Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (527)
アウブとの話
リヒャルダに頼んで養父様に面会依頼を出してもらうと、わたしはライゼガングの総意について、自室で側近達に話を聞いているはずのシャルロッテと情報交換をした。わたしの側近にライゼガング系の貴族が多い分、シャルロッテの側近にはライゼガング系の貴族が少ないようで、ライゼガングの総意に関する情報はあまりなかったようだ。
けれど、養母様がフレーベルタークから連れてきた側近の血族からの情報は豊富で、「ヴィルフリートの命が過激な貴族から狙われている」という情報が入ったらしい。ヴィルフリートさえいなくなれば、わたしを次期アウブに据えるのは簡単になるのだそうだ。
わたしが養父様やヴィルフリートがライゼガングからの秘密の課題をこなしているという情報を出すと、シャルロッテが「ライゼガングに騙されているという可能性はございませんか?」とひどく心配そうな顔になった。
……命を狙われているって情報もあるくらいだし、明らかに胡散臭いよね?
「多分、断ることができないような条件や圧力がかけられていると思います。ですから、会議での言葉は皆の本心ではないと思いますよ」
「わたくし達に知らされない現状が歯痒く感じられますね」
仲間外れにされているように感じているらしいシャルロッテが「頼りないからでしょうか?」と呟く。
「シャルロッテはとても頼もしいですよ。それに、情報が隠されているのはこの不安定な情勢の中で必死に守ろうと思ってくれているからではないかしら?」
「お姉様?」
「ライゼガングが担ぎ上げようとする旗印になれるわたくしがいなければ、ライゼガングの言いなりになって順位を下げる必要などありませんもの。わたくしは今、養父様に守られているのだと思います」
養母様の側近達からヴィルフリートが危険であるという情報が流れてくるくらいだ。養父様も知っているに違いない。元平民のわたしを殺してしまうのが一番手っ取り早いけれど、それをせずにライゼガングの課題を受けてくれているのだ。
「ですから、わたくし、全力で養父様を支えようと思うのです。シャルロッテも協力してくださいませ」
わたしはシャルロッテにやる気のある若手を中心に、養父様とヴィルフリート兄様の派閥を新しく作っていく計画を話した。
「わたくしは提案するだけですけれど、上手く取り込むことができれば養父様の足元を固めることができると思いませんか?」
「世代交代は有効だと思いますけれど……集まってきた若い世代の者達がお父様の派閥として動くようになるまでには時間がかかりますし、ライゼガングを抑えるにはまだ足りないと思います」
シャルロッテは冷静な顔で「今の混沌とした状況を好転させるには良い策だけれど、まだ弱い」と判定を下す。
「それに、急激な変化に戸惑ったり、反発を覚えたりするのはお年を召した方だけではございません。貴族院の寮内でも旧ヴェローニカ派の子供達と自分達が同じ扱いになるのかとか、上級貴族が自分で稼ぐのか、とお姉様の提案には反発が出ていたではありませんか」
魔力圧縮方法を知りたいならば自力で稼ぐ苦労をするといいよ、というわたしの言葉は中級や下級貴族には受け入れられたけれど、それまでお金を稼いだことがない上級貴族の反発を招いていたようで、シャルロッテは自分の側近からその話を聞いたらしい。
「お姉様の側近の上級貴族が率先して手本を見せることで反発は減りましたけれど、急激な変化に対応するためのお手本は必要ですし、戸惑う者に対してなるべく手を差し伸べることも大事だと思います」
意見の調整をすることが上手いシャルロッテならではの視点に感心して、わたしは今回の変化を皆が受け入れられるようにするにはどうすれば良いと思うのか、意見を尋ねてみた。
「多分、お父様がライゼガングから第二夫人を娶るのが一番なのです」
「どうしてですか?」
「これまでライゼガングはそうして権力を安定させてきたのでしょう? ですから、ライゼガング系の貴族の中でも柔軟に変化に対応できる女性を第二夫人にお迎えすれば、これまでと同じだとライゼガングを安心させて時間を稼ぎつつ、世代交代をどんどん進めていくことが可能になります。一番穏やかにまとまるのではないでしょうか」
シャルロッテはそう言いながら、少し視線を落とした。
「お母様に赤ちゃんがいらしたので、一番簡単な手段が使えなくなりましたけれど」
これから出産して一年くらいの間は赤ちゃんへの魔力の影響などを考えると、養父様は第二夫人を娶れない。今の状況を改善するために第二夫人が必要なのに、娶るのが二年後では遅すぎる。
「お姉様と違って、わたくしはこれまで教えられてきた貴族の常識に縛られて、柔軟な考えが浮かびませんから、今のエーレンフェストを好転させる方法も従来のものしか思いつかないのです」
自嘲気味に微笑みながらそう言ったシャルロッテが顔を上げる。そして、ニコリと微笑んだ。
「お父様とお兄様が新しく自分の派閥を得られるように、わたくしも協力します」
メルヒオールの側近とも話をしたけれど、すでに知っている情報しかなかった。ライゼガング系の情報はわたしが一番持っているようだ。メルヒオールの側近にとって一番の関心事は神殿のことのようで、色々と質問され、アウブと面会して予算や家具の使用許可について話を通しておくことを伝える。
ヴィルフリートの側近とはほとんど話にならなかった。情報の交換にはならず、「ヴィルフリート様は今お一人で頑張っているので、婚約者として協力してあげてくださいませ」の一点張りだった。とりあえず、婚約者として派閥を作るための提案を養父様にすることを告げて、「わたくしは神殿に籠るので、養父様と二人で頑張ってください」と言っておいた。
そして、次の日にはギーベの夏の館を調べるためにマティアス達が騎士団と一緒に出発した。春を寿ぐ宴までに戻って来ようと思えば、本当に日がないのだ。
お父様は養父様の護衛に付くため、同行しなかったけれど、わたしと約束した通り、出発の見送りに行った時に「彼等は領主一族に名捧げをした側近だ。手荒な真似は慎むように」と念を押してくれた。
北の離れに籠っているように言われているにもかかわらず慌ただしい中、養父様との面会日がやってくる。わたしが北の離れから出られないこと、騎士団が減っていることから結界のあるこちらへ養父様が足を運んでくれることになった。
「ボニファティウスも同席したいそうだが、良いか?」
わたしは養父様と秘密の話し合いのつもりだったが、おじい様も一緒に来ることになった。もしかしたら、ライゼガングの監視がまだ続いているのだろうか。
……おじい様も領主一族だから、こっちの仲間に入ってもらうのが一番なんだよね。
別におじい様と敵対する必要は全くない。おじい様はライゼガングの提案に乗ったようだけれど、それはわたしを神殿から救い出したいという心配からきているもので、わたしを絶対に次期アウブにするのだ、という派閥ではなかったはずだ。
「フェルディナンドがいない分、執務をしなければならないのだ。ローゼマインとの話し合いには同席させてもらう」
隠し事などないであろう? と尋ねられて、わたしは笑って頷きながら養父様とおじい様に席を勧めた。
「フェルディナンド様の代わりにおじい様が養父様の執務のお手伝いをされるなんて大変ですね。もちろん同席いただいて構いません。おじい様に聞かれて困るようなお話はしませんし、側近達に聞かれたくないお話の時には盗聴防止の魔術具を使いますから」
わたしは自分の正面に座る養父様とおじい様を見る。お父様はいつも通りに養父様の背後に立っている。フェルディナンドがいなくて、おじい様が代わりにいるのが変な感じだ。
……おじい様はフェルディナンド様より肩幅とか筋肉とかがムキッとしてるから、圧迫感があるね。何となく椅子がきつそうに見えるよ。
わたしがお茶やお菓子を毒見のために一口食べた後、勧めるとおじい様は嬉しそうに「ローゼマインとこうしてお茶をするのは一年ぶりくらいではないか」と言いながらお菓子を食べ始めた。領主会議のお留守番の間に、執務を手伝って、一緒に休憩のお茶を楽しんでいたことを思い出す。わたしにとっては手を繋いで歩くよりも、お茶会の方が肉体的な危険がないため簡単なのだ。
「今年の領主会議には王族のお手伝いがあるので、去年のようには過ごせませんものね。……おじい様が神殿へ来てくだされば、一緒にお茶ができるのですけれど」
神殿に来てくれれば一緒にお茶ができるよ、とお誘いすると、おじい様は「……神殿か」と呟いて難しい顔になった。よほど神殿に忌避感があるらしい。
「わたくしの側近に加えて、メルヒオールの側近達も頻繁に出入りするようになります。多分、おじい様がご存じの昔の神殿とは違うと思うので、無理に、とは申しませんけれど、一度足を運んでみてくださいませ。おいしいお菓子で歓迎しますし、きっとアンゲリカも喜びますよ」
難しい顔のままだけれど、おじい様は「考えておこう」と言ってくれた。ちょっとずつ意識の改革と歩み寄りができれば良いと思う。
「養父様、最初にメルヒオールの神殿入りについてなのですけれど……」
わたしは面会依頼の理由を一番に話し始める。メルヒオールが神殿に入るにあたって必要な準備について説明して、予算をつけてもらえるようにお願いした。
「メルヒオールが神殿の出入りに困らないように取り急ぎ必要になる家具については城にある家具の使用許可をください。それから、料理人を一人、城から出してください。助手は灰色巫女を召し上げても構いませんし、イタリアンレストランの料理人教育を引き受けても構いません」
「……メルヒオールの厨房で料理人教育をするのか?」
教育された料理人を使うのが当然で、一から教育するという概念がないらしいおじい様が青い目を丸くした。けれど、養父様は当たり前の顔で「ローゼマインの厨房もそうだからな」と軽く頷いて受け入れてくれる。
「イタリアンレストランは他領から訪れる商人達にとって一度は足を運びたい場所なのです。ですから、エントヴィッケルン後のグレッシェルでもイタリアンレストランを開くのであれば、料理人教育は今からしなければ間に合いません」
もちろんわたしの厨房でも料理人教育を引き受けるつもりだ。エラがそろそろ子供が欲しいと言っていたので、お休みを与えるためにもちょうど良いと思っている。
「それから、シャルロッテから聞いたのですけれど、子供部屋の子供達は冬の間、半ば放置されていたようですね」
「そんなことはない。きちんと食事は与えられていたし、子供部屋付きの側仕えがいたし、親が来れば面会はできたはずだ」
養父様はすぐに反論したが、わたしは首を振った。
「メルヒオールがいる北の離れに先生が向かうことで、子供部屋の方は例年と違ってほとんど放置されていたと聞きました。一人一人に家庭教師を雇う親もいない以上、この後もこのままの状態では教育が非常に不安です」
目を白黒させているおじい様の隣で、養父様は「それで」と軽く先を促す。
「彼等を青色神官見習いや青色巫女見習いとして神殿で預かりたいと思っています」
「何だと?」
「魔力補充のため、彼等に教育を与えるため、そして、口さがない貴族達の悪意から少しでも守れるようにするために神殿へ移動させたいと考えました。もちろん、かかる費用は彼等の親から出してもらいますけれど」
青色神官として引き取るのは無償ではないけれど、彼等にとっても完全に悪い方法ではないはずだ。
「ローゼマイン、其方は何故そこまで罪人の子供達に心を砕くのだ?」
おじい様が理解不能という顔で尋ねる。
「おじい様、彼等自身は罪を犯していないのです。無実の者まで処罰するのはおかしいと思います。それに、エーレンフェストはただでさえ貴族が不足しているのですもの。貴重な人材をわざわざ潰す必要はないでしょう? 救って、育てて、エーレンフェストのために働いてもらわなければ」
潰すのは簡単だけれど育てるのは大変だというと、おじい様は何とも言えない妙な顔になった。
「打算か?」
「えぇ、領主一族としての打算です。周囲が何と言おうとも、わたくし、別に聖女でも何でもありませんから、無償で限りなく救えるとは思っていません。エーレンフェストの利になると考えたからこそ、連座の廃止を訴えましたし、子供達に教育を施すのです」
「青色神官見習い達を受け入れることで養母様のお仕事が一つ減りますから、少しはシャルロッテも助かるでしょう。ダメですか?」
「私は構わぬが……ライゼガングが何と言うか」
至極面倒臭そうな顔で養父様がおじい様を見た。養父様にとってはおじい様がライゼガングの窓口のようだ。ライゼガングが引き取って全員の面倒を見てくれるわけでもないのに、何のお伺いが必要なのかわからない。
「ライゼガングの支持や協力を得るために、色々と無理難題を突き付けられているそうですね。わたくしのせいで起こる厄介事の全てを引き受けてくださってありがとう存じます」
「ローゼマイン、何故それを!?」
養父様よりもおじい様が過剰に反応した。養父様を見た後、お父様に視線を向ける。お父様が「違う」というように手を振ったことから考えても、おそらくわたしと養父様の接触を完全に断ち、お父様やお母様の動向にも目を光らせていたのだろう。
「今までとあの会議では養父様の言動がちぐはぐでしたから、落ち着いて少し考えれば何かあったことはわかりました。ですから、ライゼガング系の側近から情報を集めたのです。詳細は存じませんけれど、養父様もヴィルフリート兄様も何やら課題を与えられているのでしょう?」
わたしの言葉に養父様が「何だと?」と顔色を変えた。険しい顔になり、おじい様を睨んだ。
「私が条件を受け入れれば、子供達には手を出さない約束だったはずだぞ、ボニファティウス!」
「……私も知らぬことだ」
おじい様も苦々しい顔になった。どうやらあっちでもこっちでも情報が足りない事態になっているようだ。
「ライゼガングが領主一族に亀裂を入れる計画を立てていたようですから、その一環でしょうね。ヴィルフリート兄様が本当に次期アウブになるための課題なら良いのですけれど、ライゼガングがわたくしを次期アウブに擁立するために利用されているだけという可能性もあるのでは、とシャルロッテが心配していました」
「何ということだ」
養父様の顔が真っ青になった。おじい様の顔色も悪い。自分達が持っているライゼガングの情報とは食い違いがあるらしい。
「ローゼマイン、ヴィルフリートには課題の危険性を伝えていないのか?」
「課題の中に、わたくしに第一夫人としての振る舞いをさせるというものがあるのかもしれません。婚約者として協力するように、としか言われなかったのです。ライゼガングの後援を受けているわたくしは多分潜在的な敵なのでしょう」
仕方がないよね、とわたしは思っているけれど、おじい様は「婚約者でありながらローゼマインを敵のように扱うとは!」と怒り始めた。その様子を見て、わたしは少し眉を上げる。
「あら? でも、ライゼガングから養父様とわたしの動向を見張るように言われているおじい様にとっても、わたくし達は敵のようなものでしょう? 貴族院から戻ってからずっとおじい様は怖いお顔をしていますもの」
「そ、そんなことはないぞ! 怖いか? 怖くはないだろう?」
おじい様が慌てた様子で自分の顔を押さえる。その様子を見て、緊張が解けたように養父様が笑い出した。雰囲気が一気に緩んで、わたしもつられて笑う。
「もう怖くありません。おじい様はわたくしを心配してくださっただけで、味方なのでしょう?」
「当たり前だ」
「では、養父様もわたくしをいじめているわけではないので、あまり怖い顔をしないでくださいませ」
「う、うむ」
神妙な顔で頷くおじい様に微笑んだ後、わたしは養父様に視線を移した。
「わたくしもハルトムートから聞いただけですから、本当かどうかわからないのです。会議ででしゃばるようなことはしない方が良いと言われたところですし、余計なお世話か、と思ったのですけれど……」
「余計ではない。助かった。フェルディナンドがいなくなった今、情報が圧倒的に不足しているのだ」
笑っていた顔を引き締めながら養父様が頭を振った。今まではユストクスの情報をフェルディナンドが精査して届け、立ち回りの指示もある程度出してくれていたらしい。いなくなって、本気で困っているようだ。
「ハルトムートはよくそれだけの情報を得られたな」
「神殿でユストクスに師事していましたから。まだユストクスのように全てを網羅するような情報を得ているわけではありませんけれど、ライゼガングの情報ならば融通しますよ」
わたしが養父様に情報を流すよ、と話をしていると、おじい様は真面目な顔でわたしを見た。
「ローゼマイン、其方は何故ジルヴェスターをそこまで信用できるのだ? ジルヴェスターに騙されている可能性もあるとは思わないのか?」
「本当に酷い方ならば、ライゼガングの面倒を回避するために、わたくしを殺します。それに、養子縁組を解消すればわたくしが上級貴族になって、次期アウブとは絶対に目されることがなくなるのに、養父様はライゼガングの支持を得るために課題を抱えて唸っているのですよ」
フェルディナンドもいない今、わたしが領主一族から抜けると魔力が圧倒的に不足するので、簡単に殺したり、養子縁組を解消したりすることはできないと思うけれど、わたしを領主候補生から降ろす方法がないわけではないのだ。
「養父様は色々と理由を付けて逃げ出したり、面倒くさそうに文句を言ったりしますし、シャルロッテに指摘されたように大変な時に養母様を妊娠させるような迂闊なところもございますけれど、大事なところではきちんと守ってもらっていると思っています。ですから、協力くらいはしますよ」
「……ローゼマイン」
「むしろ、わたくしの後ろ盾と言いながらエーレンフェストに不和を撒き散らすライゼガングの方がよほど困った存在ではありませんか」
そう言いながら、わたしは今日の本題を持ち出した。ライゼガングの総意を蹴散らすための世代交代案である。
「急激な変化を厭う者がいるのは当然ですけれど、エーレンフェストが上位領地として相応しい言動を身につけるのは、ツェントからのご指示でもあります」
王命同然ですよね? と言えば、養父様がニヤリと笑って「まぁ、そうだな」と頷きながら先を促した。
「ですから、領地内の役割分担をするのはどうでしょう?」
「役割分担だと?」
「はい、おじい様。農村などを治めるギーベのお仕事にはそれほどの変化などありません。ですから、今回の粛清で空いたギーベのお仕事は保守的な方にお任せするのです。ギーベ・ゲルラッハやギーベ・ヴィルトル達はゲオルギーネ様に名捧げしていたことでエーレンフェストを混乱に陥れた者達ですけれど、統治の腕に問題はありませんでした。収穫量も良かったはずです」
収穫祭から戻ってきて、アウブに報告しているわたしは各地の収穫量についても知っている。彼等の領地運営の手腕に問題はなかったのだ。
「ですから、新しく派遣するギーベには彼等のやり方をそっくりそのまま踏襲していただくのです。農民や下働きの者達を混乱させないように、そのままの環境で働けるように尽力していただきましょう。急激な変化に対応できないことをよく知っている方に行っていただくのが一番だと思います」
わたしの提案を面白がるように養父様が笑った。
「なるほど。だが、新しい仕事に失敗は付き物だ。また、ギーベの仕事に適性がなかったら大変なので、正式なギーベになるまでの試験期間として三年ほど様子を見ることにしよう。其方等領主候補生が祈念式や収穫祭で向かった時に農民や下働きの者から話を聞き、上手く治められているならば、三年後には正式なギーベに任命する」
様子見の期間を作れば、正式に採用とされようと必死に働くだろうし、その土地の者に無茶な真似はしないだろう、と養父様が呟く。
「そして、向上心のある者、変化を柔軟に取り入れられる者を、派閥に関係なく城の重職に置くようにしましょう」
「派閥に関係なく!?」
わたしの提案にいちいち驚くのはおじい様だ。そんなに変なことを言っているつもりはなかったのだが、普通の貴族との考え方の違いが浮き彫りになった気がする。理由を聞いて納得すれば受け入れてくれていたフェルディナンドや養父様が変わっているのかもしれない。
「粛清をして、罪を犯した者はすでに罰を受けたり、遠ざけられたりしているのでしょう? もう旧ヴェローニカ派など無いに等しいのに、有能でやる気のある者に仕事をさせないなんて勿体ないではありませんか。エーレンフェストには余らせておく人材なんていないのです」
そんなふうに自室で側近達と話し合った案に加えて、シャルロッテに指摘された点も説明する。
「今の混沌とした状況を好転させるには良い策だけれど、まだ弱い、か。シャルロッテはよく見ているな」
「えぇ。他には、第二夫人をライゼガングから迎えるのが一番穏便で上手くまとまるとも言っていました。第一夫人に他領との社交を任せて、第二夫人には領地内の貴族をまとめるのを任せるとおっしゃったダンケルフェルガーの言葉に重なるものがありますね」
わたしの言葉に養父様が少し沈んだ顔になった。
「発言をお許しいただけますか、アウブ・エーレンフェスト?」
静かに控えていた側近達の中からブリュンヒルデが一歩前に進み出た。緊張した面持ちの中に意を決した飴色の瞳があった。覚悟を決めているように見えるブリュンヒルデを見つめ、養父様が「許す」と許可を出す。
「恐れ入ります」
ブリュンヒルデはゆっくりと歩いて養父様の正面に移動する。そして、跪き、両腕を交差させた。
「わたくしはギーベ・グレッシェルの娘、ブリュンヒルデと申します。貴族院の五年生を終えたところでございます」
「優秀者を取った側仕えだな」
領地対抗戦や表彰式の様子を見ていた、と養父様が相槌を打つと、ブリュンヒルデは「お褒めに与り光栄です」と頷いた。そして、真っ直ぐに養父様を見つめる。
「わたくしをアウブの第二夫人という役職につけてくださいませんか?」