Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (531)
神殿見学会 後編
「おかえりなさいませ、ローゼマイン様。お待ちいたしておりました、メルヒオール様」
フラン達が孤児院の扉を開けると、そこは孤児院の食堂である。わたしの側仕えであるヴィルマ、ギル、フリッツの三人が前に並んで跪き、その後ろには全ての灰色神官や灰色巫女が揃っていた。後ろの方には見習い達や洗礼前の子供達の姿もある。
わたしの記憶にはディルクとコンラートの二人しか小さい子供の姿がなかったので、彼等と同じ年頃の子供達がたくさんいるのが不思議な感じに見えた。彼等が粛清によって孤児院へやってきた子供達なのだろう。それに加えて、粛清関係で青色神官が実家に戻されたことによって孤児院に戻された灰色神官や灰色巫女が増えたようだ。かなり人数が多くなっている気がする。こうして見ると、改めて粛清の規模が大きかったことを実感する。
「……神殿の孤児院にはこんなにたくさんの者がいるのですね」
「以前はもう少し少なかったのですよ。それだけ青色神官の数が減っているのです。そして、子供達が増えましたから……」
メルヒオールの小さな呟きを拾ったわたしは軽く頷いた。そして、前に進み出て自分の側仕えに声をかける。
「ヴィルマ、ギル、フリッツ。孤児院の皆をまとめてくれてありがとう」
それから、神官の異動を管轄しているハルトムートが集まっている皆に今日はメルヒオールと新しく青色見習いになる子供達の側仕えを召し上げる話をする。メルヒオール達を見ながら爽やかに笑った。
「生活の流れや貴族区域にある設備についてすでに知っているので、一人は必ず青色神官に仕えた経験がある元側仕えを選んでください。それ以外は誰を選んでも良いですよ。ここでよく教育されていますから、新しい仕事でもすぐに覚えるでしょう」
洗礼式を終えているならば見習いを選んでも構わない、と言われてメルヒオールは興味深そうに灰色の群れを見回す。
「メルヒオール様は五人くらい、それ以外の者は三人で、料理の助手ができる者を入れておくと良いですよ。まずは、経験のある者から一人、選んでください。ギル、フリッツ。元側仕えを集めてください」
ギルとフリッツが声をかけると、メルヒオール達の前にこれまで青色神官や青色巫女に仕えた経験がある者が立ち上がる。前へ集まってくる灰色神官や灰色巫女を見ながら、ハルトムートが貴族目線で使い勝手の良い者を更に選別し始めた。右と左に元側仕えを分けて、左の者は下がるように、と声をかける。
「彼等は働く場所が青色神官の側仕えから孤児院に変わっても、不満な顔をせずに真面目に働いていました。その上で目端が効き、気配りができます。幼い主でも真摯に仕えてくれるでしょう」
どうやら孤児院に戻されると不満な顔をしたり、本来はこんな仕事をするはずではないと言ったり、孤児院に戻された八つ当たりをしたりした者は弾かれたらしい。ハルトムートがそんな情報を得ていることに驚いた。
「ハルトムートは神官長としての執務だけではなく、孤児院のことまでよく把握していますね」
わたしの呟きを拾ったフィリーネが小さく笑った。
「ハルトムートは一番頻繁に孤児院に出入りしていましたし、ローゼマイン様の側仕えとも連絡が密です。ディルクとコンラートからも慕われていて、子供目線の情報も集めています。忌憚ない意見が聴けると言っていました」
「灰色神官や灰色巫女を相手にしても気さくな姿を見せるため誤魔化されがちですが、ハルトムートは仮にローゼマイン様が側仕えを新しく召し上げることになれば、という観点で皆を見ています。採点は結構辛いですよ」
ダームエルがこっそりとそんなことを教えてくれる。ローデリヒも「採点が辛いのは側近に対しても同じです」と呟いた。本人が優秀な分、周りは戦々恐々としている部分もあるらしい。
ニコラウス達も真面目な顔でハルトムートの言葉を聞きながら、最初にメルヒオールが側仕えを選ぶのを待っている。側仕えの経験がない者はハルトムートの選別に驚きと恐れの表情を見せながら、自分達に声がかかるのをじっと待っていた。
「ヴィルマ、洗礼前の子供達を呼んでください」
洗礼式を終えていないので、側仕えに選ばれることもない子供達がずらりと並ぶ。ディルクとコンラートとリリーの子供以外は、この冬に新しく入った子供達だ。久し振りに会ったコンラートとフィリーネがアイコンタクトを取るのを横目で確認していると、子供達の中の一人が「兄上」と小さな声を上げた。わたしはその子の視線の先をたどる。
「ラウレンツの弟ですか?」
「はい。ベルトラムは異母弟なのですが、母親が亡くなったため、私の母上が引き取って洗礼式を行う予定だったのです」
ラウレンツが嬉しそうにベルトラムを見た。そういえば、洗礼前の子供達の扱いを説明した時にラウレンツは弟も助かったのか、ととても喜んでいたはずだ。
「後でゆっくり話をすると良いですよ」
わたしは子供達に冬の間の生活に不足がなかったか、どのような勉強ができたのか尋ねる。少し緊張気味の表情で子供達が冬の様子を教えてくれる。カルタやトランプはディルクとコンラートが強かったが、最近は勝てる回数が増えてきたらしい。
「フェシュピールの練習も頑張っていますよ。教師がわたくししかいないのですけれど、ローゼマイン様が神殿にお戻りになられると、ロジーナの指導も受けることができるようになりますものね」
ヴィルマはフェシュピールの腕が良い子やどのように練習していたのかを教えてくれる。最初は生活習慣が全く違うことに苦労していた子供達も、神殿の生活に慣れたそうだ。
「ディルクとコンラートがお手本になったり、困っているところを助けてあげたりしていました」
「そうですか。二人共、ありがとう」
ディルクとコンラートを労い、「後でパルゥケーキを下げ渡しますね」と約束する。お茶の時に余った分をディルクとコンラートに回してあげたい。
「デリアとリリーにもお願いします、ローゼマイン様。たくさん増えた子供達の面倒を一番よく見てくれたのは、あの二人なのです」
ヴィルマの言葉にわたしは後ろの方に控えているデリアとリリーに視線を向ける。孤児院から出られないデリアと子供の洗礼式が終わっていないリリーは側仕えの選別に出られないのだ。
「助かりました、二人共。ディルクやコンラートと一緒にパルゥケーキを食べてちょうだい」
「恐れ入ります」
冬の間の状況を聞いたわたしは、並んでいる子供達をゆっくりと見回す。
「実はこの中の五人の子供達については、引き取りの要請があり、近いうちに親が迎えに来ることになりました」
わたしが五人の子供達の名前を呼ぶと、わぁっと顔に喜色が満ちていく。喜ぶ五人とは反対に残される子供達の顔色は暗くなっていった。
「それから、孤児院に残る子供達へアウブからのお言葉です。秋に一度面会をして、貴族として遇するか否かアウブが決めるそうです。そこで貴族として遇すると決まった者は洗礼式を冬に行うことになります。色々と思うところはあるでしょうけれど、貴族となるために頑張ってください」
「はい!」
力強い声で答えたのは、ラウレンツの弟のベルトラムだった。背丈や言動から考えても、洗礼式が近いのだろう。貴族として生きていくのだという野望に溢れた目をしている。ベルトラムにつられたように子供達が顔を上げた。
「わたくしのお話は以上です。メルヒオール達が側仕えを選び終わるまでの間、勉強の成果を見せてくださる? フィリーネとラウレンツは自分の弟とお話ししても良いですよ」
子供達に声をかけて、わたしは自分の側近達を率いて本や玩具がある辺りへ移動する。ラウレンツとフィリーネは自分の弟のところへ向かったようだ。初めて神殿や孤児院へ入ったマティアス達が皆で使えるように並べられているフェシュピールを見て目を丸くした。
「これだけのフェシュピールが孤児院にあるのですか?」
「フェシュピールは子供達がお披露目のために練習できるように、それぞれの実家から接収した物です。わたくしもこのように並んでいるのは初めて見ました」
小さめのフェシュピールが少し高めの棚の上に十個ほど並んでいる様子はまるで小学校の音楽室のようだ。多分、小さい子が悪戯しないように上に置かれているのだと思う。
「フェシュピールだけではありません。参考書がないだけで貴族院の本棚と変わらないではありませんか」
「その参考書が重要なのですけれど、孤児院の本棚もすごいでしょう? 印刷機の試運転で刷った平民のお話もあるのですよ」
グーテンベルク達が集めてくれて、ルッツとギルが刷ってくれたグレッシェル周辺のお話の詰まった本は、貴族間で売れる本とは違った内容で面白い。売り物ではないので、貴族達は読めない本だ。
「気になるならば読んでみますか? 貴族とは違う下町の生活が垣間見られて面白いかもしれませんよ」
「これから印刷業に関わっていく以上、ぜひ読んでみたいです」
マティアスの後ろからひょこっと顔を出したミュリエラが緑の瞳を輝かせて、ふらふらと本棚へ近付いていく。恋愛物語が大好きなミュリエラは下町の話も楽しんでくれるだろうか。
……下町のお話も受け入れられたら印刷できる本の種類がグッと増えるんだけどな。
そう思いながら、わたしは子供達が弾くフェシュピールを聴いたり、本を朗読する様子を見たりする。フェシュピールを弾き終えた一人の女の子が「どうしてお兄様は孤児院に入らないのですか?」と側仕えを選んでいる子供達を見ながら言った。ニコラウスとは違う、もう一人の男の子が兄なのだろう。
「すでに貴族としての洗礼式を終えている彼等は孤児院には入れないのです。ですから、青色神官見習いや青色巫女見習いとして生活することになりました。後でお兄様にどのような勉強を神殿でしているのか、神殿でどのような生活をしているのか、教えてあげてくださいませ」
「そうですか……」
兄妹で一緒に過ごしたいのかもしれないけれど、洗礼前の子供とすでに貴族として洗礼を終えている子供には明らかな違いがある。一緒に孤児院で勉強する時間があっても、生活自体は別々だ。孤児院の子供は貴族区域への立ち入りを禁じられている。
いいよ、と言うだけならば簡単だけれど、商人達との打ち合わせや加護の儀式の関係でこれから貴族の出入りが増える。それなのに、子供達を好きにうろつかせるのは危険だ。どのような文句を付けられて罰されるかわからない。罪を犯した親を持つ洗礼前の子供は、平民上がりの青色巫女見習いと言われていたわたしと同じようにかなり弱い立場なのだ。神殿で家族と一緒に住む。それだけが難しい。
「お兄様とは孤児院でお勉強をする時に会うことはできますし、貴女が貴族として洗礼式を受けることができれば、貴族区域で同じように生活することができるかもしれません。頑張ってくださいませ」
「はい」
目標を見つけた女の子に微笑みながら、少しだけ気分が沈む。
……わたしも努力すれば家族と過ごせるんだったら、すごく努力するんだろうけどね。
久し振りに姿を見るだけでもできるかな、と考えていると「私は神殿で努力したところで、貴族の生活で役に立つことなどないと思います」という声がした。顔を上げると、ラウレンツが自分の弟を止めている。
「こら、ベルトラム!」
「だって、そうではありませんか。床に這いつくばって神殿を清めたり、井戸から水を汲んだり、自分で自分の衣装や寝具を整えたり、森で雪が残っている土を掘り返して食べられる物を探したり……。貴族が行うことではありません」
そんな生活をしていたのか、と呟いたラウレンツの目には、孤児院で過ごさなければならない弟達への憐憫が見える。可哀想に聞こえるかもしれないけれど、見方を変えれば孤児院での生活経験から得られることは決して少なくない。魔力の扱いや魔力圧縮に応用することは可能なのだ。自分の体を動かした体験や貴族としての生活では見えないことを見ておく好機でもある。要は自分の捉え方次第だ。
「確かに側仕えがいて生活の全てに手を貸してもらっていた貴族の生活から、突然自分の身の回りを自分で整える孤児院の生活になれば大変だと思います。正直なところ、わたくしでは孤児院で生きていけないでしょう」
わたしの虚弱さを知っている側近達は軽く頷いて同意してくれる。何の自慢にもならないけれど、わたしこそ誰かの世話にならなければ生きていけない。そんなわたしでも下町の生活で経験したことが貴族の生活で役に立つという経験をしている。
「けれど、孤児院の生活や下町の者と関わることができる生活を貴族として生きるようになってから役に立てられるかどうかは、その人次第なのです」
「え?」
まさか反論されると思っていなかったのか、驚きに目を瞬くベルトラムにわたしはニコリと微笑む。
「ここの工房にはわたくしが懇意にしている商人達が出入りするでしょう? どのように商品が作られているのか、どのように商品が世間へ流れていくのか、商人と顔を繋ぎ、お互いに利があるような形で商人に意見を通すにはどのように話を持って行けばよいのか。注意深く見ていれば、わかるはずです。商人達に聞けば教えてくれます」
商人とのやり取りができる貴族が少しでも多くいる方が良いことをベンノ達は知っている。わたしが仲立ちしているだけの不安定な状態を改善しようと思えば、嫌な顔をせずに教えてくれるはずだ。
……もしかしたらわたしに教えてくれた時のように、ちょっとくらいは嫌な顔をするかもしれないけど、拳骨でグリグリされることはないと思うよ。うん。
「商人との付き合い方を知っていれば、これからのエーレンフェストでは文官としてとても重宝されます。商人とやり取りのできる文官が今のエーレンフェストには最も足りていないのです」
青色巫女見習いとして神殿に入る決意をした女の子がバッとこちらを向いた。彼女は文官志望なのだろうか。
「それに、暖かくなってきたのでこれから森へ行く回数が増えるでしょう? 夏は他領の商人達がエーレンフェストへやって来る季節です。他領の商人達が何を望んでいるのか、何を不満に感じているのか、森へ行く途中で耳にすることもあるでしょう。一緒に行く下町の者が教えてくれることもあるでしょう。貴族になってからの自分の将来に活かそうと思えば、いくらでも今の生活を活かすことができます」
思いもよらなかったという顔をしているのは、むしろ貴族の側近達の方だ。上手く今の立場を利用することができれば、孤児院で育った子供達はかなり優秀な文官になれる。
「後は……そうですね。普通の貴族にはできないけれど、神殿育ちのわたくしにできる秘密の特技を見せてあげましょうか? これを見ればもっと色々な体験をしたくなるかもしれませんよ」
わたしが立ち上がると、何故かハルトムートが「何を見せてくださるのですか?」とうきうきしたような顔で橙の瞳を輝かせて隣に立っていた。
……あれ? メルヒオール達の側仕えを選ぶ手伝いをしていたのに、いつの間に?
疑問が頭に浮かぶけれど、すでに側仕えを選び終わっているのか、メルヒオールも「何をするのですか?」とこちらに向かってきている。
……まぁ、いいか。
ハルトムートに関しては深く考えても仕方がない。わたしは「危ないので、少し下がってくださいませ」と子供達に下がるように言うと、よく清められた白い床を見ながら騎獣用の魔石を取り出した。
「これはわたくしの騎獣用の魔石です。貴族の子は家族の騎獣を見ているでしょうから、この魔石が自由に形を変えられることを知っているでしょう?」
わたしの質問にベルトラムが何をするのか、と警戒したような表情で頷いた。
「これを、このように……」
わたしは昔フェルディナンドの前でやったのと同じように魔石を風船のように膨らませる。魔力の扱いに慣れている今ならば、あまり飛び散らないように割ることも可能だ。まるでパズルのピースが落ちるようにバラバラになった魔石が崩れていく。
「騎獣用の魔石が!?」
「どのように城に戻るおつもりですか!?」
そんな声が響く中、わたしはバラバラになった魔石の欠片を手で寄せ集める。そして、魔力を流しながら「丸まれ、丸まれ」と唱えて魔石をくっつけていった。そして、胸を張って、元通りに丸くなった魔石を高く掲げて皆に見せる。
「え? 元通りになった?」
「そんなバカな……」
わたしのことを非常識と言ったフェルディナンドと同じように貴族達が驚きの声を上げる中、ポカンとしているベルトラムにニコリと笑った。
「乾いてポロポロと指の間を滑って丸めることが難しい土でも、もう一度水を含んで柔らかくなれば丸めるのは簡単でしょう? バラバラになった魔石も魔力を含ませて柔らかくすれば丸めることができるのです」
「そんなことはあり得ない……」
貴族達は信じられない物を見るように、再び丸まったわたしの魔石を見つめる。たとえ非常識だと言われようとも、知っている常識の範囲が違うのだから仕方がないではないか。
「魔力の扱いは自分の頭でどのように動かすのかよく思い浮かべることが大事なのです。非常識と言われようとも、できるものはできるのです。土を触ること、衣装を整えること、床を清めること、何が自分の糧になるのかはわかりません。活かせるかどうかは自分次第なのですよ」
魔力圧縮の方法を実際に目で見てイメージしやすくなったと言っていた側近達には思うところがあったのだろう。何かのヒントがないか探すような目で孤児院を見回し始める。
「普通に育った貴族より面白い経験ができそうだな。ベルトラム、頑張れよ」
ラウレンツに軽く肩を叩かれたベルトラムがコクリと頷いた。まだ納得しきれていないけれど、全ての経験を自分に活かそうとしているのは意志の強い目から何となく伝わってくる。
「ローゼマイン姉上、私も色々な経験がしたいです。そして、ローゼマイン姉上のように色々なことができるようになりたいです」
他の誰にもできないなんてすごいです、と青い目を輝かせているメルヒオールにわたしは小さく笑った。神殿に出入りしていれば、神事の数々で農村を回ることもできる。いくらでも色々な経験ができるはずだ。
「神殿長の経験は他の貴族にできることではありませんから、それを存分に活かすと良いですよ」
「はい!」
領主一族であるメルヒオールがやる気になったことで、他の子供達も新しい生活や貴族がやらない経験にも前向きに取り組んでくれそうだ。子供達の雰囲気が明るくなったことに満足していると、ダームエルが「何だかイイ感じにまとまりましたけれど、そもそも魔力が多くないと簡単に魔石を丸めるのは難しいと思います、ローゼマイン様」と呟いた。
「……ダームエル、しーっ!」
全員の側仕えが決まった。祈念式の後から子供達が青色見習いとして入ること、それまでにそれぞれの側仕え達は部屋を整えておくことを話し合う。料理人を雇って、食事を作ってもらうようになるのはベンノやフリーダと話し合った後だ。
「このように召し上げられた側仕え達は新しく主を迎え入れる準備をお願いします。子供達の勉強についてはまたこちらで考えて指示を出します。祈念式の後はメルヒオール様を筆頭に青色となった彼等が孤児院に出入りすることになりますが、これまで私が出入りしていたことを思えば特に問題ないでしょう」
……なんかハルトムートは胸を張って言ってるけど、孤児院なんて本当は青色神官がちょくちょく出入りするところじゃないからね。
孤児院や青色神官の在り方も少しずつ変わっていけば良いと思っていたけれど、予想外に急激に変わっているのではないだろうか。少なくとも、わたしが初めて出入りするようになった頃の神殿は領主候補生がこんなにわくわくした顔で出入りするところではなかったはずだ。
今回の見学会でメルヒオールの側近達が神殿を見る目はずいぶんと変わったように見える。良い変化が続けば良いなと思っていると、ハルトムートが最後の挨拶を始めた。
「では、皆。高く亭亭たる大空を司る、最高神 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベ、そして、エーレンフェストの聖女ローゼマイン様に祈りと感謝を捧げましょう」
その場にいる灰色神官や灰色巫女はバッと揃った動きで祈りを捧げる。冬から入ったはずの子供達もすっかりお祈りに慣れているようだ。何の躊躇いもなく祈りを捧げている。
神殿に出入りしてお祈りをすることに慣れているわたしの側近達と違って、新しく側近に入ったマティアス達、メルヒオールの側近達、子供部屋の子供達はやや引き気味になった。
……あれ? 今、何か変なのが交ざってなかった?
あまりに自然に紛れていたので一瞬聞き流してしまったけれど、祈りを捧げる神様の中にわたしの名前が並んでいた気がする。ハルトムートを問い詰めたい気持ちになったけれど、この場で取り乱して「どういうことですか!?」とハルトムートをゆさゆさと揺さぶれるはずもなく、わたしは引きつった笑みを浮かべて孤児院を後にした。