど、魔術具の特許料に関しては貴族にも強制力を持つ機関の設置が必要かもしれませんね」
「それに関しては貴族から原稿を買い取り、本の売れ行きによって印税を支払うというのが定着してから研究者についても考えなさい。一度成功しているやり方を取り入れる方向にした方が皆にも受け入れられやすかろう。一度に何もかもしようとするのではない。君の悪い癖だ」
わたしが個人的に買い取った設計図の特許料を支払うという形で研究者にそういうやり方があることを周知したり、売れた本の印税が確実に支払われるという実績を重ねたりすることが肝要だ、とフェルディナンドに言われて、わたしは頷く。
……確かに地道な努力は必要だよね。
片付けを終えた文官見習い達がお茶会室に戻って来た。口々に「すごい調合を見た」「どうすれば良いのか」と興奮気味に言っていて、フェルディナンドはそれに笑顔で応じているけれど、何だか非常に疲れているように見える。達成感もある心地良い疲労を通り越して、これまで溜まっていた疲労が一気に圧し掛かってきたような感じではないだろうか。
「この後は養父様とお話し合いもあるのでしょう? 癒しが必要ではございませんか?」
「……あると助かる」
そう言われて、わたしはお茶会室の中を見回した。フェルディナンドだけではなく、ユストクスもエックハルト兄様も疲労の溜まった顔になっている。ゼルギウスもちょっと疲れた顔だし、突然の調合に振り回された側近達もややお疲れだろう。
わたしは席を立つとシュタープを出して「シュトレイトコルベン」と唱えた。フリュートレーネの杖に変化させると、お茶会室にいる全員にまとめて癒しをかける。
「何だ、これは……」
せっかく癒しをかけたのに、何故かもっと頭が痛くなったような顔でフェルディナンドがこめかみを押さえた。
「……あれ? もしかして、効きませんでした?」
「規格外に磨きがかかっている。たった季節一つ分で何故ここまで……」
「え? え?」
そんなに頭を抱えられるようなことだっただろうか。いつもやっていることをしている気分だったわたしはフェルディナンドが何に対してこめかみを押さえているのかわからない。トントンと指先でテーブルを叩き、「座りなさい」と言った姿からはお説教の始まりが窺える。
わたしはフリュートレーネの杖を消すと、椅子に座る振りをしながらちょっとだけ椅子をフェルディナンドから遠ざけた。
「さて、ローゼマイン。癒しをかけるのに何故わざわざフリュートレーネの杖を出した?」
「複数人に一度にかけるのに便利だからです。指輪の場合は、一人一人にかけていかなければならないでしょう? でも、フリュートレーネの杖を使うと大人数でも一気にかけられるのです」
貴族院で行った奉納式の時も重宝しました、と言うと、フェルディナンドは深い溜息を吐いた。ヴィルフリートが「ローゼマイン、余計なことは……」と言いかけたので、わたしはニコリと笑う。
「これは領地の内情でも何でもありませんよ、ヴィルフリート兄様。奉納式に参加した人ならば誰でも知っていることではありませんか」
「それはそうだが……。其方は何でも喋りそうでハラハラする」
ヴィルフリートにそう言われながら、わたしは誰でも知っていることで、尚且つ、フェルディナンドのお説教を回避できそうな情報を伝える。
「フェルディナンド様がいらっしゃらない間にわたくしだって成長しているのです。シュタープで神具も二つ作れるようになりましたもの」
「……書き間違いや解釈の違いではなかったのか」
検閲を受けても大丈夫なように、貴族らしい言い回しをフル活用して書いた手紙の内容はフェルディナンドに明確には伝わっていなかったようだ。
「騎士達が剣と盾を作るのと同じようなものですよ。王族の方々もそう納得していらっしゃいました。わたくし、そのうちフェルディナンド様のように複数の盾を作ることもできるようになりますから、期待していてくださいませ」
自分の抱負を語って微笑むと、きつく目を閉じたフェルディナンドが「明らかに違うだろう」と呟いた。
「何が違うのですか?」
「いや、もう良い。ここで今更何を言っても無駄だ。私は他領の人間になるのだ。後はエーレンフェストで何とかするしかあるまい」
フェルディナンドがパタパタと手を振ると、ヴィルフリートが驚いたような顔になった。
「そういえば、奉納式でフェルディナンド様が教えてくださった魔力だけが大幅に回復する回復薬を配ったのですけれど、かなり価値が高いようです。王族の方々も驚いていらっしゃいました」
「……それが何だ?」
もう何も言う気力がないというような顔でフェルディナンドがわたしを見た。
「ディートリンデ様が何かやって御不興を被った時の連座回避とか、フェルディナンド様の貢献として高く売れそうだと思ったので、ご報告です。奥の手として温存しておくと良いですよ」
そう言うと、フェルディナンドはわたしを見る目に力を入れた。
「ローゼマイン、君はディートリンデ様が何かやると思っているのだな? 事前に止められることならば教えてくれ」
「ヴィルフリート兄様、髪飾りとピカピカ奉納舞については内情に入りませんよね?」
「……うむ、そうだな」
わたしはひとまずヴィルフリートに同意を求めた上で、ディートリンデが明日の卒業式で髪飾りを王族よりも豪華にする可能性が高いこと、それから、魔石を光らせる電飾奉納舞を行う可能性があることを説明した。
「王族に対する不敬を見逃すわけにはいかぬ。髪飾りについては無理やりでも取らせる。だが、その、ピカピカ奉納舞とは何だ?」
「御加護を得る儀式を終えた直後の魔力の制御ができなかった時にローゼマインが奉納舞のお稽古で魔石を光らせてしまったのが事の発端です」
ヴィルフリートの説明にわたしは慌てて口を開いた。
「でも、祝福は飛び出さなかったのですよ。魔石が光っただけで終わらせることができたのです。これは褒められる案件ですよね?」
フェルディナンドには一瞥されただけで流され、ヴィルフリートは「何故褒められると思えるのかわからぬ」と頭を振って話を続ける。
「奉納舞のお稽古ではローゼマインがとても目立っていて、ディートリンデ様も成人式の奉納舞で真似たい、とお茶会の時におっしゃったのです」
「ローゼマイン、君は本当に……」
「わ、わたくしのせいだけではありません! お稽古の時は不可抗力でしたけれど、ヴィルフリート兄様が、魔石の質を落とせば簡単に光らせることができるのではないか、と助言したのですから」
助言に従って自分に合わせた魔石を準備して稽古しているのであれば、わたしよりもヴィルフリートの方がよほど責任は大きいだろう。わたしの告げ口に、フェルディナンドはじろりとヴィルフリートを睨んだ。
「ヴィルフリート。其方、ずいぶんと余計なことをしてくれたようだな」
フェルディナンドがヴィルフリートを叱り始めると、ブリュンヒルデがそっとわたしの肩を叩いた。
「ローゼマイン様、もうじき七の鐘が鳴りますよ。レティーツィア様に贈られる魔術具をゼルギウス様に託されるのでしたら早めにお願いしなければなりません」
できあがった録音の魔術具から意識が完全に離れていることが心配でならない、とブリュンヒルデが呟く。ヴィルフリートをお説教から助け出すためにもちょうど良い。わたしはフェルディナンドの袖を軽く引っ張った。
「フェルディナンド様、この魔術具の一つをゼルギウスに託せば、レティーツィア様のご家族から励ましのお言葉をいただけますか?」
わたしがフェルディナンドの側近であるゼルギウスに直接尋ねるわけにはいかない。フェルディナンドはヴィルフリートに対する説教を止めて、ゼルギウスに視線を移した。
「どうだ、ゼルギウス? レティーツィア様のご両親と連絡が取れるか?」
「取れます。私はドレヴァンヒェルで育ちましたから」
ゼルギウスはドレヴァンヒェル育ちで、レティーツィアが養女としてアーレンスバッハへ向かう時、親に同行したそうだ。そのため、ドレヴァンヒェルには自身の知り合いも多いらしい。
「では、ゼルギウスの魔力で登録しましょう。わたくしからの励ましのお言葉も録音して良いですか?」
「えぇ、もちろんです。ローゼマイン様のお心遣い、必ずレティーツィア姫様にお届けいたします」
ゼルギウスは優しい笑顔で黄緑の目を少し細めた。わたしはテーブルの上に並んだままの魔術具をフェルディナンドからゼルギウスに渡してもらって、ゼルギウスに使い方を教える。
そして、わたしからレティーツィアへ贈る言葉を登録してもらった。「レティーツィア様は大変よく頑張っていらっしゃいます」と「フェルディナンド様、あまり厳しいお言葉はダメですよ」と「たまにはよくできたと褒めてくださいませ」の三つである。
「何を入れているのだ、君は?」
「レティーツィア様がこの魔術具を出して来た時には、きちんと褒めてあげてくださいませ。わたくしに言ったような棒読みではダメですからね」
フェルディナンドに睨まれても怯まずにそう言って、わたしはゼルギウスに後を託した。
「シュミルのぬいぐるみにするには時間がないので、レティーツィア様の側仕えにお願いしてみてくださいませ」
「ゼルギウス、これからドレヴァンヒェルにオルドナンツを送ってみてはどうか? できれば、明日、録音できるのが一番だと思うのだが……」
「恐れ入ります。では、少し失礼いたします」
ゼルギウスが側近に与えられた衝立の向こうへ姿を消すと、フェルディナンドは残った三つの魔術具を少しばかり嫌そうな顔で見た。
「それで、君に贈る魔術具には一体どのような言葉を入れるのだ?」
「もちろん褒め言葉をお願いいたします!」
そして、できればレッサー君のぬいぐるみにするのだ。そんなわたしの野望はリーゼレータに打ち砕かれる。
「そうですね。一つくらいは褒め言葉も欲しいところですけれど、読書を止めるようにお願いするお言葉ですとか、休息を取るようにお願いするお言葉など、ローゼマイン様がフェルディナンド様に贈られるお言葉と同じようなものが必要だと存じます」
リーゼレータの隣ではブリュンヒルデも大きく頷いている。側仕え達の提案にわたしの側近だけではなく、ヴィルフリートも「お叱りの言葉の方が必要であろう」と賛成した。
「叱る言葉を入れるのは一向に構わぬが……」
「わたくしは褒め言葉が欲しいですよ?」
「そんなことはどうでもよろしい。それより、私に贈る言葉というのは何だ?」
「ローゼマイン様はこちらをフェルディナンド様に贈るために準備されていたのです」
リーゼレータがさっと紺色シュミルのぬいぐるみを取り出して、わたしの前にそっと置く。きっとわたしの部屋に取りに行ってくれていたのだろう。側仕えの気遣いが痛い。
「違います、リーゼレータ。こちらはユストクスに渡す予定なのです。フェルディナンド様にお渡ししても箱の中に詰められたままになって、きっと使ってもらえませんから」
わたしはテーブルの上の紺色シュミルを手に取ると、ユストクスに向かって差し出した。
「ユストクス、フェルディナンド様があまりにもお仕事ばかりで言うことを聞かない時に使ってくださいませ」
「どのような言葉が入っているのですか?」
「ユストクス、後で! 後で確認してくださいませ!」
血の気が引くのを感じながらわたしがフェルディナンドの様子を窺うと、フェルディナンドはフッと笑った。
「最後まで確認しておかなければなるまい。領地対抗戦のようになっては大変だからな」
「フェルディナンド様、そちらの木箱にシュバルツ達の研究資料が入っていますよ! そちらの確認をいたしましょう! ね?」
「後でする。ユストクス、再生せよ」
フェルディナンドの指示に従って、ユストクスが魔術具を再生していく。
「フェルディナンド様、きちんと休んでいらっしゃいますか? お仕事はほどほどになさいませ」
「どんなに忙しくてもご飯を食べなければ力が出ませんよ。お薬に頼りすぎず、きちんとご飯を食べてくださいね」
「エーレンフェストの料理がなくなったら連絡してくださいませ」
いくつか再生したところで、フェルディナンドにギュウと頬をつねられた。
「痛いですっ!」
「さもありなん。ユストクス、再生はもう良い。それは私が預かろう」
フェルディナンドがとても綺麗な作り笑顔でユストクスに向かって手を差し出した。このままでは絶対に封印されてしまう。
「ダメです。ダメです。ユストクス、フェルディナンド様に渡すくらいならば返してくださいませ!」
「何を騒いでいる?」
呆れたような口調でそう言いながら養父様が入って来た。側近や護衛のための騎士が増え、一気にお茶会室が狭くなったように感じられる。
「養父様! フェルディナンド様がユストクスにあげようとした魔術具を取り上げようとするのです」
「……これは例の魔術具か? 一体どのような言葉が入っているのだ?」
養父様はひょいっとユストクスの手にあった紺色シュミルのぬいぐるみを手に取って、魔石の部分に触れる。流れてくるわたしのお小言を聞いて大笑いした養父様がユストクスにポンと投げた。
「ローゼマインの小言をアーレンスバッハで流すぞ、と脅すだけでもフェルディナンドは仕事の手を止めよう。持って行け」
「恐れ入ります、アウブ・エーレンフェスト」
ユストクスが楽しそうに笑いながら紺色シュミルを側近の荷物を置く場所へ持って行く。
「それはそうと、これから先は大人の時間だ。其方等はもう自室に戻れ」
お酒の準備をした養父様の側仕え達によって茶器が並んでいたテーブルはすぐに片付けられて、酒器が並び始める。養父様にパタパタと手を振って退室を促されたわたしとヴィルフリートはおやすみの挨拶をするとお茶会室を出る。
……結局、フェルディナンド様に褒めてもらうことはできなかったね。