Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (530)
神殿見学会 前編
いくつもの騎獣が連なって、城から神殿へ向かって飛んで行く。わたしのレッサーバスからは子供達の歓声が聞こえていてにぎやかだ。
今日は神殿の見学会である。メルヒオールに部屋を見せ、神殿の側仕えを選んでもらうことになっている。ついでに、子供部屋の子供達も同行し、神殿の生活を見てもらったうえで、城と神殿のどちらで生活をするのか選んでもらうことになっている。
「お疲れ様。ここが神殿ですよ。皆、降りてくださいませ」
わたしは神殿の正面玄関前にレッサーバスを止めて、後部座席を振り返った。ユーディットとレオノーレが並び、その後ろにメルヒオールと護衛騎士が並び、更に後ろにはコルネリウス兄様とダームエルに見張られている感じで子供部屋の子供達が乗っている。出発前にシュツェーリアの盾で敵意がないことは確認済みだが、それでも、「見張らなければならない」と譲らなかったので、好きにさせている。
子供部屋の子供達は男の子二人、女の子二人の計四人だ。親がすでに処刑されている女の子が一人、彼女以外は親がかなり重い罪を受けていて数年は戻って来ない子供達だ。ニコラウスもここに含まれる。軽い罰だった親達はすでに迎えに来たらしい。孤児院にいる子供達の引き取り率を考えると結構差があるように思える。
……やっぱり洗礼前の子供達は扱いが軽いんだよね。
「ローゼマイン姉上の騎獣はすごいですね。こんなに大きくなる騎獣なんて初めて見ました。カッコいいので、私もこんな騎獣にしたいです」
お揃いになると嬉しいですね、とわたしとメルヒオールが話をしていると、メルヒオールの側近がものすごく困った顔で言いにくそうに口を開く。
「メルヒオール様、その、グリュンは……」
「アウブの子ですから、グリュンではなく獅子の騎獣にいたしましょう」
周囲ではレッサーバスに乗らなかった文官や側仕えが自分の騎獣を片付けている。その間にもレッサーバスからぞろぞろと皆が出てくる。神殿を見上げている子供達の様子を横目で見ながら、わたしは出迎えに出てきてくれていた青色神官の服を着たハルトムートと神殿の側仕え達のところへ向かった。
「ハルトムート、指示を出してくれてありがとう。助かりました」
先に神殿に戻って、皆を迎え入れる準備をしてくれていたハルトムートを労うと、ハルトムートは嬉しそうに笑った。
「ローゼマイン様のお役に立てて何よりです。こちらの側近達と話し合い、護衛等の安全面を考えた結果、神殿長室ではなく神官長室へ案内することになりました。皆の案内は私が引き受けますので、ローゼマイン様は騎獣を片付けてお召替えをお願いします」
わたしは案内を引き受けてくれるハルトムートに感謝しつつ、全員が降りたことを確認して騎獣を片付けた。そして、出迎えに来てくれていたフラン、ザーム、モニカと一緒に神殿長室へ向かう。ダームエルとレオノーレが護衛として神殿長室に同行し、それ以外の側近達はメルヒオール達の案内と子供達の面倒を見る役目をしてくれている。ユーディットとフィリーネは弟がいるせいか、子供達への対応が上手だ。
「ただいま戻りました。久し振りだけれど、変わりはないかしら?」
フラン達に声をかければ、いつも通りの穏やかな笑みを返してくれる。慣れた顔ぶれにホッとして、身体の力が抜けるのがわかった。城では作り笑いが多かったせいで固まっていた顔の筋肉が自然と緩んでいく。
「神殿長室に変わりはございません。孤児院はたくさんの子供達が増えたことで、ずいぶんと違いがあったようです」
フランの言葉を頷きながら聞いていると、モニカがニコリと微笑みながら孤児院の様子を教えてくれる。
「ヴィルマは今孤児院で皆様を迎える準備をしています。ハルトムート様のご指示があり、ニコラは皆様を歓迎するためのお菓子を作っていました」
「今日は見学会で、フーゴもエラも戻っていないから大変だったでしょうね」
「一人でも簡単にできるパルゥケーキだそうです。孤児院の子供達やギュンターから献上されたパルゥです。早く食べなければ傷んでしまうので、ちょうど良いと言っていました」
わたしが楽しみにしているから、とわざわざ取っておいてくれたらしい。それは楽しみだ。パルゥケーキはダームエルも冬の楽しみにしていたので喜ぶだろう。
「ギルとフリッツは午前中に仕事をしていた工房の片付けをして、孤児院の皆に清めをするように指示を出しています。皆様が孤児院へ到着する頃には、灰色神官達も孤児院に揃っているでしょう」
「ありがとう、ザーム」
わたしは神殿長室で手早くモニカに着替えさせてもらう。神殿長の衣装に袖を通すのも久し振りだ。
「モニカ、三日後に商業ギルドとプランタン商会とギルベルタ商会に招集をかけてくれるかしら? 急ぎで話をしなければならないことがあるのです」
「かしこまりました。ギルベルタ商会には衣装のお直しも依頼した方が良さそうですね。わたくしの予想より裾が短くなっています」
着付けながらモニカがそう言った。よく見てみると、確かにちょっと裾が短くなっていた。脛丈に合わせていたのに、膝の下になっているではないか。
……おぉ、すごい! わたし、結構大きくなってる!
これまでは目に見える変化というのが少なかったので、感動である。これはやはりユレーヴェで完全に魔力の塊を解かしたせいだろうか。それとも、魔力圧縮を少なめにした効果だろうか。何にせよ、嬉しい。
神殿長の服に着替えたわたしはフラン達を連れて、神官長室へ向かう。扉の前には何故かメルヒオールの護衛騎士が立っていて、わたし達を入れてくれた。
「どうしてメルヒオールの護衛騎士が扉の外を守っているのですか?」
「わたくしが中を守ると言ったからです」
きちんとお仕事をしています、と主張するように内側の扉の前に立っているのはアンゲリカだ。きっとアンゲリカがいつも通りに扉の内側を守ると言ったので、メルヒオールの護衛騎士も扉の前に立たざるを得なくなったのだろう。普通はアンゲリカが外に立って、慣れない場所に戸惑うメルヒオールの護衛騎士が内側に立った方が良いのだが、納得しているならば良いことにしよう。
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。今日のお菓子はパルゥケーキですよ」
神官長室ではお茶の準備の最中だった。ニコラとロータルがパルゥケーキを運び込んでくるところで、甘い匂いがふわりと漂って来ていて、懐かしい匂いにうっとりする。ニコニコと嬉しそうなニコラの笑顔に癒されながら、わたしはハルトムートの側近が準備してくれている椅子に座った。すぐにフランやモニカもハルトムートの側仕え達と一緒にお茶を淹れ始める。
目の前に置かれる甘い匂いのパルゥケーキに期待の眼差しを向ける子供達と違って、メルヒオールの側近達はじっと神殿の側仕え達の仕事振りを見ていた。最初はブリュンヒルデもこんなふうにあちらこちらを値踏みするように見ていたことを思い出して、わたしは小さく笑った。
「よく教育されているでしょう? ここにいるわたくしの側仕えもハルトムートの側仕えも、フェルディナンド様が教育されたのです。わたくしの側近も最初は灰色神官達にどれだけのことができるのか、と懐疑の目を向けていたものです」
メルヒオールの側近達がハッとしたように顔を上げて、「確かに驚きました」と少し表情を緩める。どうやらフラン達の働きぶりには合格点をもらえたようだ。
ハルトムートもフッと笑って「最初は私も驚きました」と言いながら、自分の側仕えを見回す。
「フェルディナンド様がよく教育しているので、あまり戸惑いもなく執務を手伝うことができました。メルヒオール様の文官にも執務を覚えていただくために、一人は神官長室の側仕えをメルヒオール様に付けさせていただく予定です。ロータル、頼む」
「かしこまりました。ロータルと申します」
ハルトムートに指名されたロータルが一歩前に進み出る。フェルディナンドに仕えていた側仕えの中で一番穏やかな人だ。メルヒオールの相手をするにはピッタリだと思う。
「ロータル以外の側仕えは孤児院で探すことになります。青色神官に仕えていた元側仕えを選ぶと、ある程度の教育が終わっています」
ハルトムートの言葉を他人事のように聞き流し、お菓子に目が釘付けになっている子供達にわたしは「貴方達も神殿で暮らすことになれば、自分の側仕えを選ぶことになりますよ」と声をかける。
「側仕えは神殿での監視役ではないのですか? 私達が自分で選んで良いのですか?」
驚いたように目を瞬くニコラウスにわたしは頷いた。
「皆がどのような生活をしているのか、体調を崩していないかなど、報告はしてもらいますけれど、始終側にいる人は自分で選ばなければ気詰まりでしょう?」
長時間一緒にいる側仕えは波長が合わないと辛い。それは側近に囲まれて生活しているわたしがよく知っている。自分で自分の側仕えを選ぶことができるという言葉に、子供達が少しだけ興味を持ったように顔を上げた。
子供部屋で初めて会った時には全員が俯きがちで、気力のなさが気になるほどだった。親を失い、貴族としての未来を失った。他の子は親が迎えに来たのに自分のところは来ない。そういう見捨てられた子供の目をしていたけれど、少しだけ顔が上を向いたことにホッとする。
「ローゼマイン様、どうぞ」
「ありがとう、フラン。いい匂い。……これはパルゥケーキといって、神殿以外では食べられない冬のお菓子です。わたくしのために孤児院の子供達や懇意にしている下町の者が採ってくれたパルゥで作られているのですよ」
フランが淹れてくれたお茶を飲み、わたしはパルゥケーキを一口食べてから皆に勧める。皆とはいっても、この部屋にいる大半がわたしとメルヒオールの側近なので下げ渡されるのを待っている。席に着いているのは、わたし、ハルトムート、メルヒオール、そして、子供部屋の子供達だけだ。
……うぅ~、久し振りのパルゥケーキだ。
奉納式に戻らなかったので、一度きりの味になるだろう。次は来年までお預けになる。わたしにとっては何よりも懐かしい下町の味だ。
……父さんも母さんも元気かな?
「ローゼマイン姉上、これはおいしいですね」
「そうでしょう? 冬にしか食べられない甘味なのです。暖かくなると、すぐに傷んでしまうので、わたくしが戻って来た時に食べられるように、と側仕えが氷室で保管してくれていたのですよ」
客人の中では一番身分の高いメルヒオールが笑顔で手に取ったのを見て、他の子供達もゆっくりと手を伸ばし始めた。一口食べたら、後は優雅に取り合いだ。皆、貴族らしく食べ方は優雅だけれど、食べるのがかなり速くなる。
「ニコラ、今日は時間がないから側近の皆にも交代で食べるように言ってちょうだい。ダームエルはパルゥケーキが好きだから少し多めで」
わたしがニコラにそう言っていると、ハルトムートが軽く眉を上げた。
「ローゼマイン様、ダームエルとコルネリウスは奉納式の時に食べたので特別扱いは必要ありません」
「わたくしより先に楽しんでいたのですね。では、皆と同じでいいです」
たった一回しか食べられないならば可哀想だと思ったけれど、わたしより先にパルゥケーキを楽しんでいたなら、別に特別な配慮は必要ないだろう。わたしがニコラへの指示を取り消すと、ダームエルがショックを受けた顔でハルトムートを睨んだ。
「ハルトムート、あれは奉納式に協力した褒美だと言っていたではないか」
「すでに私から褒美をもらっているのに、まだローゼマイン様から特別扱いしてもらおうというところが厚かましいとは思わないか?」
ハルトムートとダームエルは放っておいて交代で食べるように側近達に言って、わたしはゆっくりとお茶を飲む。フランが淹れてくれたのはフェルディナンドが一番好きだったお茶で、香りが高い。
……フェルディナンド様が神官長の時は、この部屋がここまで賑やかなことって少なかったかも。
「ローゼマイン様は……」
「何ですか、ニコラウス?」
まるで怒られるのを覚悟しているように、ニコラウスは膝の上できつく拳を握った状態で口を開いた。
「……ローゼマイン様は私の姉上でもあるのですよね?」
「ニコラウスは異母弟ですから、そうなりますね」
わたしがそう答えた瞬間、「ローゼマイン様」とコルネリウス兄様が低い声でわたしを呼んだ。けれど、わたしがニコラウスの異母姉であることは事実だ。
「わたくしはアウブの養女ですから、同母の兄であるコルネリウス兄様やランプレヒト兄様とも公の場では兄妹として接することを禁じられています。ですから、ニコラウスが異母弟でも贔屓するようなことはできませんよ。コルネリウス兄様に怒られます」
わたしの言葉にコルネリウス兄様もニコラウスも安堵の表情を見せた。
「少しはご理解いただけたようで何よりです」
「異母弟と思ってくださっているのですか」
母親であるトルデリーデとお母様があまり仲良くなかったことや初対面の挨拶さえまともにできなかったことから完全に拒絶されていると思っていたらしい。
「話しかけられるのも嫌なのかと思っていたのですが、嫌われてはいないようで安心しました」
そう言ってニコラウスが照れたように笑った。わたしより背が大きい弟だけれど、こうして懐いてくれるのはちょっと嬉しい。ふふっと笑い返していると、コルネリウス兄様の鋭い視線とぶつかった。
……ああぁぁ! 「年下だからといって、甘い顔をしないように」って目が言ってる。
シュツェーリアの盾で敵意がないことは出発前に確認しているのに、コルネリウス兄様にとってはまだ警戒対象らしい。
「ローゼマイン様、この後の予定ですが、孤児院へ向かう前にお部屋を確認した方が良いと思います。おそらくメルヒオール様の側仕えが一番気になるのはそこでしょうから」
ハルトムートの声に、わたしはコルネリウス兄様から視線を逸らす。家具を入れるためには実際に部屋を見てみなければわからないことがたくさんある。急いで家具を準備しなければならない側仕え達には部屋の確認が一番だろう。
「では、部屋を見た後で孤児院ですね」
「それから、フリタークは戻って来られる目途が立ったので、彼の側仕えは確保しておいてください」
「よくやりました、ハルトムート。素晴らしいです」
養父様との折衝でフリタークを取り返すことに成功したらしい。これで少しは執務が楽になるだろう。祈念式も回る青色神官が少なくて、大変なのだ。
食べ終わったら、すぐに部屋の案内を始めた。廊下を歩いて、青色神官の部屋が並んでいるところへぞろぞろと向かう。
「この辺りは青色神官のお部屋です。ニコラウス達が神殿で暮らすならば、この辺りのお部屋を使うことになるでしょう。女の子の部屋はあちらの階段を上がって上の階です。男性と女性で使う階が違うのは、城や貴族院の寮と同じですね」
実は、神殿も城や貴族院の寮と同じように、性別によって使う階が分けられている。わたしは孤児院長室から神殿長室へ移ったので、青色巫女の部屋に入るのは初めてだったけれど、そんなことは口にしない。何の用もないのに階段を上がるのが億劫で、上に上がったことさえないなんておくびにも出さずに案内する。
「実家からの寄付金によって部屋の広さに差が出ます。皆はまだ貴族院にも入っていない子供なので、この辺りの部屋で十分だと思いますよ」
ザームが開けてくれたのは、青色神官が残していった家具がそのまま残っている部屋だった。この部屋ならば、孤児院で側仕えを二、三人召し上げて、料理人を雇えばすぐに使えるようになる。
部屋の中を見回していた女の子が「自宅で使っていた家具を入れることはできるのですか?」と尋ねた。青色神官がいなくなってから、すでに結構年月が経っている部屋だったため、あまり手入れをされていない家具は少し傷んでいるように見える。わたしは大して気にしないけれど、生まれてからずっと上級や中級貴族として生きてきた子供達には気になるようだ。
「運び入れてくれる人がいるならば、自分が自宅で使っていた家具を入れても良いです。……その、粛清によってアウブに接収されている方の家に関してはアウブの許可が必要ですけれど、お伺いを立ててみることはできます」
皆が視線を落としてしまったのは、自分のために家具を入れてもらえるかどうかがわからないからだろう。
「青色として神殿で生活するようになると、この自室で寝起きし、食事をして、その後は孤児院でお勉強をしてもらいます。貴族院の低学年の座学ならば参考書もあるので、灰色神官達が教えることができますし、フェシュピールの練習はわたくしの楽師が行います」
孤児院に集められた洗礼前の子供達も、貴族として洗礼式を受けるために頑張って練習していることを教えると、子供達の顔が少し上を向いた。まだ貴族としての洗礼を受けていない子供達は、正直なところ、貴族として扱われる彼等よりも不安定な立場なのである。
「後で孤児院へ行きます。貴方達の弟妹がいるかもしれませんね」
そう言いながら、わたしはメルヒオールの部屋になる予定の部屋へ向かった。
「こちらをメルヒオールのお部屋にする予定です。本当は神官長室を空ける方が良いのでしょうけれど、大人数で執務をするためには広い部屋でなければ困るのです。執務の引継ぎが終わればメルヒオールは神殿長室へ、神官長の役職に就けそうな側近に神官長室を使ってもらうことになります。それまでの間はこちらのお部屋でお願いしますね」
「はい」
この部屋は神殿長室、神官長室に続いて広いこと、周囲に空き部屋がいくつかあるので、側近が寝泊まりするのに使いやすいという理由で選ばれた。部屋の選択理由に納得した側仕え達がすぐさま部屋の大きさを詳しく測り始める。寝台や執務机の配置などを話し合っている大人の隣で、子供達はこれまでと違って整えられていない部屋を珍しそうに見回している。
「孤児院へ行きましょう。洗礼前の子供達の様子を見れば、神殿でどのように生活しているのか、わかると思います。それに、メルヒオールは神殿の側仕えを選ばなければなりませんから」
家具の配置を考えたいらしい側仕えの二人をザームに見ていてもらい、わたし達は孤児院へ移動する。
「ローゼマイン様、わたくしも側仕えを選んで良いですか? お勉強ができるのでしたら、城よりもこちらで生活をしたいです。お兄様から貴族院では皆で勉強し、優秀な成績を収めて、先生方に褒められたり新しいお菓子のレシピをいただいたりするのだと伺いました。わたくし、貴族院を楽しみにしていたのです」
一人の女の子がおずおずとした様子でそう切り出すと、他の子供達も神殿で生活をしたいと言い出した。ニコラウスも同じように神殿で生活をしたいらしい。
「できれば鍛錬の時間があると良いのですが……」
「わたくしが滞在している間ならば、護衛騎士と鍛錬することもできるでしょうけれど……」
灰色神官達は騎士見習いになるための鍛錬などしていないので、さすがに毎日のメニューに鍛錬を入れるのは難しいと思う。自分が基本的に体を動かさないので、どのように鍛錬のメニューを入れれば良いのか考えていると、コルネリウス兄様が肩を竦めた。
「ニコラウス、其方が神殿で生活をするのはトルデリーデが嫌がるぞ。そして、また母上に文句を言いに来るのだ」
心底嫌そうな顔でそう言った。ニコラウスは困った顔で「母上に迷惑しているのは、私も同じです」と、わたしに助けを求めるような視線を向けてくる。
「コルネリウス兄様、お父様が忙しくてニコラウスを引き取れない以上、城で生活をするのか、神殿で生活をするのか選ぶのはニコラウスですよ。シュツェーリアの盾でひとまずの疑いは晴れたでしょう?」
それはそうだが、とコルネリウス兄様は面白くなさそうな顔でそっぽ向く。ニコラウス自身に敵意がなくても周囲が危険だ、と言うけれど、周囲と接することができない今だけでもニコラウスの意思を尊重してほしい。
「別にニコラウスを側近にすると言っているわけではありません。住む場所くらいは選ばせてあげてくださいませ。貴族にとっては親が関係なく過ごすのは難しいかもしれないけれど、神殿にいる期間だけでも親ではなく、本人を見て付き合うことができれば良いと思っています」
神殿で生活することに文句を言うのならば、「ニコラウスにそのような生活をさせたのは罪を犯した貴女でしょう、と言って黙らせればよいのです」とわたしが言うと、ニコラウスは安堵したように表情を緩めた。けれど、コルネリウス兄様はグッとこめかみをおさえる。
「お考えは立派ですが、ローゼマイン様の場合、神殿くらい、という範囲で接触を許すと、貴族院にいる期間だけですから、とテオドールのように期間限定で側近にしそうで嫌なのです」
……そんな手があったなんて。
「コルネリウス兄様は頭がいいですね。そんなこと、全く思い浮かびませんでした」
しまった、とコルネリウス兄様が口元を押さえ、レオノーレが慰めるようにコルネリウス兄様の肩を叩いた。