Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (525)
メルヒオールと神殿準備
領主一族の会議が終わり、明るい顔で席を立ったのはメルヒオールだけだった。それ以外は皆が何かしら口に出しにくいものを呑み込んでいるような顔で立ち上がる。
「ローゼマイン、其方に必要なのは神殿業務ではなく、城における領主一族の仕事ではないか? アウブの意思に反し、神殿を出ることを願うならば助力するぞ」
おじい様の言葉に会議室にいた全員がざわりとした。養父様、養母様、そして、ヴィルフリートの表情が一斉に強張る。おじい様の言葉に一体どのような意味があるのだろうか。よくわからない。
おじい様に声をかけられるまでの間にわたしが考えていたのは、自分が神殿にいられる残りの三年で商人達とやり取りができる文官を育てることができるだろうかということ、神殿の側仕え達の身の振り方も考えなければということだったので、するりと口から出たのは全く取り繕っていなかった本音だった。
「助力してくださるのでしたら、わたくしがずっと神殿にいられるように助力してくださいませ、おじい様」
わたしの言葉に養父様、養母様、ヴィルフリートは少しばかり安堵をにじませた表情になり、今度はおじい様が驚愕に顔を強張らせた。けれど、おじい様がどうしてそんなに驚くのかわからない。わたしが首を傾げると、おじい様は少しだけ残念そうな顔をして退室していった。
「ローゼマイン姉上、神殿で私は何をすれば良いのでしょう?」
会議室を出た途端、新しい役目にわくわくしているのがよくわかるメルヒオールが藍色の瞳を輝かせて質問してきた。張り切っているメルヒオールに和みながら、北の離れに戻るまでは神殿についての話をすることにする。
「城での生活を基本にして、しばらくは三の鐘から五の鐘までお勤めしてもらうようにしましょう。側近の騎獣に同乗して移動するのが早くて便利ですよ。お役目は神殿の神官長室でお祈りの言葉を覚えたり、魔力を奉納したりすることですね。メルヒオールはまだ魔力の扱いの練習をしていないので、祈念式には参加できませんけれど、秋の収穫祭から神事に参加できるように練習しましょう」
「はい!」
元々メルヒオールには春の領主会議の間におじい様と魔力供給の練習をして、秋には収穫祭に参加してもらう予定だったので、お祈りの言葉を覚える作業を城で行うか、神殿で行うかが変わるだけだ。
「魔力の奉納以外で行うことは今までの予定とほとんど同じなのですけれど、メルヒオールが神殿へ来ることが大事なのです」
年嵩の側近達にも快く神殿へ送り出してもらうため、祈りを捧げる回数や奉納する魔力量によって、貴族院で得られる神々の御加護に差があることを教える。貴族院では当然のように知られているが、領地の年嵩の貴族達がどれほど知っているかはわからないのだ。
「祈りや奉納する魔力量によって御加護に差が出ることはダンケルフェルガーとの共同研究で明らかになりました。ドレヴァンヒェルは効率的に御加護を得るための研究を始めたようですし、次の貴族院では神事と収穫量の研究がフレーベルタークと共同で行われる予定です。貴族院で行った奉納式には王族も参加されて、神事に関心を寄せてくださいました。神殿と神事はとても注目される事柄になったのです。研究を先駆けたエーレンフェストが神殿や神事については一番詳しいと胸を張れるようになりたいですね」
「……ほぅ」
メルヒオールに付いている年嵩の側近が少し表情を変えた。どうやら粛清の関係で北の離れに籠っていたメルヒオールの側近達にはあまり情報が流れていないように思える。貴族院に入学したメルヒオールに仕えられるように、現在貴族院にいる側近が低学年に集中しているせいもあるだろう。
メルヒオールの側近に神殿へ出入りすることが決してマイナスではないとわかってもらうために、わたしは一生懸命に神殿の利をアピールする。利があるとわかれば、神殿業務にも協力的になってくれるだろうし、神殿内の灰色神官達への態度もひどいものにはならないだろう。少なくとも注意しやすくなるはずだ。
「他領の領主候補生と違って祈念式や収穫祭に参加していたヴィルフリート兄様が十二柱の神々から御加護を賜ったことを、メルヒオールは知っているかしら?」
「はい。夕食の席で貴族院の報告書を読んだお母様から伺いました。お父様は、ローゼマイン姉上はもっとたくさんの御加護を得たのだと教えてくれました。私もローゼマイン姉上のようにたくさんの御加護を得るように頑張れ、と言われたのです」
……あれ? わたしのように?
メルヒオールの話しぶりからは、わたしがたくさんの加護を得たことをアウブ夫妻も喜んでいるように聞こえる。先程の会議での言葉とは正反対で、少し引っかかりを感じた。
「私も兄上や姉上のように神事に参加すれば、神々の御加護を得られるでしょうか?」
「神殿でお勤めをするのですから、たくさんの御加護を得られます。わたくしは御加護を再取得するための儀式をエーレンフェストの神殿で行うことができないか、研究するつもりなのです」
わたしの側近達は再取得のためのお祈りをしているけれど、それを知らない他の領主候補生の護衛騎士がバッと一斉に振り返った。
「ローゼマイン様、神々の御加護は再取得できるのですか!?」
「共同研究に参加した卒業生だけがもう一度儀式を行えると伺っていますが……」
レオノーレやリーゼレータのように加護を増やすことができた卒業生がいる話は聞いていたようだ。
「まだ一度も実験していないので結果はわかりませんけれど、最初はわたくしの成人済みの側近達で研究してみる予定です。成長期を終えていても御加護をたくさん得ると魔力の消費が抑えられるので、同じ魔力量でもできることが増えるはずなのです」
これから魔力圧縮を覚えて成長期を迎えるメルヒオールよりも、成人済みの側近達の方が御加護の再取得についてはよほど食いつきが良い。彼等はコルネリウス兄様より上の世代で、ローゼマイン式魔力圧縮が広がった時には成長期を終えたため、魔力圧縮では年下の者に差を付けられる世代だ。魔力圧縮に加えて、加護の得方が発見されたことで、更に差ができることに焦りを感じていたのだろう。再取得の儀式に目を輝かせている。
「御加護を得られるかどうかは、お祈りと奉納によります。何度儀式をしても、お祈りや奉納をしていなければ御加護は得られませんから、神殿に出入りしてお祈りをしているわたくしの側近はまだしも、他の方は御加護を得るのは難しいかもしれませんよ」
「メルヒオール様、神殿にはぜひ私をお連れください」
「いやいや、私が……」
メルヒオールの側近達が神殿に出入りする気になったのは良いことだ。シャルロッテやヴィルフリートの側近達も興味深そうに耳を澄ませているのがわかる。周囲の変化にわたしは満足して頷きつつ、メルヒオールの側近達には神殿に来るためのローテーションを組むように告げた。いくら神殿に行きたいと思っても、騎士団の訓練にも参加しなければならないのだ。護衛騎士は順番に同行すれば良い。
「ローゼマイン様の側近はどのようにしているのですか?」
わたしの側近達がどのようにローテーションを組んでいるのか、コルネリウス兄様に尋ねる騎士の声で帰り道が賑やかになり始めると、ハルトムートが小さく笑った。
「ローゼマイン様、フェルディナンド様のお部屋をそっくり下げ渡していただけた私と違って、メルヒオール様の神殿入りには準備が必要です。神殿に出入りする利点も大事ですが、そちらをお話しして差し上げなくてはメルヒオール様がお困りになります」
「どのような準備が必要なのでしょう?」
メルヒオールの側仕えが一番に反応した。メルヒオールも興味深そうな視線を向けてくる。確かにわたしも孤児院長室をそのまま譲ってもらったり、貴族街で洗礼式をしている間に準備されていたりしたので思い浮かばなかったけれど、部屋を一つ整えるのは大変だ。
「中級や下級貴族出身の青色神官ならば、神殿に残されている家具の下げ渡しで、すぐに生活できるように部屋を整えることができるのです。でも、領主の養女となったわたくしが一から家具を誂えなければならなかったのと同じで、領主一族のメルヒオールが誰かのお下がりを使うわけにはいかないですものね」
「春を寿ぐ宴を終えれば、すぐにメルヒオール様も神殿へ向かうのですか?」
わたしの言葉にメルヒオールの側仕えが困った顔になった。春を寿ぐ宴までには、ほとんど日がない。
「姫様、全てを一から誂えなくても、城で管理されている今は使われていない家具を使うことはできますよ。すぐに整えなければならない物はそちらで揃えてはいかが?」
リヒャルダの助言にメルヒオールの側仕えがホッとしたように頷いて、すぐに必要な物を尋ねてくる。わたしは自分の部屋にある家具を思い浮かべた。
「神殿で昼食を摂ることになるので、厨房を整えて、料理人を雇うのは必須です。テーブル、椅子、食器などもすぐに必要ですね。衣装を置くための木箱か、クローゼットもすぐに必要です。それから、書類を置いておく木箱や書棚。後は用が足せるように浴室や洗面所を整えれば良いと思います。しばらくの間、お勉強は孤児院や神官長室で行うので、執務机は追々でも大丈夫でしょう」
側仕えの顔が真剣だ。神殿の業務を手伝うと口では簡単に言っても、そのための環境を整えるのは簡単ではない。城にある家具の中からメルヒオールが使える物を選別しなければならないのだ。
「神殿では昼食をローゼマイン姉上と一緒に食べられるのですか?」
「一人で摂る食事は味気ないですものね。一緒に食べましょう。ただ、料理人は各自で雇うことになります」
側近は下げ渡す対象なので、一緒に食べることはできない。領主一族ということで同格になるメルヒオールと一緒にご飯が食べられるのは素直に嬉しい。ただ、来客があった時の対応のためにも、予算の分け方をはっきりさせるためにも、孤児院へ届ける神の恵みを増やすためにも、料理人は雇ってもらわなければ困る。
「養父様に交渉して城の料理人を一人、神殿に回してもらいましょう。助手は料理の得意な灰色巫女を召し上げても良いですし、わたくしの知っている食事処から紹介してもらっても構いません。孤児院へ食事を下げ渡すのも青色神官の大事なお役目ですから、主が不在の時も食事を作ってくれる料理人が必要になるのです」
一人は馴染みの料理人を連れて行く方が安心できると思うけれど、それ以外にも神殿に常駐できる者が一人は必要なので、宮廷料理人ではなく、神殿の料理人を雇う必要が出てくる。
「秋の収穫祭までには儀式用の衣装も必要になりますし、冬までには寝台も準備した方が良いでしょう。奉納式の時期は吹雪がひどいと城に戻るのが非常に大変ですから」
側近の騎獣に同乗するにも防寒が大変だし、馬車は動かなくなる。奉納式に参加するためには泊りがけが必須だ。せめてもの慰めは、前神官長や青色神官が残していった家具を使えば、側近の部屋を整えるのが楽という程度である。
「ずいぶんな出費になりますね」
「えぇ。神殿用の予算を組んでもらえるように養父様にも連絡しなければなりません。先程の会議の時に話し合ってしまえればよかったですね」
失敗したなと思っていると、ハルトムートが「ちょうど良いですよ」と微笑んだ。
「粛清の影響で青色神官の数が更に減ったことについて、アウブには改めてご相談しなければなりません。実家の事情により、青色神官が連れて行かれるのは仕方がないことだとわかってはいるのですが、できれば戻してほしい青色神官もいるのですよ」
青色神官が減ったことは聞いていたが、神殿の運営に差し支えるようになるほどだとは思わなかった。青色神官が減ると、奉納される魔力も減るし、料理人が減って孤児院の食事も減る。けれど、残った青色神官一人当たりの仕事量と孤児院に戻される灰色神官や灰色巫女は増えるのだ。
「正直なところ、人数が減りすぎてエーレンフェストを支える魔力は全く足りていません。ローゼマイン様の魔力を頼りにするのは、今後のエーレンフェストのことを考えるとあまり良いことだとは思えませんから」
わたしの魔力に頼りすぎては神殿長職を退いた時に大変なことになる、とハルトムートが呟く。わたしが成人するまでの中継ぎという意識で神殿を見ているハルトムートは、常にわたしが神殿長職を辞す時のことを考えている。
わたしが退き、メルヒオールに神殿長を代わるとしても、領主一族の魔力は礎の魔術を支えるための魔力だ。神殿へ奉納するのも大事だけれど、領主一族が礎の魔術への魔力供給を疎かにすることになっては本末転倒である。
「御加護の再取得を目的に貴族達が神殿に足を運び、魔力を奉納してくれるのを期待していますが、研究結果によってはどうなるかわかりませんから……」
ハルトムートはそう言いながら、神殿へ足を運ぶ気になっている側近達をちらりと見た。効果が芳しくないと思えば、簡単に手のひらをひっくり返す者をあまり当てにはできない。
「……ねぇ、ハルトムート。子供部屋の子供達を青色神官見習いとして遇するのはどうかしら? 親から接収したお金を使って、孤児院ではなく貴族区域で生活をするのであれば、貴族の子としての扱いになりますよね?」
わたしの提案にハルトムートが橙の目を瞬きながら顎に手を当てた。前に孤児院へ取り込むことについては却下したハルトムートが却下の言葉を出さないので、わたしは更に続ける。
「貴族院に入っていない年頃の子供ですから、貴族院で使うための魔力を溜めることも考えると、それほど奉納できる魔力は多くないでしょう。それでも、ないよりはあった方が良いですし、貴族達の厳しい視線から少しでも隠せるのは大きいと思うのです」
ハルトムートが少しばかり真剣な顔になって考え込んだ。城の子供部屋もアウブの予算と彼等の実家から接収したお金で運営されているのだ。かかる金額はさほど変わらないと思う。
「ローゼマイン様のおっしゃる通り、貴族、かつ、青色神官という立場は私と同じですから、孤児院にいる洗礼前の子供達とは一線を画すことになります。何より、今からよく教育すれば安定して神殿に出入りし、魔力を奉納してもらえそうなところが素晴らしいと思います」
ハルトムートは魔力不足を補うことばかりを考えているようだけれど、彼等に付けるための料理人や側仕えを召し上げることができれば、孤児院としても大助かりだし、彼等の教育を孤児院で行うようにすれば、孤児院の子供達も目標できて張り切るだろう。
「青色見習いであれば、神殿を訪れるメルヒオールとの顔繋ぎもできると思うのです。見知った者であれば、次の子供部屋や貴族院へ入学してから理不尽な蔑みを受ける彼等を庇うことがメルヒオールにも容易にできるようになるでしょう?」
わたしが貴族院にいる間はなるべく理不尽な差別を受けないように手を尽くすことができるけれど、卒業したらそれまでになると困る。
「孤児院にいる子供達が貴族として洗礼式を受けられなかった場合の、道筋を作る意味でも良いと思うのです。そして、できれば実家の援助なしに青色神官が自活できるようにしたいです」
青色神官が自活できるような方法や仕事を考えれば、ディルクやコンラートが青色神官として生きる道が開けるかもしれないし、コンラートのような子供が神殿に預けられることも増えるかもしれない。
わたしが思いつくままに喋っていると、ハルトムートは楽しそうに橙色の目を細めた。
「色々と思いつかれたようですが、目立たぬように、と先程言われたローゼマイン様はどのようにアウブ夫妻を納得させるおつもりですか?」
「え? 神殿に引き籠るのですから、今のエーレンフェストの貴族社会では目立ちようがないではありませんか。子供部屋の子供達を神殿で受け入れるというのは、養母様のお仕事を一つ減らすという方向で提案すれば、きっと受け入れてもらえると思えるのですけれど……」
言い方次第で簡単に受け入れてもらえるはず、とわたしが拳を握ると、それまでは俯きがちに歩いていたシャルロッテが顔を上げた。その顔は何だか今にも泣き出しそうなのを堪えているように見える。
「お姉様。会議でも言ったように、これ以上お仕事を増やす必要はないと思います」
わたしは「心配してくれてありがとう、シャルロッテ」とお礼を言いながら小さく笑う。
「でも、減ってしまった青色神官の補充も、神殿で使える魔力を増やすことも、孤児院の子供達に目標や将来を示すことも、神殿長であるわたくしの仕事なのです。それに、養母様のお仕事を一つ減らすことができれば、補佐をするシャルロッテも少しは助かるでしょう?」
「むしろ、わたくしがお姉様を助けたいのですけれど……」
可愛いことを言うシャルロッテに「手伝ってくれるのでしたら、神殿に足を運んでくださいませ。きっと来年の貴族院での御加護も増えますよ」とこっそり助言すると、シャルロッテが少しだけ笑みを浮かべる。
「わたくし、全力で神殿に引き籠るつもりですけれど、将来のエーレンフェスト貴族を育てているのです、と言えば、少しは未来の第一夫人らしいと思いません?」
わたしがそう言って笑うと、シャルロッテは悲しそうに眉を震わせて俯いた。
「あのように心無い言葉を言われて、どうしてお姉様はそんなふうに笑えるのですか? どうしてお母様のお仕事を減らそうと思えるのですか?」
……全力で神殿と図書館に引き籠るつもりだから。
わたしはそう決めたけれど、シャルロッテは会議の内容に全く納得できないようで、眉を寄せて難しい顔をしたままのヴィルフリートを睨んだ。
「お兄様はお父様の意見に迎合していたようですけれど、エーレンフェストの順位を下げることについて何も思いませんの?」
貴族院における皆の努力を足蹴にするようなことを言われて、同じ言葉を聞いているはずなのに何も感じていないようだったヴィルフリートに違和感を覚えていたのはわたしだけではなかったらしい。
シャルロッテに睨まれたヴィルフリートは、キッと強い瞳でシャルロッテを睨み返す。ついでに、わたしとメルヒオールも睨まれた。
「思わぬわけがなかろう! 父上も私も……」
何かを言いかけてグッと呑み込むと、「だが、それよりも優先しなければならないことがあるのだ」と言い、ヴィルフリートは足早に自室へ戻って行く。その背をしばらく見つめていたシャルロッテがやるせない溜息を吐いて首を振った。
「……お父様やお兄様が何を隠されているのか全くわかりませんけれど、わたくし、ライゼガングの総意と言われてもどうしても納得できないのです。貴族院で頑張ろうと思っている皆に何と言えば良いのでしょう」
神殿や図書館に引き籠るんだと決意したことで、多少は冷静になっていたのかもしれない。わたしはシャルロッテの言葉に小さな引っ掛かりを覚えた。
……あれ? ライゼガングの総意?
「寮にやって来て学生の皆を励まし、領地対抗戦で王族やダンケルフェルガーとお話をしていた時のお父様のお言葉とあまりにも違うではありませんか。わたくし、お父様の何を信じれば良いのか、わかりません」
……そう、全然違うんだよ。
メルヒオールから聞いた加護の取得の話の時にも感じた違和感が戻ってくる。養父様の言動がとてもちぐはぐなのだ。貴族院から戻って、会議をするまでの短期間に何かあったのかもしれない。
「シャルロッテ、失望するのはまだ早いかもしれません」
「お姉様?」
「何か……大事な情報が足りていないようです」
順位を上げよう。順位に相応しい態度を身につけよう。粛清で危険人物を排してエーレンフェストを一つにまとめよう。そう言っていた養父様と先程の会議の養父様はまるで別人のようではないか。
それに、貴族院で学生達を鼓舞してまとめるのに一番効果を発していたのはヴィルフリートだったはずだ。皆の先頭に立って努力して、成果が上がったとこに喜んでいた笑顔が嘘だとは思えない。
「ライゼガングの総意……。そこに鍵があると思うのです」
わたしの言葉にシャルロッテがすがるような目を向けてきた。自分達の努力を足蹴にするような心無い言葉が自分の家族から出たとは信じたくないのだ、とその藍色の瞳が雄弁に語っている。
「お部屋でじっくりとお話を聞いてみましょう。ライゼガングから」
「残念ですけれど、ギーベ・ライゼガングを北の離れに招くことはできません、お姉様」
「ギーベ・ライゼガングを招く必要などありません。ここにもライゼガングの貴族はいるではありませんか」
わたしは領主一族の会議に文官として出席していたハルトムートとコルネリウス兄様を見上げる。成人していて貴族院には行かなかったのだ。奉納式で神殿に詰めていたけれど、冬の社交を全くしてないということはないはずだ。
「ライゼガング系の側近を集めて話を聞きます。アウブよりライゼガングの総意と言われたあの言葉を彼等がどのように考えているのか、知りたいわ。貴族院の学生は承知の上なのかしら? 成人済みの側近達は前もって知っていたのかしら?」
わたしの視線を受けたハルトムートが「では、早くお部屋に戻りましょう」とニコリと微笑んだ。待っていました、とでも言いそうなハルトムートの顔に何やら裏があったことに確信を持つ。
「ローゼマイン様がどのような選択をするのか、ライゼガングが待ち構えています」