Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (541)
養父様とおじい様の再取得 前編
「養父様、おじい様。お待ちしておりました」
祈念式から戻って来たので、再取得の儀式ができます。ついでに、相談したいこともあるのですけれど、と養父様に声をかけたらおじい様も一緒に来ることになったのだ。一度神殿に来たので、少しは忌避感が薄れたのだろうか。
わたしとメルヒオールは神殿長室へ二人とその側近を案内する。そして、お茶やお菓子を出して、城での近況を尋ねた。フィリーネとクラリッサから図書館で聞いているし、護衛騎士から入ってくる情報もあるけれど、複数の情報を得るのは重要だ。
養父様の周辺は領主会議の準備に一直線らしい。ダンケルフェルガーとの話し合いに参加するクラリッサがずいぶんと張り切っているので褒めてやるように、と言われた。
「さすがに成人したばかりで、まだ星結びの儀式さえ終えていない文官だからな。ダンケルフェルガーとの話し合いにしか出さないし、与える情報もレーベレヒトが管理している。だが、その準備に対する熱意や細かさは周囲に良い影響を与えてくれているぞ」
周囲に多大な迷惑をかけた分を償おうとクラリッサは必死で仕事をしているそうだ。それも確かに間違いではないが、ハルトムートによると、領主会議に向かう人選に外れたら領主会議の時に行われる星結びの儀式を見ることができないので必死らしい。
……何が理由でも仕事を頑張っているならいいよね?
「騎士団では文官と協力して銀の布の研究を進めている。大まかな報告はマティアスとラウレンツから受けているであろう?」
おじい様の言葉にわたしは頷いた。銀の布とはメルヒオールが口にしていた変な布のことである。神殿に護衛にやって来た二人から魔力を受け付けない布だという報告は受けた。ただし、ものすごく簡単な報告しか受けていない。おじい様が直接わたしに報告しようと考えているようで、口止めされたそうだ。
マティアスとラウレンツの報告を聴く前にわたしが養父様にお伺いを立てたため、おじい様は便乗して神殿へ来ることになった。けれど、本当は布についての情報を共有することを理由に神殿へ招いてほしいと思っていたらしい。おじい様が自分から神殿に来るにはまだ大きな理由が必要なようだ。
「布について最初に教えてくれたのはメルヒオールで、次の日にマティアスとラウレンツの報告を受けましたが、どのような布かよくわからなかったのです。わたくし、おじい様のお話を聴くのを楽しみにしていたのですよ」
中途半端な情報しか与えられず、やきもきしていたわたしがそう言うと、おじい様は嬉しそうに一度笑った。
「つい昨日、新しい発見もあったぞ。昨日のうちにアウブには報告を終えたので、ジルヴェスターが儀式を行っている時にローゼマインに詳しく話をしようと思う。……そういうわけだから、ジルヴェスターはさっさと儀式に向かうのが良いのではないか? 時間がたてば物覚えの悪い其方はせっかく覚えた神々の名前を忘れるであろう」
おじい様はかなり失礼なことを言いながら、養父様を追い払うようにパタパタと手を振った。けれど、養父様は別に怒ることもなく、「私に邪魔されずに孫娘と話がしたいだけだろう?」と苦笑しながら立ち上がる。
「だが、まぁ、ローゼマインの相談事は大体の場合が突飛で頭が真っ白になる、とフェルディナンドが以前言っていたからな。其方の話を聴く前に儀式を終えるとしよう。案内せよ」
「では、私がご案内いたします、父上。このお役目のために側近達と一緒に礼拝室の場所を覚えたり、供物の準備をしたりしたのですよ」
青色神官姿のメルヒオールが張り切った顔で立ち上がって、側近達と一緒に歩き始める。養父様は「他の子供達との話を聞かせてもらおう。城では話しにくいと言っていたであろう?」とメルヒオールと並んで部屋を出て行った。
「では、おじい様。銀の布について教えてくださいませ。マティアスとラウレンツから魔力が全くない布だと報告されましたけれど、詳しくはおじい様に尋ねてください、としか答えてくれないのですもの」
正面に座っているおじい様に向かって少しばかり身を乗り出すと、おじい様は「これがその布だ」と言いながら、銀色の小さな布を出して見せてくれた。わたしは許可を得て手に取って見てみる。
わたしの片手の手のひら分くらいの大きさの布だ。引きちぎられたことがわかるギザギザの部分と真っ直ぐに裁断された部分があるので、布の端の方だと思う。けれど、一見しただけでは普通の銀色の布だ。何が不思議なのか全くわからない。
「魔力が感じられない布は別に珍しくないですよね? 平民が織る布にはそういう物も多いですし、貴族が魔力で染めて高品質にした布でも、魔力が抜ければ感じられなくなりますもの。どういうところが不思議なのですか?」
「低品質というわけではなく、魔力が抜かれているのでもないのだ。低品質ならば、魔力によって品質を上げることが可能であるし、抜かれているだけならば、魔力を与えれば吸い取るというか、含むというか、魔力に染まるであろう? この布は魔力を全く受け付けぬ」
この銀の布は全く魔力を含んでいない素材を使って、魔力を使う工程を全く経ることなく作られた布ではないか、と文官達は判断したそうだ。
「全く魔力を含んでいない素材、ですか? そんな物があるなんて初耳です」
ツェントの、そして、各地のアウブやギーベの魔力で土地が満たされているユルゲンシュミットの素材は、多かれ少なかれ魔力を含んでいる。全く魔力を含まない素材などないはずだ。少なくともわたしは聞いたことがない。
「この布はゲルラッハの夏の館で力任せに引きちぎられていたのを発見したのだが、逃亡しようと考えて時間がない時に引きちぎるようなことをするのはおかしいと思わぬか?」
「焦っていたらするかもしれませんよ?」
時間がないからこそ、どこかに引っ掛けたら力任せに引っ張るのは別に不思議でも何でもないと思う。わたしはそう言いながら、自分の護衛騎士達を見回して同意を求めた。けれど、護衛騎士は誰も賛同してくれなかった。
「マントなり、衣装なりを何かに引っ掛けた場合は、メッサーで切り取るのが一番速いのです。騎士ならばシュタープをできるだけ速く変形できるように訓練を受けていますし、然程力のない文官ならば、尚更道具を使うでしょう」
力任せに引きちぎるのは貴族的に野蛮すぎるし、何度も引っ張って時間を無駄にするのもあり得ないそうだ。だからこそ、ちぎられているというところがおじい様の勘にピピッときたらしい。
……わたしだったら絶対に引っ張っちゃうよ。咄嗟の時は気を付けなきゃ平民育ちの行動が飛び出しそうだね。
「では、どうしてこの布はちぎられたのでしょう?」
「先程この布は魔力を受け付けない、と言ったであろう? 故に、シュタープを変形させた武器では切れぬ」
「え?」
おじい様は自分の側近に合図を送る。おじい様の側仕えが数枚の板を重ねた上に銀の布を置いた。おじい様はシュタープを変形させてナイフにすると、ダン! と大きな音を立てて布を刺した。下に重ねた板は割れたけれど、おじい様の力でも布を貫くことができていない。銀の布には小さな穴さえ開いていなかった。
「シュタープで切れぬから、引きちぎられたのだ。それがわかった後、一番問題になったのは、この魔力を全くまとわない布をまとえば、境界の結界を抜けることができるということだ」
「え?」
「平民くらいの魔力ならばアウブはいちいち感知せぬ。それはローゼマインも知っていよう? 魔力を全くまとわない布があれば結界を抜けることは簡単にできるのだ」
おじい様によると、養父様に協力してもらって小さな簡易の結界で実験したそうだ。その結果、この布切れで包んだおじい様の指が結界を突き抜けるのを養父様は全く感知できなかったらしい。
「つまり、前ギーベ・ゲルラッハが領地の境界を通り抜けるのは難しくなかったということになりますよね?」
「あぁ、領地の境界を越えるためにこの布が使われたことは間違いなかろう。だが、まだ疑問は残っている。どのように貴族街からゲルラッハへ移動したのか、そして、この布をどこで手に入れたのか」
おじい様の言葉にわたしも考えを巡らせる。
「その布に包まれれば人ではなく、物として転移陣を使うことができるということは考えられませんか?」
「できぬ。全く魔力がない布だと言ったであろう? 魔力がないため、存在を感知できぬようで転移陣が動かぬ。この布で包んだ物はどのように小さな物でも転移できなかった」
文官の中でも「境界を簡単に越えられるのだから、転移もできるのでは?」という意見が出たらしい。けれど、物としても転移させることはできなかったそうだ。
「ただ、銀の布を見つけた隠し部屋には何かが燃やされた跡があった。マティアスによると、あの男は悪事に使った転移陣を燃やす習性があるらしい。転移陣が使われた可能性は高いと思っている」
「父上が使用済みの転移陣を燃やす時は魔術具を使います。もしかしたら、その銀の布は燃やしたつもりでも魔力を受け付けず、燃え残ったのではないかと思うのです」
マティアスの言葉に頷きながら、おじい様は腕組みをして考え込んだ。
「普段ならば執拗に痕跡を消したであろう。だが、ギーベの血族しか入れぬ隠し部屋の中だったため、放置されたのかもしれぬ。マティアスが処分されずに残されていて、捜査に協力すると思っていなかったに違いない」
「……普通は残っている身内ならば、捕らえて捜査の役に立てますよね?」
マティアスは貴族院に行っていて無事なのだから、騎士団の捜査に同行させるのは当然ではないのだろうか。わたしがそう言うと、おじい様は難しい顔で首を振った。
「隠し部屋の扉を開けるためには登録された者の魔力が必要だが、魔力を封じる枷をつけたままでは魔力が扱えぬ。かといって、どのような危険な魔術具が置かれているのかわからぬ隠し部屋の扉を開くために犯罪者の身内を自由にさせるのは危険すぎる」
どこにどのような形で魔術具が置かれているのか、捜査に赴く騎士団にはわからない。そこに魔力的に何の縛りもない犯罪者の身内を連れていって捜査に協力させるのは、死を前提とした反撃や抵抗を考えると騎士団にとって危険でしかないらしい。
「騎士団で捜査できる部分で証拠を探し、アウブの命令で記憶を覗いて証拠とするのが精々だ。だが、証拠となるはずの記憶はトルークによって肝心な部分は消されている。魔力が合わず、抵抗する者の記憶を無理やりに掻き回せば、記憶を覗かれた者は無事では済まぬ。……ギーベ・ゲルラッハは恐らくマティアスも含めて完璧に証拠を消したつもりだったのであろう」
旧ヴェローニカ派の子供達を守るためにマティアスとラウレンツが裏切って情報を流すとも、名を捧げれば連座回避で命を救うという決断をアウブがするとも考えていなかったに違いない、とおじい様は言った。
「彼等の名を受けた領主候補生が、抗わず捜査に協力するように、と命じたからこそ、我々は彼等をギーベの館に連れていくことができた。彼等は役に立ったし、有力な証拠や物品が見つかった。それは間違いない」
マティアスとラウレンツを見ながら、おじい様は労うような口調でゆっくりとそう言う。けれど、だんだんと空気が重くて厳しいものになっていくのを肌で感じる。わたしは緊張しながらおじい様を見つめ、背筋を伸ばした。
「直接犯罪に関与していない彼等の命をどのような手段を使ってでも救いたい、と其方は思ったのであろう。そのために名捧げを犯罪者の身内が命を長らえるために行う行為として提案した。それをアウブが認め、名捧げは延命のために実行された」
「ボニファティウス様、それは……」
ハルトムートが何か言いかけたのをおじい様は鋭い眼光と片手で制して続ける。
「優しさや慈悲の心から提案したであろう其方は、彼等の命を救えたことに安堵したであろう。良いことをしたと思ったかもしれぬ」
そこで一呼吸置いて、おじい様は厳しい顔でわたしを見た。
「だが、その裏で己の誇りと誓いと命を貶められたと考える者もいることは覚えておいてほしい。名を捧げるという行為は、本来とても神聖なものだ。犯罪者の身内が連座から逃れて命を長らえるために使うようなことではない、と私は今でも思っている」
その目は知っている。ローデリヒが同じような目で、同じようなことを言っていた。胸の奥が重くなる。マティアス達の命を救えたことは後悔していない。犯罪に関与していない者が連座で処刑にならずに生きる道ができてよかった、と思っている。それでも、己の誇りを踏みにじられるように感じている者の心情をそこまで深くは考えていなかった。
「……恐らくこれから先も連座回避のために名捧げを行う者は出てくるであろう。それはエーレンフェストだけではなく、他領でも行われるかもしれぬ。簡単に連座処刑ができるほど、貴族が余っている土地など、今はないのだ。そして、連座回避のために名を捧げることが広がれば、犯罪者の身内と思われることを忌避して、本来の名捧げを行う者はいなくなるであろう。其方が名捧げの意味を変えてしまうことになる」
氷水を浴びせかけられた気分だった。全く考えもしなかったことを突きつけられて、膝の上できつく握ったこぶしが小刻みに震えている。わたしはそこまで大仰なことをするつもりはなかった。ただ、救える命を救いたかっただけだ。けれど、結果としてわたしはとんでもないことをしたのだ。犯罪に関係ない者が救われる道ができてよかった、と単純に喜べることではない。
「ジルヴェスターは許可を出し、実行を許したのは自分だから、悪評が立った時は自分が背負えば良いと言った。すでにたくさんの悪評があるのだから一つ増えたところで大差ない、と。……知っていたか?」
おじい様の言葉にわたしは首を横に振った。そんなことは知らない。養父様は何も言わなかった。
「申し訳ございません。わたくし、そこまで深く考えていなくて……」
「ローゼマイン、命を救いたいと思う優しい心は大事にしてほしい其方の美点ではあるが、自分が持っている権力と周囲への影響力、慣習を変えることの弊害についてはもっと深く考えてほしい。恐らく、このような小さなことや一見大したことではないことの積み重ねで神事や神殿が貶められる結果になったのではないか、と思う」
神殿長が変わるだけで神殿の雰囲気がここまで変わるのだから、とおじい様は言うと、体の力を抜いた。
「あ~、ローゼマイン。堅苦しいお説教はここまでだ。そのように泣きそうな顔をするのではない。本来ならば、このようなことは私が言わなければならないことではないのだ。其方には父親も母親もたくさんいるし、諫めるべき側近が頼りないのが悪いのだからな」
このような憎まれ役はたくさんだ、と言いながらおじい様が側近達を見回した。
「其方等も主が知らぬところで憎まれたり、恨まれたりして見えぬ敵を増やさぬようにしっかりせよ」
「申し訳ございません!」
側近達が揃って謝罪したところで、扉の向こうでベルの音がした。養父様が儀式を終えて戻ってきたようだ。
「ハッハッハ! 21の御加護を得たぞ! 今までに得ていた御加護を足せば、ローゼマインにも勝ったのではないか?」
勝ち誇った笑みでババーンと入ってきた養父様の姿に部屋の中の重かった空気は一気に消え失せた。けれど、すぐにその高いテンションについていけるわけではない。
「そ、そうですね。やはり長年お祈りをしていることは重要なのかもしれません」
「それに、命の属性も増えて全属性になったぞ。どの程度のお祈りで属性が増えるのか知らぬが、これはかなり重要なことではないか?」
これから先、領主候補生達がお祈りの言葉を口にしながら礎に魔力供給を続ければ、いずれは全属性になれる可能性が高いのでは、と養父様は言った。
「全属性ということは、エーヴィリーベの御加護を賜ったのですか!?」
「いや、大神の御加護を得たわけではないが、命の眷属からはダオアレーベンとシュラートラウム、それから……あ、いや、これはいい。子供の前で言えるようなことではないからな」
……養父様が口籠るということは、バイシュマハートかな?
簡単に言ってしまえば、夜に最も精力的に活動する神様だ。正解かどうかわからないけれど、メルヒオールもいるのでわたしもわかったような、わからないような顔で微笑んでおく。
「まぁ、とにかく命の眷属だけでも複数の神々から御加護を賜ったのだ。それにしても何があった? ローゼマインの側近達の謝罪する声が外まで響いていたぞ。伯父上が何か言っていたのではないか?」
自分が得た加護から話題を逸らしたかったのか、養父様は、おじい様と側近達に視線を巡らせる。
「何でもない。不甲斐ない側近達を叱り飛ばしていただけだ。このような状態でローゼマインを守れると思ってもらっては困る」
おじい様が叱っていた内容は口にしなかったので、わたしも叱られた内容や養父様に庇われていたことを聞いたとは口にせずに、養父様に席を勧めてフランにお茶を淹れてもらいながら、ニコリと笑った
「お説教になる前は前ギーベ・ゲルラッハがこのような布を一体どこで手に入れたのか、とお話ししていたのです」
「うむ。非常に重要であろう。まだどこにも発表されていない新しい魔術具かもしれぬ」
……魔力が全くなくて魔力を受け付けない布を魔術具って呼んで良いのかな?
どうでもいい疑問と同時に、ふとキルンベルガで聞いた話が浮かび上がってきた。
「あの、養父様、おじい様。他国は魔石がとても少ないそうですから、魔力を含まない素材があるかもしれません」
わたしはキルンベルガで聞いたボースガイツの話をする。魔力を全く含まない素材はユルゲンシュミットになくても、他国ならばあるかもしれない。
「領主会議でも聞いたことがないな。他国との取引は政変まで各地で行われてきたが、そのような布がユルゲンシュミットに入ってくることはなかったはずだ」
養父様の言葉におじい様も頷いた。
「他国がユルゲンシュミットから魔石で魔力を輸入してきたのだとすれば、突然魔力の入ってこなくなった他国で様々な変化が起きていても不思議ではないと思います」
麗乃時代も石油が枯渇しそうになれば、代わりのエネルギーを必死で探し始めた。今ある資源を節約して使いながら、代用できるものを探すのは当然だ。ボースガイツが交易を打ち切られてから200年以上たっている。何も手を打っていないとは思えない。ボースガイツの情報がそれ以外の国に流れていれば、他の国が交易を打ち切られる危険性を考えて対策を練っている可能性もある。
「ギーベ・ゲルラッハが生きているならば、向かった先はアーレンスバッハ以外に考えられません。そして、アーレンスバッハは唯一開いている国境門を抱える領地ではありませんか。何か繋がりがある可能性もありますよ」
「むぅ……」
おじい様が少し考え込んだ後、「考えるのはフェルディナンドの役目だったからな」と呟きながらゆっくりと頭を振った。
「では、フェルディナンド様に相談してみましょう。ランツェナーヴェの布に同じような物がないかどうか探ってくださるはずです。何より、魔力を通さない布の存在とギーベ・ゲルラッハが生存していること、そして、アーレンスバッハにいる可能性が高いことを知らせておかなければ。何かあった時にこの布に防がれて魔力攻撃が効かないのでは戦いになりませんもの。フェルディナンド様は一番危険なところにいらっしゃるのに……」
騎士団が発見したのは銀の布だけだったが、魔力を通さない武器や防具をギーベ・ゲルラッハやゲオルギーネが持っている場合、攻撃や防御方法をよくよく考えておかなければ大変なことになる。
「フェルディナンドに情報を送るのはジルヴェスターも駄目だとは言わぬであろう。だが、アーレンスバッハの検閲で見つかるようではフェルディナンドの下に情報が届かぬばかりか、相手を警戒させるだけになるぞ。ローゼマインには検閲を通せるような方法があるのか?」
おじい様の静かな問いかけにわたしは目を瞬く。笑ってはいるけれど、青い目が何かを探っているように見えた。養父様もじっとわたしを見ている。まるで試されているような気がした。光るインクはフェルディナンドから秘密にするように言われている。わたしは作り笑顔で頬に手を当てて、コテリと首を傾げた。
「養父様はお手紙で何か伝える方法をお持ちなのですよね? それらしいことを以前夕食の席でおっしゃいましたから。わたくしにできる連絡方法は貴族院でフェルディナンド様の弟子であるライムントを経由してお手紙を渡すか、言付けを頼むくらいです。あとは領主会議で星結びの儀式の時にこっそりとお話しするくらいでしょうか。おじい様は何か良い方法をご存じないですか?」
おじい様は少し表情を和らげて、「ないな」と首を横に振った。そして、養父様が顎を撫でながらわたしを見つめる。
「ローゼマイン。残念ながら、フェルディナンドは領主会議には出席せぬぞ」
「え?」
「つい先日、アウブ・アーレンスバッハが亡くなったため、フェルディナンドの婚約者であるディートリンデ様が礎の魔術を染めなければならなくなったそうだ。礎が染まるまでは魔力の変化がない方が良いので、星結びの儀式は来年に延期されるらしい」
そんな内容の手紙がフェルディナンドから届いたそうだ。他には、アーレンスバッハの祈念式に参加した時のことも書かれていたようで、アーレンスバッハへの対応を少々変更させなければならなくなったらしい。
「星結びの儀式が一年延期だなんて……フェルディナンド様はどうされるのですか?」
「どうとは?」
「礎を染め終わるまでは結婚できないのですから、エーレンフェストに戻ってこられるのでしょうか? せめて、隠し部屋くらいは与えられるのでしょうか?」
季節一つ分でも息を抜ける場所がないことが大変そうだったのに、それがまだ一年も続くなんて思わなかった。わたしが慌てて問いかけると、おじい様は「何を心配しているのか」と少し呆れたような顔になる。
「婚約者として向かったのに、婚約解消もなく戻ってくるなど、あるわけがなかろう。それに、結婚するまで隠し部屋が与えられないのは普通のことだ。あと一年だから少々長いが、其方がそれほど心配するようなことではない」
……心配、することですよね?
わたしがおじい様と養父様の顔を見比べていると、養父様がゆっくりと息を吐いた。
「伯父上、御加護の再取得をしてきてはいかがですか? どうやらローゼマインは貴族の結婚をよくわかっていないようだ。私はそちらの説明をします」
「……うむ。では、行くか。メルヒオール、案内してくれ」
おじい様は何度か振り返り、わたしと養父様の様子を見ながら退室していく。完全に扉が閉まると、養父様は大きく溜息を吐き出した。
「ローゼマイン、其方、フェルディナンドとどういう関係だ?」
「はい?」