Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (524)
領主一族の会議 後編
「それから、このようなことを其方等に言わなければならないのは、大人として非常に心苦しく情けないと思うのだが……」
疲れ切った顔で養父様はそう言いながら、木札の束をコツコツと指先で叩いた。
「エーレンフェストは長いこと下位領地で、上位領地の付き合い方を知っている大人が少ない。それは知っているな? そして、今は順位を上げ過ぎたせいで上位領地としての付き合い方を求められている」
それは貴族院で散々言われてきたことだ。貴族院から戻ったばかりのわたし達は揃ってコクリと頷いた。
「だが、エーレンフェスト内は粛清の影響で貴族の人数は減っているし、捕らえられた者達がいなくなったことで空いた地位に誰が就くのかということに関心が向いて、貴族達の暗躍が始まっている状態だ。他領との付き合いよりも、まずは内政をまとめるのが先決となる」
ギーベ・ゲルラッハやギーベ・ベッセルが処刑されたため、次のギーベには誰がなるのか、残っている貴族達が牽制し合い、少しでも優位な地位に就こうと暗躍していて、とても他領に目を向けられるような状態ではないらしい。
「子供達の努力は知っている。順位を上げるため、成績を上げるために一丸となっていたことで、粛清に揺れる寮内がまとまっていたことも理解しているつもりだ。だが、情けないことにその勢いに大人がついて行けない。そのため、しばらくの間、貴族院では順位を維持、もしくは、十位くらいに下げてほしい。これはエーレンフェストの大人の総意だ」
養父様の言葉が信じられず、わたしはあんぐりと口を開けた。上位領地として相応しくなれるように大人が努力するのでその間「維持してほしい」というのではなく、「順位を下げてほしい」と言われるとは思わなかった。
「……エーレンフェストの大人の総意が、順位を下げること、なのですか?」
貴族院では少しでも成績を上げようとチームに分かれて頑張った。座学の好成績を先生に褒められて喜んでいた皆の顔が浮かんだ。そして、エーレンフェストが上位領地の仲間に入ったことによって周囲とどのように付き合っていけば良いのか、手探りで試しながら奮闘していた側近達の姿が脳裏をよぎる。皆に順位を下げてほしい、と言わなければならないのだろうか。
「ローゼマイン、其方の支持基盤であるライゼガング系貴族の意思だ」
養父様の後ろに立つお父様が少し苦い顔でそう言った。
「ライゼガング系貴族の……?」
「あぁ。貴族院からもたらされた情報により、粛清の前倒しが行われ、主要な地位についていたアーレンスバッハ系の貴族がほぼ一掃された。長年の夢と望みであった敵対勢力を葬り去ることができたことに満足し、前ギーベ・ライゼガングははるか高みへ続く階段を上がっていったそうだ」
予想外の言葉にわたしは目を見張った。
「曾祖父様がはるか高みに?」
「ローゼマインはライゼガングのために神が遣わしてくれたのだ、と感謝と満足をしながら、だったそうだ。できることならば、ローゼマインにアウブとなってほしい、と」
アーレンスバッハとヴェローニカに対する恨みと憎しみで凝り固まっていた曾祖父様の姿を思い出す。ヴィルフリートと話をして約束したことで少しは安心してくれたようだが、違ったのだろうか。粛清に満足して大往生というのも、それがわたしのおかげだと言われるのも、遺言でアウブになってほしいと言われるのも、何だかとてももやもやした気分になる。
「あの、父上。前ギーベ・ライゼガングとエーレンフェストの順位にどのような関係があるのですか?」
ヴィルフリートが訝しそうな顔でそう言うと、養母様が少し目を伏せた。
「前ギーベ・ライゼガングがはるか高みに上がったことで、旧ヴェローニカ派との対立は解消が容易になりました。もうアーレンスバッハに勝つために順位を上げる必要はないのです。これからはエーレンフェスト内を整えることに注力しなければならないし、エーレンフェスト全体が負担に感じている以上、順位を上げても喜ぶ者は誰もいない、とライゼガング系の貴族が考えているようです」
大人がついて来られないと聞いてはいたけれど、「喜ぶ者は誰もいない」というほど順位を上げることが困ることだとは思っていなかった。
……少しでも順位を上げようと色々考えて、皆で貴族院で頑張ったのは、余計なことだった?
わたしがエーレンフェストの順位を上げるのは、別にライゼガングのためではなかった。寮内をまとめる目標にちょうどよかったこともあるし、アーレンスバッハへ向かったフェルディナンドが蔑まれないためにも必要だったはずだ。けれど、「順位を上げてほしい」と言った養父様の口から今度は「できれば十位くらいに下げてほしい」と言われてどのように反応すれば良いのかわからない。
……フェルディナンド様はレティーツィア様の教育係としてアーレンスバッハにいるから、エーレンフェストが頑張らないのは困るって言ったんだよ?
「極論だが、上位領地ばかりと積極的に関わり、王族と繋がりを持っているのはローゼマインだけだ。其方が言動を慎めば、エーレンフェストがこれ以上順位を上げることは抑えられるだろう、と貴族達の間では言われている。其方は目立ち過ぎたのだ。最優秀を取り続け、王族との親交を深めている。これ以上目立たれると、次期アウブについてエーレンフェストでは余計な内紛が起きる。言動にはくれぐれも気を付けてほしい」
どうやらわたしは頑張らない方がよかったらしい。そういえば、フェルディナンドも手放しでは褒めてくれなかった気がする。あれはわたしがエーレンフェストを困らせたからだろうか。そんな考えが過ぎった途端、最優秀で表彰されて嬉しく思った壇上から見た光景が一瞬で色褪せていった。
「直接話をしたことがあるギーベ達は其方がアウブを望んでいないことを知っているが、そうでない貴族には其方がアウブを望んでいるように見えるようだ。そんなつもりがないと言ったところで信用されないに違いない。ローゼマインがアウブを目指すつもりなどないことは行動で示すしかないのだ」
……つまり、アウブを巡った妙な混乱を起こさないためにも、わたしは今貴族達の前に姿をあまり見せない方が良いってこと? わたし、いない方が良いってこと?
お仕事に対する責任とか、頑張ろうと思う気持ちとか、何か大事なものが色々と抜けていく。これ以上自分が余計なことをしないように図書館に閉じ籠っていたい。
「……それは、ちょうど良いです。褒賞を与えたり、罰を与えたりしながら貴族達を自分の派閥に取り込んでいく場にわたくしがいなければ貴族達の目も変わるでしょうから、粛清で荒れたエーレンフェストを整え、貴族達を掌握するのはアウブである養父様と次期アウブであるヴィルフリート兄様にお任せいたしますね」
わたしはもらったばかりの自分の図書館や少しでも下町に近い神殿に閉じ籠っていたいくらいに何もやる気になれないので、本当にちょうど良い。そう思って微笑むと、ヴィルフリートは目標を見据えたような眩しい笑顔で頷いた。
「うむ、私は城や貴族の混乱を治める方に注力し、次期アウブとして認められたいと思っている」
……ヴィルフリート兄様は貴族院の皆の努力を「喜ぶ者は誰もいない」なんて言われたのに何も思ってないの? 頑張って上げた順位を下げろって言われたんだよ?
同じ言葉を聞いたはずなのに、どうしてここまで希望に満ちた笑顔ができるのだろうか。不思議で仕方がない。そう思いながら、わたしは自分が抱えているものを放出していく。
「貴族院の図書館で春の儀式に使う舞台の設計について書き写してきたので、そちらも養父様やヴィルフリート兄様の派閥のために使ってくださいませ」
城に呼ばれそうな案件は少しでも早く片付けておきたいだけだが、ヴィルフリート兄様は「それは助かる」と喜んでくれた。
「わたくしも神殿と下町に注力できるので、とても助かるのです」
双方に利があると考えて「神殿に引き籠ります」とわたしは宣言したのだが、養父様は困った顔で首を横に振った。
「いや、其方にはフロレンツィアの穴を埋めてもらいたいと思っている」
ヴィルフリートを婚約者として立てつつ、お茶会などの女性の社交を通じて、女性貴族をまとめながら、養母様の執務の補佐をしてほしいらしい。正直なところ、フェルディナンドがいなくなってしまった今、神殿業務に関しては相談できる相手がいなくて、わたしと側近達だけで神殿を回せるのか不安なくらいなのに、養母様の執務まで望まれても困る。それに、貴族院で頑張る必要がなくなった今、面倒なお茶会のためにやる気なんて出せない。
……順位を下げるには、わたしが社交で失敗するくらいがちょうどいいかもしれないよ?
「確かに本来でしたらヴィルフリート兄様の婚約者であるわたくしが担う役目なのでしょうけれど、そういう社交や執務はシャルロッテの方が向いているではありませんか。わたくしは神殿長、孤児院長、商人達の取りまとめに力を入れた方が良いと思います」
他領の商人達を迎え入れる態勢を整えることは疎かにはできない。他領の商人にエーレンフェスト内が荒れている様子を見せれば、今後の領地関係にも大きな影響があるはずだ。そう主張すれば、養父様は少し考えて「まぁ、そうだな」と理解を示してくれた。
……わたし、下町の皆のためならまだ頑張れるから。
父さんとの約束を思い出しながら、飛んで行ったやる気を掻き集めていると、ヴィルフリートがムッとしたような顔で養父様を睨んだ。
「父上、ローゼマインに甘い顔をしないでください。来年の貴族院のためにもローゼマインには急いで社交経験を積む必要があるではありませんか」
貴族院の順位を気にする必要がなくなったのに、どうして急いで社交経験を積む必要があるんですか? という本音は隠して、わたしはお嬢様らしく首を傾げた。
「ヴィルフリート兄様、それでは神殿業務や商業ギルドとのやり取りはどなたが代わってくださるのですか? 全部抱え込むのは無理ですよ」
神殿業務はわたしも引き継いだばかりだし、商業関係はまだまだ下町の商人の意思を汲める文官は育っていない。ユストクスがいなくなったことを本気で惜しいと思っているくらいに任せられる文官の当てなどないのに、交代要員がいるはずがない。
「神殿業務はまだしも、商業ギルドとのやり取りは以前も文官が行っていたことではないか。文官に任せれば良い。其方は来年の貴族院のためにも社交経験を積む方がよほど大事だ」
わたしが間に入ることで貴族の事情と商人の現実を調整して、限界値を見極めながら他領の商人達を受け入れることが何とかできているのに、何故以前の文官に任せられると考えられるのか。平民の都合を考えずに無茶ぶりをして、大変なことになるのが目に見えている。
「ヴィルフリート兄様がおっしゃる文官というのは、どなたのことでしょう? まさか領地の順位が上がっているのに対応できなくて、下位領地の意識のままに以前と同じお仕事をしている文官ではありませんよね? 下町の平民と話ができるハルトムートでさえ商売関係はまだ知識と経験が足りなくて、わたくしが同席していなければ交渉を任せるのは難しいのですけれど、商業関係の交渉を任せられるような文官が育っていたなんて初耳です」
そんなに優秀ならわたしの側近にしたいと述べると、ヴィルフリートが「そ、それは……」と視線を泳がせた。わたしが知らない優秀な文官が育っているわけではないようだ。
わたしがヴィルフリートを睨んでいると、シャルロッテが呆れたような息を吐きながら「お兄様がお姉様に社交経験を積んでほしいという意見は理解できますけれど、今はお姉様の意見の方が正しいと思います」と言った。
「貴族女性との社交ならば、わたくしが代われますけれど、神殿でのお役目や商人との連携は誰も代われませんもの。ですから、お母様の代わりはわたくしがします」
……シャルロッテが優しくて優秀すぎるっ! わたし、真剣に図書館と神殿へ引き籠ろうなんて考えてたのに。
自分が貴族女性の社交を負うと発言したシャルロッテの頼もしさが眩しすぎて、もう頑張りたくないなんて考えてしまったわたしは、とてもシャルロッテを直視できない。
「シャルロッテ、ローゼマインに貴族としての社交経験を積ませるのは最優先事項なのですよ。貴族院からの報告を見ても、今のローゼマインに一番不足している部分ですから……」
貴族院からの報告に頭を痛めていたらしい養母様の言葉に、痛いところを突かれたわたしはそっと視線を逸らした。けれど、たしなめられたシャルロッテは少しだけ眉を寄せて不快そうな顔になって、わたしとヴィルフリートと養父様と養母様を順番に見た後で、一度視線を落とす。
「わたくしはお姉様が社交経験を積むことを最優先事項とは思っていません。お父様もお母様もお元気で、これから新しく子が生まれるほどお若いのですもの。お兄様がアウブとなり、お姉様に第一夫人としての社交を完全に任せるようになるまでには十年以上も時間があるではありませんか」
シャルロッテが顔を上げると、批判的な藍色の瞳で養父様と養母様とヴィルフリートを見比べた。
「叔父様が抜けた中で神殿業務、粛清で人数が増えた孤児院の運営、商人達との交渉、印刷業の相談役とグーテンベルクの運搬……。どれもお姉様にしかできないお仕事で、すでに一人前の大人以上の仕事を受け持っているではありませんか。貴族院でのお姉様の努力を否定しながら、社交経験を積む努力を求めたり、妊娠したお母様の穴を埋めるための負担を求めたりするのは間違っていると思います」
……シャルロッテ。
わたしのために怒ってくれたのがすごく嬉しくて、ついさっき色々と抜けていって空虚になった部分に、シャルロッテの言葉が満ちていく。じんわりと前向きな気持ちが満ちていくのを、わたしは噛み締めるように感じていた。
……うん。ちょっと頑張れそう。
わたしが嬉しくなっているのとは逆に、会議室にいる者は皆、ヴィルフリートだけではなく、アウブ夫妻に対する批判めいた口調のシャルロッテに驚きの視線を向けた。けれど、シャルロッテは静かな面持ちで自分の意見を口にする。
「粛清でエーレンフェスト内が大変なことになるのがわかっていながら、共にエーレンフェストを支えてくれそうな第二夫人を娶るのではなく、お母様を妊娠させたのはお父様でしょう? お母様の穴を埋めるための負担はお姉様ではなく、お父様が負うべきではございませんか?」
わたしの場合、合意しての政略結婚ではなく、恋愛結婚なのに領地の事情で第二夫人を娶るということに対しては何となく「避けられないかな?」という思いを抱くし、どんな事情があろうとも赤ちゃんができたと知ると「よかったね」という感想が浮かぶ。
でも、生粋の領主一族として育てられているシャルロッテは第二夫人に対する考え方が根本的に違うようで、第二夫人を娶らずに養母様を妊娠させた養父様に対して怒りと軽蔑を露わにした藍色の目を向けた。
「ねぇ、お父様。お母様に赤ちゃんがいらしたのであれば、グレッシェルのエントヴィッケルンはどうなるのですか? グレッシェル出身の側近によると、この春に行う予定でしたよね?」
エントヴィッケルンは領主一族が総出で回復薬を使いながら魔力を込めなければならないくらいに多量の魔力が必要な魔術だ。エーレンフェストの下町よりグレッシェルの下町の方が規模は小さいけれど、多量の魔力が必要であることに変わりはない。フェルディナンドがいなくなった上に、養母様が妊娠して赤ちゃんのために魔力を使うことになると、この春にエントヴィッケルンを行うのは厳しいと思う。
「……春に行うのは難しいが、秋ならば行えるはずだ」
「エントヴィッケルンを使って整備する以上、失敗など許されないのですから、グレッシェルの貴族はずいぶんと神経を尖らせているようですけれど、予定を変更して、次の夏に商人を迎え入れる準備を終えることができるのですか?」
グレッシェル出身の側近から相談を受けているのだろう。予定を変更するという養父様の言葉にシャルロッテの目は真剣だ。
「わたくし、自分の側近が辛い思いをする姿を見たくありません。お姉様の側近にもグレッシェルの者がいるでしょう? エントヴィッケルンの予定変更をしても大丈夫なのでしょうか? 下町や商人に詳しいお姉様はどう思われますか?」
シャルロッテから不安そうに見つめられて、わたしはシャルロッテの期待に応えられるように、必死で頭を動かした。わたしの側近にブリュンヒルデがいるので、グレッシェルの様子はよく聞いている。
……商人を迎え入れるための準備が全くできていないわけじゃないんだよね。
グレッシェルは製紙業や印刷業を取り入れる時に職人をエーレンフェストで修行させた。その時に、グーテンベルク達と職人が繋がりを作っているし、印刷協会とのやり取りで紙や本を扱う店はすぐにでも準備できる。ブリュンヒルデの指示でギルベルタ商会を通じて髪飾りを扱う店を増やせるように交渉もしているらしい。
ただ、商人を迎え入れる宿泊施設が決定的に足りていないし、下町は汚いままだ。それを補うためにはエントヴィッケルンが必要になる。
「店の準備は進んでいるようですけれど、宿泊施設の建設と町を綺麗にした後の維持が問題ですね。特に、宿泊施設は内装、人材の確保と教育……。エントヴィッケルンの予定変更があるとかなり厳しいです」
わたしの言葉にシャルロッテが大きく頷いた。
「お姉様もそう思われますよね? わたくし、自分のお部屋を北の離れに準備する時でも二年ほどかかりました。専門の職人を選んで、敷物、カーテン、家具を依頼して揃えるだけでもそれだけの時間がかかるのですもの。エントヴィッケルンが秋では、来年の夏に間に合うとはとても思えません」
シャルロッテの言う通り、エントヴィッケルンでできるのは白の建物だけで、扉も窓枠も家具も何もない。イタリアンレストランを作った時からの経験で考えても、木工工房に依頼してからできあがるまでにはとても時間がかかる。
……さすがに二年もいらないけどね。
どうにかして時間短縮できないか考えていると、ヴィルフリートが勢いづいているシャルロッテと顔色の悪い養母様を見比べながら口を開いた。
「だが、シャルロッテ。予定は変更せざるを得ない。魔力が大量に必要なエントヴィッケルンに母上を参加させることなどできぬぞ。危険すぎる」
「わかっています、お兄様。ただ、領主一族が予定を変更したことでグレッシェルを責めるようなことがないように、と思ったのです。粛清で内情が不安なのですから、グレッシェルに反発されるような事態は避けなければならないでしょう?」
ここでグレッシェルに無理難題を押し付けて、ライゼガング系の反発を招いてはならない。シャルロッテの言うことは正論だ。養父様が今まで通りに上から下へ押し付けるやり方を念頭に置いて執務をすると陥りやすい失敗になる。
「グレッシェルを始めとしたライゼガング系の貴族に反発されないためにも、領主会議ではお父様が他領とこれ以上契約を結ばないようにしてくださいませ」
シャルロッテの言葉に養父様とその側近は苦い顔になった。領主会議で今年の取引枠について質問され、対応するのは彼等だからだろう。繋がりを求められているのに、断らなければならない状態はかなりきつい。特に、急激に順位を上げているエーレンフェストは他領から反感を買わないように立ち回りたいからだ。
……他領の受け入れをいつまでも待たせるのも良くないんだよね。他領の反感だって怖いんだから。
今のエーレンフェストは、他領と領内の貴族、両方を満足させなければならないのだ。これが順位を上げた弊害ならば、わたしが責任を取らなければならないことかもしれない。
「養父様、領地内の貴族をまとめることも大事ですけれど、他領との関係も大事ですよね?」
「あぁ」
「ですから、来年の夏にグレッシェルを使えるようにする方向は、そのままでも良いと思います。そのためにはギーベ・グレッシェルに任せるのではなく、アウブが主導で行うことが必要ですけれど」
責任を下に押し付けようとするから大変なことになるのだ。他領の商人を受け入れると決めたのは領主なので、領主が責任を持って動けば良い。失敗しても領主の責任になるのであれば、グレッシェルが不満を溜めることはないはずだ。そんなわたしの発言に養父様と養母様が目を剥いた。
「突然何を言い出すのだ、ローゼマイン!?」
「グレッシェルの責任をアウブ・エーレンフェストに負わせるのですか?」
「はい。他領の商人を迎え入れるのにエーレンフェストの下町だけでは足りないから、グレッシェルをお借りするのですもの。グレッシェルのための施設をアウブが責任を持って準備するのであれば、シャルロッテの心配も消えるでしょう?」
シャルロッテは予定変更によるグレッシェルの失敗とその責任追及、そして、そこから反発を招いてエーレンフェスト内部が揺れることを心配しているのだ。ならば、全責任をアウブが負えば、ほとんどの心配が消えると思う。
わたしの言葉にシャルロッテはコクリと頷きながら「わたくし、お姉様のお仕事が増えることも心配しているのですよ」なんて可愛いことを言って、養父様がどのような答えを出すのか、じっと見つめる。シャルロッテの静かで厳しい視線を受けた養父様は「ローゼマイン……」とげんなりとした顔になった。
「予定を大幅に変更するのですからアウブの惜しみない援助が必要でしょう。グレッシェルだけに任せるのでは間に合いませんけれど、アウブが大半のお金や魔力を提供し、責任者になることを前提にすれば、不可能ではないと思います」
「ぬ? どうするつもりだ?」
げんなりしていた顔をぺいっと捨てて、養父様が興味深そうに身を乗り出した。せっかく興味を持ってくれたので、わたしは説明を始める。
「エントヴィッケルンのために文官が詳細な設計図を作るでしょう? そのうちの宿泊施設の分だけで結構です。設計図を写して正確な寸法がわかるようにした上で、エントヴィッケルンをする前から各部屋の扉や窓枠などの内装について、別々の木工工房に注文しておくのです」
……手っ取り早く数を揃えるには専属の制度が邪魔なんだよね。
下町の職人達にとっては仕事を得るための大事な制度だろうけれど、大きな事業を一気に行いたい時には非常に困る。
「一つの工房で一部屋の内装ならば半年ほどあれば仕上げてくれるでしょう。扉や窓枠を優先するように通達を出しておけば、エントヴィッケルンの直後に扉と窓枠を取り付けることができます。素晴らしい内装を作った工房に褒賞を出して職人達の腕を競わせるようにすれば手を抜かれることもありません」
扉や窓があれば冬の間に中を整えていくことも可能だが、それがなければ雪が入り込んで大変なことになる。
「ただ、グレッシェルの工房だけでは数が足りませんから、エーレンフェストの下町はもちろん、グレッシェル周辺のギーベ達の工房にも注文を出さなければなりません。それがアウブを責任者に望む理由です」
「ふぅむ……」
養父様の深緑の目がキラリと輝いた。勝算を見つけた顔に、わたしもニヤリと笑う。
「それから、問題は家具なのですけれど、アウブが責任者の場合、家具の準備が大変楽になるのです」
こちらも木工工房が必要だが、家具まで全て揃えようと思ったら来年の夏に間に合わない。訪れるのは上位領地の中でも豪商ですから目も肥えているので、生半可な物では笑われる可能性もある。
「どうするつもりだ?」
「粛清でお取り潰しになった貴族達の館の責任者はアウブでしょう? 家具を接収して宿泊施設へ回すというのはどうでしょう? 部屋ごとに担当する工房が違うのですから、家具も部屋ごとに趣が違ったところで問題ないと思いますし、家具の購入費が大幅に削減できます」
これもアウブが責任者でなければ、全て購入しなければならない物だ。宿泊施設で使用すれば、家具を残しておけば必要になる管理費や他の者に下げ渡すための面倒な手続きも全てカットできる。
「宿泊施設に使う家具は、子供達の私物や教育に必要な物と違って、後々問題にはならないでしょう?」
連座を免れた子供達は孤児院、城の子供部屋、寮のどこかで暮らすことになる。備え付けの家具があるので、大きな家具がいくつも必要になるわけではない。
「後は人材の教育ですけれど、こちらは下町の商人達とも話をして、グレッシェルから宿泊施設で働かせる予定の者をエーレンフェストの宿泊施設で教育すれば良いと思うのです」
調整や移動が大変だけれど、エーレンフェストの下町にとっては忙しい時期に人手が増えるわけだし、グレッシェルにとっては半年ほど実際の商人達を相手にしながら実地研修ができるのは、悪いことではないと思う。
「商人との調整はわたくしのお仕事ですから、任せくださっても良いですよ。……養父様が責任者になるのが前提ですけれど」
「……わかった。やろう」
養父様が頷き、養母様は心配そうに養父様とわたしを見比べる。シャルロッテは「結局、お姉様のお仕事が増えているではありませんか」と呟き、ヴィルフリートは唇を引き結んで俯いた。
「シャルロッテ、心配してくれてありがとう。でも、わたくしは表に出ないように言われているので、提案するだけなのです。実行するのは養父様ですよ」
わたしがフフッと笑うと、シャルロッテは少し目を見張った後、クスクスと楽しそうな笑みを浮かべた。
……それに、これで神殿に引き籠れるし、下町の皆と会える回数が増えるんだよね。計画通り!
そこに、これまでは発言せずにじっと聞いていたメルヒオールがバッと手を挙げた。
「姉上、私にできることはありますか? 私もエーレンフェストの役に立ちたいです」
「……そうですね。では、メルヒオールはわたくしのお手伝いをしてくれませんか?」
「もちろんです。何をすればよいですか?」
明るい笑顔の返事にわたしはニッコリと笑う。
正直なところ、まだメルヒオールにできることはほとんどない。魔力の扱いも練習していないので、魔力供給もできないし、神事に連れ回すのも難しい。けれど、そのやる気は伸ばしてあげるのが一番だし、メルヒオールにできることは少なくても、常に周囲にいる側近にできることは色々とある。
……神殿の仕事を押し付け……もとい、一緒に頑張ってくれる人材、ゲットだよ!
「メルヒオールには神殿業務のお勉強をしてもらいます。わたくしが成人するまでにメルヒオールには神殿長としての役割ができなければ困るでしょう?」
粛清の影響で更に青色神官が減っているのに、成人と同時にわたしと側近が神殿から一気にいなくなれば、エーレンフェストの神殿はその時点で破綻する。後継者の育成は必須だ。
……わたしが図書館に出入りする時間を作るためにも、ね。
「側近も含めてメルヒオールの教育を引き受けます」
「ローゼマイン、それは将来の不安の種になる気がするのだが……」
わたしがメルヒオールの教育をすることに養父様が困った顔をしたけれど、神殿業務の引継ぎはいずれしなければならないことだ。人材は不足しているのだから、有効活用するべきである。
「あの、ローゼマイン様。洗礼式を終えたばかりのメルヒオール様を神殿に向かわせるのですか?」
メルヒオールの側近、特に年嵩の者は顔に出していないものの、乗り気ではないようだ。けれど、わたしはせっかく神殿で使えそうな貴重な人材を手放す気はない。
「あら、わたくしは神殿で育ったとはいえ、洗礼式でアウブと養子縁組をして、その直後から引継ぎ期間も何もなく神殿長に就任しましたもの。フェルディナンド様という後見人が支えてくださったからですけれど、引継ぎ期間はあった方が良いと思います。どんなに長くても、わたくしが成人するまでの三年ほどしか期間はないのですから」
わたしの言葉にメルヒオールはハッとしたようにわたしと自分の側近を見比べた。そして、「三年……」と小さく呟く。
「父上、私は神殿でローゼマイン姉上のお手伝いをしたいと思います。この城ではまだできることがないけれど、私も領主候補生ですからお役目が欲しいです」
メルヒオールの真っ直ぐなお願いに養父様は最終的に折れた。
「……わかった。メルヒオールとその側近には神殿へ向かうことを命じる」
メルヒオールの年嵩の側近は苦い顔をしたけれど、護衛騎士は興味深そうな顔になったのがわかった。ローゼマイン式の魔力圧縮に加えて、加護の増加についても貴族院から戻って来た学生の側近達から話が出ているのだろう。
「一緒に頑張りましょうね、メルヒオール」
「はいっ!」