Ascendence of a Bookworm: I'll Stop at Nothing to Become a Librarian RAW novel - Chapter (545)
地下書庫での作業
「気が付いた時には其方達の姿がなく、何も知らされていなかった我々は本当に大変だったのだぞ」
何の連絡も受けていなかった養父様達は周囲に座っている他領地の貴族達から質問攻めにあい、真っ青になったらしい。「王族の依頼ですから、詳細は王族にお願いします」と言って、全員で一丸となって寮に戻って来たようだ。
そして、養父様達が寮に戻ると同時にわたしは呼び出されて、ただいま多目的ホールで領主会議のためにやって来た全員に囲まれている状態だ。大人ばかりなので囲まれると、非常に威圧感がある。王族関連の呼び出しがあったり、変わった事が起こったりすることに慣れてきている学生達に比べると、大人達は全く慣れていなくて顔が強張っているせいで余計に威圧感があるのだと思う。
「本当ならばあの場で午後からの会議に向けて探り合ったり、お茶会や会食の予定を決めたりするのだが、とてもそれどころではなかった。説明を要求する」
この昼食が終わって午後の会議が始まるのが億劫だ、と養父様は頭を振った。
「あの儀式は中央神殿で発見された古い文献に載っていた古いやり方の儀式だそうです。中央神殿の神殿長では魔力が足りずに再現できなかったようで、わたくしに再現してほしいと申し出がありました」
それまでに受けた腹立たしい対応も交えて説明し、アナスタージウスに確認を取ったことを強調する。わたしは中央神殿の神殿長に儀式を任せて帰っても構わなかったけれど、アナスタージウスが決定を下したのだ。
「今回の件は中央神殿の要望をアナスタージウス王子が受け入れて、わたくしに依頼されたのですから、これ以上のご不満やご質問はアナスタージウス王子にお願いします。文献には儀式の手順しか載っていなかったので、わたくしもどのような儀式になるのかは行うまでわからなかったのです」
「其方は知らずにしていたのか!?」
養父様も養母様も驚いた顔になったけれど、わたしはコクリと頷く。
「それが王族のご要望でしたもの。ですから、午後からも他領からの質問については、詳細は王族にお願いします、と答えておけばいいと思います。王族と中央神殿の依頼による古い儀式の再現ですから」
王族にしても、中央神殿にしても、どうせ大した回答はできないのだから、エーレンフェストが頑張る必要はない。依頼してきた人達に対応を任せるようにすればよいのだ。
「本質としては、領地対抗戦でダンケルフェルガーが光の柱を立てた儀式と同じですもの。神々への魔力の奉納を行う、昔ながらの儀式だからあのようになった。それだけの話です」
領地対抗戦でデモンストレーションのように行われたダンケルフェルガーの儀式を思い出したのだろう。養父様は少し納得の表情になった。
「……わたくしはむしろ古い儀式を蘇らせることで、真のツェントを得たいと言っていた中央神殿の方が気になります」
わたしの言葉に一歩前に進み出てきたのはハルトムートだった。
「中央神殿には重々お気を付けください。中央神殿の神官長イマヌエルは周囲の話を聴く男ではありません。自分の思った通りにするためには手段を選ばずに行動するでしょう。貴族の常識は通用しないと思った方が良いです」
儀式の間、ずっと警戒していたハルトムートが真剣な目でそう言った。迂回先を押さえられたことで、更に警戒度を上げているのだ。
「イマヌエルは神殿に残る古い儀式を蘇らせる魔力を持つローゼマイン様を狙っています。正当なるツェントを得ることは必要かもしれませんが、それは王族や中央神殿の仕事であり、エーレンフェストの領主候補生の仕事ではありません」
余裕がある時期ならばまだしも、フェルディナンドがアーレンスバッハへ向かい、粛清の後始末が終わっておらず、魔力も人手も全く足りていないエーレンフェストの仕事ではない。
「他領地を納得させられる建前があれば、中央神殿や王族にローゼマイン様を奪われる可能性もあります。ローゼマイン様の安全を最優先に、図書館でのお手伝いをお断りすることもお考えください」
ハルトムートは養父様にそう申し出る。周囲の大人達が「王族の申し出を断れるのか!?」「そのような無礼なことは……」と口々に言う中、養父様はしばらく目を閉じて考えていた。
「こちらから王族のお手伝いを断るのは恐れ多いと思うが、いざとなればフェルディナンドを奪われたことを持ち出し、抗議する」
「恐れ入ります」
「素晴らしかったです、ローゼマイン様!」
昼食はクラリッサの陶酔した語りで始まった。エーレンフェストの一員として講堂にいたクラリッサは星結びの儀式を見て、実に感激したらしい。
「周囲を青色に囲まれてゆったりと歩みを進める様子も優雅で気品があり、お一人だけ白の衣装をまとわれているため、そこに自然と視線が集中しますし……」
「クラリッサ、落ち着きなさい。周りの青色で、入場の時はローゼマイン様のお姿がほとんど見えなかったではありませんか」
クラリッサを落ち着かせるようにオティーリエがそう言ったが、クラリッサは止まらない。
「何をおっしゃるのですか!? オティーリエ様にはローゼマイン様の神々しいお姿と慈愛に満ちた表情が見えていらっしゃらなかったのですか?……驚きました」
……表情まで勝手な心の目で見てるクラリッサの方にビックリだよ。
「ハルトムートがローゼマイン様のお手を取り、段を上がられるお姿にはアイファズナイトが大きく髪を乱し、マントを大きく広げるような心地がいたしましたわ。もちろん、それはキュントズィールの寵愛を賜っているとしか思えない高く澄んだ愛らしい声が最高神に語り掛けるまでのことですけれど」
……クラリッサ、ごめん。褒められてるっぽいのはわかるけど、よく理解できない。アイファズナイトが髪を乱すのが大事なの? それとも、アイファズナイトのマントに意味があるんだったっけ?
文章として書かれていれば、前後の流れや一つ一つ意味を確かめていくことで理解できるけれど、だーっと勢いよく話されると咄嗟には理解できない。そして、考えている間に別の神々の表現を挟まれると、更に混乱してしまう。
……オティーリエ、助けて。
わたしはオティーリエに視線を向けたけれど、オティーリエはクラリッサを落ち着かせることを完全に諦めたようで、食事を再開させていた。婚約者であるハルトムートは相槌を打ちつつ、祭壇から見ていた情景を語っていてクラリッサを止める気はないようだ。むしろ、クラリッサの興奮を加速させている。
「あぁ、とてもよくわかります。まるでメスティオノーラの化身のようなローゼマイン様の呼びかけに最高神がお答えを返すかのように私にも思えました。闇のマントがふわりと舞い上がり、夜空が出現した時の神々しさは筆舌に尽くしがたく、グラマラトゥーアを悩ませるほどの美しさだと思いませんか」
「心から同意いたします。闇の神の深い懐を思わせるような星がきらめく夜空に、光の女神の……」
……全然わからないよ。もう二人の世界だから放っておこう。
二人だけで盛り上がっていることからもわかるように、実に気が合った婚約者同士である。クラリッサとハルトムートの語り合いは放置して、わたしは儀式を見るために講堂へ来ていたらしいリーゼレータに視線を向けた。
「リーゼレータも見ていたのでしょう? 貴族院で儀式を行うと、相変わらず派手だと思いませんか?」
貴族院の学生として一緒に行動していたリーゼレータに同意を求めると、リーゼレータは困ったような顔で微笑んだ。
「……ローゼマイン様、派手という表現は少し……。せめて、幻想的であるとか、神秘的であるというような表現を使っていただきたいです。本当に美しかったのですから」
「神秘的というのは理解できます。本当に最高神がいらっしゃるように感じられましたもの」
わたしが祈りを捧げていた時の感覚を説明していると、青い瞳をキラキラと輝かせたクラリッサが感激したようにわたしを見ていた。
「さすがローゼマイン様! 神々と語り合うことができるのですね」
「そのようなことは言っていません。……それから、クラリッサ。儀式の感想は後でハルトムートと一緒にすれば良いでしょう。今は料理を味わって食べてください。それほど興奮して話していてはせっかくのお料理の味がよくわからないでしょう?」
領主会議開始の景気づけと会食の試食を兼ねているので、今日の昼食は豪華だ。クラリッサのお喋りが微笑ましいものから騒音に聞こえるようになってきたわたしは、「ちょっと黙って」とお願いする。
「大丈夫です。ローゼマイン様のお話をしながらいただく料理は何でもおいしく感じられますから」
「では、一人だけメニューを変えましょうか?」
「申し訳ございません。黙って食べます」
クラリッサがお喋りを止めたことに周囲の皆がホッと息を吐いたのがわかった。ダンケルフェルガーでは一体どんなふうにクラリッサを扱っていたのか、非常に気になった。
午後からの会議では、他領からの質問は「古い儀式の再現を王族に頼まれました」「領地対抗戦でダンケルフェルガーが光の柱を立てたのと同じです」「それ以上の詳細は王族にお願いします」の三つで受け流すことに成功したようだ。前年よりも会食の申し込みが多いけれど、それは何とかするそうだ。
「では、ハルトムート、クラリッサ。文官としてしっかりお仕事をしてくださいね」
「かしこまりました」
三の鐘に合わせて出かけていく大人達を見送り、しばらくの間、わたしは部屋で読書をしていた。皆の移動が完全に終わるくらいの時間を見計らってから図書館へ移動するのだ。
「ダンケルフェルガーのハンネローレ様もいらっしゃるので、フェルネスティーネ物語の三巻を持っていきますね」
リーゼレータとオティーリエが準備をしている間、護衛騎士達は打ち合わせだ。
「地下に入れるのは上級騎士だけだから、私とレオノーレが地下へ行く。ダームエルとアンゲリカは図書館の外の様子に目を光らせてほしい」
「不審人物がいた場合は直ちに知らせてほしいのです。せめて、保存書庫に上がらなければ逃げることも隠れることもできません。……図書館を戦いの場にするとローゼマイン様がどのように暴走するかわかりませんもの」
コルネリウス兄様とレオノーレの指示にダームエルとアンゲリカが頷いた。
「図書館で一日いるよりも、外の方が嬉しいです」
アンゲリカが嬉しそうにそう言った時、ソランジュからオルドナンツが飛んできた。ハンネローレがやって来たらしい。
「では、図書館へ行きましょう」
わたしは護衛騎士四人と側仕え二人を連れて図書館へ向かった。
「ひめさま、きた」
「ひめさま、まりょくほしい」
「シュバルツとヴァイスも元気そうですね」
シュバルツとヴァイスに出迎えられ、わたしは額の魔石を撫でながら魔力供給をする。シュバルツ達の様子にリーゼレータが相好を崩し、オティーリエが目を丸くした。話には聞いていても、図書館の魔術具がわたしを「ひめさま」と呼ぶことが不思議な気分らしい。
「ローゼマイン様、ようこそいらっしゃいました。執務室で皆様がお待ちですよ。今日はとても人数が多いので、執務室へ同行する側近は三人まででお願いします」
ソランジュが迎えてくれて、そう言った。ハンネローレがすでに到着していて、王族もいるのであれば、執務室は確かにいっぱいだろう。アンゲリカとダームエルは打ち合わせ通りに外へ出ていき、リーゼレータは「お茶の準備を始めていますね」と微笑んで離れていく。わたしは上級貴族の側近達と共に執務室へ向かった。
執務室にはアナスタージウス、エグランティーヌ、ヒルデブラント、ハンネローレともう一人、見覚えのない女性がいた。ヒルデブラントとよく似た色合いの髪を結い上げ、ハンネローレより更に赤く見える瞳は、勝ち気で意志の強い性格をよく表していた。年は二十代の半ばくらいだと思う。
「ローゼマイン、昨日の儀式は予想通り想定外だったが、想像以上に良い結果が得られた」
……意味がわからないよ。
わからないけれど、良い結果だと満足しているようなので聞き流し、初対面の女性を紹介してほしい、と目で訴えた。
「お役に立てたのでしたら何よりです」
「……あぁ、其方は初めてではないか? こちらは父上の第三夫人でヒルデブラントの母君のマグダレーナ様だ。ダンケルフェルガーの出身で古い言葉に通じているため、一緒に現代語訳をしてくださることになっている」
アナスタージウス王子の紹介にわたしはマグダレーナの前に跪いて挨拶する。
「エーレンフェストの領主候補生ローゼマインと申します。水の女神 フリュートレーネの清らかなる流れに導かれし良き出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します。……王子達から色々と話は聞いています。こうしてお会いできて嬉しいです。領主会議の間、よろしく頼みます」
王族達は閲覧室で待たされていた側近達に声をかけると、オルタンシアとソランジュの案内で閉架書庫を通り、地下へ向かう。オルタンシアが先頭に立ち、ぴょこぴょことシュバルツとヴァイスが続いている。
「話には聞いていましたが、図書館にこのような場所があるとは思いませんでした」
初めてここに入るコルネリウス兄様が少し険しい表情で周囲を見回しながら階段を下りていく。「レオノーレの言う通り、襲われた時に逃げ場がないな」と呟くのが聞こえた。
三人で鍵をはめ込むと、金属のように見える壁に魔力の線が走り、全体に複雑な模様を描いた後、ギギッと音を立てて壁が三つの部分に分かれて回転し始める。透明の壁に隔てられた地下の書庫が出現するのは、いつ見ても心躍る光景だ。
シュバルツが中に入っていき、ヴァイスが手前で待機するのも見慣れた光景である。一番身分の低いわたしが先に入らなければならない。わたしはオティーリエから紙やインクを受け取って抱えると、透明の壁を抜ける。
「ひめさま、いのりたりない」
シュバルツにそう言われるのもいつものことだ。わたしは「これからも頑張りますね」と返事をしながら、机に紙やインクを置いていく。
「ハンネローレ、ぞくせいたりない。いのりたりない」
ハンネローレもすでに何度も聞いているせいだろう。聞き流して、筆記用具の準備を始めた。
「あら、ヒルデブラント王子?」
次は誰が来るのかと思っていたら、ヒルデブラントが緊張した面持ちで透明の壁に向かって手を差し出したのが見えた。貴族院の時には押し返されていた手がそのままするりと通り、ヒルデブラントが書庫に入ってきた。
「ヒルデブラント、ぞくせいたりない。いのりたりない」
「……入れました」
シュバルツの声を聞いている様子はなく、驚きと喜びに満ちた顔でヒルデブラントが自分の手を見つめ、後ろから入ってくる母親のマグダレーナを振り返る。
「入れました、母上!」
「よくやりました、ヒルデブラント。其方の努力の賜物です」
「マグダレーナ、ぞくせいたりない。いのりたりない」
なんとヒルデブラントは少しでも役に立てるように魔力を増やしたいと王に願い出て、王族の魔力圧縮方法を学び、マグダレーナからダンケルフェルガーの魔力圧縮方法を教えられ、魔力を増やしていたらしい。
「少しは古い文字も覚えたのです。……せめて、書き写せるようになりたいと思って」
中央にも古い文字を読める者はいるけれど、ここには入れない。そのため、ここにある資料を書き写して、彼等に現代語訳してもらうことになっているらしい。
「ここに入るためにわたくしもトラオクヴァール様にお願いされて、久し振りに古い文字の勉強をいたしました」
クスとマグダレーナが微笑みながら言っていると、エグランティーヌとアナスタージウスが入ってくる。
「エグランティーヌ、いのりたりない」
「アナスタージウス、いのりたりない」
「ふむ。言葉が変わったな。やはり御加護の再取得で属性が足りたようだ。この分ならば、兄上も言葉が変わっていよう」
王族も加護の再取得を行ったようで、アナスタージウスとエグランティーヌは全属性になっているようだ。
「アナスタージウス王子は再取得で全属性を得たのですか?」
「あぁ、祈りの言葉を唱えて魔力供給すれば良いと其方が教えてくれたであろう? 冬の奉納など魔力を使うところでは神々に必ず祈りを捧げるようにしたところ、4つの御加護を賜ったのだ」
一年後にまた再取得の儀式を行うつもりのようだ。エグランティーヌは2つの加護を得たらしい。
「そうしてエグランティーヌ様も全属性になられたのですね」
ハンネローレの言葉にエグランティーヌはそっと頬に手を当てて、「わたくしは元々全属性でしたから」とゆっくりと首を振った。
「わたくしも卒業時の再取得で属性を増やすことができるでしょうか?」
「神々の目に留まるような行いも大事なようですよ」
「属性や加護を増やすことも大事だが、ここにある資料を写したり、訳したりする方が大事だ。私とエグランティーヌは午後にお茶会の予定があるため、午前中しか作業ができぬ。急ぐぞ」
アナスタージウスの号令によって、わたし達はせっせと白い石板を訳したり、書き写したりし始めた。マグダレーナ、ハンネローレ、わたしは現代語に訳しながら。アナスタージウス、エグランティーヌ、ヒルデブラントは古い言葉の勉強を始めたばかりで訳すのに時間がかかりすぎるので古い文字をそのまま書き写していく。
それぞれのタイミングで休憩をしながら四の鐘までは黙々と作業をした。
「では、我々は戻る。大変だと思うが、午後からもよろしく頼む」
アナスタージウスとエグランティーヌの二人が側近と共に去っていく。わたしとハンネローレは未成年が貴族院をうろうろとしている姿を見られることを避けるために、書庫前の休憩場所で昼食を摂ることになっている。王族が他領の未成年を使っているというのはあまり外聞の良いものではないらしい。
当初の予定では戻るつもりだったらしいマグダレーナとヒルデブラントもここで一緒に昼食を摂ることにしたようで、側仕え達が準備をしていた。
「離宮までは結構距離もありますし、第三夫人のわたくしが領主会議の期間に貴族院を歩き回る姿を見られるのも、あまり褒められた行為ではございませんから、一緒に昼食を摂らせてくださいませ」
マグダレーナはそう言いながらカトラリーを手に取った。第三夫人が暗躍しているという印象やダンケルフェルガーに情報を流しているように取られる可能性もあり、どのような噂に発展するかわからなくなるそうだ。
「この季節は外でピクニックも気持ちが良いでしょうけれど、なかなか難しいでしょうね。流言のように形のない敵は本当に厄介ですもの。ローゼマイン様やハンネローレ様もお気を付けてくださいませ」
「ご忠告、ありがとう存じます」
それから、昨日の儀式の話になり、「自分も見たかった」と三人に言われてしまった。第三夫人のマグダレーナ、未成年のヒルデブラントとハンネローレは講堂に行けず、皆から話を聴くだけだったらしい。
「私も見てみたかったです。部屋の中に夜を浮かべ、光の柱が立つ光景はとても神秘的だったと父上が話してくださいました」
ヒルデブラントの言葉にハンネローレがフフッと笑う。
「わたくしはお兄様が絵を完成させるのを楽しみに待つことにします。とても美しい光景で、描かずにはいられなくなったようですよ。お母様に領主会議が終わってからです、と叱られていました」
「ローゼマイン様の祝福を受けて、ジギスヴァルト王子とアドルフィーネ様が立っている舞台にほんの数秒間ですけれど、うっすらと魔法陣が浮かんだそうですね? ジギスヴァルト王子が次期ツェントとして神々に認められたのでは、という声が上がっています」
わたしは驚いて口に運ぼうとしていた一口サイズの鶏肉が落ちたのにも気付かずにマグダレーナを見つめた。
「舞台に魔法陣が浮かび上がったのですか?」
「あら? わたくしも儀式を見ていたダンケルフェルガーの皆からそのように伺いましたけれど、ローゼマイン様は魔法陣をご覧になっていらっしゃらないのですか? 祭壇で儀式を行っていたのですよね?」
目を見張ったハンネローレにそう言われてわたしは自分の行動を思い返す。
「最高神に祈りを捧げるために上を向いていましたから、舞台の上は全く見ていませんでした」
「エーレンフェストでは魔法陣が全く話題にならなかったのですか?」
マグダレーナに驚いた顔で言われて、わたしは昨日の寮の様子を思い出す。少なくともわたしは聞いていない。
「その、古い儀式を行うことが決まったのが直前で、エーレンフェスト側には全く知らされていなかったのです。ですから、昼食の席ではわたくしが何をしたのか、周囲の領地の貴族達の質問にはどのように答えれば良いのかという対策に関する話題でいっぱいでした。それに、クラリッサとハルトムートは……」
「何もおっしゃらなくてもわかります。ローゼマイン様のことしか口にしないのですよね?」
ハンネローレの言った通り、二人の話題はわたしの行いが中心になっているし、同じような称賛がリフレインするので、夕食前に「いつまで同じことを話しているのですか?」とレーベレヒトに叱られていたくらいだ。
「夕食の席では午後からあまりにもたくさんのお申し込みがあったため、どのように対応するのかを話し合わなければならない状態で、儀式のことはもう話題に上がらなかったのです。魔法陣が光ったことは初めて知りました」
……わたし、その場にいたのに、儀式を行った張本人なのに知らなかったよ。
次期ツェント候補を選別する魔法陣が浮かんだならば、正当なツェントを欲しがっている中央神殿が古い儀式を蘇らせようと必死になるのも納得だし、アナスタージウス王子が「予想通り想定外だったが、想像以上に良い結果が得られた」と言っていた意味もわかる。
「今日の夕食時にでも養父様達に話を聴いてみます。知らなかったでは済まされませんから」
そして、昼食を終えると、午後からも作業だ。せっせと現代語訳していく。こうして新しい文献を読んでいくのは、とても楽しい。
「……ローゼマイン様!」
マグダレーナに強く肩を揺さぶられて、わたしはハッと顔を上げた。
「貴女の側近にオルドナンツが届いています。書庫を出ましょう」
わたしが書庫から出ると、コルネリウス兄様はマグダレーナに礼を言って、ダームエルから届けられたオルドナンツの内容を教えてくれる。
「アーレンスバッハのディートリンデ様が図書館へやって来たようです」
「ディートリンデ様は成人式の時に魔法陣を光らせて次期ツェント候補になったはずです。ツェントになるために必要な知識を得るためにここに来るつもりかもしれませんね」
レオノーレの言葉にマグダレーナが「ここを知っている者はほとんどいないはずですよ」と目を瞬いた。
「いいえ。フェルディナンド様は王族や領主候補生ならば誰でも入れる場所だと認識していらっしゃいました。昔は王族や領主候補生がここに出入りできるのが普通だったのであれば、誰が情報を持っていてもおかしくはございません」
わたしの言葉にマグダレーナは「そうですか……」と納得できないような表情で呟き、その後、何かを思いついたようにニッコリと唇の端を上げていく。
「次期ツェント候補を名乗るディートリンデ様とは一度お話をしてみたいと思っていたのです。対応はわたくしに任せて、ヒルデブラントとハンネローレ様とローゼマイン様は書庫の中で作業を続けていてくださいませ」