Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (53)
冬の始まり
家に帰ってきてホッとした次の日、わたしはルッツと一緒にベンノの店へ向かった。
チラチラと雪がちらつく天気だったけれど、雪が積もる前に回復の報告とお礼に行かなければ、家から出られなくなってしまう。
「ベンノの旦那、マインがギルド長から何かふっかけられていないか、引き抜きに合って困ってないか、すっげぇ心配してたぞ」
「あ~、もしかして、心の中で何度も助けを求めたから、通じたのかな?」
フリーダの家族に囲まれた時、わたしは心の中で何度かベンノに助けを求めた。変な電波でも出ていたのだろうか。
うーん、と首を傾げていると、ルッツが不満そうな顔でわたしを睨んだ。
「……オレには?」
「ん?」
「オレに助けは求めなかったのか?」
むすぅっとした顔のルッツを見て、何とも言えないくすぐったい笑いが込み上げてくる。
思わず笑ってしまったわたしに、ルッツがさらに口をへの字に曲げた。
「なんで、笑うんだよ!?」
「だって、ルッツはちゃんと助けてくれたじゃない」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になったルッツに、わたしは声を立てて笑う。
「ルッツは、動きすぎで熱出すぞって、フリーダに言ってくれたでしょ? おかげでゆっくり寝られたし、夕食の席に着くこともなかったから、引き抜きの話も聞かずに済んだし、すごく助かったんだよ」
「へへ、そっか」
得意そうに笑ったルッツが、わたしと繋いだ手に少し力を入れた後、半歩前に出る。わたしに当たる風が少なくなって、顔に当たる雪が減ったような気がした。
「こんにちは」
「あぁ、マイン。元気になったようで何よりです」
ベンノの店の中は活気に満ちて温かい。店に入ってホッと息を吐いたわたし達を見つけて、マルクが早足で近付いてきた。
雪が降り始めているのに、ベンノの店は少しも出入りする人が減っていないような気がする。気が早い工房はもう閉めてしまっているところもあるというのに。
ベンノの店を見回して、そんな感じのことを呟いたら、マルクがニッコリと笑った。
「この店は冬が売り時ですから」
「そうなんですか?」
冬は吹雪の日が増えて動けない日が多くなるので、引きこもってなるべくお金を使わないように生活するものだと思っていたが、違うらしい。
「雪に閉ざされて暇になる貴族の方々は、暇が潰れて、目先が変わる物のためならば、意外と財布の紐が緩むのです」
「なるほど、娯楽用品かぁ……」
ゲーム機なんて作れないけれど、トランプ、カルタ、花札、すごろくなど、遊び慣れたカードゲームが頭の中を回る。余裕があれば作ってみても良いかもしれない。
ルッツがくいっと袖をつかんだ。
「何か思い浮かんだのか?」
「……紙があった方がいいものなんだけどね」
カードゲームも薄い板ならできるかもしれない。でも、木をカードのようになるべく同じ大きさや厚さで、薄く切るには技術がいる。
木工技術を持っている人に作ってもらうのは簡単だけれど、「わたしが考えて、ルッツが作る」という前提を、せめて洗礼式が終わるまでは崩したくない。
薄い板作りって、ルッツにできるかな?
それに、わたしはまだこの世界で絵具を見たことがない。染料があるのだから、あるところにはあるのだろうけれど、トランプなどの色付けがウチの中ではできそうにない。
オセロや将棋なら、板とインクで自分達でも何とかなるかもしれないけど。遊ぶ種類の多さはトランプが一番なんだよね。
う~ん、と唸っている間に奥の部屋へ案内されていて、ベンノから間近で顔を覗きこまれていた。
「マイン、回復したんだよな?」
「ぅあ!? は、はい。ご心配おかけしました」
目を瞬きながらそう言っても、ベンノは疑わしそうに眉を寄せるだけで、わたしの顔をじろじろ見るのを止めてくれない。
「ベンノの旦那、大丈夫だ。マインは何か考えていただけで体調が悪くなったわけじゃないから」
「そうなのか」
ルッツの言葉にやっと納得したのか、ベンノがパッとわたしから手を離す。暖炉のそばにあるテーブルにわたし達を座らせながら、ハァ、とベンノは深い息を吐き出した。
「あのじじいが孫のために集めた物だからって、結構しつこくうだうだ言っていたから、魔術具を本当に使ってくれるかどうかは賭けだと思っていたが……」
「あ、わたしをギルド長の店に引き抜きたかったみたいです。払うお金が足りなかったら、借金のかたに店を移ることになっていたんでしょう?」
「借金のかた……。まぁ、そうだな。だが、金は渡してあっただろう?」
ニヤッと得意そうに笑ったベンノに頷きながら、わたしはギルド長達が裏で色々罠を張っていた事実を暴露する。
「はい。ベンノさんには魔術具の値段を小金貨一枚と大銀貨2枚と伝えたって言ってましたけど、実際は小金貨2枚と大銀貨8枚だったみたいで……」
「あんのくそじじい!」
ガシガシとベンノが悔しそうに頭を掻いて怒鳴る。
「わたしが持っているお金でギリギリ足りて、ホッとしました。フリーダとギルド長は足りると思わなかったみたいで、驚いてましたよ」
わたしがそう付け足すと、ベンノは一瞬呆気にとられた後、「そういえば、情報料上げたな」と呟き、ニヤッと笑った。
「ヤツらに一泡吹かせたならそれでいい。だが、あの一族には気を抜くな。お前みたいに危機感の薄いぼへっとしたヤツはすぐに食われるぞ」
危機感の薄いぼへっとしたわたしがやらかしてしまったかもしれない失敗についても、ベンノに報告しておいた方が良いだろう。そうは思っていても、叱られるのを少しでも後に回したくて、言い方がついつい遠まわしになるのは止められない。
「えーと、ベンノさん。質問があるんですけど、この辺りではお菓子って、どんなものが普及しているんですか?」
「どういう意味だ?」
じろりとわたしを見る赤褐色の目にビクッとしながら、わたしは言い訳も加えて、説明をした。
「その、わたしの周りでは甘い物なんて滅多になくて、蜂蜜とか果物とか、冬のパルゥくらいなんですよ」
「あぁ、そうだな」
「……それで、ですね、ベンノさん。つかぬ事をお伺いいたしますが、フリーダの家には砂糖があったんですけど、それって珍しいものですか?」
料理に使うための砂糖がウチにないことから考えても、普及しているのは富豪層くらいだとは思っている。
それでも、流通に詳しい人から確実な答えが欲しいし、できれば、ウチが貧乏だから買えないだけで街の大半の人は買ってるよ、くらいの答えだったらいいなと思う。
もちろん、そんなわたしの願望の詰まった答えが返ってくるはずがない。
「この辺りではまだ珍しいな。外国から最近輸入され始めて、王都辺りや貴族の間ではかなり人気が高いって……お前、まさか、また何かしでかしたのか!?」
すでに色々しでかした前科があるので、ベンノはすぐに気が付いたようで、眉をグッと上げた。
「その、『カトルカール』ってお菓子を作ったら、食いつかれたみたいで……」
「あぁ、あれか。すっげぇうまかった。しっとりしてて、口の中ではとろけるようで、初めて食べる甘い味の……って、マイン!」
貴族階級に砂糖自体は普及し始めているが、まだお菓子文化というほどは色々なお菓子がないらしい。カトルカールはシンプルでオーソドックスなケーキだが、間違いなくやりすぎた。
二人から睨まれて、さすがにまずいことをしてしまったことを実感する。
「お前はどうして肉食獣の前でそう無防備に茂みから頭を出すんだ!? あっという間に食われるに決まってるだろうが!」
カトルカールでここまで激昂されるのだから、スポンジケーキでショートケーキなんて作らなくてよかったと自分をこっそり慰める。秤や薪オーブンに不安があったせいだが、結果的にはセーフだ。
「だって、フリーダとはお菓子を作る約束していたし、自分にできるお礼が何かないかなって思ってて……」
「お礼なんて、金を払ったんだから十分だ!」
ベンノの言葉がフリーダの言葉といちいち重なる。ここの商人にとっては、対価を払っているので、それ以上は不要だったらしい。
「うぅ、フリーダにもそう言われました」
「またか!? 商談相手に言われてどうするんだ? 負けてもいい相手かどうかはよく見極めろって前にも言っただろう!?」
のおおぉぉぉ! わたし、学習能力なし。でも、命の恩人にできるだけのお礼をしたいと思うのは普通じゃないの?
「一応命の恩人だしって思って……」
「つまり、くそじじいに騙されたことはコロッと忘れていたわけか」
「ぅぐぅ……」
それを言われると言葉に詰まる。結果としてお金を持っていたから、命を助けてもらったとしか考えていない。けれど、これでお金が足りなくて強制的にベンノの店からギルド長の店に所属が変わっていたら、もっと心境は複雑だっただろう。
「ったく、向こうはお前が身食いだから、時間的にもたいしたことはできないだろうと高をくくって、放置してくれているんだ。ヤツらが本気になれば、お前なんて気が付く前に所属が変わっているはずだ。わざわざ捕まりに行くようなことをするな」
なるほど、と少しだけ納得した。色々と罠を張る割に引き抜きは緩いな、と思っていた。
どうやら、身食いという病気自体に潰されるか、すぐにでも貴族と契約する相手だから、ちょこちょこ突くくらいで済んでいるらしい。
「えーと、気付く前に所属が変わるって、どんなことをされちゃうんでしょう?」
「一番簡単なのが、お前の親に近付いて外堀を埋めることだな。娘の命の恩人に頼まれれば断れるわけがない。今後も面倒をみると言って洗礼後の所属を親から攻めてきたり、あそこの息子が知らないうちにお前の婚約者になっていたりする可能性もあった。あと一年持つかどうかわからないマインを相手にそこまでする意味がないからしないだけだ」
「何それ、怖いっ!」
ひいいぃぃぃっ! と鳥肌の立ってしまった自分の腕をガシガシと擦っていると、ベンノが呆れたような顔でわたしを見ていた。
「今頃わかったのか。危機感がないにも程がある。……それで、そのお菓子は出来た現物を渡しただけか?」
ベンノの質問の意図がわからなくて、わたしは首を傾げながら、みんなで一緒に作った話をした。
「いえ、わたしにお菓子作りなんて腕力使うことできるわけないので、フリーダの家の料理人さんに作り方を教えながら、作っていただきました。真っ白の小麦粉がたくさんあって、砂糖もあって、薪オーブンが自分の家にあるんですよ。すごいですよね」
「あぁ、すごい、すごい。つまり、レシピは丸々向こうが握ったわけか……」
頭を抱えるベンノの姿に、かなり不安になってきた。お礼に作っただけのお菓子がここまで波紋を広げることになるとは全く考えていなかったのだ。
「うっ、何かまずかったですか?」
「貴族相手に売れそうなもんを無償でやるなんて、馬鹿だろう?」
何が貴族に売れて、何が庶民的なのか、正直わたしにはわからない。ただ、ケーキのレシピはお金になることがわかった。今度から気を付けよう。
「うぅ……。だったら、こっちも料理人に作らせて売ればいいじゃないですか。まだ向こうだって売りだしたわけじゃないし……」
「砂糖の入手がまだ難しいんだ」
先に売ってしまえばいい、と提案してみれば、ベンノはハッキリと嫌な顔をした。
しかし、嫌な顔をされても困る。砂糖の入手はわたしの領分ではない。むしろ、手広く商売をしているベンノの仕事だ。
「じゃあ、諦めるしかないですね。砂糖とオーブンをうまく扱える料理人がいたら、『カトルカール』のレシピは無料でベンノさんにも公開しますよ」
「……その言い方を聞けば、他にもありそうだな」
ベンノはすぐに気付いてわたしを見たが、砂糖がなければどうしようもないレシピばかりだ。公開しても意味がない。
お菓子のレシピはお金になると先程教えてもらったわたしは、胸を張ってドヤ顔で告げる。
「それ以上は有料です」
「その強かさは向こうに使え」
「……善処します」
もっともな言葉にわたしはしょぼんとしおれた。善意でやったことをお金で計算されるのは、どうにも慣れないけれど、それが商人の世界だというなら、慣れるしかない。
「報告はそれで終わりか?」
「いえ、これはかなり私的な報告なんですけど、わたし、冬の間は基本的に外に出ないので、春になるまでお店に来ることはないですが、心配しないでください」
何しろここには、目の前でわたしが倒れたことで過保護になっているマルクとベンノがいるのだ。わたしが店に来なくても店の運営には何の問題もないだろうが、また体調のことで心配させるのも悪いので、先に宣言しておくことは必須だろう。
「外に出ないとは?」
「外に出たら寝込むんです」
「あぁ? オットーの手伝いをすると言っていなかったか?」
どうやら、ベンノは冬の間はほぼ門に行くと考えていたらしいが、それは違う。そんな暴挙をウチの家族が見逃してくれるわけがない。
「えーと、吹雪じゃない天気で、わたしの体調が良くて、父の仕事が朝番か昼番の時って条件付きなので、冬の間に10回も行けないと思ってます」
「……お前、洗礼式の後、本当に仕事できるのか?」
「それは、わたしも常々不安に思っているんですけど」
ものすごく不安そうにベンノが聞いてきたが、むしろ、聞きたいのはこちらだ。わたしにできる仕事があるのだろうか。
「仕事の仕方は追々考えた方が良さそうだな。それで、冬の間の手仕事の納品はどうする? 春の洗礼式に向けて、多少品物があると店としては助かるんだが」
当初は春になったら全て納品すると言っていたが、それでは春の洗礼式に間に合わないらしい。冬の洗礼式に向けて大急ぎで作った分もほとんど売れて在庫がないらしい。
ルッツが元気よく手を上げた。
「オレが天気を見て持ってきます。晴れた朝はパルゥ採りだから、店に来るのは曇りの日かな?」
「あぁ、パルゥか。懐かしいな。パルゥジュースは、子供の御馳走だからな」
フッとベンノが懐かしそうに笑った。ベンノも昔はパルゥ採りに行ったのだろう。戦利品をコリンナと分けるベンノを想像してわたしが少し笑うと、隣のルッツもパルゥ採りに思いを馳せて、にへっと笑った。
「オレ、今年も絶対にパルゥケーキを食べるんだ」
「……パルゥケーキ? 何だ、それは?」
ベンノが怪訝そうな顔になる。
わたしはパルゥケーキのレシピが流出した時のことを考えて、たらりと冷や汗が流れるのを止められなかった。
「あ~、ルッツ。そのレシピは秘密にしておいた方が良いよ? パルゥが手に入らなくなるから」
パルゥの搾りかすは人間が食べるものではない。動物の餌だ。そう思われているから、ルッツの家では卵と引き換えにたくさん手に入れることができる。
けれど、その利用価値を知られたら、パルゥの搾りかすに高い値段が付くようになるかもしれない。そうすれば、冬の家畜の食料として当てにしている人達全員に迷惑をかけることになってしまう。
「そっか。オレ達だけの楽しみだからな」
「そう、わたし達だけの楽しみにしておこうね」
ベンノの店を出て帰途に就く頃には、通りの端に少しずつ雪が積もり始めていた。外に出ることもできなくなる本格的な冬の到来を見せつけられて、わたしは軽く溜息を吐く。
「お外に出られない日が始まりそうだね」
「……そうだな」
ルッツが積もりかけの雪を忌々しそうに見ながら、小さく頷いた。
家の雰囲気が良くない、と母親のカルラおばさんが言っていたくらいだ。当人であるルッツはもっと険悪な雰囲気を感じているに違いない。家に籠らなければならない冬は、ルッツにとって辛い季節だろう。
「ねぇ、ルッツ。2~3日に一度は勉強道具と仕上がった簪部分を持って、ウチにおいでよ」
わたしがルッツに提供できるのは、ほんのちょっとの息を抜く時間だけだ。毎日では余計に家族の風当たりが強くなりそうだし、理由がなければルッツもウチに来にくいので、簪が少しできたくらいを見計らうのが良さそうだ。
わたしの提案に、ルッツはほんの少し顔を綻ばせた。
「あぁ、そうする。悪いな」
吹雪の日が増えて、通りを歩く人が減っていく。人々は寒さをしのぐために、外に出ることを控えて、家の中で過ごすことになる。
父は兵士で門に詰めるので、冬だからと言って仕事が休みにならないのは去年と一緒だ。吹雪の日でも仕事があり、家にいることは少ない。
ウチの中ではトゥーリが暇を見つけてはせっせと髪飾りを作っている。確実にお金になることを知っているので、去年の籠作りより真剣だ。
母は手仕事に関心を示しながらも、家族の服を作る方を優先させなければならない。今年はわたしの洗礼式があるので、まず晴れ着から仕上げると母は言った。
「去年のトゥーリの晴れ着をお直しするんじゃダメなの?」
トゥーリは一年でまた背が伸びた。もう夏に着ていた晴れ着が少しきついはずだ。だったら、ほとんど袖を通していない晴れ着をお直しした方が、手間もかからないのではないだろうか。
「トゥーリとマインじゃ大きさが違い過ぎて、お直しも大変なのよ」
母は困ったようにそう言って苦笑した。普通は晴れ着なんて、何度も作るものではない。姉妹なら特に着回すのが普通だ。
しかし、わたしとトゥーリは身体の大きさが全く違う。7歳になったばかりの洗礼式で8~9歳くらいに見られるトゥーリと4~5歳に見られるわたしが同じ服を着るのは正直不可能なのだ。
竈の前で着てみたものの、肩も脇もずるずるだし、膝丈のワンピースは足首までの長さになっている。
「うーん……。でも、この裾なんて、こうやって摘まんで丈を誤魔化せば、ひだもできて可愛いと思うよ? 摘まんで縫うところにこんな感じの小花を飾るのはどう?」
「マイン、それってお直しじゃないよ。すごく豪華になっちゃう」
裾にひだを作って摘まんだわたしの提案にトゥーリが笑った。
サイズが完全に違う場合、糸を全部解いて、わたしのサイズに布を断って、縫い直すことをお直しと言うらしい。ちょこちょこ摘まんで飾りで誤魔化せばいいんじゃない、と言うわたしの考え方は異端なようだ。
これはもう余計な事を言わない方が良いパターンに違いない。
「そっか。豪華に見えすぎるなら、止めた方が良いのかもしれないね。摘まむだけのお直しなら、この部分を外せば、わたしが大きくなっても使えると思ったんだけど……」
余分な布が使えるのは、生活に余裕がある者だけだ。ひだのある服なんて基本的には金持ちしか着ないし、余計な飾りを付けることもできない。
だからこそ、トゥーリはピッタリサイズの晴れ着だった。お直しのためとはいえ、わたしがひだのある服なんて着たら目立って仕方ないかもしれない。
そう思って、口を噤んだのに母が妙にやる気になってしまった。ガシッとわたしの両肩をつかんで、ニッコリと笑う。
「……マインの言うとおりやってみましょう。ダメなら普通にお直しすればいいもの。ね?」
あ、ヤバい。母さんが燃え始めた。
……これ、普通のお直しでいいよって言っても止まらないよね?
わたしも自分の髪飾りを作ったり、ルッツの家庭教師をしたり、料理番をしたり、去年よりは忙しいんだけどな。
もちろん、やる気になってしまった母から逃げ出すなんてできるはずもない。
竈の前とはいえ、夏の晴れ着を着ただけの状態で、母と色々なところを摘まんでタックを作る話しをしているうちに、虚弱なわたしはしっかり風邪を引いた。
ふぇくしょんっ!