Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (54)
晴れ着の完成と髪飾り
熱を出して二日後、やっと熱が下がった。
晴れ着のお直しもなかなかリスクが高い。この分ではお直しが終わる頃にもう一度熱を出しそうだ。そんなことを考えながら、わたしはベッドから下りて母の姿を探した。
台所の竈の前にテーブルを寄せて、母とトゥーリがせっせと手仕事をしている姿があった。どうやら、わたしが熱を出していた間、晴れ着のお直しはできないので、手仕事に精を出していたらしい。
「あら、マイン。熱は下がったの?」
「うん」
「じゃあ、今日はお直しの続きをしようかしら?」
母は少しばかり名残惜しそうに手仕事を片付けて、晴れ着を広げ始める。
「父さんは? 朝番?」
「昼番だけれど、雪が深いからもう出たわ」
兵士は大通りの雪かきにも駆り出される。雪かきのために特別手当のようなお金がもらえるらしいが、割に合わない重労働だ、と父がよくお酒を飲みながらぼやいている。
「さぁ、マイン。晴れ着を着てちょうだい」
ピッと広げられた半袖の薄い生地を見て、わたしはひくっと頬を引きつらせる。母が言うままに着ていたら、竈の前に立っていてもまた熱を出しそうだ。
「母さん、一枚でもいいから、長袖のシャツを着てていい?」
「それじゃピッタリの服にならないわよ?」
「いいよ。夏までに大きくなるから」
母は頬に手を当てて、ものすごく怪訝そうに眉を寄せながら首を傾げた。色々と思い返すように視線を巡らせた後、溜息を吐く。
「……それは難しいんじゃない?」
せめて、期待してる、くらいは言って欲しかったよ、母さん!
また熱を出したくはないので、わたしは長袖のシャツを着た上から晴れ着を着て、お直しをする許可をもぎ取った。
「一番サイズが合わないのは肩ね。これはどうするの?」
母の言うとおり、トゥーリの晴れ着を着て一番ずるずるでみっともないのは肩の部分だ。なので、肩幅部分を全てぎゅっと寄せてまとめてしまう。すると、肩にドレープが寄ったオフショルダーのドレスのようになる。
「これじゃあ肩が出ちゃうわよ?」
「うん。だから、首に近いこの辺りに適当な布か紐で肩ひもを付けるの。この晴れ着を作った時の布の切れ端が残っているなら、それでも良いよ。なかったら、青系の布かな? 刺繍やサッシュと合うから大丈夫だと思うんだけど」
「切れ端が残っているわ。肩紐にするだけなら十分でしょ」
母がごそごそと布入れから、切れ端を持ってきた。切れ端を紐のように丸めた後、肩紐として縫いつけた。肩の出そうなずるずるワンピースが、キャミソールのような肩紐が付いたオフショルダーのようなデザインのワンピースになった。
「あぁ、これなら肩が落ちないわね」
母は満足そうに頷いた後、眉を寄せて、服の脇を指差した。
「マイン、いくら何でもこの脇の布がみっともないわ。これはどうするの?」
肩の生地をぎゅっとまとめたことで、波打つ生地が脇の方に集まっている。わたしはその部分を摘まんで、首を傾げた。
「どうせ幅広のサッシュでウェストをしぼるんだから、脇に少々生地が寄っていても問題はないんじゃない?」
「ダメよ。みっともないもの」
「そうかな? じゃあ、こうやって、ちゃんとひだにして縫えばどう? 手間はかかるけど、可愛くなるでしょ?」
みっともないと言われた布を丁寧に等間隔で折って、胸元から脇に向かってタックを3つほど作って見せた。いちいち縫うのは面倒だろうけれど、余った布はなくなるし、胸元が装飾的になる。
「……そうね。それならいいわ」
うーんと唸っていた母が頷いた後、わたしに向かって手を差し出した。
「さすがにこれは脱いでくれないと縫えないわ」
わたしは晴れ着を脱いで、母に渡した。そして、即座に服を何枚も着こんで、ホッと息を吐く。正直寒かった。晴れ着が完成する頃にはまた熱が出そうだ。
「いいなぁ、マインは。すごく豪華な晴れ着になって」
母がチクチクと縫い始めたタックを見つめて、トゥーリが羨ましそうに溜息を吐いた。
確かにひらひらした部分がたくさんあるので、豪華に見える。けれど、それはトゥーリとわたしの体格が違いすぎるせいだ。普通の姉妹なら、こんなお直しは必要ないので、母に手間をかけて申し訳ないと思ってしまう。
「……トゥーリとは大きさが違いすぎるからね。でも、作り直すのが大変だから、こんなお直しをしてるだけだよ。元々この晴れ着はトゥーリのために作られたものでしょ? 新しい服はいつもトゥーリの。わたしはトゥーリのお下がりばっかりだよ?」
「あ、そっか」
新しい服が着られないのは下に生まれた者の宿命だ。普段着は上のトゥーリもご近所から回ってきた服がほとんどで、滅多に新しい服なんて着られないのだけれど。
「母さんが縫ってるうちに、髪飾りでも作ろうかな」
タックを縫い終わるまでの時間で、わたしは自分の髪飾りを作ることにした。せっかく作るのだから、既製品とは少し違うものを作りたい。
「母さん、自分用の髪飾り作りたいから、ウチの糸使っていい?」
「マインの晴れ着を作る必要がなくなったから、髪飾り分なら使ってもいいわ」
「ありがと」
去年は髪飾りを作るということが理解されなかったので、糸をもらうのも苦労したが、今年は何をするのかわかっているので、拒否されずにもらうことができた。
相互理解の大切さを感じながら、わたしは生成りの糸を手にとった。
「確か、こんな感じ……」
記憶を引っ張り出しながら、細いかぎ針でスズランのような丸みを帯びた形の小花を編んでいく。
手仕事の髪飾りを一つ完成させたトゥーリがわたしの手元を覗きこんできた。
「マイン、これは? フリーダちゃんの時の小花とも、手仕事の小花ともちょっと形が違うけど?」
「これはね、わたしが洗礼式で使う簪に付ける飾りになるの」
「せっかく作るのにフリーダちゃんみたいな飾りにしないの? 豪華で綺麗だったのに」
バラの形の花を気に入っていたトゥーリが、スズランのような小花を指先で転がしながら、唇を尖らせる。
「糸の品質が違うから、同じようにはならないと思うんだよね」
フリーダのために作った緻密で艶のある赤いバラを思い出して、わたしは軽く溜息を吐いた。同じように作っても、あれほどのバラにはならないだろう。
そう思っていたら、トゥーリがぐっとかぎ針を握った。
「同じじゃなくても良いなら、わたしが作るよ。マインが作ってくれたみたいに、わたしもマインに作ってあげたいの」
「ありがと、トゥーリ。じゃあ、この糸でフリーダに作った大きい方の花を、もうちょっと大きく作ってくれる?」
トゥーリの気持ちが嬉しくて、わたしはバラの部分をトゥーリにお願いすることにした。大きくて目立つバラの部分はわたしより上手なトゥーリに任せた方が、綺麗に仕上がるに違いない。
「トゥーリ、作り方は覚えてる?」
「マインじゃあるまいし、ちゃんと覚えてるよ。任せて」
……覚えの悪い妹でごめんなさい。
トゥーリにバラの花作りを任せて、わたしはせっせと小花を作っていく。わたしがせっせと作ってもそれほど速くはないので、3個作り終わる頃には母がタックを縫い終わっていた。
「マイン、晴れ着を着てみてちょうだい」
「はぁい」
また長袖一枚になって、晴れ着を着る。
上半身にタックの入ったオフショルダーのワンピースになった。タックが入ったことで、袖のひらひらが自然なドレープに見える。
「母さん、サッシュを取って。付けてみる」
「そうね」
幅広の青いサッシュをぎゅぎゅっと締めれば、スカート部分がバルーンのようにふわりとした広がりを持った。
「縫っている間はそれほど思わなかったけど、こうして見るとすごく可愛いわ」
「わたしが可愛いから?」
「わたしの腕が良いからよ」
二人で顔を見合わせて、ぷぷっと笑った後、母はぐるりと肩を回した。
「あとは裾だけね。そのままでも形は可愛いのだけれど、長すぎるわ」
トゥーリの膝丈ワンピースはわたしの足首丈になる。
誰が決めたのか知らないが、この辺りでは10歳までの子供のスカート丈は膝までと決まっているらしい。ちなみに、ミニスカートなんてものは存在しないらしい。強いて言うなら、1~2歳の子の太股が短すぎて、膝丈がミニスカートに見えるくらいだ。
そして、面倒なことに、短いのもダメだが、長いのもダメらしい。
脛くらいの長さは10歳から15歳。成人したら足首も見えない長さが好ましいらしい。そんなずるずるした長さのスカートが履けるのは働く必要のない家の女性くらいだろうけれど。
立派な労働階級である母やご近所の奥様方のスカート丈は足首くらいだ。
「裾も肩と同じように摘まんでひだを作ればいいかしら?」
「前に2カ所、後ろに2カ所くらい摘まめば良いと思うんだけど、母さんはどう思う?」
「そうね。ちょうど良いと思うわ」
裾は4カ所ほどを膝丈になるようにつまんで上げると、まるでバルーンカーテンのようなドレープができる。
糸で縫いつけた後、糸が目立たないように髪飾りと同じ小花で飾った。そして、裾にされていた刺繍が綺麗に見えるようにドレープを整えれば、晴れ着は完成だ。
「お金持ちのお嬢様みたいな晴れ着になったわね」
「……うん」
胸元にタックが入り、袖はひらひらと波打っていて、裾はバルーン状のドレープになっている。布をたっぷりと使った装飾的な晴れ着は、どこからどう見ても貧民の晴れ着ではない。
ずるずるとしたみっともない部分を摘まんで、縫って、誤魔化したつもりの晴れ着は、富豪層でも珍しいデザインになってしまった。明らかに我が家には分不相応だ。
「……もしかして、縫い直しした方がよかった?」
「予想以上に手間がかからなかったから、わたしは楽だったけれど……これ、かなり目立つわよ?」
母の言葉を耳にしたトゥーリが軽く肩を竦めて、作り途中の髪飾りを指差した。
「そんなの今更じゃない? 髪飾りだって目立つんだから、大して変わらないよ」
編み込みをして、周りの人が誰も付けていない髪飾りをしていただけのトゥーリでさえ、フリーダの目に留まるくらい目立っていたのだ。
わたしが新しく作る簪だって目立つに決まっているのだから、注目されるということに変わりはない。
注目された方が髪飾りの宣伝にもなるとフリーダだって言っていた。もういっそ開き直ることにした。
「せっかく出来たし、可愛いし、注目されても良いよ。これで行く!」
熱を出して、我が身を犠牲にしてまで完成した晴れ着だ。
それに、麗乃の高校時代に文化祭で強制的に着せられたふりふりのミニ丈メイド服に比べたら、断然おとなしいデザインだし、膝丈まであるのだから恥ずかしくもない。
「マインがそれでいいなら、構わないわ。それで、髪飾りはどんなものにするの?」
母が興味津々の目でトゥーリの作っているバラの花を覗きこんでくる。
「トゥーリがこの大きい花を作ってくれているから、わたしはあと10個以上こういう小花を作るの」
「わたしもやるわ。マインへのお祝いだもの」
フフッと笑いながら、母が裁縫箱からかぎ針を取り出した。
「ありがと。じゃあ、お祝いに青の糸と水色の糸ももらっていい? 小花3つずつ作れる分くらい」
「仕方ないわね。いいわよ」
「やった」
みんなでちまちまと編んで、髪飾りを作っていく。
3人で作ると速い。大きな白いバラの花が3個、青い小花が3個、水色の小花が3個、白い小花が15個。一日のうちにパーツが全て揃った。
「これはどうやって、飾るの?」
「小花が多すぎない?」
「できてからのお楽しみ。こっそり作るから見ないで」
ニッと笑ってそんなことを言ってみても、作る場所なんて一つしかないのだから、丸見えだ。
見ないふりをしている二人の視線がこちらにちらちらと向かっているのがわかって、質問したいけれど見ていないことになっているので口を噤んでいるのもわかって、ちょっと面白い。
「ただいま。あぁ、今日も疲れた。雪と酔っ払いの面倒を見るだけで一日が終わったぞ」
そんなことを言いながら、父が帰宅した。
家に入る前に一応雪を払い落してきたようだが、まだ少し残っている。それをトゥーリと二人でパタパタ払いながら、わたしは父に尋ねた。
「父さん、わたしの洗礼式用の簪ってできてる?」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
得意そうに笑った父が物置から、丁寧に削られて磨かれた簪を持ってきてくれた。手間暇かけて磨かれていたことがわかる滑らかな手触りに、口元が自然と綻んでいく。
「これでどうだ?」
「すごく綺麗。するするしてて、引っ掛かりが一つもないよ。父さん、ありがとう」
父が作ってくれた簪の穴に、白いバラの花を3つ縫いつけた小さな布を縫い付けた。そして、その布に針を通して、下に垂れて揺れる藤の花のように小花を等間隔で結びながら連ねていく。
バラの花に一番近い小花は青、その次は水色、そして、生成りの白が5個連なる。ちょっとしたグラデーションで小花が7個ずつ連なった飾りが3本揺れる形になった。
麗乃時代に持っていた浴衣の髪飾りを参考にしたが、予想以上に良い出来だ。ハレの日の簪らしくなった。
「わぁ、この揺れるの、すごく可愛い! マイン、付けてみて」
「せっかくだから、晴れ着も着てみせてくれ。父さんだけ見ていないぞ」
「そうね。長袖の上からじゃなくて、実際に着たらどうなるかを母さんも見ておきたいわ」
家族に押されて、わたしは晴れ着に着替えた。そして、今の簪の横に、洗礼式用の飾りを挿しこんだ。
「おぉ、マイン。すごいな! みんな、どこかのお嬢様だと思うに違いない。この間見たフリーダちゃんの衣装より、ずっと手が込んでいて可愛いぞ。トゥーリのお下がりが大きすぎて、直したとは思えない出来だ。さすがエーファ」
わたしを褒めながら、妻の裁縫の腕を褒めちぎるという器用な事をしながら、父は感心したようにわたしの晴れ着を眺める。
母は父の言葉に苦笑しながら、少しばかり言葉を咎めた。
「さすがにフリーダさんの衣装と比べるのは、質が違うから失礼よ。でも、簡単に直った割に、すごく豪華で可愛い仕上がりになったわ。やっぱり布に余裕があると違うわね」
「質が同じなら、エーファの方が良い出来になると言っているんだ」
「もう、ギュンターったら」
何か両親が二人の世界に入っていってしまった。
いちゃいちゃとしか表現できない二人のやり取りを目の前で繰り広げられるのが、精神的にきつい。麗乃時代からリア充になったことがないわたしに、リア充の姿を見せつけるのは止めて欲しい。
ここから逃げ出したいんだけど、どうしたらいい?
置いてきぼりをくらった気分になったわたしを現実に戻してくれたのは、後ろの髪飾りに注目していて、わたしの視界に入っていなかったトゥーリだった。
「うん、可愛い! とっても可愛いよ、マイン! 服も豪華で可愛いけど、髪飾りがすごくいい。ゆらゆら揺れる飾りには目が引かれるし、マインの髪は夜の空みたいな濃い青だから、白い花がとても目立つね」
「そう?」
さすが、トゥーリ。わたしの天使。
助けの声に従って、わたしは両親にくるりと背を向ける。イチャイチャする二人の姿が視界から消えただけで、ホッとした。
「作ってる時は飾りが大きすぎないかな? って、思ってたけど、こうして付けてみるとそうでもないね」
「トゥーリのふんわりした髪と違って、わたしの髪は量感がないから、髪飾りで華やかにしないと服と比べて寂しくなっちゃうんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
そんな話をしているだけでも、夏の薄い晴れ着では寒くて身震いが止まらない。全身に鳥肌が立って、背筋が嫌な感じにぞくぞくし始めた。
「ふぇっ……くしゅん!」
わたしのくしゃみに驚いて、母が父を押し退けるようにして、わたしの方へとやってくる。
「マイン、晴れ着はもういいから、早く着替えて寝なさい。また熱が出るわよ」
「ふぁ……くしょん! 母さん、ちょっと遅かったみたい。背筋は寒さにぞくぞくしているのに、首筋がちょっと熱くなってきちゃった」
慌ててパジャマに着替えさせられ、ベッドに放り込まれたけれど、熱が確実に上がっていくのがわかる。
ちょっとチクチクする藁の布団に潜り込みながら、わたしはハァと溜息を吐いた。
まぁ、また熱が出るだろうなとは最初から思ってたし、予定調和ってやつなんだけど。
わたしの身体、もうちょっと強くならないものかな?